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2011.11.08

[書評]インナー・チャイルド 本当のあなたを取り戻す方法(ジョン・ブラッドショー)

 最初に言っておくと、本書「インナー・チャイルド(ジョン・ブラッドショー)」(参照)の副題「本当のあなたを取り戻す方法」は、私としては賛同しがたい。そもそも「本当のあなた」なるものがあるのかどうかもわからないし、「ああ、これが本当の自分だ」という実感が仮に得られたとしても、それが一般的なことなのか、あるいはその代償もまた大きいのではないかとも思える。その意味でも、本書はお薦めするという類のものではない。

cover
インナーチャイルド
本当のあなたを取り戻す方法
 では、なぜこの本を読んだのかというと、関心があったからだ。そして、当然というべきだが、私自身が「インナー・チャイルド」なるものに苦痛を感じていたからだ。
 「インナー・チャイルド」というのは、大人になっても心のなかに潜む、傷ついた子供のような心理のことだ。子供のころに得たつらい記憶が今も心的外傷後ストレス障害(PTSD)のように残っていることだと言ってもいいかもしれない。もっとも、本書などにもそれなりの定義やその考え方の背景はあるので、詳しくは本書などに当たってほしい。また、一般に「アダルト・チルドレン」といった概念も近いには近いのだろう。
 私が本書を読んだのは、自分の「インナー・チャイルド」の問題に対して、どこかに救いのようなものがあればなとは思っていたことはある。本書には、なるほど、その救いのためのいくつかのアプローチやメソッドが記されている。
 読みつつ、この手のアプローチは若い頃いろいろ経験したし、本書にもあるメソッドのいくつはその過程で実践もしたことがあることを思い出した。なのに今のこの苦悩の自分がいるという現実も了解している。だからこうした書籍を読みつつも、これでそれほど救われるという期待があったわけではない。結論から言えば、本書は私の手助けにはならなかったが、この分野がどういう構造をしているかということは、再確認できた。
 もう少し個人的なきっかけを語ると、先日、心を落ち着けるために瞑想していた際、幼児期の苦しい記憶がよみがえり、「ああ、これはいけないな。ここに触れてもどうにもならない」と思いつつ意識を引き返したのだが、その後もひっかかり、再度の瞑想で、少し触れたところを覗くと、心理的な激痛のようなものがあって驚いた。この手の心理的な外傷を抱えて生きているとは知っているし諦めてもいるのだが、あらためて心理的に接触すると耐え難いものがある。これは「インナー・チャイルド」というものかという認識と、最近の世相に見る幼児虐待なども連想した。
 幼児虐待の問題は、しばしば「子供が可哀想だ、なぜ保護できなかったのか」という、一見社会的な問題として扱われるが、その内部の心理的な問題もある。虐待する親は当然問題ではあるが、こうした親たち自身が心理的に「インナー・チャイルド」を抱えているのではないかという洞察が私にはある。
 これらの問題は、社会的な対応だけではどうにもならないとも思っていた。もう少し自分に引きつけていうと、この手の社会的事件に接すると、自分が虐待された幼児と心理的に同化してしまう傾向があり、それを見つめつつ、緩和するために親を許そうとして、親もまた幼い心のままなのだというふうに相対化して意識してきた。
 「インナー・チャイルド」について最近の書籍で、比較的読まれているものはなんだろうと思い、「インナーチャイルドと仲直りする方法 傷ついた子どもを癒し、あなた本来の輝きを取り戻すインナーチャイルド・ワーク(CD付き)」(参照)という書籍を買ってみた。CDにはアプローチについての具体的なメソッドもあるのではないかという期待もあった。中身はさほど検討していなかった。
 買ってから気がついたのだが、これは、いわゆるスピリチュアル系の本で、「ああ、まいったなぁ」と思った。私はスピリチュアル系の本やオカルトなんかも、ふんふんふんと読む人なのだが、ある程度距離を置いているからであって、そこにすぼっと入るときは心理的な抵抗がぐっと押し寄せる。同梱のCDも聞いたのだが、女性の語りの質は悪くないのだが、受け付けなかった。だが、冒頭、「あなたの体のなかのどこにインナー・チャイルドがいますか?」というのは心に引っかかった。体の部位にいるという感触はあるにはある。
 この本では、さらに「マジカル・チャイルド」なる概念が出て来る。いわば、守護霊さんみたいなノリである。それはそれでいいのだが、一体この奇っ怪なインナー・チャイルドやマジカル・チャイルドといったスピリチュアル系の概念は何に由来するのかという知的な関心も湧いた。
 インナー・チャイルドという概念は、おそらく、エリック・バーン(参照)の交流分析(参照)から発展しているのだろう。つまり、ポピュラー型のフロイト論の変形であろうという察しはあった。
 本書「インナー・チャイルド(ジョン・ブラッドショー)」を読むとまさにその通りなのだが、著者ブラッドショーはさらにこれに、ミルトン・エリクソン(参照)を加味しているようだった。特に、催眠術的なイメージ・ワークはエリクソンあたりに由来しているようだ。本書でもいくつか後催眠やNLP(参照)的な手法も採られている。
 また「マジカル・チャイルド」なる概念はどうやらブラッドショーがユング心理学あたりから創出したようでもある。さらに個別には言及されていないがシルバ・マインド・コントロールもありそうにも見えた。いわば、ごった煮のようなメソッドのようだがそれでも本書がインナー・チャイルド系の書籍の原点にもなった古典のようでもあるようだった。
 興味深いのは、本書は手法的には混乱しているかのようにも見えながら、バーンよりさらにフロイトを遡及したように、幼児期の各精神成長段階を想定している点だ。意外でもあったのは、思春期の精神的な外傷を扱う部分で、そのあたりまでインナー・チャイルドという概念が覆うものなのか。率直なところ、精神的な外傷というのは青年期にもありえるし、いったいいつになったらインナー・チャイルドは終わるのかという奇妙な思いもした。
 知的な読書としては以上ではあり、いずれなんらかのこうした心理的な対応というのが社会機能に含まれなくてはならないとも思うが、再度自分に引きつけてみて、しみじみと了解せざるを得なかったのは、セラピー的な要諦は、まさに心的な外傷に触れてみるという点だった。つまり、心的な悲嘆を抑圧から解くためにいったん出してみるという部分である。これはパールズ的(参照)でもある。
 個人的には精神的な外傷な苦痛に直面せずなんとか解消できないものかとも思ったが、やはりそうもいかないかという落胆がある。実際のところ、本書も、その悲嘆の露出時の精神的な危機への対応注意がいろいろと説明されているが、単純に読んでもわかるように、一人で読書してメソッドを実践するとかなり危険なのではないだろうか。逆にむしろその点でスピリチュアル系のほうが楽といえば楽なのかもしれない。
 おそらく、インナー・チャイルドというような心理的な問題は、傷ついた子供の心をかかえた大人が自分の子供を育てて癒していくというプロセスがあり、そもそもそれが人類に仕組まれているといった、もっと大きな問題かもしれない。
 つまりこの問題の対処は、セラピーといった特化したものではなく、社会機能のごく一部として文化的に要請されるのかもしれない。現代日本の社会にそうした心理的な社会機能の文化が欠落しているなら、スピリチュアルやオカルトが蔓延するのもしかたないことかもしれない。
 
