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2011.06.01

スーダンのアビエイ地方が予想通り紛争化

 南スーダン独立が来月に迫るなか、予想されていたことではあるが、油田地帯のアビエイ地方で問題が発生してきた。
 スーダン南部の独立を求める住民投票(レファレンダム:referendum)が今年の1月9日から15日に実施され、98.1%が独立を求めるという結果になった(参照)。当然予想された結果なのだが、1月15日朝日新聞社説「スーダン南部―投票後の安定にも支援を」では、「紛争の解決策は、和解による統一政府の樹立か、分離独立か」とありえない選択肢を書いていた。それだけ見るといくらスーダンに肩入れしている中国様に色目を使うにしても、さすがに馬鹿丸出しのようにも見えたものだが、同社説の主旨は南部独立後も紛争が続くという懸念であり、それはそれで当然でもあった。


 もし南部が独立を選んでも、北部との関係が終わるわけではない。
 南北の境界に未画定の部分があり、境界付近にある油田地帯の帰属を巡る住民投票は延期されている。この国の外貨収入源である石油資源の大半が南部にあるため、領土や資源を巡る紛争が再燃する心配もある。

 そしてその懸念が現実化してきた。
 朝日新聞社説が「境界付近にある油田地帯」とぼかして書いているのは、アビエイ地方のことで、アビエイ問題の背景については、3月付けのフォーリン・アフェアーズ「スーダン南部独立への遠い道のり」(参照)が詳しい。住民投票の時点でこのような状況だった。

 この2週間だけでもアビエイの北で起きた襲撃事件によって33人が犠牲になっている。南部の分離独立を問う住民投票に参加しようとする人々でひしめき合う数台のバスが、ハルツームからアビエイへ向かう道路上で攻撃されたためだ。その結果、道路は封鎖され、アビエイの町は食糧や燃料が不足する事態に陥った。
 この問題を別にしても、この地域に北部から遊牧民と牛の群れがやってくる季節になると、アビエイの住民との間で衝突が起きる。すでにその季節を迎えつつある。
「スーダンが二つの国に分かれたときに、アビエイは北と南のどちらに帰属するのか」という疑問が、こうした目の前にある緊張を否応なく高めている。

 しかしレファレンダムという最終的な民意があるではないかいうことだが、まさにそこが問題で、実施されなかったのだった。

 スーダンでは、(スーダン政府が統治する)大多数がイスラム教徒の北部と、(スーダン人民解放運動=SPLMが支配する)キリスト教徒やアニミストが多い南部の間で22年にわたって戦闘が繰り広げられ、和平合意が締結された2005年まで内戦状態にあった。
 和平合意では、アビエイの住民が北部と南部のどちらに帰属するかを住民投票で決める権利をもつことも明記されたが、どこまでをアビエイの住民として認めるかをめぐって、SPLMとスーダンの政権与党である北部国民会議党(NCP)が政治的に対立し、結局、アビエイでの住民投票は実施されなかった。

 実はここでアビエイ問題がダルフール危機に関連してくる。

 国際社会が支持する、アビエイに関する南北合意は、アビエイの住民である南部のンゴック氏族の立場を認めている。ンゴック氏族の人々は、「この地に特定の季節だけ暮らす北部の遊牧民族のミッセリア族ではなく、ここに定住している者こそがアビエイが南北どちらに帰属するのかを決めるべきだ」と強く主張してきた。
 この主張が通れば、ンゴック氏族は北からの分離に賛成しているので、アビエイはまず間違いなく、近く独立する南スーダンの一部となる。しかし、NCPは独自の政治的思惑から、これに反対している。
 NCPとしては、スーダン西部で展開されるダルフール紛争においてミッセリア族をNCPの側に引き留めておく必要があるし、この地域に未開発の石油資源が眠っていると考えられるため、「アビエイは北に帰属すべきだ」というミッセリア族の主張を支持している。

 北部遊牧民族のミッセリア族がアビエイとダルフールに微妙に関わってくる。ミッセリア族は必ずしも北部とは限らないかもしれない状況すらある。

 2006年にはジャンジャウィードの指導者がJEMと相互不可侵協定を調印するようになり、続いてJEMに加わる動きもみられた。そしていまや、JEMはハルツームとの戦闘において自軍に取り込む対象をミッセリア族にも広げている。
 ミッセリア族の兵士がダルフールの反政府勢力に加わってハルツームと戦うのは、矛盾しているかにみえる。
 実際、私が話したンゴック氏族の誰もが、NCPがアビエイをめぐる既存の合意を実施に移さないことを問題にし、スーダンのバシル大統領は、アビエイの権利を主張するミッセリア族を支持するために戦争も辞さないつもりだった。

