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2011.10.04

オバマ流平和術:テロにはテロを

 イエメン拠点イスラム武装組織「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP: Al-Qaeda in the Arabian Peninsula)指導者アンワル・アウラキ(Anwar al-Awlaqi)師が暗殺された。暗殺の首謀者はいうまでもないオバマ米国大領である。ノーベル平和賞受賞者でもあるが。
 アウラキ師暗殺の発表は9月30日にあった。NNHK「“アルカイダ系指導者を殺害”公表」(参照)は次のように現地報道を伝えた。


 中東イエメンの国防省は国際テロ組織アルカイダ系の武装組織の指導者でアメリカを狙った複数のテロ事件に関与したとされるアンワル・アウラキ容疑者を殺害したと発表しました。
 イエメン国防省は30日、イエメン国内を拠点とするアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ」の精神的な指導者、アンワル・アウラキ容疑者を殺害したと発表しました。現地からの報道によりますと、イエメン軍は30日朝、中部のマーリブ州と隣の州との境の地域でアウラキ容疑者が仲間とともに乗っていたとみられる車両を空から攻撃してアウラキ容疑者を殺害したということです。
 アウラキ容疑者は、アメリカ生まれのイエメン人で、流ちょうな英語で過激思想の拡散を図り、おととしにはアメリカの旅客機を狙った爆破テロ未遂事件に関与したとされるほか、アメリカ・テキサス州の陸軍基地で起きた乱射事件では、乱射をした軍医に対してインターネットを通じて洗脳していたということです。
 このため、アメリカはことし5月にアルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者を殺害したあと、アウラキ容疑者の殺害を最重要課題の一つに掲げていました。アルカイダ側は今のところ何の反応も出していませんが、殺害が確認された場合、アルカイダにとってはビンラディン容疑者の殺害に続く大きな打撃になるものとみられています。

 NHKとしては最初の報道にあたるため確認でなきかったのかもしれないが、「空から攻撃して」という表現はわかりづらい。また、アウラキ師が米国市民権を所有していたことにも触れていない。
 NHKは10月2日にも関連報道「アルカイダの他2幹部も殺害か」(参照)をし、殺害のようすを多少詳しく伝えている。

アメリカとイエメン政府は、先月30日、イエメンを拠点とするアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ」の精神的な指導者、アンワル・アウラキ容疑者を殺害したと発表しました。作戦は、CIA=中央情報局などが無人攻撃機を使って空から攻撃したものとみられています。これについて、ニューヨーク・タイムズなど、アメリカの複数のメディアは、1日までに、政府当局者の話として、作戦ではアウラキ容疑者と一緒にいた幹部2人も殺害された可能性があると伝えました。このうち、1人は爆発物の製造を担当し、去年、イエメンからアメリカに向けて発送された航空貨物から見つかった爆発物などを製造したとみられています。また、もう1人は、過激な思想をインターネットで広める役割を担っていたということです。

 無人機、つまり、ロボットを使って人間を殺害したのである。ここでもNHKは触れていないが米国市民権を持つ人間の殺害であり、これは「暗殺」というのが正しい表現だろう。
 具体的にどのように米国市民暗殺を実行したかについて、その責任者であるオバマ大統領は明言を避けている。時事「作戦の詳細公表せず=アウラキ師殺害「喜ばしい」-米」(参照)より。

オバマ米大統領は30日、ラジオ番組のインタビューで、イエメンの「アラビア半島のアルカイダ」のアンワル・アウラキ師の殺害に関し、米軍・情報当局の関与や自身の役割など「作戦上の詳細については話せない」と言及を避けた
 大統領は「アウラキが米本土や同盟国を直接脅かせなくなったことは非常に喜ばしい」と歓迎、イエメンや関係国との緊密な連携の成果であると称賛した。

 推測はされている。1日付け産経新聞記事「無人機、遠隔操作でテロリスト殺害 米軍と情報当局 ゲームさながらの「ハイテク戦」展開」(参照)より。

 AP通信などによると、アウラキ容疑者の動向を最初に探知したのはイエメン当局。情報はすぐさま米軍特殊部隊を管轄する統合特殊作戦軍と中央情報局(CIA)に伝達された。
 両組織は約3週間にわたってスパイ衛星や偵察機を駆使してアウラキ容疑者を追跡。本人と確認した上でホワイトハウスの許可を得て攻撃を実行した。
 両組織が所有する無人機は、ジブチなど周辺国から離陸。どこから操縦されていたかは不明だが、最新の機体は米国本土からの操縦も可能だ。上空には有人の米軍機も待機し、必要なら攻撃に加わる態勢が整えられていた。
 無人機による1度目のミサイル攻撃は標的を外して失敗。上空を旋回していた無人機は、猛烈な砂ぼこりの中を逃走する車両を再び発見し、2度目の攻撃で標的を破壊。車両は粉々で、アウラキ容疑者ら4人の遺体確認は不可能という。

 このやり口は、テロにはテロを、という以外はないだろう。
 いかなる法的な根拠で、米国市民を国家が暗殺可能になるのか。疑問の声は当然上がる。ウォールストリートジャーナル記事「Killings Pose Legal and Moral Quandary」(参照)はその要点をまとめた。同記事は翻訳も掲載された(参照)。

