« 2011年9月25日 - 2011年10月1日 | トップページ | 2011年10月9日 - 2011年10月15日 »

2011.10.08

エジプト軍部クーデターから半年

 今年一月にエジプトで起きた軍部クーデターだが、その後の経緯を少しメモしておこう。
 日本も含め西側メディアでは事態を「アラブの春」と総括し、期待もあってか「エジプト革命」「エジプト民主化」と誤解されることもあり、また西側メディア報道が民衆デモの映像に着目したため一般の認識がそのように歪むのも避けがたかったが、憲法によることもない権力の移譲は少なくとも形の上からはクーデターと呼ぶ他はなく、現実的にもよくあるタイプの軍部のクーデターでしかなかったことは明らかであった。NHKの出川展恒解説委員も、8月の時点で再度、西側報道に配慮しつつも「軍によるクーデター」である点に留意を促した(参照)。


「盤石と言われたムバラク政権をわずか18日間で崩壊させたエジプトの政変は、「民衆革命」という側面と、「軍によるクーデター」という側面がありました。

 その他の西側報道でもようやく「軍によるクーデター」が理解されつつある。顕著な一例としては、9月26日グローバルポスト「Has Egypt's revolution become a military coup?(エジプト革命は軍部クーデターになってきたのか)」がある。

Just days after the departure of former Egyptian president Hosni Mubarak on Feb. 11, the nation’s new, self-appointed military leaders pledged, within six months, a swift transition to civilian rule.

ホスニ・ムバラク・エジプト前大統領追放の二日後、新たに自称する軍部指導者は、6か月以内の迅速な民主化移行を誓約した。

Crowds of the same protesters that demanded Mubarak’s ouster cheered as their army said it would steer the nation toward a “free, democratic system.” Seven months later, however, many Egyptians are finding that little has changed.

ムバラク追放を要求した抗議活動の群衆は、軍部が国家を「自由で民主的な機構」に導くとの言明に喝采した。7か月後、多くのエジプト国民は僅かな変化しか見出していない。

As the so-called Supreme Council of the Armed Forces increasingly cements, and in some cases flaunts, its firm grip on power, the revolution that inspired a region is beginning to look more like an old-fashioned military coup.

いわゆる軍最高評議会がしだいに強固になり、権力を強く掌握するにつれ、この地に起きた革命は、旧式の軍部クーデーターに見え出している。

Military trials of Egyptian civilians persist and the military leadership has expanded and extended the 30-year-old, widely criticized Emergency Law once used by Mubarak to justify his authoritarian tactics.

エジプト市民への軍事裁判は持続し、ムバラクが30年間独裁の正当化に使ったことで広く批判される非常事態法も軍指導部は延長し、拡張した。


 グローバルポストが今更指摘するまでもなく、予想された、退屈な帰結ではあるのだが、それでも迫る議会選挙はどうかといえば、期待は減ってきている。

Although the military leadership finally announced a date for the delayed parliamentary elections — Nov. 21 — few are optimistic that the vote will be either fair or help bring stability and security.

軍部指導者は延期していた議会選挙を11月21日と表明したが、投票が公正となり、安定と安全をもたらすという楽観論者はほとんどいない。


 グローバルポストはこのあと、アルジャジーラを含め西側報道への認可が更新されないことへの言及がある。軍部としても都合のいい絵にならないなら隠蔽するのは当然である。
 また、グローバルポストにも言及がなく、まして日本の報道では見たこともないが、この議会選挙には西側の監視団が入ることは軍部からすでに拒絶されている。そのあたりで、今更問題化するまでもなく最初からわかり切った話でもあった。
 なぜこんなことになったかについては、このブログでは2月の時点で触れたが(参照)、グローバルポストもようやくそれをなぞりつつある。

No one knows exactly how much of Egypt’s economy is controlled by the army, but most estimates place it in the “billions” of dollars range. The problem, said some analysts, is that the military likely wants to prevent the complete transition to civilian leadership to ensure its hold on these assets.

