2月25に中国艦艇がフィリピン漁船を威嚇射撃した事件をNHKは6月29日にわかりましたとさ
判じ物という趣向ではないが、中国の海軍の火遊びについて少し考えてみたい。話が入り組んだ形になるのは、報道のされかたに、まず奇妙とも思える点があるからだ。6月29日16時56分のNHK「中国艦艇が比漁船を威嚇射撃」(参照)は表題からもわかるように、中国艦艇がフィリピン漁船を威嚇射撃した事件の報道だが、事件はいつかというと2月であったというのだ。なぜかくも報道が遅れたのだろうか。
東南アジア諸国と中国が領有権を巡って対立を深めている南シナ海で、ことし2月、フィリピンの漁船が中国海軍の艦艇から立ち去るよう警告されたあと、威嚇射撃を受けていたことがNHKの取材で分かりました。
話を真に受けると、NHKが取材を重ね、6月も末になり、ようやく2月の事件がわかったので報道したということになる。詳細も読んでみよう。
フィリピン政府や軍の高官によりますと、ことし2月25日午後、フィリピンの漁船、マリクリス12号が南シナ海の南沙諸島にあるジャクソン礁という浅瀬の近くで漁をしていたところ、ミサイルフリゲート艦と見られる中国海軍の艦艇が接近してきて、無線を通じて「中国軍の艦艇だ。ここは中国の領海だ。直ちにこの海域から去れ」と警告してきたということです。近くにいた3隻のフィリピンの漁船は現場を離れましたが、マリクリス12号は、いかりを上げる装置が故障して動くことができず、中国の艦艇は「射撃する」と繰り返したあと、海面に向けて3回威嚇射撃を行ったということです。ベトナム政府は、自国の漁船が先月末、中国の艦艇から威嚇射撃を受けたことについて公表しましたが、フィリピン政府はこうした公表を一切、控えていました。フィリピンのデルロサリオ外相は、先週、中国の艦艇による問題行為が、ことし2月以降、9件起き、行動がより攻撃的になっていると非難しており、背景には今回明らかになったような中国艦艇による武器を使った威嚇行為があるものとみられます。
素直に読むならフィリピン政府は2月25日の中国艦艇によるフィリピン漁船威嚇射撃の公開を控えていたが、最近公開したから、それにあわせてNHKが取材してわかりました、ということになる。ほんとかね。
嘘だとも言えない。だがちょっと検索してみるとわかるように、6月の頭にはこの事件は国際的には報道されていた。例えば6月2日付けManila Bulletin Newspaper「Rizal, Spratlys, China, Philippines, Vietnam」(参照)にはこうある。
But the Chinese warship still fired three shots at the vessels F/V Jaime DLS, F/V Mama Lydia DLS and F/V Maricris 12. The Philippine Nay later identified the Chinese warship as Dongguan, a Jianghu-V Class missile frigate.
