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2011.09.17

[書評]Say It Better in English: Useful Phrases for Work & Everyday Life(Marianna Pascal)

 先日ツイッターで英語の勉強法の話題があって、「それならいいのがありますよ」みたいなことをつぶやいた。念頭にあったのは、この本、「Say It Better in English: Useful Phrases for Work & Everyday Life(Marianna Pascal)」(参照)。タイトルを訳すと、「英語で上手に言う方法。職場と日々の暮らしで役立つ言い回し」となるだろうか。そういう感じの本。

cover
Say It Better in English:
Useful Phrases for Work & Everyday Life:
Marianna Pascal, Lee Shee
 日常的な英会話でよく使われる表現を368個まとめて、それに簡単な解説とイラストと例文が付いている。ちょっとした絵本といった風情なので、中学生が読んでもいい。英語のレベルからすると、中学生くらいが相当かもしれない。日本で高校英語を普通に終えた人なら、おそらく半分はすでに知っているのではないだろうか。ということで、いまさら薦めるのもどうかなというためらいもあった。

 もう一つためらいがあった。日本のアマゾンを見ると中古のプレミアムがついていて、それがちょっととんでもない価格になっている。米国アマゾンはどうかと見ると、やはり在庫はなく、中古でお高い。まいったなとも思うのだが、これ、それだけのお値打ちの良書だという意味もあるのだろう。
 幸いというべきからキンドル版がある。キンドルで買うと12ドルほど。とはいえ、キンドルもってない人にこの本のためにキンドルを薦めるというのもどうかいうのはある。そういえば、先日、キンドルの話(参照)を書いたおり、もうすぐ新しいのが出るのにもったいないことをしたねみたいなことも言われたが、近日出るのはキンドルパッドというiPadみたいなものらしい。キンドルのほうはさして変わらないみたいだ。
 さてと。
 というわけで、ここまでエントリを読んでくれた人をがっかりさせるわけにはいかない。
 実は、本書収録の言い回し部分だけをリストにまとめた冊子が無料でPDF形式で配布されている(参照)。これだけダウンロードして、知らない言い回しをチェックしておくといいのではないかな。知らない言い回しを覚えたら、たぶんだけど、「あれれ、少し英語が上達したしたかも」という感じがするのでは。"I enjoyed your presentation very much."から"I really enjoyed your presentation."になるとか。
 先にも書いたが、すごく当たり前な言い回しも多いのだけど、意外と、へえ?というのもあるのではないか。私は英語が苦手なので、へえと思う言い回しがいくつもあった。
 例えば、"Can I get by?"
 状況によって意味が変わることもあるけど、「あの、ちょっと通してくれませんか?」という意味。リストには"Say this when you need someone to move so you can go past them." と説明がある。本書のほうだと、エレベーターを降りたいのだけどなあ、みたいなイラストで一目でわかる。
 例えば、"You shouldn’t have."
 これも状況で意味が変わる、というか、たぶん逆の意味にもなりかねないけど、説明はこう。"Say this to show appreciation when receiving a gift." つまり、ちょっと値の張る贈り物なんかをいただいたとき、日本語でも「こんなことなさらなくても」というけど、つまり、英語でもそういう言い方をする。
 例えば、"What are you up to these days?" なんかもよく言われるけど、"Tell me about your recent life"という意味。
 まあ、そんな感じ。リストを見るとわかるけど、電話関連の言い回しや、ちょっとした仕事関連の言い回しが多く、けっこう実用的。"Can I take a rain check?"とかも。
 本書のほうだと、イラストの他に、ちょこっとした一行程度の解説があったりする。私なんかだと、へえと思うような話もあった。


