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2011.09.12

鉢呂吉雄前経済産業相、辞任

 福島第一原子力発電所事故を巡る不適切な言動を認め鉢呂吉雄前経済産業相が辞任し、後任には枝野幸男前官房長官が内定した。
 鉢呂氏の辞任に至る経緯はマスメディアによる吊し上げのようでもあり、ネットの世界では、社会党や農協といった鉢呂氏の背景もあってなのか、反原発派と見なされたことか、世論に比べて鉢呂氏の支持派が多く、マスメディアの暴走こそが問題とする意見をよく見かけた。
 確かにマスメディアの暴走といった傾向は今回も見られたが、以前の、麻生元首相や石原都知事の失言を狩る光景とさして変わるものではなく、いつものマスメディアの行動でもある。マスメディアの問題としては事前の仕込みがあったと思われるメア氏発言報道のほうが相当に悪質であるようにも思える。
 いずれにせよ、野田内閣発足間もないなかで、失言が理由での閣僚辞任は好ましいことでない。気の向かない話題ではあるが、それでも、今後の動向を考える上で基点となる可能性がないわけでもないので、現状の記載として簡単に取り上げておきたい。
 鉢呂吉雄前経済産業相の不適切とされる言動は、二点あった。(1) 9日、福島第一原発の視察後、議員宿舎に帰宅した際、近くにいた毎日新聞男性記者に近寄り、「放射能をつけたぞ」という趣旨の発言と共に、「防災服をすりつける仕草」をしたこと、(2) 10日の記者会見で原発周辺の市街地を「死の街」と表現したこと、の二点である。
 2点目の「死の街」については、朝日新聞記事「鉢呂氏「死の街」発言 野田首相「不穏当」と謝罪求める」(参照)で報じられているように、野田首相が「不穏当な発言だ。謝罪して訂正して欲しいと思う」と明言したことを受けて、即座に鉢呂氏自身も不適切な発言であることを認めて弁明があった。首相も鉢呂前大臣も「死の街」という表現が不適切であると認めているのだが、ネットなどではこの、野田首相と鉢呂前大臣の認識を否定し、「死の街」という表現は適切であり、不適当な発言ではないする声もある。
 話題となった「死の街」という表現だが、小学館提供『使い方の分かる 類語例解辞典 新装版』(参照)で「死」の語用の解説に、はっきりと「死の街と化す」という用例がある。


[補足]
◇(1)比喩(ひゆ)的に、死んだように生気、活気のない状態であるさまをいうこともある。「死の街と化す」 (2)「急死」「刑死」「殉死」「頓死(とんし)」「脳死」「病死」「老死」など、形容する語について複合語を作ることも多い。

 この辞典からは、「死の街」は、「比喩的に、死んだように生気、活気のない街」として自然に理解できる。実際に鉢呂氏が見た光景はそのようなものであり、であれば、失言にあたるとは思えない。
 むしろ、ジャパンタイムズなどが「死の街」発言を「ゴーストタウン(ghost town)」(参照)と訳したことなどから、「死の街」は「ゴーストタウン」と同じだから問題ないとする持って回った擁護論も見かけたが、そうした英語を挟んでの手間をかける必要もない。
 なお、海外では、この他の表現も見られたが、"City of Death"といった直訳的な表現は避けられている印象を受けた。これだと黒死病のように、死者が充満した街というイメージになり、あまりに奇矯に思われたからだろう。
 では、「死の街」は日本語としてまったく違和感がない表現なのかというと、戦後の苦難の歴史を歩まれた年代には、1952年大映映画「死の街を脱れて」が想起されるだろう。昭和二十年、日本軍が中国大陸を敗退し、現地に無防備にとり残された日本人婦女子には悲惨な現実が訪れた。映画「死の街を脱れて」が描く日本人街では、恋人を殺され、辱めを受けた婦女子の惨状を見かねた婦人会長が日本人として清く自決しようと提言する。映画では、まさに死に溢れる光景が「死の街」として表現された。比喩的な表現と直接的な表現のどちらが強いかを考えても、死に満ちた「死の街」が一義的になるのは自然な言語のありかたである。
 2点目の、毎日新聞男性記者に近寄り「放射能をつけたぞ」という趣旨の発言と共に、「防災服をすりつける仕草」をした点については、どうか。
 これは誰が考えても、重責を担った大国の大臣とは思えない子供じみたものではあるという以前に、報道されたように「放射能」を意図して発言が随伴していたとするなら、原発事故被災者がこうした差別に苦しんでいるさなかであり、誰もが不快に思う軽率な行動と言える。
 毎日新聞の経産省担当記者としても、鉢呂氏が原発施設を出た後には厳重な除染を行うことは認識しているだろうから、なぜ鉢呂氏が「防災服の袖をつけるしぐさ」したのか、子供じみた行為だという以前に、まずもって不可解に思えたはずである。同じ場にいた他の記者たちにもその行為は奇異に見えたことから、その行為の意味が問わることになった。毎日新聞の報道の後、NHKの報道が遅れたが、その間、NHKとしても、鉢呂大臣のこの言動の事実性を確認していたのだろう。
 まず、鉢呂氏が「防災服の袖をつけるしぐさ」をしたことは、事実であったと見て妥当だろう。また辞任会見でも、そのしぐさがあったことは鉢呂氏も否定していない。ではそのしぐさの意味はなんであったか。
 報道では、このしぐさに「放射能をつけたぞ」という趣旨の発言が伴われていたとされている。だが、その表現は各メディアによってまちまちであり、また、辞任会見でも鉢呂氏は、「そういう発言をしたと確信を持っていない」と述べていることから、正確な発言がなんであったかは明確にはわからない。
 鉢呂氏の辞任会見「非公式記者懇の気楽さあった」(参照)ではこう語られている。

