« 2011年7月31日 - 2011年8月6日 | トップページ | 2011年8月14日 - 2011年8月20日 »

2011.08.11

ロンドン暴動について

 ロンドン暴動について、映像としてはショッキングなものなのでニュースにしやすいし、議論としては背景に社会格差や民族差別があると言うとさもそれらしく聞こえる。そこで思考停止になりかねないが、映像を見ているとただの無法な略奪にしか見えないし、もっともらしい議論は特段に英国なりロンドンを特定してはいない。
 事件の発端は、ロンドン北部トットナムで4日、銃器犯罪の捜査中、警官が犯罪に関わると見られる黒人男性に発砲し射殺した事件だった。警官も1人負傷した。麻薬取引も関連していたらしい。そう聞けば、よくある事件にも思えるのだが、その後、この事件を人種偏見と見て抗議する集会もあった。それも特段に珍しいことでもない。そして?
 今朝の朝日新聞社説「英国の騒乱―なぜ暴力が横行したか」(参照)は、「騒乱のきっかけは、ロンドンで銃器犯罪を捜査中の警官による黒人男性への発砲事件だ。これを人種偏見と抗議する集会から暴動に発展した」とさらりと書いている。だが、その集会から暴動に発展した理由は不明である。事件がきっかけではあるかもしれないが、発展というなら、その暴動に抗議の主張が含まれているだろう。だが、それはない。
 朝日新聞も実際のこと、暴動を説明する理路がないために背景を浮かび上がらせようともしたようだが、それも無理があると認めている。


 逮捕者は700人を超えた。ツイッターやフェイスブックで暴動への参加を呼びかけた少年がいた。覆面姿で略奪に及んだ犯罪者もいた。真相解明を急いで欲しいが、移民や人種、貧困といった特定の要因が原因だとは言い切りにくい。

 今回のロンドン暴動は、「移民や人種、貧困といった特定の要因が原因だとは言い切りにくい」というのは、表面的にはそうであろう。
 かくして、朝日新聞は話を散漫にする。

 浮かび上がってくるのは、社会の恩恵を感じることがなく、やり場のない不満や怒りを心にたぎらせる若者の存在だ。

 修辞である。「社会の恩恵」の有無といった社会学的な対象をするりと、「社会の恩恵を感じること」という曖昧な主観に置き換えている。若者の心に同情して見せるのだが、結局は朝日新聞の主観でしかない。
 同社説には含まれていないが、今回の暴動ではブラックベリーといったスマートフォンによる匿名の暴徒集結が重要な機能をしていた。若者の憤懣と最新の通信機器による活動という点から見ると、いわゆる「アラブの春」と酷似しており、そうしてみると逆に、「アラブの春」と呼ばれていた現象も暴徒が本質ではなかったかとも思えてくる。
 どういうことなのか。いわゆるリベラルな論調に押し込みたいという欲望が先行すると、英国社会の格差解消や差別解消が十分ではないのだという枠組みで語りたくなるということなのだろう。
 ところが、今回の暴徒たちがスマートフォンを駆使できたように、食うに困る貧困ではない。職がないというのは大きな問題ではあるが、職の配分を均質にするには、基本的に異文化を社会に融合することが前提になる(同化せよというのではない)。
 それがうまくいってはいない。かくして、そもそもそれが必要となる社会に舵を切った英国ならではの問題でもあるとようやく言える。
 逆説的なのだが、オスロ事件の容疑者が賛美したように、日本のように異文化を社会に融合するニーズをそもそも少なくしている国家では、問題化しづらい。
 それでも異文化の協調を求め、若者に職を与える社会にすべきだというのは理念としては正論ではある。が、問題が深刻化する現実も他方には存在するだろう。そうした緊張がときに破局をもたらすという点では、2005年のパリ郊外暴動に類似した事件であると言える。
 日本での受け止め方と現地の報道での差違が際立つ事件でもあった。ロンドン暴動で、BBCの報道などから明白にわかることなのに、日本には伝達されてないのではないのかと思えることがあった。それは、被害の人々や、ロンドンの市民が口にしているのは、暴徒への怒りや同情ではなく、警察への不満という点である。
 つまり、今回の事件の直接的な誘因は、警察が機能しなかったということであり、現下、暴動が抑え込みになっているのも、警察力という暴力が強化されていることだ。
 そうして見るなら、警察という暴力をどのように統制するのかということが、今回の課題となってくることがわかる。フィナンシャルタイムズ社説などを読むと、まさにそこに論点は絞り込まれていた。

A firm response by the police is vital to stamp out the violence that has spread from London to other English cities. It is for the government and the Metropolitan Police to determine the precise rules of engagement. Non-lethal tools such as tear gas and water cannon should be considered rather than plastic bullets, which have an unhappy history in Northern Ireland. Above all, it is vital that steps are credible. A curfew would be impossible to enforce in a city the size of London.

ロンドンから他のイギリス都市に広がった暴力を根絶するためには、警察による手堅い対応が重要になる。それは、政府と警視庁が明確な対応規則を決定することである。北アイルランドにおいて不幸な歴史を持つプラスチック弾よりも、催涙ガスと放水銃など、致死的ではない手段が考慮されるべきである。何にもまして、手順を踏むことが重要である。夜間外出禁止令は、ロンドン規模の都市で実施することは不可能であろう。


 国家が暴力装置であるということは、このように各種の暴力を収納する権能を政府が担えることと、その行使する暴力が正統であることによる。
 フィナンシャルタイムズは英国に拠点を置く当事者だから厳しく見ているというというのもあるのかもしれないが、日本報道や日本での受け止め方には、かなりの差が感じられる。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

« 2011年7月31日 - 2011年8月6日 | トップページ | 2011年8月14日 - 2011年8月20日 »