 

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コメント

『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』(岡田尊司、光文社新書)はお読みでしょうか。まだでしたら、何かしら発見があるかと思います。
http://www.amazon.co.jp/dp/4334036430

 この手の問題は、端的に言って子供時代を何らかの形でやり直す以外に方法がないように思います。それこそ、(男性なら)風俗で赤ちゃんプレイでもしたほうが良いのではないかと。もっとも、そのへんの機微を理解してくれる嬢がどれくらいいるかは分かりませんが。

投稿: チクタクマン | 2011.11.08 13:31

人間は、災難や苦難がないと内面的に成長できません。

でも、災難や苦難がひどすぎると内面的に成長するどころか、いじけた発達しかできなくなってしまいます。

final先生の場合は、災難や苦難が人間的成長の糧になっていると思います。「極東ブログ」がそれを証明しています。

わたしも、若いころ、なまじっかグルジェフにあこがれたために、これまで多くの人の繊細な心を傷つけてばかりきました。私を見下す人もいますが、怖がる人もいます。

わたしがいまでもルドルフ・シュタイナーが説くところの超感覚的知覚能力の開発をあきらめきれないのも、何か、自分の心のコンプレックスが解消されないままなのでしょう。

ラジニーシによれば、グルジェフとニーチェと臨済禅師は、別々に井戸を掘って、同じ水脈を掘り当てたのだそうです。

私には、彼らの掘った井戸の水脈より、孟子やセルバンテスが掘り当てた水脈のほうが水質が優れているような気がします。

当然ですが、私は、自分がラジニーシを乗り越えたとは思っていません。ただ、臨済宗妙心寺派の檀家の家に生まれた分、私のほうが、周りにジャイナ教徒の狂信者が多かった、ジャイナ教徒の家庭に生まれたラジニーシより生れ落ちるところが恵まれていたということはあるかもしれないなとは思います。

ソシュールの言語学上の業績以来、新たに知ってしまったことがあまりに多くて、どこからも手がつけられないのが現代心理学の現状だと思います。

でも、現代は不幸な時代ではないと思っています。本当に、革新(イノベーション)の時代なのでしょう。

投稿: enneagram | 2011.11.08 15:56

私も、セルフヘルプグループ時代、散々周囲に推奨された方策ですが、ドクターやカウンセラーに、「あんたには合わない、むしろ大変危険」と言われ、自分ではやらなかったです。その後、父親的パートナーと、スピリチュアルを薦めないカウンセラーや、公的支援のヘルパーさんに出会って、比較的落ち着いています。

何でもかんでも、「自助」「独立」を推し進めるのはどうかと、そのカウンセラーが言っていた。発達障害の人間は、精神的に「子ども」だから「大人」に頼ってしまう時期がある、それをすべて「依存」と片づけるのはいかなるものかと。

投稿: TEHANU | 2011.11.08 19:10

昔、伊丹十三の『タンポポ』のラストの方で、山崎努が「俺はひどい家庭に育ったから、所帯を持った時は暖かい家庭を作ろうとした。でも、気がついたらひどい家庭になってしまっていた」というような台詞があって、愕然としましたな。
私は虐待された経験はありませんし、両親はむしろ大甘の方だったと思いますが、しかしどこか不具合があったようですが。
まぁそれも含めて『自分』かと。生き辛さも含めて受け入れていけばいいのではと最近は思ってます。そうみんながみんな生きるのが楽じゃないって事もわかりますし。
そして、私も人を傷つけた経験もありますし。

投稿: BUFF(womadinai) | 2011.11.14 18:19

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