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2011.10.30

TPP?反対ですよ。総選挙のときマニフェストで国民に問えばいいじゃないですか?

 TPP(the Trans-Pacific Partnership: 環太平洋戦略的経済連携協定)がにわかに、郵政民営化時のようなバカ騒ぎと化してきた。「貿易はゼロサムのゲームだから米国が勝利者なら日本は敗者だ」みたいな、それって中学生でもわかる間違いじゃないかと思うような意見をまともな大人が言ったりする光景は奇っ怪でもある。
 まあ、少し頭を冷やすためにも、政府は拙速な対応を取らないほうがいい。そもそも民主党政権は、FTA(Free Trade Agreement: 自由貿易協定)についてもマニフェストが固まっていなかったのだから、次回の総選挙のとき各党がマニフェストで国民に問えばいいんじゃないですか? 私の意見はそういうことで、TPP反対ですよ。よろしく。
 TPPは、しかしながら、そもそも大騒ぎするような問題でもないと思う。メリットとデメリットがあり、国民の全体からすれば原則として輸入品がより安価に入手できる点でメリットが大きい。その他、各種の規制が合理的な国際基準になるのもメリットである。もちろん現実的にはタレブ氏が「ブラックスワン」でも指摘していたが、いろいろ諸条件によって異なる結果もあるし、一般論としても、日本の一部の産業、つまり農業の一部に不利益がでることは確実である。
 ただ、その補償の政策こそはTPPの前提になるし、そもそもTPPは国内産業に補償を与えてよいのだから、ようするに、メリットとデメリットを換算して補償を厚くすればいい。米国が現下、日本のTPPにさほど関心がないのも、米国内の産業に補助金を出す口実くらいにしか考えていないからではないか。
 いずれにせよ、こうした問題は、どこの国にも当てはまる普通の政治課題である。だが、よたよたの現政権にそんな芸当ができるわけがない。やってのけたら、野田首相もやるなあと思うが、そんなこともないでしょ。
 そもそもなんで降って湧いたようにTPP問題が出て来たのか、なんかの目眩ましなのか、それも奇っ怪な話だなと思っていたが、毎日新聞がすっぱ抜いた、政府文書の要旨で、だいたいわかった。他紙の報道はないのでガセの可能性もあるのかもしれないが、読むと、ありそうな話だなと思える。「TPP:政府のTPPに関する内部文書(要旨)」(参照)より。


▽11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で交渉参加表明すべき理由
・米国がAPECで政権浮揚につながる大きな成果を表明するのは難しい。日本が参加表明できれば、米国が最も評価するタイミング。これを逃すと米国が歓迎するタイミングがなくなる
・交渉参加時期を延ばせば、日本は原加盟国になれず、ルールづくりに参加できない。出来上がった協定に参加すると、原加盟国から徹底的な市場開放を要求される
・11月までに交渉参加を表明できなければ、交渉参加に関心なしとみなされ、重要情報の入手が困難になる
・韓国が近々TPP交渉に参加する可能性。先に交渉メンバーとなった韓国は日本の参加を認めない可能性すらある

 ▽11月に交渉参加を決断できない場合
マスメディア、経済界はTPP交渉参加を提案。実現できなければ新聞の見出しは「新政権、やはり何も決断できず」という言葉が躍る可能性が極めて大きい。経済界の政権への失望感が高くなる
・政府の「食と農林漁業の再生実現会議」は事実上、TPP交渉参加を前提としている。見送れば外務、経済産業両省は農業再生に非協力になる
・EU(欧州連合)から足元を見られ、注文ばかり付けられる。中国にも高いレベルの自由化を要求できず、中韓FTA(自由貿易協定)だけ進む可能性もある

 ▽選挙との関係
衆院解散がなければ13年夏まで国政選挙はない。大きな選挙がないタイミングで参加を表明できれば、交渉に参加しても劇的な影響は発生しない。交渉参加を延期すればするほど選挙が近づき、決断は下しにくくなる

 ▽落としどころ
・実際の交渉参加は12年3月以降。「交渉参加すべきでない」との結論に至れば、参加を取り消せば良い。(取り消しは民主)党が提言し、政府は「重く受け止める」とすべきだ
・参加表明の際には「TPP交渉の最大の受益者は農業」としっかり言うべきだ。交渉参加は農業強化策に政府が明確にコミットすることの表明。予算も付けていくことになる


 よくまとまっているものだなと思うが、ようするに政局的な要因が大きいというのが一番納得な点でもあるし、私のように、TPP議論なんか総選挙後にしたらよいという考えに対して、真っ向から反対のことが書かれている。つまり、2013年夏の国政選挙までに突破しといたほうが、民主党としては選挙が楽だというのだ。呆れたね。というか、それだけで、ダメだろこの政府、でもあり、今更、新聞や産業界の失望など気にすることはない。それに、おそらく最大野党自民党の一部も同じようなことを考えているのではないか。
 この要旨からは、これが、いわゆる追米政策であることもよくわかった。民主党政権が、米国の好感をそれでも買いたいというのは、鳩山政権と菅政権でよほど、米国からそっぽ向かれたというのが骨身に染みているのだろう。自業自得ではある。政権交代というとき、基本、外交と軍事はいじらないか最後に手を付けるものだが、この政権、いきなりそこに手を突っ込んでしまった。
 バカ騒ぎにふさわしく、TPPについては、わけのわからないデマも広まっている。例えば医療制度にしても、TPPに参加している豪州の状況などがきちんと報道されるとよいだろうと思うのだが、理性的な議論が通じる空気でもない。
 それでも一点だけ、これは、指摘しておくのが、案外このブログの役目かもしれないとも若干思うので、指摘しておこう。
 「米国は本音ではTPPを使って日本を押しつぶそうとしていることがウィキリークスで暴露された」という愉快なお話である。ネタ元は5月19日付け日本農業新聞「[TPP反対 ふるさと危機キャンペーン TPP“主導国”] 米国外交公文から読む 本音と現実 上」のようだ。

 ニュージーランド外交貿易省のマーク・シンクレアTPP首席交渉官は「TPPが将来のアジア太平洋の通商統合に向けた基盤である。もし、当初のTPP交渉8カ国でゴールド・スタンダード(絶対標準)に合意できれば、日本、韓国その他の国を押しつぶすことができる。それが長期的な目標だ」と語った。(米国大使館公電から)
 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉でニュージーランドと米国は、農地への投資制度や食品の安全性などの規制や基準を統一した「絶対標準」を定め、受け入れ国を広げることで経済自由化を進めようとしている――。TPP交渉を主導する両国のこうした狙いが、在ニュージーランド米国大使館の秘密公電に記載されていた両国政府の交渉当局者の会話から浮かび上がった。ニュージーランドの交渉当局者は「絶対標準」を受け入れさせる国として日本と韓国を名指ししている。これは国内の規制や基準の緩和・撤廃につながり農業だけでなく国民生活の多くに影響を与える可能性がある。公電は、内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」が公表。ニュージーランドの当局者らへの取材と合わせて分析した結果を報告する。
 2010年2月19日、ニュージーランドのシンクレアTPP首席交渉官が、米国務省のフランキー・リード国務副次官補(東アジア・太平洋担当)に語った内容だ。シンクレア氏は、TPPの目標が農産物などの市場開放だけではなく、アジアなどで推進する米国型の経済の自由化が両国(アメリカ合衆国、ニュージーランド:古田注)の長期的利益につながると強調した。
 公電は、ニュージーランドのウェリントン市内で行われた両者の会談の概要を、当地の米国大使館がまとめた。「秘密」扱いだ。外交を担当する国務省だけでなく、農務省や通商代表部などにも送るよう記述してある。

 この記事自体はデマとも言い難いし、日本農業新聞といった業界紙ならこういう報道もありかもしれないとは思う。ただ、この手の話が伝言ゲーム化するのもなんなんで、指摘しておこう。
 まず原典を確認しておこう。該当のウィキリークスは、2010年2月19日"Viewing cable 10WELLINGTON65, DAS Reed Engages on TPP, U.N. Reform, Environmental"(参照)である。なお残念ながら、時期によってはウィキリークスの都合で参照できないかもしれない。
 同文書で日本が言及されているのは、日本農業新聞が取りあげた、一点だけで、それだけ見ても、この文書が日本を対象にしたものではないことがわかる。常識があれば、ここから日本を取りあげて騒ぎ出すというのは、ネタが過ぎるなというのはわかるものだ。

¶3. (SBU) On multilateral issues, Sinclair emphasized that New Zealand sees the TPP as a platform for future trade integration in the Asia Pacific.

多角的である点について、ニュージーランドはTPPをアジア太平洋での未来の貿易統合のための基盤であると見ているとシンクレアは強調した。

If the eight initial members can reach the "gold standard" on the TPP, it will "put the squeeze" on Japan, Korea and others, which is when the "real payoff" will come in the long term.

初期メンバーの八か国がTPPで、「金本位制」(究極の判定基準の比喩)に達することができれば、この基準によって、日本や韓国などの国を「締め上げる」ことができるし、それが長期的に見れば「真の見返り」となる時である。


 英語の表現として面白い点がいくつかあるが、日本農業新聞が注目した"put the squeeze"には「カネを絞り上げて取る」という含みもあるので、日本農業新聞のように「押しつぶす」という訳は苦笑もするが、この部分から韓国や日本から、カネを巻き上げるというふうに読まれるのもしかたがない面はあるし、"real payoff"(実際的利益)もそれに対応しているのだから、韓国や日本からカネを取ってくる手段としてTPPを見ているのは、解釈上間違いではない。
 ただ、これ、普通に読んでもわかるが、TPPに韓国と日本を参加させることで、カネを絞り上げるという話ではなく、ニュージーランドのような弱小国は、閉鎖市場の強国である韓国や日本に立ち向かうためには、組合と組合基準作りをしないと、いつまでたってもビジネスできないよということで、普通によくある話である。
 ただし「米国が入っても、弱小国組合かよ」という言い分もあるので、この言外には米国による日本への市場開放の思惑がないわけではない。
 基本的に弱小国組合という性格がよくわかるのは、実は、この文章の後続からである。この部分、伝言ゲームではすっぱりと省略されることが多いので、言及しておこう。

He also stated that another challenge in negotiating is that the current economic and commercial situation has put a great deal of pressure on domestic agendas. Negotiators must therefore be very cognizant of the impact on jobs, wages, and other such factors.

現下の経済・通商状況でニュージーランド国内の政策に圧力がかかっていることも、交渉の別側面の課題だと彼は述べた。よって、交渉担当者らは、雇用、賃金などの要因に敏感にならざるをえない。


 リーマンショック後のニュージーランド経済の困窮が背景にあり、その打開策としてTPPが模索されてきたことがわかる。また、米国の関心からは、同盟国としてのニュージーランドを支援したいという思惑も感じられる。おそらく、ANZUS同盟の問題時への配慮が米国にあると思われる。さらにこう続く。

When asked what New Zealand's position is on including new members, Sinclair put forth that "smaller is better" for the current deal.

TPP加盟国を新規に加えることについてニュージーランドに尋ねたところ、シンクレアは、現状の交渉では、「小規模ほど好ましい」と提示した。


 ここで、日本農業新聞が取り違えた、このウィキリークス公電の意味合いがかなり明確になってくる。
 ニュージーランドとしては、初期八か国以上の新規加盟国による拡張を望んでいないのだ。なぜか。
 協定自体の困難さから類似の立場の弱小国による少数精鋭のほうがよく、利益志向の異なる大国を加えたくないというのだ。つまり、弱小国組合でさっさと基準を作ってから、韓国や日本に押しつけたほうが、ニュージーランドの国益に合致するというのである。
 つまり、そういうことなのだ。この秘密公電から伺われるのは、日本をTPPに参加させて「押しつぶそう」というのではなく、逆に、日本を現状で噛ませるのは不利益だというのが、公電の秘密たる部分なのである。
 では逆に日本としては、こうした秘密を知ってカウンターアクション(反撃)するならどうするかだが、当然、できるだけ早期にTPPに席を置いて、日本に不都合な協定が形成されるのを阻止するということになる。
 つまり、野田政権の内部文書にある「交渉参加時期を延ばせば、日本は原加盟国になれず、ルールづくりに参加できない。出来上がった協定に参加すると、原加盟国から徹底的な市場開放を要求される」というのは、まさにそのとおりなのである。
 そしてその結果というと、現時点での参加はできず、後になって、不利益に覚悟して土下座してTPPに参加するという事態が予想される。土下座の泥にまみえるドジョウ内閣にふさわしいというか、その時は、どの内閣も土下座内閣になるのだろう。
 だがそれが日本国民の総意というなら、民主的な国民主権国家なのだから、しかたがないではないか。私はそう思うね。
 この公電の段落は以下で終わる。

However, he emphasized, that what is more important is U.S. Congressional approval and if "critical mass" can be achieved with the initial eight. New Zealand will take a "constructive view" if the group needs to "bulk up" and include Malaysia, for example.

しかしながら、より重要なことは、米国議会承認と、初期八か国で「決定的な量の交易」が達成できるかである。仮に、TPP加盟国を「膨張させる」必要があるなら、ニュージーランドは「建設的な視座」に立ち、例えば、マレーシアを含めるだろう。


 ニュージーランドが懸念しているのは、米国議会承認であり、ここで米国の顔色をうかがっている。国家の死活問題でもありその要点が、米国に握られているからだろう。やはりANZUS同盟の問題の末路である。
 そしてここでも、日本農業新聞などの解釈が間違っていることがわかるのは、TPP新加盟国として想定されているのが、日本のような大国ではなく、マレーシアだということだ。
 当然、日本が対抗するというなら、当面狙われているキーマンであるマレーシアを日本側に取り込んで切り崩しにかかることが重要になる。たとえば、マレーシアが日本に依存したくなるくらい看護師と介護士を導入するといった政策を提示するという策も、可能だ、机上では。現実はというと、無理でしょ。おしまい。
 
 

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2011.10.29

海洋進出してくる中国にどう向き合うか

 海洋進出してくる中国にどう向き合うか。ブロガーなどが提言するような話題ではないが、とりあえず思うところを簡単にまとめて、関連の記事の紹介をしておこう。
 基本は三つある。(1)状況を見極めること、(2)中国の甘い提言に屈しないこと、(3)米国との軍事同盟を崩さないことである。
 一点目は、原則論よりも状況論を優先していくこと。原則論は議論としては受けがいいが実質的な外交上の成果をもたらさないうえ、問題をこじらせる。
 二点目は、いわゆる、「いったん紛争を棚上げにしてまず双方の経済利益を計る」という議論で、朝日新聞社説などでよく見かけるものだ。正論のように見えるが、これは単に、中国の海洋進出を許すだけの結果にもなり問題をこじらせる可能性がある。ではどうするかなのだが、基本は、中国を国際的な枠組みに誘導してタガを嵌めることで、それと経済メリットを勘案することになる。
 三点目は、前回おちゃらけ記事で書いたが、中国は軍事オプションを放棄しないし、今後の軍拡も停滞はしないので、対抗的な軍事オプションは欠かせない。日本の場合、実質自国のみの防衛は不可能なので、米国との軍事同盟を崩さないようにするしかない。
 議論を要するのは、二点目の棚上げ論を正論としてはいけないというテーマについてである。なぜか。
 これについては、今週の日本版Newsweekにも転載されていたが、ディプロマットに寄稿されたフランク・チン(Frank Ching)氏の「Abusing History?」(参照)が簡素にまとめている。資源開発にまつわる海洋紛争の際、中国は必ず棚上げ論を持ち出すがこれについては。


One compromise that China has offered to its neighbours is to shelve the territorial disputes and engage in joint development of natural resources. This was proposed by President Hu Jintao as recently as August 31, when he met the Philippine President Benigno Aquino.

中国が隣国に提示する妥協案のひとつは、領土紛争を棚上げして、天然資源の共同開発に従事しようとするものだ。最近では、8月31日胡錦濤国家主席がフィリピンベニグノ・アキノの大統領と会談した際にも提言された。

However, there are serious problems. Just what does China mean by this policy?

しかし、これには深刻な問題がある。この政策で中国は何を意味しているか?

The Chinese Foreign Ministry website explains: ‘The concept of “setting aside dispute and pursuing joint development” has the following four elements:

中国の外務省ウェブサイトはこう説明している。「紛争を棚上げして共同開発を求める」という考え方には、以下の4要素が伴う。

‘1. The sovereignty of the territories concerned belongs to China.
‘2. When conditions are not ripe to bring about a thorough solution to territorial dispute, discussion on the issue of sovereignty may be postponed so that the dispute is set aside. To set aside dispute does not mean giving up sovereignty. It is just to leave the dispute aside for the time being.
‘3. The territories under dispute may be developed in a joint way.
‘4. The purpose of joint development is to enhance mutual understanding through cooperation and create conditions for the eventual resolution of territorial ownership.’

1 該当領域の主権は中国に存する。
2 領土紛争の完全解消の時期が熟さないうちは、主権の問題は延期して棚上げにしておく。棚上げというのは、主権放棄を意味しない。当面紛争を避けるだけである。
3 紛争域では共同開発をしてもよい。
4 共同開発の目的は、協力を通して相互理解を強化し、領有権問題の最終解決の条件を作ることである。


 非常にわかりやすい。論点は、日本では誤解されやすいのだが、実は、経済問題よりも領有権にある。つまり、経済的な利益の一部を隣国に渡す構造を通して、紛争地域を中国領土とせよということなのである。
 ぶっちゃけて言えば、これ、中国庶民のボトムに至るまでの経済原則と同じ。同じ利権や賄賂の仲間にしてずぶずぶに引きずり込むという、あれである。
 なので、華僑のいる隣国地域では、この意味は明瞭すぎるので、統合性のある国民国家ならこんな提言は受け入れるわけがない。

These four points make it clear that instead of shelving the territorial disputes, the idea of joint development is China’s way of imposing its claims of sovereignty over the other party. Chinese sovereignty is the stated desired outcome of any joint development. No wonder that no country has taken China up on its proposal.

