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2011.12.22

北朝鮮崩壊時の最悪のシナリオとは

 北朝鮮の金正日・総書記が死去したことで、「北朝鮮崩壊時の最悪のシナリオとは」といったお題をメディアでよく見かけた。吉例大喜利といったネタでもあるのかもしれない。
 ネタの形式は決まっている。できるだけ不安をかき立てるが現状は安定が見込まれる、といったものだ。不安の演出の妙味が評点になるが、このネタ、すでに出し尽くした感もあり、どれも想定内でそれほど面白くはなかった。が、一点、そう来たかと呻るものがあった。
 まずはいかにもネタ臭いものから見るとすると、まんまやんけのタイトルは産経系Zakzak「北朝鮮“最悪シナリオ”…軍暴走で“核のボタン”大丈夫か」(参照)である。軍部の若手将校が暴発してクーデターが発生するかもしれないというのだ。二.二六事件の歴史をもつ日本にはわかりやすいお話なのかな。


 北朝鮮情勢に詳しい「コリア・レポート」の辺真一氏は「政権委譲が済んでから亡くなった金日成主席のときとはワケが違う。金総書記は、正恩氏が『軍部の掌握』を済ませる前に死んでしまった。独裁体制を失ったことでクーデターが起こる危険性も出てきた」と話す。

 どういうからくりで?

 金総書記の死去に伴い、北朝鮮は、(1)正恩氏と後見人である金総書記の義弟、張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長を中心としたロイヤルファミリー(2)朝鮮人民軍の首脳陣(3)朝鮮労働党-のトロイカによる集団指導体制に移行するとみられる。
 この過程で、辺氏は「三つどもえの権力闘争が起こり、最終的に人民軍が実権を掌握することになる」と推測。そのうえで「既得権を握った軍首脳に反発した若手将校が決起。韓国で朴正煕政権が倒れたときと同様の軍事クーデターに発展する可能性がある」と警告する。

 わかりますか。私はよくわからない。
 三集団が権力闘争するというのは仮説としていいとしても、さらにその一つの権力である軍が権力を掌握するのもいいとしてもだ、なんでこの構図で若手が反発するのかわからない。Zakzakさんの書き方が拙いだけかもしれないが。
 構図的に見るなら、軍が国家権力を掌握できない場合、軍が割れて他の権力集団に迎合した分派でも出るというのだろうか。
 こっそり言うと、軍の若手の造反の可能性が懸念されているのは現下のエジプトの情勢のほうなのだが、ひどい状態になっているわりに日本のメディアもネットもあまり関心はないようだが。
 お次。

 軍事評論家の世良光弘氏は「すぐにクーデターが起きることはないだろうが、(金総書記死去で)軍内部の統制が緩むのは必至だ」といい、こう続ける。
 「軍内部では食料さえまともに配給されていない状況で、厚遇されている一部の高官以外の軍人には不満が鬱積している。統制を保てるのはせいぜい2~3カ月では。その後の情勢は不透明で、春先に大規模な反乱が起きてもおかしくはない。警戒が必要だ」

 軍の統制が弱まり、経済的に不満をもった分子が反乱するというのだ。どうだろか。そもそも軍に属しているだけで北朝鮮は恵まれた階級なのだが。
 お次はクーデターはないよ説。

 アジア情勢に詳しいジャーナリストの富坂聰氏は「金総書記の死亡情報の出方が非常に統制されていた。重要情報が従来では考えられない速さで発表され、他国に情報が漏れることもなかった。体制が弱体化していれば、完璧にことは運ばなかった。北朝鮮は金総書記の個人支配という段階を超えて、堅固な官僚組織を構築している可能性がある」と指摘する。

 すでに北朝鮮内では権力が掌握されているから問題はないよというのである。その証拠に金正日死去の情報もきちんと統制されたではないかと。そう言われてみるとそうかもしれない。
 もひとつ。

 北の軍事情勢に詳しい早稲田大学アジア研究所客員教授の惠谷治氏も、暴発の可能性について「危険性は少ない」と分析する。
 惠谷氏によると、朝鮮人民軍はロシア製の戦闘機約500機、国産戦車2000~3000台を所有するが、「戦闘機は型落ちで現代戦に耐えうるものはほとんどなく、戦闘員も『半軍半農』で使い物にならない。

 それもよく言われることだが、昨年の延坪島砲撃は、北朝鮮軍がやるきになればソウルに大砲の弾が届くということではなかったか。でも、惠氏はそこはスルーして核に話を移す。たしかに、そっちが問題ではある。

