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2011.10.08

エジプト軍部クーデターから半年

 今年一月にエジプトで起きた軍部クーデターだが、その後の経緯を少しメモしておこう。
 日本も含め西側メディアでは事態を「アラブの春」と総括し、期待もあってか「エジプト革命」「エジプト民主化」と誤解されることもあり、また西側メディア報道が民衆デモの映像に着目したため一般の認識がそのように歪むのも避けがたかったが、憲法によることもない権力の移譲は少なくとも形の上からはクーデターと呼ぶ他はなく、現実的にもよくあるタイプの軍部のクーデターでしかなかったことは明らかであった。NHKの出川展恒解説委員も、8月の時点で再度、西側報道に配慮しつつも「軍によるクーデター」である点に留意を促した(参照)。


「盤石と言われたムバラク政権をわずか18日間で崩壊させたエジプトの政変は、「民衆革命」という側面と、「軍によるクーデター」という側面がありました。

 その他の西側報道でもようやく「軍によるクーデター」が理解されつつある。顕著な一例としては、9月26日グローバルポスト「Has Egypt's revolution become a military coup?(エジプト革命は軍部クーデターになってきたのか)」がある。

Just days after the departure of former Egyptian president Hosni Mubarak on Feb. 11, the nation’s new, self-appointed military leaders pledged, within six months, a swift transition to civilian rule.

ホスニ・ムバラク・エジプト前大統領追放の二日後、新たに自称する軍部指導者は、6か月以内の迅速な民主化移行を誓約した。

Crowds of the same protesters that demanded Mubarak’s ouster cheered as their army said it would steer the nation toward a “free, democratic system.” Seven months later, however, many Egyptians are finding that little has changed.

ムバラク追放を要求した抗議活動の群衆は、軍部が国家を「自由で民主的な機構」に導くとの言明に喝采した。7か月後、多くのエジプト国民は僅かな変化しか見出していない。

As the so-called Supreme Council of the Armed Forces increasingly cements, and in some cases flaunts, its firm grip on power, the revolution that inspired a region is beginning to look more like an old-fashioned military coup.

いわゆる軍最高評議会がしだいに強固になり、権力を強く掌握するにつれ、この地に起きた革命は、旧式の軍部クーデーターに見え出している。

Military trials of Egyptian civilians persist and the military leadership has expanded and extended the 30-year-old, widely criticized Emergency Law once used by Mubarak to justify his authoritarian tactics.

エジプト市民への軍事裁判は持続し、ムバラクが30年間独裁の正当化に使ったことで広く批判される非常事態法も軍指導部は延長し、拡張した。


 グローバルポストが今更指摘するまでもなく、予想された、退屈な帰結ではあるのだが、それでも迫る議会選挙はどうかといえば、期待は減ってきている。

Although the military leadership finally announced a date for the delayed parliamentary elections — Nov. 21 — few are optimistic that the vote will be either fair or help bring stability and security.

軍部指導者は延期していた議会選挙を11月21日と表明したが、投票が公正となり、安定と安全をもたらすという楽観論者はほとんどいない。


 グローバルポストはこのあと、アルジャジーラを含め西側報道への認可が更新されないことへの言及がある。軍部としても都合のいい絵にならないなら隠蔽するのは当然である。
 また、グローバルポストにも言及がなく、まして日本の報道では見たこともないが、この議会選挙には西側の監視団が入ることは軍部からすでに拒絶されている。そのあたりで、今更問題化するまでもなく最初からわかり切った話でもあった。
 なぜこんなことになったかについては、このブログでは2月の時点で触れたが(参照)、グローバルポストもようやくそれをなぞりつつある。

No one knows exactly how much of Egypt’s economy is controlled by the army, but most estimates place it in the “billions” of dollars range. The problem, said some analysts, is that the military likely wants to prevent the complete transition to civilian leadership to ensure its hold on these assets.

エジプト経済がどの程度軍部に掌握されているかを知る者はないが、数十億ドルの範囲と見られる。問題は、専門家が指摘するように、この資産を維持するために軍部はそれ以外の指導者への完全な移譲を拒んでいることだ。


 グローバルポストの報道からすると、それほどの巨額とも思えないが、国家予算に対する権限を軍部が手放すことはないだろう。
 西側の表面的な苛立ちはフィナンシャルタイムズなどにも見られる。10月4日「Fog on the Nile」(参照)より。

If the SCAF cannot summon the determination to carry out such changes, its allies – such as the US, which still provides Egypt’s armed forces with considerable financial assistance – should stiffen its resolve. Too much is at stake, for both Egypt and the wider Middle East, to allow the Arab spring’s most important revolution to founder within sight of democracy.

軍最高評議会が民主化を引き出せないなら、エジプト軍部に多大の財政支援をしている米国のような同盟国が、民主化への決意を強固にすべきだろう。民主主義の観点からすれば、エジプトと広範囲の中近東の双方にとって、アラブの春という重大な革命が挫折することは、重大極まりない。


 フィナンシャルタイムズとしてはエジプト軍部をカネで脅して、アラブの春をなんとかしろということで、日本に余力があれば、カネの問題は日本にという毎度の筋書きにもなったかもしれない。
 米国としては、カネでムバラク体制のような軍部が維持でできればこれ幸いというところだが、そうもいかない。すでにエジプトは国際通貨基金(IMF)から30億ドル、世銀から10億ドルの融資を断っている手前(参照)、おいそれと西側に頭を下げるわけにもいかない。繋ぎとして、サウジアラビアやその他の中近東諸国からもカネを集めることになるが、その際の見返りとしての政治姿勢も難しい状態にある。
 現状、エジプトの若者の四割は失業しているが、幸いにしてまだエジプト経済は崩壊していない。今年前期から見るとまだ2パーセントもの成長力があり、外資の落ち込みも三分の二程度で済んでいる。余力はまだある。
 今後のエジプトのシナリオとして、民主化はゆるやかに進むのだから長い目で見るべきだというエジプトの現状を知らない暢気な意見もあれば、イスラム化が進むという短絡的な意見もある。しかし、要因は経済にある。
 エジプト経済は早晩に大きなクラッシュを起こすということはない。だが、じわじわと若者世代や中間階級の専門職を締め上げることで社会不安の要因を高めていく。軍部としては小手先騙しを繰り返すしかないから、だらだらとした衰退が続くだろう。ただ、突発的な惨事になれば動くのは軍部であろう。
 
 
 

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