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2011.06.04

フィナンシャルタイムズが見た日本政治の手詰まり

 フィナンシャルタイムズ社説に昨今の日本の政局の話題、「The indecision of Naoto Kan」(参照)が載っていた。同意するところ多しということで、これ、翻訳が出ないならブログのネタにでもするかなと思ったら、日経新聞に翻訳が出ていた。「収束見えぬ民主の内紛 改革の機 台無しに(FT) 」(参照)である。まあ、読めばわかることなんだが、意訳のような感じがするので、ちょっと原文との対比をしておこう。日経の訳抜け部分は太字にした(意図して抜けたとも思われないけど)。

  ※ ※ ※

When Naoto Kan came to power as Japan’s prime minister, he promised strong and decisive leadership. Recent events show how far short of that ideal he has fallen.

(日経訳)菅直人首相は1年前の就任時に、強力で決断できるリーダーシップを国民に公約した。しかし、ここ数日のごたごたは、首相がいかにその理想からかけ離れてしまったかを如実に示している。

(試訳)日本の総理大臣として政権を握ったとき菅直人は、強くそして決定力のあるリーダーシップを約束した。だが最近の出来事を見れば、その理想の道程のどのあたりで行き倒れになっているかがわかる。

Any hope that Mr Kan’s victory in a confidence vote on Thursday might bring about a period of much-needed political stability looks lost. In seeking the support of his colleagues, a number of whom wanted to oust him, the premier gave some sort of undertaking to step down at an ill-defined point in the future. Far from healing the splits in his party, this has simply exacerbated them and has turned Mr Kan into something akin to a lame duck.

(日経訳)「菅降ろし」の動きが強まる与党・民主党内をまとめようと、首相は震災対応などで「一定のめどをつけた時点で退陣する」というあいまいな約束で事態を収めようとした。ところが、むしろ状況を悪化させ、自身を事実上の「レームダック」に追い込んでしまった。

(試訳)木曜日の信任投票に菅氏が勝利することで、必要とされる政治の安定期間がもたらされるのではないかという期待があったが、消えたようだ。彼の辞任を求める同僚が少ないなかで支援を取り付けようとして、菅首相は辞任すると安請け合いをしたが時期は曖昧にした。その結果、彼が率いる民主党の分裂を平癒するどころか逆に悪化させ、菅氏を死に体同然にしてしまった。

Whether he can, or should, continue in office is moot. It is difficult to see how in his weakened state Mr Kan can reach out even to dissidents in his own party, let alone the opposition, in order to address the many serious challenges that Japan now faces.

(日経訳)菅氏続投の是非には議論の余地がある。弱体化した菅政権が党内造反派、ましてや野党に働き掛け日本が直面する様々な深刻な問題の解決を目指せるとは考えにくい。

(試訳)彼の政権は維持できるのか、それとも維持すべきなのかなど、机上の空論である。日本が直面している深刻な課題に取り組むのに、この衰弱した状態では、野党はもちろん党内対立者にどこまで菅氏が話を取り付けることができるのか、わからないのだ。

What is depressingly clear is that there seems no end to the bickering and infighting that has roiled his Democratic Party of Japan since it took power in 2009. Far from focusing their political energies on the reconstruction and relief effort needed after the tsunami and nuclear accident, Japanese politicians seem set on a further bout of self-absorption.

(日経訳)2009年の政権奪取以来続く民主党の内紛は収まる気配を見せない。震災と津波被害からの復旧・復興と東京電力福島第1原子力発電所の事故の収束に全力を注がねばならないこの時期に、日本の政治家は自己本位の政争に明け暮れているように見える。

(試訳)あまりに明白で憂鬱になってくるが、2009年の政権交代以降民主党内から沸き起こる口論と内紛には終わりが見えない。津波と原子力事故後に求められる救援・復興活動のために政治を注力させるのとはほど遠く、日本の政治家はわがままの暴走をしているようだ。

Some of the blame must attach to the DPJ. Since assuming power, it has squandered its opportunity to change Japanese politics for the better by sweeping away the bureaucratic system that had kept its predecessor, the Liberal Democratic party, in power for more than half a century. Little headway has been made in building the more accountable system that was promised. Instead the DPJ has subsided into the sort of factionalism that plagued the LDP. Mr Kan faced a leadership challenge last year and his predecessor as DPJ leader and prime minister, Yukio Hatoyama, lasted just months. Reforms have taken a back seat.