上記四点は、領土紛争を棚上げする代わり共同開発をするという考え方が、中国の領有権を押しつける手段であることを明確にしている。中国の領有権が、共同開発での既述の望ましい結果になる。中国のこんな提案を真に受ける国家は存在しない。


 より中国の現実に即していうなら、共同開発による利権は、中国内の地方権力を利して、中国の統制を蝕むという側面もあり、それを巧妙に利用できるくらいの芸当ができる国家なら逆手を取ることも可能だが、まさに現下の日本の状況では無理だろう。
 中国の言う、平和的な共同開発とやらのトリックはかくのごときチープな代物ではあるが、次の問題は、そもそもの、中国の領有権主張にある。これをどう見るか。
 中国の領有権主張については、二点の考慮が必要になる。一点目は、中国お得意の、意味をどんどん変えてくるという問題である。
 中国は1996年に国連海洋法条約(参照)を批准したのだが、この時、領有権の問題については関係国との協議することとしていた。だが2009年には、これらの領域にちゃっかり領有権を主張しはじめた。同時に、従来は中国領海の通航にのみ求めていた申請を排他的経済水域(EEZ)にも求めるようになった。ここで、公海の自由を国是とする米国とがちんこでぶつかるようになった。
 一言で言うなら、中国の国内でやるやり方を公海でもごりっと押してきたわけで、国際社会のルールを知らない田舎っぺにありがちな夜郎自大な所業である。中国のずるずるの意味の変化は、きちんと国際ルールに引き戻す必要がある。
 二点目はこの中国のずるずるの変化に関連しているのだが、中国における領土観の変化がある。これは中国にしてみると、国力が増加したことに合わせた当然の展開であり、これに基づいて領土観を見直し、国際世界に主張するということではあるのだろう。
 ではその変化、つまり領土拡張を支えるものは何かというと、これがまた笑ってしまうほどの歴史主義なのである。
 いわく、漢王朝の時代からこの海域ななんたらというお話である。歴史が領土の根拠というヘンテコな議論である。チン氏の記事はこの中国の態度について、「Abusing History?」、つまり、歴史の濫用ではないかと問うている。
 何が滑稽かといえば、国連海洋法条約は、歴史を領有権の根拠とはしていない点である。この条約は、あくまで近代国家間の合意として領有権を扱っているわけで、中国も批准した1996年にはそれに順応した振りをしていた。なのに、国際社会の契約的なルールをずるずると無視して、自国の歴史という文化による正統性を持ち出してきたわけである。チン氏もこれには苦笑して皮肉なコメントをしている。

And, if history is to be the criterion, which period of history should be decisive? After all, if the Qin or Han dynasty is to be taken as the benchmark, then China’s territory today would be much smaller, since at the time it had not yet acquired Tibet, Xinjiang or Manchuria, now known as the northeast.

であれば、仮に歴史を基準とするなら、どの時代が決定的であるべきであるか? いずれにせよ、秦または漢王朝が基準なら、チベットや新彊ウイグル自治区さらに現在北東として現在知られている満州は中国ではなかったので、今日の中国の領土はかなり小さなものになるだろう。


 近代史を顧みても、孫文すら満州を中国と認識していたか微妙なところだ。
 いずれにしても、文化や歴史を根拠に現代の外交や軍事の議論を言い出す中国に対して国際社会は、冗談はよせ、と言うほかはない。
 こうした自国の歴史という物語に依存する考え方は、戦前の日本や光復後の韓国のように、中華圏の文化にありがちな近代的な過渡期の倒錯の一形態でもある。よって、その社会を近代市民社会に漸進的に変化させるほかには、根本的な変革の道はない。
 中国についても、そうした市民社会変革の道を上手に歩ませるような手助けが必要であり、一部は近代化に先んじた日本の役割でもあるだろう。
 
 

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2011.10.28

いい加減にしないと寛大な中国様も切れますよ、と

 「太平洋」、英語でいうと"the Pacific"。形容詞なら"pacific"は「平和な」「紛争を終わらせる」という意味もある。だが、中国四千年、言葉というものは言葉、実体は実体、相和せず。あるいは言葉の端には誤差もある。
 18日、フィリピンと中国が領有権を争う南シナ海海域で、無人小型艇25隻を数珠つなぎで曳航していた中国漁船に、違法操業の疑いでフィリピン哨戒艇が接近した。中国漁船は振り切るように逃げたが、フィリピン当局は無人小型艇を取り押さえた。その後、中国側は返還を求めたものの、フィリピン側は拒絶(参照)。
 22日、韓国全羅南道・可居島西方約30キロの排他的経済水域(EEZ: Exclusive Economic Zone)で不法操業の中国漁船を韓国海洋警察当局が拿捕。すんなりとは行かなかった。中国漁船船員はスコップや棍棒を振り回して応戦、韓国警察はヘリコプターを出動させ上空から催涙剤を散布。ようやくの鎮圧で、船員31人を拘束(参照)。中国は引き渡しを求めている。
 中国様は大変ご機嫌斜めである。環球時報の社説「东亚离海上冲突越走越近了」(参照)に、ご不満をぶちまけた。
 残念、扶桑の平成の民、中国語はわからん。というわけで、英語版「Don't take peaceful approach for granted(平和的解決手段が当然だと思ってんじゃねーよ)」(参照)を覗いてみる。


Recently, both the Philippines and South Korean authorities have detained fishing boats from China, and some of those boats haven't been returned. China has been increasingly confronted with sea disputes and challenged by tough stances from the countries involved.

最近、フィリピンと韓国の両当局が中国発の漁船を拿捕したが、いまだ返還してない漁船もある。中国は海洋紛争に直面し、関係国から強面の態度で迫られることが増えてきた。


 こういうことされると、いかに寛大な中国様としても、困るんだよねというのである。

China has emphasized its reluctance in solving disputes at sea via military means on many occasions. Peace is vital for its own economic development. But some of China's neighboring countries have been exploiting China's mild diplomatic stance, making it their golden opportunity to expand their regional interests.

中国は海洋紛争の解決に軍事を用いることには不本意なのだと、ことあるごとに強調してきた。平和は経済成長に欠かせないものである。だが、中国の温和な外交につけこんで、自国利益の拡張の好機としようとする隣国がある。


 お困りの中国様。いったいどの隣国が困らせているのか。

What has recently happened in the South China Sea is a good example. Countries like the Philippines and Vietnam believe China has been under various pressure. They think it is a good time for them to take advantage of this and force China to give away its interests.

南シナ海で最近起こったことは、そのよい例だ。フィリピンやベトナムといった国は、中国がなにかと切迫していると思い込んでいる。彼らは、これを好機とし、中国の国益を断念させようとしている。


 フィリピンやベトナムは、中国が、自国民の不満や、地方債務やインフレといった各種の問題で弱体化しているとでも思っているのだろうか、と……。

Their inspiration is illogical and it is rare to see small countries using "opportunistic strategy" on bigger countries. Hard-line response will cause trouble for China, but if the problems and "pains" these countries bring exceed the risk China has to endure to change its policies and strategies, then a "counter-attack" is likely.

こうした隣国の思いつきは辻褄が合わない。小国が大国に対して「日和見戦略」とることは稀なものである。強行な反応は中国を困惑させるが、小国が起こす問題や労苦が危険をもたらすほどになれば、中国としても政策と戦略の転換を余儀なくされ、「反撃」もありうるのである。


 反撃などしたくはないのだ、大国中国は。小国というものは、大国を患わせてはならんである、おわかりかな。おい、そこのシャオリーベン、聞いとるか。

If these countries don't want to change their ways with China, they will need to prepare for the sounds of cannons. We need to be ready for that, as it may be the only way for the disputes in the sea to be resolved.

中国への対応を変えないなら、これらの国は数千の大砲を用意することになろう。海洋紛争を解決する手段がそれしかないようであれば、私たちにはその用意がある。


 しかし、しかしですよ。小国日本の大新聞にして日本国民の良心の証ともいえる朝日新聞などは、常々、話し合いによる平和な解決を求めている。朝日新聞を筆頭として、日本国民の良識の声は、中国様には通じないのものか。
 そこんとこ、どうなんでしょう、中国様、ずばり。

Conflicts and disputes over the sovereignty of the seas in East Asia and South Asia are complicated. No known method exists to solve these issues in a peaceful way.

東アジアと南アジアの海洋に関する主権の衝突と紛争は複雑なものである。平和に解決する手法は存在していない。


 な、なるほど、海洋紛争に平和的な解決はない、と。
 φ(..)メモメモ...
 このお諭し、きっと、朝日新聞や岩波書店など、日本の平和ジャーナリズムも理解することでありましょう。ははははは。
 とま、そういう話でしたとさ。
 中国修辞学のごく初歩でもあったのだが、これ引用以外の全文をよく読むと、さらに含蓄が深い。
 引用部でも、確かにトラブルを起こしているという点では、フィリピンとベトナムの二国もそうなんだが、当面の問題は、どう見たって、韓国。
 中国様、韓国にぶっち切れ寸前というところなのだが、だからこそ、韓国のハの字も出てこない。指桑罵槐のごくごく基本。当然、その後に土下座するのはシャオリーベン。
 では、もう軍事的解決にムキムキの中国様か、というと、そうでもない。
 英語版のこの社説はこれでもかなり抑制されていて、米国や日本の政策担当者には、「そこんところわかってくれよ」というメッセージも含まれている。というのは、最初の段落の末文にはこうある。

These events have been promoting hawkish responses within China, asking the government to take action.

こうした事態は、政府に実行を求める中国国内のタカ派を刺激してきている。


 胡錦濤政府としては、「軍部側の圧力を強くするようなことは、やめてくれよ」というのである。
 「小国は中国が弱体化していると思っているのだろう」と鼻息ふんふんさせているところも、実態は、「おれたち困ってんだよ、わかれよ~」ということである。
 ま、そうこと。
 では、日本としても、従来通り、朝日新聞社説的な鄧小平路線で、紛争は棚上げして共通の利益を目指そう、といけるかというと、そう簡単な話でもない。そのあたりは、また別の機会に。
 
 

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2011.10.27

[書評]サイバー・クライム(ジョセフ・メン)

 日本でも、「サイバー・クライム(ジョセフ・メン)」(参照)がようやく今月13日に翻訳・出版されるというので予約を入れておき、読んだ。情報産業の業界と限らず、その他の産業人や政治家にとっても必読といえる書籍である。これからの情報社会の問題や国際情勢を語る上で、すでに避けがたい古典ともなっている。逆にいえば、本書通読が可能なくらいの予備知識がないと、ビジネスも政治も立ちゆかないだろう。

cover
サイバー・クライム
 本書はもちろん一般読者向けに書かれ、基礎的な事項についても丹念に説明されているのだが、おそらくこの分野の基本知識のない人にとっては内容が難しいだろうとも懸念する。あと一段階から二段階かみ砕いた別の補助説明書が必要になるのではないか。ボットネットの仕組みなどについても、DNSとは何かということも含めて絵解きでじっくり説明したらよいのではとも思えた。しかし政治家にそうした説明書を読んでもらう時間はない。政治家をサポートするブレーンのかたは、本書が提起する問題点を手短にまとめて伝えたほうがよいだろう。
 本書は、ノンフィクションではあるが、上質なフィクションのように読めるので、逆にこれはそもそも上質な小説なのではないかと誤解するかもしれない。二人の主人公たちのキャラクターは際だっているし、悪役や悪の組織も魅惑的だ。情報技術な部分への抵抗がなければ、物語に引き込まれるように読める。作者メン氏の筆致は鮮やかすぎる。そして、ふと、これがフィクションではなくリアルな現実世界なのだと知ったとき、背筋が凍る。だからこそ、本書の提起するリアルな問題提起を早急に社会が受け止める必要もある。
 この点は出版社もよく理解しているようだ。この分野の専門家であり本書監修の福森大喜氏による「はじめに」は簡潔に書かれ、また巻末には筆者メン氏との対談が添えられていて、読書の便宜になっている。「はじめに」については、書店で手短に立ち読みもできるが、ネットでも公開してはどうだろうか。
 原書は昨年年頭、英米圏では「Fatal System Error」(参照)という表題で出版された。直訳すると「致命的なシステムエラー」となり、よくあるパソコンのエラーメッセージのようだが、含意は、わたしたちのこの現代世界というシステムが孕んでいる致命的な問題ということである。インターネットに依存しその恩恵にあずかる現代世界は、それゆえに強烈な悪をも含みこんでいる。その意味で、本書が日本で「サイバークライム」つまり、情報化社会の犯罪と改題されたのは理解できる。
 問題は、インターネットにメリットがあればデメリットがあるといったものではないことだ。現在世界の国家システムの本質的な悪がここに露出しているということが大きな問題なのである。
 本書では、特に米国のマフィアの実体と、国家と関連したロシア・東欧のハッカー集団が悪の絵柄で登場するため、あたかも国家間のサイバー戦争といった構図にも読めるのだが、問題は現状もう一歩進んでいる。国家と結託したハッカー集団はすでに軍事的な要素と不可分になっているのである。だから、そこには国家間の軍事協定と類似の国家間の調整が必要になるのである。この意味が日本の政治家に通じなければ、日本は高齢化問題や貿易問題、表面的な軍事脅威以前に、早々に立ちゆかなくなるだろう。神経系が麻痺した生物が生存できなのと同じことが起こりうる。
 本書は、2つのパートに分かれている。前半の主人公は、若き情報セキュリティの専門家、バーレット・ライアンである。天才的な能力を持つが、子供時代には読字障害も持っていた。日本では成功した天才を後から賛美する傾向があるが、今の時代に注目しなければならないのは、バーレットのような青年像である。
 物語は、バーレット青年に、インターネットを使ったカジノ、つまり、オンラインのギャンブル会社の防衛が依頼されるところから始まる。オンライン・ギャンブル会社はインターネットで賭博を行っているのだが、ここにハッカーたちが、「インターネット攻撃によってギャンブルシステムを利用不能にさせるぞ」と脅して大金をせびる。その要求を拒めば大量の通信がギャンブルシステムに集中し、システムがダウンする。
 バーレット青年はそれを当初、情報セキュリティの問題として対処していくのだが、彼自身、情報産業で起業したいという思いもあって、気がつくと、オンラインのギャンブルの世界に嵌っていく。そこにはマフィアに関連をもつダークな世界もあった。どうしたらよいのか。何が悪なのか。こうした問題を個人の倫理に問いかける、米国的精神風土の隠れた一面も興味深い。
 この時期、米国では新種のポーカーとしてテキサス・ホールデムが流行し、それがオンラインゲームと関わりをもっていた。あの熱狂の時代を知っていると、パート1の物語はさらに面白みが増すだろう。
 パート2は、英国サイバー犯罪対策庁(NHTCU)捜査官のアンディ・クロッカーの物語である。中年の彼はバーレット青年とは違い、根っからの情報技術分野の人ではない。むしろ、旧式な、いかにもタフでジョンブルの捜査官である。ハッカーを追い詰めるために、バーレット青年から情報を提供してもらい、単身悪の巣窟であるロシアに乗り込む。ロシアのなかでいかに味方を見つけていくのか、それは捜査以前に生存の条件でもある。パート2の物語は、上質なハードボイルドであると同時に、ロシアというものの本質をえぐり出す。この世界を熟知せず北方領土返還を息巻く日本人はいかに幼稚なことか。
 パート1とパート2、この二つの物語は完全に分離しているわけではなく、有機的に繋がっている。そしてそれは共通にサイバークライムの本質も描き出していく。見事というほかはない。
 しかし物語的に描かざるを得ないこともあって、サイバークライムの現状理解にとっては、筆者メン氏も理解しているのだが、すでに一時代前の話題になっている。古いのだ。
 それでもベーグルと呼ばれるウイルスの歴史はもはや基礎知識ではあるし、スタックスネットについても本書で言及されている。スタクスネットは、イランの核施設制御のウィンドウズを破壊するウイルスで、言うまでもなくこれはもう軍事兵器そのものである。本書は、通説どおりこれがイスラエルと米国が関与して作成されたとしているのだが、本書を仔細に読むと、マイクロソフトに食い込んだロシアのスパイとの関連は仄めかされている。
 現状、本書で言及されているボットネットの大半は昨年、マイクロソフトが尽力してかなり弱体化している。そのマイクロソフトの物語も別途読みたいところだが、なかなか見当たらない。
 いずれにせよ、マイクロソフトのおかげで、依然ボットネットはサイバークライムのインフラではあるものの、従来のように多勢で押していくタイプの攻撃はもう一時代前のものになっている。現下、標的型のサイバークライムが出て来たのは、こうした背景がある。と同時に、現在は、アンドロイドがサイバークライムの前線となる夜明けである。
 
 

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2011.10.26

カダフィ氏はいかに殺されたか その2

 カダフィ氏はいかに殺されたか。その話は先日のエントリー(参照)に書いた。それ以上書くこともないだろうと思っていたが、ツイッターで「これは米英が「国民評議会にカダフィを殺させた」って理解でいいですか? 」と訊かれ、少し困惑した。それだけではどう返答していいものかわからない。
 そこで「どう思いますか?」と問い返した。答えは、「少なくとも殺さないようにした、とか。また、英米が拘束しないようにした、とも読めます。あくまでリビアの国内問題問で処理させる」とのことだった。それも、率直なところ、よくわからなかった。何か前提が欠落しているのではないかとも思った。
 いずれにせよ、カダフィ氏の殺害については、もう少し補足したほうがよいのかもしれないと思い至ったので、もう少し書いておこう。話のネタはスレートの「Muammar Qaddafi should not have been killed but sent to stand trial in The Hague」(参照)である。今週の日本版ニューズウィークも取りあげていた。
 話は単純極まる。なぜ、カダフィ氏は裁判にかけられなかったのか? そのことにはどういう意味があるのか? この2点の疑問にどう答えるかである。
 記者のクリストファー・ヒッチェンズ(Christopher Hitchens)は冒頭、リビア問題に関わるフランス有力者にカダフィ氏の国際裁判を求めるメールを書いたと記す。


Simple enough? It is some time since the International Criminal Court in The Hague has announced itself ready and open for business in the matter of Libya.

難しいとでも? ハーグの国際刑事裁判所は、リビア問題を扱う用意があり、作業を開始すると発表してからそれなりに時が経過している。

But now Muammar Qaddafi is dead, as reportedly is one of his sons, Mutassim, and not a word has been heard about the legality or propriety of the business.

ところが現状、カダフィ氏は死に、その息子の一人、ムアタシムもが死んでいるにもかかわらず、この所業の合法性とその意味合いについての発言は聞こえてこない。

No Libyan spokesman even alluded to the court in their announcements of the dictator’s ugly demise.

リビア広報者は、独裁者の醜悪な死去の発表に際し、司法について仄めかしさえしなかった。

The president of the United States spoke as if the option of an arraignment had never even come up.

米国大統領は、罪状認否の選択肢などなきがごとく語っていた。

In this, he was seconded by his secretary of state, who was fresh from a visit to Libya but confined herself to various breezy remarks, one of them to the effect that it would aid the transition if Qaddafi was to be killed.

この件では米国国務長官も大統領と同様だった。リビア訪問を終えたばかりのクリントン国務長官は、カダフィが殺害されれば政権移行のタシになるだろうといった、脳天気なことしか言わなかった。

British Prime Minister David Cameron, who did find time to mention the international victims of Qaddafi’s years of terror, likewise omitted to mention the option of a trial.

デイビッド・キャメロン英国首相は、カダフィによるテロ時代の犠牲者が各国に及んだことを言及しつつも、裁判という選択について言及しないのは同様だった。


 リビアもその支援国も誰も、国際司法のことを言わなかったのである。
 忘れていた? まさか。これはどう見ても、国際司法でカダフィ氏を裁く気なんかなかったと見るほうが妥当だ。ヒッチェンズ記者がこう思うのも頷ける。

Among other things, this tacit agreement persuades me that no general instruction was ever issued to the forces closing in on Qaddafi in his hometown of Sirte.

