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2011.11.21

レディング・ソース(Reading Sauce)

 イギリス料理でずっと気になっているのがレディング・ソース(Reading Sauce)である。40年くらい気になっている。きっかけはジュール・ヴェルヌの「80日間世界一周」(参照)の印象的なシーンからだ。
 霧がかるロンドンの霧のように謎めいたジェントルマン、ミスター・フォッグは、金持ちの社交界「改革クラブ」の会員。同会は社交の場を提供するとともに、食事から宿泊までもサービスする。フォッグ氏はクラブ近くのサヴィル・ロウ7番地の邸宅に住み、毎日午前11時半きっかりに邸宅を出てクラブに通う。帰宅は深夜12時きっかり。一日の大半をクラブで過ごす(その大半は読書とホイストをしている)。
 クラブに着くとフォッグ氏は食事をとる。時間はからすると食事は昼食だが英語ではブレックファストになる。ビクトリア朝大英帝国のイギリス料理である。私の少年時代の憧れでもあった。この食事を「昼食」と訳した高野優訳を借りる。


昼食のメニューはいつもと同じである。まずは前菜、それから茹でて〈レディングソース〉で味をつけた魚料理、あまり火を通さずに焼いて〈マッシュルームソース〉をかけた真っ赤なローストビーフ、ルバーブの茎とグーズベリーの実を詰めたケーキ、最後にチェシャーチーズをひと切れ、こういう料理を《改革クラブ》がインドで特別に摘ませたすばらしい紅茶を飲みながら味わうのである。

 ちなみに英訳ではこう。

His breakfast consisted of a side-dish, a broiled fish with Reading sauce, a scarlet slice of roast beef garnished with mushrooms, a rhubarb and gooseberry tart, and a morsel of Cheshire cheese, the whole being washed down with several cups of tea, for which the Reform is famous.

 英訳では、マッシュルームはソースではなく付け合わせとなっている。またルバーブの茎とグーズベリーの実はケーキではなくタルトである。紅茶は二杯程度であろうか。
 光景が目に浮かぶ。味もわかりそうな気がする。が、わからないのが「レディング・ソース(Reading Sauce)」である。魚料理のソースだというのだが、なんだろうか。なお、英訳では"a broiled fish with Reading sauce"なので魚は焼いていることになっている。
 ネットが自由になるころから探してみたが長いことわからなかった。が、昨年BBCに記事があった。「Reading's Cocks's Sauce to be recreated」(参照)。

Reading's Cocks's Sauce to be recreated

レディング・ソースが再生されることになった

During the Victorian era it rivalled Worcestershire Sauce in the nation's affections.

ビクトリア朝時代、レディング・ソースはウスターソースと英国民の人気を争った。

Reading Sauce is even mentioned in the book Around the World in Eighty Days by Jules Verne.

レディング・ソースはジュール・ヴェルヌの「80日間世界一周」にも出てくる。

However during the 1900s, Reading's Cocks's Sauce, fell out of favour with the public.

しかし1900年代に、レディング・ソースは大衆の人気を失った。

Now a Reading restaurant is to recreate the once-famous sauce, with ingredients including walnut ketchup, mushroom ketchup, soy sauce and anchovies.

現在、レディング・レストランは、かつては名声の高かったこのソースを再生しようとしている。成分は、クルミのケチャップ、マッシュルームのケチャップ、醤油とアンチョビである。


 記事を読み進めると、さらに、トウガラシ、スパイス、塩、ニンニクも含まれるようだ。

レディング・ソースのポスター
 レディング・ソースは、当時は国際的にも有名な魚料理用のソースだったというし、魚を食べる日本のことだから、明治時代の日本の洋食にもあったのではないか。
 レディング・ソース復活はイギリス的にはけっこうなニュースでもあったらしく、ガーディアンにも記事があった。「Reading's Cocks's sauce on shelves for Christmas」(参照)。表題からすると、レディング・ソース復活は、クリスマスのディナー向けということらしい。収益もチャリティになった。味もよかったらしい。ただし店頭販売はなかったようだ。
 では、自分で作れないものか。
 この手のソースは秘伝みたいになっているので正式な作成法は公開されていないが、一時代それほど有名なら何はありそうだと思って探すと、あるにはある。「Vintage Recipes: Reading Sauce」(参照)など。材料を訳してみる。

1.2リットルのクルミのピクルス汁
42.3グラムのエシャロット
約1リットルの湧き水
約350ミリリットルの大豆
約15グラムの刻みショウガ
約15グラムのヒハツ
約30グラムのマスタード・シード
1匹のアンチョビー
約15グラムのトウガラシ
約7グラムのローレル

 この時点でなにがなんだか見当も付かない。そもそも「クルミのピクルス汁(walnut pickle)」がわからない。こんなときは、グーグルで画像検索してみる。あ、なるほど。くるみの果実をそのままピクルスにするようだ(参照)。
 これならわかる。私は両親が信州人でなので子供ころから長野県の農村風景は見慣れている。胡桃の青い果実もよく知っている。あれか。あれをピクルスにしちゃうわけか。つまり、いわゆるクルミの部分の残りを使うわけか。
 仮にそうだとしても、作り方がまたよくわからない。

Bruise the shalots in a mortar, and put them in a stone jar with the walnut-liquor; place it before the fire, and let it boil until reduced to 2 pints.

エシャロットをすり鉢で潰し、クルミの液と一緒に石の釜に入れる。それを火にかけて、1リットルになるまで煮詰める。


 そのあといろいろ一時間くらい煮詰めて、24時間冷ますみたいな話がある。最終的には2リットルくらいソースができるらしいが、そんなにたくさん要らない。
 風味の要点だけで、魚向けの簡易なソースにならないものかと思うのだが、この調理法からだと想像もつかない。
 イギリス料理の技法を簡易にかつ実践的にまとめた「イギリス料理のおいしいテクニック」(参照)を眺めてみても、類似のものは見当たらないのだが、もしかすると、デヴィルド・ソース(Devilled sauce)の一種かもしれない。同書には、19世紀に流行したとある。マスタードにトウガラシやこしょうを加えるところがポイントのらしい。
 レシピの例としては、フルーティ・デヴィルド・ディップ・ソースがある。が、レディング・ソースはディップではない。それでもこの類似なのかもしれないとは思った。ジャムとマスタードにエシャロットを加えて、魚のソースになるものか。ジャムのベースとしてはママレードのような柑橘ではないから、簡易なところではリンゴが近いだろうか。そもそもクルミのピクルスだが、液だけ使うのか。どんな味なのか、わからないなあ。
 
 

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コメント

>茹でて〈レディングソース〉で味をつけた魚料理
なんか不味そうだな、と思ったけれど、原文は
a broiled fish なんですね。じゃ茹で魚じゃなくて焼き魚じゃん。
訳者がboiledと読み間違ったのかしら。

投稿: deresuke | 2011.11.21 11:21

ピクルスに砂糖を使うようですから甘酢あんや南蛮漬けに近いのでは?

投稿: | 2014.04.22 16:40

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