(日経訳)民主党にも責任の一端はある。現野党の自由民主党が半世紀以上にわたり政権を独占することを可能にしたのは、日本の官僚制度だ。民主党は政権を奪取し、問題点を根本的に見直し、政治改革を実現する機会があったのに台無しにしてしまった。
 民主党が公約した責任ある政治制度の構築は遅々として進まず、むしろかつての自民党ばりの派閥政治が横行している。

(試訳)民主党には非難される点がある。民主党は政権を獲得したというのに、半世紀にもわたる自民党政権を支えた官僚機構を刷新して日本の政治を改革するという機会を浪費してきたのだ。公約された、よりアカウンタビリティ(応答責任)ある制度構築へは前進なきに等しい。代わりに、自民党の宿痾であった派閥主義のような状態に陥りつつある。民主党を指導する総理として鳩山由紀夫は数か月しか保たなかったように、菅氏も昨年、指導者としての異議に晒された。改革は後退してきた。

But it is not just the DPJ that has failed the country. The wider political class must share the blame. It had been hoped that the tragic events of March 11, which left 24,000 dead or lost, might have instilled in lawmakers a new sense of unity and purpose, and that this in turn might contribute to break ing Japan’s 20-year long malaise. The public’s selfless and stoic response was truly moving.

(日経訳)責任は他党にもある。震災と原発事故が政治家の心に団結心と目的意識を植え付け、それを持ってすれば日本の「失われた20年」も取り戻せるとの期待が当初はあった。震災直後に日本人が見せた無私・禁欲の精神は世界を感動させた。

(試訳)しかし国を誤らせてきたのは民主党ばかりではない。政界も非難されねばならない。2万4千人もの死傷者を出した3月11日の悲劇的な災害で、国会議員も団結と目的の意識を持つようになり、それが20年の長きにわたる日本病快癒のきっかけになるかもしれないと期待されたものだった。国民の献身と沈着な対応は真に感動をもたらした。

Sadly this spirit does not appear to have penetrated the stone walls of the Diet where politicians squabble endlessly over the baubles of office and place. Until this changes, no end to Japan’s political impasse is in sight.

(日経訳)だが国会議事堂の厚い壁はそんな気高い精神すらはね返した。政治家は安っぽい地位・権限を巡る際限ない口論に今も余念がない。ここが変わらなければ政治の行き詰まりを打開する見通しなど到底立たない。

(試訳)情けない話だが、国民の心意気は国会議事堂の石の壁に阻まれ、議事堂の中では、職務と地位という見せかけだましの獲得に延々と口論を続けている。この事態が変わるまで、日本政治の手詰まりは終わらない。

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2011.06.02

残念ながら簡単に言うとアラブの春は失敗

 5月26日と27日の2日間、フランス・ドービルで開催された主要国首脳会議(G8)の話題として、日本ではしかたがないとも言えるが、福島第一原発の対応が注目された。が、その他の話題もあった。欧州経済危機や、最近はすっかり忘れ去れたかのような地球温暖化、またインターネットのあり方なども議論された。そうしたなかで最後の締めともなった大きな話題が「アラブの春」、つまりアラブ諸国の民主化だった。いや、「中東に民主化が望まれる」とかいうたるい話ではない、ようするに、エジプトとチュニジアへの資金援助の話だった。なぜ資金援助が必要になったのか。この件について適切な解説報道を日本では見かけなかったように思えた。なぜ資金援助? 残念ながら、簡単に言うと、アラブの春は失敗したからである。
 簡単に事実確認から。WSJ「G8、「アラブの春」支援に200億ドル―総額400億ドルの援助」(参照)より。


 ノルマンジー地方の海辺のリゾート地で2日間の討議を終えたホスト国・フランスのサルコジ大統領は、イスラム世界の民主化のモデルとなるエジプト、チュニジア両国への支援総額は、世界銀行などの国際金融機関と個別国まで含めれば400億ドル(約3.2兆円)に達するとの見通しを示した。G8首脳はまた中東・北アフリカ地域の今後の繁栄には各国でより清廉な政府の樹立が重要との認識で一致した。

 なぜそれほどの支援が必要なのか。記事はこう続く。

「わが国には(民主化)成功のための全ての要素はある。しかし実際の成功にたどり着くには資金援助がほしい」。サミットに参加したチュニジアのカイドセブシ暫定首相はこう述べ、さらに同国の民主化成功が「イスラム世界と民主主義が相容れないものではないことの証明となる」と話した。

 チュニジアでは民主化は道半だから資金が必要だということ。つまり資金がなければ、民主化はできない状況になっている。失敗したということだ、簡単に言うと。エジプトもそういうことなのだが、この記事では触れていない。
 29日付けフィナンシャルタイムズ社説「Funding the north African aid corps」(参照)にも似たような修辞が使われていた。

Three months after a wave of popular discontent swept away dictatorships in Tunisia and Egypt, the Arab spring’s revolutionary tide is ebbing. The brutal regimes in Libya, Syria, and Yemen have shown beyond doubt that they are ready to murder as many of their people as necessary to cling to power. To give hope to the brave souls still opposing these despots, it is crucial that the relative successes of Egypt’s and Tunisia’s revolutions are consolidated.

