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2011.12.18

帰ってきたプーチン

 ロシアで4日、下院選挙(定数450)が実施された。日本の衆議院に相当するロシア下院は比例代表制をとっている。今回の選挙では7政党の争いとなり、7%以上の得票率を得た政党に議席が与えられる。注目は、来年3月実施の次期大統領選挙に立候補を表明した、プーチン(Vladimir Putin)現首相率いる与党・統一ロシアへの、ロシア国民の評価であった。大統領が確実視されているプーチン氏による、来年以降ロシア体制を占うものとして見られたのである。
 結果はというと、与党・統一ロシア党の得票率は49.5%とわずかだが50%に達せず、前回下院選と比較すると14%減となったため、日本や西側の報道ではプーチン与党の大きな敗北と報道された。ロシア通の石川一洋NHK解説委員ですら、「『プーチン氏はロシア国民のナショナルリーダー・国民的指導者であるという』プーチン神話が終わったと言えます」とまで述べていた(参照)。エコノミストも「見えてきたひび割れ(The cracks appear)」(参照参照)として「こうした事態は、1999年末にプーチン氏が初めて権力の座について以来、政権に生じた最大のひび割れとなっている」と述べた。
 プーチン氏は弱体化したのか。
 まず正確に下院での統一ロシアの勢力を勢力を見ておきたい。前回に比べると77議席を失いはしたが。238議席数を得ている。定数450だから単独で過半数は維持できる数である。対する野党勢力だが、二大政党的な野党は存在しない。第2の政党はロシア共産党の議席数は92。前回に比べて35議席増やしたが、プーチン与党の半分にも満たない。第3の公正ロシアは63議席、第4のロシア自民党は56。共産党が頭ひとつ伸びているかに見えるものの、プーチン与党からすれば野党はドングリの背比べでしかなく、むしろ、ロシア市民の野党支持は散漫な状態であることが浮かび上がる。大局的に見るなら、統一ロシアは下院過半数を維持できており、ロシアにさほどの変化があったわけでもない。
 当然ながら、来年3月の大統領選についても概ね今回の下院選挙の動向が見られることだろう。第一回の投票で過半数を超え、一回の投票で決まるといったかつてのような圧勝は難しいかもしれないが、いずれプーチン氏に落ち着くだろう。
 とはいえ、プーチン与党にとって今回の下院選挙が予想外の苦戦でなかったかといえば、そうとも言えない。石川NHK解説委員も指摘していたが、ブログやソーシャルメディアによる反プーチン・反統一ロシア活動の盛り上がりは異様な印象があった。統一ロシアを「ペテン師と泥棒の政党」と呼ぶビデオがインターネットで流された。人気ブログは「統一ロシア以外に投票しよう」と呼びかけた。こうした影響による反対運動が都市部を中心に盛り上がった。
 いうまでもなくこれは「アラブの春」と呼ばれる中東・アフリカ争乱や米国暴動、米国金融街選挙運動いったものの真似事・流行病のようなものであった。安易な否定性に飛びつく若者らしさでもある。だが、安易な否定性からは何も生まれない。どのような政治の理念を対話のなかで組み上げていくべきかという視点と活動が本来なら求められるものである。
 選挙後、都市部では反プーチン集会や反政府デモも起きたが、プーチン首相自身は動じることもなく、若者が政治姿勢を明瞭にして喜ばしいと評価した。「プーチン露首相、反政府デモを「若者の自己表現は喜ばしい」」(参照)より。


 このデモについて、プーチン首相は「テレビで見たが、大勢の若者たちが元気に自分たちの意見を主張しているのを見て、喜ばしく思った」と語った。また、こうした行為について「極めて当たり前のことだ。法の範囲内で行動している限りはね」と釘を指した上で、「今後も、おおいに続けてほしいものだ」と付け加えた。
 モスクワ(Moscow)で10日に行われた反プーチン集会には数万人が集まり、1991年のソ連崩壊前後の混乱期以降では、最大規模の抗議行動となった。
 反プーチン集会の参加者たちは抗議の象徴として白いリボンを身に着けていたが、プーチン首相は当初「エイズ撲滅の集会だと思った」という。「失礼ながら、(白いリボンが)コンドームを変な風に折り曲げたように見えたのでね。だが、よく見たら違った。最初は、彼らは健康なライフスタイルを訴えているんだなと思った」と語った。

