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2011.05.03

オサマ・ビン・ラディン氏殺害

 オサマ・ビン・ラディン氏が殺害されたという話を最初見たのはツイッターだった。誤報だろうと思い、ニュースを確かめることもしなかったが、しばらくして米政府の発表を聞いた。
 ツイッターではこうした事件にありがちなことだが、不確かな情報が流れる。本人の確認は出来ていないとか、DNA鑑定は怪しいものだとか、既に死んでいたのだとか。私はその類の疑念は持たなかった。米国が全威信を賭けた点でさほど疑う必要もないもないだろうと思った。
 それでもすぐには詳細を追う気にはならなかった。何の感慨もなかったということではない。鈍い嫌な感じがしていた。無益なことをするものだという思いも多少あった。そのうち、オバマ米大統領が「我々は正義をなしたのだ」と高らかなる演説をしたとの話を聞いて、うんざりした感じが加わった。他国から軍隊がやってきてさらりと人間を殺害するのが正義というものか。
 ツイッターではいろいろな意見も見た。これでオバマ米大統領の再選が決まったという人もいた。再選については、今回の作戦がなくてもすでに決まったに等しい。右派論客で鳴らすクラウトハマーも先日悔し紛れのコラムを書いていたほどだ(参照)。対テロ戦の功績をさらに積み上げる必要もないが、アフガン戦争の撤退口実になると言うなら、名目的にはそうかもしれない。CIA長官となるペトレイアス司令官への前祝いと言えないこともない。
 実際には英国王室への配慮くらいはあっても、機を逸する危険を想定すればそれほど政治的な構図を読む事態ではないだろう。今朝になって読んだフィナンシャルタイムズ社説(参照)も「オバマ氏の政治的な展望について、ビン・ラディン殺害から多く読み解こうとすることは愚かしい("As for Mr Obama’s political prospects, it is unwise to read too much into the killing of bin Laden.")」と指摘していた。
 昨日夜七時のNHKニュースではこの話題がトップに来ていた。漫然と見ていると、ビン・ラディン氏殺害現場の映像が現れ、錯覚に気付いたような意表を突かれる感じがした。首都イスラマバードに近い市街の邸宅であったからだ。蓋を開けてみれば臆断にすぎなかったのだが、険しい山中で空爆かあるいは地上部隊であれ専門部隊の爆撃による惨状から、ごろりと死体が転がり出たような印象を私は持っていた。
 私兵が武装した市街の邸宅という状況なら、オバマ大統領はためらわずに殺害命令を下すだろう。ビン・ラディン氏はなお潤沢な資金と私兵とその指令・広報のシステムを抱えていたのだった。放置するか手間をかければ衆目のなか余計な惨事を招きかねない。現地の権力ともなんらかの関係も持っていただろうことも懸念材料だ。本来なら引っ捕らえて裁判にかけるほうがよいとしても、この構図では難しい。ジミー・カーター大統領のヘマを繰り返すわけにはいかない。
 後にBBC報道で知ったが、邸宅はパキスタンの陸軍士官学校に近く、その関連への疑念や攻略も懸念されていた。フィナンシャルタイムズ社説も同様の懸念を「パキスタン諜報機関がビン・ラディン潜伏を知らなかったとは想定しづらい("It appears inconceivable that no one in Pakistani intelligence knew of bin Laden’s hide-out.")と書いていた。パキスタン政府または軍部に反米的な勢力が存在すると見てよく、むしろそれこそが問題でもあっただろう。
 ビン・ラディン氏は殺害されるべしという米国の意志を了解しても、率直なところ、2001年9月11日の米国テロの首謀者だからという理屈は、私の思いのなかでは直接には結びついていない。日本国と同盟にある米国が、彼こそがテロの首謀者であると公式にいうのなら、それを殊更否定するものでもないという程度である。テロの資金供給は事実であろうが、計画を策定した首謀者かはわからない。
 ニューヨークのテロの後、ビン・ラディン氏による犯行を臭わせる映像を見たことがある。彼は実行犯について愚直な思い込みでテロを遂行した知恵足らぬ者と嘲笑していた。この事件に彼が強く関連しているかもしれないと思わせる雰囲気もあった。だが、テロの顛末を小気味よく語ったとしても、直接的な関与を示唆するものではない。実行犯にしても巨大ビルへの衝突は計画の内であっても、壮絶な倒壊まで想定してとは思えない。偶発的な要素もあった。
 あの大規模テロを憎むかと問われるならと、無辜の市民や日本人を巻き込む殺戮など許されざることだと答えるほかないし、今回の米国作戦に狂喜乱舞する米国市民を見てもそういうものだろうと理解はする。ただ私自身の心にはそう割り切れない何かが残る。
 その思いに奇妙な形を与えているのはひとつの記憶である。私が傾倒した思想家・吉本隆明が、あのテロを日本の神風特攻隊に模して問う人に、即座に否定せず、正確な言葉ではないが、自分ならば飛行機の乗客を降ろしてから突入しただろうと語ったことだ。奇妙な共感を覚えた。吉本氏の脳裏には、米国を生涯の敵とするとして三島由起夫にひどく遅れて自決した友・村上一郎氏の死に姿もあっただろう。
 米国を憎む情念は理知的に考えれば愚かしいとはいえ、私ですら残滓を払拭できない。それはアルカイダという旗に群がっていく多数の人々への奇妙な共感の通路をもなしている。
 ビン・ラディン氏がいなくても、アルカイダという旗さえあれば、自らの死を厭わず神風決死隊に参加する人々は絶えない。その後のロンドン爆破テロにビン・ラディン氏の組織が直接関与していたかは知らない。関与してないだろうとしても、憎悪の旗のもとに累々と人が引きつけられてしまう情念の構図はあそこにもあった。
 これらに対抗して「テロとの戦い」と呼ぼうが「正義」と呼ぼうが、情念のぶつかり合いがもたらす惨事には終わりはない。逆に憎悪への共感の止揚なくしてこの地上に平和などないだろう。
 とはいえ冷静に見れば、この直裁的な処罰を機にアルカイダの活動は弱化するだろうと思う。ナンバーツーで実力を持つザワヒリ氏が残るとはいえ、ビン・ラディン氏ほどのカリスマはない。カリスマがなければ多数の人間に宗教的な行動を強いる集約的なエネルギーは生じない。カリスマは歴史に現れる希有な存在である。
 ビン・ラディン氏は54歳だった。私と同い年である。サウジ王家と関係も深い富裕家系でカネに困ることなく英国でも教育を受けた。青年時代の痩せた、慎み深い印象の浅黒い相貌の写真は印象深く記憶に残る。彼と面識などありようもないが、私ですらそういう非西欧国のお坊ちゃんの類型は想像できる。仮に青年時に共に語ることがあれば非西欧文明に生まれた知性の限界と自身の欺瞞について共感もありえただろう。彼がそれをどのように精緻な反米情念に仕立て上げたのか、その内面の展開はわからないが、テロ事件を重ねるにつれ、落ち着いた態度ではいても狂信者にありがちなぞっとする雰囲気を漂わせるには至った。突き詰めればカリスマというものの作用だろう。
 彼の死体は、読売新聞記事「ビンラーディン遺体は海へ投棄、DNA確認後」(参照)では、表題からもわかるが「投棄」と語られてた。それではイスラムの人々への侮蔑になろうかと懸念したが、BBCの報道からは簡素ながらイスラム法に則っとった埋葬儀礼がなされたようだ。
 埋葬といっても海に流すということに変わりない。生前に周恩来や鄧小平のように海への散骨を命じるほどの余裕も静謐さもこの「聖者」には無縁だっただろうし、米国の思惑は、レーニンや毛沢東のような聖なる遺体への信仰や埋葬地への信仰を絶とうとするものだっただろう。
 ビン・ラディン氏殺害を国際的な事件として見るなら、対パキスタン情勢との関連が問われる。パキスタン政府が今回の事態にどうように関与したか。印象でしかないが、関与していないわけもないが、関与は公言されることもないだろう。
 米国の関心も、現実的にはビン・ラディン氏の始末より、パキスタンが保有する核の管理にあり、パキスタン国内の反米的勢力に懸念を抱いている。その点で今回の事態は、彼らへの強い威嚇にもなり、米国の戦略の駒を上手にひとつ分だけ進めたことになる。。
 国によっては威嚇も感じない剛胆なる独裁者もいるが、我が隣国の小心なる独裁者は身震いしただろうし、中東にいるその友人の独裁者も悪寒くらいは感じただろう。

