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2011.08.23

朝日新聞「住民検査で初の1ミリシーベルト超検出」という記事の不可解さ

 不可解なことであるが些細な話とも言える。気になったのでメモがてらに書いておきたい。話題は、福島県南相馬市実施した住民の内部被曝検査についての報道である。
 気になったのは、13日付け朝日新聞「住民検査で初の1ミリシーベルト超検出 南相馬の男性」(参照)である。気になる部分は太字にしてみた。


2011年8月13日20時55分
 福島県南相馬市が住民の内部被曝(ひばく)を調べたところ、60代の男性1人から1ミリシーベルトを超える数値が検出されたことが分かった。市立総合病院が13日発表した。住民の検査で1ミリシーベルト以上の内部被曝が明らかになったのは初めて。
 今回はホールボディーカウンターと呼ばれる機器を使い、体内に取り込まれた放射性セシウムなどによる将来にわたる被曝量を評価した
。放射性物質の量が半分になる期間は、セシウム137では尿や便などに混じって排泄(はいせつ)される分も考えると0~1歳児で9日間、31歳以上で89日。放射性物質は現時点では相当減っていると見られている。
 調査は放射線量が高い地区で暮らしている16歳以上の569人と、原発事故時に市内に在校していた6~15歳の小中学生330人が対象。同病院によると、1.02ミリシーベルトが測定された60代男性は3月12日、水を確保するために山中に滞在していたという。

 さらっと読んで、年間で1ミリシーベルトを超える内部被曝となると、国が定めている1年間の線量限度を超えるので、懸念される事態ではないかと思う人もいるかもしれない。記事のトーンとしては、そういうふうに読まれてもしかたがない。
 実際はどういう事態なのか。同じニュースについて、同日の産経新聞記事「1人が内部被曝1ミリシーベルト超 南相馬市が900人調査「緊急治療必要なし」」(参照)は、こう伝えているので比較してみたい。比較として注目する部分は太字にしてみた。

 福島県南相馬市は、小中学生を含む市民約900人の内部被曝(ひばく)検査で、体内に取り込まれた放射性セシウムによる被曝線量が今後50年間の換算で1ミリシーベルトをわずかに超えた人が1人いたものの、ほとんどの人は0.1ミリシーベルト以下だったとの調査結果を13日、まとめた。
 一般人の1年間の線量限度は1ミリシーベルトで、「50年間で1ミリシーベルト」はこれを大きく下回る。南相馬市は「現時点では日常生活に伴う内部被曝量は少ない」としている。
 福島県民の内部被曝検査は浪江町や飯舘村などで先行実施され、測定した放射線医学総合研究所(千葉市)の公表分では、これまで1ミリシーベルトを超えた人はいない。
 南相馬市の検査を受けたのは、市内で空間放射線量が比較的高い特定避難勧奨地点に住む15~91歳の男女569人と、市内の小中学生330人。東日本大震災後に市外へ避難し、その後戻った住民も含まれる。

 問題となる福島県南相馬市の60代男性は、内部被曝1ミリシーベルトであるが、これは「50年間の換算で」ということである。一般人の1年間の線量限度である1ミリシーベルトを大きく下回る。産経新聞の記事にも強調されているように、ニュースの意味としては、緊急に懸念される内部被曝はなかったということになる。先の朝日新聞記事のトーンとは逆である。
 先の朝日新聞記事は、朝日新聞にありがちなミスリードなのだろうか。単なる勘違いではないと思われるのは、元になると思われる同日の署名記事「住民検査で初の1ミリシーベルト超検出 南相馬の男性」(参照)の追記的な部分についてである。前半は先の記事と同じ。

2011年8月13日20時55分
 福島県南相馬市が住民の内部被曝(ひばく)を調べたところ、60代の男性1人から1ミリシーベルトを超える数値が検出されたことが分かった。市立総合病院が13日発表した。住民の検査で1ミリシーベルト以上の内部被曝が明らかになったのは初めて。
 今回はホールボディーカウンターと呼ばれる機器を使い、体内に取り込まれた放射性セシウムなどによる将来にわたる被曝量を評価した。放射性物質の量が半分になる期間は、セシウム137では尿や便などに混じって排泄(はいせつ)される分も考えると0~1歳児で9日間、31歳以上で89日。放射性物質は現時点では相当減っていると見られている。
 調査は放射線量が高い地区で暮らしている16歳以上の569人と、原発事故時に市内に在校していた6~15歳の小中学生330人が対象。同病院によると、1.02ミリシーベルトが測定された60代男性は3月12日、水を確保するために山中に滞在していたという。

 小中学生の検査では2人から最大0.41ミリシーベルトが検出された以外は全員が測定可能な数値を下回っていた。16歳以上では98%にあたる561人が0.5ミリシーベルト未満だった。
 桜井勝延市長は「1ミリシーベルトを超えた人は事故当日の外出状況の影響が大きい。ほかの人の数値は想像よりかなり少ない量で、安心できるレベルだ」と話した。
 放射線影響研究所顧問の錬石(ねりいし)和男さんは「一般の人が年間に浴びる線量限度(1ミリシーベルト)を少し超えた程度で、身体影響はほとんど問題にならない。がんの発生や染色体の異常が現れる数字ではない」と話している。(木原貴之、鈴木彩子)