大衆の不満の波がチュニジアとエジプトの独裁政権を押し流して三か月、アラブの春という革命の潮は引いている。リビア、シリア、およびイエメンの野蛮な政権は、権力固執の必要に合わせて自国民を虐殺する用意があることを明確に示してきた。独裁者に勇気を持って抗う人に希望を与えるには、比較的成功した部類のエジプトとチュニジアの革命をより確実にすることが決定的に重要である。


 修辞を除けば、中東民主化は失敗し、チュニジアとエジプトが独裁に滑り込まないためには、見物人は寺銭を払えよということ。
 なんでこんなにもエジプトは困窮したのか。単純な話、国家がぐらついたからだ。

The package sends the right signal at the start of a huge task; but much more money will be needed. With tourists and foreign investors still shunning the area for fear of unrest, and public order not fully restored, the economic situation is deteriorating fast. Egypt has burnt through $8bn (more than 20 per cent) of its foreign exchange reserves since January. Unemployment has surged. The IMF reckons that oil-importing Arab nations will need $160bn in external financing over the next three years to stay afloat.

However, even $160bn will do little good if it is not spent effectively.

欧米からの送金は中東民主化という大事業着手に正しいメッセージになる。とはいえ、さらなるカネも必要になる。観光客も国外投資家も政情不安を恐れてこの地域を避け、社会秩序も十分に回復していないので経済状況は急速に悪化している。エジプトは1月以来、外貨準備の80億ドル(20パーセント以上)を使い果たした。失業も増加した。原油を輸入に頼るアラブ諸国は向こう3年の切り盛りに1600億ドルの外貨調達が必要になると国際通貨基金は見ている。

しかし、効率よく使わなければ1600億ドルでも足りないだろう。


 エジプト経済が予想どおり破綻に向かっている。中間層や新興富裕層を破壊したのでこのままでは経済効率が回復するわけもない。支援金も焼け石に水となる。
 もちろんそんなことは欧米も理解しているから、カネは旧ソ連諸国支援に実績のある欧州復興開発銀行に任せた。
 表層的に考えるなら、エジプトに新しく中間層や新興富裕層の育成が求められるのが、それこそが、この「エジプト革命」とやらの本質に阻まれている。

Yet while full liberalisation will eventually bring Egypt and Tunisia the economic freedoms their people desire, the fragility of their economies argues for cautious change. This means that, for all their economic inefficiency, food subsidies and public job schemes should be retained in the short term. Premature cessation of such welfare policies could spark serious unrest.

十分な自由化が国民の望む経済的な自由を結果的にもたらすとしても、経済は脆弱で変化には注意を要する。どういうことかというと、経済が非効率であろうが、短期的には、食費の補助金と公的部門の職業計画が維持されるべきなのだ。福祉政策を安易な考えで早急に停止すると深刻な社会不安となる。


 実際のところ民主化どころではない。社会不安から国家の崩壊を招かないためには海外からの資金注入が必要だったということだ。
 すでにエジプトの社会不安は危険な兆候を示している。もっとも悲惨な例はエイプ内のキリスト教徒(コプト教徒)への弾圧である。5月7日、カイロで暴動が起こり、コプト教会が放火され、10人の死者と200人の負傷者が出た(参照)。なぜ軍部が防げなかったのか。
 防がなかった側面すらもある。クーデター後の国家運営にヘマをしている軍政が大衆の不満の矛先をムバラク前大統領やキリスト教徒に向けさせている。5月12日のワシントンポスト社説「The threat posed by religious violence in Egypt」(参照)は惨劇をこう見ている。

That was the sort of behavior one could expect from an authoritarian regime that probably preferred having public anger directed at the Copts than at more appropriate targets, such as the government itself.