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2011.09.15

テロとの戦争とは何だったのか

 セプテンバー・イレブンとも略称されるニューヨーク同時多発テロ事件から10年。関連行事のニュースをなんどか見かけた。テロとの戦争とは何だったのかとも問われていたようだったが、私はといえば、幸い身近に被害者がいなかったこともあり、消防士の方たちは大変だったなあ、神のお恵みを、と思うくらいで、あたらめての感想といったものはなかった。時というものはこうして過ぎていくものだという一般的な感慨があるくらいだった。
 が、今朝たまたまツイッターでアゴラに掲載された金融日記さんの「テロとの戦争とは何だったのか」(参照)のリンクを見かけ、つい読んでしまった。釣られた。


米ニューヨーク・タイムズの記事によると、この世界同時多発テロにより破壊されたワールド・トレードセンターや建物内の備品、その他、地下鉄や電話線や送電線の損失は合計で260億ドル(2兆円)である。このテロでテロリスト19人を含む2,993人が犠牲になった。そしてこの破壊された2兆円のインフラストラクチャーと約3000人の犠牲者に対する復讐として、アメリカはテロとの戦争を開始したのである。

 そこは特に異論もない。続く文脈は私には論旨のよくわからない話があり、その後、本題に入ったようだった。

さて、テロとの戦争である。米兵だけで6000人以上が死亡した。テロの犠牲者の2倍である。米ブラウン大学ワトソン研究所の推計では、戦場にされたイラクで12万5000人、アフガニスタンで1万1700人、パキスタンで3万5600人の民間人が死亡した。その他の犠牲者を合計すると、控えめに見積もっても22万5千人ほどが死亡した。経済的にはアメリカの負担は3.2兆ドル~4兆ドル(250兆円~300兆円)程度だといわれている。日本の総税収の6年~8年分である。つまりテロの直接の被害の150倍の金を費やし、テロの直接の犠牲者の75倍の命を犠牲にしたのである。これだけの負担をして、世界の安全性はより高まったのだろうか?

 死者数についてはそういう推定もあるだろうとは思うが、金融日記さんらしい経済面での数値で、あれ?と思って、まんまと釣られたわけである。
 もちろん、これもそういう推定もあるとは思うが、ここはまず米国議会の公式推定を出すのが普通ではないか。
 今年3月29日付けの米国議会調査「The Cost of Iraq, Afghanistan, and Other Global War on Terror Operations Since 9/11 March 29, 2011 - RL33110」(参照)を見ると、ニューヨーク同時多発テロ事件以降、議会側で承認された総額は"$1.283 trillion"とある。1.3兆ドルというところだ。
 コラムニストのクライトハマー(Charles Krauthammer)も先日、同じ数値を挙げていた。「The 9/11 ‘overreaction’? Nonsense」(参照)より。

The total cost of “the two wars” is $1.3 trillion. That’s less than 1/11th of the national debt, less than one year of Obama deficit spending. During the golden Eisenhower 1950s of robust economic growth averaging 5 percent annually, defense spending was 11 percent of GDP and 60 percent of the federal budget. Today, defense spending is 5 percent of GDP and 20 percent of the budget. So much for imperial overstretch.

「2つの戦争」の総費用は1兆3000億ドルである。それは米国赤字の11分の1より少なく、オバマ大統領による1年分の赤字財政支出よりも少ない。毎年平均5パーセントもの経済成長を力強く遂げていたアイゼンハワー大統領黄金期の1950年代では、防衛支出はGDPの11パーセントで国家予算の60パーセントもあった。今日の防衛支出はGDPの5パーセントで国家予算の20パーセントである。帝国主義的な過剰拡張といってもその程度なのである。


 アイゼンハワー時代と比較するのは洒落がきついが、米国議会が承認するのに大きくためらうという支出でもない。米国経済の問題の根幹がテロとの戦争にあるわけではない。

Yes, we are approaching bankruptcy. But this has as much to do with the war on terror as do sunspots. Looming insolvency comes not from our shrinking defense budget but from the explosion of entitlements. They devour nearly half the federal budget.

