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2011.07.01

[書評]「正法眼蔵随聞記」

 「正法眼蔵随聞記」は不思議な書物である。これに魅せられた人は生涯の書物とするだろうし、私も40歳を過ぎて絶望の淵にあるとき、ただ読みうる本といえば、この本だけでもあった。この本から生きることを学びなおした。
 「正法眼蔵随聞記」は鎌倉時代の僧・懐奘が師・道元の教えを記した書とされている。懐奘にこれを公開する意図があったかはわからない。現在の「正法眼蔵随聞記」という書名があったわけでもない。それでも「正法眼蔵随聞記」という書名は、道元の主著「正法眼蔵」を連想させ、その正法に「随い聞く」という主旨が反映されている。
 懐奘が30代半ば、新しく得た、そして真実の師である道元の教えを書き出したのは、その学び始めのころ、文暦元年(1234年)ごろとされている。北条泰時執権の時代である。書き記した文は、懐奘の死後、その弟子によって書写されていたが、広く世間に知られるようになったのは、現在の岩波文庫が採っている、面山和尚による明和6年(1769年)の改訂本である。江戸時代中期と言ってよい。
 この版は明和本または面山本とも呼ばれている。広く流布されたことから流布本とも言われ、「正法眼蔵随聞記」の書名も面本に由来していることから、長く「正法眼蔵随聞記」を代表していた。面山本は明治時代以降よく読まれたが、いわゆる古文といっても江戸時代の言葉に直されて読みやすいためもあるだろう。私もそのまま面山本を読んできた。
 「正法眼蔵随聞記」の板本として最古のものは慶安4年(1651年)というから、江戸幕府の権力が固まりつつある時代である。同年には家綱が将軍となり戦国時代的な最後の反乱ともいえる由井正雪の乱が起きた。
 この版は年号から慶安本とも呼ばれている。校訂は教家の僧とあるが、道元の研究者・水野弥穂子は天台僧と推測している。慶安本が道元の教統からではないことは、懐奘を「クワイジョウ」訓じていることからもわかる。時代的に類推されるのは、古事記の最初の版本とされる卜部系の寛永の版本が寛永21年(1644年)だろう。日本が安定化する時代に向かって古代の真理への遡及という欲望が喚起された時代である。
 慶安本は18年後の寛文9年、10年(1670年)に刷り直しされていることから、この間読み継がれ評価されていたことがわかる。面山和尚もその一人で、彼が27歳(1709年)のおり、慶安本の原本が存在することを知り、20年の探求後、若狭・空印寺で古写本を知り、さらに30年近い年月をかけて研究し76歳で校訂を終えた。出版されたのは、さらに12年後の面山没翌年であった。
 「正法眼蔵随聞記」研究に大きな変化が起きたのは、近代に入ってからである。昭和17年、大久保道舟が愛知県の長円寺から慶安本より古い写本を発見した。長円寺本と呼ばれている。長円寺本は、寛永21年(1644年)、長円寺二世・宋慧和尚が58歳で書写したもので、さらにその原本は康暦2年(1380年)宝慶寺浴主寮で書写されたものであることがわかっている。
 宝慶寺は、宋・天童山慶徳寺・如浄和尚の弟子・寂円が開いた寺であり、寂円は道元が入宋のおりに知り合い、如浄没後道元を慕って来日した僧侶である。映画「禅ZEN」(参照)で鄭龍進が好演であったのが印象深い。道元亡きあと、寂円は懐奘に師事したことから、長円寺本によって「正法眼蔵随聞記」が道元の謦咳にまでようやく達したことになる。寂円の弟子で永平寺中興の祖・義雲はも「正法眼蔵随聞記」も熟読したことだろう。
 長円寺本の発見が衝撃的だったのは、面山本との相違が大きいせいであった。この差違に対する逡巡は、和辻哲郎が校訂し昭和4年に、当時の道元ブームに乗じて刊行した岩波文庫「正法眼蔵随聞記」(参照)を1981年に改版する際の責任者・中村元による後書きにもある。私が高校生のころ安価に入手できる「正法眼蔵随聞記」といえば、この岩波文庫と角川文庫であったが後者も面山本であり、私は以来、「正法眼蔵随聞記」を読書として読むなら面山本を読むことになる。
 現在では、長円寺本による、水野弥穂子・校訂の「正法眼蔵随聞記」(参照)がちくま学芸文庫で比較的安価に購入できる時代ともなり、「正法眼蔵随聞記」といえば、水野校訂本とその現代語訳が先に読まれるようになった。
 原典に近いのがどれかといえば、水野校訂本であるといえるし、その原文は平安時代人の道元の肉声を残しているともいえる。だが、校訂によって補われているとはいえ、水野校訂本は漢字・カタカナ・ひらがなの混在で素読には難しく、現代日本人が「正法眼蔵随聞記」を読むといえば、水野訳の現代語を読むという趣向になる。そのことで、面山本以降の日本の近代文化における「正法眼蔵随聞記」の伝承の一部は失われる部分もある。
 話を懐奘の時代に戻すと、彼が「正法眼蔵随聞記」を記していたのは、道元に師事した最初の3年間に限定されていて、その点から言うのであれば、「正法眼蔵随聞記」は道元の教えを記したというより、懐奘が道元という人の出会いからその教えが彼の身体に血肉化されるまでの探訪の記録ともいえる。道元自身が師・如浄との邂逅を綴った宝慶記にも似ているので、「宝慶記・正法眼蔵随聞記」(参照)として合本として編まれることがあるのも頷ける。
 「正法眼蔵随聞記」はともすれば、道元の教説集のようにも読めるし、そのように読んで間違いでもないが、懐奘がこれを記していた時期は、懐奘とその母の別れの苦悩時期であり、その物語が秘められている。この話は水野弥穂子による「『正法眼蔵随聞記』の世界」(参照)に詳しいが、彼女は、懐奘が母の臨終を看取りたいとする苦悩を、仏教の観点から押しとどめた道元という構図で描いてる。
 道元は厳しい師でもあったし、水野は、道元自身の母との死別、師・如浄の死別への共感の洞察を保ちながらも、人間的な共感として描き、その文脈で後の、懐奘による義介への配慮を読み取ってもいる。その解読は大きなドラマでもある。
 しかし、私は「正法眼蔵随聞記」に秘められた道元の配慮は、少し違うのではないかと思うようになった。道元は本当に懐奘が苦悩から救われることはただ禅にしかないと確信していただけなのではないか。禅のみのが人の苦悩を救う、その一点にのみ立つ道元には懊悩する者への優しさがあり、「正法眼蔵随聞記」はそれを伝えている。