この手の活動は独裁政権から容易に想定されるものであり、政府に向けらるべきはずの人々の怒りをコプト教徒へ向けることが好まれたのである。


 ムバラク政権の末期と同じことを軍政がやりだした。しかも、それは大衆の怒りをそらすためだった。軍政もまた、暴力装置として国家に収納されるべき諸暴力の統制を失い始めている。
 おそらく対イスラエル政策の変更もそうした軍政による大衆迎合の一環ではないかと懸念され、そのまま諸暴力の統制が失われることを欧米が、イスラエルの手前もあるのだろうが恐れ出して、まずはみかじめ料でも差し出すかということになったのがフランス・ドービルの主要国首脳会議であった。
 菅首相がそれに気がついていたかはわからないが、日本国民も気がついてないかもしれないのでさしたる違和感はない。

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2011.06.01

スーダンのアビエイ地方が予想通り紛争化

 南スーダン独立が来月に迫るなか、予想されていたことではあるが、油田地帯のアビエイ地方で問題が発生してきた。
 スーダン南部の独立を求める住民投票(レファレンダム:referendum)が今年の1月9日から15日に実施され、98.1%が独立を求めるという結果になった(参照)。当然予想された結果なのだが、1月15日朝日新聞社説「スーダン南部―投票後の安定にも支援を」では、「紛争の解決策は、和解による統一政府の樹立か、分離独立か」とありえない選択肢を書いていた。それだけ見るといくらスーダンに肩入れしている中国様に色目を使うにしても、さすがに馬鹿丸出しのようにも見えたものだが、同社説の主旨は南部独立後も紛争が続くという懸念であり、それはそれで当然でもあった。


 もし南部が独立を選んでも、北部との関係が終わるわけではない。
 南北の境界に未画定の部分があり、境界付近にある油田地帯の帰属を巡る住民投票は延期されている。この国の外貨収入源である石油資源の大半が南部にあるため、領土や資源を巡る紛争が再燃する心配もある。

 そしてその懸念が現実化してきた。
 朝日新聞社説が「境界付近にある油田地帯」とぼかして書いているのは、アビエイ地方のことで、アビエイ問題の背景については、3月付けのフォーリン・アフェアーズ「スーダン南部独立への遠い道のり」(参照)が詳しい。住民投票の時点でこのような状況だった。

 この2週間だけでもアビエイの北で起きた襲撃事件によって33人が犠牲になっている。南部の分離独立を問う住民投票に参加しようとする人々でひしめき合う数台のバスが、ハルツームからアビエイへ向かう道路上で攻撃されたためだ。その結果、道路は封鎖され、アビエイの町は食糧や燃料が不足する事態に陥った。
 この問題を別にしても、この地域に北部から遊牧民と牛の群れがやってくる季節になると、アビエイの住民との間で衝突が起きる。すでにその季節を迎えつつある。
「スーダンが二つの国に分かれたときに、アビエイは北と南のどちらに帰属するのか」という疑問が、こうした目の前にある緊張を否応なく高めている。

 しかしレファレンダムという最終的な民意があるではないかいうことだが、まさにそこが問題で、実施されなかったのだった。

 スーダンでは、(スーダン政府が統治する)大多数がイスラム教徒の北部と、(スーダン人民解放運動=SPLMが支配する)キリスト教徒やアニミストが多い南部の間で22年にわたって戦闘が繰り広げられ、和平合意が締結された2005年まで内戦状態にあった。
 和平合意では、アビエイの住民が北部と南部のどちらに帰属するかを住民投票で決める権利をもつことも明記されたが、どこまでをアビエイの住民として認めるかをめぐって、SPLMとスーダンの政権与党である北部国民会議党(NCP)が政治的に対立し、結局、アビエイでの住民投票は実施されなかった。

 実はここでアビエイ問題がダルフール危機に関連してくる。

 国際社会が支持する、アビエイに関する南北合意は、アビエイの住民である南部のンゴック氏族の立場を認めている。ンゴック氏族の人々は、「この地に特定の季節だけ暮らす北部の遊牧民族のミッセリア族ではなく、ここに定住している者こそがアビエイが南北どちらに帰属するのかを決めるべきだ」と強く主張してきた。
 この主張が通れば、ンゴック氏族は北からの分離に賛成しているので、アビエイはまず間違いなく、近く独立する南スーダンの一部となる。しかし、NCPは独自の政治的思惑から、これに反対している。
 NCPとしては、スーダン西部で展開されるダルフール紛争においてミッセリア族をNCPの側に引き留めておく必要があるし、この地域に未開発の石油資源が眠っていると考えられるため、「アビエイは北に帰属すべきだ」というミッセリア族の主張を支持している。

 北部遊牧民族のミッセリア族がアビエイとダルフールに微妙に関わってくる。ミッセリア族は必ずしも北部とは限らないかもしれない状況すらある。

 2006年にはジャンジャウィードの指導者がJEMと相互不可侵協定を調印するようになり、続いてJEMに加わる動きもみられた。そしていまや、JEMはハルツームとの戦闘において自軍に取り込む対象をミッセリア族にも広げている。
 ミッセリア族の兵士がダルフールの反政府勢力に加わってハルツームと戦うのは、矛盾しているかにみえる。
 実際、私が話したンゴック氏族の誰もが、NCPがアビエイをめぐる既存の合意を実施に移さないことを問題にし、スーダンのバシル大統領は、アビエイの権利を主張するミッセリア族を支持するために戦争も辞さないつもりだった。

