[書評]謎とき平清盛(本郷和人)
来年のNHK大河ドラマ「平清盛」の時代考証に史学者の本郷和人氏が入ると聞いて、その趣向の書籍だろうと、とりあえず買ってみた。当たりだった。書籍としての構成、特に章構成はやや緩くも思えたが、随所にエキサイティングな話題がある。歴史愛好家にはたまらない一冊と言えるだろう。
謎とき平清盛 本郷和人 (文春新書) |
おそらくだが、お茶の間的にはさほど違和感なく受け入れられてしまうだろうが、天皇家を「王家」として扱うのはNHK大河ドラマでは初めてのことになる。天皇家は王家で当たり前。皇室でも「天皇」でもないのである。そういう感覚がようやく日本国市民の常識に根付いていく。人生の半分を昭和の時代とする私などには隔世の感もある。
本書は、史学的には権門体制論の枠組みの自壊にあるが、「平清盛」はそのもっとも特徴的な部分を解体的に描き出している。さらにその継続に本郷氏が専門とする鎌倉幕府の位置づけも明確にされる。つまり「平清盛」は幕府を開いたということだ。それだけ取りあげると奇矯な意見のようにも見えるが、かなり整合的に考察されている。上皇による権力の二元制が武家の体制を導くというあたりも納得させられる。藤原信西の評価も興味深い。
先にもふれたが、新書という小冊子でありながら、構成はやや緩く、編集的な意匠から「巻」を導入している。たぶん各章は単独で読んでもさほど問題はないだろう。
巻の1 清盛の時代を知る
第1章 史実とフィクションの間で
第2章 大河ドラマの時代考証
第3章 清盛、その出生の謎
第4章 平家は武士か貴族か巻の2 改革者・清盛は何を学んだか
第5章 ライバル源氏、義朝と頼朝
第6章 武力のめざめ、保元・平治の乱
第7章 頂点に立つ平家幕府
第8章 源平の戦いと清盛の死
別の言い方をすれば、各章の独立性が高くそれぞれに興味深い。
「第1章 史実とフィクションの間で」と「第2章 大河ドラマの時代考証」は、いわゆる史学と歴史物語の関係を、史学者としての立場から平易にまとめている。ごく当たり前の話でもあるが、本郷氏の歴史への情熱と愛情が読み取れて楽しい。
「第3章 清盛、その出生の謎」だが、ようするに清盛御落胤を排するという話で、史学的には一つの合理的な見解ではある。だが、氏も自覚しているようにそれほどの議論になるものではない。そのせいか、お馴染み本郷恵子氏のコメントも登場して話を落としている。本書の枠に収まるとも思えないのでしかたがないが、私の率直な印象で言えば、これはこれでもっと深く議論されてよい問題ではないかと思う(落として済む話ではないでしょう、と)。
「第4章 平家は武士か貴族か」は第3章の、清盛の武家の延長した議論になっていると同時に、平家のありかたをどう見るかという議論になる。本郷氏は武士として見ているという論だが、ドラマのもう一人の考証者・高橋昌明氏(参照)は貴族(公家)として見ていて、本郷氏の見解とは対立している。
余談めくが私は平家というか清盛は広義に交易の王権としていわゆる権門体制論から外れたところに本質があるのではないかと思っている。つまり、いわゆる日本という国家の政治や軍事の権能ではなく、交易の調停としての権能がどうその後の歴史に継続するか、つまり「富」の視点のほうが、この時代の本質ではないか、と考えている。
「第5章 ライバル源氏、義朝と頼朝」は、まさに本郷氏がNHK大河ドラマ「平清盛」の時代考証に関わるきっかけとなった源家を語っている部分である。本書のもっとも重要な部分でもあるが、残念なことにその考察はドラマにはほぼ反映されないらしい。東国武士団のエートスが、実質的に源家を排した北条レジームを決定し、室町幕府や各種の自律的共同体の「法」を形成していくので、その背景も興味深い。道元を支えた波多野氏も出てくる。
「第6章 武力のめざめ、保元・平治の乱」から「第7章 頂点に立つ平家幕府」、さらに「第8章 源平の戦いと清盛の死」はいわば、平家幕府から鎌倉幕府への通史であり、崩壊の視点から権門体制論を描いている。読みながら、率直なところ、保元・平治の乱について、いわゆるありがちな権力闘争くらいに思いそれほど重要性を感じていなかったので、本書の考察は刺激的だった。
この第6章から第8章は、自分でもまだ十分に消化できたとも思えないが、NHK大河ドラマ「平清盛」を見ながら一年くらいかけて考える課題にしたい。
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