エジプト経済がどの程度軍部に掌握されているかを知る者はないが、数十億ドルの範囲と見られる。問題は、専門家が指摘するように、この資産を維持するために軍部はそれ以外の指導者への完全な移譲を拒んでいることだ。


 グローバルポストの報道からすると、それほどの巨額とも思えないが、国家予算に対する権限を軍部が手放すことはないだろう。
 西側の表面的な苛立ちはフィナンシャルタイムズなどにも見られる。10月4日「Fog on the Nile」(参照)より。

If the SCAF cannot summon the determination to carry out such changes, its allies – such as the US, which still provides Egypt’s armed forces with considerable financial assistance – should stiffen its resolve. Too much is at stake, for both Egypt and the wider Middle East, to allow the Arab spring’s most important revolution to founder within sight of democracy.

軍最高評議会が民主化を引き出せないなら、エジプト軍部に多大の財政支援をしている米国のような同盟国が、民主化への決意を強固にすべきだろう。民主主義の観点からすれば、エジプトと広範囲の中近東の双方にとって、アラブの春という重大な革命が挫折することは、重大極まりない。


 フィナンシャルタイムズとしてはエジプト軍部をカネで脅して、アラブの春をなんとかしろということで、日本に余力があれば、カネの問題は日本にという毎度の筋書きにもなったかもしれない。
 米国としては、カネでムバラク体制のような軍部が維持でできればこれ幸いというところだが、そうもいかない。すでにエジプトは国際通貨基金(IMF)から30億ドル、世銀から10億ドルの融資を断っている手前(参照)、おいそれと西側に頭を下げるわけにもいかない。繋ぎとして、サウジアラビアやその他の中近東諸国からもカネを集めることになるが、その際の見返りとしての政治姿勢も難しい状態にある。
 現状、エジプトの若者の四割は失業しているが、幸いにしてまだエジプト経済は崩壊していない。今年前期から見るとまだ2パーセントもの成長力があり、外資の落ち込みも三分の二程度で済んでいる。余力はまだある。
 今後のエジプトのシナリオとして、民主化はゆるやかに進むのだから長い目で見るべきだというエジプトの現状を知らない暢気な意見もあれば、イスラム化が進むという短絡的な意見もある。しかし、要因は経済にある。
 エジプト経済は早晩に大きなクラッシュを起こすということはない。だが、じわじわと若者世代や中間階級の専門職を締め上げることで社会不安の要因を高めていく。軍部としては小手先騙しを繰り返すしかないから、だらだらとした衰退が続くだろう。ただ、突発的な惨事になれば動くのは軍部であろう。
 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.10.06

スティーヴン・ポール・ジョブズ(1955年2月24日 - 2011年10月5日)

