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2011.07.09

なぜ江沢民は死んでいないのか

 この数日、江沢民前国家主席死亡の噂が飛び交った。私は死んでいないと思っている。その理由と事態の本質について、現在の記録として簡単に印象を記しておきたい。
 大手紙の部類に入れてよいと思うが産経新聞は7日、江氏死亡のニュースを流し、あまつさえ号外も出した。「江沢民前国家主席が死去 今後の日中関係にも影響か」(参照)である。結果としていくつかの点で興味深いニュースなので引用しておきたい。


 中国の江沢民前国家主席が6日夕、北京で死去したことが7日分かった。日中関係筋が明らかにした。84歳だった。遺体は北京市内の人民解放軍総医院(301病院)に安置されていると見られる。関係者は「脳死」と話している。
 江氏は1989年から2002年まで中国の最高指導者である共産党総書記を務め、改革開放路線を推進して高度経済成長を実現する一方、貧富の格差拡大を生み出した。次期最高指導者と目される習近平国家副主席の有力な支持者でもあり、江氏の死去は今後の政局や日中関係にも影響を与えそうだ。
 中国のメディア関係者によると、江氏は長期間にわたり膀胱(ぼうこう)がんで療養していた。4月ごろから体調を崩して入院、6月下旬から危篤の状態が続いていた。7月1日の中国共産党創建90周年の祝賀大会を欠席したため、重病説や死去説が流れていた。
 江沢民氏は江蘇省出身。1947年に上海交通大を卒業。55年、当時のソ連の自動車修理工場で研修した経歴をもつ。電子工業相を経て85年に上海市長、87年に上海トップの上海党委書記に就任。
 89年6月、民主化運動を弾圧した天安門事件直後にトウ小平氏ら長老たちに抜擢(ばってき)され、総書記の座に上りつめた。国家元首である国家主席は93年3月から03年3月まで務めた。
 97年のトウ氏死去後、名実ともに中国の最高指導者となった。
 在任中、企業家の共産党入党を積極的に認めるなど党改革を手掛けたが、言論の自由や民主化に向けた改革には消極的だった。
 引退後も、上海閥のリーダーとして政界に影響力を持ち続け、上海閥と良好な関係にある習副主席を支援してきた。

 しかし中国政府は江氏が死去していないことを公にしている。同日朝日新聞「江沢民氏死去のうわさ 新華社は否定の英文記事」(参照)より。

 香港や日本などの一部メディアが中国の江沢民(チアン・ツォーミン)前国家主席が病死したと報じ、中国国営の新華社通信が7日、複数の権威筋の話として「全くの流言に過ぎない」と否定する英文記事を配信した。死去説がネット上などで広がり、放置できなくなったと見られる。
 新華社は政府の公式見解を伝える役割を持ち、中国外務省の洪磊・副報道局長は7日の会見で「新華社がすでに報道している」と強調し、死去を否定した。情報の広がりを抑えるため、当局は報道やネットの規制も実施。ネット検索で江氏の名前や死去に関する情報を入力すると、「関連法規により結果を表示できない」となった。
 一方、6日に江氏を病死と報じた香港のテレビ局ATVについて、香港にある中国政府の出先機関は7日、「メディアの節度を著しく逸脱した行為に大きな憤慨を表明する」と厳しく批判。ATVは同日、報道を取り下げ、江氏らに謝罪するとの声明を出した。

 表面的に見るなら産経新聞が勇み足の誤報で朝日新聞が正確な報道である。しかしもう少し先がある。8日付け朝日新聞「江沢民前国家主席が危篤 数日中に重大発表との情報も」(参照)より。

 中国の江沢民(チアン・ツォーミン)前国家主席(84)が危篤に陥った。複数の外交筋や中国筋が明らかにした。中国国営の新華社通信は7日、一部メディアが報じた死亡説を「流言」と否定したが、中国外務省は同日の定例会見で、江氏の容体について確認を避けた。数日中に重大発表があるとの情報もある。
 関係筋の情報を総合すると、江氏は複数の持病を患っているとされ、7日までに病状が悪化。深刻な状態に陥った。生命維持装置で延命措置がとられているとの情報もある。江氏の家族は延命措置の停止に同意したが、中国共産党指導部の政治局常務委員会のメンバー9人のうち、賀国強(ホー・クオチアン)氏が外遊中のため、党が対処方針の最終決断を先送りしている、との見方もある。
 江氏は1日に行われた共産党創立90周年の記念式典を欠席。健康悪化説が飛び交うきっかけとなった。
 中国筋によると、中国政府は6日、閣僚級の幹部に出張を控える禁足令を出し、中国メディアに対しては、江氏の死亡を報じる際のガイドラインを通達。こうした動きを見た香港や日本などの一部メディアが6日から7日にかけて、江氏の死亡を報じ、ネット上などでも死亡説が広がった。