なによりこの黙約によって、基本方針のある命令などカダフィの故郷シルトでの追討部隊にまったく発せられていないと私は納得した。

Nothing to the effect of: Kill him if you absolutely must, but try and put him under arrest and have him (and others named, whether family or otherwise) transferred to the Netherlands.

「やむを得なければ殺害するとしても、出来る限り、彼や彼の家族などの関係者を逮捕し、ハーグの国際刑事裁判所に移送せよ」といった命令はなかったのだ。

At any rate, it seems certain that even if any such order was promulgated, it was not very forcefully.

そうした命令があったとしても、強制力はなかった。


 生きたまま逮捕できたはずであった。

But Qaddafi at the time of his death was wounded and out of action and at the head of a small group of terrified riff-raff. He was unable to offer any further resistance.

死期迫るカダフィは負傷し、動けず、怯えた下っ端を率いているだけだった。彼はそれ以上の抵抗はできかった。

And all the positive results that I cited above could have been achieved by the simple expedient of taking him first to a hospital, then to a jail, and thence to the airport.

先述したような好ましい結果も、彼をまず病院に送ることで容易く得ることができたはずだ。それから牢に送り、空港へと移送もできた。


 国民評議会軍はそれができなかったと言うのだろうか。北大西洋条約機構(NATO)軍は関与してないとでも言うのだろうか。そうではないなら、これはどういう事態なのか。

But it will be a shame if the killing of the Qaddafis continues and an insult if the summons to The Hague continues to be ignored.

カダフィ家の殺害が続くならそれは恥となるし、ハーグの国際刑事裁判所へのの出廷命令が無視されるなら、侮辱行為となるだろう。


 カダフィ氏の殺害は、国際社会が無法そのものであることを示している。
 それは、私たちの恥でもあるし、法への侮辱でもあり、つまりは、正義への愚弄そのものである。
 
 

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2011.10.25

シャヴァヤトラ(Shavayatra)

 ヨガについては若い頃関心をもっていろいろ学んだり調べたりもした。今でもたまに気になることがあり調べるのだが、その過程で、シャヴァヤトラ(Shavayatra)について日本語のソースがなさそうに思えたので、気まぐれに書いてみたい。
 シャヴァヤトラは、英語圏では「61点リラクセーション法(61 point relaxation technique)」とも呼ばれている。身体の61の点に意識を移していくことでリラックスするらしい。
 シャヴァヤトラは名前から連想されるように、日本ではよく「死体のポーズ」とも呼ばれているシャヴァサナ(Shavasana)の一種のようだが、その関係はよくわからない。シャヴァサナは、死体のように寝ているだけの単純なアサナのように見えるが、アイアンガー師の「ヨガ呼吸・瞑想百科」(参照)を読むと、きちんとするにはそれなりにむずかしいことがわかる。
 シャヴァヤトラ(Shavayatra)の「シャヴァ」の部分はヒンディー語で「死体」の意味ではないかと思うし、ヒンディー語で「शवयात्रा」を引くと「葬式」とあるので、死に逝く作法という意味があるのかもしれない。

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Advanced Yoga Relaxations
 修法の出典は、ヒマラヤ研究所(Himalayan Institute)というところで、音声によるガイドは、ロルフ・ソビック(Rolf Sovik)師によるCDの「Advanced Yoga Relaxations」(参照)にある。他に、オーディブル版もある。詳しく知りたい人は、英語の朗読だが参考にするとよいだろう。
 さらにその伝承元だが、師匠筋のスワミ・ラマ(Swami Rama)による「Path of Fire and Light: A Practical Companion to Volume One」(参照)のようだ。同書では、この修法はShithali Karanaに続き、さらにYoga Nidraに続いている。
 ヨガ・ニドラ(Yoga Nidra)については、ググってみると日本で教えられているヨガでも扱うところがあるようだ。が、どのような修法なのかは、わからない。ウィキペディアを見ると、Swami Satyananda Saraswatiが起源のようでもあり、ラジニーシ(Bhagwan Shree Rajneesh)なども採用していたように書かれているので、各種の修法があるのだろう。
 シャヴァヤトラに話を戻すと、身体の61の点に順に意識を移していくということでリラックスするというものだ。仙道の小周天にも似ているが、骨格を伝わっていく点が違う。ウスペンスキーによれば(参照)、グルジェフのワークにも小周天に似たようなものがあり、フェルデンクライス・メソッド(参照)にも似たようなレッスンがある。つまり、瞑想技法によくある身体知覚(Body Scan)の一種でもあり、やってみると、類似性は感じられる。ただ、シャヴァヤトラについては、骨格を辿る以外に、チャクラの扱いが興味深いとも言える。
 ソビック師の指導では、点毎に青い炎をイメージするとある。番号の意識については、番号ありとなしの二通りがある。やってみるとわかるが、利き足ではないほうの指の識別知覚に番号留意の意識が重なると、独特の意識の保持が必要になる。眠くなるというタイプのリラックスではなさそうだ。
 そういえばこの手のものはオカルト風味なので、「そもそもリラックス効果なんかあるのか?」という疑問ももっともだが、妊婦対象にした研究( Indian J Physiol Pharmacol. 2008 Jan-Mar;52(1):69-76.)もあり、まったく無根拠というものでもなさそうだ。もちろん、医学的に確実な効果があるとまで言えるものではないのはもちろんのことだ。
 ソビック師の指導では、最初は31点までとしている。確かに、いきなり61点よりはよいのかもしれない。
 シャヴァアサナの状態で、指定された身体内の31の点(または61の点)について、額の中央の奥の点から、ひとつひとつ意識し分けて、青い炎がもとることをイメージし、次の点へと意識とイメージを移していく。
 身体の各センターはチャクラに対応しているかに見えるが、スヴァディシュターナ(Swadhisthana)・チャクラは含まれていない。理由だがスワミ・ラマはShithali Karanaについてだが、そう経典にあるからとのみ説明している。

1:額中央
2:首中央
3:右肩
4:右肘
5:右手首
6:右親指
7:右人差し指
8:右中指
9:右薬指
10:右小指
11:右手首
12:右肘
13:右肩
14:首中央
15:左肩
16:左肘
17:左手首
18:左親指
19:左人差し指
20:左中指
21:左薬指
22:左小指
23:左手首
24:左肘
25:左肩
26:首中央
27:胸中央
28:右胸
29:胸中央
30:左胸
31:胸中央

32:おへそ
33:恥骨部
34:右足股関節
35:右膝
36:右足首
37:右足親指
38:右第2指
39:右第3指
40:右第4指
41:右足小指
42:右足首
43:右膝
44:右足股関節
45:恥骨部
46:左足股関節
47:左膝
48:左足首
49:左足親指
50:左第2指
51:左第3指
52:左第4指
53:左足小指
54:左足首
55:左膝
56:左足股関節
57:恥骨部
58:おへそ
59:胸中央
60:首中央
61:額中央

追記
 シャヴァヤトラは日本語でどこかで読んだことがあるんだがと、書棚を見ていて「バイオフィードバックの驚異―心は血圧までコントロールできる (エルマー・グリーン、アリス・グリーン )」(参照)に気がついた。同書に、スワミ・ラマとの共同研究でシャヴァヤトラが掲載されている。ただし、「体の中を旅する」とある。実験結果では、被験者の脳波のシータ波がよく出るようになったらしい。
 
 

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2011.10.24

カダフィ氏はいかに殺されたか

 カダフィ氏はいかに殺されたか。シルトにいた英国ジャーナリスト、ベン・ハーマー(Ben Farmer)が今日付けのテレグラフに、参考になる、興味深い記事「Gaddafi's final hours: Nato and the SAS helped rebels drive hunted leader into endgame in a desert drain」(参照)を書いていた。
 シルトに追い詰められたカダフィはすでに観念はしていたらしい。追い詰める者が遠隔の地にいることも知っていただろう。


More than 6,000 miles away, deep in the lunar landscape of the Nevada desert, American specialists trained to their computer screens spotted unusual activity at around 7.30am in District Two. From their windowless bunker, lit by constantly flickering computer screens, the analysts directed their unmanned Predator drones to zoom in on the convoy as it picked up speed and headed west. Nato's eyes were suddenly trained on Gaddafi's convoy.

はるか1万キロメートルも遠く、月面を思わせるネバダ州の砂漠の奥深く、米国人のコンピューター画面監視専門者は、7時半、第二区で、尋常ではない動きを見つけた。不断に点滅するコンピューター画面に照らされつつ、窓もないその掩蔽壕から、監視の評価者は、急速に西に向かうこの部隊について、ドローンとも呼ばれるプレデター(殺傷能力を持つ無人偵察機)で拡大視察するように命じた。NATO(北大西洋条約機構)の目がまさにカダフィの部隊を捉えた時だった。


 カダフィは、イエメンでアンワル・アウラキ師を無人殺戮機で殺害した(参照)時と同様に、米軍の衛星によって発見され、欧州のNATO軍にも伝達されたのだった。後で触れるがリビアの人民には伝達されてはいなかった。

High above Sirte the heavily-armed American USMQ1 Predator drones, which are piloted by satellite link and can provide surveillance or fire missiles in all weather, day and night, had been circling.

シルト上空では、衛星中継で操縦され、いかなる天候でもミサイル発射のための監視ができる、重装備の米国製プレデターUSMQ1が旋回していた。

The aircraft, which can remain "on station" for up to 18 hours, were being remotely flown from Creech air force base in Nevada. One of the predator pilots had now received permission to attack the fleeing convoy.

18時間も空中任務可能なその飛行装置は、ネバダ州にあるクリーチ空軍基地から遠隔操作されていた。このプレデターの操縦者の一人に、今や逃げる部隊を攻撃する許可が与えられた。

Around 40 miles off the Libyan coast a Nato AWAC early-warning surveillance aircraft, flying over the Mediterranean, took control of the battle and warned two French jets that a loyalist convoy was attempting to leave Sirte.

リビア海岸沖65キロメートルの地点では、地中海上空を横断するNATO軍のAWAC早期警報用偵察機が戦闘の指揮を担い、カダフィ派部隊がシルトを脱出させなように、仏軍ジェット機に警告した。

As the convoy sped west, a Hellfire missile was fired from the Predator and destroyed the first vehicle in the convoy.

その車隊が西に急いだとき、ヘルファイア(地獄の業火)ミサイルがプレデターから放たれ、先頭車を破壊した。


 これでカダフィが死亡していたらアンワル・アウラキ師暗殺と似たような結果になっただろうが、そこは米国としても、米国と欧州による戦争であることがもろバレのヘマをするわけにはいかなかった。
 ハーマー記者はどう思っていたか。

By now, the NTC troops had realised that the loyalists were escaping and a small number of lightly armed rebels began to give chase.

今頃になって、国民評議会軍は、カダフィ派部隊が逃走したことに気がつき、軽装の反抗勢力があたふたしはじめた。

To me it seemed like a wild, chaotic situation. But we now know that it had, in fact, been foreseen by the British SAS and their special forces allies, who were advising the NTC forces.

私は乱雑で混沌とした状況だと思った。だがこの事態は、国民評議会軍を指導する、英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)とその同盟する特殊部隊にとっては、予期されたことだったのだと今は理解している。


 リビアの解放を唱える国民評議会軍は、カダフィ殺害の急変時の埒外に置かれていたが、西側特殊部隊はこの事態を想定していたのだった。そりゃそうだ。クリントン米国国務長官によるリビア訪問を見ていたら、そろそろ頃合いだなとわかる。
 英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)は、予定通りの仕事を始めた。

A senior defence source has told The Sunday Telegraph that at this point the SAS urged the NTC leaders to move their troops to exits points across the city and close their stranglehold.

軍高官は、この時点で、英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)は国民評議会軍指導者に指示して、その部隊を都市の出口に移動させ、カダフィ派を袋のネズミとさせた。

After the Hellfire missile struck its target, the convoy changed direction, possibly hoping to avoid a further strike, before heading west again. It had begun to fracture into several different groups of vehicles.

ヘルファイア・ミサイルミサイルが標的を撃った後、車隊は、これ以上の砲撃が避けられるかもしれないと西に向かう前に方向を変えた。車隊がちりぢりになり始めた。

The French jets were also given permission to join the attack.

仏軍ジェット機もこの攻撃に参加する許可を得た。


 それでもカダフィは仕留められていない。そりゃね。

Col Gaddafi had survived the air strike, but was apparently wounded in the legs. With his companions dead or dispersed, he now had few options.

カダフィ大佐は空爆を逃れたが、足に傷を負った。死んだ同僚やちりぢりになった同僚とともに、彼が選択できることはほとんど残されていなかった。


 ハーマー記者が現場に駆けつけたときはすでにカダフィは殺害されていた。
 そこから先の話は、NHKとかでも報道されていたが、こんなもん。
 20日NHK「ダフィ大佐 攻撃受け死亡」(参照)より。

リビアの国民評議会の複数の幹部は、行方が分からなくなっていたカダフィ大佐について、国民評議会の部隊の攻撃を受け、死亡したことを明らかにし、首都トリポリなどでは、兵士らが喜びの声を上げています。

 
 

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2011.10.23

[書評]信長協奏曲(石井あゆみ)

 「信長協奏曲(石井あゆみ)」(参照)が面白いというので、じゃあと注文してみたものの、表紙を見て怯んだ。

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信長協奏曲 1
 釣り文句の「ごくごく普通の今どき高校生サブロー。そんなサブローがひょんなことから飛ばされたのは、なんと戦国時代! そう、彼はタイムスリップしてしまったのである」を読んで後悔した。
 が、この程度の後悔、我が人生の後悔の峻峰に添えても微々たるものよ。ところが、はずれた。面白いのである。めったくそ面白い。というわけで、出ているだけ、5巻まで買って読んだ。大人はいいぞ。
 はっきり言ってタイムスリップの小細工は、狂言回しであって、良くも悪くもない。道三や弾正に充ててくるのも、まあどうでもよい。漫画は漫画。面白いのは、プロット(筋立て)とキャラとディテールである。
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信長協奏曲 2
 キャラで、これはすごいなというのは、秀吉である。秀吉ってこういうやつだったんだろうなという疑念があったのだが、それがするするほどけて快感になってくる。浅井攻めの際の殿軍(しんがり)とか、ああ、なるほどねという感じ。もちろん、真相がそうだったかという話ではなく、こういうふうに解釈するのは面白いじゃんかということ。
 プロットですごいな、まいったなと思ったのは、協奏曲(コンチェルト)という、モダンというだけの思いつきの命名ではないかという印象のタイトルの意味がきっちり開示される3巻目の末である。つまり、この物語の主人公はサブロー信長一人ではない。ここまでは前振りであったか。やるなあ。
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信長協奏曲 3
 ディテールもなかなか笑える。桶狭間の戦いの功労者に武士名をつけるところで、いいかげんに「やなだまさつな」が出てくるが、簗田政綱である。戦の後、サブローに「でも場所は桶狭間ではなくて田楽狭間だったな……」とかつぶやかせるのも笑える。信長記との異同を含めた議論を踏まえていて、これはかなり資料を読み込んでいるなと思わせる。竹千代に鯛の天麩羅食わせるところやエロ本の逸話も笑える。なにかとディテールは笑える。作者は女性らしいので、いわゆる「歴女」というのか、よくわからないが。
 作者については、公式サイト(参照)に、「1985年9月24日生まれ。神奈川県出身」とあるので、26歳ということになる。若いな。他に代表作もないようなので、これが代表作として意気込んで書かれたか、出版編集側でかなりリキを入れたかなのだが、結果がよければよいでしょう。
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信長協奏曲 4
 印象にすぎないが、歴史の読みのあたりは、作者ひとりによるのではなく、スタッフの練り込みかなという思いは残る。プロットは小池一夫風味もありそう。また、絵の構図も、武者絵などを参照している印象もあるが、これは他にも見たことある感じだなという印象は強く、絵自体の斬新さはあまり感じられない。漫画通の人なら、この絵のタッチはなになにと系統的に分析できるのではないか。しかし、それがどうたらという話でもない。
 いずれにせよ、面白くて、成功しているし、この先、20巻くらいは続きそうなで今後も楽しみ、というところなんだが、作者の資質は、ちょっとこの路線とは違うんじゃないかなという感じもした。ので、そのあたりも。
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信長協奏曲 5
 1巻の巻末に特別ミニ読切「吸血鬼タマクロー」という、いい意味でしょーもない短編がおまけで付いているのだが、これが、作者のギャグの資質をよく表している、という点で見ていくと、そのあたりの資質が、お市の方や上杉家の女忍の表現に反映されていることがわかる。その微妙に、女性的と言うとまたそれは少し違うのだが、あまり類例のない性的な表現の資質が感じられるのが、この作家の才能ではないか。それが今後の表現にうまく統合できるとよいと思う。帰蝶のキャラを膨らませるのは無理っぽいので、つまり、そのあたりを強烈にした女性のキャラが途中から出せるか。あるいは、この作品が成功裏に終わっても、あまりこの歴史物語路線に拘らないほうがよいのかもしれない。
 3巻の表紙裏というかカバーの折り返しに、作者のひとこととして「日本各地、行ってみたい場所はたくさんあるんですけど、旅行とか嫌いなもんでなかなかどこにも行けません。かなしいです。」とあるが、案外すでに行っているのかもしれないが、安土には行ってみるといいんじゃないか。僕は安土の水郷に行って、シーズンはずれのせいもあって、たまたま舟を一人借り切って、船頭さんにいろいろ話をきいたことがある。よかったすよ。
 
 

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2011.10.22

中国人二歳女児ひき逃げ映像の背景

 すでに映像をご覧になっている人も多いと思うが、あまりに陰惨な映像なのでネットに溢れている動画へのリンクはしない。話は、中国南部、広東省仏山で13日、自動車にはねられ路上に放り出された二歳女児を道行く人は助けることなく無視し、そのため再度車に轢かれることになったことだ。女児の回復を祈りたい……と書いたものの、最新の状況を見るとすでに死んでいた。哀悼したい。
 この話、誰が見ても残酷な話ではある。この事件自体がやらせのはずはない。だが、この報道はといえば、中国共産党のやらせだろう。こんなことを書くのもなんだとも思うが、ちょっと考えるといろいろパズルが解けそうでもあるので、触れておく。
 報道の確認から。AFPがわかりやすい。「血まみれの少女を無視する通行人、ネットで怒りの声 中国」(参照)より。