 スティーヴン・ポール・ジョブズ(Steven Paul Jobs)が亡くなった。悲しいことだなと思った。遠く、彼の泣き声を聞いたようにも思った。

cover
 8月に出た英語版Newsweek Sept 5号の表紙は、ジョブズを思わせる黒いシルエットだった。「ああ、これはあまりに強烈なカバーデザインだな。近く亡くなるということを、こう暗示しているのか。日本だと、こうもいかないだろう」と思っていた。案の定、日本版の表紙は差し替えになっていた。
 ジョブズは、シリア人でイスラム教徒の大学院生アブダルファン・ジョン・ジャンダリ(Abdulfattah John Jandali)を父とし、大学院生ジョアン・シンプソン(Joanne Simpson)を母として、未婚の子供として1955年、カリフォルニアに生まれた。
cover
ニューズウィーク日本版
2011年9/7号
 晩年の彼の相貌はシリア人らしさのようなものを感じさせる。父がイスラム教徒という点では、オバマ大統領と同じで、イスラム教徒の子はイスラム教徒であるとすなら、ジョブズもイスラム教徒だと言えるのかもしれない。おかしな理屈のようだが、おかしいと思うのは文化的な偏見であるかもしれない。
 両親が学生同士でしかも異文化の環境では赤ん坊は育てられないということで、生まれてまもなくジョブズは、ポール・ジョブズ(Paul Jobs)夫婦に養子に出された。ジョブズ姓なのはそのためである。
 ジョブズ少年は親に捨てられたのだという思いを残したようだった。母に再会したのは30歳を過ぎてからである。
cover
ここではないどこかへ
(モナ・シンプソン)
 実母ジョアン・シンプソンはその後、結婚しモナ・シンプソン(Mona Simpson)を産む。ジョブズの実の妹である彼女は、後、小説家となり、その「ここではないどこかへ(Anywhere But Here,)」(参照)を著し、母と兄に捧げた。
 ジョブズ少年は高校時代、1971年、地元のヒューレット・パッカードでアルバイトをしているときに、後に、共にApple社創業者となる、5年上のエンジニア、スティ-ブン・ウォズニアック(Stephen Gary Wozniak)と出会い、電話をハッキングして無料通話可能にする装置を開発した。ジョブズ少年は、これはいけるんじゃないかと売りさばいて儲けた。彼のビジネスの始まりであった。
 大学進学は実の母の望みであったようだが、ジョブズ少年は大学を中退し、アタリに就職した。転機はウォズニアックから訪れた。
 1976年にウォズニアックは、当時開発者のチャック・ペドル自身も手伝って安価に販売されていたCPU 6502を使ってパソコンを設計し、組み上げた。木製の箱に収められた手作り品である。ぜんぶウォズニアックがやった。これがApple Iとなる。ジョブズはこれに目を付けて売り出した。当初はあまり売れなかったが、そのうち売れ始め、次のApple IIできちんとビジネスに持ち上げようとした。が、そこは少年、大人がいないとビジネスなど無理な話であった。
 大人役を買って出たのは、1942年生まれのマイク・マークラ(Mike Markkula)である。若い内に一財産築いて、暇な暮らしをしていたところであった。Appleの創業は二人のスティーブによると言われるが、実際のビジネスはマークラがお膳立てしたものだった。マイクロソフトを事実上創ったのがポール・アレンであるように、Appleを創ったのはマークラだと言ってよい。それと、1977年にもう一人の大人、ナショナル・セミコンダクターからマイケル・スコット(Michael Scot)を引き抜いて社長に据えた。
 Apple IIはフルカラーで、インベーダーゲームもできるということで、よく売れ、社員も増え、じゃ、社員番号でも振るかというとき、ジョブズは、僕が1番でなきゃ、やだ、と言った(英語で)。1番はウォズニアックだろ常考、とマークラに言われた(英語で)。じゃ、僕はゼロ番だとジョブズ少年は言い張った。絵に描いたような、お子ちゃまである。邪魔なウォズニアックをどう消すかと考えてもいた。
 幸いというのかわからないが、1981年、ウォズニアックは飛行機事故で大怪我をし、Appleを二年離れることになった。ジョブズのチャンス到来。他にもうるさい大人であるスコットを追い出した。マークラは残した。親に捨てられた少年は親代わりの人への愛着を持ち続けた。
 ジョブズは技術にそれほど詳しいわけではない。ウォズニアックの穴を年配の技術者ラスキン(Jef Raskin)で埋め、後のMacintoshに繋がるLisaの開発を始めた。
 Lisaは女の子の名前である。ジョブズの娘の名前である。母親はナンシー・ロジャーズ(Nancy Rogers)。籍は入れていない。娘が生まれたときも戸惑った。父のいない彼にとって父であることは理解できないことでもあった。父親であることも否定していた。娘は福祉施設に預けられた。本当に自分の子供なのかと苦悶し、血液検査までした。娘はその後、父を受け入れていく。その事が、たぶん、ジョブズの人生を根幹から変えることになる。
 Lisaのプロジェクトは、Apple社にしても死活問題であり、お子ちゃまジョブズに任せるわけもいかなかった。糞。ジョブズは戦いを挑み、Appleを滅茶苦茶にした。社員の人生も滅茶苦茶になった。マークラも匙を投げた。これをビジネスの世界では影響力と呼ぶ。
 代わりの人形としてジョブズは、ペプシコーラからスカリー(John Sculley )を引き抜いて社長に据えた。その時の口説き文句が、"Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to change the world?"(残りの人生、砂糖水を売りつづけたいか、それとも世界を変えてみたいか?)である。砂糖水だろ、普通。
 Lisaは失敗して、ジョブズにチャンスが回ってきた。運強し。かくしてMacintoshが出来たが、それは新興宗教教団のようなプロセスの結果だった。会社の大混乱は、結局マークラが収拾するしかなく、つまり、荒れ狂うお子ちゃまジョブズは、1985年、Appleから放り出された。怒ったジョブズはApple社の株を二束三文で売りさばいた。
 1979年にAppleに入ったトリップ・ホーキンス(Trip Hawkins)は当時のジョブズをこう評している(参照)。

