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2011.06.24

[書評]震災恐慌!~経済無策で恐慌がくる!(田中秀臣・上念司)

 書名を見て煽りすぎではないかという印象をもつ人もいるだろう。「震災恐慌!~経済無策で恐慌がくる!(田中秀臣・上念司)(参照)の表紙と帯は、おどろおどろしい。しかし悲しむべきことに、本書の書名どおり震災恐慌は来るだろうと私は思う。本書は、来るべき震災恐慌に向き合い、腰を落ち着けて考えるのに最良の書籍となっている。

cover
震災恐慌!
経済無策で恐慌がくる!
田中秀臣・上念司
 書名から受ける緊急出版的な印象に反し、本書は学術的な議論が展開されていて説得力がある。東北大震災一か月後が過ぎた時点の速成の書籍のようにも見えるが、対談者の一人、田中秀臣氏には、関東大震災後経済を熟知している経済史学者ならではの知識の裏打ちがあり、そのことで本書は長い射程を得ている。
 その意味で、学術書という堅苦しさはないものの読み進めながら大学の講義を受けているようにも感じられ、本来ならもっと幅広く、例えばであるが、池上彰氏の書籍読者にも届けばよいと願う。実際に対談者のお二人の実際の公開対談を聞いたことがある人なら、もっと痛快な語り口にもなったかとも思える。
 それでも現実の意味するところには変わりはなく、そのことは、本書で唯一触れられなかった震災恐慌の要因の一つでもあるのだろう――本当の学問を信頼することが難しい、ということだ。
 テーマである「震災恐慌」とは何か。
 東北大震災が引き金となる経済恐慌である。が、1929年から始まった世界恐慌とは異なる。むしろ穏やかであるかもしれない。どのような風景となるのか。

田中 そこで一番怖いのは、震災で落ち込んだことではなく、マイナス成長が長年にわたって続いていくことです。すると、みんな疲れてくる。その中で、とくに被災地域を中心に、東北が見捨てられるような状況になってしまったら、やはり多くの国民は、政府に対する根深い不信感を抱くと思うよね。今は、寄付だってみんな一生懸命やっているけど……。
 最悪のシナリオは、金融緩和は行われず、消費税だけが増税され、震災復興はしょぼい予算の組み替えだけで、だらだら続きます。税金を払う側はとられ放題で不満がたまり、救済としてもらう側も「こんなにしょぼいのか」と不満がたまり、国民全体に不満がたまっていく可能性がある。しかも、経済はどんどん縮小し、失業率が上がっていく。
 失業がかなり深刻な状態になると、雇用調整助成金みたいなものがどんどん出されるようになり、民間企業に勤めているけれど、半分公務員みたいな人たちがどんどんふえていくことになる。
上念 つまり、今回の震災が、みんなが平等に貧しくなっていく始まりになりかねないわけです。穏やかな震災恐慌がずっと続いていく始まりであると……。

 失業者が町に溢れ、みんな生活が貧しく、「穏やかな震災恐慌がずっと続いていく」という状態、いや常態が、震災恐慌となるのだろう。
 なぜそのような事態が予想されるのか。そのことが本書の前半に縷々と語られているが、一般の読者としては、対処が可能ならそれを先に知りたいと思うだろう。「第3章 最悪のシナリオ」から、復興対策のシナリオが語られる。ここから読み始めたほうが本書はわかりやすいかもしれない。

上念 今後復興対策がどうなっていくか、そのシナリオについて考えたいと思います。
 一番大事なのは、復興対策の財源をどうするかということです。財源の軸は大きく分けると3つあります。
 1つは、財源を復興増税という名目で、増税によってまかなう方法。
 2つめは、政府が復興国債を発行して民間から資金を集める方法。
 3つめは、復興国債を政府が発行して、それをそのまま日銀にお金を刷らせて、直接買い取らせ、それを財源としてまかなうという方法です。
 実際の復興支援対策は、これらを単独で行うか、もしくはミックスして行うという方法が考えられます。

 本書では、方法として見た場合、最悪なのは増税であり、最善なのは日銀による復興国債買い取りであると展開していく。実際に予想される未来はどうなっていくだろうか。

田中 だから、最悪のシナリオというのは、政府が増税をし、さらに日銀が金融引き締めを行うというパターン。
上念 そうです。そして実際に一番ありえるシナリオというのは、政府がしょぼい財政政策を増税でやって、日銀の金融緩和はなし、つまり何もしないというものでしょう。