核は最終手段で、他国に戦争を仕掛けるのは非現実的。(政権委譲で)指揮系統が再構築されるまで、半年から1年はかかる。政権は軍の掌握を第一義に考えるため、この間は諜報活動も小康状態になるはず」という。

 これも左翼さんとかにもよく見られる北朝鮮安全論だが、実は論点はそこにはない。
 この手の話で似たようなものに、元駐タイ大使・岡崎久彦氏「北の権力継承の読み方と安定度」(参照)もある。

 金正恩氏の名が出てきた後は、観測気球説、時期尚早説、失脚説などが飛び交ったが、恐らくは、全ては流説であって、北朝鮮の中枢、とりわけ軍では、一貫して、08年10月21日の路線を粛々として実行してきたといえると思う。
 とすると、今回の継承は金正日氏の意向の下に、3年前から一貫して準備されてきた路線であり、まして、実力者である軍の支持があるのであるから、当面、後継体制が揺らぐことはなく、政権交代が北朝鮮の政局、政治に及ぼす影響はあまりないと判断される。

 呉克烈の動向や延坪島砲撃などを考慮するとそう暢気な話でもないし、張成沢と軍の関係も単純でもないだろうと思うが、張については後続文脈でも言及してもいる。
 ネタ話はさておき、岡崎氏も重要な指摘をしている。北朝鮮の核を巡る米中の関係である。実際のところ、問題の焦点はここにある。余談だが、先日のエントリ-「金正日・朝鮮民主主義人民共和国・総書記、死去: 極東ブログ」(参照)も、書き方が悪いせいもあるが誤読した人もいたようだ。暗殺が主題ではなく、北朝鮮の核化の国家意志が問題であり、独裁者に見られた金親子もその従属機関に過ぎないのではないか、ということだった。
 さて、岡崎氏の指摘だが。

 他方、最近の東アジアにおける「対中統一戦線」の結成という情勢の下で、中国の戦略家が将来の米中対決を視野の一部に入れていることは間違いない。その場合、中朝国境を流れる鴨緑江まで米韓の勢力が及ぶことは中国としては避けたいであろう。そうなると、中国は国際的に評判の悪い北朝鮮との親密化に躊躇(ちゅうちょ)は感じつつも、北朝鮮に対する影響力確保は、国家戦略上の要請となってくる。
 筆者の個人的感触としては、将来、北朝鮮が崩壊するような場合に、中国は、核施設の安全確保、あるいは難民の流入阻止などの口実はあろうが、北朝鮮の少なくとも北部は占領してなかなか引かないのではないかと感じている。

 要点は、北朝鮮という国家が崩壊することや難民ということもだが、中国が北朝鮮の核管理に乗り出すということだ。
 北朝鮮の不安な核が中国管理下に入るならよいことではないかと言えるし、この点について米中間で極秘に合意が進んでいると私は見ていた。2008年だがその話題が漏れたことがある。読売新聞(2008年9月12日)「金総書記の容体重く、米中が体制崩壊後を協議…米報道」(参照)より。

 【ワシントン=宮崎健雄】米FOXテレビ(電子版)は11日、米政府高官の話として、「脳卒中」を起こしたとされる北朝鮮の金正日総書記(66)の容体は、回復途上にあるとする韓国政府の発表よりも悪く、米国と中国は非公式に体制崩壊後の対応を協議していると伝えた。
 高官は同テレビに対し、金総書記は死に近いわけではないようだが、韓国政府の発表は受け入れられないと発言。現在は北朝鮮が不安定化する兆候はないものの、金総書記には定まった後継者がいないため、政権を退く場合、円滑に権力が移行される可能性は高くないという。

 体制崩壊後の対応が金正恩氏の擁立を意味することになったと言えないでもないが、実際のところ、体制崩壊後の対応とは核管理である。
 これがどうやら頓挫していたようだ。長い前振りになってしまったが、冒頭呻ったのはそこであった。フィナンシャルタイムズ「Death of a tyrant」(参照)にぞっとする話がある。

But, more importantly, there is a need for international co-ordination if the situation spins out of control. Beijing once rejected Washington’s efforts to prepare a joint contingency plan should the regime collapse. But efforts to open a dialogue must be renewed. Seoul, Washington and Tokyo may have different strategic aims for the region to those of Beijing, which would not want reunification under a democratic South Korea. But instability in a nuclear-armed country is in no one’s interests.