 プーチン氏にしてみればデモ活動は治安に問題を起こさない範囲のごく普通な市民の活動として見ていた。が、批判もないわけでもなかった。

 その一方で、首相は抗議者らを糾弾する姿勢も見せた。「私にはわかっている。あの学生たちは、お金をもらってデモに参加しているんだ。いくばくかの金銭を稼げるのは、いいことだがね」と述べるなど、反政府デモの参加者らは買収されているとの見方を示し、一般市民は野党の圧力に負けて反政府デモに参加して自分をおとしめるべきではないと訴えた

 AFP報道だけ見ていると、プーチン氏は若者の行動を根拠なくおとしめるかのように聞こえもするし、ざっと見渡しところ、なぜプーチン氏がこのように述べたかについて解説しているメディアはなかったように思われた。しかし、まったく根拠のない発言ではなかった。米国はロシア下院選挙に口出しならぬカネ出しはしていたのである。「米大統領府 ロシア議会選挙支援への支出情報を確認」(参照)より。

 米国は、米国務省の「ロシア議会選挙プロセス支援」への支出に関する情報を確認した。米国のカーニー大統領報道官が9日、ブリーフィングで述べた。
 これより先、米国務省のトナー報道官はイタル・タス通信に対し、米国はロシアの議会選挙に900万ドル以上を費やしたと伝えていた。
 カーニー大統領報道官は、これらの支出はロシアにおける野党グループへの援助、すなわちロシアの内政問題への介入を意味しているのかとの質問に対し、そのプログラムの詳細については知らないとこたえ、米国は「世界中の民主主義を支援する」活動をしていると指摘した。
 これより先、ロシアのプーチン首相は、ロシア情勢の不安定化を試みたとして米国務省を非難した。プーチン首相は、主権国家の選挙プロセスへ外国からの資金が注入されることは許しがたいものだとの考えを表した。

 このロシア側の報道はふかしだろうか? そうではない。米国のカーニー大統領報道官による9日のブリーフィング(参照)には、その発言が存在する。関連の質疑応答からはそれ以上の支出も疑われる。プーチン氏の発言にはそれなりの裏があった。
 他の面でもプーチン氏の言動には興味深い情報察知がある。リビアのカダフィ殺害についての米国関与の内情も知っていた。「ロシア首相、カダフィ殺害に米国が関与と批判」(参照)より。

 モスクワ(CNN) ロシアのプーチン首相は15日、国営テレビに出演し、米軍機がリビアのカダフィ大佐殺害に関与したと非難した。
 番組内でプーチン首相は、マケイン米上院議員が「首相はカダフィ大佐と同じ運命をたどるだろう」と述べたとされる件について質問され、こう答えた。
 「これが民主主義だろうか。米軍機を含む無人爆撃機がカダフィ大佐の車列を攻撃し、その場にいるはずのない特殊部隊が、いわゆる反政府勢力や民兵を無線で呼び寄せた。そして捜査も裁判もなしにカダフィ大佐は殺された」
 パネッタ米国防長官はカダフィ大佐の死の翌日、米軍などの無人機がカダフィ大佐の車列を攻撃したことは認めているが、地上部隊の参戦は否定している。