スティーブは、本当の両親のことを何も知らなかった。彼は、あまりにも騒々しい人生を送っている。何に対しても大声で泣きわめくんだ。十分に大きな泣き声をたてれば本当の両親が泣き声を聞きつけて、彼を捨てたのは間違いだったと気がつくと思っているんじゃないかな。

 彼はそして人生のどん底にまで落ちて、そしてまた立ち上がってきた。死に際して、天才だ、英雄だという声も集めた。おかげでツイッターのタイムラインが停滞した。
 なるほどそれに値する人間にまで、苦難を経て、親ともなり、お子ちゃまジョブズは成長したと言える。が、もしかすると、その騒々しい人生は、ずっと親を求める大きな泣き声ではなかったか。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2011.10.05

ユセフ・ナダルカニ氏の死刑判決

 イランのキリスト教信者ユセフ・ナダルカニ(Yousof Nadarkhani)氏(33)に死刑判決が下った。これについて国際世界では、死刑廃止論者と信教の自由を求める人々から大きな異論の声があがった。が、理由はよくわからないのだが、死刑廃止論者の活動が盛んで、しかも信教の自由は日本国憲法に国を超える普遍の価値と明記されている日本では、にもかかわらず、報道がないように見える。それほど話題にも上っているふうもない。
 不思議なことだなと検索してみると、福音派ではないかと思われるが、キリスト教インターネット新聞クリスチャントゥデイというサイトに「イラン福音主義牧師、絞首刑へ」(参照)として話題があったが、このサイトの方針から当然と言えないこともないが、この問題をキリスト教信仰の問題に矮小化している印象がある。また記事も伝聞のためか事実認識に問題がありそうではある。それでも日本語で読める資料という点でまず引用しておこう。


 29日、イランの福音主義牧師ユセフ・ナダルカニ氏(34)がイラン政府によって処刑される危機に直面しており、世界中のキリスト者へ祈りが求められている。米ワシントンD.C.を拠点とするインターナショナル・クリスチャン・コンサーン(ICC)は28日、緊急の電子メールを送信した。29日、米クリスチャンポストが報じた。
 ナダルカニ氏は、イランラシュにある400の堅強な家庭教会運動を進める指導者で、2009年10月にイスラム法による校内で非イスラム教徒もコーランを読まなければいけないという命令に反対したため逮捕された。
 同氏はイラン国内において子供たちをコーランに依らず、両親の信仰に基づいて養育することが許されるべきではないかと主張していた。これに伴い、2010年9月、イラン地裁がナダルカニ氏に対し、「キリスト教に改宗および他のイスラム教徒をキリスト教に改宗させようとしている」ことによる絞首刑を宣告した。イラン最高裁も7月に同氏の絞首刑判決を支持し、先週日曜日から同氏の絞首刑について再検討がなされてきた。
 28日に同氏はイラン当局からキリスト教の信仰を破棄することを告白するように4度求められたが、4度とも信仰の破棄を宣言することを拒否したという。
 同氏は6月に知人あてに書いた手紙の中で、「たとえ死に至るとしてもキリスト教の信仰を放棄することはないと心に決めています。多くの霊的な誘惑を投げかける試みがありますが、忍耐と謙遜をもってこれらの誘惑を乗り越え、勝利を得ることができるでしょう」と述べていた。

 日本の江戸時代初期をテーマにした歴史小説を読んでいるかのような印象もあるが、問題はキリスト教信仰ということではなく、普遍的な信教の自由と死刑制度が問われていることだ。
 州によっては死刑制度を維持している米国としては、この問題を死刑制度の問題としては捉えていないが、普遍的な信教の自由という点では、国家として明確な遺憾を表明することで、同じく憲法に信教の自由が明記さている日本国家と明確な違いを見せている。
 9月29日ホワイトハウス声明「White House on Conviction of Pastor Nadarkhani in Iran」(参照)より。