The incident in the South China Sea happened on Feb. 25.しかし中国の軍艦はそれでも、漁船、F/VハイメDLS、F/Vママ・リディアDLS、およびF/Vマリクリス12にに3つの弾丸を発射した。フィリピン海軍は後で中国の軍艦をトンコワン(Jianghu-Vクラスのミサイルフリゲート艦)と認定した。
南シナ海の事件は2月25日に起こった。
Yet while the Philippine government protested the March and May incidents, one by note verbale another verbally, it did no such thing about the February incident.フィリピン政府が3月及び5月の別の事件で口上書や口頭では抗議をしているものの、それには2月の事件についてはなかった。
確かに2月のフィリピン漁船威嚇射撃はフィリピン政府が隠蔽していたというのはありそうだ。そしてそれにはそれなりの外交・軍事上の意味合いもあったのだろう。
しかし、この6月2日の記事からして、6月頭には確認されていたと見てよいのも確かである。当然、NHKも6月上旬には確認できたはずなのだが、なぜ6月末まで報道が遅れたのか、またなぜこのタイミングでの報道だったのか。奇っ怪。
滑稽味もあるのは共同通信である。29日(22:37)付け「中国艦、比漁船を威嚇射撃 2月に南沙諸島付近」(参照)より。
中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の一部加盟国などが領有権を争っている南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島付近で、中国海軍の艦艇が今年2月、フィリピン漁船に威嚇射撃していたことが29日までに、分かった。けが人はなかった。フィリピン政府高官が明らかにした。
この高官や軍によると、中国艦は2月25日、南沙諸島のジャクソン礁近くで漁をしていた漁船数隻に無線で「この海域は中国の領海だ。立ち去れ」と警告。1隻が立ち往生したところ、数回威嚇射撃を受けた。
同様に領有権を争うベトナムの漁船も、南沙諸島海域で5月末、中国艦から威嚇射撃を受けている。
共同通信にとって、威嚇射撃事件がわかったのは29日の夜10時だそうだ。先ほどの「NHKの取材でわかった」とする午後4時の報道と組み合わせると、共同通信はNHKのニュースで確認したということなのか。共同通信もそれまでわからなかったのか、あるいは、29日に日本国内に何らかの筋で報道解禁が出たというのだろうか。他の国内報道の様子を見てもNHKが初報道のようでもあるが。
少し推測をしてみたい。そう思うのは、NHKのニュースを聞いた後、朝日新聞27日の社説「南シナ海―多国間の枠組み支援を」(参照)を想起したからだった。簡単にいうと、29日のNHK報道の準備のようにも思えた。
強大になる一方の隣国とどう折り合ってゆくか。経済の依存は深まり、安全保障面では圧力が強まる――。頭を悩ますのは日本だけではない。
ベトナムで反中国デモが繰り返されている。街頭活動を厳しく制限してきた一党独裁下では極めて珍しい光景だ。
先月下旬、ベトナム沿岸に近い南シナ海で、中国船がベトナムの石油探査船の調査ケーブルを切断したことが発端だ。
ベトナムは、中国船が自国漁船に発砲するなど侵犯行為を重ねていると主張する。当局はデモを黙認しているのだ。
フィリピンもスプラトリー(南沙)諸島の自国領に中国が建造物を構築したと抗議した。
中国はかねて、石油資源などが期待される南シナ海の大部分の領有権を主張してきたが、経済発展とともに軍事費を増大させてきた近年、より強硬な形で他国を牽制(けんせい)するようになった。
それは尖閣諸島をはじめとする東シナ海と似た構図だ。
中国との紛争をたびたび経験してきたベトナムは潜水艦を購入するなど軍備を増強し、海上での実弾演習を実施した。
これに対し中国でも反ベトナム感情が高まっているという。
中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)は2002年、南シナ海の領有権の平和的解決をうたった「行動宣言」に署名した。ASEANは法的拘束力を持つ「行動規範」への格上げをめざすが、集団交渉を避けたい中国は二国間協議を求める。