 プーチン氏の公正・正義についての感性が正しいことは、国際刑事裁判所もまたカダフィ大佐の殺害を戦争犯罪の可能性があると見ている(参照)ことからでもわかる。
 プーチン氏擁護のような論調になってきたが、実際のところは西側が批判するように、下院選挙が十分に公正であったとは言い難い。だが、不正は地域的に見ると、その異常ともいえる支持率からも主にタタルスタン、チェチェン、ダゲスタンなど民族共和国に偏向して起きていることだと見てもよいだろう。
 対する都市部の支持率は、西側の梃子入れもあってか、また昨今の反抗の流れもあってか、かなり低い。首都モスクワでは46%、サンクトペテルブルクは32%である。これらは別段ロシア政府側から隠蔽されることもなかった。すでにメドベージェフ現大統領が不正調査支持を出したが、実際のところ都市部では、不正も結果を覆すというほどにはひどくはないと思われる。
 もともと今回の都市部における反感は、歴史的な動向から見るなら、プーチン氏と与党が導いた成功の、逆説的な反映であったとも言える。一定の所得を獲得した中間層ならではの不満である。現地の住民インタビューなども聞いてみると、不満はあるものの体制の転覆まで望んでいるロシア市民はほとんどいない。
 ロシアの問題はむしろ、非都市部である民族共和国にあると見てよいだろう。言うまでもなく、ロシアの地方行政は民主主義によるものではなく、中央からの任命によるものなので、与党と国家が一体になって独裁的な不正に関与していると見てよい。
 このことはプーチン与党の権力が地方に依存しているということでもあり、民族共和国への強権をもって支持を取り付けているとも言えるが、独立国家共同体の動向から察すると実態はおそらく逆で、地方への強権なくしてはロシアが国家として立ちゆかない危機感を反映していると見たほうがよい。加えて、これらの地域は他国との国境や海域で接しており、外交も微妙な采配が求められる。
 私の印象にすぎないが、特にこの部分、民族共和国や隣接国の政治面において、メドベージェフ現大統領は失敗していた。日本ではあまり報道が見られなかったが、メドベージェフ氏は米国のオバマ大統領と個人的な信頼関係を形成しすぎたし、日本に対しても強攻策と取られないかねないヘマをしていた。ロシアの国是からすればこれらは逆でなければならない。プーチン氏としてはメドベージェフ氏の稚拙さを見てられないという苛立ちもあっただろう。
 今後のプーチン体制で問題となるのは、今回の下院選挙でも見られたように中間層への不満対処もだが、より大きな論点としては、プーチン氏をここまでの成功に導いた基本政策でもあるエネルギーの支配が立ちゆかないことにある。ごく単純に言えば、石油や天然ガスが一定以上の価格を維持していなければ、この基本政策は維持されない。だが見通しは暗い。Newsweek記事「In Decline, Putin's Russia Is On Its Way to Global Irrelevance」(参照)は重要な指摘をしている。

Putin used to think Russia’s vast reserves of natural gas and oil–24 and 6 percent of the global total, respectively–entitled him to act like a global Don Corleone, making offers that trembling energy importers couldn’t refuse. News just in: there is so much untapped oil and refining capacity in North America that the U.S. is about to become a net exporter of petroleum products for the first time in 62 years. And by 2017 Kurdish and Caucasian natural gas should be flowing to Europe via Turkey’s Nabucco pipeline, ending the stranglehold of Russia’s Gazprom on the EU market.

ロシアは全地球規模で見て24%の天然ガスと6%の原油という膨大な資源を有しているから世界規模のドン・コルレオーネにもなれるとプーチンは考えたものだった。エネルギー輸入国が拒絶できないように震え上がらせたのである。だがここで最新のニュース。北米には実掘削の原油と精製能力があるり、米国は62年ぶりに石油製品についての純輸出国に変わる。さらに、2017年までに、クルドとコーカサス地域の天然ガスはトルコのナブッコ・パイプラインによって欧州に提供できるので、ガスプロムによる欧州締め付けは終了する。


 よって、プーチン氏のエネルギー戦略はもう通用しなくなるというのだ。
 重要な指摘ではあるが、事態は逆になるだろう。ロシアは隣国との宥和を通してエネルギー供給を計ることで自国の安全保障を維持する方向に向かうだろうし、さらにロシア国内のエネルギー生産効率を高めようと産業の育成を計ることになるだろう。
 むしろこの指摘は別の意味を持つように思われる。つまり、米国はエネルギー政策としては、南米への原油依存が減り、より自国中心的になるだろうし、中東原油の重要性はアジア発展を通して米国の利益に繋がるものと見られるようになるだろう。
 大筋として暗い方向性はないが、すべて明るい方向でもない。ナブッコ・パイプラインはより危険な存在ともなりうる。これはロシアの関与が想定されているというより、トルコを含めこの地域的な問題が深く関与することになるからだ。
 
 


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コメント

他国からの資金で選挙介入されてるのはロシアだけじゃなく
またロシアも他国の選挙介入してるわけだから
プーチンの批判は的外れ……正論であっても批判意味はありません
こーゆうのを恥ずかしげもなくするのがサヨク特有の批判論理だが
私には何も正しくは思えないよ
日本も米国も言えないくらい介入されてる
まだ介入が少ないロシアは恵まれてるよ

投稿: シーモンキン | 2011.12.18 18:22

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