[書評]絶頂美術館(西岡文彦)
書籍の売り方としてしかたないという感じがしないでもないが、エロチックなヌードという視点から「絶頂美術館(西岡文彦)」(参照)が語られてしまうのはもったいないと思った。私は自分なりにフランス革命後時代の風俗を再点検していく過程でジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis David)に関心を持っていくうちにこの本を知り、自分が考えていた線がすっきり描かれていて非常に興味深かった。初版は2008年12月とある。
著者の西岡文彦氏については略歴にある以上のことは知らないが、美術史の学者というより実際の創作者なのだろう。創作側の視点が美術評に活かされている点がよかった。反面、こうした一般書籍の制約なのか参考文献もなく、画家の名前などの基本情報もないのが、さらに関心を深めようとする人には、残念でもあった。
![]() 絶頂美術館: 西岡 文彦 |
本書はおそらく、美術史的には1990年代後半の欧米での新古典主義やラファエル前派の再評価の流れに乗ったものではないかという印象がある。記憶によるのだが、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti)などの作品を電車の広告などで見かけるようになったのもその頃であった。
連想になるが、本書でも一章充てられているジャン=レオン・ジェローム(Jean-Léon Gérôme)なども、本書では映画「グラディエーター」(参照)への指摘があるが、本書に掲載されていない他の作品などを見れば、おそらく誰でもはっと気がつくだろうが、スターウォーズの世界である。もしかすると、ジェロームのオリエンタリズムが1930年代の米国映画に影響し、それがさらに発展したものと見られているのかもしれないが、私はむしろ1990年代の再発見ではないかと疑っている。
雑談風あるいは猥談的な風味の展開もあってか、本書では美術史的な文脈は添え物のようにも見えるが、やはり多少なり美術史に関心を持つ人にとって面白いのは、すでに1990年代以降語られきてはいるのだが、印象派を中心とした「近代絵画」幻想の解体としての、新古典主義だろう。
その文脈で興味深いのは、近代絵画に対応する新古典主義というより、新古典主義のほうがむしろ理性主義として近代的であったという点だ。逆に、では、従来近代絵画とされてきたものは何であったのか。
私個人の印象の域を出ないが、高校生のころから美術好きでデパートの絵画展巡りをしてきた自分、また、小林秀雄「近代絵画」(参照)といった、まさに近代化の過程での近代絵画という文脈で精神形成をしてきた自分にとっては、近代絵画の解体はそれなりに重たい意味を持つ。うまく切り出せないが、一つ明確なのは、やはり西欧における肉体とエロスの関連だろう。直感的に言えば、ミシェル・フーコー(Michel Foucault)の晩年の知的作業も関連している。
もう一点、ニューズウィークなど米国誌を読むようになって気がついたのだが、米国における近代絵画もやはり類似の線上にあり、そしてむしろこれらの、日本や米国などの各種の近代絵画の特質は、ある種の啓蒙的な模倣性にあるのではないかということだ。むしろ隠された焦点は、日本や米国の近代絵画の実態ほうにあるのではないかと思えてきた。特に、米国印象派が興味深い。
話を自分の関心に引きずり過ぎたが、本書はごく気軽に、みうらじゅん的にというべきだろうか、西洋の肉体芸術っておかしなもんですなというふうに読むこともできるし、とりあえずはそういう切り口になっている。ドラクロワ(Ferdinand Victor Eugène Delacroix)やクールベ (Gustave Courbet)などについては、むしろそうしたジャーナリスティックな関心のほうが本質に接近しやすいかもしれない。特に近年話題になったクールベの「世界の起源(Origine du monde)」(参照)についてはそれが言える。絵画と「公」の関係性の問題、つまりは権力の問題といってもよいものも、新古典主義の絵画と近代絵画の差違に存在しているが、この点もドラクロワやクールベあたりが示唆的である。
本書は口絵にカラー写真が数点があるが、本文中は白黒なのでそのあたりもさみしい印象がある。大半の作品はインターネットですでに公開されており、選べばかなり質のよいフルカラー画像を見ることができる。かくいう私も、新古典主義やラファエル前派の作品を体系的に見ることができるようになったのは、インターネット文化が交流した1995年以降のことだった。
ちなみに本書表紙のアレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel)の「ヴィーナスの誕生」はウィキペディアにもある。

La Naissance de Vénus (Alexandre Cabanel)
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