 どういうことなのか。何が中国政府内で起きているか。
 それ以前にこれらの報道は矛盾しているだろうか。
 私は矛盾していないと思っている。誤報に見える産経新聞記事だが、「遺体」という表現はさすがにまずいとは思うが、要点は「関係者は「脳死」と話している」にある。8日付けの朝日新聞記事も「生命維持装置で延命措置がとられているとの情報もある。」として脳死を示唆している。脳死と見ると文脈は整合的だ。
 私は江氏は心拍停止という意味では死去していないと見ている。
 理由は、中国人は政治の文脈で多元化した情報の渦中におかれると嘘がつけなくなるからだ。日本人なら、小渕元総理の急死でクーデターまがいのことをやっても口裏を合わせて押し通し、ジャーナリズムもなあなあにして、事実とは解釈であるみたいに倫理性のフィルタをかけるが、中国人はこうした口裏合わせをするには決死の盟友間でないと無理で、それはごく数名に限定される。江氏の状況では無理である。
 江氏が心拍停止の状態であればそれを権力で押し隠すことはできても、いずれ押し隠すことはできなくなるし、しかもその暴露時には隠した者の弱点として政治の文脈にひきづり出されてしまう。リスクが高い。
 現在の胡錦濤・温家宝体制がそのリスクを一定期間抱え込むことはむずかしい。よって、私は江氏は存命していると見る。
 では、そもそも脳死ですらないということはあるのか?
 それもないだろうと思う。もし回復の見込みがあれば、それもまた同じように中国人の弱点に対する政治の心性からその動きが出て来てよさそうだが、それもない。
 江氏の死の情報がかくまでに抑圧されること自体が皮肉にもメッセージ性を持ってしまった。こういういとなんだが、江沢民は脳死ですということを事実上公言しているに等しい。
 となれば、江氏の死の問題は、いつ生命維持装置を外すか、あるいは突発的に心拍停止になるかのいずれかで、後者のリスクが弱点にならないように政治的な検討が現在進められていると見ていいだろう。
 江氏の死のメッセージ性は何か。
 具体的にキーとなるのは、朝日新聞が示唆しているように、この間フランスを訪問中だった賀国強・政治局常務委員であろう。賀氏といえば、江派と見られているので(参照)、その上海閥と胡派の共青団との対立で、次期主席と目される習近平に焦点が当てられるのはしかたながない。主席を目指しての権力闘争という構図で江氏の死を見ていくという読み解きもあるだろう。そうした構図がないわけではない。
 だが私はそう見ていない。
 象徴的なのは、200人の死者を出した中国新疆ウイグル自治区ウルムチ市の大規模暴動のちょうど2年目の記念日を迎えた7月5日の報道である。ここに賀氏、また同じく江派と見られる周永康・政治局常務委員の姿があった。5日付け毎日新聞「中国:ウルムチ暴動2年 民族間、不信根強く 当局、監視カメラ1万7000台」(参照)より。

 同自治区では、共産党指導部の視察も続いた。5~6月にかけ、賀国強・政治局常務委員や公安部門担当の周永康・政治局常務委員が自治区を訪問し、民族団結や社会管理の徹底などを訴えた。共産党創建90周年の記念日(7月1日)や暴動から2年という節目を前に、引き締めを図ったとみられる。