 イエメンを拠点とするテロ組織「アラビア半島のアルカイダ」の指導者で米国籍のアンワル・アウラキ師を、9月30日に米中央情報局(CIA)が無人機で殺害したとされていることについて、合法だったのか、さらには道義的に許されるのかをめぐって米国で論争が起きている。問題は、推定無罪の原則を守るべき国が裁判所の許可を得ずに市民の生命を奪うことができるのかどうかである。
 アウラキ師は、オバマ大統領によって米国の安全保障にとって危険な人物として「殺害標的リスト」に加えられた最初の米国民とみられているが、米政府は同師を正式起訴しておらず、同師の罪状を証明する具体的な証拠も明らかにしていない。同師はここ数年、インターネットなどを通じた反米演説でアルカイダへの勧誘に成果をあげ影響力を強めている。


 外国情報監視法(FISA)によれば、米政府は海外在住の米国民を盗聴するには裁判所の秘密許可を求める必要がある。連邦捜査局(FBI)は同法に従って裁判所の許可を得た上で、2009年にアウラキ師の電子メールを盗聴した。
 米司法省は、今回のアウラキ師殺害でFISAに基づく裁判所令があるかどうかだけでなく、殺害標的リストが存在するのか、アウラキ師が同リストに載っているのかも明らかにしていない。しかしオバマ政権は、戦争関連法により政府にはテロリスト集団に加わり米国に差し迫った脅威を与えている米国民を殺害する権利が与えられていると主張している。
 米議員の多くは、今回のアウラキ師の殺害を歓迎しているが、共和党大統領候補の一人であるロン・ポール下院議員(テキサス州)は、超法規的に米国民を殺害したことに困惑していると、不快感を示した

 つまり、テロリスト認定者の電話盗聴には裁判所の令状が必要だが、暗殺については政府独自の判断で実行できるということになる。オバマ政権は法的な手順をまったく踏んでいなかったのか。
 そうではないらしい。9月30日付けワシントンポスト記事「Secret U.S. memo sanctioned killing of Aulaqi」(参照)はアウラキ師の暗殺について米司法省の秘密メモで承認されていたことを報道した。日本語で読める情報としてはAFP「「米国籍を持つ米国の敵」、アウラキ師殺害で法律論議」(参照)がある。

 米紙ワシントン・ポスト(Washington Post)は30日、米国籍を持つアンワル・アウラキ(Anwar al-Awlaqi)師の殺害が、米司法省の秘密メモで承認されていたと報じた。
 米政府は今回の作戦の詳細の公開を拒んでいるが、米中央情報局(Central Intelligence Agency、CIA)と、CIAの管轄下にある軍の人員や装備によって実施された米軍の無人攻撃機による空爆でアウラキ師は殺害されたと報じられている。
 同紙によるとこの秘密メモは、バラク・オバマ(Barack Obama)大統領政権の上級法律顧問が、米国民を殺害対象にすることについて法的に懸念のある点を検討したうえで作成された。アウラキ師殺害を受けてある元情報機関幹部は同紙に、米司法省の同意がなければCIAが米国民を殺すことはなかったはずだと語ったという。
 別の複数の米当局者は同紙に、アウラキ師殺害の適法性について意見の食い違いはなかったと証言した。ある当局者は同紙に「このケースにおける適切な手続きとはすなわち、戦時における適切な手続きだ」と語ったという。

 推測の段階だが、米国の司法もまたこの暗殺を認めていたということになる。
 韓国のように、例えば安重根や姜宇奎のような暗殺者を賛美する東洋の伝統とは異なり、西欧の決闘の伝統を振り返れば、西欧では、武器をもたない人間に対して武器をもって殺害することは、人間の尊厳を汚す最大の恥辱ともなるはずだった。オバマ政権は倫理の面でもグローバル化し、東洋を学び、アルカイダの手法も学んだということだろう。
 もちろん、今回のオバマ大統領の決定を是とする人もいる。代表者は、ブッシュ政権を事実上支えてきたチェイニー元副大統領である。彼はこの暗殺作戦について「非常に優れた正当な攻撃だったと思う」と述べている。
 CNN「チェイニー前米副大統領「大統領は過去の批判を撤回すべき」(参照)はこう伝えている。

 チェイニー氏はこの作戦について「非常に優れた正当な攻撃だったと思う」と述べたが、同時に「現政権が2年前に立ち返り、米同時多発テロへの『過剰反応』を批判した発言を訂正するよう期待している」とも語った。また、オバマ政権が「正当だと思うときには強硬な行動に出る」方針へ転換したのは明らかだとの見方を示した。
 同氏の長女、リズ・チェイニーさんはさらに、オバマ大統領がかつて、ブッシュ政権は米国の理想に背を向けたと批判することによって国の名誉を傷付け、「大きな損害」を与えたと主張。「大統領は米国民に謝罪するべきだ」と述べた。
 チェイニー氏も謝罪を求めるかとの質問に、「私にではなく、ブッシュ政権に謝罪してほしい」と答えた。

 確かに、現在のオバマ政権の「テロにはテロを」戦略が正しいとするなら、より合法的で人間的でもあったブッシュ元大統領についての、かつてのオバマ氏の発言は、今の時点で謝罪を要するものだろう。
 同様にではあるが、確たる証拠もなくイラクを攻撃したとしてブッシュ政権を非難してきた人たちも、確たる証拠もなく暗殺に手を出したオバマ大統領のようなテロリストと同じ地平に立ちたいのでなければ、多少の思索もあるのかもしれない。

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コメント

WSJの記事というのは、こちらなのでは。
http://online.wsj.com/article/SB10001424052970203405504576603313410902934.html

投稿: Si479 | 2011.10.04 19:41

Si479さん、ご指摘、ありがとうございます。訂正しました。

投稿: finalvent | 2011.10.04 19:46

この記事へのコメントは終了しました。

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