記者さんは仲間たちという感じで、現地に行っていないということで、大変厳しい状況を共有していただくというか、そういうのを込めて、そういうしぐさから出たと私自身は思う

 そのまま受け取ると、類人猿などに見られるグルーミングの行為のようにも思えるが、当然、「グルーミングでした」は、常識的に了解できるものではない。

 --非公式という場があだになって、そういう軽率な言葉を発したのか
 「軽率というか、深刻的な話になったものですから、そこを何というか、親しみを込めて…。相手から言えば、そういう風に受け止められたのではないかなという風に…」
 --親しみを込めて何と言ったのか
 「ちょっとはっきりと分からない」

 鉢呂氏本人はどのような発言をしたかということは、わからないとしているが、発言がなかったという否定にはなっていない。別の言い方をすれば、そのような発言は断固としてなかったという表明はなされなかった。おそらく、そのような発言がないとなれば、類人猿のグルーミングような行為だけが謎として残ることになっただろう。
 まとめると、「防災服の袖をつけるしぐさ」は複数の記者に観察されていることから事実性は高く、それに随伴し、そのしぐさを意味づける発言があったらしいことも事実と見てよいだろう。しかし、その発言がなんであったかについて、「放射能」という発言を含んでいたとする記者の証言の妥当性は検討を要する。
 以上の妥当な事実性から、常識的に推測されることは、おそらく冗談としてではあろうが、「防災服をすりつける仕草」の意味となる「放射能をつけたぞ」といった主旨の発言の存在である。
 さて、仮に、「放射能をつけたぞ」(推定)として「防災服をすりつける仕草」(事実)をしたとするなら、それは、大臣辞任に値するほどの失態だろうか?
 鉢呂前大臣辞任を受理した野田首相はこの個別の点については言及していないようなので、政府としての判断はわからない。
 私の意見としては、「あの言動はあくまで冗談でした」と釈明し、「ご批判は受けるが、断固として大臣の職を貫徹したい」と鉢呂氏が述べるなら、辞任に値することではなかったように思われる。もちろん、減給なりのなんらかの処罰も受けるべきであろうが。
 逆に言えば、なぜ鉢呂前大臣にそこまでの使命感・重責感がなかったのか、大臣の資質が問われるならそこであり、次に、野田首相の内閣運営の原則に疑念を残すものになった。
 それでも、鉢呂前大臣がこうした顛末として辞任したことで、子どもたちがふざけて「放射能をつけたぞ」「放射能がついたぞ」としても、一国の大臣でもする冗談だからかまいません、ということはならなくなった。その一点だけは、鉢呂前大臣が国民の品位を高めてくれたと言えるだろう。


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コメント

麻生幾「宣戦布告」を思い出したんですが、読んでませんか?

投稿: てんてけ | 2011.09.13 18:39

野田と民主党幹部・閣僚らは知的・精神的障害者である
 米国では07~09年に貧困者は4倍に増えて、人口(2010.7で3億1180万人)の29%=9042万人(3人に1人)である、と国家自殺防止局が2011.8.13に発表した。また米人口の25%(4人に1人)が精神病患者である、と米国のAMA(American Medical Association=米医学協会)が最近発表した。
http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/86.html
 シリア・イラン・ロシア・中国への攻撃で第3次世界大戦を準備して、細菌兵器で数億人殺す計画を推進している米独裁支配者ロックフェラーと、傀儡オバマ、パネッタ、ヒラリーらは知的・精神的障害者にちがいない。
http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/88.html
 日本の医学会は保守的で調査・発表をしないが、日本でも仮に同率だと3200万人が精神病患者だということだ。放射性物質汚染の浄化水を飲めと言ったフリー記者も、飲んだ内閣府園田政務官も、その中の1人だろう。
 無論、原発事故で情報を隠蔽し、許容上限を大幅に引き上げて「健康に直ちに影響ありません」と国民騙しの政府発風評を流し、放射線汚染瓦礫の焼却を全国で推進している等々の背任犯罪をやっていて、その上売国・亡国のTPP参加を推進している野田・前原・玄葉・安住・仙石・細野・小宮山等も知的・精神的障害者にちがいない。
 太平洋沿岸の圧倒的多数の国―環太平洋のカナダ、メキシコも、中国、台湾も韓国やロシアも、フィリピンやインドネシア、タイもTPPに不参加だ。無論インドやブラジルもEU諸国も不参加だ。
 2011.11.1の参議院質疑で、それら大多数の国が参加しないTPPへの売国的参加を、新党日本の田中康夫議員に木っ端微塵に論破された野田は、「顧みて他を言う」の諺通りに、まともに回答できないで、知的・精神的障害者であることを実証した。
 "Occupy Wall Street!"のスローガンと"We are the 99 %!"のサブ・スローガンで抗議デモが起って、全米に広がった。それはさらに、欧州、北米、南米、アジア、アフリカの82か国、約100都市に広がっている。
 日本人は、小泉以来の邪悪な新自由主義による国民の両極分化と格差拡大、失業と非正規・無権利・低賃金労働、国民窮乏化の拡大、忍従の全体主義、毎日100人近い自殺と手を切って、米国の99%の人民と連帯して、TPP参加拒否・売国亡国野田内閣打倒のため決起せよ。


投稿: たつまき | 2011.11.02 23:47

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