 とはいえ、ミッセリア族は現状では北部政府の先兵となっている。
 最近の状況だが、NHKですらと言っていいと思うが、報道があった。5月23日「南スーダン独立前に北軍侵攻」より。

 アフリカのスーダンで、ことし7月に迫った南部の独立を前に、北部の政府軍が、帰属が決まっていない南北の境界付近の油田地帯に侵攻し、これをきっかけに南北間の激しい対立が再燃することが懸念されています。
 スーダンでは、北部のアラブ系の政府と、南部のアフリカ系の反政府勢力の間で、20年以上続いた内戦が終わり、住民投票の結果、ことし7月に南部が独立することになりましたが、南北の境界付近にあり、国内有数の油田地帯が広がるアビエ地方を巡っては、帰属が決まっていません。こうしたなか、北部の政府は22日、「政府軍がアビエ地方に侵攻して制圧し、南部側の武装勢力を掃討している」と発表しました。国連などによりますと、北部の政府軍は、少なくとも15両の戦車を展開させるとともに迫撃砲などによる攻撃を行ったということです。これに対して、南部の自治政府軍は「われわれへの宣戦布告だ」として強く反発しているほか、国連の安全保障理事会も今回の侵攻を非難し、即時撤退を求めており、これをきっかけに南北間でアビエ地方を巡る激しい対立が再燃することが懸念されています。

 どうにもわかりづらいニュースなのは、NHKとしてもなんとか中立性を保とうとしているからだろう。どっちかについてすっきりできる問題ではない。
 北部政府の言い分としては、アビエ地方に南部側の武装勢力が攻勢をかけたのでその正当防衛としたのだろう。実際にそういう側面もある。国連平和部隊と北部政府軍がこの地域から撤退行動に出ているときに、南スーダン南部側の武装勢力が待ち伏せをしかけたのだった。
 だが、その後の北部側の対応は歌舞伎じみていて、防衛というのは騒ぎが大きく、北部側の狙いどおりのように見える。5月26日AFP「スーダン南北係争地に北部系民兵、衛星写真で確認と国連機関」(参照)でも、どう見ても北部政府支援で武装したミッセリア族の動きを伝えている。

 UNMIS報道官によると、民兵らはアラブ系のミッセリア(Misseriya)族と見られ、部隊や戦車、ヘリコプターが配備されつつある様子が衛星写真で確認できたという。アビエイからは市民の姿が消えているという。
 ミッセリアは1983~2005年の南北間の内戦で北部政府と同盟関係にあった遊牧民で、アビエイは通常、放牧の際の通過地点にあたる。
 南部政府関係者らも、ミッセリアの民兵たちが大挙してアビエイに入りつつあると警鐘を鳴らした。南部政府を支持するンゴク・ディンカ(Dinka Ngok)族を中心とする住人数千人が南部に避難してもぬけの殻となったアビエイでは、既に放火や略奪が始まっているという。
 ミッセリアの族長は、プロパガンダだとしてこれを否定している。
 一方、衛星を使った監視任務に参加しているある人権団体は、「北部政府軍がアビエイで戦争犯罪や人道犯罪を行っている証拠が、衛星写真に写っている」と指摘した。衛星写真を分析した別の団体も、「軍事車両による攻撃が行われ、村が破壊されていることは明白」と述べている。

 予想通りやってきましたね、お尋ね者バシル大統領というところだろう。NHKも、26日報道「スーダン 油田地帯巡り緊張高まる」(参照)では、きっちり登場してきたお尋ね者バシル大統領がいる。

 アフリカのスーダンで、ことし7月に迫った南部の独立を前に、帰属が決まっていない南北の境界付近の油田地帯を北部の政府軍が占拠したことについて、スーダンのバシール大統領は演説で「北部スーダンの領土だ」と一歩も引かない構えを示し、緊張が高まっています。
 スーダンでは、ことし7月に南部が独立することになっていますが、これを前に、北部の政府軍は今月19日、先に南部側から攻撃を受けたとして、南北の境界付近の帰属が決まっていないアビエ地方に部隊を展開させ、占拠しました。アビエ地方には国内有数の油田地帯が広がっており、国連の安全保障理事会などが即時撤退を求めたのに対し、北部のスーダン政府のバシール大統領は、25日までに首都ハルツームで行った演説で「アビエ地方は北部スーダンの領土だ」と述べ、一歩も引かない構えを示しました。アビエ地方では、政府軍による占拠が始まって以降、北部側の民兵組織によるとみられる略奪や放火、それに国連のヘリコプターへの発砲が起きており、国連などによりますと、およそ4万人の住民がアビエ地方を離れたということです。南部の自治政府軍のスポークスマンは「スーダン政府軍は民兵組織を使ってアビエ地方を奪い取ろうとしている」と非難しており、今後、緊張がさらに高まることが懸念されます。