なるほど米国は破産に向かっているが、テロとの戦争による影響は太陽黒点の活動の影響ほどである。迫り来る破産は、縮小しつつある防衛予算によるものではなく、給付金の爆発的拡大によるものだ。それが国家予算のほぼ半分をむさぼっている。


 金融日記さんの該当エントリーの冒頭には「そこには現在の日本にとって大切な教訓があるからである」とも書かれていたが、米国から学ぶ教訓はむしろ社会保障費の拡大によって十分な防衛費が捻出できず、十分な国家安全保障が達成できなくなる点のほうにある。
 ブッシュ政権によるテロとの戦争の政策はよく批判されたものだったし、金融日記さんもこう書いていた。釣りのうまさに脱帽せざるをえない。

10年前の9月、アメリカ国民は正気を失っていた。ニューヨーク・タイムズなどの大手メディアも一斉にテロとの戦争を煽っていた。そして核兵器を隠しているとされたイラクなどに戦争をしかけていく。そのような雰囲気の中、こういった戦争は馬鹿げている、などという者は国じゅうからバッシングを受けた。

 実際は、イラク戦争は、セプテンバー・イレブンがなくても企画されていた。チェイニー元副首相らの安全保障政策ですでに導かれていたし、ウィキリークス公電でサウジが米国に対してイランを空爆せよと求めていたことからも類推できるが、湾岸戦争でサウジに手を伸ばしアラブの覇者たらんとしていたイラク故フセイン大統領はサウジ側から危険視され、その小間使いチェイニー氏は標的として定めていた。
 リビア戦争は人道的目的から是とされたが、イラクでは1987/1988年に20万人近いクルド人が虐殺されていたが人道的介入を要する問題とはされなかった。国連制裁はあったが、それで食糧や衣糧品の不足からイラク社会は疲弊し、病死者も増えていた。しかも、この国連制裁は朴東宣らが主導する不正に満ちていて(参照)、フランスやロシアまでも噛んでいた(参照)。クライトハマーが大げさにイラク戦争を擁護するまでもなく、「正気を失っていた」からというものでもなかった。もちろん、それを是とするかは別問題であるにせよ。

Iraq, too, was decisive, though not in the way we intended. We no more chose it to be the central campaign in the crushing of al-Qaeda than Eisenhower chose the Battle of the Bulge as the locus for the final destruction of the German war machine.

私たちが意図したとおりではなかったが、イラクも決定的な意味があった。イラクがアルカイダ粉砕のための中心的軍事行動に選ばれたのは、アイゼンハワー大統領がドイツ軍事機構を最終的に破壊するための要所としてバルジの戦いを選んだこと以上のものではない。


 これもきつい洒落と言えないこともないし、クライトハマーはサウジに言及はしていない。が、世界のサウジへの依存から見てもその比喩が理解できないものでもない。
 また、「アラブの春」とやらが西側諸国によるリビア攻略に結びついた今、イラク戦争がその基点のひな形であることは否定しがたい。
 しかも、ブッシュ元大統領が始めたテロとの戦争は、きちんとオバマ大統領に引き継がれているのである。

In the end: 10 years, no second attack (which everyone assumed would come within months). That testifies to the other great achievement of the decade: the defensive anti-terror apparatus hastily constructed from scratch after 9/11 by President Bush, and then continued by President Obama. Continued why? Because it worked. It kept us safe — the warrantless wiretaps, the Patriot Act, extraordinary rendition, preventive detention and, yes, Guantanamo.

結局のところ、この十年間、誰もが数か月と想定した第二次攻撃はなかった。このことで、9.11の後、ブッシュ大統領が急ぎ形成した対テロ防衛機構はこの十年間の偉大な達成であることが明らかになった。そしてオバマ大統領にも引き継がれている。引き継がれた理由は、有効だからだ。おかげで我々は安全である。つまり、令状なしの盗聴、愛国者法、通常の法的手続きによらずに実施された容疑者の他国への移送、予防の拘置、そう、グアンタナモ収容所である。


 もちろん、これもきつい洒落として読むこともできる。
 だが、一つだけ明確なのは、ブッシュ政権からオバマ政権に変わっても、饒舌な修辞を除けば、テロとの戦争で実質的に変わったことはなかった。