 署名記事では、錬石和男・放射線影響研究所顧問のコメントを加えているが、このコメントでは、「一般の人が年間に浴びる線量限度(1ミリシーベルト)を少し超えた程度」とあり、このコメントを加えることで、逆に前半の内部被曝が年間のような印象を与える修辞なってしまっている。
 あるいは、朝日新聞は、「50年間の換算」ということと「1年間」の差違がそもそも理解できていないのであろうか。ちなみに、この誤解はありがちとも言えるもので毎日新聞記事「記者の目:内部被ばくだけの数値明示を=小島正美」(参照)が参考になる。
 朝日新聞がこの程度のことを理解してないのでは困ったものだが、ありえないことでもない。そう思っているうちに、ふと奇妙なことに気がついた。同記事のはてなブックマークに該当記事の自動クリップの痕跡があるのだが、これが現在掲載されている記事と異なるのである。このような痕跡(参照)がある。

印刷 関連トピックス原子力発電所  福島県南相馬市が住民の内部被曝(ひばく)を調べたところ、60代の男性1人から1ミリシーベルトを超える数値が検出されたことが分かった。市立総合病院が13日発表した。ホールボディーカウンターと呼ばれる機器を使い、体内に取り込んだ放射性セシウムによる内部被曝の将来にわたる総量を50年換算(成人)で評価したもの。住民の検査で1ミリシーベルト以上の内部被曝が明らかになったのは初めて。  放射線量が高い地区で暮らしている16歳以上の569人と、原発事故時に市内に在校していた6〜15... > このページを見る
最終更新時間: 2011年08月13日21時43分

 先の記事と比べてほしいのだが、文章構成も先の記事とは異なっている。内容として決定的に異なっているのは、こちらの痕跡には「将来にわたる総量を50年換算(成人)で評価した」という明記が含まれている。
 ここから普通に推理されることは、はてなブックマークに残す痕跡が最初の記事で、その後、現在のバージョンに改訂されたということだ。しかし、現在表面的に残されている記事の時刻スタンプからは、はてなブックマーク痕跡のほうが新しいため、それは明瞭にはいえない。また、もしその推理が正しいなら、朝日新聞記事の時刻スタンプも改訂(改竄と言ってよいだろう)されていることになる。
 この問題が追及できるのはここまでだろうと思っていた。が、同記事がブログなどに引用されたものはないかと試しに調べてみると、阿修羅という掲示板に次の引用(参照)を見つけた。これははてなブックマーク痕跡と同一の文章であると思われる。

住民検査で初の1ミリシーベルト超検出 南相馬の男性 (朝日新聞) 
http://www.asyura2.com/11/genpatu15/msg/535.html
投稿者 赤かぶ 日時 2011 年 8 月 14 日 00:36:48: igsppGRN/E9PQ
住民検査で初の1ミリシーベルト超検出 南相馬の男性
http://www.asahi.com/national/update/0813/
TKY201108130355.html
2011年8月13日20時55分 朝日新聞
 福島県南相馬市が住民の内部被曝(ひばく)を調べたところ、60代の男性1人から1ミリシーベルトを超える数値が検出されたことが分かった。市立総合病院が13日発表した。ホールボディーカウンターと呼ばれる機器を使い、体内に取り込んだ放射性セシウムによる内部被曝の将来にわたる総量を50年換算(成人)で評価したもの。住民の検査で1ミリシーベルト以上の内部被曝が明らかになったのは初めて。
 放射線量が高い地区で暮らしている16歳以上の569人と、原発事故時に市内に在校していた6~15歳の小中学生330人が対象。同病院によると、1.02ミリシーベルトが測定された60代男性は3月12日、水を確保するために山中に滞在していたという。
 小中学生の検査では2人から最大0.41ミリシーベルトが検出された以外は全員が測定可能な数値を下回っていた。16歳以上では98%にあたる561人が0.5ミリシーベルト未満だった。

 はてなブックマークの痕跡と付き合わせて見ると、阿修羅という掲示板が朝日新聞記事を改竄している可能性はかなり低そうだ。この記事が原形であったかもしれない。そうであれば、2つの意味を持っている。(1)「50年換算(成人)で評価」という表現が意図的に削除された、(2)「2011年8月13日20時55分」というタイムスタンプは内容の改訂を意味していない。
 これはどういうことなのだろうか。普通に推理できることは、朝日新聞は内部被曝について無知であるというより、「50年換算(成人)で評価」という内容を除去することで、あたかも年間の内部被曝であるかのような印象を与えたかったのでないかということだ。この点については、先の署名記事の錬石和男・放射線影響研究所顧問のコメントの修辞とも調和しており、いっそう疑いを濃くする。
 ただし、タイムスタンプの謎はこれだけでは解けない。同朝日新聞記事をネタにした2チャンネルの掲示板にも引用があるが、そのタイムスタンプはさらに古く(参照)、現在のバージョンが記載されている。