【10月17日 AFP】中国南部、広東(Guangdong)省仏山(Foshan)で、車に2回はねられて路上に倒れ込んだ2歳の少女を通りかかった十数人の人びとが無視したと、国営の新華社(Xinhua)通信が17日、報じた。
 この出来事に中国の人気ソーシャルメディアサイトでは激しい怒りの渦が巻き起こった。防犯カメラは、親の店の前でバンとトラックにはねられたユエユエ(Yue Yue)ちゃんの前を通り過ぎる人びとの姿を記録していた。
 新華社によると、ごみ収集業者がようやく少女のもとに歩み寄り、路肩に運んで周囲に助けを求めたが、複数の買い物客が無視したという。最終的に少女の母親が気づき、病院に運んだ。
 この出来事について、中国版ツイッター「新浪微博(Sina Weibo)」のあるユーザーは「この社会は深刻に病んでいる。犬猫だってあんな薄情な扱いを受けるべきでないのに」と書き込んだ。

 中国のメディアを知る者というか、常識的に考えてもわかるが、中国共産党の息のかかった新華社が報道するというのは、共産党の意図による広報である。
 ではなんの広報かと言えば、その反応を見ればわかる。「この社会は深刻に病んでいる。犬猫だってあんな薄情な扱いを受けるべきでないのに」ということだ。中国社会はひどいことになっている。こんなことでよいのか、もっと人倫を、道徳を掲げ、それを鼓舞すべきだ、と。そう、共産党の基本テーゼである。中国共産主義青年団(共青団)の主張と言ってもいい。
 つまり、これは、共青団。つまり、胡錦濤・温家宝による現政権のキャンペーンの一環である。つまり、習近平で甘い汁を吸おうとしていた、太子党や上海幇の封じ込めといったところだ。
 わかんない人もいるかもしれないから、別の方向から説明すると、これ、かなり悲惨な映像だが、それはこの女児に焦点をあてて見るから、見殺しに見えるのであって、この白っと行きすぎる人を見れば、ああ、こういうことは普通に中国にあることなんだな、ということは察せられる。今回はたまたま映像で出しただけで、こうした惨事が日常茶飯事なんだろうとは察せされる。ただし誤解なきように言うと、中国人全体がこういう人情のない人々かというとそんなことはないのであって、むしろ、この映像が中国人にアピールするのは逆の心情が基底にあるからだ。
 AFPは先の報道では「以前、倒れた高齢の女性を助けようとした男性が、事故被害者への対応を定めた政府の規則に違反したとして起訴されたことがあった」としているが、その意識がどのくらい社会に浸透しているかはわからない。が、急患でも救急車を呼ぶには自腹を切ることになっている共産主義社会では、この状況で、人が過ぎ去るのはさして違和感はない。
 いずれにせよ、この映像が殊更に、しかも国家メディアから出たというのは、政治メッセージ以外はありえない。余談だが、カダフィー大佐私刑惨殺映像もNATOも米軍も噛んでいないという口実である(そんなわけなかろうに)。
 そこででは、その政治メッセージだが、当然時期というものが重要になる。そしてその時期については誰でもわかる。15日から18日にかけて、六中総会、中国共産党の第17期中央委員会第六回総会が開かれていたからだ。
 六中総会のテーマは表向き「文化」だが、日本でいう文化とは意味が違い、当然だが、来年の党大会で総書記に就任する習近平国家副主席新指導部への準備になる。
 六中総会はどうであったか。加藤青延NHK解説委員がさすがにきちんと読んでいる。時論公論「中国 改革の行方は」(参照)より。

 「文化」という言葉からは、漠然とした幅広い分野の印象を受けますが、実は、きわめて切迫した、社会体制の本質にかかわるテーマでした。
今回の総会で採択された決定。そのタイトルは実に長く、「文化体制改革を深化させ、社会主義文化大発展大繁栄を推進することに関する若干の重大問題の決定」というものです。このタイトルで重要なのは「若干の」というキーワードがついていることです。「若干の」というと、「いくらかの」というような軽い意味の印象を受けますが、実は、これまで、中国の政策転換やきわめて重要政策を打ち出すときに付け加えられてきた重みのある言葉です。

 加藤委員は中国の「文化」をここでは言い換えていないが、これは後の文脈からでもわかるように、日本の左翼が嫌がる道徳的な支配である。
 そしてこれが、中国語でいうところの「若干」つまり、日本語で言うところの「重大」な変更となるというのである。それはなにか。

では、その「文化体制改革」とはどのようなものなのでしょうか。実は、今回採択された文書そのものは、まだ公表されず、昨夜、発表されたコミュニケの内容から、その中身をさぐるしかありません。一般的には、中国という国を、経済と同様、世界屈指の大国、「文化強国」にすることをめざすものだと受け止められています。

 と、加藤委員は前振りで誤解を解いているが、つまりそういう表面的なことではない。

 私は、今回中国共産党が、「文化体制改革」を持ち出した本当の目的は、むしろ、中国共産党の支配体制を危うくしつつある、より根源的な問題、「モラルを失いつつある社会と荒廃する人々の心」にどう対処すべきかという点ではないかと思います。

 道徳的な性質を持つ強権を維持していこうということで、大衆にも国際的にもわかりやすく、女児の悲惨な映像を出したきたわけである。
 実際の方針はコミュニケに提示されるが、今回はこういう特徴があった。

 そのひとつが「道徳」という言葉です。「道徳」という文字が5回。また、「徳を持って国を治める」「徳と才」を兼ね備えた人材登用といった、表現まで含めると、「徳」つまり、モラルの重要性をうったえているところが7ヶ所もあります。比較的短い共産党のコミュニケの中で、「道徳」がここまで強調されていることは異例といえるでしょう。
 さらに、「社会主義核心価値体系」という、ちょっと聞きなれない言葉が5回も立て続けに出てくることも注目点です。この言葉は、高度なモラル社会、汚職腐敗のない社会を目指すときに使われるキーワードで、中国共産党が今回強調した文化体制改革の目標が、実は、高度なモラルによって構築される社会であるということがはっきりとわかります。


 いま中国共産党が一番抱いている危機感。それこそ、モラルの欠如によって人々の心が荒廃し、社会そのものが崩壊の瀬戸際にあるという現実でしょう。
 人々が安心して暮らせる社会でなければ、いくら経済が発展しても意味がありません。はたして文化体制改革をすすめることで、どこまで社会の大きなゆがみを正せるのか、中国共産党は、いままさに一党支配体制の真価を、根底から問われる大きな難題に直面しているといえるでしょう。

 NHKとしてはこのくらいのまとめに納めるしかないが、これは先にも振れたように、共青団のイデオロギーである。排日運動や帝国主義的な軍拡で人心を掌握しようとてきた江沢民派のそれではない。上海幇や太子党的な方向性への挑戦である。
 とすれば、おそらく習近平を立てる体制は表向き維持したとしても、かなり、共青団的な勢力が来年以降も残ると思われる。日本としてみれば、胡錦濤時代のように比較的外交しやすい状況になる可能性はある。
 しかし、上海幇や太子党的が抑え込まれたのではなく、共青団的な動きが最後の足掻きと読めないことはない。そこがまだはっきりとは見えてこないが、おそらく前者であろう。
 議論が粗くなるが、共産党が焦っているのは、実際には道徳の荒廃ではなく、経済の国家集権である。これは、「中国の高速鉄道事故についてさらに気の向かない言及: 極東ブログ」(参照)にも重なる。
 わかりやすいのは、ちょうどロイターからレポートが出たが、「中国で膨張する地方債務、経済の「地雷原」に」(参照)にあるように、上海幇や太子党、また地方行政などが私腹を肥やしてきた地方債務が危険な状態にある。

 中国における地方債務の拡大が深刻化の一途をたどっている。景気対策の名の下に行われた野放図ともいえる建設ラッシュの結果、地方政府が抱える債務は2010年末で10兆7000億人民元(1兆6700億ドル)に達し、少なくとも3割近くに不良債権化の恐れが出ている。
 中国経済の「地雷原」ともいえる借金バブルの膨張。だが、地方当局者の危機意識は薄く、投資収益が細る中で、事態がさらに悪化する懸念が高まっている。

 問題はこの、「地方当局者の危機意識は薄く」の部分で、要するにここに粛清をかけるために、日本の戦前のような道徳的な圧力で、国家の全体支配に、中国共産党が持ち込もうとしているのが現状である。
 ただ、この構造は共産党が善で、私腹を肥やす上海幇や太子党が悪という単純な図式ではない。中国共産党のシステムにも問題がある。

 中国の地方官僚は、共産党の評価を得るために、雇用や成長を促すプロジェクトを通じて好調な経済を維持することが求められる。不動産バブルを防止するために融資が引き締められれば、住宅・不動産市場の低迷につながりかねず、その使命は果たせない。そこで登場するのが「影の銀行」だ。
 彼らは闇の融資・信用業者として、正規の融資では不適格とされた個人や企業に信用を供与。供与した信用を細切れに別の投資商品に紛れ込ませる役割を担う。いわばアメリカの銀行がサブプライムローンで行っていたのと同様の手法だ。

 現状の大きな歪みは共産党そのものが関与したシステム的な結果であり、これらは簡単に是正させることはできない。だが、少なくともこの問題を扱うためには、さらに現政権側に強権を集中させる必要があり、かなり強行な変化が進展していく。
 
 

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2011.10.18

イランによる駐米サウジアラビア大使の暗殺計画疑惑

 イランが関与したと米国が告発する、駐米サウジアラビア大使の暗殺計画だが、非常に不可解な話である。結論からいうと、大きな枠組みで見るなら、イラン包囲網というより、サウジアラビアへの米国からの宥和策とイラン内部の問題の反映とではないかと思うが、オバマ政権の延命策として出されたなら非常に危険な火遊びとなりかねない。
 日本ではあまり話題になっていたふうはないが、報道がないわけでもなかった。NHK報道から確認しておこう。12日付けNHK「米 イラン関与の暗殺計画摘発」(参照)より。


 アメリカ司法省は、イランの革命防衛隊で特殊任務を担う部隊に所属する男が、駐米サウジアラビア大使の暗殺を企てたとして、イラン人の男など2人をテロ未遂などの罪で起訴したと発表しました。
 アメリカのホルダー司法長官は11日、記者会見し、「イランの政府機関の指示を受けて、アメリカ国内で他国の大使の暗殺を計画していた2人を起訴した」と述べました。起訴状によりますと、暗殺計画は、イラン革命防衛隊の特殊部隊「コッズ部隊」に所属する男が、アメリカ国籍を持つイラン系アメリカ人の男に指示していたもので、2人はテロ未遂などの罪で起訴されました。この2人は、ことし春以降、アメリカ国内で駐米サウジアラビア大使を暗殺することを企てていたということで、イラン系アメリカ人の男は、150万ドル(日本円でおよそ1億1500万円)の報酬を受けていたものの、先月、ニューヨーク州でFBI=アメリカ連邦捜査局に逮捕されました。暗殺計画の指示を出していたイランの特殊部隊の男は、今もイラン国内にいるということです。暗殺計画は、首都ワシントンで爆弾などを使って実行する筋書きになっていたということで、司法省は、裁判を通じてイラン政府が暗殺計画にどの程度関与していたかを解明し、イラン政府の責任を追及するとしています。
 アメリカ政府の発表について、イラン外務省のメフマンパラスト報道官は11日、声明を出し、「アメリカによって、でっちあげられたシナリオで、我々は強く否定する。この滑稽な見世物は、我々の分断をもくろむアメリカとイスラエルによる陰謀にすぎない」として全面的に否定したうえで、強く批判しました。また、イラン国営メディアも、「アメリカ政府は、イランを敵視する新たなプロパガンダを始めた。自分たちの国内問題から市民の目をそらすために、ねつ造したものだ」などと報じています。
 アメリカのクリントン国務長官は、11日、記者団に対し、「こうした行為は国際的に許されず、直ちにやめるべきだという強いメッセージを国際社会と協力して打ち出していく。国際社会が団結してイランをさらに孤立化させる必要がある」と述べ、イランへの圧力を強める姿勢を強調しました。一方、アメリカ政府の発表を受けて、サウジアラビア政府はワシントンにある大使館を通じて声明を発表し、「国際条約に違反し、人道にもとる卑劣な行為だ」としてイランを厳しく非難しました。また、サウジアラビアの政府高官は、ロイター通信の取材に対し、「看過できない事態であり、イラン駐在のサウジアラビア大使の召還はもちろんのこと、報復措置を検討するだろう」と述べました。サウジアラビア政府は、イランで主流を占めるイスラム教シーア派による反政府デモが国内で頻発したことから、イランによる内政干渉だと非難していた経緯もあり、両国の関係のさらなる悪化は必至とみられます。

 NHKが簡素に伝えようとしていることは理解できるが、この事件のうさんくささは、うまく表現されていない。12日時点ではNHKとしても判断しづらかったのかもしれないが、この事件にはメキシコの麻薬組織を偽装するといった奇妙な背景があり、これが実に、ばかばかしい印象を与える。12日のAFP「イランによるサウジ大使暗殺計画、米当局が阻止と発表」(参照)がそのあたりを上手に伝えている。

■「ハリウッド映画ばり」の暗殺計画
 9月29日にニューヨーク(New York)のジョン・F・ケネディ国際空港(John F. Kennedy International Airport)で身柄を拘束されたアルバブシアル容疑者は11日、ニューヨーク連邦地裁に出頭した。当局によると、アルバブシアル容疑者は、イラン政府筋の関与を供述したという。
 もう1人のシャクリ容疑者は逃亡を続けている。
 ある米高官が「ハリウッド映画ばり」だと表現した暗殺計画は、米当局に雇われた人物が「おびただしい数の」暗殺や殺人で知られるメキシコの麻薬組織のメンバーを装って容疑者らに近づき発覚したという。訴状によると容疑者たちは、サウジ大使を攻撃するための爆発物をこの麻薬組織から入手できると信じ込んだ。
 別の米高官によると、イラン当局はサウジ大使暗殺に続いて、その他の「人命に対する」攻撃も計画していたという。未確認だが、ワシントンD.C.(Washington D.C.)にあるサウジアラビア大使館とイスラエル大使館が標的となる可能性があったとの報道もある。 
 メキシコ当局は、米捜査当局と緊密に連携して協力したと発表した。これによると、アルバブシアル容疑者はメキシコに入国拒否され、ニューヨークへ空路で送り返されたところで米当局に拘束された。

 米国政府がメキシコの麻薬組織を装っておとり捜査をしたというのである。ありえないことではないし、麻薬関連ではおとり捜査は日常的にやっているだろうなとは思うが、こんな大きな話を釣り上げるものなのか、疑問が残る。
 通常、大きな外交問題に発展すと予想されれば、釣り上げても、対応を慎重に検討するだろう。その点、今回の米政府の発表は唐突であり、さほどの説得力もなかった。「なんなんだこれは?」というのが欧米ジャーナリズムの最初の反応であり、私もいくつか様子を見ていた。
 ワシントンポストも懐疑的なスタンスから入った。「Alleged assassination plot serves as a warning about Tehran」(参照)より。

THE OBAMA administration’s charge that senior Iranian officials plotted to kill the Saudi ambassador in Washington was greeted with a considerable amount of skepticism in some quarters of Washington and the Middle East.

イラン政府高官がサウジアラビア駐米大使殺害を目論んだとするオバマ政権による嫌疑は、オバマ政権内でも中近東でも場所によっては、かなりの疑念を投げかけられた。

Iran, argued some pundits, was unlikely to have undertaken such a brazen attack; it had little to gain by killing the ambassador; and, anyway, its clandestine operations were known to be far more skillful than the seemingly bumbling attempt to contract the assassination to a Mexican drug cartel.

そのような恥知らずの攻撃をイランが引き受けることはないだろうと指摘する評論家もいる。大使を暗殺しても得るものはほとんどなく、イランならメキシコの麻薬組織に下手を打ちそうな暗殺依頼するより、はるかに巧妙な秘密行動ができる。


 普通の反応としては、「なんだそのジョークは」という話である。
 ニューヨークタイムズも普通の反応を当初はしている。イランによる暗殺計画について、「The Charges Against Iran」(参照)より。

This plot appears extraordinarily brazen — the first major Iranian attack on American soil — and almost laughably sloppy.

イランによる最初の主要な米国本土攻撃となりえた、この陰謀は、恥知らずもにもほどがあるといったもので、ばかばかしくて笑っちゃうといったものである。


 ところが、ニューヨークタイムズはオバマ・マジックに目眩ましされいるというか、オバマ真理教に帰依してしまっているせいか、おかしな理解になる。

It is a relief that Mr. Obama will be the one to weigh the evidence and make the decisions, not his predecessor. He has proved his mettle with the raids that killed Osama bin Laden and other Al Qaeda leaders.