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2011.09.13

黒塗りの下には

 福島原発事故については東京電力も菅直人前首相も精一杯のことをしたではないかとも思うので、この意見は控えておくべきかとも悩んだが、事故調査に当たっている衆院科学技術・イノベーション推進特別委員会が東京電力に過酷事故時の対処マニュアルの提出を求めたところ、50行中48行を黒塗りした文書を提出したとの報道を聞き、さすがに呆れたので、こういう見方もあるということにすぎないが、簡単に記しておきたい。
 報道の確認から。NHK「衆院 原発事故時の手順書開示を」(参照)より。


 衆議院の科学技術・イノベーション推進特別委員会は、福島第一原発の事故の原因を調べるため、東京電力に対し、9日までに事故時のマニュアル「事故時運転操作手順書」と深刻な事故で使う手順書を提出するよう求めました。これに対し、東京電力は、「事故時運転操作手順書」は内容のほとんどを黒く塗りつぶして提出し、また深刻な事故で使う手順書だとして12日提示したのは表紙と目次の3枚だけで、目次の大部分を塗りつぶしていたうえ、資料はその場で回収しました。東京電力は「知的財産が含まれていて、また核物質をテロなどから守らなければならず、公表できない」と説明しています。これに対し特別委員会の川内博史委員長は、12日、経済産業大臣に対し東京電力に原本のままの提出を法律に基づいて命じるよう求めました。この問題について経済産業省、原子力安全・保安院は「今後、どう対応するか検討したい」としています。

 朝日新聞記事「50行中48行黒塗り 東電、国会に原発事故手順書提出」(参照)では次の内容も報道されていた。

 東電が開示した資料は、「1号機運転操作手順書(シビアアクシデント)」の表紙と目次で、A4判計3枚。12日、保安院を通じて、非公開の同委員会理事会で委員に配られた。
 川内委員長によると、手順書は2003年7月1日に作成され、今年2月1日に改定されたと記されていた。目次の序文など50行のうち48行が黒塗りにされ、その場で回収された。読めた単語は「消火系」「不活性ガス」だけ。委員からは、「資料開示に応じないのははなはだ遺憾」などと批判が出たという。

 これではまったく事故調査にならなず、なんらかの対応が必要なのは論を俟たないが、一企業としての東電側の思いもわからないではない。
 そもそも、過酷事故に対処する手順書が東電側にのみ存在し、政府側の規制機関に存在していないというのも、今となってはの議論ではあるが、不可解な話である。それとも、この点、私が理解していないでいて、政府側の規制機関には過酷事故に対処する手順書が存在しているのだろうか?
 福島原発事故を引き起こした原子炉は米国ゼネラル・エレクトリック(GE)社製「マークⅠ型」ということからもわかるように、GE側には非常用復水器の操作を含め十分な資料があり、また、米国でも同型の原子炉が利用されていることから、米原子力規制委員会(NRC)も規制のために十分な資料を持っている。例えば、1989年には「マーク1型」についてNRCは格納容器に圧力緩和用の緊急通気弁を取り付けるGE社側の提案を承認し、これは今回の福島第一原発にも影響していた。
 実際のところ今回の事故でも、東電および日本国側がなすすべもなく「ミッション・二階から目薬」(参照)を決死のパフォーマンスとして実施した後は、事実上の事故対応のヘッドクオーターはNRCに委ねられたと見てよい。この経緯についてはすでにブログで記しても来た。
 事実上のNRC指揮移管に至る最大の契機は、事故対応のための手順書である、3月26日付けNRC文書のリークだったと言える。この文書については、「放射性物質を含む瓦礫の撤去が始まる: 極東ブログ」(参照)でも記したが、この事態で特別に編まれたものであるが、アドホックに書かれたのではなく、NRCの標準手順に沿って書かれていただけのものだった。つまり、NRC側には過酷事故に対処する標準の手順書が存在しており、NRC側としては、なぜ東電および日本が、NRCの過酷事故に対処する手順書に従わないのか不審を抱いていた。だから脅しために意図的にリークした。
 米国であれば、過酷事故が発生すれば、NRCの過酷事故に対処する手順書に従うことになるし、NRCが事実上の指揮に当たる。当然ながら、原子炉を運営する企業は、いったん国家の側に移管されることになり、その後、国家機関としてのNRCが関与するということになる。
 NRCに相当する機関が日本にはなかったというだけの問題とも言えるかもしれないが、日本国も、結果としてNRCの指揮下に入ったのだが、最初の時点で、過酷事故対処を東電指揮下から切り離すべきであった。この点について、日本でもそうであったという議論もある。そして、その上で東電が政府側に従わなかった、または、政府側が混乱して指揮ができていなかったという議論もある。
 だが、現実問題として、過酷事故対処は東電に丸投げされており、そのきっかけ、および指針を出したのは菅直人元首相であった。
 菅直人前首相が3月15日未明に東電本店に乗り込んだ際の訓示の記録全文が、9月9日なって東京新聞朝刊で公開された(参照)。「命を懸けてください」といった戦中戦前の日本軍を思わせる威勢のいい言葉の実態には、東電への丸投げと米国など他国の介入の忌避が明確に描かれていた。