住民検査で初の1ミリシーベルト超検出 南相馬の60代の男性 [08/13]
カテゴリ
1 ゴッドファッカーφ ★ 2011/08/13(土) 20:26:17.27 ID:???0
 福島県南相馬市が住民の内部被曝(ひばく)を調べたところ、60代の男性1人から1ミリシーベルトを 超える数値が検出されたことが分かった。市立総合病院が13日発表した。ホールボディーカウンターと 呼ばれる機器を使い、体内に取り込んだ放射性物質による内部被曝の総量を評価したもの。住民対象の 検査で、1ミリシーベルト以上の内部被曝が明らかになったのは初めて。
 放射線量が高い地区で暮らしている16歳以上の569人と、原発事故時に市内に在校していた6~15歳の 小中学生330人が対象。同病院によると、1.02ミリシーベルトが測定された60代男性は3月12日、 水を確保するために山中に滞在していたという。
 小中学生の検査では2人から最大0.41ミリシーベルトが検出された以外は全員が測定可能な数値を 下回っていた。16歳以上では98%にあたる561人が0.5ミリシーベルト未満だった。
▼asahi.com(朝日新聞社) [2011年8月13日20時15分]
http://www.asahi.com/national/update/0813/
TKY201108130355.html

 この情報も改竄されている可能性がゼロではないが低いと見てよいだろう。すると、該当朝日新聞記事の、私が追跡できる最古のタイムスタンプは「2011年8月13日20時15分」であり、この時点で現バージョンが存在していたことになる。これは阿修羅という掲示板のバージョンで追跡できる時刻より古い。いったん現在バージョンが出て、その後、「50年換算(成人)で評価」のバージョンが出たあと、現在バージョンに戻ったのだろうか。

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コメント

どちらかと言うと産経新聞の方が勘違いしているようです。放射線被ばくについて色々な単位が出てくるので大手メディアでも正しく理解しているところはほとんどなさそうです。
外部被ばくや、異なる核種の異なる摂取経路による内部被ばくを同じ単位で比較出来るようシーベルトという単位が定められ、防護基準などは一般的に1年当たりの被ばく当量(Sv/年)で定めています。
内部被ばくについては核種、摂取経路(経口、吸入)ごとに体内での蓄積部位や排出されるまでの時間、放射線の種類やエネルギーなどを考慮して放射能の量(Bq)から被ばく量(Sv)に換算する係数を定めています。ややこしいのは、こうして換算した被ばく量は預託期間50年間の総量であることです。取り込んだ放射性物質が体内で発する放射線は物理的半減期と生物的半減期に従って少なくなっていくので、単位期間当たりの被ばく量で表しても意味がないからです。
ホールボディーカウンターというのは原理的にはサーベイメーターと同じで、体から外に出てくる放射線(γ線)を計測しています。計測値はcpmで表される放射線のカウント数で、そこから線源の核種を仮定して(今回の場合セシウム)、体内の放射能(Bq)を推定します。被ばくから検査まで時間が経っている場合は、その時間を考慮して半減期から逆算して被ばく時の量を推定します。
こうして推定した放射能の量にセシウムの換算係数を掛け、被ばく量を計算した結果が1mSvを超えたということでしょう。これは、今後50年に合計1mSvの被ばくをするということですが、セシウムの場合最初の1年で9割程度が排出されてしまうため、大部分は最初の1年(のうち前の方)で被ばくすることになります。そもそも基準はあくまでもSvに換算した1年間の摂取量の合計(と外部被ばく)なので、基準を超えているのは明らかです。また、事故時屋外におられたということはヨウ素131も吸入摂取している可能性が高く、実際の被ばく量はもっと多いと考えられます。ヨウ素131の被ばく量は今となっては計測不能です。
60代という年齢を考えてもこの方の健康に何らかの影響が出ることはないでしょうが、実際に住民の方に1mSvを超える被ばくが確認されたという事実は重く受け止めるべきだと思います。

一方、1000人近い調査で基準値越えが1人だけ、しかも僅かな超過ということは健康に影響が出るような被ばくをした人がいない可能性が高いことを示しており、過度に心配したり、被災者の方をいかなる形でも差別するようなことは厳に慎むべきでしょう。

投稿: fikser | 2011.08.23 16:36

長期間に渡って同量の線量を被曝することを前提に定められた年間1mSvという許容線量基準と、1年間限定の推定内部被曝線量を比較して、基準を超えただの超えてないだのと云々すること自体がナンセンス。
なんのための基準かを考えずやみくもに適用していくだけでは、放射能以外のリスクも含めて住民の健康を守る(リスク総量を低減させる)ことにはつながらない。

投稿: | 2011.08.24 00:05

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