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2011.05.25

福島第一原発、海水注入を巡るドタバタ

 一昨日の衆院東日本大震災復興特別委員会で、3月12日の原子炉への海水注入作業が55分ほど中断されたという話を自民党が持ち出し、21日発行の日刊現代(参照)のネタのように、それが菅首相による「中止せよ」との判断・命令であったのかと糾弾していた。
 糾弾としては、海水注入が途絶えたことで原子炉を危機に陥れたと、日刊現代ばりに自民党が理解しているのかもしれないようにも見えた。が、自民党としてはむしろ政府の主導性に疑問を投げかけるのが主旨ではあったのだろう。実際、この糸口をきっかけに政府の対応はズタボロの様相を呈した。関連して、内閣府原子力安全委員会・班目春樹委員長の「再臨界」発言の矛盾なども出て来た。
 とりあえず政府としては、海水注入は東京電力の自主判断だと説明したようだが、首相官邸の意向を東電が忖度した印象も残った。真相は未だにわからない。
 この話題だが、暗黙に危機が仮定されているわりに、実際には原子炉の危機とはあまり関係がない。むしろ海水注入を中断したことで水素爆発が避けられた「可能性もゼロではない」……いやさすがにそれはないか。私はこの話にはさして関心もなかったが、あまりに報道が錯綜しているのでちょっと気になって自分なりに少し追ってみた。
 菅首相が原子炉への海水注入を「やめろ」と言ったかもしれない時点は、後の表で整理するが、12日の午後6時以降であり、今となってはすでに公開されているがこの時点では1号炉はフルコアメルトになっていた。しかも淡水注入時点で炉内は完全な空焚きで、焼け石に水の状態であった。英語が読めるなら誰でも読める、3月26日の米国原子力規制委員会(NRC)のリーク文書でもすでに指摘されているが、海水注入をしたために配管が目詰まりし、水は結局、原子炉には注入されなくなった。海水注入を実施した自衛隊のかたには頭の下がる思いだが、現実的な対処として見ればナンセンスだっただろう。
 とはいえ、12日の朝の時点で完全な空焚きでフルコアメルトしていたことは、経産省原子炉安全小委員会委員としてこの福島第一原発の原子炉の安全性にお墨付きを与え、NHK報道に出ずっぱりだった関村直人・東大大学院工学系研究科教授(参照)もなぜか口にもしなかったことであり、「あの時点で」というなら、海水注入が重要だと想定されていたのかもしれない。
 いや、想定されていたのだろう。12日の午後2時ころには、もうすぐ淡水が切れることは東電側も理解し、海水注入を決定し、保安院にお伺いを出していた。保安院がそれにどう答えたのかわからない。が、その頃国民には知らせてなかったが、1号機は爆発していた。水素爆発であると枝野官房長官が言及したのは2時間後である。その間政府も政府機関も沈黙し、現地の被曝を放置していた。無政府状態の始まりだった。
 政府による放置を食らったのは東電も、だったかもしれない。海水注入の承諾は来ない。かなりの焦りがあっただろう。国を待ってなんかいられないという気分であったかもしれない。菅さんを交えて官邸で海水注入の協議がようやく開始したのは、4時間後、午後6時。
 このあたりの逡巡した手順を見るに、東電側には、政府の指示なしに海水注入はするなというお達しが事前にあったと想定してよさそうだ。
 なぜ、政府が東電側の海水注入決断を結果としてだが、放置したのか。政府側というか菅さんの頭のなかでは、海水注入したら再臨界になるという懸念があったからだろうか。すでに政府側としては、国民には黙っていたけど空焚きのフルコアメルトが想定されていて、そこに水を含んだ海水入れたら再臨界になるかもねと東京工業大学卒の菅さんが思ったか、同大学の誰かから吹き込まれたか。
 これは経緯を整理してみる必要があるな。
 経緯は錯綜しているので、ちょっと表にしてみた。ネタは、日経「衆院復興委主なやりとり」(参照)、「「空白の55分」混乱の連鎖 原発の注水中断問題 」(参照)、産経「海水注入の中断指示 首相は否定 では誰が? 瞬間判断で議事録なし」(参照)、「東電は海水注入を事前報告 菅首相「報告はなかった」と矛盾」(参照)、読売「海水注入、首相指示2時間前に「指示出た」メモ」(参照)、などから拾った。時間前後の都合で私の推測も加えた。