THE WHITE HOUSE
Office of the Press Secretary
September 29, 2011
Statement by the Press Secretary on Conviction of Pastor Youcef Nadarkhani
 
The United States condemns the conviction of Pastor Youcef Nadarkhani. Pastor Nadarkhani has done nothing more than maintain his devout faith, which is a universal right for all people. That the Iranian authorities would try to force him to renounce that faith violates the religious values they claim to defend, crosses all bounds of decency, and breaches Iran’s own international obligations. A decision to impose the death penalty would further demonstrate the Iranian authorities’ utter disregard for religious freedom, and highlight Iran’s continuing violation of the universal rights of its citizens. We call upon the Iranian authorities to release Pastor Nadarkhani, and demonstrate a commitment to basic, universal human rights, including freedom of religion.


米国はユセフ・ナダルカニ牧師の有罪判決をを非難します。ナダルカニ牧師は、自身の献身的な信仰を維持する以上のことをなにもしてきません。そして信仰というものはすべての人のための普遍的な権利です。イラン当局は、彼らが保護しようとする宗教的な価値に違反する信仰だとして、ナダルカニ牧師に棄教を強制しようとしています。これはあらゆる品位を逸脱し、イラン国家の国際的な義務を破棄するものです。死刑強行の決定は、イラン当局が信教の自由を無視し、自国市民の普遍的な権利を侵害しつづけることをいっそう明らかにするものとなるでしょう。私たちはイラン当局に対し、ナダルカニ牧師を釈放し、信教の自由を含めて、根本的かつ普遍的な人権への関与を示すことを求めます。


 言葉はかたいが、日本国憲法の原文にも調和した、日本人にとっても馴染みやすい声明ではある。日本国の声明ではないのが残念であるだけだ。
 この問題の推移とイランへの批判活動については、法と正義のための米センター(ACLJ: American Center for Law and Justice)(参照)に詳しいが、事実量が多く、逆にわかりづらい。
 その点で英国紙ガーディアン紙は、簡素ながらに、少し入り組んだ背景を説明している。「Iran: live free – and die」(参照)より。

There is no question that Mr Nadarkhani is a Christian, and an inspiringly brave one. That is, in theory, legal in Iran. The particular refinement of his persecution is that he is accused of "apostasy". The prosecution claimed he was raised as a Muslim, which is why his present Christian faith merits death. He was convicted last year. Mohammad Ali Dadkhah, the lawyer who was brave enough to defend him, was himself sentenced to nine years on trumped-up charges this summer. Both these sentences are offences against natural justice. Both were appealed. The supreme court in Tehran last week announced its judgment on one: Mr Nadarkhani might save his life if he publicly renounced Christianity. This he has twice this week refused to do. A third refusal – due at any moment – might spell his death sentence.

ナダルカニ氏がキリスト教徒であり、霊感から勇敢であることは疑いない。このことは、建前上は、イランにおいて合法的である。この迫害が手の込んだものであることは、告訴理由が「背教」であることだ。訴状によれば、彼はイスラム教徒として育てられ、それゆえに彼の強固なキリスト教信仰は死に値するというのである。彼は昨年有罪となった。弁護士として勇敢にも彼を弁護したモハマド・アリ・ダカ自身も捏造された疑惑でこの夏、9年の刑を受けた。両判決とも自然法に違反している。両者とも控訴した。イラン最高裁判所は先週、一方に判決を下した。ナダルカニ氏仮に公的にキリスト教を棄教するなら、命は救われるかもしれないというものだ。彼は今週二度拒否し、時期はわからないが三度目の拒否は、死刑判決を明確化するかもしれない。


 つまり、イスラム教徒だったのにキリスト教徒になったから問題だというのだ。見え透いたこじつけである。
 そこで、日本のリベラル派に見られるようなご都合主義のないリベラリズムを固持するガーディアンの意見は明確である。

The proposed hanging of Youssef Nadarkhani is an outrage. It is also a terrifying glimpse of the injustice and arbitrary cruelty of the present Iranian regime. This paper opposes the death penalty always and everywhere, but at least when it is applied for murder or treason there is a certain twisted logic to the punishment. But Mr Nadarkhani's crime is neither murder nor treason. He is not even a drug smuggler. He is just a Christian from the city of Rasht, on the Caspian Sea, who refuses to renounce his faith. There is a pure and ghastly theatricality at the heart of this cruel drama which goes to the heart of religious freedom.