オバマ氏が、証拠を考慮し決定を下す。彼の前任者ではないので安心できる。彼は、オサマ・ビンラディンや他のアルカイダリーダーを急襲して殺害することで気概を示した。


 ニューヨークタイムズは、自分たちがブッシュ支持派だったら物事をどう見たかという他者への想像力を欠いている。オバマ大統領がすでにテロリストと化していることにも気がついていない(参照)。
 ブッシュ前大統領の決断の是非は歴史が審判すればよいが、その背景は歴史の進展とともに可視化してきている。
 今回の事件でも、暗殺の標的とされたアデル・ジュベイル駐米大使はサウジアラビアのアブドラ国王の外交政策顧問であり、2008年のウィキリークス公電で、サウジアラビアのアブドラ国王命で米政府に「蛇の首をへし折れ」として、イランへの軍事攻撃を要請した(参照)人物である。
 ここから当然、類推されることだが、公電のような半公開の情報ではないにせよ、実質ブッシュ政権を支えていた、サウジアラビアのお小姓役チェイニー元副大統領にも、同様にイラク攻撃はサウジアラビア側から示唆があっただろう。
 つまるところ今回の事件の大枠は、サウジアラビア対イランの緊張でもあり、この手のばか話を外交にまで持ち込めたのは、そもそもサウジアラビアの認可があったはずだ。実際、今回のオバマ政権の発表でもスンニ派諸国は、サウジアラビアに気遣ってすんなりと米政府支持側に回っている。
 サウジアラビア側は懸念だが、オバマ政権の現状ではイラクに軍事的空白ができかねないこともある。ウォールストリート・ジャーナルのふかし記事と言えないこともないが、「サウジとイランがイラクで代理戦争か―米軍撤退後に」(参照)が興味深い。

 サウジアラビアとイランとの間の緊張の高まりを受けて、今年末に米軍の少なくとも一部撤退が予定されているイラクで、サウジとイランの代理戦争が再発するのではないかとの懸念が強まっている。
 アラブの春の思わぬ影響の一つが、中東におけるサウジの支援国とイラン支援国との間の力の均衡が崩れたことだ。サウジはイランがバーレーンやイエメンで政情不安をあおっていると非難する一方、イランは反政府抗議行動を弾圧しているシリアを支援し、中東地域の民衆のイラン支持の低下に見舞われている。
 スンニ派が支配するサウジとシーア派のイランは、イラクでそれぞれの宗派を支持してきており、サウジとイランはイラクで新たな対立を引き起こす可能性が大きい。
 米政府が先週、イランが駐米サウジアラビア大使の暗殺を企てていたと明らかにしたことは、アラブ世界を震撼させた。スンニ派のアラブ諸国は、イランがイラクやレバノン、シリアなどで影響力を強めていると懸念を抱いている。イランは米政府の発表について、イランとサウジの緊張を呼び起こすためのでっち上げだと否定している。
 サウジは近年、イランによるシリアやレバノンに対する影響力の拡大を阻止しようと努めてきているが、成果をあげていない。サウジはイラクについては、シーア派主導の政権ではあるものの、米軍の大規模駐留がイランの影響力浸透の防波堤になっているとみてきた。
 サウジは、イラクでシーア派とスンニ派との宗派紛争が最高潮となった2006、07年にはイランが歴史的にはサウジの裏庭であるイラクに影響力を強めようとしているとみて、イラクのスンニ派武装勢力に対し積極的に資金援助を行った過去がある。
 アラブの当局者は、イランからイラクのシーア派への支援のパイプラインは強化されている一方、サウジによるイラクのスンニ派への支援網も簡単に復活するものだと指摘する。あるアラブの外交官は、「米軍が撤退すれば、イラクがサウジとイランの新たな競技場になる可能性がある」と述べる。

 言うまでもないが、湾岸戦争ではイラクはサウジアラビアに手を出していた。イラクのフセイン元大統領の野望はサウジアラビアを手中に収めてアラブ世界の盟主となることだったからである。サウジアラビアがそれを許すわけもない。また、サウジアラビアの絶対的な力はその圧倒的な原油埋蔵量にあるのだが、イラクにはそれに準じる原油が眠っており、その支配をサウジアラビアが看過するわけにはいかなかった。
 こうした大きな要因が、ブッシュ政権によるイラク戦争の背後にあり、ニューヨークタイムズがブッシュ大統領をコケにして済む話ではない。
 今回の暗殺疑惑だが、オバマ政権によるでっち上げだろうか。
 おそらくこれだけの威信を持って行われたことや、カネの流れの追跡やその後の経緯からも、まったくのでっち上げとは思われない。
 そうであれば、イランは何を考えているのかだが、端的に言えば、イラン内部の権力闘争の反映は想定されるだろう。この点については先のワシントンポスト社説も指摘していた。
 権力闘争という点で、もっとも大きな線に関係するのは、イランの最高指導者ハメネイ師である。日本語で読める記事としては日経「イラン最高指導者「大統領制変更も可能」(参照)がある。

イランの最高指導者ハメネイ師は16日の演説で、現在の大統領制度を変更し、議会の多数派政党が権力を握る議院内閣制などほかの制度に移行することも可能との考えを示した。イラン国営テレビが伝えた。アハマディネジャド大統領をけん制する狙いとの見方もあり、同大統領の立場が一層不安定になる可能性がある。


 ハメネイ師は今年に入り頻繁に閣僚を交代させようとしたアハマディネジャド大統領を批判。議会も大統領非難を強め、大統領は孤立する局面が目立っている。今回のハメネイ師の発言は、自らが選挙で選ばれた大統領より上位にあり、指導者選出の制度改革を決める力があることを改めて示す狙いがあるようだ。

 話を戻して、オバマ政権が、なぜここまで大きな話に吹かし上げたかについては、むしろ、この騒ぎ立て自体がオバマ政権の外交戦略と見るべきだし、サウジアラビアとの関連が明確である。
 と同時に、オバマ大統領再選の文脈も否定しがたい。その線で見るなら、ロビーに対する演出効果として対イスラエルの関連があるかもしれない。イスラエルはイランの核化を断固阻止する構えを続けている。
 いずれにせよ、今回の事態にオバマ政権の自己保全の意図が含まれていると、純然と扱うべき外交問題を混乱させる懸念が残る。この点は、フィナンシャルタイムズ「Bomb plots in Washington」(参照)の指摘が妥当である。

The alleged Iranian plot to assassinate the Saudi Arabian ambassador to the US is straight out of the pages of a spy thriller. Yet the allegations, while unproven at this stage, are deadly serious. If mishandled they could be explosive, not just in the US but also across the Middle East.

イランによるサウジアラビア駐米大使の暗殺疑惑、スパイ・サスペンス物語のまんまである。にもかかわらず、その意味合いは、現状では証明されたとは言い難いが、ひどく深刻である。適切な扱い方をしなければ、米国を吹っ飛ばすのみならず、中東をも吹っ飛ばすだろう。


 オバマ政権が対応を誤れば、ブッシュ政権がイラクに戦争を仕掛けた以上に、危険な事態にもなりかねない。
 
 

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2011.10.17

「ウォール街占拠」運動の背後にちらつくソロス氏

 日本の国際ジャーナリストさんとかがぶちまけるヘタな陰謀論のような図柄でもあるが、「ウォール街占拠」運動にはどうも、うさんくさい影がある。本当に自然着火なのだろうか。
 欧米では「これってソロスが後ろで糸を引いているのではないか」という噂があり、しかも、リンボーあたりが気炎を吐いているならば、苦笑して通り過ぎるのが常識人だし、お利口さんならクラウトハマーのように「馬鹿なスケープゴート運動やりやがって」(参照)とかするのが定番だが、どうもそれで納めるにはなんとも、嫌な印象が残る。
 と思っていたところに、ロイターが直球に見せかけてクセ玉を投げ込んだ。13日付け「焦点:格差是正求める反ウォール街デモ、背後に富豪ソロス氏の影」(参照)である。長いがジャーナリズム検証の意味もあってあえて引用したい。


 [ニューヨーク 13日 ロイター] 米国でニューヨークから各地に広がっている「反ウォール街デモ」は、平均的な国民が生活に苦しむ一方、富裕層がますます裕福になっているとの抗議がメインテーマだ。しかし、デモ参加者らは間接的に、世界有数の富豪からの恩恵を受けているかもしれない。
 過去4週間にわたって続く反ウォール街デモを、背後で資金的に援助しているのは一体誰か。さまざまな憶測が流れる中、常に名前が取りざたされるのは、米フォーブス誌の「2011年版米長者番付」で初めてトップ10入りを果たした著名投資家ジョージ・ソロス氏だ。
 ソロス氏とデモ主催者は、双方ともに関係を否定する。しかしロイターは、反ウォール街デモを仕掛けたカナダの反資本主義団体「アドバスターズ」とソロス氏の間に、間接的な資金的結びつきがあるのを発見した。さらに、ソロス氏とデモ隊の間には、イデオロギー的な立場でいくつかの共通点もある。
 ソロス氏は先週、反ウォール街デモについて記者団に「彼らの感情は理解できる」と述べていた。「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」と銘打った抗議運動はシカゴやボストンなどにも飛び火しており、15日には世界主要都市で一斉にデモを行うことも呼び掛けられている。
 ソロス氏自身は反ウォール街デモに関する踏み込んだ発言を避けているが、保守派ラジオホストのラッシュ・リンボウ氏は先週、番組内で「(デモの)背後にはジョージ・ソロスの資金がある」と語っていた。
 ソロス氏は現在81歳。フォーブス誌の米長者番付400人では、資産総額220億ドル(約1兆7000億円)で7位に入っている。個人資産は生前に半分、残りを死後に寄付するという。
 デモ参加者らと同様、ソロス氏は2008年の米政府による金融機関救済と、その後の不良資産救済プログラム(TARP)への多額の資金投入には賛成していない。
 反ウォール街デモでは、平均的な国民が高い失業率に苦しめられている一方、税金投入で命拾いした金融機関が巨額の利益を享受していると不満の声が強い。また、1%の富裕層が米国の富を独占しているとして、格差是正も叫ばれている。 

 <銀行の生命維持装置>
 ソロス氏は2009年に執筆した論説で、金融機関の不良資産を購入するのは「納税者の多大な負担で銀行に生命維持装置を与える」ことになると指摘。オバマ政権に対しては金融機関の国有化など大胆な措置を求めていたが、そうした提言は無視された。
 2008年の米大統領選では、ソロス氏は早くからオバマ大統領を支持。オバマ大統領は来年11月の次期大統領選で再選を目指す。
 ソロス氏が会長を務めるオープン・ソサエティ財団が公開した2007─09年の報告書によると、同財団はサンフランシスコを拠点とする非営利団体(NPO)「タイズ・センター」に350万ドルを援助。同センターは、ほかのNPOのための決済機関的な役割を果たしており、フォード財団やゲイツ財団とも協力している。報告書によれば、そのタイズ・センターからは、2001─2010年にアドバスターズに総額18万5000ドルが支払われている。タイズ・センターからのコメントは得られていない。
 ソロス氏の側近は、そうしたつながりの一切は根拠に乏しいとしており、ソロス氏はアドバスターズのことを聞いたこともないと説明。ソロス氏自身はコメントを差し控えている。
  バンクーバーを拠点に活動するアドバスターズは、「企業が力を行使する方法を変え」、「既存の権力構造を打倒する」ことが目標だとしている。アドバスターズ誌はパロディー広告で有名で、発行部数は約12万部。共同創業者のカル・ラスン氏(69)は、チュニジアやエジプト、リビアで政権崩壊につながった中東・北アフリカの民主化運動「アラブの春」を目の当たりにし、反ウォール街デモを思いついたとしている。
 「アドバスターズでのブレインストーミング中にアイデアが出てきた。チュニジアやエジプトで起きたことに感銘を受け、米国でも機が熟したと感じた」と語るラスン氏。「米国でも本物の怒りが積み上がっていると感じた。その怒りを表現するための火付け役になろうと考えた」という。
 アドバスターズは運営費の95%を購読料に頼っており、ソロス氏については「彼の考え方の多くは非常に良い。少し寄付して欲しいが、一銭もくれたことがない」と語る。
 反ウォール街デモを支援しているのはほかに、募金サイトの「キックスターター」が7万5000ドル以上を集めたほか、社会派ドキュメンタリー作品で知られる映画監督のマイケル・ムーア氏も寄付を表明している。
 (Mark Egan記者;翻訳 宮井伸明;編集 本田ももこ)


 さっと読むとロイターも面白いネタを掘りますなというところだし、ソロスを疑っていそうな文脈に道化のリンボーを配して逃げ口上にもしているのだが、意外と事実の線は抑えているので、日本の国際ジャーナリストさんのレベルではない。
 事実というのは、「しかしロイターは、反ウォール街デモを仕掛けたカナダの反資本主義団体「アドバスターズ」とソロス氏の間に、間接的な資金的結びつきがあるのを発見した。」という点だ。つまり、事実の線からすると、カナダの「アドバスターズ」とソロス資金の関係を追えばよいということになる。
 もう一点、ネタ臭いとはいえ、「さらに、ソロス氏とデモ隊の間には、イデオロギー的な立場でいくつかの共通点もある。」は、見逃せない。
 現状ではこの事実と、ソロス氏のこの件についての思惑の2点以上のソースはない。なので、思惑とソロス氏のこのところの挙動を傍証的に振り返るというくらいしかできないのだが、その前に、この日本版のロイター記事の出所に疑問がある。端的なところ、原文はどこにあるのか?
 その前にこの日本版ロイター記事には別バージョンがある。asahi.comのサイトに掲載されている、「再送:格差是正求める反ウォール街デモ、富豪ソロス氏は支援否定」(参照)である。

 [ニューヨーク 13日 ロイター] 過去4週間にわたって続く反ウォール街デモを、背後で資金的に援助しているのは一体誰か。さまざまな憶測が流れる中、常に名前が取りざたされるのは、米長者番付で今年初めてトップ10入りを果たした著名投資家ジョージ・ソロス氏だが、ソロス氏側は強く否定している。
 保守派ラジオホストのラッシュ・リンボウ氏は先週、番組内で「(デモの)背後にはジョージ・ソロスの資金がある」と発言。また、ソロス氏自身も、反ウォール街デモについて記者団に「彼らの感情は理解できる」と述べていた。
 しかし、ソロス氏の広報担当を務めるマイケル・バション氏は、ソロス氏が「デモ参加者に直接的にも間接的にも資金提供していない」と憶測を強く否定。「全く違うことを主張するのは、デモに反対する人たちが運動の信ぴょう性に疑問を投げ掛けるために行っている行為だ」と語った。
 「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」と銘打った抗議運動はシカゴやボストンなどにも飛び火しており、15日には世界主要都市で一斉にデモを行うことも呼び掛けられている。
 ソロス氏は現在81歳。フォーブス誌の米長者番付400人では、資産総額220億ドル(約1兆7000億円)で7位に入っている。個人資産は生前に半分、残りを死後に寄付するという。
 デモ参加者らと同様、ソロス氏は2008年の米政府による金融機関救済と、その後の不良資産救済プログラム(TARP)への多額の資金投入には賛成していない。
 反ウォール街デモでは、平均的な国民が高い失業率に苦しめられている一方、税金投入で命拾いした金融機関が巨額の利益を享受していると不満の声が強い。また、1%の富裕層が米国の富を独占しているとして、格差是正も叫ばれている。 

 <銀行の生命維持装置>
 ソロス氏は2009年に執筆した論説で、金融機関の不良資産を購入するのは「納税者の多大な負担で銀行に生命維持装置を与える」ことになると指摘。オバマ政権に対しては金融機関の国有化など大胆な措置を求めていたが、そうした提言は無視された。
 2008年の米大統領選では、ソロス氏は早くからオバマ大統領を支持。オバマ大統領は来年11月の次期大統領選で再選を目指す。
 ソロス氏が会長を務めるオープン・ソサエティ財団が公開した2007─09年の報告書によると、同財団はサンフランシスコを拠点とする非営利団体(NPO)「タイズ・センター」に350万ドルを援助。同センターは、ほかのNPOのための決済機関的な役割を果たしており、フォード財団やゲイツ財団とも協力している。報告書によれば、そのタイズ・センターからは、2001─2010年にアドバスターズに総額18万5000ドルが支払われている。タイズ・センターからのコメントは得られていない。
 ソロス氏の側近は、そうしたつながりの一切は根拠に乏しいとしており、ソロス氏はアドバスターズのことを聞いたこともないと説明。ソロス氏自身はコメントを差し控えている。
 バンクーバーを拠点に活動するアドバスターズは、「企業が力を行使する方法を変え」、「既存の権力構造を打倒する」ことが目標だとしている。アドバスターズ誌はパロディー広告で有名で、発行部数は約12万部。共同創業者のカル・ラスン氏(69)は、チュニジアやエジプト、リビアで政権崩壊につながった中東・北アフリカの民主化運動「アラブの春」を目の当たりにし、反ウォール街デモを思いついたとしている。
 「アドバスターズでのブレインストーミング中にアイデアが出てきた。チュニジアやエジプトで起きたことに感銘を受け、米国でも機が熟したと感じた」と語るラスン氏。「米国でも本物の怒りが積み上がっていると感じた。その怒りを表現するための火付け役になろうと考えた」という。
 アドバスターズは運営費の95%を購読料に頼っており、ソロス氏については「彼の考え方の多くは非常に良い。少し寄付して欲しいが、一銭もくれたことがない」と語る。

 反ウォール街デモを支援しているのはほかに、募金サイトの「キックスターター」が7万5000ドル以上を集めたほか、社会派ドキュメンタリー作品で知られる映画監督のマイケル・ムーア氏も寄付を表明している。

*14日配信した記事にソロス氏側のコメントを加え、見出し・本文を更新して再送します。
 (Mark Egan記者;翻訳 宮井伸明;編集 本田ももこ)


 さっと読むと同じ記事のように見えるが、こちらの記事の文末にあるように、こちらの記事では、ソロス氏側のコメントを加えている。
 普通に考えれば、これらのバージョンに対応する原文があるはずなのだが、これがよくわからない。前バージョンと思われるのは「Soros: not a funder of Wall Street protests」(参照)であるが、タイトルから直接的に読み取れるのはそのまま「ソロスはウォール街抗議者運動の設立者のひとりではない」ということになる。つまり、ソロスが背景にいることを否定している。だが、その記事は、やはり、ソロスとアドバスターズの関係をより詳細に伝えている。
 この英文記事だがざっと見ただけで、日本語訳とされる記事と長さが違うし、"Michelle Nichols"記者も加わっている。

By Mark Egan and Michelle Nichols
NEW YORK | Thu Oct 13, 2011 9:35pm EDT
(Reuters) - George Soros isn't a financial backer of the Wall Street protests, despite speculation by critics including radio host Rush Limbaugh that the billionaire investor has helped fuel the anti-capitalist movement.

Limbaugh summed up the chatter when he told his listeners last week, "George Soros money is behind this."

Soros spokesman Michael Vachon said that Soros has not "funded the protests directly or indirectly." He added: "Assertions to the contrary are an attempt by those who oppose the protesters to cast doubt on the authenticity of the movement."

Soros has donated at least $3.5 million to an organization called the Tides Center in recent years, earmarking the funds for specific purposes. Tides has given grants to Adbusters, an anti-capitalist group in Canada whose inventive marketing campaign sparked the first demonstrations last month.

Vachon said Open Society specified what its donations could be used for. He said they were not general purpose funds to be used at the discretion of Tides -- for example for grants to Adbusters. "Our grants to Tides were for other purposes."

Tides declined to comment.

According to IRS disclosure documents from 2007-2009, the latest data available, Soros' Open Society gave grants of $3.5 million to Tides, a San Francisco-based group that acts almost like a clearing house for other donors, directing their contributions to liberal non-profit groups. Among others the Tides Center has partnered with are the Ford Foundation and the Gates Foundation.

IRS disclosure documents and reports from Tides also show that Tides gave Adbusters grants of $185,000 from 2001-2010, including nearly $26,000 between 2007-2009.

The Vancouver-based Adbusters publishes a magazine with a circulation of 120,000 and is known for its spoofs of popular advertisements. It says it wants to "change the way corporations wield power" and its goal is "to topple existing power structures."

Adbusters co-founder Kalle Lasn said the group is 95 percent funded by subscribers paying for the magazine.

"George Soros's ideas are quite good, many of them. I wish he would give Adbusters some money, we sorely need it," he said. "He's never given us a penny."

Adbusters may have sparked Occupy Wall Street but it is by no means in control of the disparate movement, with the protests now in their fourth week and spreading to cities across America. President Barack Obama, BlackRock Chief Executive Laurence Fink and Soros himself are among those who have expressed sympathy for the protesters' frustration with high unemployment.

SHARED FRUSTRATION

"I can understand their sentiment," Soros told reporters last week at the United Nations about the Occupy Wall Street demonstrations, which are expected to spur solidarity marches globally on Saturday. He declined to comment further.

Soros, 81, is No. 7 on the Forbes 400 list with a fortune of $22 billion, which has ballooned in recent years as he deftly responded to financial market turmoil. He has pledged to give away all his wealth, half of it while he earns it and the rest when he dies.

Like the protesters, Soros is no fan of the 2008 bank bailouts and subsequent government purchase of the toxic sub-prime mortgage assets they amassed in the property bubble.

The protesters say the Wall Street bank bailouts in 2008 left banks enjoying huge profits while average Americans suffered under high unemployment and job insecurity with little help from Washington. They contend that the richest 1 percent of Americans have amassed vast fortunes while being taxed at a lower rate than most people.