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2011.06.30

2月25に中国艦艇がフィリピン漁船を威嚇射撃した事件をNHKは6月29日にわかりましたとさ

 判じ物という趣向ではないが、中国の海軍の火遊びについて少し考えてみたい。話が入り組んだ形になるのは、報道のされかたに、まず奇妙とも思える点があるからだ。6月29日16時56分のNHK「中国艦艇が比漁船を威嚇射撃」(参照)は表題からもわかるように、中国艦艇がフィリピン漁船を威嚇射撃した事件の報道だが、事件はいつかというと2月であったというのだ。なぜかくも報道が遅れたのだろうか。


 東南アジア諸国と中国が領有権を巡って対立を深めている南シナ海で、ことし2月、フィリピンの漁船が中国海軍の艦艇から立ち去るよう警告されたあと、威嚇射撃を受けていたことがNHKの取材で分かりました。

 話を真に受けると、NHKが取材を重ね、6月も末になり、ようやく2月の事件がわかったので報道したということになる。詳細も読んでみよう。

 フィリピン政府や軍の高官によりますと、ことし2月25日午後、フィリピンの漁船、マリクリス12号が南シナ海の南沙諸島にあるジャクソン礁という浅瀬の近くで漁をしていたところ、ミサイルフリゲート艦と見られる中国海軍の艦艇が接近してきて、無線を通じて「中国軍の艦艇だ。ここは中国の領海だ。直ちにこの海域から去れ」と警告してきたということです。近くにいた3隻のフィリピンの漁船は現場を離れましたが、マリクリス12号は、いかりを上げる装置が故障して動くことができず、中国の艦艇は「射撃する」と繰り返したあと、海面に向けて3回威嚇射撃を行ったということです。ベトナム政府は、自国の漁船が先月末、中国の艦艇から威嚇射撃を受けたことについて公表しましたが、フィリピン政府はこうした公表を一切、控えていました。フィリピンのデルロサリオ外相は、先週、中国の艦艇による問題行為が、ことし2月以降、9件起き、行動がより攻撃的になっていると非難しており、背景には今回明らかになったような中国艦艇による武器を使った威嚇行為があるものとみられます。