 とはいえ、ミッセリア族は現状では北部政府の先兵となっている。
 最近の状況だが、NHKですらと言っていいと思うが、報道があった。5月23日「南スーダン独立前に北軍侵攻」より。

 アフリカのスーダンで、ことし7月に迫った南部の独立を前に、北部の政府軍が、帰属が決まっていない南北の境界付近の油田地帯に侵攻し、これをきっかけに南北間の激しい対立が再燃することが懸念されています。
 スーダンでは、北部のアラブ系の政府と、南部のアフリカ系の反政府勢力の間で、20年以上続いた内戦が終わり、住民投票の結果、ことし7月に南部が独立することになりましたが、南北の境界付近にあり、国内有数の油田地帯が広がるアビエ地方を巡っては、帰属が決まっていません。こうしたなか、北部の政府は22日、「政府軍がアビエ地方に侵攻して制圧し、南部側の武装勢力を掃討している」と発表しました。国連などによりますと、北部の政府軍は、少なくとも15両の戦車を展開させるとともに迫撃砲などによる攻撃を行ったということです。これに対して、南部の自治政府軍は「われわれへの宣戦布告だ」として強く反発しているほか、国連の安全保障理事会も今回の侵攻を非難し、即時撤退を求めており、これをきっかけに南北間でアビエ地方を巡る激しい対立が再燃することが懸念されています。

 どうにもわかりづらいニュースなのは、NHKとしてもなんとか中立性を保とうとしているからだろう。どっちかについてすっきりできる問題ではない。
 北部政府の言い分としては、アビエ地方に南部側の武装勢力が攻勢をかけたのでその正当防衛としたのだろう。実際にそういう側面もある。国連平和部隊と北部政府軍がこの地域から撤退行動に出ているときに、南スーダン南部側の武装勢力が待ち伏せをしかけたのだった。
 だが、その後の北部側の対応は歌舞伎じみていて、防衛というのは騒ぎが大きく、北部側の狙いどおりのように見える。5月26日AFP「スーダン南北係争地に北部系民兵、衛星写真で確認と国連機関」(参照)でも、どう見ても北部政府支援で武装したミッセリア族の動きを伝えている。

 UNMIS報道官によると、民兵らはアラブ系のミッセリア(Misseriya)族と見られ、部隊や戦車、ヘリコプターが配備されつつある様子が衛星写真で確認できたという。アビエイからは市民の姿が消えているという。
 ミッセリアは1983~2005年の南北間の内戦で北部政府と同盟関係にあった遊牧民で、アビエイは通常、放牧の際の通過地点にあたる。
 南部政府関係者らも、ミッセリアの民兵たちが大挙してアビエイに入りつつあると警鐘を鳴らした。南部政府を支持するンゴク・ディンカ(Dinka Ngok)族を中心とする住人数千人が南部に避難してもぬけの殻となったアビエイでは、既に放火や略奪が始まっているという。
 ミッセリアの族長は、プロパガンダだとしてこれを否定している。
 一方、衛星を使った監視任務に参加しているある人権団体は、「北部政府軍がアビエイで戦争犯罪や人道犯罪を行っている証拠が、衛星写真に写っている」と指摘した。衛星写真を分析した別の団体も、「軍事車両による攻撃が行われ、村が破壊されていることは明白」と述べている。

 予想通りやってきましたね、お尋ね者バシル大統領というところだろう。NHKも、26日報道「スーダン 油田地帯巡り緊張高まる」(参照)では、きっちり登場してきたお尋ね者バシル大統領がいる。

 アフリカのスーダンで、ことし7月に迫った南部の独立を前に、帰属が決まっていない南北の境界付近の油田地帯を北部の政府軍が占拠したことについて、スーダンのバシール大統領は演説で「北部スーダンの領土だ」と一歩も引かない構えを示し、緊張が高まっています。
 スーダンでは、ことし7月に南部が独立することになっていますが、これを前に、北部の政府軍は今月19日、先に南部側から攻撃を受けたとして、南北の境界付近の帰属が決まっていないアビエ地方に部隊を展開させ、占拠しました。アビエ地方には国内有数の油田地帯が広がっており、国連の安全保障理事会などが即時撤退を求めたのに対し、北部のスーダン政府のバシール大統領は、25日までに首都ハルツームで行った演説で「アビエ地方は北部スーダンの領土だ」と述べ、一歩も引かない構えを示しました。アビエ地方では、政府軍による占拠が始まって以降、北部側の民兵組織によるとみられる略奪や放火、それに国連のヘリコプターへの発砲が起きており、国連などによりますと、およそ4万人の住民がアビエ地方を離れたということです。南部の自治政府軍のスポークスマンは「スーダン政府軍は民兵組織を使ってアビエ地方を奪い取ろうとしている」と非難しており、今後、緊張がさらに高まることが懸念されます。