米国も「航行の自由は国益」として、南シナ海情勢に関与する構えだ。クリントン国務長官は、中国の動きを「地域に緊張をもたらす」と批判した。
米国はフィリピン、ベトナム両政府と協議したうえで、中国との直接協議に臨んだ。
日本の船舶にとっても重要な海上交通路にあたる。
ASEAN各国は、尖閣諸島や日本近海での日中のせめぎ合いを注意深く見ている。日本としても南シナ海情勢により大きな関心を寄せる必要がある。
圧倒的な軍事力を持つ中国には、行動宣言の精神を尊重し他国への挑発を慎むよう求めなければならない。ASEAN各国には、軍拡はいたずらに緊張を高めると指摘したい。
海洋資源については、領有権を棚上げし、関係国が共同開発を模索するしか道はなかろう。
日本も加わるASEAN地域フォーラムが来月に、米国とロシアが初参加する東アジアサミットは秋に予定されている。行動規範の策定を後押しし、多国間の枠組みを支援したい。
NHKによる「中国艦、比漁船を威嚇射撃」報道前なので、その点には触れていない。
朝日新聞がこの社説を27日に出したのはなぜか。答えは、朝日新聞社説には言及がないが、28日から開始されたフィリピン軍と米軍との合同軍事演習を受けてのことだ。
実は先のNHKによる「中国艦、比漁船を威嚇射撃」報道は、内容的な言及はないもののほぼ「米比合同軍事演習」の報道とペアになっていた。実際には合同演習の報道のあとに、中国軍の威嚇報道があった。NHK6月29日4時12分「南沙諸島付近で米比合同軍事演習」(参照)より。
南シナ海の島々の領有権を巡って東南アジア諸国と中国の対立が深まるなか、フィリピンとアメリカは、南沙諸島に近い海域で28日から合同軍事演習を始めました。
演習が行われるのは、南シナ海を臨むフィリピンのパラワン島と、その東側のスールー海で、この海域でアメリカとフィリピンが合同軍事演習を行うのは2008年以来3年ぶりです。演習には、合わせて1200人の人員と、アメリカ側からイージス艦など3隻、フィリピン側から哨戒艇2隻が参加し、11日間にわたって不審船の追跡訓練などを行う予定です。28日、パラワン島のプエルト・プリンセサで行われた式典に出席したアメリカ第7艦隊司令官のバンバスカーク中将は、記者団に対し「安全保障への関与を明確に示すことで、この地域の安定を確かなものにしたい」と述べ、アメリカが南シナ海を含む東南アジア全域の安全保障に積極的に関与していく姿勢を強調しました。さらにバンバスカーク中将は、原子力空母「ジョージ・ワシントン」を今週、南シナ海に派遣し、アメリカ軍単独の訓練を行うことを明らかにしました。南シナ海では、中国の艦艇がフィリピンやベトナムの石油探査船を妨害するなど活動を活発化させていて、アメリカとフィリピンは、あえて近くの海域で軍事演習を行うことで、中国を強くけん制するねらいがあるものとみられます。
朝日新聞としてはこの「中国を強くけん制するねらい」に対応したのだろう。
30日の毎日新聞社説は少し出遅れた反面、この文脈を明確にしていた。「南シナ海 中国の自制が必要だ」(参照)より。
決して「対岸の火事」ではない。
南シナ海で領有権を争う中国、ベトナム、フィリピンなどの対立が強まっている。中国が艦船活動を活発化させているためで、ベトナムでは市民らの反中デモが続き、フィリピンは28日から米軍との合同軍事演習に入った。やはり領有権を主張する台湾も近く軍事演習を行うとされ、震災対応に忙しい日本にもきな臭い空気が伝わってくる。
思い出されるのは、尖閣諸島をめぐる昨秋の日中摩擦だ。中国が東シナ海や南シナ海で「膨張政策」を取っているのは明白だろう。日本周辺では、九州から台湾、フィリピンなどを結ぶ第1列島線から、伊豆諸島-小笠原諸島-グアムと続く第2列島線へと勢力圏を東に拡大することを狙っていると言われる。中国は最高実力者の故トウ小平氏による韜光養晦(とうこうようかい)(謙虚に能力を隠す)路線を踏み越え、自国の「内海」を拡大して米国と張り合おうとしているようだ。
ベトナム外務省によれば、南沙諸島周辺では今月、同国の漁船が中国艦船から威嚇射撃を受け、ベトナムの排他的経済水域(EEZ)で海底地質調査をしていた同国の探査船が、調査ケーブル切断装置を持つ中国船に活動を妨害された。先月にも中国船によるケーブル切断や威嚇射撃があったという。今月中旬、ベトナムが南シナ海で実弾演習に踏み切り、中国との緊張が高まった。
