海洋進出してくる中国にどう向き合うか
海洋進出してくる中国にどう向き合うか。ブロガーなどが提言するような話題ではないが、とりあえず思うところを簡単にまとめて、関連の記事の紹介をしておこう。
基本は三つある。(1)状況を見極めること、(2)中国の甘い提言に屈しないこと、(3)米国との軍事同盟を崩さないことである。
一点目は、原則論よりも状況論を優先していくこと。原則論は議論としては受けがいいが実質的な外交上の成果をもたらさないうえ、問題をこじらせる。
二点目は、いわゆる、「いったん紛争を棚上げにしてまず双方の経済利益を計る」という議論で、朝日新聞社説などでよく見かけるものだ。正論のように見えるが、これは単に、中国の海洋進出を許すだけの結果にもなり問題をこじらせる可能性がある。ではどうするかなのだが、基本は、中国を国際的な枠組みに誘導してタガを嵌めることで、それと経済メリットを勘案することになる。
三点目は、前回おちゃらけ記事で書いたが、中国は軍事オプションを放棄しないし、今後の軍拡も停滞はしないので、対抗的な軍事オプションは欠かせない。日本の場合、実質自国のみの防衛は不可能なので、米国との軍事同盟を崩さないようにするしかない。
議論を要するのは、二点目の棚上げ論を正論としてはいけないというテーマについてである。なぜか。
これについては、今週の日本版Newsweekにも転載されていたが、ディプロマットに寄稿されたフランク・チン(Frank Ching)氏の「Abusing History?」(参照)が簡素にまとめている。資源開発にまつわる海洋紛争の際、中国は必ず棚上げ論を持ち出すがこれについては。
One compromise that China has offered to its neighbours is to shelve the territorial disputes and engage in joint development of natural resources. This was proposed by President Hu Jintao as recently as August 31, when he met the Philippine President Benigno Aquino.中国が隣国に提示する妥協案のひとつは、領土紛争を棚上げして、天然資源の共同開発に従事しようとするものだ。最近では、8月31日胡錦濤国家主席がフィリピンベニグノ・アキノの大統領と会談した際にも提言された。
However, there are serious problems. Just what does China mean by this policy?
しかし、これには深刻な問題がある。この政策で中国は何を意味しているか?
The Chinese Foreign Ministry website explains: ‘The concept of “setting aside dispute and pursuing joint development” has the following four elements:
中国の外務省ウェブサイトはこう説明している。「紛争を棚上げして共同開発を求める」という考え方には、以下の4要素が伴う。
‘1. The sovereignty of the territories concerned belongs to China.
‘2. When conditions are not ripe to bring about a thorough solution to territorial dispute, discussion on the issue of sovereignty may be postponed so that the dispute is set aside. To set aside dispute does not mean giving up sovereignty. It is just to leave the dispute aside for the time being.
‘3. The territories under dispute may be developed in a joint way.
‘4. The purpose of joint development is to enhance mutual understanding through cooperation and create conditions for the eventual resolution of territorial ownership.’1 該当領域の主権は中国に存する。
2 領土紛争の完全解消の時期が熟さないうちは、主権の問題は延期して棚上げにしておく。棚上げというのは、主権放棄を意味しない。当面紛争を避けるだけである。
3 紛争域では共同開発をしてもよい。
4 共同開発の目的は、協力を通して相互理解を強化し、領有権問題の最終解決の条件を作ることである。
非常にわかりやすい。論点は、日本では誤解されやすいのだが、実は、経済問題よりも領有権にある。つまり、経済的な利益の一部を隣国に渡す構造を通して、紛争地域を中国領土とせよということなのである。
ぶっちゃけて言えば、これ、中国庶民のボトムに至るまでの経済原則と同じ。同じ利権や賄賂の仲間にしてずぶずぶに引きずり込むという、あれである。
なので、華僑のいる隣国地域では、この意味は明瞭すぎるので、統合性のある国民国家ならこんな提言は受け入れるわけがない。
These four points make it clear that instead of shelving the territorial disputes, the idea of joint development is China’s way of imposing its claims of sovereignty over the other party. Chinese sovereignty is the stated desired outcome of any joint development. No wonder that no country has taken China up on its proposal.上記四点は、領土紛争を棚上げする代わり共同開発をするという考え方が、中国の領有権を押しつける手段であることを明確にしている。中国の領有権が、共同開発での既述の望ましい結果になる。中国のこんな提案を真に受ける国家は存在しない。
より中国の現実に即していうなら、共同開発による利権は、中国内の地方権力を利して、中国の統制を蝕むという側面もあり、それを巧妙に利用できるくらいの芸当ができる国家なら逆手を取ることも可能だが、まさに現下の日本の状況では無理だろう。