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コメント

ホワイトハウス前に詰掛けた群衆が歓声を上げたというニュースのなかで、
何人かの市民がインタビューに答えていました。
必ずしもお祝いすることではない、とした若い女性が印象的でした。

投稿: しらたまZ | 2011.05.03 20:49

いつも拝見させていただいています。
私は「憎悪への共感の止揚が地上の平和につながる」という思想が平和を遠ざけると考えています。

投稿: hto | 2011.05.03 23:53

ビンラディンはサウジ王家の家系じゃないでしょ。父親はイエメンからの移民だし。その父親に母子セットで部下に下げ渡しされたから裕福な家庭に育ったわけでもない。大学はキング・アブドルアジズ大だからイギリスで教育を受けたというのも間違い。イギリスに行ったのは水頭症の次男の治療を受けた一度だけ。

投稿: 名無し三等兵 | 2011.05.04 06:22

今後の帰趨は、アルカイダ側での本件評価にもよると思うのですが、アルカイダ支持者側の反応がまだあまり取材・報道されていないように思います。相手側の内在論理を分析する姿勢が、昨今の報道に少ないように感じておりますが、finalventさんはいかに思われますか。

投稿: kansatsusha | 2011.05.04 16:17

kansatsushaさんへ。ええ、そのように思います。ただ、テロの実施は、サーカス興行のような側面もあり、資金計画や経営、広報が必要になり、そうした総合的な採算水準に合わなくなりつつあるのではないかとも思います。

投稿: finalvent | 2011.05.05 18:35

初めてコメントさせていただきます。
今回の作戦はいろいろな組織の幹部へも恐怖を植え付けるなど、二次的な要素を含んで世界中を駆け巡っていることでしょう。
確かにアルカイダの弱体化は避けられないことだと思います。
しかし、それでもビン・ラディンに殉死する形でテロ行為を続ける人間も存在するのではないでしょうか?

投稿: kankan | 2011.05.07 16:18

私はアルカイダが反米だとは何故か思ったことがありません
あれは米国(共和党)の反体制(民主党)が利用してたテロリスト(手駒)で
この度、お役御免で切り捨てられたと思ってます
パキスタン軍もアルカイダも産んだのは米国です
米国内の権力闘争に利用された薄ぺらな世界イデオロギーで飾りつけた安い革命戦士(傭兵)の末路

投稿: シーモンキン | 2011.05.13 04:22

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 オサマ・ビン・ラディン氏がアメリカ軍によって殺害され、水葬された。何かと最近海に流すのを聞くが、あまりいい気はしなかった。水葬とは埋葬しないという意味かと思ったが、これは、永久に葬るという意味合いだ... [続きを読む]

受信: 2011.05.04 05:11

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