宮城県沖の日本のEEZ内に中国の海洋調査船が入り込む事件も起きている(今月23日)。こうした中国艦船の動きは容認できない。東シナ海にしろ南シナ海にしろ石油資源への思惑があるのだろうが、中国はアジアの大国として、国連常任理事国として、平地ならぬ穏やかな海に乱を起こす行動は慎むべきである。
もちろん中国にも言い分はあろう。中国側は言う。南シナ海の問題は2国間対話で解決すべきだ、米国は当事者ではない、と。しかしクリントン米国務長官が日米安全保障協議委員会(2プラス2)で表明したように、中国が「地域に緊張をもたらしている」のは確かであり、中国艦船の威嚇射撃などは、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)が02年に署名した「南シナ海行動宣言」に反しているとの声も強い。
キャンベル米国務次官補と中国外務省の崔天凱次官の間で行われた米中初のアジア太平洋協議(25日)は平行線に終わったが、米国が言うように南シナ海の問題は多国間の枠組みで取り組むべきである。来月行われるASEAN地域フォーラム(ARF)や、米露が初めて参加する今秋予定の東アジアサミット(EAS)でも、日米は緊密な連携を保って、この問題に対処したい。
30日の社説なのに、29日報道された2月のフィリピン漁船への威嚇射撃には言及がないのは、執筆時点に間に合わなかったのかもしれないが、それでも6月の、ベトナム漁船に中国艦船から威嚇射撃を受けた話は載せている。
端的に言えば、日本漁船もいずれ中国艦船から威嚇射撃をくらうだろうと見て、なんらおかしくはない状況になりましたということだ。
少し話を戻す。米軍が軍事演習に押し出してきたのは、その前に中国側からのメッセージを受けたという文脈がある。23日付けWSJ「米国は関与するな-中国外務次官、南シナ海領有権問題で」(参照)より。
中国政府は22日、南シナ海の領有権問題で米国が関与しないよう警告する一方、一部の近隣諸国が「火遊び」をしていると非難した。
中国の崔天凱外務次官は一部記者団に対し、ベトナムなど沿岸国が南シナ海の領有権をめぐり挑発行為に出ていると批判し、「米政府は非常に慎重な方法でこの問題にアプローチすべきだ」と紛争解決のため米国の協力を求めたベトナムとフィリピンの動きをけん制した。また「一部の国は火遊びしている」と述べ、「米国はこの火でやけどしないよう希望する」と語った。
これはフィリピンへの脅しでもあったのかもしれない。この週フィリピンのデルロサリオ外相は訪米し、中国の脅威への対抗を米国に嘆願していた。
中国への回答は、すっかりどや顔が定着したクリントン米国務長官が出している。24日付けAFP「米国、フィリピン海軍に装備支援 南シナ海めぐり中国をけん制」(参照)
ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)米国務長官と会談したフィリピンのアルベルト・デルロサリオ(Albert del Rosario)外相は、会談後の共同記者会見で「わが国は小国だが、裏庭で発生するいかなる攻撃的な行為に対しても、必要とあらば立ち向かう準備ができている」と発言。老朽化が進むフィリピン海軍装備の最新化と同盟関係の強化を米国に要請した。
一方、要請された支援の詳細について問われたクリントン国務長官は、フィリピンの防衛支援に熱心に取り組む決意だと答え、「最近の南シナ海での出来事が地域の平和と安定を損なうのではないかと懸念している」と述べて、全ての当事国に自制を求めた。
戦略的に重要な海域にあるうえ豊富な海底資源が見込まれる南シナ海では、ここ数週間、中国が領有権の係争海域で示威的な行為を繰り返し、フィリピンやベトナムとの間で緊張が高まっている。
フィリピンはすでに問題の海域で海軍艦船による巡回を行うと発表。また、米国は来週フィリピン海軍との合同軍事演習を実施するほか、7月には米海軍艦がベトナムに寄航する予定だ。米政府高官は毎年恒例のスケジュールだと説明している。
日本を迂回する形でいろいろ話が進んでいるようにも見える。
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