小沢一郎元民主党代表の政治資金団体に関する地裁判決、雑感
小沢一郎元民主党代表の資金管理団体・陸山会による土地購入をめぐって、同団体に関わる小沢氏元秘書3人――衆議院議員・石川知裕被告(38)、大久保隆規被告(50)、池田光智被告(34)――の、政治資金規正法違反(収支報告書虚偽記載)について問われる裁判で26日、東京地裁は有罪を下した。事件としては、陸山会事件と西松建設事件の2件が関わる。
収支報告書虚偽記載の有無自体は争点ではないので、形の上からは無罪ということはないにせよ、初犯であり、政治資金規正法違反の過去の慣例からして、実刑になるとは想定されず、判決でもそれぞれに執行猶予がついた。また公判では、検察側が証拠申請した供述調書38通中11通について、威圧的な取り調べや利益誘導があったとして不採用となったこともあり、弁護側に有利かとも見られていた。
しかし、弁護側が想定していたような軽微な裁判であったかというと、大久保被告に禁錮3年・執行猶予5年、石川被告に禁錮2年・執行猶予3年、池田被告に禁錮3年・執行猶予3年という禁錮刑から見て、そうとも言いがたい。慣例からすれば、衆議院議員・石川知裕は国会議員を辞職するのことになるだろうし、小沢一郎元民主党代表の監督責任も免れない。
判決としては以上のとおりで、存外に重い判決だが、さほど特異な事件とも思われない。が、共同のまとめた判決要旨(参照)を読むと、地裁がかなり踏み込んだ判断をしていることがわかり、興味深かった。判決はまず、2つの事件を最初に描き分けている。
【西松建設事件】
新政治問題研究会と未来産業研究会は西松建設が社名を表に出さずに政治献金を行うために設立した政治団体であり、西松建設の隠れみのにすぎず、政治団体としての実体もなかった。献金は西松建設が自ら決定し、両研究会を通じて実行。寄付の主体はまさに西松建設だった。
岩手県や秋田県では、公共工事の談合で小沢事務所の了解がなければ本命業者にはなれない状況。小沢事務所の秘書から発せられる本命業者とすることの了解はゼネコン各社にとって「天の声」と受け止められていた。元公設第1秘書の大久保隆規被告は2002~03年ごろから天の声を発出する役割を担うようになった。
西松建設は公共工事の談合による受注獲得のために寄付しているのだから、同社としては西松建設による献金と小沢事務所に理解してもらわなければ意味がない。献金の受け入れ窓口だった大久保被告が理解していなかったとは到底考えられない。
加えて、献金総額や献金元、割り振りなどの重要事項は、大久保被告が西松建設経営企画部長とのみ打ち合わせ、献金の減額・終了交渉でも大久保被告は「まあお宅が厳しいのはそうでしょう」と述べた。大久保被告も捜査段階で、両研究会が西松建設の隠れみのと思っていたとの趣旨を供述している。
大久保被告は、両研究会からの献金について、衆院議員の石川知裕被告、元秘書の池田光智被告が収支報告書に両研究会からの寄付だと虚偽の記載をすることを承知していた。大久保被告の故意は優に認められる。
両研究会からの寄付とする外形は装っているが、実体は西松建設から。他人名義による寄付や企業献金を禁止した政治資金規正法の趣旨から外れ、是認されない。
西松建設事件については、政治資金規正法が禁止する他人名義による寄付や企業献金を意図的に偽るための、虚偽記載として、いわゆる帳簿的なミスとはされていない。
陸山会事件については、かなり踏み込んだ解釈をしている。
【陸山会事件】
04年分収支報告書の「借入先・小沢一郎 4億円、備考・04年10月29日」との記載は、体裁から陸山会が小沢一郎民主党元代表から4億円を借り入れた日とみるのが自然かつ合理的。被告側が主張する「同年10月初め~同月27日ごろまでに小沢から陸山会が借りた合計4億円」を書いたものとすると、それを担保にする形をとって小沢元代表名義で銀行融資を受け、転貸された4億円を記載しなかったことになり、不自然。
加えて、石川被告が4億円を同年10月13日から28日まで前後12回にわたり5銀行6支店に分散入金したことなどは、4億円を目立たないようにする工作とみるのが合理的。4億円を原資とする土地取得も04年分報告書に載ることを回避しようと隠蔽工作をしたとも推認される。
陸山会事件で焦点となったのは、虚偽記載の形式性より、なぜ虚偽記載が行われたのかという動機から、小沢氏に由来する4億円の原資が問われた。
地裁判決を見ると、小沢原資4億円とその資金洗浄のように見える操作が公判で解明されれば、問題は虚偽記載の形式性に還元されていただろう。それができなかった理由は弁護側にある。3月3日付け読売新聞「石川被告「すべてを合理的に説明できない」(参照)より。
小沢一郎民主党元代表(68)の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、同法違反(虚偽記入)に問われた同会元事務担当者・石川知裕衆院議員(37)ら元秘書3人の第6回公判が2日、東京地裁で開かれ、3被告への被告人質問が行われた。
郁朗裁判長ら裁判官が、同会が土地を購入した際、石川被告が行った複雑な資金移動の理由について説明を求めたが、石川被告は「うまく説明できない」と述べた。