Soros in 2009 wrote in an editorial that the purchase of toxic bank assets would, "provide artificial life support for the banks at considerable expense to the taxpayer."

He urged the Obama administration to take bolder action, either by recapitalizing or nationalizing the banks and forcing them to lend at attractive rates. His advice went unheeded.

The Hungarian-American was an early supporter of the 2008 election campaign of Barack Obama, who will seek a second term as president in the November, 2012, election. He has long backed liberal causes - the Open Society Institute, the foreign policy think tank Council on Foreign Relations and Human Rights Watch.

SLOW START

Adbusters, which publishes a magazine and runs such campaigns as "Digital Detox Week" and "Buy Nothing Day," came up with the Occupy Wall Street idea after Arab Spring protests toppled governments in Egypt, Libya and Tunisia, said Lasn, the 69-year-old co-founder of the group.

"It came out of these brainstorming sessions we have at Adbusters," Lasn told Reuters, adding they began promoting it online on July 13. "We were inspired by what happened in Tunisia and Egypt and we had this feeling that America was ripe for a Tahrir moment."

"We felt there was a real rage building up in America, and we thought that we would like to create a spark which would give expression for this rage."

Other support for Occupy Wall Street has come from online funding website Kickstarter, where more than $75,000 has been pledged, deliveries of food and from cash dropped in a bucket at the park. Liberal film maker Michael Moore has also pledged to donate money.

The protests began in earnest on September 17, triggered by an Adbusters campaign featuring a provocative poster showing a ballerina dancing atop the famous bronze bull in New York's financial district as a crowd of protesters wearing gas masks approach behind her.

Dressed in anarchist black, the battle-ready mob is shrouded in a fog suggestive of tear gas or fires burning. Some are wearing gas masks, others wielding sticks. The poster's message seems to be a heady combination of sexuality, violence, excitement and adventure.

Former carpenter Robert Daros, 23, saw that poster in a cafe in Fort Lauderdale, Florida. Having lost his work as a carpenter after Florida's speculative construction boom collapsed in a heap of sub-prime mortgage foreclosures, he quit his job as a bartender and traveled to New York City with just a sleeping bag and the hope of joining the protest movement.

Daros was one of the first people to arrive on Wall Street for the so-called occupation on September 17, when protesters marched and tried to camp on Wall Street only to be driven off by police to Zuccotti Park - two acres of concrete without a blade of grass near the rising One World Trade Center.

"When I was a carpenter, I lost my job because the financier of my project was arrested for corporate fraud," said Daros, who was wearing a red arm band to show he was helping out in the medic section of the Occupy Wall Street camp.

Since its obscure beginnings, the campaign has drawn global media attention in places as far-flung as Iran and China. The Times of London, however, was not alone when it called the protests "Passionate but Pointless."

Adbusters' co-founder Lasn dismisses that, reeling off specific demands: a tax on the richest 1 percent, a tax on currency trades and a tax on all financial transactions.

"Down the road, there will be crystal clear demands coming out of this movement," he said. "But this first phase of the movement is messy and leaderless and demandless."

"I think it was perfect the way it happened."

(Recasts with comment from Soros aide, adds new details to clarify. The original version can be found here)

(Additional reporting by Cezary Podkul in New York and Cameron French in Toronto, writing by Mark Egan, editing by Claudia Parsons)


 もう一点、この記事で重要なのは、文末にあるが、この記事はソロス側のコメントを加えてリライトされているという記述があり、これは日本側の後バージョンとも対応している。だが、その原文の第二バージョンもまた日本版とは異なっている。「Who's behind the Wall Street protests?」(参照)がそれである。煩瑣だが資料のため引用しておく。

(Reuters) - Anti-Wall Street protesters say the rich are getting richer while average Americans suffer, but the group that started it all may have benefited indirectly from the largesse of one of the world's richest men.

There has been much speculation over who is financing the disparate protest, which has spread to cities across America and lasted nearly four weeks. One name that keeps coming up is investor George Soros, who in September debuted in the top 10 list of wealthiest Americans. Conservative critics contend the movement is a Trojan horse for a secret Soros agenda.

Soros and the protesters deny any connection. But Reuters did find indirect financial links between Soros and Adbusters, an anti-capitalist group in Canada which started the protests with an inventive marketing campaign aimed at sparking an Arab Spring type uprising against Wall Street. Moreover, Soros and the protesters share some ideological ground.

"I can understand their sentiment," Soros told reporters last week at the United Nations about the Occupy Wall Street demonstrations, which are expected to spur solidarity marches globally on Saturday.

Pressed further for his views on the movement and the protesters, Soros refused to be drawn in. But conservative radio host Rush Limbaugh summed up the speculation when he told his listeners last week, "George Soros money is behind this."

Soros, 81, is No. 7 on the Forbes 400 list with a fortune of $22 billion, which has ballooned in recent years as he deftly responded to financial market turmoil. He has pledged to give away all his wealth, half of it while he earns it and the rest when he dies.

Like the protesters, Soros is no fan of the 2008 bank bailouts and subsequent government purchase of the toxic sub-prime mortgage assets they amassed in the property bubble.

The protesters say the Wall Street bank bailouts in 2008 left banks enjoying huge profits while average Americans suffered under high unemployment and job insecurity with little help from Washington. They contend that the richest 1 percent of Americans have amassed vast fortunes while being taxed at a lower rate than most people.

BANKING LIFE SUPPORT

Soros in 2009 wrote in an editorial that the purchase of toxic bank assets would, "provide artificial life support for the banks at considerable expense to the taxpayer."

He urged the Obama administration to take bolder action, either by recapitalizing or nationalizing the banks and forcing them to lend at attractive rates. His advice went unheeded.

The Hungarian-American was an early supporter of the 2008 election campaign of Barack Obama, who will seek a second term as president in the November, 2012, election. He has long backed liberal causes - the Open Society Institute, the foreign policy think tank Council on Foreign Relations and Human Rights Watch.

According to disclosure documents from 2007-2009, Soros' Open Society gave grants of $3.5 million to the Tides Center, a San Francisco-based group that acts almost like a clearing house for other donors, directing their contributions to liberal non-profit groups. Among others the Tides Center has partnered with are the Ford Foundation and the Gates Foundation.

Disclosure documents also show Tides, which declined comment, gave Adbusters grants of $185,000 from 2001-2010, including nearly $26,000 between 2007-2009.

Aides to Soros say any connection is tenuous and that Soros has never heard of Adbusters. Soros himself declined comment.

The Vancouver-based group, which publishes a magazine and runs such campaigns as "Digital Detox Week" and "Buy Nothing Day," says it wants to "change the way corporations wield power" and its goal is "to topple existing power structures."

SLOW START

Adbusters, whose magazine has a circulation of 120,000 and which is known for its spoofs of popular advertisements, came up with the Occupy Wall Street idea after Arab Spring protests toppled governments in Egypt, Libya and Tunisia, said Kalle Lasn, 69, Adbusters co-founder.

"It came out of these brainstorming sessions we have at Adbusters," Lasn told Reuters, adding they began promoting it online on July 13. "We were inspired by what happened in Tunisia and Egypt and we had this feeling that America was ripe for a Tahrir moment."

"We felt there was a real rage building up in America, and we thought that we would like to create a spark which would give expression for this rage."

Lasn said Adbusters is 95 percent funded by subscribers paying for the magazine. "George Soros's ideas are quite good, many of them. I wish he would give Adbusters some money, we sorely need it," he said. "He's never given us a penny."

Other support for Occupy Wall Street has come from online funding website Kickstarter, where more than $75,000 has been pledged, deliveries of food and from cash dropped in a bucket at the park. Liberal film maker Michael Moore has also pledged to donate money.

The protests began in earnest on September 17, triggered by an Adbusters campaign featuring a provocative poster showing a ballerina dancing atop the famous bronze bull in New York's financial district as a crowd of protesters wearing gas masks approach behind her.

Dressed in anarchist black, the battle-ready mob is shrouded in a fog suggestive of tear gas or fires burning. Some are wearing gas masks, others wielding sticks. The poster's message seems to be a heady combination of sexuality, violence, excitement and adventure.

Former carpenter Robert Daros, 23, saw that poster in a cafe in Fort Lauderdale, Florida. Having lost his work as a carpenter after Florida's speculative construction boom collapsed in a heap of sub-prime mortgage foreclosures, he quit his job as a bartender and traveled to New York City with just a sleeping bag and the hope of joining the protest movement.

Daros was one of the first people to arrive on Wall Street for the so-called occupation on September 17, when protesters marched and tried to camp on Wall Street only to be driven off by police to Zuccotti Park - two acres of concrete without a blade of grass near the rising One World Trade Center.

"When I was a carpenter, I lost my job because the financier of my project was arrested for corporate fraud," said Daros, who was wearing a red arm band to show he was helping out in the medic section of the Occupy Wall Street camp.

Since its obscure beginnings, the campaign has drawn global media attention in places as far-flung as Iran and China. The Times of London, however, was not alone when it called the protests "Passionate but Pointless."

Adbusters' co-founder Lasn dismisses that, reeling off specific demands: a tax on the richest 1 percent, a tax on currency trades and a tax on all financial transactions.

"Down the road, there will be crystal clear demands coming out of this movement," he said. "But this first phase of the movement is messy and leaderless and demandless."

"I think it was perfect the way it happened." (Additional reporting by Cezary Podkul in New York and Cameron French in Toronto, writing by Mark Egan, editing by Claudia Parsons.)


 日本版のように改版の英文記事もソロス側のコメントを加えているのだが、この記事の重要性は前の記事にあった、事実とされてた「Soros has donated at least $3.5 million to an organization called the Tides Center in recent years, earmarking the funds for specific purposes.」が欠落していることだ。普通に考えれば、その部分はロイターの勇み足で誤報のようにも思えるが、良く読むとわかるが、この改版の記事で訂正されているわけではない。
 むしろ改版記事の「Aides to Soros say any connection is tenuous and that Soros has never heard of Adbusters. Soros himself declined comment.」は、ソロス氏の関係は薄く、ソロス氏はアドバスターズを知らないとしているのだが、ソロス氏自身がこの点にコメントを避けていることと、改版記事のタイトルが「Who's behind the Wall Street protests?(ウォール街抗議者運動の背後には誰か)」として、修辞的な逆説に見せかけながら、背景のカネの動きに焦点を充ててきていることがわかる。
 ウォール街抗議者運動を裏で糸を引いている者や組織があるのか?
 直接的にはないと見るのが妥当だろう。
 ではこの運動はまったく組織的なカネの裏打ちなく手弁当で実施されているのか? 後から加わった労組や各種の主張のゴミ的団体にはそれなりの背景はあるのだが、ウォール街を狙うという中心的な抗議活動部分での、背景のカネを動きがないとまで見るのはむしろ不自然だろうし、間接的にはであるが、カネによってそれがソロス氏の思惑に繋がっていると見るのも妥当だろう。
 現状言えるのはこのくらいで、ロイターもやるなという印象ではあるが、ソロス氏の背景を考えると、さらにうさんくささは増す。
 ソロス氏はこの春に自己の保有金を売却していた。豊島逸夫ワールドゴールドカウンシル日韓地域代表による5月時点の記事「ソロス氏が保有金を売却 バブルに警戒感か」(参照)が日本語で読みやすい。一部、引用する。

 既に米ウォール・ストリート・ジャーナルの観測記事で著名投資家のジョージ・ソロス氏が保有金を売却していたことが伝えられていたが、日本時間17日早朝に発表された米証券取引委員会(SEC)への運用資産情報開示により、保有金約15トンのほぼ全量が売却されていることが確認された。


 なお最も大量に金ETFを保有しているので注目されているポールソンは売らず。前期も今期も3150万株(約97.6トン)保有継続である。
 ソロスは昨年のダボス会議で「金はバブル」と発言して警戒感を表していたが、ポールソンは「米国の量的緩和政策がインフレをもたらす可能性があるのでヘッジとして金を戦略的に保有する」と公言していた。

 ソロス氏の思惑をどう見るかなのだが、豊島氏はバブルの懸念としているが、今回の抗議運動の文脈に置くと、奇妙な図柄に見えるのは避けがたい。
 7月のMarket Hackブログ「ジョージ・ソロスが他人のお金の運用を止める理由」(参照)も類似の話ではあるが、こちらは投資規制から推測している。

ジョージ・ソロスが他人のお金の運用を止めると発表しました。
なぜか?


三番目の理由は法的規制で法務コストが嵩むという点です。これには運用資産や顧客数によって数段階のハードルがあると思います。ソロスの場合も米国証券取引委員会のルール変更で嫌気がさしたという事を投資家へのレターの中で言及しています。
 
ただ僕が考えるにソロス・ファンドくらいの規模になると法務コストをファンドの経費の中で落とすことはカンタンなので、これはファンドを閉じる「表向きの理由」でしょう。

 私は投資の素人なので基本を理解していないのかもしれないが、春時点でのこのソロスの奇妙な挙動についてはその後もよくわかっていないようだ。だが、これらが今回のウォール街抗議運動への賛同と調和していること、むしろ、カネが動いて調和していることは、薄気味悪い印象を強く残す。
 
 
 

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2011.10.13

オキュパイ・ウォールストリート

 「オキュパイ・ウォールストリート」だそうだ。カタカナで読むと、空目というか、豊満なるもの、あるいは荒野の干しぶどうといったなにか別のものに読み間違えそうだ。英語では、"Occupy the Wall Street!"。"occupy"には「連合国軍占領下の日本(The Allied Occupation of Japan)のように軍事用語的な含みがあるから、訳すと「ウォール街を占領せよ」ということだろう。
 「ウォールスト街」は巨大金融会社を比喩しているから、ようするに、「体を動かして働きもせずに金融なんてものであぶく銭を稼いでいるやつらをこらしめたれ」という衆愚なルサンチマン(怨恨)の運動であり、懐かしの20世紀の社会主義の情念である。9月の中頃から話題になってきた。
 とはいえ、これはいったいどういう運動なんだ? ということでいろいろ解説もつく。予想されていたことだが、茶会党(Tea Party)に対抗した運動になりうる、みたいな面白いお話をNHKまでも担ぎだした。
 基本は「ウォールスト街」でルサンチマンなんだから、あれである、リーマン危機以降のFF兄妹救済のように、国家のカネ、つまりワシらの税金で銀行員を救済したことへのやっかみである。普通に考えたら、この救済に反対していた保守派と同じ発想だし、つまりは茶会党の馬鹿騒ぎとさして変わらない。
 運動のぼそぼそとした立ち上がりと拡がりは、しかし、金持ちへのルサンチマンから各種の不定形のルサンチマンを巻き込み、「なんでもいいから不満をぶつけたれ」という分別なしのゴミ箱と化している。不満のロングテールである。飲み屋でくだを上げているのと変わらない。日本でもその路線でやるらしい。がんばれよ。
 しいて不満の核を取り出せば、2つある。(1)雇用の問題であり、(1)オバマ大統領への失望、であろう。後者については、日本人が日本の民主党に感じているように、こんなはずじゃなかったのになぁ、という失望を自分で味わうのがいやなので他にぶつけているのである。
 そうだったらアンチ・オバマで、アンチ米国民主党かというと、そうでもない。それどころか、これに乗じて労組も流れ込んでいるし、オバマさんも共感を示したりもしている。政治的に見るなら、行き詰まったオバマ政治の打開策として共和党議員に不満の矛先を向けてくれというところなのだろう。オバマさんを引き下ろしてヒラリーさんにすげ替えるという動きでもなさそうだ。
 デモで逮捕者は出ているが、中近東の動乱のようなマジなことにはならない。もっとも、ロングテールの全体が大きくなれば突発事校が起きないでもないだろうが、映像から見えないところで警察はぎっちり統制しているようなので、その懸念も少ないだろう。寒くなるまで続けて、日本吉例の越冬闘争のようにちょっと名前を変えて場所を変えてメディアの気を引いてみるかな、ここはあれ、ハロウィンに流れこんで楽しくして終わりにするかな。オバマさん、キャンディ、くれ。くれないと、いたずらしちゃうぞ。冗談ではない、運動の馬鹿騒ぎは個人宅への嫌がらせにも発展している(参照)。
 事態をもう少し客観的に見てみよう。つまり、映像になる話題だけ取りあげるのではなく、この馬鹿騒ぎを米国民はどう見ているのか。ロイターに報道がある。「Most Americans aware of Wall Street protests: Reuters/Ipsos」(参照)である。
 結論から言うと、「馬鹿だなぁこいつら」ではなく「そういうのもありだろ」くらいの肯定的なものである。「じゃ、どうなのさ」と聞くと、さして米国民の総意の回答といったものはない。デモに主張がないせいもあるが、受け取る側でも特に主張はない。
 米国というのはけっこう田舎っぺの集まりなので、国際報道で米国が取り上げても、おらが村でそんな話知ってるやつはいねえ、みたいところがある。「オキュパイ・ウォールストリート」はどうかというと、意外にも82%が聞いたことはあるとしている。
 うち、38%は好意的に見ている。35%は特に意見はなく、24%は好ましくないとしている。日本語でいうと、「ふーん」といったものである。「よくある馬鹿騒ぎだろこれ」という項目はないのは、馬鹿騒ぎ慣れした米人だと思いつかないのか。
 米民主党支持者と共和党支持者とではどうかというと、知っているかというレベルではさして違いがない。民主党で84%、共和党で82%。政治観の違いから、関心自体に差があるというものでもない。
 民主党支持者と共和党支持者が同じように見ているか。違いはある。民主党は51%が好意的で、11%が不愉快。共和党は22%が好意的で、44%が不愉快。無党派はというと、好意的が37%で、14%が不愉快。好感と嫌悪は国民性で基本が決まり、あとは政治的な視点からの段階的な差があるということだろう。
 自由の国なんだから、ああいうデモがあってもいいんじゃね、というと、うぜーと思うのといろいろ。それも自由である。
 
 

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2011.10.12

エジプトのコプト教徒差別

 8日付けの前回のエントリではあまり明確には書かなかったが、エジプトでは社会緊張の高まりから突発事件が懸念されていた。翌日9日夜から10日未明カイロで、コプト教徒のデモと軍およびイスラム教徒との衝突し、25人が死亡、320人以上が負傷した。
 エジプト国営テレビによれば、コプト教徒が南部アスワン(Aswan)の教会襲撃に抗議するデモを行っていた際、デモ隊による発砲で兵士3人が死亡し、これが大規模な衝突に発展したとのことだが、コプト教徒側では軍からの攻撃だと主張している(参照)。
 真相は公正に解明されなくてはならないが、今回の事態が惨事となったのは軍側の暴走が大きな要因であることは確かだ。クーデター政府としての軍部が国家という暴力装置として、諸暴力を収納する機能を果たしたわけではなかった。
 エジプトの軍部クーデター政府は、クーデターを偽装したい意図もあって、暴力装置としての治安機能を抑制する傾向があり、軍内の統制が取れずに事態を悪化させている。別の言い方をすれば、現状の軍クーデター政府は、国家という暴力装置として軍の暴力を十分に装置化できていない。そのため装置化されない暴力が露出する状態にあり非常に危険である。
 さらに軍内部では、大衆の不満の矛先を一割がたの少数グループであるコプト教徒に向けさせる傾向があり、今回の背景にもその印象がある。他方、民主化を求める勢力の一部が殊更に社会不安を醸成しようとする傾向もある。
 個別の問題として見れば、今回の惨事は、旧来からのコプト教徒とイスラム教徒の対立であるといえるが、今回の事態についての背景報道は日本では見かけなかった。そもそもコプト教徒についての説明も、日本ではあまり十分とはいえない。子供向けではあるが、典型的な例が産経新聞「まめちしき 「コプト教」ってどんな宗教?」(参照)である。


 Q エジプトでデモ隊と警官隊らの衝突(しょうとつ)が起き、多数の死傷者が出たと聞いたよ。デモ参加者は十字架(じゅうじか)を持っていたようだけど、どんな人たちなの?
 A コプト教と呼ばれるキリスト教の一派のことだね。コプトはエジプトを意味するギリシャ語。歴史はキリスト教初期にさかのぼり、7世紀にイスラム教徒がエジプトを征服(せいふく)する前からこの地域に住んでいた。エジプトでは人口約8400万人の約9割がイスラム教徒で残りの約1割がコプト教徒といわれている。
 Q なぜ衝突が起きたの?
 A 考え方や生活習慣の違いから、2つの教徒の間には根深い対立があるんだ。コプト教徒は被害を受けているにもかかわらず、なかなか事件を取り締まれない政府にもいらだっている。両者が仲良く暮らすことは、新しい国作りを行うエジプト社会の安定にとって、とても大事なことなんだ。

 前半の質疑応答については深入りしないとして、子供向けとはいえ後半の今回の事態に関わる部分については、十分な説明になっていない。
 一番の理由は、今回のコプト教徒のデモの理由であるアスワン教会襲撃事件がこれまで十分に報道されてこなかったように見えるからだ。
 コプト教徒への弾圧については、このブログでは6月22日「残念ながら簡単に言うとアラブの春は失敗: 極東ブログ」(参照)で少し言及したが、今回の事態の背景は込み入っている。
 デモの背景となった事態を9月30日のAP報道「Mob attacks Christian guesthouse in southern Egypt」(参照)から見てみよう。

Officials say hundreds of people attacked a Christian guesthouse in southern Egypt after its caretakers erected a dome with a cross atop the building.