中国の言う、平和的な共同開発とやらのトリックはかくのごときチープな代物ではあるが、次の問題は、そもそもの、中国の領有権主張にある。これをどう見るか。
中国の領有権主張については、二点の考慮が必要になる。一点目は、中国お得意の、意味をどんどん変えてくるという問題である。
中国は1996年に国連海洋法条約(参照)を批准したのだが、この時、領有権の問題については関係国との協議することとしていた。だが2009年には、これらの領域にちゃっかり領有権を主張しはじめた。同時に、従来は中国領海の通航にのみ求めていた申請を排他的経済水域(EEZ)にも求めるようになった。ここで、公海の自由を国是とする米国とがちんこでぶつかるようになった。
一言で言うなら、中国の国内でやるやり方を公海でもごりっと押してきたわけで、国際社会のルールを知らない田舎っぺにありがちな夜郎自大な所業である。中国のずるずるの意味の変化は、きちんと国際ルールに引き戻す必要がある。
二点目はこの中国のずるずるの変化に関連しているのだが、中国における領土観の変化がある。これは中国にしてみると、国力が増加したことに合わせた当然の展開であり、これに基づいて領土観を見直し、国際世界に主張するということではあるのだろう。
ではその変化、つまり領土拡張を支えるものは何かというと、これがまた笑ってしまうほどの歴史主義なのである。
いわく、漢王朝の時代からこの海域ななんたらというお話である。歴史が領土の根拠というヘンテコな議論である。チン氏の記事はこの中国の態度について、「Abusing History?」、つまり、歴史の濫用ではないかと問うている。
何が滑稽かといえば、国連海洋法条約は、歴史を領有権の根拠とはしていない点である。この条約は、あくまで近代国家間の合意として領有権を扱っているわけで、中国も批准した1996年にはそれに順応した振りをしていた。なのに、国際社会の契約的なルールをずるずると無視して、自国の歴史という文化による正統性を持ち出してきたわけである。チン氏もこれには苦笑して皮肉なコメントをしている。
And, if history is to be the criterion, which period of history should be decisive? After all, if the Qin or Han dynasty is to be taken as the benchmark, then China’s territory today would be much smaller, since at the time it had not yet acquired Tibet, Xinjiang or Manchuria, now known as the northeast.であれば、仮に歴史を基準とするなら、どの時代が決定的であるべきであるか? いずれにせよ、秦または漢王朝が基準なら、チベットや新彊ウイグル自治区さらに現在北東として現在知られている満州は中国ではなかったので、今日の中国の領土はかなり小さなものになるだろう。
近代史を顧みても、孫文すら満州を中国と認識していたか微妙なところだ。
いずれにしても、文化や歴史を根拠に現代の外交や軍事の議論を言い出す中国に対して国際社会は、冗談はよせ、と言うほかはない。
こうした自国の歴史という物語に依存する考え方は、戦前の日本や光復後の韓国のように、中華圏の文化にありがちな近代的な過渡期の倒錯の一形態でもある。よって、その社会を近代市民社会に漸進的に変化させるほかには、根本的な変革の道はない。
中国についても、そうした市民社会変革の道を上手に歩ませるような手助けが必要であり、一部は近代化に先んじた日本の役割でもあるだろう。
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コメント
中国との外交では「国際社会は、冗談はよせ、と言うほかはない」とのことですが、それでも中国は出てこようとしますよね? ということはやがては衝突(!)するんではないでしょうか・・・。だから日米同盟強化なんだと思うんですが、日本人の覚悟がいよいよ問われだしたとかんじました。なんか怖いなぁ・・・
投稿: t | 2011.10.29 15:03
>>こうした自国の歴史という物語に依存する考え方は、戦前の日本や光復後の韓国のように、中華圏の文化にありがちな近代的な過渡期の倒錯の一形態でもある。
これが本当に面白いといえばいいか興味深いと言えばいいか。過去の御威光(?)を根拠にするってなんか面白いです。竹島問題、尖閣問題に関わるどの国も過去を引っ張り出してくる。どの国も歴史以外に言い分はないのかよ、って突っ込みたくなります。
歴史(というか長い間の占有)が正統性を持たせることに効力を発揮するっていうのは個人的には滑稽な感じがします(どっちが古いぞ合戦、みたいで)。ですが、興味深い。人間の習性なんでしょうか?(でもventさんはアジア特有って文中で言ってますね)
西洋は過去云々ではなくある時点における交わされた契約書に依存するっていう考え方でしょうか。西洋文化に触れたことがないので、ここのところはどうなんでしょうかわからない。歴史を引っ張り出すって言うのはないのかな?ジャイアン的な理由で来るのかな?
投稿: | 2011.10.29 19:24
プロ棋士同士の戦いで王手まで至る事はない訳で、それはプロ同士はそこまで行く前に詰んでいる事を悟るからなのでしょう。素人が気付く前に勝負は決している訳で外交も例外ではないと思います。この一手にどんな意味があるのか相手には悟らせない騙しあいの場なのでしょう。
米国の民主党は表の顔であって、米国そのものは世界中の黒幕達が米国を使って好みの国際体制社会をつくる暗躍の場であるのではないでしょうか。
米軍は沖縄から完全撤退し、TPPは実現されないだろうと思っています。沖縄は既に地元の方々を鳩山さんが怒らせてます。イラク米軍が何故撤退したのか沖縄の新聞にも書かれてましたので成る程と思いました。TPPも本気なら日本で議論が巻き起こる様なヘマはやらないでしょう。米国は世界中から移民を受け入れています。つまり世界の国々の情勢を完璧に把握し、彼らを使って世界情勢を操る事は簡単なはずです。
ヤクザの取り締まり、公務員の給与カット、検察も小沢裁判で権威を失うと思います。libertarianismの押し付けであり米国もその様な国になるという事だと思っています。中国も共産党、日本も野田首相は承知の上だと考えると今起きている事が上手く繋がる様な気がしています。
投稿: ヒロ | 2011.10.29 22:25
中国の海洋進出以前に、北朝鮮が崩壊して、中国と極東ロシアが大分裂するんじゃないの。
そっちの事態に気をつけたほうがいいと思いますよ。
いずれにしても、アメリカとの軍事同盟は重要か。
投稿: enneagram | 2011.10.30 13:52