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2011.12.24

finalvent's Christmas Story 6

 教会付属の幼稚園でクリスマス会を開くのであなたにサンタクロースをやってほしいと、ルツから電話があった。大崎のホテルから12月下旬の東京の夜景を見下ろしながら、仙台に暮らすようになっていた彼女のことを思った。
 今年もKFFサンタクロース協会の仕事は断ったが、12月に入ってマリーから「フクシマに行ってみませんか」とメールがあった。「ご関心があるのでは」とも。援助活動ですかと返信で訊くと、投資のための資料作成だという。視察団に加わり、後日、電子会議で意見を述べることになる。
 成田に向かい、そこで一泊した。集まった視察団八人は翌朝、日本政府から認可されている地域を小型のバスで回った。車窓から見えるのは退屈な風景ばかりだった。街があっても映画のセットのようだった。二日目は東京の下町を見て回わった。まとまらない印象を抱えたままホテルに戻ったところだった。
 仙台に行くことにした。調査団には私的な滞在に変更すると伝え、早朝の新幹線に乗った。仙台駅に待つルツは、てっきり修道女の姿とばかり思い込んでいたが、若者のような白いダウンジャケットを着て微笑んでいた。ハワイで会ったのは8年前になるが60歳近い女性には見えない。私が不審げな表情をしていたのだろう、「修道女にはならなかったの」と言った。理由はきかなかった。
 幼稚園のクリスマス会は楽しかった。これが本当のサンタクロースというものだ。ホーホーホー。災害よりもサンタクロースとの出会いが子供の記憶に残ってほしいと願った。
 クリスマス会を終え、報道で見たような被災地も見ておきたいとルツに言うと、その予定でしたと彼女は答えた。やってきた自動車は大柄で黒髪の40代くらいの女性が運転していた。同僚のリサとルツが紹介した。
 仙台駅前から海岸方向に進む。しばらくは日本のどの地方でも変わらない雑然とした風景が続いたが、大きく歪んだガードレールが現れてから、遠望に目をやると置き去りにされた自動車が点在しているのがわかった。荒廃していた。アフリカの戦場も連想した。ため息をつくとリサは後部座席の私を気にしたのか鏡で見ていた。
 二時間ほど被災地を見て回り、ホテルの喫茶室で震災のことを聞いた。ルツは自分のことはあまり語らなかったが、生きていることが理解できないような日々が続いたと言うのが固いもののように響いた。
 話が一段落つくと、リサはルツにメリークリスマスと言って写真集を渡した。二人も久しぶりの再会だったらしい。ルツは写真集を開き、嬉しそうに眺め始めた。私が気にするそぶりをすると写真が見えるように向きを変えた。海辺の花樹の写真だった。
 糸状の花弁が合歓の花のように、ブラシのように集まっている。色は深紅。4メートルほどの樹木全体が赤く見える写真もある。花の接写には白黒でネズミが写っているものがある。写真集はむしろ花とネズミがのテーマのようだ。ルツは楽しそうに見ている。
 「クリスマス・ツリー」とルツがつぶやくと、リサは私に「ニュージーランド・クリスマス・ツリー。ポフツカワ。クリスマスのころに咲きます」と説明した。
 リサはそのまま帰った。私とルツは夕食をともにし、その夜を一緒に過ごした。そうする予定ではなかったが、過ごす時間を贈り物のように思った。細く引き締まったルツの体を抱きすくめると少女のような声で言った。
 ――ネズミは夜になるとクリスマス・ツリーの花の蜜を吸いに来るの。わたしを生きている花だと思えるなら蜜を吸ってください。メリークリスマス――
 
 

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コメント

>私とルツは夕食をともにし、その夜を一緒に過ごした。そうする予定ではなかったが、過ごす時間を贈り物のように思った。細く引き締まったルツの体を抱きすくめると少女のような声で言った。
> ――ネズミは夜になるとクリスマス・ツリーの花の蜜を吸いに来るの。わたしを生きている花だと思えるなら蜜を吸ってください。メリークリスマス――<

ここがこの話のキモだと思います。美しいとも、気持ち悪いとも言える。
いずれにしろ、いいですよ。メリークリスマス。
(子供の前でサンタクロースを演じるのは楽しいですよね。私も今回それを感じました。)

投稿: itaruo | 2012.01.02 00:29

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