当局によれば、南部エジプトでキリスト教ゲストハウスのドーム屋上に十字架を設置した後、数百もの群衆がこのゲストハウスを襲撃した。

The mob took down the dome with the cross and accused its caretakers of trying to convert the building into a church without permits.

暴徒は十字架をドームから引き下ろし、認可なく施設を教会に改造しようとしたとして管理者を告発した。


 問題はこのゲストハウスである。
 今回の日本での報道は、しゃあしゃあと「教会襲撃」と書かれているが、当時のAP報道では「ゲストハウス」であった。しかし、ドームと書かれているように、実際には教会なのである。
 どういうことなのか。
 実は、コプト教徒は実質新設教会を持てない宗教的な差別状況にある。フィナンシャルタイムズ「Religion, tolerance and Egypt’s tumult」(参照)が簡素にまとめている。

Egyptian law makes it far harder for Copts to build a church than for Muslims to build a mosque. The result is that Christians despairing of being granted permission to build a place of worship apply for the right to build something else, which they then adapt into a church. Too often, the sudden appearance of unauthorised churches leads to tensions with local Muslims. The sooner such laws are removed, the better.

エジプト法律は、コプト教徒による教会建築を、イスラム教徒によるモスク建築よりはるかに困難にしている。その結果、礼拝所建設認可を断念したキリスト教徒は別の施設建設権を申請することになる。それをその後に教会として使う。このため頻繁に、非認可の教会の出現はその地域のイスラム教徒と緊張をもたらす。このような法律の撤去は早ければ早いほどよい。


 つまり、コプト教徒としては新教会が持てないため慣例的に「ゲストハウス」と称するしかなく、これは実質的にエジプト法制度による構造的な宗教差別を形成している。

There are limits, however, to what even the best-run police force can achieve if the laws it enforces are discriminatory. The Scaf must also overturn the less overt, but no less pernicious forms of legally-sanctioned discrimination with which Copts routinely struggle.

実施されている法律が差別的なら、警察組織が良好に運営されていても限界がある。軍最高評議会は、さほど有害ではない法的を根拠とする差別ではあるが、コプト教徒が日々格闘している差別を明白に転換する必要がある。


 しかし、それは実施されていない。おそらく実施される見込みもない。少数者を弾圧するのことは独裁的な政治の常套だからだし、この陰湿な抑圧構造こそがこのクーデター政権の本質なのである。
 しかし、ここでも核心的な問題は社会制度ではなく、やはり経済なのである。フィナンシャルタイムズの指摘はその点では示唆深い。

The Scaf’s task will be easier if it can jump-start Egypt’s ailing economy. As often as not, it is competition for scarce resources, rather than ideological difference, that sparks inter-faith conflict.

軍最高評議会が、不調の経済を活性化できれば、事態は容易になるだろう。たいていの場合、異教徒間の衝突は、考え方の相違よりも、稀少な資源の争奪なのである。


 フィナンシャルタイムズがわかっていないのは、エジプト経済を蝕ませた張本人が、西側報道に乗じて大衆を煽動させクーデターを仕掛けた軍部だということだ。


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2011.10.08

エジプト軍部クーデターから半年

 今年一月にエジプトで起きた軍部クーデターだが、その後の経緯を少しメモしておこう。
 日本も含め西側メディアでは事態を「アラブの春」と総括し、期待もあってか「エジプト革命」「エジプト民主化」と誤解されることもあり、また西側メディア報道が民衆デモの映像に着目したため一般の認識がそのように歪むのも避けがたかったが、憲法によることもない権力の移譲は少なくとも形の上からはクーデターと呼ぶ他はなく、現実的にもよくあるタイプの軍部のクーデターでしかなかったことは明らかであった。NHKの出川展恒解説委員も、8月の時点で再度、西側報道に配慮しつつも「軍によるクーデター」である点に留意を促した(参照)。


「盤石と言われたムバラク政権をわずか18日間で崩壊させたエジプトの政変は、「民衆革命」という側面と、「軍によるクーデター」という側面がありました。

 その他の西側報道でもようやく「軍によるクーデター」が理解されつつある。顕著な一例としては、9月26日グローバルポスト「Has Egypt's revolution become a military coup?(エジプト革命は軍部クーデターになってきたのか)」がある。

Just days after the departure of former Egyptian president Hosni Mubarak on Feb. 11, the nation’s new, self-appointed military leaders pledged, within six months, a swift transition to civilian rule.

ホスニ・ムバラク・エジプト前大統領追放の二日後、新たに自称する軍部指導者は、6か月以内の迅速な民主化移行を誓約した。

Crowds of the same protesters that demanded Mubarak’s ouster cheered as their army said it would steer the nation toward a “free, democratic system.” Seven months later, however, many Egyptians are finding that little has changed.

ムバラク追放を要求した抗議活動の群衆は、軍部が国家を「自由で民主的な機構」に導くとの言明に喝采した。7か月後、多くのエジプト国民は僅かな変化しか見出していない。

As the so-called Supreme Council of the Armed Forces increasingly cements, and in some cases flaunts, its firm grip on power, the revolution that inspired a region is beginning to look more like an old-fashioned military coup.

いわゆる軍最高評議会がしだいに強固になり、権力を強く掌握するにつれ、この地に起きた革命は、旧式の軍部クーデーターに見え出している。

Military trials of Egyptian civilians persist and the military leadership has expanded and extended the 30-year-old, widely criticized Emergency Law once used by Mubarak to justify his authoritarian tactics.

エジプト市民への軍事裁判は持続し、ムバラクが30年間独裁の正当化に使ったことで広く批判される非常事態法も軍指導部は延長し、拡張した。


 グローバルポストが今更指摘するまでもなく、予想された、退屈な帰結ではあるのだが、それでも迫る議会選挙はどうかといえば、期待は減ってきている。

Although the military leadership finally announced a date for the delayed parliamentary elections — Nov. 21 — few are optimistic that the vote will be either fair or help bring stability and security.

軍部指導者は延期していた議会選挙を11月21日と表明したが、投票が公正となり、安定と安全をもたらすという楽観論者はほとんどいない。


 グローバルポストはこのあと、アルジャジーラを含め西側報道への認可が更新されないことへの言及がある。軍部としても都合のいい絵にならないなら隠蔽するのは当然である。
 また、グローバルポストにも言及がなく、まして日本の報道では見たこともないが、この議会選挙には西側の監視団が入ることは軍部からすでに拒絶されている。そのあたりで、今更問題化するまでもなく最初からわかり切った話でもあった。
 なぜこんなことになったかについては、このブログでは2月の時点で触れたが(参照)、グローバルポストもようやくそれをなぞりつつある。

No one knows exactly how much of Egypt’s economy is controlled by the army, but most estimates place it in the “billions” of dollars range. The problem, said some analysts, is that the military likely wants to prevent the complete transition to civilian leadership to ensure its hold on these assets.

エジプト経済がどの程度軍部に掌握されているかを知る者はないが、数十億ドルの範囲と見られる。問題は、専門家が指摘するように、この資産を維持するために軍部はそれ以外の指導者への完全な移譲を拒んでいることだ。


 グローバルポストの報道からすると、それほどの巨額とも思えないが、国家予算に対する権限を軍部が手放すことはないだろう。
 西側の表面的な苛立ちはフィナンシャルタイムズなどにも見られる。10月4日「Fog on the Nile」(参照)より。

If the SCAF cannot summon the determination to carry out such changes, its allies – such as the US, which still provides Egypt’s armed forces with considerable financial assistance – should stiffen its resolve. Too much is at stake, for both Egypt and the wider Middle East, to allow the Arab spring’s most important revolution to founder within sight of democracy.

軍最高評議会が民主化を引き出せないなら、エジプト軍部に多大の財政支援をしている米国のような同盟国が、民主化への決意を強固にすべきだろう。民主主義の観点からすれば、エジプトと広範囲の中近東の双方にとって、アラブの春という重大な革命が挫折することは、重大極まりない。


 フィナンシャルタイムズとしてはエジプト軍部をカネで脅して、アラブの春をなんとかしろということで、日本に余力があれば、カネの問題は日本にという毎度の筋書きにもなったかもしれない。
 米国としては、カネでムバラク体制のような軍部が維持でできればこれ幸いというところだが、そうもいかない。すでにエジプトは国際通貨基金(IMF)から30億ドル、世銀から10億ドルの融資を断っている手前(参照)、おいそれと西側に頭を下げるわけにもいかない。繋ぎとして、サウジアラビアやその他の中近東諸国からもカネを集めることになるが、その際の見返りとしての政治姿勢も難しい状態にある。
 現状、エジプトの若者の四割は失業しているが、幸いにしてまだエジプト経済は崩壊していない。今年前期から見るとまだ2パーセントもの成長力があり、外資の落ち込みも三分の二程度で済んでいる。余力はまだある。
 今後のエジプトのシナリオとして、民主化はゆるやかに進むのだから長い目で見るべきだというエジプトの現状を知らない暢気な意見もあれば、イスラム化が進むという短絡的な意見もある。しかし、要因は経済にある。
 エジプト経済は早晩に大きなクラッシュを起こすということはない。だが、じわじわと若者世代や中間階級の専門職を締め上げることで社会不安の要因を高めていく。軍部としては小手先騙しを繰り返すしかないから、だらだらとした衰退が続くだろう。ただ、突発的な惨事になれば動くのは軍部であろう。
 
 
 

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2011.10.06

スティーヴン・ポール・ジョブズ(1955年2月24日 - 2011年10月5日)

 スティーヴン・ポール・ジョブズ(Steven Paul Jobs)が亡くなった。悲しいことだなと思った。遠く、彼の泣き声を聞いたようにも思った。

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 8月に出た英語版Newsweek Sept 5号の表紙は、ジョブズを思わせる黒いシルエットだった。「ああ、これはあまりに強烈なカバーデザインだな。近く亡くなるということを、こう暗示しているのか。日本だと、こうもいかないだろう」と思っていた。案の定、日本版の表紙は差し替えになっていた。
 ジョブズは、シリア人でイスラム教徒の大学院生アブダルファン・ジョン・ジャンダリ(Abdulfattah John Jandali)を父とし、大学院生ジョアン・シンプソン(Joanne Simpson)を母として、未婚の子供として1955年、カリフォルニアに生まれた。
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ニューズウィーク日本版
2011年9/7号
 晩年の彼の相貌はシリア人らしさのようなものを感じさせる。父がイスラム教徒という点では、オバマ大統領と同じで、イスラム教徒の子はイスラム教徒であるとすなら、ジョブズもイスラム教徒だと言えるのかもしれない。おかしな理屈のようだが、おかしいと思うのは文化的な偏見であるかもしれない。
 両親が学生同士でしかも異文化の環境では赤ん坊は育てられないということで、生まれてまもなくジョブズは、ポール・ジョブズ(Paul Jobs)夫婦に養子に出された。ジョブズ姓なのはそのためである。
 ジョブズ少年は親に捨てられたのだという思いを残したようだった。母に再会したのは30歳を過ぎてからである。
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ここではないどこかへ
(モナ・シンプソン)
 実母ジョアン・シンプソンはその後、結婚しモナ・シンプソン(Mona Simpson)を産む。ジョブズの実の妹である彼女は、後、小説家となり、その「ここではないどこかへ(Anywhere But Here,)」(参照)を著し、母と兄に捧げた。
 ジョブズ少年は高校時代、1971年、地元のヒューレット・パッカードでアルバイトをしているときに、後に、共にApple社創業者となる、5年上のエンジニア、スティ-ブン・ウォズニアック(Stephen Gary Wozniak)と出会い、電話をハッキングして無料通話可能にする装置を開発した。ジョブズ少年は、これはいけるんじゃないかと売りさばいて儲けた。彼のビジネスの始まりであった。
 大学進学は実の母の望みであったようだが、ジョブズ少年は大学を中退し、アタリに就職した。転機はウォズニアックから訪れた。
 1976年にウォズニアックは、当時開発者のチャック・ペドル自身も手伝って安価に販売されていたCPU 6502を使ってパソコンを設計し、組み上げた。木製の箱に収められた手作り品である。ぜんぶウォズニアックがやった。これがApple Iとなる。ジョブズはこれに目を付けて売り出した。当初はあまり売れなかったが、そのうち売れ始め、次のApple IIできちんとビジネスに持ち上げようとした。が、そこは少年、大人がいないとビジネスなど無理な話であった。
 大人役を買って出たのは、1942年生まれのマイク・マークラ(Mike Markkula)である。若い内に一財産築いて、暇な暮らしをしていたところであった。Appleの創業は二人のスティーブによると言われるが、実際のビジネスはマークラがお膳立てしたものだった。マイクロソフトを事実上創ったのがポール・アレンであるように、Appleを創ったのはマークラだと言ってよい。それと、1977年にもう一人の大人、ナショナル・セミコンダクターからマイケル・スコット(Michael Scot)を引き抜いて社長に据えた。
 Apple IIはフルカラーで、インベーダーゲームもできるということで、よく売れ、社員も増え、じゃ、社員番号でも振るかというとき、ジョブズは、僕が1番でなきゃ、やだ、と言った(英語で)。1番はウォズニアックだろ常考、とマークラに言われた(英語で)。じゃ、僕はゼロ番だとジョブズ少年は言い張った。絵に描いたような、お子ちゃまである。邪魔なウォズニアックをどう消すかと考えてもいた。
 幸いというのかわからないが、1981年、ウォズニアックは飛行機事故で大怪我をし、Appleを二年離れることになった。ジョブズのチャンス到来。他にもうるさい大人であるスコットを追い出した。マークラは残した。親に捨てられた少年は親代わりの人への愛着を持ち続けた。
 ジョブズは技術にそれほど詳しいわけではない。ウォズニアックの穴を年配の技術者ラスキン(Jef Raskin)で埋め、後のMacintoshに繋がるLisaの開発を始めた。
 Lisaは女の子の名前である。ジョブズの娘の名前である。母親はナンシー・ロジャーズ(Nancy Rogers)。籍は入れていない。娘が生まれたときも戸惑った。父のいない彼にとって父であることは理解できないことでもあった。父親であることも否定していた。娘は福祉施設に預けられた。本当に自分の子供なのかと苦悶し、血液検査までした。娘はその後、父を受け入れていく。その事が、たぶん、ジョブズの人生を根幹から変えることになる。
 Lisaのプロジェクトは、Apple社にしても死活問題であり、お子ちゃまジョブズに任せるわけもいかなかった。糞。ジョブズは戦いを挑み、Appleを滅茶苦茶にした。社員の人生も滅茶苦茶になった。マークラも匙を投げた。これをビジネスの世界では影響力と呼ぶ。
 代わりの人形としてジョブズは、ペプシコーラからスカリー(John Sculley )を引き抜いて社長に据えた。その時の口説き文句が、"Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to change the world?"(残りの人生、砂糖水を売りつづけたいか、それとも世界を変えてみたいか?)である。砂糖水だろ、普通。
 Lisaは失敗して、ジョブズにチャンスが回ってきた。運強し。かくしてMacintoshが出来たが、それは新興宗教教団のようなプロセスの結果だった。会社の大混乱は、結局マークラが収拾するしかなく、つまり、荒れ狂うお子ちゃまジョブズは、1985年、Appleから放り出された。怒ったジョブズはApple社の株を二束三文で売りさばいた。
 1979年にAppleに入ったトリップ・ホーキンス(Trip Hawkins)は当時のジョブズをこう評している(参照)。

スティーブは、本当の両親のことを何も知らなかった。彼は、あまりにも騒々しい人生を送っている。何に対しても大声で泣きわめくんだ。十分に大きな泣き声をたてれば本当の両親が泣き声を聞きつけて、彼を捨てたのは間違いだったと気がつくと思っているんじゃないかな。

 彼はそして人生のどん底にまで落ちて、そしてまた立ち上がってきた。死に際して、天才だ、英雄だという声も集めた。おかげでツイッターのタイムラインが停滞した。
 なるほどそれに値する人間にまで、苦難を経て、親ともなり、お子ちゃまジョブズは成長したと言える。が、もしかすると、その騒々しい人生は、ずっと親を求める大きな泣き声ではなかったか。