*前首相訓示全文
 今回のことの重大性は皆さんが一番分っていると思う。政府と東電がリアルタイムで対策を打つ必要がある。私が本部長、海江田大臣と清水社長が副本部長ということになった。
 これは2号機だけの話ではない。2号機を放棄すれば、1号機、3号機、4号機から6号機。さらに福島第二のサイト、これらはどうなってしまうのか。これらを放棄した場合、何ヶ月後かにはすべての原発、核廃棄物が崩壊して、放射能を発することになる。チェルノブイリの二~三倍のものが十基、二十基と合わさる。日本の国が成立しなくなる。
 何としても、命懸けでこの状況を押さえ込まない限りは、撤退して黙って見過ごすことはできない。そんなことをすれば、外国が「自分たちがやる」と言い出しかねない。皆さんが当事者です。命を懸けてください。逃げても逃げ切れない。情報伝達が遅いし、不正確だ。しかも間違っている。皆さん、萎縮しないでくれ。必要な情報を上げてくれ。
 目の前のこととともに、五時間先、十時間先、一日先、一週間先を読み行動することが大事だ。金がいくらかかっても構わない。東電がやるしかない。日本がつぶれるかもしれない時に、撤退はあり得ない。会長、社長も覚悟を決めてくれ。六十歳以上が現地に行けばよい。自分はその覚悟でやる。撤退はあり得ない。撤退したら東電は必ずつぶれる

 実際のところ、結果としては、横田基地で待機していた実動部隊によって、米国が「自分たちがやる」という事態にはならなかったが、放射性物質を大量にまき散らした後の対応は事実上、NRCの指揮下に入り、また対応の基礎資料はフランス、アレバ社にも依存することになった。
 東電という企業を国家の命令で命を懸けさせることは、日本の戦前戦中風の美談にも思えるが、現実的には、十分な対処手順を持っていたNRCとリソースを用意していた米軍の関与を遅らせ、事態を深刻化させてしまうことになった。
 東電側に過酷事故時の対処マニュアルがあったとしても、製造元のGEやNRCに準拠したものにすぎず、しかも実際にはそれを元に対応ができたわけでもなかった。