 表層的には、上海閥的な強権政治で中国が安定しているかに見えるが、事態が逆で、中国の内情は国民の不満で一触即発の状態にある。
 その象徴ともいえるのがウイグルなので、そこを着火点にしてはならないとして、今回の報道は着火を上海閥的な強権政治が抑えているというディスプレイであった。つまり、むしろ現実は上海閥的な強権政治の弱みが露呈しつつある。
 上海閥的な強権政治がイコール、軍閥割拠的な動向でないのは、地方政治的な利権の構図をそのまま中央に持ち込めば、中国国家が崩壊しかねない状態にあり、その認識をもとに現状では、胡氏の勢力と江氏の象徴される上海閥的な勢力の上部は、現実的な両者の妥協の道を模索していると見られる。
 そしてその妥協への反発が、今年になって目立つ南シナ海への物騒な軍事進出や国際犯罪者であるバシル・スーダン大統領の国賓待遇の背景にあるもだろう。ちぐはぐで、外交的には失点にしか見えない愚行が国際的に開陳されるのは、中国内部的な権力問題の宥和性が優先されるからだ。
 こうした現状、江氏の存在感はどれほどだろうか。
 引退した江沢民氏にどれほどの権力があったかは評価が難しい。人事の経緯や福田元総理の話(参照)などからすると、2年くらいまでは意外に強い権力を維持していたようにも見える。だが、胡氏の権力掌握の過程からすると、これらは胡氏側の宥和的な妥協であるかもしれない。いずれにせよ中央政府的には権力の均衡が模索されているなか、江氏の死がそれを崩す可能性は避けたいというのが今回の事態の背景だろう。
 さらに背景の全体構図だが、最大の動因は、中国国内の市民の不満にある。NHK時論公論「暴動頻発 中国共産党90周年の課題」(参照)で加藤青延・解説委員が説明しているように、経済成長に伴う貧富格差とインフレが課題になっている。

今の中国社会を、弱い立場の人の目線で眺めますと、経済成長の恩恵を一身に受けている既得権益層、富裕層と、絶大なる権力を握っている地方当局の役人たちが、強い発言権を持ち、そうした人たちが、利権を独占し、下から這い上がろうとしている人たちを押さえつけるかのような社会構図になっているのです。これでは、弱い立場に置かれた人たちは、いくら働いても、ちっとも幸せにはなれないと感じるのです。

 その深刻さは暴動が構造的な起因をもっていることだ。

 今月10日、中国南部の広東省広州郊外でおきた暴動は、その映像が海外にも伝えられ、世界に衝撃を与えました。四川省出身の出稼ぎ労働者ら数千人が暴徒化し、警察の車両をひっくり返したり、地元の役所の建物に放火するなどして、治安部隊との衝突を三日間にわたって繰り返しました。
 実は、こうした暴動や抗議活動は、このところ中国で頻繁におきています。
 こちらは、最近、地元当局に対する抗議活動や暴動が起きた場所です。ほとんどが数百人から千人規模の群集による抗議活動で、多くが、治安部隊と衝突しています。注目すべきことは、そうした、抗議活動が、わずか1ヶ月あまりという短い期間に、しかも、中沿海部から内陸部にかけて広い地域にわたって、次々と起きていることです。
 しかし、それぞれの事件に関連があるかといえば、まったくつながりはありません。
 広州市郊外の暴動の場合は、スーパーマーケットの前で、モノを売ろうとした出稼ぎの女性に対して、警備員が手荒な扱いをしたことがきっかけでした。他の事件も、発端は、環境汚染や土地の収用問題などまちまちですが、共通しているのは、人々の間に鬱積した不満が爆発し、その怒りの矛先が、地元の行政当局に向けられていること。そして、参加者の多くが、いまの中国社会で、とりのこされた弱者の人たちだということです。

 上海閥であれ共青団であれ、地方の不満を懐柔し、インフレに対応する以外に国家を存立されることは不可能な状態である。
 その要点は何かといえば、まさに中国の社会システムの根幹である戸口制度にある。6月11日付け中央日報「中国農民工の「反乱」」(参照)が詳しい。

農民工問題は中国の社会システムと関連した事案だ。戸口(居住地登録)制度が核心だ。彼らは農村に居住地登録をしている農民の身分だ。いくら都市生活が長くても農民にすぎない。彼らは住居・医療・教育など都市住民が受ける福祉の恩恵を享受することはできない。その不均衡が彼らを爆発させたのだ。様々な学者の非難にもかかわらず、戸口制度は健在だ。廃止に対する都市既得権層の反発が激しいためだ。

 問題を焦点化するなら、地方の暴動と戸口制度改革に対する都市既得権層の反発ということになる。言うまでもなく、都市既得権層が江派に深く関わっていることが、その死の話題性を高めている。
 
追記(2011.10.9)
 江沢民前国家主席が辛亥革命100周年記念大会に出席し、そのことで死亡説は否定された。本エントリで引いた産経新聞記事について産経新聞がお詫びを出していた。「「江沢民前中国国家主席死去」の報道について」(参照

2011.10.9 15:04
 7月7日の速報および号外(電子版)で、日中関係筋の情報として「江沢民前国家主席死去」の見出しとともに、「中国の江沢民前国家主席が6日夕、北京で死去したことが7日分かった」と報じました。しかし、江氏は10月9日、北京で開かれた辛亥革命100周年記念大会に出席したことが確認されました。見出しおよび記事の内容を取り消し、関係者と読者のみなさまにおわびします。