しかしより重要なことは、状況が制御不能状態であれば、国際協調の必要がある。米政府が労して提案した、北朝鮮崩壊時の合同緊急計画の準備を中国政府は拒絶した経緯がある。だが、対話は再開される必要がある。韓国による民主化再統合を望まない中国政府は、韓国政府、米政府および日本政府とは、この地域において異なる戦略を持つかもしれない。だが、核武装された国家の不安定はどの国の国益にもならない。


 フィナンシャルタイムズが正しければ、北朝鮮崩壊時の核管理において米中間の協調体制はできていない。中国は統一朝鮮も望んでいないとしている。
 これがどういう問題を起こしうるか。

The nightmare scenario is not the collapse of the Kim dynasty, but a clash of US and Chinese troops as they rush across the border to secure the country’s nuclear facilities. Avoiding such an outcome should be the priority.

悪夢のシナリオは金王朝の崩壊ではない。この国が保有する核施設の確保を巡り米軍と中国軍が越境して衝突することである。この結果を避けることが優先事項なのである。


 問題は、北朝鮮の崩壊よりも、それをきっかけとする米軍と中国軍の、核施設を巡る衝突だというのだ。
 中国はこの問題に折れることはないだろうから、実質的には米国が上手に北朝鮮から手を引く状況を作り出すことが重要なのかもしれない。
 
 

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コメント

中国が北朝鮮を「我が国の省」として扱う可能性を示唆―米紙―【私の論評】そう簡単に事は済むのか?!

こんにちは。中国が北朝鮮を「わが国の省」とすることはかなり難しいと思います。北朝鮮内にも、中国に飲み込まれるくらいなら、韓国と統一したほうが良いという派閥もあるでしょうし、それに北朝鮮はロシアに国境を接していることを忘れてはならないと思います。北朝鮮内部にも親ロ派がいることを忘れてはなりません。それに無論のこと、韓国や、米国のことを忘れるわけにはいきません。世界は、異なる見方をしています。私のブログでは、今後の北朝鮮の三つの方向性を示すとともに、わが国日本が本来もっとこの問題に関わっていくべきであり、わが国ももうそろそろこの問題に対して自ら進むべき道を選択できるようにすべきことを掲載しました。詳細は、是非私のブログを御覧になってください。

投稿: yutakarlson | 2011.12.23 10:06

細かい事は色付きメディアでしか解らない所ですが、個人的には戦争の種は無くなったのだろうと考えています。
歴史的に観ますと、不況は戦争の元と思われますし、戦争は経済をよくする神話もあろうかと思います。
米国、イスラエル、中国、北朝鮮にその種があったと思いますが、まず

米国
アフガン、イラン戦争が元で財政赤字の拡大と絶不況が起こり「戦争は経済に良い」という理屈が通らなくなっています。更にオバマへの絶妙なノーベル賞、イラク、アフガンは撤退です。
イスラエル
周辺国はイスラム圏ですが、エジプト等の独裁者は親米であった為、米国がイスラム敵視をしても問題はありませんでしたが、独裁者は倒れイスラム化しています。イスラエルは孤立を恐れてかトルコ、エジプトとの和解、パレスチナの入植の撤退を始めています。
中国
日米印豪等で仮想中国包囲網が形成されている為、人民軍は動けないでしょう。
北朝鮮
天安撃沈事件の後、様々な事件が起こりミョンバクは新北路線に変更せざるを得なくなっているタイミングでの今回の出来事です。
偶然では無い様な気がします。戦争利権派よりも回避派の方が数段上手なのだと思います。今後6カ国協議が再開される様ですが、南北統一の報告だと思います。北には豊富な資源がある為、韓国の経済力はあまり問題ではないと考えています。
話は変わりますが、注目は来年の米共和党大統領選挙だと思っています。この流れに沿っている候補はロン・ポールしかいなものと思われますが、彼の主張は現在の常識を180%覆すものです。

投稿: ヒロ | 2011.12.24 10:07

アメリカのほうから先制攻撃で宣戦布告したら話が早いんじゃないですか。

すくなくとも、金正恩体制を崩壊させることはできますよ。

戦後処理は日本に押し付けられるだろうけれど。

そういうシナリオを考える人はいないんですね、不思議と。

投稿: enneagram | 2011.12.28 09:46

世界の国々は北朝鮮に食料援助支援や送金そして投資を出しては絶対にいけません!!北朝鮮全国各地得に平壌市内中心上層部に大量餓死者を出せば必ず北朝鮮は崩壊します。北朝鮮軍人と民衆が手を組んで平壌市内中心上層部に殴り込みに行き金正恩家族豪邸に殴り込みに行き金家族を逮捕し金正恩家族政権を崩壊させて下さい。北朝鮮軍人と民衆の大量餓死者を最低1000万人以上出せば必ず軍人が内戦を起こします。拉致被害者と家族が北朝鮮政府を通さず再会出来るには北朝鮮に大量餓死者を出して下さい。

投稿: 川谷 | 2012.12.31 18:59

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