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2011.09.12

鉢呂吉雄前経済産業相、辞任

 福島第一原子力発電所事故を巡る不適切な言動を認め鉢呂吉雄前経済産業相が辞任し、後任には枝野幸男前官房長官が内定した。
 鉢呂氏の辞任に至る経緯はマスメディアによる吊し上げのようでもあり、ネットの世界では、社会党や農協といった鉢呂氏の背景もあってなのか、反原発派と見なされたことか、世論に比べて鉢呂氏の支持派が多く、マスメディアの暴走こそが問題とする意見をよく見かけた。
 確かにマスメディアの暴走といった傾向は今回も見られたが、以前の、麻生元首相や石原都知事の失言を狩る光景とさして変わるものではなく、いつものマスメディアの行動でもある。マスメディアの問題としては事前の仕込みがあったと思われるメア氏発言報道のほうが相当に悪質であるようにも思える。
 いずれにせよ、野田内閣発足間もないなかで、失言が理由での閣僚辞任は好ましいことでない。気の向かない話題ではあるが、それでも、今後の動向を考える上で基点となる可能性がないわけでもないので、現状の記載として簡単に取り上げておきたい。
 鉢呂吉雄前経済産業相の不適切とされる言動は、二点あった。(1) 9日、福島第一原発の視察後、議員宿舎に帰宅した際、近くにいた毎日新聞男性記者に近寄り、「放射能をつけたぞ」という趣旨の発言と共に、「防災服をすりつける仕草」をしたこと、(2) 10日の記者会見で原発周辺の市街地を「死の街」と表現したこと、の二点である。
 2点目の「死の街」については、朝日新聞記事「鉢呂氏「死の街」発言 野田首相「不穏当」と謝罪求める」(参照)で報じられているように、野田首相が「不穏当な発言だ。謝罪して訂正して欲しいと思う」と明言したことを受けて、即座に鉢呂氏自身も不適切な発言であることを認めて弁明があった。首相も鉢呂前大臣も「死の街」という表現が不適切であると認めているのだが、ネットなどではこの、野田首相と鉢呂前大臣の認識を否定し、「死の街」という表現は適切であり、不適当な発言ではないする声もある。
 話題となった「死の街」という表現だが、小学館提供『使い方の分かる 類語例解辞典 新装版』(参照)で「死」の語用の解説に、はっきりと「死の街と化す」という用例がある。


[補足]
◇(1)比喩(ひゆ)的に、死んだように生気、活気のない状態であるさまをいうこともある。「死の街と化す」 (2)「急死」「刑死」「殉死」「頓死(とんし)」「脳死」「病死」「老死」など、形容する語について複合語を作ることも多い。

 この辞典からは、「死の街」は、「比喩的に、死んだように生気、活気のない街」として自然に理解できる。実際に鉢呂氏が見た光景はそのようなものであり、であれば、失言にあたるとは思えない。
 むしろ、ジャパンタイムズなどが「死の街」発言を「ゴーストタウン(ghost town)」(参照)と訳したことなどから、「死の街」は「ゴーストタウン」と同じだから問題ないとする持って回った擁護論も見かけたが、そうした英語を挟んでの手間をかける必要もない。
 なお、海外では、この他の表現も見られたが、"City of Death"といった直訳的な表現は避けられている印象を受けた。これだと黒死病のように、死者が充満した街というイメージになり、あまりに奇矯に思われたからだろう。
 では、「死の街」は日本語としてまったく違和感がない表現なのかというと、戦後の苦難の歴史を歩まれた年代には、1952年大映映画「死の街を脱れて」が想起されるだろう。昭和二十年、日本軍が中国大陸を敗退し、現地に無防備にとり残された日本人婦女子には悲惨な現実が訪れた。映画「死の街を脱れて」が描く日本人街では、恋人を殺され、辱めを受けた婦女子の惨状を見かねた婦人会長が日本人として清く自決しようと提言する。映画では、まさに死に溢れる光景が「死の街」として表現された。比喩的な表現と直接的な表現のどちらが強いかを考えても、死に満ちた「死の街」が一義的になるのは自然な言語のありかたである。
 2点目の、毎日新聞男性記者に近寄り「放射能をつけたぞ」という趣旨の発言と共に、「防災服をすりつける仕草」をした点については、どうか。
 これは誰が考えても、重責を担った大国の大臣とは思えない子供じみたものではあるという以前に、報道されたように「放射能」を意図して発言が随伴していたとするなら、原発事故被災者がこうした差別に苦しんでいるさなかであり、誰もが不快に思う軽率な行動と言える。
 毎日新聞の経産省担当記者としても、鉢呂氏が原発施設を出た後には厳重な除染を行うことは認識しているだろうから、なぜ鉢呂氏が「防災服の袖をつけるしぐさ」したのか、子供じみた行為だという以前に、まずもって不可解に思えたはずである。同じ場にいた他の記者たちにもその行為は奇異に見えたことから、その行為の意味が問わることになった。毎日新聞の報道の後、NHKの報道が遅れたが、その間、NHKとしても、鉢呂大臣のこの言動の事実性を確認していたのだろう。
 まず、鉢呂氏が「防災服の袖をつけるしぐさ」をしたことは、事実であったと見て妥当だろう。また辞任会見でも、そのしぐさがあったことは鉢呂氏も否定していない。ではそのしぐさの意味はなんであったか。
 報道では、このしぐさに「放射能をつけたぞ」という趣旨の発言が伴われていたとされている。だが、その表現は各メディアによってまちまちであり、また、辞任会見でも鉢呂氏は、「そういう発言をしたと確信を持っていない」と述べていることから、正確な発言がなんであったかは明確にはわからない。
 鉢呂氏の辞任会見「非公式記者懇の気楽さあった」(参照)ではこう語られている。