 かくして大変な事態になった。
 その前の米国時間の22日の国連は声明を出している。「SECURITY COUNCIL PRESS STATEMENT ON ABYEI, SUDAN」(参照)である。オバマ米国大統領も即座に支援した。
 事態に対してもっとも影響力を持ちうるのは当然中国なので、ワシントンポスト社説「Crisis in Sudan」(参照)にはその言及があった。オバマ米国大統領の声明を是として。

That is the right message. But the administration must also move to restrain the southern Sudanese government from responding militarily, and urge Arab states and China — north Sudan’s prime economic partner — to use their leverage on Mr. Bashir.

オバマ政権は正しいメッセージを送った。しかしさらに、オバマ政権は、南スーダン政府が軍事的な挑発に乗らないよう抑制させるべく行動すべきだし、アラブ諸国と、北部スーダンの経済支援者である中国に働きかけ、バシル大統領を動かすようにすべきだ。


 レファレンダムに至る経緯を見ていると中国もかなり折れているので、さらに無いものねだりという印象がないわけでもないが、スーダン問題で中国の役割が大きいのも事実である。中国としては南部独立によってこれまでの石油利権に不安を感じているのだろう。スーダンの石油の七割は南部にある。
 アビエイ地方の紛争化でダルフール危機の行方も見えなくなりつつある。5月28日付けのニューヨークタイムズ「Another War in Sudan?」(参照)が指摘しているとおりだ。

The Obama administration set out a road map for removing Sudan from the terrorism list and normalizing relations with Khartoum. That must be held up until Mr. Bashir negotiates a settlement for Abyei. To get maximum benefits, progress on a peace settlement in Darfur is also required.

オバマ政権は、スーダンをテロ国家のリストから外し、北部スーダン政府との関係正常化の工程を示したが、この工程は、バシル大統領がアビエイ地方安定化の交渉に乗り出すまで凍結しなければならない。最大限の利益が得たいなら、ダルフールでの平和調停の進展もまた求められる。


 現状ではどうなっているか。
 昨日のNHKでは、また微妙な報道をしている。「スーダン 非武装地帯設置で合意」(参照)より。

 アフリカのスーダンでは、来月に迫った南部の独立を前に、北部のスーダン政府と南部の自治政府が、南北の境界に沿って非武装地帯を設置することで合意しました。
 スーダンでは、北部のアラブ系の政府と南部のアフリカ系の反政府勢力との間で20年以上続いた内戦が終わり、住民投票の結果、来月、南部が独立することになっています。こうしたなか、南北間の仲介にあたっているAU=アフリカ連合は、先月31日、北部の政府と南部の自治政府の代表者が東アフリカのエチオピアで会合を持ち、およそ2000キロにわたる南北の境界に沿って非武装地帯を設けることで合意したことを発表しました。合意によりますと、非武装地帯では南北が共同でパトロールを行うほか、双方の防衛担当相らが率いる共同機関を設置し、南北の安定した関係維持を図っていくということです。スーダンでは、南北の境界付近にあり帰属が決まっていない油田地帯のアビエイ地方を、先月、北部の政府軍が占拠したため、南北間の新たな火種となっていますが、今回の合意はこの問題には触れておらず、引き続き緊張した状況が続きそうです。

 とりあえず南北の非武装地帯が設定されるのだが、問題化している当のアビエイ地方は除外されているので、名目的な対応でしかない。
 今後の動向だが、皆目わからない。話の筋立てからすると、当然北部政府のお尋ね者バシル大統領が諸悪の根源のようでもあるが、彼としても強行な態度に出ないかぎり北部政権が維持できないというご事情もありそうだ。国連としても中国の利権が大きくからむため、カダフィ大佐を屠ろうするような単純な動きも取れない。
 ダルフール危機を含めてすべてが一気に瓦解する可能性もあるのかもしれない。が、そこまで見えてきたら中国としても動かざるをえないだろう。