 エントリで想定したように江沢民前国家主席は存命していたが、この時点では脳死状態で回復の見込みはないと見ていた。今回江氏が短いスピーチをするかにに注目したが、報道からはわからなかった。
 人前に出てくるまでの回復は予想できなかったが、エントリを見直してみて、それ以外の点では大筋で特に意見を変える部分はないと思った。特に、江氏の死について「リスクが弱点にならないように政治的な検討が現在進められていると見ていいだろう」ということには変わりはないだろう。

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2011.07.08

[書評]奇跡を呼ぶ100万回の祈り(村上和雄)

 勧められて読んだ本。たぶん、今の自分なら自分から手にとって読むことはないのではないかという種類の本。表題が示すように、100万回の祈りがあれば奇跡も起きるだろうという。それはそうかもしれないと思う(母集団は大きいぞ)。でも、祈りが遺伝子にスイッチを入れて人は健康に長寿に幸福になるという話に及んで、私は反射的に苦笑してしまう。そして著者が著名な遺伝子学者であると知って、さてこの苦笑をどうしたものかと戸惑う。自分という人間は嫌なヤツだな。

cover
奇跡を呼ぶ
100万回の祈り
村上和雄
 私が何に対しても祈らなくなったのはいつだろうと思い返してみた。いつというはっきりとした区切りはなさそうに思えたのが奇妙だった。つまり祈っていたこともあった。
 高校二年の修学旅行のとき親友と三人組で奈良旅行を計画した。修学旅行とはいえ自由に計画して先生が認可すればそれでよいというものだった。僕が率先して計画した。郡山から斑鳩の散策である。当時熟読していた亀井勝一郎「大和古寺風物誌」(参照)を携えた。亀井は仏像とはまず拝まれる対象だとしていた。祈りの対象であると。仏像とは祈りの形であって美の対象ではないと。だから、祈りなさいと。私は仏に祈りを捧げつつ、閑散とした奈良の道を歩いた。
 それからどうして祈らなくなったのかよくわからない。いやキリスト教に傾倒してその神様にも祈ってもいたのだが、ひねくれた私がイエスから学んだのは、祈るなということだった。マタイ6章より。

祈る場合、異邦人のように、くどくどと祈るな。彼らは言葉かずが多ければ、聞きいれられるものと思っている。だから、彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。

 その後、イエスは祈りを授けた。主の祈りと言われている。

天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。
御国がきますように。
みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。
わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、
わたしたちの負債をもおゆるしください。
わたしたちを試みに会わせないで、
悪しき者からお救いください。

 書き写していて驚く。私はこれをよく祈る。祈りなんかしないと言ってるわりに、けっこう祈り続けている。信仰を失って久しいのに、主の祈りだけはいつも思い起こし口にしている。いや、アヴェマリアも唱える。こちらは古語で。

めでたし聖寵みちみてるマリア、
主、御身と共にまします。
御身は女のうちにて祝せられ、
御胎内の御子イエズスも祝せられたもう。
天主の御母、聖マリア、
罪人なる我らの為に、
今も臨終の時も祈り給え

 若い頃になんとなく覚えてしまった祈りのせいか、エペソスの聖母マリアの家にも行ってみたものだった。
 祈りが自分に何をもたらしたのか、わからないといえばわからない。その程度の祈りに過ぎないというのもある。それでも、本書を読みながら、いやわかる部分もあるなとも思う。本書には、祈りというものに向き合った人には、さりげなくぞっとするような真実が書かれている。なるほど感じ得るものがある。

祈りによってもたらされる結果は「その人にとって最適なこと」であるのです。

 そう太字で書かれているて、反射的にそれはないだろ。そんなことはないだろと思いつつ、そうであるかもしれないという思いもある。パウル・ティリヒの祈りを思い出した。

自分の生涯を振り返るとき、それは長かろうと短かろうと、そこで出会ったすべてのことについて感謝します。自分が愛したもの、喜ばせてくれたものについてばかりではありません。失望や痛みや苦しみをもたらしたものについても感謝します。私どもがそのためにこそ生まれてきたはずのものを成就するためには、それもまた助けとなってくれたのだということを、今は悟っているからであります。そして、新しい絶望、新しい苦しみが私どもを捉え、感謝の言葉が消えるならば、思い起こさせてください。あなたが導いてくださった、暗黒のなかの道ゆえに感謝せずにはおれなくなる日がくることを。

 自分なりには、この本で「祈り」というものに再び向き合うことができたのは、ラッキーだったな。

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