 表にまとめてみて自分なりの推理だが、意外と菅さんに嘘はないように思えた。
 午後6時の協議だが、菅さんの頭のなかは原子炉が爆発したことに怯え、再臨界の恐怖でいっぱいで、それを防ぐためならなんでもいいという状態であったようだ。おそらく地震後早々に米国からあったと思われる淡水の援助の要請を断ったことも祟っていたのではないだろうか。自民党ならほいほいと早々に米国の支援を受けたのに、なんで枝野は断ったんだよ、とか。
 そう推理するのは、菅さんが海水注入の問題性(参照)をよく理解していたなら、午後6時の官邸協議でそれなりの議論になるはずだが、20分ほどのあっけない協議だったからだ。しかも結果から見るに、すでに海水注入という方向で決まっていた。菅さんのことだから、「それも含めて」と毎度の口癖で済ませ、毎度お得意の丸投げにしてしまったのではないか。
 20分ほどのそっけない協議が終わった時点で、枝野官房長官が見たという、首相指示による海水注入のメモというのも作成されていた。経緯に問題があるとすれば、菅さんは、自分が指示したことになっているメモの存在を認識していなかったのではないか。そう考えると、以降の展開に辻褄が合う。
 午後6時の協議で海水注入が決まるという話は、東電側としても海江田経産相とツーカーだったのだろう。すでに現場は海水注入という手順を淡々と進めていたし、準備に必要とされる1時間も待たずに、7時4分には試験的な海水注入を開始した。
 政府が一昨日、海水注入は東京電力の自主判断としたが、菅さんとしても「聞いてないぜ、それ」という思いがあったのかもしれない。が、同時に当然ながら海江田氏は、午後6時の協議後に作成された「首相」指示明記のメモをもとに、これが首相の指示として理解しているのも不思議ではない。
 そのまま事態が進めばさしたることもないのだが、20分後に海水注入が停止される。なぜか?
 一昨日の自民党の糾弾では、形式的にだが菅さんによる海水注入「やめろ」指示の有無を問題にしているが、経緯を表にして眺めていると、丸投げ菅さんの動きにそこまでの緊迫はなく、東電側が勝手にやめたように見える。繰り返すが、衆院東日本大震災復興特別委員会の話からしても、政府としては海水注入は東電が勝手にやって勝手に中断したようでもある。
 東電はなぜ海水注入をやめたのか。追記 26日に実際には注入停止はなかったとのニュースが流れた。
 単に試験注入の様子見だったのではないか。
 試験注入では、試験だからなのか、あるいは慌ててヘマったのか、菅さんが気にしている再臨界抑制のためのホウ酸が入っていなかった。これ、まずいんじゃね、ちょっと停止してホウ酸入れろ、というのはそんなに不思議でもない。ホウ酸を団子にして入れろという話なら不思議だが。
 日刊現代風の読みもできないことはない。東電側が「これ、首相の指示ないんじゃねーの」とイラ菅のイライラを忖度したという読みだ。しかし、そんな存在感ないでしょ、あの菅さんに。
 ことの経緯全体に漂う、菅さんの存在感のなさは際立っている。
 イラ菅としての存在感はあったとしても、なんら菅さんの主導性というのは見えない。そもそも主導性を背景とするような意識も菅さんには感じられない。午後3時に1号機が爆発した時点で、国民に向けて「あれは水素爆発です。チェルノブイリの爆発ほどの影響はありませんが、住民は屋内に避難してください」といったメッセージを政府側が出すべきだった。なのに政府はこの間、国民にだんまり続けた。一国の首相たる菅さんは国民との対話という点で主導性は皆無だったのだったのは明らかだ。
 午後8時20分に海水注入がホウ酸を入れて再開されるのだが、これはその前の8時5分時点の海江田経産相の命令によるものだ。つまり、これが正式な海水注入であり、おそらく事後、菅さんもこれを開始と理解することにして「海水注入してたなんて俺知らねーよ」と自己弁護しているのだろうが、首相たる人なら、自分の名前でどう事態が進んでいることを知らなかったことにまず恥じるもんだろう。

追記
 26日に実は中断していなかったというニュースが流れた。NHK「“海水の注入 継続していた」(参照)より。


東京電力福島第一原子力発電所の1号機で、地震発生の翌日、水素爆発が起きたあと、原子炉を冷やすための海水の注入が1時間近く中断したとされる問題で、東京電力は26日、関係者の聞き取りなどを進めた結果、海水の注入は中断しておらず、継続していたことが分かったと明らかにしました。東京電力によりますと、「海水注入について、総理大臣の了解が得られていない」という連絡があり、いったんは海水の注入を停止することにしたものの、福島第一原子力発電所の所長の判断で海水の注入を継続したということです。

 東電側としては、菅さんの理解が得られない懸念で中断しようとしたが、吉田昌郎所長の判断で継続していたらしい。
 新しい報道でエントリーを読み返してみたが、やはり菅さんに嘘があったというわけもなく、論旨の基本は変わらない。
 もっとも今後、やはり中断していました、しかも菅さんの命令によるものでしたとならないわけでもない。

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