 私も、その「一番ありえるシナリオ」に進むだろうと予測している。つまり、現実的に可能なことは、穏やかな震災恐慌をできるだけ穏やかにするというくらいなのではないだろうか。端的に、絶望の一様式といってもいいくらいではあるが。
 本書は学問的ではあるが、学問的にも議論はあるだろう。復興債を日銀に買わせることで、実質お金を刷り、人為的にマイルドなインフレが可能であるとする考え方は「貨幣数量説」とされ、それ自体に批判も多い。だが、本書で展開されている議論は、より現代的な説として、デフレ期待(今後もデフレが続くと国民が想定している状態)を変更させる政策が重視されている。案外、経済学的に見える混乱は、学説の誤解による部分も大きい。
 しかし、「デフレ期待(Deflationary expectations)」とは何か、という議論は避けがたく、中心概念である「期待」や"expectations"から、社会心理学的に理解され、そこで議論は混迷しがちだ。
 私自身としては、この議論に社会心理学的な要素は払拭はできず、その改善志向の根底には、国家と政府への信頼が重要なのではないかと思う(ハイエクはそれを否定しているが)。残念なことに、こうした議論の煩瑣さは、現実の問題としての震災恐慌の対処にマイナスの要因になりかねない。
 リバタリアンの私としては、もう少し希望的に見るなら、本書では十分議論が尽くされていない二番目のシナリオ「政府が復興国債を発行して民間から資金を集める」がよいのではないかとも思う。そのためには、この間に考えつづけたことの一つであるが、日本国民が日本の復興を信じようとする緩和なナショナリズムが必要なのではないだろうか。
 本書が出版されてから、気になる動きもあった。著者たちが最善とする「日銀の国債買取り」の議論に政治家の動きがあったのだ。
 本書の著者と理路は別でも類似の考えの共通項として政治的な動向になりうるかもしれない。「超党派議連、日銀に復興国債の全額買入求める (ロイター)」(参照)より。

 超党派による「増税によらない復興財源を求める会」は16日、国会内で会合を開き、東日本大震災の復興に向けた財源について、増税ではなく、日銀よる復興国債の全額買い切りオペで調達することを求める声明文を決議した。
 同声明文には民主党や自民党などを中心とした国会議員211人が署名。今後、各党政調会への申し入れや、政局動向を見極めた上で、新政権を含めた政府への提言などを計画している。
 政府部内では、震災復興のための資金調達手段として新たに復興国債を発行するとともに、日本国債の信認を維持するため、その償還財源を一定期間後の増税で確保することが検討されている。こうした動きに対し、声明文では「大増税になる可能性があり、デフレが続いている日本経済へのダメージは計り知れない」と指摘。デフレ脱却、経済の安定成長まで増税すべきでないとし、「国債や埋蔵金などに復興財源を見出すべき」と主張している。その「第一歩」として「政府と日銀の間で政策協定(アコード)を締結し、必要な財源調達として、政府が発行する震災国債を日銀が原則全額買い切りオペする」ことを求めている。日銀の全額買い切りオペによる貨幣供給増で、「デフレ脱却、円高是正、名目成長率の上昇が期待でき、財政再建に資する」とも主張している。
 日銀では、こうした国債買い入れオペの増額議論などに対して、財政支援とみなされれば、日本の財政に対する信認が低下し、国債の円滑な発行に支障が生じかねないなどの観点から慎重姿勢を崩していない。
 会合には、民主党デフレ脱却議連の松原仁会長や自民党の安倍晋三元首相、中川秀直元幹事長、みんなの党の渡辺喜美代表らが出席。安倍元首相は「増税は明らかに経済成長にマイナスだ。デフレから脱却し、しっかり成長することこそが、復興、財政再建の道と信じている」とし、渡辺代表は「復興、社会保障、財政再建の増税3段跳びが菅政権の戦略。法人税を中心に減税しなければ日本の空洞化が進む」と懸念を示した。

 増税議論は選挙の票獲得にはならないから、案外、世の中の空気が「日銀の国債買取り」に向かうかもしれない。それはそれで思わぬ僥倖となる可能性もある。
 そうなるだろうか。「増税によらない復興財源を求める会」に安倍晋三元首相の名が連なっているというだけで、批判をするような国民性であれば、難しいかもしれない。