 かくして大変な事態になった。
 その前の米国時間の22日の国連は声明を出している。「SECURITY COUNCIL PRESS STATEMENT ON ABYEI, SUDAN」(参照)である。オバマ米国大統領も即座に支援した。
 事態に対してもっとも影響力を持ちうるのは当然中国なので、ワシントンポスト社説「Crisis in Sudan」(参照)にはその言及があった。オバマ米国大統領の声明を是として。

That is the right message. But the administration must also move to restrain the southern Sudanese government from responding militarily, and urge Arab states and China — north Sudan’s prime economic partner — to use their leverage on Mr. Bashir.

オバマ政権は正しいメッセージを送った。しかしさらに、オバマ政権は、南スーダン政府が軍事的な挑発に乗らないよう抑制させるべく行動すべきだし、アラブ諸国と、北部スーダンの経済支援者である中国に働きかけ、バシル大統領を動かすようにすべきだ。


 レファレンダムに至る経緯を見ていると中国もかなり折れているので、さらに無いものねだりという印象がないわけでもないが、スーダン問題で中国の役割が大きいのも事実である。中国としては南部独立によってこれまでの石油利権に不安を感じているのだろう。スーダンの石油の七割は南部にある。
 アビエイ地方の紛争化でダルフール危機の行方も見えなくなりつつある。5月28日付けのニューヨークタイムズ「Another War in Sudan?」(参照)が指摘しているとおりだ。

The Obama administration set out a road map for removing Sudan from the terrorism list and normalizing relations with Khartoum. That must be held up until Mr. Bashir negotiates a settlement for Abyei. To get maximum benefits, progress on a peace settlement in Darfur is also required.

オバマ政権は、スーダンをテロ国家のリストから外し、北部スーダン政府との関係正常化の工程を示したが、この工程は、バシル大統領がアビエイ地方安定化の交渉に乗り出すまで凍結しなければならない。最大限の利益が得たいなら、ダルフールでの平和調停の進展もまた求められる。


 現状ではどうなっているか。
 昨日のNHKでは、また微妙な報道をしている。「スーダン 非武装地帯設置で合意」(参照)より。

 アフリカのスーダンでは、来月に迫った南部の独立を前に、北部のスーダン政府と南部の自治政府が、南北の境界に沿って非武装地帯を設置することで合意しました。
 スーダンでは、北部のアラブ系の政府と南部のアフリカ系の反政府勢力との間で20年以上続いた内戦が終わり、住民投票の結果、来月、南部が独立することになっています。こうしたなか、南北間の仲介にあたっているAU=アフリカ連合は、先月31日、北部の政府と南部の自治政府の代表者が東アフリカのエチオピアで会合を持ち、およそ2000キロにわたる南北の境界に沿って非武装地帯を設けることで合意したことを発表しました。合意によりますと、非武装地帯では南北が共同でパトロールを行うほか、双方の防衛担当相らが率いる共同機関を設置し、南北の安定した関係維持を図っていくということです。スーダンでは、南北の境界付近にあり帰属が決まっていない油田地帯のアビエイ地方を、先月、北部の政府軍が占拠したため、南北間の新たな火種となっていますが、今回の合意はこの問題には触れておらず、引き続き緊張した状況が続きそうです。

 とりあえず南北の非武装地帯が設定されるのだが、問題化している当のアビエイ地方は除外されているので、名目的な対応でしかない。
 今後の動向だが、皆目わからない。話の筋立てからすると、当然北部政府のお尋ね者バシル大統領が諸悪の根源のようでもあるが、彼としても強行な態度に出ないかぎり北部政権が維持できないというご事情もありそうだ。国連としても中国の利権が大きくからむため、カダフィ大佐を屠ろうするような単純な動きも取れない。
 ダルフール危機を含めてすべてが一気に瓦解する可能性もあるのかもしれない。が、そこまで見えてきたら中国としても動かざるをえないだろう。

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