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2011.09.15

テロとの戦争とは何だったのか

 セプテンバー・イレブンとも略称されるニューヨーク同時多発テロ事件から10年。関連行事のニュースをなんどか見かけた。テロとの戦争とは何だったのかとも問われていたようだったが、私はといえば、幸い身近に被害者がいなかったこともあり、消防士の方たちは大変だったなあ、神のお恵みを、と思うくらいで、あたらめての感想といったものはなかった。時というものはこうして過ぎていくものだという一般的な感慨があるくらいだった。
 が、今朝たまたまツイッターでアゴラに掲載された金融日記さんの「テロとの戦争とは何だったのか」(参照)のリンクを見かけ、つい読んでしまった。釣られた。


米ニューヨーク・タイムズの記事によると、この世界同時多発テロにより破壊されたワールド・トレードセンターや建物内の備品、その他、地下鉄や電話線や送電線の損失は合計で260億ドル(2兆円)である。このテロでテロリスト19人を含む2,993人が犠牲になった。そしてこの破壊された2兆円のインフラストラクチャーと約3000人の犠牲者に対する復讐として、アメリカはテロとの戦争を開始したのである。

 そこは特に異論もない。続く文脈は私には論旨のよくわからない話があり、その後、本題に入ったようだった。

さて、テロとの戦争である。米兵だけで6000人以上が死亡した。テロの犠牲者の2倍である。米ブラウン大学ワトソン研究所の推計では、戦場にされたイラクで12万5000人、アフガニスタンで1万1700人、パキスタンで3万5600人の民間人が死亡した。その他の犠牲者を合計すると、控えめに見積もっても22万5千人ほどが死亡した。経済的にはアメリカの負担は3.2兆ドル~4兆ドル(250兆円~300兆円)程度だといわれている。日本の総税収の6年~8年分である。つまりテロの直接の被害の150倍の金を費やし、テロの直接の犠牲者の75倍の命を犠牲にしたのである。これだけの負担をして、世界の安全性はより高まったのだろうか?

 死者数についてはそういう推定もあるだろうとは思うが、金融日記さんらしい経済面での数値で、あれ?と思って、まんまと釣られたわけである。
 もちろん、これもそういう推定もあるとは思うが、ここはまず米国議会の公式推定を出すのが普通ではないか。
 今年3月29日付けの米国議会調査「The Cost of Iraq, Afghanistan, and Other Global War on Terror Operations Since 9/11 March 29, 2011 - RL33110」(参照)を見ると、ニューヨーク同時多発テロ事件以降、議会側で承認された総額は"$1.283 trillion"とある。1.3兆ドルというところだ。
 コラムニストのクライトハマー(Charles Krauthammer)も先日、同じ数値を挙げていた。「The 9/11 ‘overreaction’? Nonsense」(参照)より。

The total cost of “the two wars” is $1.3 trillion. That’s less than 1/11th of the national debt, less than one year of Obama deficit spending. During the golden Eisenhower 1950s of robust economic growth averaging 5 percent annually, defense spending was 11 percent of GDP and 60 percent of the federal budget. Today, defense spending is 5 percent of GDP and 20 percent of the budget. So much for imperial overstretch.

「2つの戦争」の総費用は1兆3000億ドルである。それは米国赤字の11分の1より少なく、オバマ大統領による1年分の赤字財政支出よりも少ない。毎年平均5パーセントもの経済成長を力強く遂げていたアイゼンハワー大統領黄金期の1950年代では、防衛支出はGDPの11パーセントで国家予算の60パーセントもあった。今日の防衛支出はGDPの5パーセントで国家予算の20パーセントである。帝国主義的な過剰拡張といってもその程度なのである。


 アイゼンハワー時代と比較するのは洒落がきついが、米国議会が承認するのに大きくためらうという支出でもない。米国経済の問題の根幹がテロとの戦争にあるわけではない。

Yes, we are approaching bankruptcy. But this has as much to do with the war on terror as do sunspots. Looming insolvency comes not from our shrinking defense budget but from the explosion of entitlements. They devour nearly half the federal budget.

