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2011.08.24

トリポリ陥落の印象

 リビア、トリポリの攻略は見事なものだった。ここまでエレガントな展開になると予想もしていなかった。そう思うと同時に、これはいったいどういうことなんだろうかという疑問も残った。
 私の印象からすれば、これは「トロイの木馬」である。もちろん古典的な意味のそれではない。市街を安全に見せかけた状態で、外見、兵力とは見えないような偽装部隊を城壁の内部に引き入れて、夜陰に乗じて発動させたのだろう。トリポリの市民に見せかけたフランスや英国の特殊工作部隊だっただろう。種明かしの一部は、ガーディアンの「Battle for Tripoli: pivotal victory in the mountains helped big push」(参照)やテレグラフの「Libya: how 'Operation Mermaid Dawn', the move to take Tripoli, unfolded」(参照)などから窺える。国内の孫引き報道としては、テレグラフを引いた産経新聞「「参加せよ」議長の一声が蜂起の合図 英紙報道」(参照)がある。


 23日付英紙デーリー・テレグラフによると、英情報局秘密情報部(MI6)は反体制派組織「国民評議会」と10週間前に合意した攻略作戦を入念に点検。反体制派はトリポリに武器や通信機器を密輸して臨時集積所に隠す一方、戦闘に慣れた兵士を潜入させた。
 作戦が始まったのはイスラム教のラマダン(断食月)真っ最中の20日朝。英空軍の攻撃機トーネードなどがカダフィ大佐の本拠地である市内の通信施設や秘密情報本部を空爆。同日夕に国民評議会のアブドルジャリル議長がカタールのリビア向けテレビ放送に出演し、「イベントに参加せよ」と呼びかけ、これが一斉蜂起の合図となった。
 午後8時ごろ、潜入していた反体制派勢力が中心部のモスク(イスラム教の礼拝所)を占拠、スピーカーで「カダフィ大佐を打倒せよ」と叫び続けた。携帯電話のテキストメッセージでも市内の反カダフィ派に決起を呼びかけた。
 カダフィ派部隊はその日、トリポリ西48キロのザーウィヤで反体制派と戦闘中だった。首都で突然、反体制派が蜂起したことにカダフィ大佐は虚をつかれ、体制の崩壊を早めることになったとみられる。

 テレグラフ記事はさも種明かしふうに描いているが、ガーディアン記事のほうはさほど明確ではない。印象だが、伏せておくべき活動があるのだろうし、その理由は国連決議の範囲や他の独裁主義国への対応もあるだろう。もっとも、具体的にどのようにトリポリが制圧されたかという手順についてはいずれ解明されることだろう。
 米国側からは上空からの情報が提供されたようだ。結果からすれば、それらが非常に巧妙に機能したとしか言えないし、その意味では、先日のビンラーディン師暗殺の拡大版のようでもある。
 国際メディアへの広報も巧妙だった。すでに報道があった時点でトリポリは陥落していたかのようだった。これは本当なのだろうかという疑念を各種の映像が打ち消していったが、ある種のエンタテインメント感には後味の悪さも残った。
 いずれにせよ瞬時にカダフィ体制は崩落した。復活ももうないだろうと思われる。各国の高級紙の社説も今後のリビア体制について話題を転じている。テーマは、表向きはリビアの民主化ということだが、内実はイラクと同じように石油資源の問題がある。毎日新聞「リビア:「中露の原油利権排除」 支援なしで反体制派」(参照)がその部分を報じている。また韓国が早々にリビアでのオイルビジネスに乗り出したことをCNN「Korea stakes claim in post-Ghadafi Libya」(参照)などが伝えている。
 さて、一応、リビアのお話としてはそういうことだ。「アラブの春」というお話に仕立てられないわけでもない。それはそれとして、心にひっかかることが二点ある。
 一つは、結果からすれば誤報だったが、カダフィ大佐の次男で後継候補と見られてきたセイフイスラム氏が反体制派側に拘束されたというニュースである。CNN「リビア反体制派「カダフィ大佐の息子2人を拘束」」(参照)で確認しておこう。