 素直に読むならフィリピン政府は2月25日の中国艦艇によるフィリピン漁船威嚇射撃の公開を控えていたが、最近公開したから、それにあわせてNHKが取材してわかりました、ということになる。ほんとかね。
 嘘だとも言えない。だがちょっと検索してみるとわかるように、6月の頭にはこの事件は国際的には報道されていた。例えば6月2日付けManila Bulletin Newspaper「Rizal, Spratlys, China, Philippines, Vietnam」(参照)にはこうある。

 But the Chinese warship still fired three shots at the vessels F/V Jaime DLS, F/V Mama Lydia DLS and F/V Maricris 12. The Philippine Nay later identified the Chinese warship as Dongguan, a Jianghu-V Class missile frigate.
 The incident in the South China Sea happened on Feb. 25.

しかし中国の軍艦はそれでも、漁船、F/VハイメDLS、F/Vママ・リディアDLS、およびF/Vマリクリス12にに3つの弾丸を発射した。フィリピン海軍は後で中国の軍艦をトンコワン(Jianghu-Vクラスのミサイルフリゲート艦)と認定した。
 南シナ海の事件は2月25日に起こった。



Yet while the Philippine government protested the March and May incidents, one by note verbale another verbally, it did no such thing about the February incident.

フィリピン政府が3月及び5月の別の事件で口上書や口頭では抗議をしているものの、それには2月の事件についてはなかった。


 確かに2月のフィリピン漁船威嚇射撃はフィリピン政府が隠蔽していたというのはありそうだ。そしてそれにはそれなりの外交・軍事上の意味合いもあったのだろう。
 しかし、この6月2日の記事からして、6月頭には確認されていたと見てよいのも確かである。当然、NHKも6月上旬には確認できたはずなのだが、なぜ6月末まで報道が遅れたのか、またなぜこのタイミングでの報道だったのか。奇っ怪。
 滑稽味もあるのは共同通信である。29日(22:37)付け「中国艦、比漁船を威嚇射撃 2月に南沙諸島付近」(参照)より。

 中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の一部加盟国などが領有権を争っている南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島付近で、中国海軍の艦艇が今年2月、フィリピン漁船に威嚇射撃していたことが29日までに、分かった。けが人はなかった。フィリピン政府高官が明らかにした。
 この高官や軍によると、中国艦は2月25日、南沙諸島のジャクソン礁近くで漁をしていた漁船数隻に無線で「この海域は中国の領海だ。立ち去れ」と警告。1隻が立ち往生したところ、数回威嚇射撃を受けた。
 同様に領有権を争うベトナムの漁船も、南沙諸島海域で5月末、中国艦から威嚇射撃を受けている。

 共同通信にとって、威嚇射撃事件がわかったのは29日の夜10時だそうだ。先ほどの「NHKの取材でわかった」とする午後4時の報道と組み合わせると、共同通信はNHKのニュースで確認したということなのか。共同通信もそれまでわからなかったのか、あるいは、29日に日本国内に何らかの筋で報道解禁が出たというのだろうか。他の国内報道の様子を見てもNHKが初報道のようでもあるが。
 少し推測をしてみたい。そう思うのは、NHKのニュースを聞いた後、朝日新聞27日の社説「南シナ海―多国間の枠組み支援を」(参照)を想起したからだった。簡単にいうと、29日のNHK報道の準備のようにも思えた。