なるほど米国は破産に向かっているが、テロとの戦争による影響は太陽黒点の活動の影響ほどである。迫り来る破産は、縮小しつつある防衛予算によるものではなく、給付金の爆発的拡大によるものだ。それが国家予算のほぼ半分をむさぼっている。


 金融日記さんの該当エントリーの冒頭には「そこには現在の日本にとって大切な教訓があるからである」とも書かれていたが、米国から学ぶ教訓はむしろ社会保障費の拡大によって十分な防衛費が捻出できず、十分な国家安全保障が達成できなくなる点のほうにある。
 ブッシュ政権によるテロとの戦争の政策はよく批判されたものだったし、金融日記さんもこう書いていた。釣りのうまさに脱帽せざるをえない。

10年前の9月、アメリカ国民は正気を失っていた。ニューヨーク・タイムズなどの大手メディアも一斉にテロとの戦争を煽っていた。そして核兵器を隠しているとされたイラクなどに戦争をしかけていく。そのような雰囲気の中、こういった戦争は馬鹿げている、などという者は国じゅうからバッシングを受けた。

 実際は、イラク戦争は、セプテンバー・イレブンがなくても企画されていた。チェイニー元副首相らの安全保障政策ですでに導かれていたし、ウィキリークス公電でサウジが米国に対してイランを空爆せよと求めていたことからも類推できるが、湾岸戦争でサウジに手を伸ばしアラブの覇者たらんとしていたイラク故フセイン大統領はサウジ側から危険視され、その小間使いチェイニー氏は標的として定めていた。
 リビア戦争は人道的目的から是とされたが、イラクでは1987/1988年に20万人近いクルド人が虐殺されていたが人道的介入を要する問題とはされなかった。国連制裁はあったが、それで食糧や衣糧品の不足からイラク社会は疲弊し、病死者も増えていた。しかも、この国連制裁は朴東宣らが主導する不正に満ちていて(参照)、フランスやロシアまでも噛んでいた(参照)。クライトハマーが大げさにイラク戦争を擁護するまでもなく、「正気を失っていた」からというものでもなかった。もちろん、それを是とするかは別問題であるにせよ。

Iraq, too, was decisive, though not in the way we intended. We no more chose it to be the central campaign in the crushing of al-Qaeda than Eisenhower chose the Battle of the Bulge as the locus for the final destruction of the German war machine.

私たちが意図したとおりではなかったが、イラクも決定的な意味があった。イラクがアルカイダ粉砕のための中心的軍事行動に選ばれたのは、アイゼンハワー大統領がドイツ軍事機構を最終的に破壊するための要所としてバルジの戦いを選んだこと以上のものではない。


 これもきつい洒落と言えないこともないし、クライトハマーはサウジに言及はしていない。が、世界のサウジへの依存から見てもその比喩が理解できないものでもない。
 また、「アラブの春」とやらが西側諸国によるリビア攻略に結びついた今、イラク戦争がその基点のひな形であることは否定しがたい。
 しかも、ブッシュ元大統領が始めたテロとの戦争は、きちんとオバマ大統領に引き継がれているのである。

In the end: 10 years, no second attack (which everyone assumed would come within months). That testifies to the other great achievement of the decade: the defensive anti-terror apparatus hastily constructed from scratch after 9/11 by President Bush, and then continued by President Obama. Continued why? Because it worked. It kept us safe — the warrantless wiretaps, the Patriot Act, extraordinary rendition, preventive detention and, yes, Guantanamo.

結局のところ、この十年間、誰もが数か月と想定した第二次攻撃はなかった。このことで、9.11の後、ブッシュ大統領が急ぎ形成した対テロ防衛機構はこの十年間の偉大な達成であることが明らかになった。そしてオバマ大統領にも引き継がれている。引き継がれた理由は、有効だからだ。おかげで我々は安全である。つまり、令状なしの盗聴、愛国者法、通常の法的手続きによらずに実施された容疑者の他国への移送、予防の拘置、そう、グアンタナモ収容所である。


 もちろん、これもきつい洒落として読むこともできる。
 だが、一つだけ明確なのは、ブッシュ政権からオバマ政権に変わっても、饒舌な修辞を除けば、テロとの戦争で実質的に変わったことはなかった。

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