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2011.05.31

ムラディッチ被告逮捕で問われる「ジャスティス」

 26日、セルビアのタディチ大統領は、ラトコ・ムラディッチ(Ratko Mladic)被告(69)が拘束・逮捕されたとして、首都ベオグラードで緊急記者会見を開いた(参照)。ムラディッチ被告は、ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦(1992-95)のセルビア人武装勢力の司令官で、その間のサラエボ包囲と1995年のスレブレニツァでのイスラム教徒8000人虐殺を指揮したとして国際法廷に起訴されていた。
 ムラディッチ被告はオランダ・ハーグの旧ユーゴ国際戦犯法廷(ICTY: International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia)で、同セルビアのカラジッチ元大統領とともに裁かれる。5年前、同法廷公判中に死亡したユーゴスラビアのミロシェビッチ元大統領を含め、ようやくお尋ね者の3人が揃ったことになる。
 英米圏では、この事態を「ジャスティス(Justice)」と呼んでいる。例えば、クリントン国務長官はムラディッチ被告についてこう声明を出した(参照)。


The United States welcomes the arrest of Ratko Mladic by Serbian security services earlier today. We commend President Tadic, the Government of Serbia, its security services and all those who have labored for years to bring Mladic to justice. We look forward to his earliest possible extradition to the International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia in The Hague so that justice may be served.

米国はセルビアの警察当局による、今日未明のラトコ・ムラディッチ逮捕を歓迎する。私たちはセルビアのタディチ大統領、警察当局、およびムラディッチを何年もの苦労の後ジャスティにしょっぴきだした人々を褒め称える。ジャスティスの達成が可能になるように、彼が早々にオランダ・ハーグの旧ユーゴ国際戦犯法廷に引き渡されることを私たちは心待ちにしている。

This is a great day for justice in the international system. Mladic's arrest serves as a statement to those around the world who would break the law and target innocent civilians: international justice works. If you commit a crime, you will not escape judgment, you will not go free.

これは、国際世界のシステムにあってジャスティスのための偉大な一日である。ムラディッチの逮捕は、世界中で、法を犯し無辜の市民を狙う者対する声明の役を果たす。つまり、国際世界のジャスティスは機能しているのだ。もし人が罪を犯せば、ジャッジメントから免れることはなく、けして逃れることはできない。


 この鼻息粗そうな「ジャスティス(Justice)」ってなんでしょう?
 日本で毎度お馴染みになりつつあるマイケル・サンデル先生は、「ハーバード白熱教室」で「これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学」(参照)をしていたが、原題は「Justice with Michael Sandel」。つまり、「サンデル先生とご一緒にジャスティス」という、なんか午後の紅茶みたいな暢気な話題だった。実際講義録を読んでも、サンデル先生のジャスティスは午後の紅茶のように甘ったるくて、クリントン国務長官のジャスティスの鼻息付きのジャスティスには及ばない。
 鼻息は米国オバマ大統領も同じ。オサマ・ビンライディン暗殺を実施して、ジャスティスと言っていたのだった。「正義」って、伊藤博文の末期のような暗殺のことなのか。
 クリントン国務長官の言明を読むと、文脈的にはジャスティスは、ジャッジメント(judgment)と同じになっている。じゃあ、ジャッジメント(judgment)って何?
 これ、「最後の審判(The Last Judgement)」と同じような含みではないのか。

 サンデル先生の午後の紅茶みたいな「正義」が好きな日本人は、神様がこの世の終わりにドカーンとやる最後の審判みたいな「正義」を理解できるんだろうか。
 少なくとも、私にはすごい違和感がありますね。
 英語としても、こういう"Justice"の意味には若干違和感ありそうなもんじゃないかと、あらためて辞書引いたら、ありました。ロングマン。


6 justice has been done/served used to say that someone has been treated fairly or has been given a punishment they deserve
7 judge

 罰を加える、審判する、というジャスティスは、やや独自の意味としてあるようだ。
 私などは、なんかこういう世界観には今ひとつ付いてけないなと思っていると、とうのセルビアでもそういう動きはあった。AFP「ムラディッチ被告、虐殺関与を否定 セルビアでは1万人抗議集会」(参照)より。

セルビアの首都ベオグラード(Belgrade)で29日、ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦当時のセルビア人武装勢力司令官で戦犯として国際法廷に起訴されたラトコ・ムラディッチ(Ratko Mladic)被告(69)の身柄拘束に抗議する1万人規模のデモがあり、一部が投石するなど暴徒化して治安部隊と衝突、100人以上が逮捕された。

 人によってはいろいろな思いがあるので、ハーグ裁判が公平に進めばいいことなのだろう。
 とはいえ、ムラディッチ被告擁護に見える背景には、ボスニアについての面倒な問題があり、ニューヨークタイムズ「End of the Line」(参照)が少しねじれた希望で突っ込んでいた。まあ、無理でしょう。ついでに余談だが、同社説はICTYとICCを当初混同していた。さもありなん。
 ムラディッチ被告の逮捕は、海外報道を見ていると2つの視点で見られているようだった。1つは、セルビアの欧州連合(EU)加盟の手土産であっただろうというものだ。例えば、WSJ「ムラディッチ被告、セルビアで拘束―ボスニア内戦の戦犯」(参照)より。