 強大になる一方の隣国とどう折り合ってゆくか。経済の依存は深まり、安全保障面では圧力が強まる――。頭を悩ますのは日本だけではない。
 ベトナムで反中国デモが繰り返されている。街頭活動を厳しく制限してきた一党独裁下では極めて珍しい光景だ。
 先月下旬、ベトナム沿岸に近い南シナ海で、中国船がベトナムの石油探査船の調査ケーブルを切断したことが発端だ。
 ベトナムは、中国船が自国漁船に発砲するなど侵犯行為を重ねていると主張する。当局はデモを黙認しているのだ。
 フィリピンもスプラトリー(南沙)諸島の自国領に中国が建造物を構築したと抗議した。
 中国はかねて、石油資源などが期待される南シナ海の大部分の領有権を主張してきたが、経済発展とともに軍事費を増大させてきた近年、より強硬な形で他国を牽制(けんせい)するようになった。
 それは尖閣諸島をはじめとする東シナ海と似た構図だ。
 中国との紛争をたびたび経験してきたベトナムは潜水艦を購入するなど軍備を増強し、海上での実弾演習を実施した。
 これに対し中国でも反ベトナム感情が高まっているという。
 中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)は2002年、南シナ海の領有権の平和的解決をうたった「行動宣言」に署名した。ASEANは法的拘束力を持つ「行動規範」への格上げをめざすが、集団交渉を避けたい中国は二国間協議を求める。
 米国も「航行の自由は国益」として、南シナ海情勢に関与する構えだ。クリントン国務長官は、中国の動きを「地域に緊張をもたらす」と批判した。
 米国はフィリピン、ベトナム両政府と協議したうえで、中国との直接協議に臨んだ。
 日本の船舶にとっても重要な海上交通路にあたる。
 ASEAN各国は、尖閣諸島や日本近海での日中のせめぎ合いを注意深く見ている。日本としても南シナ海情勢により大きな関心を寄せる必要がある。
 圧倒的な軍事力を持つ中国には、行動宣言の精神を尊重し他国への挑発を慎むよう求めなければならない。ASEAN各国には、軍拡はいたずらに緊張を高めると指摘したい。
 海洋資源については、領有権を棚上げし、関係国が共同開発を模索するしか道はなかろう。
 日本も加わるASEAN地域フォーラムが来月に、米国とロシアが初参加する東アジアサミットは秋に予定されている。行動規範の策定を後押しし、多国間の枠組みを支援したい。

 NHKによる「中国艦、比漁船を威嚇射撃」報道前なので、その点には触れていない。
 朝日新聞がこの社説を27日に出したのはなぜか。答えは、朝日新聞社説には言及がないが、28日から開始されたフィリピン軍と米軍との合同軍事演習を受けてのことだ。
 実は先のNHKによる「中国艦、比漁船を威嚇射撃」報道は、内容的な言及はないもののほぼ「米比合同軍事演習」の報道とペアになっていた。実際には合同演習の報道のあとに、中国軍の威嚇報道があった。NHK6月29日4時12分「南沙諸島付近で米比合同軍事演習」(参照)より。

 南シナ海の島々の領有権を巡って東南アジア諸国と中国の対立が深まるなか、フィリピンとアメリカは、南沙諸島に近い海域で28日から合同軍事演習を始めました。
 演習が行われるのは、南シナ海を臨むフィリピンのパラワン島と、その東側のスールー海で、この海域でアメリカとフィリピンが合同軍事演習を行うのは2008年以来3年ぶりです。演習には、合わせて1200人の人員と、アメリカ側からイージス艦など3隻、フィリピン側から哨戒艇2隻が参加し、11日間にわたって不審船の追跡訓練などを行う予定です。28日、パラワン島のプエルト・プリンセサで行われた式典に出席したアメリカ第7艦隊司令官のバンバスカーク中将は、記者団に対し「安全保障への関与を明確に示すことで、この地域の安定を確かなものにしたい」と述べ、アメリカが南シナ海を含む東南アジア全域の安全保障に積極的に関与していく姿勢を強調しました。さらにバンバスカーク中将は、原子力空母「ジョージ・ワシントン」を今週、南シナ海に派遣し、アメリカ軍単独の訓練を行うことを明らかにしました。南シナ海では、中国の艦艇がフィリピンやベトナムの石油探査船を妨害するなど活動を活発化させていて、アメリカとフィリピンは、あえて近くの海域で軍事演習を行うことで、中国を強くけん制するねらいがあるものとみられます。

 朝日新聞としてはこの「中国を強くけん制するねらい」に対応したのだろう。
 30日の毎日新聞社説は少し出遅れた反面、この文脈を明確にしていた。「南シナ海 中国の自制が必要だ」(参照)より。