記者さんは仲間たちという感じで、現地に行っていないということで、大変厳しい状況を共有していただくというか、そういうのを込めて、そういうしぐさから出たと私自身は思う

 そのまま受け取ると、類人猿などに見られるグルーミングの行為のようにも思えるが、当然、「グルーミングでした」は、常識的に了解できるものではない。

 --非公式という場があだになって、そういう軽率な言葉を発したのか
 「軽率というか、深刻的な話になったものですから、そこを何というか、親しみを込めて…。相手から言えば、そういう風に受け止められたのではないかなという風に…」
 --親しみを込めて何と言ったのか
 「ちょっとはっきりと分からない」

 鉢呂氏本人はどのような発言をしたかということは、わからないとしているが、発言がなかったという否定にはなっていない。別の言い方をすれば、そのような発言は断固としてなかったという表明はなされなかった。おそらく、そのような発言がないとなれば、類人猿のグルーミングような行為だけが謎として残ることになっただろう。
 まとめると、「防災服の袖をつけるしぐさ」は複数の記者に観察されていることから事実性は高く、それに随伴し、そのしぐさを意味づける発言があったらしいことも事実と見てよいだろう。しかし、その発言がなんであったかについて、「放射能」という発言を含んでいたとする記者の証言の妥当性は検討を要する。
 以上の妥当な事実性から、常識的に推測されることは、おそらく冗談としてではあろうが、「防災服をすりつける仕草」の意味となる「放射能をつけたぞ」といった主旨の発言の存在である。
 さて、仮に、「放射能をつけたぞ」(推定)として「防災服をすりつける仕草」(事実)をしたとするなら、それは、大臣辞任に値するほどの失態だろうか?
 鉢呂前大臣辞任を受理した野田首相はこの個別の点については言及していないようなので、政府としての判断はわからない。
 私の意見としては、「あの言動はあくまで冗談でした」と釈明し、「ご批判は受けるが、断固として大臣の職を貫徹したい」と鉢呂氏が述べるなら、辞任に値することではなかったように思われる。もちろん、減給なりのなんらかの処罰も受けるべきであろうが。
 逆に言えば、なぜ鉢呂前大臣にそこまでの使命感・重責感がなかったのか、大臣の資質が問われるならそこであり、次に、野田首相の内閣運営の原則に疑念を残すものになった。
 それでも、鉢呂前大臣がこうした顛末として辞任したことで、子どもたちがふざけて「放射能をつけたぞ」「放射能がついたぞ」としても、一国の大臣でもする冗談だからかまいません、ということはならなくなった。その一点だけは、鉢呂前大臣が国民の品位を高めてくれたと言えるだろう。


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