[書評]いまを生きるための思想キーワード(仲正昌樹)
表題からわかるように、この小冊子(講談社新書)は、現代思想のキーワードに解説を加えたものであり、帯に「高校生もわかる『思想』入門」ともあるように、思想についてわかりやすく解説することを狙っている。
![]() いまを生きるための思想キーワード 仲正昌樹 |
が、おそらく高校生が読んですっきりわかるというものでもないだろう。むしろ高校生が読んでわかるのは、現代思想が何を課題にしているか、という問題意識だろう。そのことが結果として、ただの気分やファッションで現代思想を語る愚かさを除くというメリットはある。
本書はいくつかのキーワードを解説するという形式になっているから、何がキーワードなのかということが重要になる。具体的にはキーワードは次の21個に過ぎない。
正義
善
承認
労働
所有
共感
責任
自由意志
自己決定/自己責任
「心の問題」
ケア
QOL
動物化
「歴史(=大きな物語)」の終焉
二項対立
決断主義
暴力
アーキテクチャ
カルト
イマジナリーな領域への権利
「人間」
デイヴィッド・チャーマーズ「意識のハード・プロブレム」、ブランドン・カーターの「強い人間原理」、ドナルド・デイヴィドソン思想と「スーパーヴィーニエンス」みたいな分析哲学系現代思想のキーワードは含まれていない。現代思想といっても社会思想に限定される。とはいえジョルジョ・アガンベンの「ホモ・サケル」が含まれているわけでもない。
つまり、よくある日本の現代思想のように、なんだかわけのわからないキーワードの羅列したりマップにしたりする浅薄なしろものではない。
では何か。仲正氏が現代を考える上での思想のキーワードを選らんで解説しているといえる。その意味では、これらはキーワードというより、思想のためのツール群と理解したほうがよいだろう。
別の言い方をすれば、選択されている各キーワードの解説には、横断的に、ロールズのリベラリズム、ノージックのリバタリアニズム、サンデルのコミュニタリアニズムが、当たり前の前提にように登場する。アーレントの思想も前提になっている。これらは文脈から理解できないことはないが、高校生にもわかる書籍というなら、より基礎的な用語や思想家の思想について、別途ランクを下げた解説が必要になるだろう。本書は、仲正氏のこれまでの著作の補遺・発展といった印象が強い。
むしろ面白いのは、その補遺を逸脱している部分である。過去の書籍でまとめきれなかった部分や、今後思想戦略的にこう考えたいという先取り部分が本書に見受けられる。特に、氏の翻訳「イマジナリーな領域」(参照)に関連する「イマジナリーな領域への権利」のまとめや位置づけはわかりやすい。同様のことが、「承認」や「共感」などにも見える。余談になるが、多少日本の現代思想などを知っていれば爆笑もののきつい皮肉も散見されて、面白いといえば面白い。
本書を、仲正氏が提案する思想のツールとして見るなら、私個人としては、「心の問題」「ケア」「QOL」「アーキテクチャ」といったツール群が興味深かった。
従来の「現代思想」は基本的に国家と個人(市民)の権利や自由・公正といった、人間と市民原理的な問題を思想として取りあげてきたものだが、現在から未来の社会において、特に日本などの先進国において、その関係で問われるのは、医療と老人の問題だろう。生命・医療と国家など公領域の関わりをどう捕らえるか。どう考えたらよいか。その思想のための道具としてこれらのキーワードは使える。
医療問題や老人問題などの課題分野では、いわゆる左翼思想はすでにナンセンスと化しているし、リベラリスト/リバタリアン/コミュニタリアンといった視点もさほど有効ではない。
とはいえ、まあ、一息つくと、そもそも日本という思想空間は、なんというのか、とんでもないほどの強固な虚構性があって、実際のところ、課題と思われながらも、問われない部分が大きい。特に生命倫理は、ほぼ問われていない。現実的に課題に見えるものも、ただの日本的な情感的に賛否が問われるバカ騒ぎに変換される。臓器提供意思表示は結果としてなんの進展もないかに見える。根津八紘医師の活動を思想的に取りあげた学者がいただろうかとも疑問に思える。これらは、日本教的な強固な虚構性から自然に排除されてしまう。
同性愛の問題も西欧の問題として看過される。フェミニズムとカルチュラルスタディーズも、現実のアラブ圏の文脈としては問われそうにもない。
この日本教とでもいうような強固な虚構性のようなものが、思想課題を無効化する日本の現状からは、現実には、思想のためのツールもあまり有効性はないのだろうなと嘆息もする。
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