 決して「対岸の火事」ではない。
 南シナ海で領有権を争う中国、ベトナム、フィリピンなどの対立が強まっている。中国が艦船活動を活発化させているためで、ベトナムでは市民らの反中デモが続き、フィリピンは28日から米軍との合同軍事演習に入った。やはり領有権を主張する台湾も近く軍事演習を行うとされ、震災対応に忙しい日本にもきな臭い空気が伝わってくる。
 思い出されるのは、尖閣諸島をめぐる昨秋の日中摩擦だ。中国が東シナ海や南シナ海で「膨張政策」を取っているのは明白だろう。日本周辺では、九州から台湾、フィリピンなどを結ぶ第1列島線から、伊豆諸島-小笠原諸島-グアムと続く第2列島線へと勢力圏を東に拡大することを狙っていると言われる。中国は最高実力者の故トウ小平氏による韜光養晦(とうこうようかい)(謙虚に能力を隠す)路線を踏み越え、自国の「内海」を拡大して米国と張り合おうとしているようだ。
 ベトナム外務省によれば、南沙諸島周辺では今月、同国の漁船が中国艦船から威嚇射撃を受け、ベトナムの排他的経済水域(EEZ)で海底地質調査をしていた同国の探査船が、調査ケーブル切断装置を持つ中国船に活動を妨害された。先月にも中国船によるケーブル切断や威嚇射撃があったという。今月中旬、ベトナムが南シナ海で実弾演習に踏み切り、中国との緊張が高まった。
 宮城県沖の日本のEEZ内に中国の海洋調査船が入り込む事件も起きている(今月23日)。こうした中国艦船の動きは容認できない。東シナ海にしろ南シナ海にしろ石油資源への思惑があるのだろうが、中国はアジアの大国として、国連常任理事国として、平地ならぬ穏やかな海に乱を起こす行動は慎むべきである。
 もちろん中国にも言い分はあろう。中国側は言う。南シナ海の問題は2国間対話で解決すべきだ、米国は当事者ではない、と。しかしクリントン米国務長官が日米安全保障協議委員会(2プラス2)で表明したように、中国が「地域に緊張をもたらしている」のは確かであり、中国艦船の威嚇射撃などは、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)が02年に署名した「南シナ海行動宣言」に反しているとの声も強い。
 キャンベル米国務次官補と中国外務省の崔天凱次官の間で行われた米中初のアジア太平洋協議(25日)は平行線に終わったが、米国が言うように南シナ海の問題は多国間の枠組みで取り組むべきである。来月行われるASEAN地域フォーラム(ARF)や、米露が初めて参加する今秋予定の東アジアサミット(EAS)でも、日米は緊密な連携を保って、この問題に対処したい。

 30日の社説なのに、29日報道された2月のフィリピン漁船への威嚇射撃には言及がないのは、執筆時点に間に合わなかったのかもしれないが、それでも6月の、ベトナム漁船に中国艦船から威嚇射撃を受けた話は載せている。
 端的に言えば、日本漁船もいずれ中国艦船から威嚇射撃をくらうだろうと見て、なんらおかしくはない状況になりましたということだ。
 少し話を戻す。米軍が軍事演習に押し出してきたのは、その前に中国側からのメッセージを受けたという文脈がある。23日付けWSJ「米国は関与するな-中国外務次官、南シナ海領有権問題で」(参照)より。

 中国政府は22日、南シナ海の領有権問題で米国が関与しないよう警告する一方、一部の近隣諸国が「火遊び」をしていると非難した。
 中国の崔天凱外務次官は一部記者団に対し、ベトナムなど沿岸国が南シナ海の領有権をめぐり挑発行為に出ていると批判し、「米政府は非常に慎重な方法でこの問題にアプローチすべきだ」と紛争解決のため米国の協力を求めたベトナムとフィリピンの動きをけん制した。また「一部の国は火遊びしている」と述べ、「米国はこの火でやけどしないよう希望する」と語った。

 これはフィリピンへの脅しでもあったのかもしれない。この週フィリピンのデルロサリオ外相は訪米し、中国の脅威への対抗を米国に嘆願していた。
 中国への回答は、すっかりどや顔が定着したクリントン米国務長官が出している。24日付けAFP「米国、フィリピン海軍に装備支援 南シナ海めぐり中国をけん制」(参照

 ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)米国務長官と会談したフィリピンのアルベルト・デルロサリオ(Albert del Rosario)外相は、会談後の共同記者会見で「わが国は小国だが、裏庭で発生するいかなる攻撃的な行為に対しても、必要とあらば立ち向かう準備ができている」と発言。老朽化が進むフィリピン海軍装備の最新化と同盟関係の強化を米国に要請した。
 一方、要請された支援の詳細について問われたクリントン国務長官は、フィリピンの防衛支援に熱心に取り組む決意だと答え、「最近の南シナ海での出来事が地域の平和と安定を損なうのではないかと懸念している」と述べて、全ての当事国に自制を求めた。
 戦略的に重要な海域にあるうえ豊富な海底資源が見込まれる南シナ海では、ここ数週間、中国が領有権の係争海域で示威的な行為を繰り返し、フィリピンやベトナムとの間で緊張が高まっている。
 フィリピンはすでに問題の海域で海軍艦船による巡回を行うと発表。また、米国は来週フィリピン海軍との合同軍事演習を実施するほか、7月には米海軍艦がベトナムに寄航する予定だ。米政府高官は毎年恒例のスケジュールだと説明している。

 日本を迂回する形でいろいろ話が進んでいるようにも見える。

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2011.06.27

石油備蓄放出ということだが、これはちょっとひどい話

 国際エネルギー機関(IEA)は、23日、日米を含め28か国の加盟国に義務づけている原油や石油商品の備蓄を協調して放出することにした。放出総量は6000万バレルで加盟国は1か月間放出を続けることになる。米国政府は3000万バレルの原油放出を決め、日本政府もガソリンなど石油製品790万バレルの放出を発表した。今回のIEAの決定について、表向きの理由は付くが、不可解とも言えないこともないし、この件にはちょっとひどいなあとも思うので簡単にメモしておきたい。
 表向きの理由は、さすが読売新聞というべきか、24日の社説「石油備蓄放出 原油高をけん制する協調策」(参照)で早々に説いていた。


 ニューヨーク原油市場の指標価格は、今春以降、1バレル=100ドル超に高騰していたが、消費国の備蓄放出が決まると、一時、90ドルを割り込んだ。
 IEAの決定でさっそく、原油価格が押し下げられた形だ。原油市場に流入していた投機マネーの動きも抑制したとみられる。
 世界の原油需要量のうち、今回の放出量は日量換算でわずか2%強にとどまる。しかし、加盟国が結束して行動する意義は大きい。相場の過熱をけん制する効果に期待したい。

 投機による原油の高騰を抑える効果があるという。その効果がある自体にはさして疑念はない。背景説明になると少し奇異感が出てくる。

 そもそも、最近の原油高は、中東・北アフリカでの政情不安や、新興国の需要拡大などで、需給が逼迫していることが主因だ。
 ところが、中東などの主要産油国で構成する石油輸出国機構(OPEC)は金融危機後、生産枠を減らし続けている。
 消費国の期待を裏切ったのが、今月初めのOPEC総会だった。原油高を抑制しようと、穏健派のサウジアラビア、カタールなどが生産枠拡大を主張したのに、イラン、ベネズエラなどが反対して、増産は見送られた。
 イランなどは、生産枠を増やさずに原油収入を確保できる原油高を望んでいる。

 需給の逼迫とあるが中長期的な傾向というくらいのもの。不思議に思うのは、価格高騰は投機マネーを引き起こす潤沢なマネー側を読売新聞が無視していることだ。マネーが増加しているのであれば、生産側のOPEC側が慎重になるのはそれほど不思議とも思えない。ただし、イランがこの機に乗じて収入を増やそうとしているという問題はあるにはある。
 読売新聞社説は以上の理由から、日本も協調せよとする。

 東日本大震災からの復興や、経済再生が課題の日本にとって、安定的に原油を確保することは重要だ。OPECに生産体制を増強するよう、圧力をかける意味でも、IEA加盟国との連携を強化しなければならない。

 間違いとも言い切れないが、日本の安定的な原油確保にとって、どこまで切実な問題なのかはわからない。
 奇妙なのはごく基本的な報道を見ても、読売新聞社説の理屈があまり妥当なものとは思えないことだ。24日付けロイター「IEA石油備蓄放出は産油国との関係変化を象徴、OPECは不快感」(参照)より。