 大統領によると、ムラディッチ被告の旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)への引き渡し手続きは既に始まっている。ただ、大統領は同被告がどのようにして発見されたのかについては詳細を明らかにしなかった。拘束のタイミングから、セルビアの当局は同被告の潜伏先を知っていたのではないかとの見方も出ている。

 EUは現在、今年中にセルビアに加盟候補国の地位を与えるどうか検討している。この動きはセルビアが戦犯法廷に全面協力するまで停止されていた。戦犯法廷の特別検察官は先週の報告で、ムラディッチ被告を拘束していないなど、セルビアの協力姿勢を批判していた。また、バローゾ欧州委員会委員長も「夏前に結果を出してほしい」とし、セルビアが加盟候補国の地位を獲得したいなら、戦犯法廷に協力することが「決定的に重要」だと同国に伝えた。



 タディッチ大統領は、EU加盟を目指してセルビア政府は拘束時期を「計算した」のではないかとの記者の質問に対して繰り返し否定。政府は常に戦犯法廷に全面的に協力していると強調した。同時に、95年に同法廷から起訴された同被告を発見するまでにどうしてこれほどの時間がかかったかを調査すると述べた。

 とはいえ、テレグラフ社説「Ratko Mladic: Justice at last」(参照)などを見てもわかるが、概ね手土産説は浸透している。

It has taken an inordinate length of time, but justice is finally being done on behalf of the people of Bosnia-Herzegovina – even if the key to yesterday’s arrest was not the Serbian government’s determination to right a terrible wrong, but rather the EU’s insistence that the arrest was a precondition of the country’s application to join the Union. Realpolitik has its uses, and its successes.

おびただしい時間が費やされたが、ジャスティスは最終的にボスニア・ヘルツェゴビナの人々のために果たされた。昨日の逮捕の要点が、セルビア政府による巨悪の是正ではなく、この逮捕が欧州連合(EU)加盟の前提条件だとEUが主張していたから結果だっとしても、ジャスティスは最終的に果たされたのだ。「現実的政治(Realpolitik)」っていうもののには使い道があり、成功したのだ。


 簡単にいえば、ジャスティスのためなら「現実的政治(Realpolitik)」もありという、サンデル先生には想像できそうにない、薄汚い正義の現実世界がここにある。
 もう1つは、クリントン国務長官もすでに仄めかしているが、他の国際法廷のお尋ね者への脅しになることだ。ワシントンポスト「Making amends in Serbia」(参照)はきちんと名指ししている。

In celebrating Mr. Mladic’s capture, the State Department pointedly noted that it “serves as a statement to those around the world who would break the law and target innocent civilians: International justice works.” But Moammar Gaddafi and Bashar al-Assad might be more intimidated by the Serbian example if the process worked better.

ムラディッチ氏拘束の祝辞として、国務省は「世界中で、法を犯し無辜の市民を狙う者対する声明の役を果たす。つまり、国際世界のジャスティスは機能している」と要点を指摘した。しかし、その手順が機能しているならセルビアの事例によって、ムアマル・カダフィとバシャー・アル・アサドはより怯えることだろう。


 つまり、リビアのカダフィ大佐とシリアのアサド大統領への威嚇。これにスーダンのバシル大統領も加わる。
 しかし、本当に脅しになっているのだろうか。テレグラフ社説「A 'new phase’ in Libya – and a risky one」(参照)は気味の悪い予言をしていた。

In Libya, it is always possible that the regime will collapse in short order and Col Gaddafi will be carted off to occupy a cell next to Ratko Mladic. On the other hand, he may draw an altogether different lesson from the fate that befell the Bosnian Serb – and that is to fight to a bitter and bloody end, because there is no other way out.

リビアでは、体制が短期に崩壊し、カダフィ大佐がラトコ・ムラディッチの独房の隣の独房にしょっ引かれることは、いつでもありえる。他方、このボスニア・セルビア人ムラディッチに下った運命からカダフィ大佐はまったく別の教訓を得るかもしれない。つまり、苦く血まみれの終了まで戦おうとすることだ。ほかに逃げ場を失ったのだから、そうなりうる。


 そういうことだ。「現実的政治(Realpolitik)」だの、ジャスティスだのといっても、ただ流血を増やすだけに終わるかもしれない。
 なぜ流血を減らそうという政策をジャスティスの前に選択しないものなんだろうか。

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