ユセフ・ナダルカニの絞首刑は暴挙である。それはまた不正の恐ろしい一瞥と現在のイランの政権の気まぐれな残酷さでもある。ガーディアン紙は、いつでもいかなるときでも、死刑に反対するが、少なくとも、殺人や反逆罪に適用されるときには、その処罰についていじけた論理もあるものだ。しかし、ナダルカニ氏の犯罪は、殺人でも反逆罪でもない。彼は麻薬密輸業者ですらない。彼は、棄教を拒むカスピ海沿岸のラシュト市生まれのキリスト教徒であるというだけだ。信教の自由の核心的な問題に行き着く、まじっけなしでぞっとするほど芝居がかった残酷さがこの事態の核心なのである。


 まあ、そうだろう。
 さて、私の感想も付記しておきたい。普遍的な信教の自由を明記した市民契約を持つ日本国市民として私もこの事態につよい違和感を持つ。だから、ブログに記しておく。キリスト教が理由ではなく、市民契約を遵守するがゆえにナダルカニさん処刑に反対を表明する日本国市民が一人はいることになる。
 しかし、私は今回の事態は死刑執行にはならないとも思う。その程度にはイランという国を信頼している。
 さらにごく個人的に言うのだが、ナダルカニさんは、過ぎ去りゆくこの世にあっては、形の上だけ棄教すればよいと思う。


| | コメント (5) | トラックバック (1)

2011.10.04

オバマ流平和術:テロにはテロを

 イエメン拠点イスラム武装組織「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP: Al-Qaeda in the Arabian Peninsula)指導者アンワル・アウラキ(Anwar al-Awlaqi)師が暗殺された。暗殺の首謀者はいうまでもないオバマ米国大領である。ノーベル平和賞受賞者でもあるが。
 アウラキ師暗殺の発表は9月30日にあった。NNHK「“アルカイダ系指導者を殺害”公表」(参照)は次のように現地報道を伝えた。


 中東イエメンの国防省は国際テロ組織アルカイダ系の武装組織の指導者でアメリカを狙った複数のテロ事件に関与したとされるアンワル・アウラキ容疑者を殺害したと発表しました。
 イエメン国防省は30日、イエメン国内を拠点とするアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ」の精神的な指導者、アンワル・アウラキ容疑者を殺害したと発表しました。現地からの報道によりますと、イエメン軍は30日朝、中部のマーリブ州と隣の州との境の地域でアウラキ容疑者が仲間とともに乗っていたとみられる車両を空から攻撃してアウラキ容疑者を殺害したということです。
 アウラキ容疑者は、アメリカ生まれのイエメン人で、流ちょうな英語で過激思想の拡散を図り、おととしにはアメリカの旅客機を狙った爆破テロ未遂事件に関与したとされるほか、アメリカ・テキサス州の陸軍基地で起きた乱射事件では、乱射をした軍医に対してインターネットを通じて洗脳していたということです。
 このため、アメリカはことし5月にアルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者を殺害したあと、アウラキ容疑者の殺害を最重要課題の一つに掲げていました。アルカイダ側は今のところ何の反応も出していませんが、殺害が確認された場合、アルカイダにとってはビンラディン容疑者の殺害に続く大きな打撃になるものとみられています。

 NHKとしては最初の報道にあたるため確認でなきかったのかもしれないが、「空から攻撃して」という表現はわかりづらい。また、アウラキ師が米国市民権を所有していたことにも触れていない。
 NHKは10月2日にも関連報道「アルカイダの他2幹部も殺害か」(参照)をし、殺害のようすを多少詳しく伝えている。