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コメント

確かに消費は渋くなり続けるでしょうね。

いまでも消費引き締めの影響が多角的に現れていると思います。

投稿: enneagram | 2011.06.24 12:21

増税と成長は関係が無い
実物経済と金融はバランスしていないといけない
リフレ派のやりかたは、成長期のバランスの取り方であり、実物経済が停滞から衰退しているときにやるべきことではない
震災と放射性物質は物流を停滞させ、円安を招く
日本は日本語での知識システムがまだしっかりしているので、円安になっても回復する
自動車産業が出て行くことで、産業の新陳代謝が進む
問題なのは、円安に対して、韓国などが通貨安政策を強化すること。これが対外的に重要な経済政策。
国内的には、マイナス預金金利を制度化することと、TPPなどの自由化に参加しないこと
衰退する国家が多様な国と一つになると、ギリシャのようなザマになるだろう
衰退を受け入れて金融を追随させることだ

投稿: PK | 2011.06.24 12:23

今回の記事を読んで、思わず1997年発行の「不機嫌な時代」(著:ピーター・タスカ 講談社)を本棚にとりにいきました。この本には、2020年日本の3つのシナリオが提示されていたのです。「シナリオ1:大逆転」「シナリオ2:デジタル元禄」「シナリオ3:長いさよなら」です。それぞれのシナリオの構成要素についても分析されていたのですが、当時は「シナリオ2:デジタル元禄」を無邪気に想定していました。

しかし、2020年が遠い未来ではない昨今、シナリオの構成要素を改めて確認してみると・・・
【政治】:統制
【主役】:官僚
【財政】:福祉膨張
【外交】:鎖国
【イデオロギー】: 民族主義
【情報】:抑制
【企業】:独占
【投資対象】:現金
【マクロ経済】: デフレ
【円】:過大評価

つまり、「シナリオ3:長いさよなら」。このシナリオ3は、以下のようにしめくくられています。

『2020年までの日本はあいかわらず安定し調和のとれた国であり、国民はあいかわらず「日本的」だった。生活水準の低下はごくゆっくりと進行したのでほとんど気づかれず、しかも、低下したからといっても、それは誰もが同じだった。
 とくに富んだ者もいない。とくに貧しい者もいない。そして生活がこれから良くなると本気で信じている者もいなかった。』

震災恐慌の始まり始まりぃなのかも。トホホ。

投稿: money-school | 2011.06.24 13:37

経常収支とは、異なった言語システムを持つ文化集団間の、例えば、自動車という需要の知識と自動車を作る供給の知識の過去から現在までの交換の結果だ。
日本語文化というのは、作る知識が圧倒的に強い文化でだ。例外的に、素材の無い知識そのものの製造・ソフト産業が弱い。だから、OSなどでは圧倒的に赤字になる。しかし、世界全体で比較すれば作る知識が総合的にかなり強い文化だ。
正統的なやりかたで言えば、日本が成長する方法は、日本語を広く普及させることだ。対外投資というのも、その一つの方法だ。
しかし、敗戦国であるという歴史的経緯など色々制約がある。国内において、需要と供給のバランスをとるためには少しづつ漸進的に増税をするというのも一つの有力なバランスのための方法だ。

投稿: PK | 2011.06.25 07:18

今回は原発の廃炉及び転換、震災復興に費やす分に限るという条件で日銀が30~50兆円を国債を引き受けてQEするというのに落ち着くと思うんですけどね。
日銀は議会の要請で際限なく引き受けとかは拒否でしょうけど、使途と上限が限られたQEなら抵抗は少ないでしょう。国内事情上ではマイルドインフレ・マイルド円安なら歓迎でしょう。中韓などが対円で通貨安競争に追随するとは彼らの国内物価を睨んでそんなに余地はないと思いますし。

投稿: ト | 2011.06.25 23:51

不況しか経験したことのない若年層の社会進出が増えるにつれて、
リスク回避の人生設計から信用創造は縮小し長期金利も低空飛行が続くように思います。
何か起爆剤のようなものがあればまた違うのかもしれません。

投稿: しらたまZ | 2011.07.02 21:12

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