同会は2004年10月に東京都世田谷区の土地を購入。その際、小沢元代表から4億円を借り入れた上で、定期預金を担保に銀行から同額の融資を受けたが、融資の利子として年間約450万円を払っていた。
石川被告はその理由について、「小沢議員から借りたことを明確にしようとした」と説明。登石裁判長が「借用書は作っていますね」「借金とはっきりさせていればいいのでは」などと尋ねると、石川被告は口ごもり、「すべてを合理的に説明できない」と話した。
公判のこの時点で地裁判決の方向性は固まったと見てよいだろう。今回の事件は検察のあり方も問われたが、決定的な要因となったのは、こうした公判のプロセスであった。
地裁判決要旨では次のようにまとめられているが、公判のプロセスからは妥当な推定の範囲である。
4億円の原資は石川被告らに加え、用立てた小沢元代表自身ですら明快な説明ができていない。原資の説明は困難。
当時の水谷建設社長は胆沢ダム建設工事の受注に絡み、大久保被告の要求に応じて、04年10月に5千万円を石川被告に、05年4月に同額を大久保被告に手渡したと証言したが、ほかの関係者証言や客観的証拠と符合し、信用できる。一切受け取っていないという両被告の供述は信用できない。
陸山会は04年10月ごろ、原資が明らかでない4億円もの巨額の金員を借り入れ、さらに石川被告自ら、水谷建設から5千万円を受領した。小沢事務所は常にマスコミのターゲットになっており、これらのことが明るみに出る可能性があったため、4億円借り入れの事実を隠蔽しようとしたと推認できる。
しかし預かり金と言いながら「預かった理由や返済時期、5団体が分けて預かる理由や金額も分からなかった」などと述べ、著しく不自然、不合理で到底信用できない。
「石川被告から『小沢代議士から4億円を借りている』と聞いた」と述べ、元代表が巨額な個人資産を預ける理由もないことを勘案すると、池田被告は4億円を借入金と認識しながら返済を報告書に記載しなかったと認められる。1億5千万円についての主張も信用できず、故意があった。
かくして判決の核心は、収支報告書虚偽記載という形式的に軽微な事案であるより、政治資金規正法の本義が、小沢原資4億円の謎について問われるところとなった。
量刑理由では次のように述べられている。
陸山会は原資を明快に説明するのが難しい4億円を小沢元代表から借りて本件土地を購入。取得時期が、談合を前提とした公共工事の本命業者の選定に対する影響力を背景に、小沢事務所が胆沢ダム建設工事の下請け受注に関し、水谷建設から5千万円を受領した時期と重なっていた。
そのような時期に原資不明な4億円もの資金を使って高額な不動産を取得したことが明るみに出れば、社会の注目を集め、報道機関に追及され、5千万円の授受や、小沢事務所が長年にわたり企業との癒着の下に資金を集めていた実態が明るみに出る可能性があった。本件は、これを避けようと敢行された。
規正法は、政治団体による政治活動が国民の不断の監視と批判の下に公明かつ公正に行われるようにするため、政治資金の収支の公開制度を設けている。
小沢原資4億円がどのように形成されたかについてまで地裁判決は言及していない。問題とされているのは、公共工事本命業者選定の時期に原資不明大金が政治家の活動に明示されないことである。
地裁判決はさらに、その根深い構造にまで言及している。ここまで踏み込むと、政治資金規正法の本義すら超えているのではないかという印象もあるが、司法のあり方を明示したいという意図もあったのだろう。
それなのに本件は、現職衆院議員が代表者を務める政治団体に関し、数年間にわたり、企業が隠れみのとしてつくった政治団体の名義による多額の寄付を受け、あるいは4億円の存在が発覚しないように種々画策し、報告書に多額の不記載や虚偽記入をしたものである。規正法の趣旨にもとる悪質な犯行だ。
しかも、いずれの事件も長年にわたる公共工事をめぐる小沢事務所と企業との癒着を背景とするもので、法の規制を免れて引き続き多額の企業献金を得るため、あるいは、癒着の発覚を免れるため、国民による政治活動の批判と監視のよりどころとなる報告書に意図的に数多くの虚偽記入などをした。
法の趣旨を踏みにじり、政治活動や政治資金の流れに対する国民の不信感を増大させ、社会的影響を見過ごすことはできない。被告らは不合理な弁解を弄して責任をかたくなに否認し、反省の姿勢を全く示していない。
ようするに、小沢氏の錬金術の正体を「長年にわたる公共工事をめぐる小沢事務所と企業との癒着を背景とするもので、法の規制を免れて引き続き多額の企業献金を得る」とし、司法が政治を裁いているのである。
この言明は、法の不遡及という原則を逸脱しているように聞こえないでもない。小沢氏としては、自民党経世会という歴史背景から、ごく普通にマネーに関わるビジネスのことを「政治」としていただけなのだが、気がつけば時代が変わり、司法はそれに対して、法の本義を剣として「政治」ではないとして処罰するというのである。もちろん、それは比喩であって、実際にそこまで裁かれうるかについてはわからない。それでも、現在の司法が小沢氏のような錬金術を非としていることを明確にする事態ではあった。
この司法の意思が高裁でも維持されるのか、また、小沢氏自身の裁判に関わるかについては注視していきたい。
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