アメリカとイエメン政府は、先月30日、イエメンを拠点とするアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ」の精神的な指導者、アンワル・アウラキ容疑者を殺害したと発表しました。作戦は、CIA=中央情報局などが無人攻撃機を使って空から攻撃したものとみられています。これについて、ニューヨーク・タイムズなど、アメリカの複数のメディアは、1日までに、政府当局者の話として、作戦ではアウラキ容疑者と一緒にいた幹部2人も殺害された可能性があると伝えました。このうち、1人は爆発物の製造を担当し、去年、イエメンからアメリカに向けて発送された航空貨物から見つかった爆発物などを製造したとみられています。また、もう1人は、過激な思想をインターネットで広める役割を担っていたということです。

 無人機、つまり、ロボットを使って人間を殺害したのである。ここでもNHKは触れていないが米国市民権を持つ人間の殺害であり、これは「暗殺」というのが正しい表現だろう。
 具体的にどのように米国市民暗殺を実行したかについて、その責任者であるオバマ大統領は明言を避けている。時事「作戦の詳細公表せず=アウラキ師殺害「喜ばしい」-米」(参照)より。

オバマ米大統領は30日、ラジオ番組のインタビューで、イエメンの「アラビア半島のアルカイダ」のアンワル・アウラキ師の殺害に関し、米軍・情報当局の関与や自身の役割など「作戦上の詳細については話せない」と言及を避けた
 大統領は「アウラキが米本土や同盟国を直接脅かせなくなったことは非常に喜ばしい」と歓迎、イエメンや関係国との緊密な連携の成果であると称賛した。

 推測はされている。1日付け産経新聞記事「無人機、遠隔操作でテロリスト殺害 米軍と情報当局 ゲームさながらの「ハイテク戦」展開」(参照)より。

 AP通信などによると、アウラキ容疑者の動向を最初に探知したのはイエメン当局。情報はすぐさま米軍特殊部隊を管轄する統合特殊作戦軍と中央情報局(CIA)に伝達された。
 両組織は約3週間にわたってスパイ衛星や偵察機を駆使してアウラキ容疑者を追跡。本人と確認した上でホワイトハウスの許可を得て攻撃を実行した。
 両組織が所有する無人機は、ジブチなど周辺国から離陸。どこから操縦されていたかは不明だが、最新の機体は米国本土からの操縦も可能だ。上空には有人の米軍機も待機し、必要なら攻撃に加わる態勢が整えられていた。
 無人機による1度目のミサイル攻撃は標的を外して失敗。上空を旋回していた無人機は、猛烈な砂ぼこりの中を逃走する車両を再び発見し、2度目の攻撃で標的を破壊。車両は粉々で、アウラキ容疑者ら4人の遺体確認は不可能という。

 このやり口は、テロにはテロを、という以外はないだろう。
 いかなる法的な根拠で、米国市民を国家が暗殺可能になるのか。疑問の声は当然上がる。ウォールストリートジャーナル記事「Killings Pose Legal and Moral Quandary」(参照)はその要点をまとめた。同記事は翻訳も掲載された(参照)。

 イエメンを拠点とするテロ組織「アラビア半島のアルカイダ」の指導者で米国籍のアンワル・アウラキ師を、9月30日に米中央情報局(CIA)が無人機で殺害したとされていることについて、合法だったのか、さらには道義的に許されるのかをめぐって米国で論争が起きている。問題は、推定無罪の原則を守るべき国が裁判所の許可を得ずに市民の生命を奪うことができるのかどうかである。
 アウラキ師は、オバマ大統領によって米国の安全保障にとって危険な人物として「殺害標的リスト」に加えられた最初の米国民とみられているが、米政府は同師を正式起訴しておらず、同師の罪状を証明する具体的な証拠も明らかにしていない。同師はここ数年、インターネットなどを通じた反米演説でアルカイダへの勧誘に成果をあげ影響力を強めている。


 外国情報監視法(FISA)によれば、米政府は海外在住の米国民を盗聴するには裁判所の秘密許可を求める必要がある。連邦捜査局(FBI)は同法に従って裁判所の許可を得た上で、2009年にアウラキ師の電子メールを盗聴した。
 米司法省は、今回のアウラキ師殺害でFISAに基づく裁判所令があるかどうかだけでなく、殺害標的リストが存在するのか、アウラキ師が同リストに載っているのかも明らかにしていない。しかしオバマ政権は、戦争関連法により政府にはテロリスト集団に加わり米国に差し迫った脅威を与えている米国民を殺害する権利が与えられていると主張している。
 米議員の多くは、今回のアウラキ師の殺害を歓迎しているが、共和党大統領候補の一人であるロン・ポール下院議員(テキサス州)は、超法規的に米国民を殺害したことに困惑していると、不快感を示した

