石油備蓄放出ということだが、これはちょっとひどい話
国際エネルギー機関(IEA)は、23日、日米を含め28か国の加盟国に義務づけている原油や石油商品の備蓄を協調して放出することにした。放出総量は6000万バレルで加盟国は1か月間放出を続けることになる。米国政府は3000万バレルの原油放出を決め、日本政府もガソリンなど石油製品790万バレルの放出を発表した。今回のIEAの決定について、表向きの理由は付くが、不可解とも言えないこともないし、この件にはちょっとひどいなあとも思うので簡単にメモしておきたい。
表向きの理由は、さすが読売新聞というべきか、24日の社説「石油備蓄放出 原油高をけん制する協調策」(参照)で早々に説いていた。
ニューヨーク原油市場の指標価格は、今春以降、1バレル=100ドル超に高騰していたが、消費国の備蓄放出が決まると、一時、90ドルを割り込んだ。
IEAの決定でさっそく、原油価格が押し下げられた形だ。原油市場に流入していた投機マネーの動きも抑制したとみられる。
世界の原油需要量のうち、今回の放出量は日量換算でわずか2%強にとどまる。しかし、加盟国が結束して行動する意義は大きい。相場の過熱をけん制する効果に期待したい。
投機による原油の高騰を抑える効果があるという。その効果がある自体にはさして疑念はない。背景説明になると少し奇異感が出てくる。
そもそも、最近の原油高は、中東・北アフリカでの政情不安や、新興国の需要拡大などで、需給が逼迫していることが主因だ。
ところが、中東などの主要産油国で構成する石油輸出国機構(OPEC)は金融危機後、生産枠を減らし続けている。
消費国の期待を裏切ったのが、今月初めのOPEC総会だった。原油高を抑制しようと、穏健派のサウジアラビア、カタールなどが生産枠拡大を主張したのに、イラン、ベネズエラなどが反対して、増産は見送られた。
イランなどは、生産枠を増やさずに原油収入を確保できる原油高を望んでいる。
需給の逼迫とあるが中長期的な傾向というくらいのもの。不思議に思うのは、価格高騰は投機マネーを引き起こす潤沢なマネー側を読売新聞が無視していることだ。マネーが増加しているのであれば、生産側のOPEC側が慎重になるのはそれほど不思議とも思えない。ただし、イランがこの機に乗じて収入を増やそうとしているという問題はあるにはある。
読売新聞社説は以上の理由から、日本も協調せよとする。
東日本大震災からの復興や、経済再生が課題の日本にとって、安定的に原油を確保することは重要だ。OPECに生産体制を増強するよう、圧力をかける意味でも、IEA加盟国との連携を強化しなければならない。
間違いとも言い切れないが、日本の安定的な原油確保にとって、どこまで切実な問題なのかはわからない。
奇妙なのはごく基本的な報道を見ても、読売新聞社説の理屈があまり妥当なものとは思えないことだ。24日付けロイター「IEA石油備蓄放出は産油国との関係変化を象徴、OPECは不快感」(参照)より。
サウジアラビアは、OPEC総会後も市場の必要に応じて増産する方針を表明した。
OPEC加盟国にとってIEAの行動は正当化できるものではない。イランのみならず、伝統的に米国寄りとされる湾岸諸国からも、不必要で正当化できない干渉との声があがっている。
ある湾岸国のOPEC代表はロイターに「1バレル150ドルに上昇したわけでもなく、このような動きにでる理由はない。市場は供給不足に陥っていない。クウェートやサウジはこれまでも増産しているが、買い手はそれほど多くない。IEAは米国とともに政治的に動いているだけだ」と述べた。
そのOPEC代表の言い分のほうにも理があり、IEAと米国の政治性が問われてもしかたがない。
読売新聞社説で奇っ怪なのは、「中東・北アフリカでの政情不安」とはしているが、リビアへの直接的な言及を避けていることだ。しかし、ロイターでは次のように明示的に報道している。
IEAはサウジによる増産のスピードと、リビア産の軽質原油を補うに足る質が確保できるかといった点に疑問を呈している。
これが今回の備蓄放出の理由とされているが、専門家の間では、IEAは最後の石油の供給者としてのサウジの役割見直しを視野に入れているとの声が聞かれた。
リビア問題の紛糾も当然背景にあると見ていいだろうし、これは米国の対リビア戦略の失態とも関連していると見てよいだろう。
疑念の声は膨れているようだ。26日付け日経新聞「石油備蓄放出の効果と副作用 」(参照)より。
IEAの備蓄放出は、1991年の湾岸戦争、2005年のハリケーン・カトリーナの米襲来時に次いで3回目。市場の供給不安に即応した過去2回と異なり、今回の備蓄放出は市場の想定外の決定だ。
意外感は大きく、直後の市場では原油相場が大幅に下落した。その一方で「なぜ今、備蓄放出なのか」という疑問が広がっている。原油やガソリンの価格引き下げを狙って、米国など先進国政府が市場に介入したという印象がぬぐえないからだ。