サウジアラビアは、OPEC総会後も市場の必要に応じて増産する方針を表明した。
 OPEC加盟国にとってIEAの行動は正当化できるものではない。イランのみならず、伝統的に米国寄りとされる湾岸諸国からも、不必要で正当化できない干渉との声があがっている。
 ある湾岸国のOPEC代表はロイターに「1バレル150ドルに上昇したわけでもなく、このような動きにでる理由はない。市場は供給不足に陥っていない。クウェートやサウジはこれまでも増産しているが、買い手はそれほど多くない。IEAは米国とともに政治的に動いているだけだ」と述べた。

 そのOPEC代表の言い分のほうにも理があり、IEAと米国の政治性が問われてもしかたがない。
 読売新聞社説で奇っ怪なのは、「中東・北アフリカでの政情不安」とはしているが、リビアへの直接的な言及を避けていることだ。しかし、ロイターでは次のように明示的に報道している。

 IEAはサウジによる増産のスピードと、リビア産の軽質原油を補うに足る質が確保できるかといった点に疑問を呈している。
 これが今回の備蓄放出の理由とされているが、専門家の間では、IEAは最後の石油の供給者としてのサウジの役割見直しを視野に入れているとの声が聞かれた。

 リビア問題の紛糾も当然背景にあると見ていいだろうし、これは米国の対リビア戦略の失態とも関連していると見てよいだろう。
 疑念の声は膨れているようだ。26日付け日経新聞「石油備蓄放出の効果と副作用 」(参照)より。

 IEAの備蓄放出は、1991年の湾岸戦争、2005年のハリケーン・カトリーナの米襲来時に次いで3回目。市場の供給不安に即応した過去2回と異なり、今回の備蓄放出は市場の想定外の決定だ。
 意外感は大きく、直後の市場では原油相場が大幅に下落した。その一方で「なぜ今、備蓄放出なのか」という疑問が広がっている。原油やガソリンの価格引き下げを狙って、米国など先進国政府が市場に介入したという印象がぬぐえないからだ。
 IEAはリビア内戦でガソリンなど揮発油を多く抽出できる軽質原油の供給量が減っている影響を重視、夏以降の需要増大への対応が必要と強調する。世界的に原油や石油製品の在庫は高水準で、足元の市場で需給逼迫が起きているわけではなく、備蓄放出は予防的な措置でもある。

 そもそも、現況が、1991年の湾岸戦争や2005年のハリケーン・カトリーナに匹敵する事態なのだろうか。米国内でも疑念はある。

 全体の半分、3000万バレルは米国が戦略原油備蓄から放出する。米政府は消費の足かせになっているガソリン高の沈静化につながり、景気の支援材料になることに期待を示す。ただし、米国でも「緊急時に活用すべき戦略備蓄を価格誘導を狙って政治的に用いるのは問題」といった批判があることに留意すべきだ。

 日経の記事で興味深いのは、民主党政権内の与謝野馨経済財政相の動きである。

 日本は全体の約13%の790万バレル分を、民間に義務付けている石油製品備蓄から放出する。与謝野馨経済財政相はIEAの決定について投機への対抗という側面を強調した。

 ようするに、読売新聞は与謝野馨経済財政相のシナリオを拙速に社説に開陳したということで、これは状況的には、ちょっといかがなものかというレベルの追米政策ではないのだろうか。自民党はよく追米政権と言われたがものだが、民主党のこの状況はそれ以下ではないのかという印象があるが、なぜかあまりそうした批判も聞こえないようにも思う。
 もう少し露骨に言ってもよいかもしれない。これは、オバマ大統領再選キャンペーンの一環ではないのか。陰謀論のように聞こえるかもしれないので、24日付けワシントンポスト「The wrong reason for depleting the strategic oil reserve」(参照)を補っておこう。ホワイトハウスの危機感という文脈から。

Therein, perhaps, is a political emergency, at least in the White House view: President Obama’s reelection prospects will be harmed if national discontent over high gasoline prices continues. The oil release could be seen as a way for the president to take credit for gas prices that are falling anyway, or as an indirect, pre-election stimulus.