 つまり、テロリスト認定者の電話盗聴には裁判所の令状が必要だが、暗殺については政府独自の判断で実行できるということになる。オバマ政権は法的な手順をまったく踏んでいなかったのか。
 そうではないらしい。9月30日付けワシントンポスト記事「Secret U.S. memo sanctioned killing of Aulaqi」(参照)はアウラキ師の暗殺について米司法省の秘密メモで承認されていたことを報道した。日本語で読める情報としてはAFP「「米国籍を持つ米国の敵」、アウラキ師殺害で法律論議」(参照)がある。

 米紙ワシントン・ポスト(Washington Post)は30日、米国籍を持つアンワル・アウラキ(Anwar al-Awlaqi)師の殺害が、米司法省の秘密メモで承認されていたと報じた。
 米政府は今回の作戦の詳細の公開を拒んでいるが、米中央情報局(Central Intelligence Agency、CIA)と、CIAの管轄下にある軍の人員や装備によって実施された米軍の無人攻撃機による空爆でアウラキ師は殺害されたと報じられている。
 同紙によるとこの秘密メモは、バラク・オバマ(Barack Obama)大統領政権の上級法律顧問が、米国民を殺害対象にすることについて法的に懸念のある点を検討したうえで作成された。アウラキ師殺害を受けてある元情報機関幹部は同紙に、米司法省の同意がなければCIAが米国民を殺すことはなかったはずだと語ったという。
 別の複数の米当局者は同紙に、アウラキ師殺害の適法性について意見の食い違いはなかったと証言した。ある当局者は同紙に「このケースにおける適切な手続きとはすなわち、戦時における適切な手続きだ」と語ったという。

 推測の段階だが、米国の司法もまたこの暗殺を認めていたということになる。
 韓国のように、例えば安重根や姜宇奎のような暗殺者を賛美する東洋の伝統とは異なり、西欧の決闘の伝統を振り返れば、西欧では、武器をもたない人間に対して武器をもって殺害することは、人間の尊厳を汚す最大の恥辱ともなるはずだった。オバマ政権は倫理の面でもグローバル化し、東洋を学び、アルカイダの手法も学んだということだろう。
 もちろん、今回のオバマ大統領の決定を是とする人もいる。代表者は、ブッシュ政権を事実上支えてきたチェイニー元副大統領である。彼はこの暗殺作戦について「非常に優れた正当な攻撃だったと思う」と述べている。
 CNN「チェイニー前米副大統領「大統領は過去の批判を撤回すべき」(参照)はこう伝えている。

 チェイニー氏はこの作戦について「非常に優れた正当な攻撃だったと思う」と述べたが、同時に「現政権が2年前に立ち返り、米同時多発テロへの『過剰反応』を批判した発言を訂正するよう期待している」とも語った。また、オバマ政権が「正当だと思うときには強硬な行動に出る」方針へ転換したのは明らかだとの見方を示した。
 同氏の長女、リズ・チェイニーさんはさらに、オバマ大統領がかつて、ブッシュ政権は米国の理想に背を向けたと批判することによって国の名誉を傷付け、「大きな損害」を与えたと主張。「大統領は米国民に謝罪するべきだ」と述べた。
 チェイニー氏も謝罪を求めるかとの質問に、「私にではなく、ブッシュ政権に謝罪してほしい」と答えた。

 確かに、現在のオバマ政権の「テロにはテロを」戦略が正しいとするなら、より合法的で人間的でもあったブッシュ元大統領についての、かつてのオバマ氏の発言は、今の時点で謝罪を要するものだろう。
 同様にではあるが、確たる証拠もなくイラクを攻撃したとしてブッシュ政権を非難してきた人たちも、確たる証拠もなく暗殺に手を出したオバマ大統領のようなテロリストと同じ地平に立ちたいのでなければ、多少の思索もあるのかもしれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年9月25日 - 2011年10月1日 | トップページ | 2011年10月9日 - 2011年10月15日 »