トリポリ(CNN) リビアの最高指導者カダフィ大佐の打倒を目指す反体制派は22日までに、カダフィ大佐の次男で有力後継候補のセイフイスラム氏と、三男で元サッカー選手のサアディ氏を拘束したと発表した。政権側からのコメントはなく、真偽は確認されていない。
 東部ベンガジで結成された反体制派組織「国民評議会」の幹部は21日深夜、首都トリポリでセイフイスラム氏を拘束したと発表。続いて22日早朝、西部の反体制派報道官が同氏の拘束を確認するとともに、サアディ氏も拘束されたと述べた。
 同報道官はさらに、反体制派がトリポリ市街の大半を掌握し、政権側支持者らの集会の場となっていた中心部の「緑の広場」まで進攻したと述べた。
 セイフイスラム氏は20日夜、反体制派がトリポリを掌握しつつあるとの報道を一蹴していた。
 カダフィ大佐も同日、2度にわたる演説で、反体制派を「帝国主義者への協力者」「裏切り者」と非難。トリポリで起きているのは「ごく少数のグループ」による戦闘だとの主張を繰り返した。
 北大西洋条約機構(NATO)のラスムセン事務総長は声明で「カダフィ政権は明らかに崩壊しつつある」と述べ、「カダフィ大佐は自国民との戦いに勝てないことを一刻も早く認めるべきだ」と強調した。
 トリポリ市内には21日夜の時点で、銃声や爆発音が響いていた。外国人記者らが滞在するホテルの近くでも激しい銃撃戦があった。

 その後、セイフイスラム氏は市街に姿を現した。同じくCNN「カダフィ大佐次男、報道陣の前に姿現す「父は市内に」」(参照)より。

(CNN) 反体制派に拘束されたと伝えられたリビアの最高指導者カダフィ大佐の次男、セイフイスラム6 件氏(39)が22日夜から23日にかけ、首都トリポリで報道陣の前に姿を現した。
 セイフイスラム氏は父カダフィ大佐の所在について、姉妹数人とともにトリポリ市内にいると説明。セイフイスラム氏は反体制派の首都進攻について、カダフィ大佐の支持派が「あのネズミどもとギャング集団の背骨をへし折った」と公言。政府軍は「トリポリは無事だと人々に納得させる」と強気の姿勢を見せた。
 セイフイスラム氏については反体制派が先に身柄を拘束したと発表し、人道に対する罪の容疑で同氏を手配している国際刑事裁判所(ICC)が引き渡しを求める意向だと伝えられていた。しかしICCの逮捕状について尋ねられたセイフイスラム氏は、「ICCなどくたばれ」と吐き捨てた。
 さらに、自分の拘束が伝えられたのは反体制派のまやかしだと話し、自分はずっと部隊を連れてトリポリ市内を移動していたと主張した。

 何があったのか。3つの可能性が考えられる。(1)単なる誤報、(2)意図的な誤報、(3)誤報ではなかった。
 単なる誤報という可能性がないわけではない。だが、このトロイの木馬型の作戦では広報機関を初期に狙っているし、そこから情報が流されたという点で、作戦の一環としての意図性が疑える。そうであれば作戦とどのような関連があったのだろうか。
 誤報ではないとすると、逃亡したか、あるいはなんらかの陰謀論的なストーリーも考えられる。例えば、カダフィ側とトロイの木馬部隊にはなんらかの取引があったのではないか、など。
 この疑念はもう一つの疑念に関連する。当のカダフィ大佐はなぜ捕まらないのか。英仏の特殊部隊が指導した鮮やかな作戦なのに、なぜこの瑕疵があるのか。
 疑問に思うのは、私は当初、この戦争のエレガントな解決は、カダフィ大佐の暗殺か捕獲であろうと思っていたことがある。象徴たるカダフィ大佐が、ビンラディン師のように消えてしまえば、事態は収拾しやすいはずだと。
 ところが現実はその逆になった。案外、特殊部隊が練り上げた作戦は、当初からカダフィ大佐を暗殺しないことになっていたのではないか。
 それとも、早々にカダフィ大佐が捕獲されましたという報道が入るのだろうか。


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