その点で、恐らく、少なくともオバマ政権から見れば、政治的な緊急事態ということだ。つまり、ガソリン高騰に対する米国民の不満が続くなら、オバマ大統領再選の見込みは毀損するだろう。石油放出という手段で下げたガソリン価格を自分の功績にできる。つまり、間接的にであれば、選挙戦の前段の刺激策というわけだ。


 短絡な物言いになるのは好ましくないが、オバマ大統領、ひどすぎないか。
 ついでに言えば、これに諾々と追米してしまう民主党政権もひどいもんだし、読売新聞もひどい。

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2011.06.26

オバマ大統領によるリビア米軍介入を米国下院が否定

 北大西洋条約機構(NATO)が主導するという建前のリビアへの軍事介入に対して、限定的関与とオバマ大統領が称する米軍の軍事行動を認めるべきか。この問題が米国議会で問われた。表現がまどろっこしくなるのは、真相をオバマ流の修辞で糊塗するからである。ざっくり言えば、NATOを米軍が率いている戦争をオバマ大統領が独断で実行している状態に米国民が疑念を持っているということだ。
 それはそうだろう。どう見ても、オバマ大統領は、国会を無視して戦争をやらかしているという点でブッシュ前大統領のイラク戦争よりひどい軍事暴走である。リビアの軍事介入が人道的であるというなら、政府による虐殺の続くシリアを傍観しているダブスタはどうなのだろうか。
 なるほど諸議論はあり、オバマ大統領は巧妙に議論を紛糾させているが、大筋から見るなら、米国の政治制度では、宣戦布告の権利を有するのは連邦議会でる。有事には大統領の決断が優先されるとしても、作戦開始から48時間以内に議会に報告することが義務付けられており、戦争権限法(The War Powers Resolution of 1973)では、「戦争行為突入時または切迫した戦争行為に巻き込まれた状況が明白であれば("into hostilities or into situations where imminent involvement in hostilities is clearly indicated")」、報告後最大90日以内に議会が宣戦布告しない場合、大統領は軍を撤退させなければならない。
 リビアでの軍事活動はこの限界を超えた。
 下院本会議では、オバマ大統領が独断したリビアでの軍事活動について、1年間の期限付きで認める法案を、123対295という大差で否決した。大統領の暴走は許さないとしたのである。当然そうであれば、この戦争を静止すべく予算も絶てばよいのだが、現状の戦費支出を差し止める法案は180対238で否決された(参照)。戦争というのは予算を絶つことで国会が静止できるものだ。余談めくが、日本の戦争でも近衛内閣時代に戦費予算を可決した国会に戦争の最終的な責任があることは明白である。
 オバマ大統領の戦争の独断を否定した反面、戦費予算を認めるという米国議会の決議は矛盾した結果のように見える。下院での否決を受けて、上院では民主党のケリー外交委員長や共和党のマケイン軍事委員会筆頭理事など有力議員が同様の決議案を提出し来週審議する予定だが、可決されることはないだろう。
 結果はどうなるのか。今回の下院決議には法的拘束力はないとされるので、現実の米軍軍事活動に直接の影響は出ない。総合すると、実質的には1年以内にリビア戦争から手を引けと米国民が考えていると理解できそうだ。
 いずれにせよ、オバマ大統領の与党である民主党ですら4割が反対票を投じたことから、米国民がいかに大統領の権限というものを恐れている実態がよくわかる事例ともなった。また余談だが、大統領の権力を抑え込むことが民主制度というものであり、米国が日本に授けた日本憲法ではさらにこうした権力がそもそも生じないように仕組まれている。
 米国議会の決議によって、実質的にオバマ大統領の詭弁も暴露されたとも言える。この点については、リビア戦争肯定の論調を張っているニューヨークタイムズですら認めざるを得なかった。「Libya and the War Powers Act」(参照)より。リビア戦争に敗北しない大義を強調しつつも。


The White House’s argument for not doing so borders on sophistry — that “U.S. operations do not involve sustained fighting or active exchanges of fire with hostile forces, nor do they involve the presence of U.S. ground troops,” and thus are not the sort of “hostilities” covered by the act.

「戦時の軍として、継続的戦闘や活発な戦闘状態にはなく、米陸軍は戦闘に巻き込まれていない」として、よって戦争権限法の「戦争行為」には該当しないとする米国政権の議論は、敗北を避けるためであれ、詭弁の縁にある。


 オバマ政権の言い分が正しければ、戦争権限法が連想される議会決議もありえなかったが、そこまで議会を無視できず、オバマ大統領は詭弁の縁から詭弁にずり落ちた。

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