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2011.10.05

ユセフ・ナダルカニ氏の死刑判決

 イランのキリスト教信者ユセフ・ナダルカニ(Yousof Nadarkhani)氏(33)に死刑判決が下った。これについて国際世界では、死刑廃止論者と信教の自由を求める人々から大きな異論の声があがった。が、理由はよくわからないのだが、死刑廃止論者の活動が盛んで、しかも信教の自由は日本国憲法に国を超える普遍の価値と明記されている日本では、にもかかわらず、報道がないように見える。それほど話題にも上っているふうもない。
 不思議なことだなと検索してみると、福音派ではないかと思われるが、キリスト教インターネット新聞クリスチャントゥデイというサイトに「イラン福音主義牧師、絞首刑へ」(参照)として話題があったが、このサイトの方針から当然と言えないこともないが、この問題をキリスト教信仰の問題に矮小化している印象がある。また記事も伝聞のためか事実認識に問題がありそうではある。それでも日本語で読める資料という点でまず引用しておこう。


 29日、イランの福音主義牧師ユセフ・ナダルカニ氏(34)がイラン政府によって処刑される危機に直面しており、世界中のキリスト者へ祈りが求められている。米ワシントンD.C.を拠点とするインターナショナル・クリスチャン・コンサーン(ICC)は28日、緊急の電子メールを送信した。29日、米クリスチャンポストが報じた。
 ナダルカニ氏は、イランラシュにある400の堅強な家庭教会運動を進める指導者で、2009年10月にイスラム法による校内で非イスラム教徒もコーランを読まなければいけないという命令に反対したため逮捕された。
 同氏はイラン国内において子供たちをコーランに依らず、両親の信仰に基づいて養育することが許されるべきではないかと主張していた。これに伴い、2010年9月、イラン地裁がナダルカニ氏に対し、「キリスト教に改宗および他のイスラム教徒をキリスト教に改宗させようとしている」ことによる絞首刑を宣告した。イラン最高裁も7月に同氏の絞首刑判決を支持し、先週日曜日から同氏の絞首刑について再検討がなされてきた。
 28日に同氏はイラン当局からキリスト教の信仰を破棄することを告白するように4度求められたが、4度とも信仰の破棄を宣言することを拒否したという。
 同氏は6月に知人あてに書いた手紙の中で、「たとえ死に至るとしてもキリスト教の信仰を放棄することはないと心に決めています。多くの霊的な誘惑を投げかける試みがありますが、忍耐と謙遜をもってこれらの誘惑を乗り越え、勝利を得ることができるでしょう」と述べていた。

 日本の江戸時代初期をテーマにした歴史小説を読んでいるかのような印象もあるが、問題はキリスト教信仰ということではなく、普遍的な信教の自由と死刑制度が問われていることだ。
 州によっては死刑制度を維持している米国としては、この問題を死刑制度の問題としては捉えていないが、普遍的な信教の自由という点では、国家として明確な遺憾を表明することで、同じく憲法に信教の自由が明記さている日本国家と明確な違いを見せている。
 9月29日ホワイトハウス声明「White House on Conviction of Pastor Nadarkhani in Iran」(参照)より。

THE WHITE HOUSE
Office of the Press Secretary
September 29, 2011
Statement by the Press Secretary on Conviction of Pastor Youcef Nadarkhani
 
The United States condemns the conviction of Pastor Youcef Nadarkhani. Pastor Nadarkhani has done nothing more than maintain his devout faith, which is a universal right for all people. That the Iranian authorities would try to force him to renounce that faith violates the religious values they claim to defend, crosses all bounds of decency, and breaches Iran’s own international obligations. A decision to impose the death penalty would further demonstrate the Iranian authorities’ utter disregard for religious freedom, and highlight Iran’s continuing violation of the universal rights of its citizens. We call upon the Iranian authorities to release Pastor Nadarkhani, and demonstrate a commitment to basic, universal human rights, including freedom of religion.


米国はユセフ・ナダルカニ牧師の有罪判決をを非難します。ナダルカニ牧師は、自身の献身的な信仰を維持する以上のことをなにもしてきません。そして信仰というものはすべての人のための普遍的な権利です。イラン当局は、彼らが保護しようとする宗教的な価値に違反する信仰だとして、ナダルカニ牧師に棄教を強制しようとしています。これはあらゆる品位を逸脱し、イラン国家の国際的な義務を破棄するものです。死刑強行の決定は、イラン当局が信教の自由を無視し、自国市民の普遍的な権利を侵害しつづけることをいっそう明らかにするものとなるでしょう。私たちはイラン当局に対し、ナダルカニ牧師を釈放し、信教の自由を含めて、根本的かつ普遍的な人権への関与を示すことを求めます。


 言葉はかたいが、日本国憲法の原文にも調和した、日本人にとっても馴染みやすい声明ではある。日本国の声明ではないのが残念であるだけだ。
 この問題の推移とイランへの批判活動については、法と正義のための米センター(ACLJ: American Center for Law and Justice)(参照)に詳しいが、事実量が多く、逆にわかりづらい。
 その点で英国紙ガーディアン紙は、簡素ながらに、少し入り組んだ背景を説明している。「Iran: live free – and die」(参照)より。

There is no question that Mr Nadarkhani is a Christian, and an inspiringly brave one. That is, in theory, legal in Iran. The particular refinement of his persecution is that he is accused of "apostasy". The prosecution claimed he was raised as a Muslim, which is why his present Christian faith merits death. He was convicted last year. Mohammad Ali Dadkhah, the lawyer who was brave enough to defend him, was himself sentenced to nine years on trumped-up charges this summer. Both these sentences are offences against natural justice. Both were appealed. The supreme court in Tehran last week announced its judgment on one: Mr Nadarkhani might save his life if he publicly renounced Christianity. This he has twice this week refused to do. A third refusal – due at any moment – might spell his death sentence.

ナダルカニ氏がキリスト教徒であり、霊感から勇敢であることは疑いない。このことは、建前上は、イランにおいて合法的である。この迫害が手の込んだものであることは、告訴理由が「背教」であることだ。訴状によれば、彼はイスラム教徒として育てられ、それゆえに彼の強固なキリスト教信仰は死に値するというのである。彼は昨年有罪となった。弁護士として勇敢にも彼を弁護したモハマド・アリ・ダカ自身も捏造された疑惑でこの夏、9年の刑を受けた。両判決とも自然法に違反している。両者とも控訴した。イラン最高裁判所は先週、一方に判決を下した。ナダルカニ氏仮に公的にキリスト教を棄教するなら、命は救われるかもしれないというものだ。彼は今週二度拒否し、時期はわからないが三度目の拒否は、死刑判決を明確化するかもしれない。


 つまり、イスラム教徒だったのにキリスト教徒になったから問題だというのだ。見え透いたこじつけである。
 そこで、日本のリベラル派に見られるようなご都合主義のないリベラリズムを固持するガーディアンの意見は明確である。

The proposed hanging of Youssef Nadarkhani is an outrage. It is also a terrifying glimpse of the injustice and arbitrary cruelty of the present Iranian regime. This paper opposes the death penalty always and everywhere, but at least when it is applied for murder or treason there is a certain twisted logic to the punishment. But Mr Nadarkhani's crime is neither murder nor treason. He is not even a drug smuggler. He is just a Christian from the city of Rasht, on the Caspian Sea, who refuses to renounce his faith. There is a pure and ghastly theatricality at the heart of this cruel drama which goes to the heart of religious freedom.

ユセフ・ナダルカニの絞首刑は暴挙である。それはまた不正の恐ろしい一瞥と現在のイランの政権の気まぐれな残酷さでもある。ガーディアン紙は、いつでもいかなるときでも、死刑に反対するが、少なくとも、殺人や反逆罪に適用されるときには、その処罰についていじけた論理もあるものだ。しかし、ナダルカニ氏の犯罪は、殺人でも反逆罪でもない。彼は麻薬密輸業者ですらない。彼は、棄教を拒むカスピ海沿岸のラシュト市生まれのキリスト教徒であるというだけだ。信教の自由の核心的な問題に行き着く、まじっけなしでぞっとするほど芝居がかった残酷さがこの事態の核心なのである。


 まあ、そうだろう。
 さて、私の感想も付記しておきたい。普遍的な信教の自由を明記した市民契約を持つ日本国市民として私もこの事態につよい違和感を持つ。だから、ブログに記しておく。キリスト教が理由ではなく、市民契約を遵守するがゆえにナダルカニさん処刑に反対を表明する日本国市民が一人はいることになる。
 しかし、私は今回の事態は死刑執行にはならないとも思う。その程度にはイランという国を信頼している。
 さらにごく個人的に言うのだが、ナダルカニさんは、過ぎ去りゆくこの世にあっては、形の上だけ棄教すればよいと思う。


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2011.10.04

オバマ流平和術:テロにはテロを

 イエメン拠点イスラム武装組織「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP: Al-Qaeda in the Arabian Peninsula)指導者アンワル・アウラキ(Anwar al-Awlaqi)師が暗殺された。暗殺の首謀者はいうまでもないオバマ米国大領である。ノーベル平和賞受賞者でもあるが。
 アウラキ師暗殺の発表は9月30日にあった。NNHK「“アルカイダ系指導者を殺害”公表」(参照)は次のように現地報道を伝えた。


 中東イエメンの国防省は国際テロ組織アルカイダ系の武装組織の指導者でアメリカを狙った複数のテロ事件に関与したとされるアンワル・アウラキ容疑者を殺害したと発表しました。
 イエメン国防省は30日、イエメン国内を拠点とするアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ」の精神的な指導者、アンワル・アウラキ容疑者を殺害したと発表しました。現地からの報道によりますと、イエメン軍は30日朝、中部のマーリブ州と隣の州との境の地域でアウラキ容疑者が仲間とともに乗っていたとみられる車両を空から攻撃してアウラキ容疑者を殺害したということです。
 アウラキ容疑者は、アメリカ生まれのイエメン人で、流ちょうな英語で過激思想の拡散を図り、おととしにはアメリカの旅客機を狙った爆破テロ未遂事件に関与したとされるほか、アメリカ・テキサス州の陸軍基地で起きた乱射事件では、乱射をした軍医に対してインターネットを通じて洗脳していたということです。
 このため、アメリカはことし5月にアルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者を殺害したあと、アウラキ容疑者の殺害を最重要課題の一つに掲げていました。アルカイダ側は今のところ何の反応も出していませんが、殺害が確認された場合、アルカイダにとってはビンラディン容疑者の殺害に続く大きな打撃になるものとみられています。

 NHKとしては最初の報道にあたるため確認でなきかったのかもしれないが、「空から攻撃して」という表現はわかりづらい。また、アウラキ師が米国市民権を所有していたことにも触れていない。
 NHKは10月2日にも関連報道「アルカイダの他2幹部も殺害か」(参照)をし、殺害のようすを多少詳しく伝えている。

アメリカとイエメン政府は、先月30日、イエメンを拠点とするアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ」の精神的な指導者、アンワル・アウラキ容疑者を殺害したと発表しました。作戦は、CIA=中央情報局などが無人攻撃機を使って空から攻撃したものとみられています。これについて、ニューヨーク・タイムズなど、アメリカの複数のメディアは、1日までに、政府当局者の話として、作戦ではアウラキ容疑者と一緒にいた幹部2人も殺害された可能性があると伝えました。このうち、1人は爆発物の製造を担当し、去年、イエメンからアメリカに向けて発送された航空貨物から見つかった爆発物などを製造したとみられています。また、もう1人は、過激な思想をインターネットで広める役割を担っていたということです。

 無人機、つまり、ロボットを使って人間を殺害したのである。ここでもNHKは触れていないが米国市民権を持つ人間の殺害であり、これは「暗殺」というのが正しい表現だろう。
 具体的にどのように米国市民暗殺を実行したかについて、その責任者であるオバマ大統領は明言を避けている。時事「作戦の詳細公表せず=アウラキ師殺害「喜ばしい」-米」(参照)より。

オバマ米大統領は30日、ラジオ番組のインタビューで、イエメンの「アラビア半島のアルカイダ」のアンワル・アウラキ師の殺害に関し、米軍・情報当局の関与や自身の役割など「作戦上の詳細については話せない」と言及を避けた
 大統領は「アウラキが米本土や同盟国を直接脅かせなくなったことは非常に喜ばしい」と歓迎、イエメンや関係国との緊密な連携の成果であると称賛した。

 推測はされている。1日付け産経新聞記事「無人機、遠隔操作でテロリスト殺害 米軍と情報当局 ゲームさながらの「ハイテク戦」展開」(参照)より。

 AP通信などによると、アウラキ容疑者の動向を最初に探知したのはイエメン当局。情報はすぐさま米軍特殊部隊を管轄する統合特殊作戦軍と中央情報局(CIA)に伝達された。
 両組織は約3週間にわたってスパイ衛星や偵察機を駆使してアウラキ容疑者を追跡。本人と確認した上でホワイトハウスの許可を得て攻撃を実行した。
 両組織が所有する無人機は、ジブチなど周辺国から離陸。どこから操縦されていたかは不明だが、最新の機体は米国本土からの操縦も可能だ。上空には有人の米軍機も待機し、必要なら攻撃に加わる態勢が整えられていた。
 無人機による1度目のミサイル攻撃は標的を外して失敗。上空を旋回していた無人機は、猛烈な砂ぼこりの中を逃走する車両を再び発見し、2度目の攻撃で標的を破壊。車両は粉々で、アウラキ容疑者ら4人の遺体確認は不可能という。

 このやり口は、テロにはテロを、という以外はないだろう。
 いかなる法的な根拠で、米国市民を国家が暗殺可能になるのか。疑問の声は当然上がる。ウォールストリートジャーナル記事「Killings Pose Legal and Moral Quandary」(参照)はその要点をまとめた。同記事は翻訳も掲載された(参照)。

 イエメンを拠点とするテロ組織「アラビア半島のアルカイダ」の指導者で米国籍のアンワル・アウラキ師を、9月30日に米中央情報局(CIA)が無人機で殺害したとされていることについて、合法だったのか、さらには道義的に許されるのかをめぐって米国で論争が起きている。問題は、推定無罪の原則を守るべき国が裁判所の許可を得ずに市民の生命を奪うことができるのかどうかである。
 アウラキ師は、オバマ大統領によって米国の安全保障にとって危険な人物として「殺害標的リスト」に加えられた最初の米国民とみられているが、米政府は同師を正式起訴しておらず、同師の罪状を証明する具体的な証拠も明らかにしていない。同師はここ数年、インターネットなどを通じた反米演説でアルカイダへの勧誘に成果をあげ影響力を強めている。


 外国情報監視法(FISA)によれば、米政府は海外在住の米国民を盗聴するには裁判所の秘密許可を求める必要がある。連邦捜査局(FBI)は同法に従って裁判所の許可を得た上で、2009年にアウラキ師の電子メールを盗聴した。
 米司法省は、今回のアウラキ師殺害でFISAに基づく裁判所令があるかどうかだけでなく、殺害標的リストが存在するのか、アウラキ師が同リストに載っているのかも明らかにしていない。しかしオバマ政権は、戦争関連法により政府にはテロリスト集団に加わり米国に差し迫った脅威を与えている米国民を殺害する権利が与えられていると主張している。
 米議員の多くは、今回のアウラキ師の殺害を歓迎しているが、共和党大統領候補の一人であるロン・ポール下院議員(テキサス州)は、超法規的に米国民を殺害したことに困惑していると、不快感を示した

 つまり、テロリスト認定者の電話盗聴には裁判所の令状が必要だが、暗殺については政府独自の判断で実行できるということになる。オバマ政権は法的な手順をまったく踏んでいなかったのか。
 そうではないらしい。9月30日付けワシントンポスト記事「Secret U.S. memo sanctioned killing of Aulaqi」(参照)はアウラキ師の暗殺について米司法省の秘密メモで承認されていたことを報道した。日本語で読める情報としてはAFP「「米国籍を持つ米国の敵」、アウラキ師殺害で法律論議」(参照)がある。

 米紙ワシントン・ポスト(Washington Post)は30日、米国籍を持つアンワル・アウラキ(Anwar al-Awlaqi)師の殺害が、米司法省の秘密メモで承認されていたと報じた。
 米政府は今回の作戦の詳細の公開を拒んでいるが、米中央情報局(Central Intelligence Agency、CIA)と、CIAの管轄下にある軍の人員や装備によって実施された米軍の無人攻撃機による空爆でアウラキ師は殺害されたと報じられている。
 同紙によるとこの秘密メモは、バラク・オバマ(Barack Obama)大統領政権の上級法律顧問が、米国民を殺害対象にすることについて法的に懸念のある点を検討したうえで作成された。アウラキ師殺害を受けてある元情報機関幹部は同紙に、米司法省の同意がなければCIAが米国民を殺すことはなかったはずだと語ったという。
 別の複数の米当局者は同紙に、アウラキ師殺害の適法性について意見の食い違いはなかったと証言した。ある当局者は同紙に「このケースにおける適切な手続きとはすなわち、戦時における適切な手続きだ」と語ったという。

 推測の段階だが、米国の司法もまたこの暗殺を認めていたということになる。
 韓国のように、例えば安重根や姜宇奎のような暗殺者を賛美する東洋の伝統とは異なり、西欧の決闘の伝統を振り返れば、西欧では、武器をもたない人間に対して武器をもって殺害することは、人間の尊厳を汚す最大の恥辱ともなるはずだった。オバマ政権は倫理の面でもグローバル化し、東洋を学び、アルカイダの手法も学んだということだろう。
 もちろん、今回のオバマ大統領の決定を是とする人もいる。代表者は、ブッシュ政権を事実上支えてきたチェイニー元副大統領である。彼はこの暗殺作戦について「非常に優れた正当な攻撃だったと思う」と述べている。
 CNN「チェイニー前米副大統領「大統領は過去の批判を撤回すべき」(参照)はこう伝えている。

 チェイニー氏はこの作戦について「非常に優れた正当な攻撃だったと思う」と述べたが、同時に「現政権が2年前に立ち返り、米同時多発テロへの『過剰反応』を批判した発言を訂正するよう期待している」とも語った。また、オバマ政権が「正当だと思うときには強硬な行動に出る」方針へ転換したのは明らかだとの見方を示した。
 同氏の長女、リズ・チェイニーさんはさらに、オバマ大統領がかつて、ブッシュ政権は米国の理想に背を向けたと批判することによって国の名誉を傷付け、「大きな損害」を与えたと主張。「大統領は米国民に謝罪するべきだ」と述べた。
 チェイニー氏も謝罪を求めるかとの質問に、「私にではなく、ブッシュ政権に謝罪してほしい」と答えた。

 確かに、現在のオバマ政権の「テロにはテロを」戦略が正しいとするなら、より合法的で人間的でもあったブッシュ元大統領についての、かつてのオバマ氏の発言は、今の時点で謝罪を要するものだろう。
 同様にではあるが、確たる証拠もなくイラクを攻撃したとしてブッシュ政権を非難してきた人たちも、確たる証拠もなく暗殺に手を出したオバマ大統領のようなテロリストと同じ地平に立ちたいのでなければ、多少の思索もあるのかもしれない。

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