IEAはリビア内戦でガソリンなど揮発油を多く抽出できる軽質原油の供給量が減っている影響を重視、夏以降の需要増大への対応が必要と強調する。世界的に原油や石油製品の在庫は高水準で、足元の市場で需給逼迫が起きているわけではなく、備蓄放出は予防的な措置でもある。
そもそも、現況が、1991年の湾岸戦争や2005年のハリケーン・カトリーナに匹敵する事態なのだろうか。米国内でも疑念はある。
全体の半分、3000万バレルは米国が戦略原油備蓄から放出する。米政府は消費の足かせになっているガソリン高の沈静化につながり、景気の支援材料になることに期待を示す。ただし、米国でも「緊急時に活用すべき戦略備蓄を価格誘導を狙って政治的に用いるのは問題」といった批判があることに留意すべきだ。
日経の記事で興味深いのは、民主党政権内の与謝野馨経済財政相の動きである。
日本は全体の約13%の790万バレル分を、民間に義務付けている石油製品備蓄から放出する。与謝野馨経済財政相はIEAの決定について投機への対抗という側面を強調した。
ようするに、読売新聞は与謝野馨経済財政相のシナリオを拙速に社説に開陳したということで、これは状況的には、ちょっといかがなものかというレベルの追米政策ではないのだろうか。自民党はよく追米政権と言われたがものだが、民主党のこの状況はそれ以下ではないのかという印象があるが、なぜかあまりそうした批判も聞こえないようにも思う。
もう少し露骨に言ってもよいかもしれない。これは、オバマ大統領再選キャンペーンの一環ではないのか。陰謀論のように聞こえるかもしれないので、24日付けワシントンポスト「The wrong reason for depleting the strategic oil reserve」(参照)を補っておこう。ホワイトハウスの危機感という文脈から。
Therein, perhaps, is a political emergency, at least in the White House view: President Obama’s reelection prospects will be harmed if national discontent over high gasoline prices continues. The oil release could be seen as a way for the president to take credit for gas prices that are falling anyway, or as an indirect, pre-election stimulus.その点で、恐らく、少なくともオバマ政権から見れば、政治的な緊急事態ということだ。つまり、ガソリン高騰に対する米国民の不満が続くなら、オバマ大統領再選の見込みは毀損するだろう。石油放出という手段で下げたガソリン価格を自分の功績にできる。つまり、間接的にであれば、選挙戦の前段の刺激策というわけだ。
短絡な物言いになるのは好ましくないが、オバマ大統領、ひどすぎないか。
ついでに言えば、これに諾々と追米してしまう民主党政権もひどいもんだし、読売新聞もひどい。
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コメント
終わるようで終わらない石油本位制経済。
いつになったら終わるかな、石油本位制経済。
日本の土地本位制もいまや終結したから、きっと、破局を経験した後に終わるに違いない、石油本位制経済。
石油本位制経済が終わったら、アメリカは超大国でなくなるし、ロシアも大国でさえなくなることでしょう。
投稿: enneagram | 2011.06.29 10:15
こんにちは、
カイザーリポートという経済番組で、「Lets blow ourselves up! - Japans Kamikaze message to OPEC」といって、石油をほぼ100%輸入している日本がしていることはオペックに自爆テロのメッセージを送っているようなものだと揶揄しています。オバマさんは投機筋を批判しているのですが、実際には事前情報を漏らしインサイダー取引をさせ、儲けさせ、また、現物を安く買わせて、将来に儲けさせるだけだともいっています。(実際に下がっているのは現物で6ヶ月の先物を下がっていない)
「石油備蓄放出:OPEC へ日本自爆 !というメッセージ」という日本タイトルで字幕をつけました。よろしければご覧下さい。
finalventさんの多様でクロリティの高いブログ楽しみにしています。love and peace
投稿: dandomina | 2011.07.05 10:17