« 2008年3月18日の日本発公電 | トップページ | GE製Mark Iはそもそも欠陥だったのかもしれない »

2011.05.16

ニューヨークタイムズに掲載されたウィキリークス日本発公電について

 ウィキリークスに日本発の公電が掲載され、政権交代以降の民主党政権の裏面が見えるようになってきた。しかし日本のメディアでもブログでもさほど話題になっているふうには見えない。なぜだろうか。
 昨年、ウィキリークスが国際的に話題になり、引きずられたように日本でも話題になったが、ようやく東京駐在アメリカ大使館発の公電が暴露されてきたのにこのお寒い状況というのはやや不可解な印象がある。暴露公電の点数が多いことや、他の話題に押されているということもあるだろうが。
 日本発公電の話題の乏しさには解説の弱さもあるかもしれない。各国でウィキリークスが話題になったのは、その国の主要新聞社による解説記事の影響があった。ウィキリークスでは各国の、主にリベラル系の新聞社として、ガーディアン、ニューヨーク・タイムズ、シュピーゲル、ルモンド、エル・ペイスなどに直接または間接的に暴露公電を提供し、新聞社も独自に分析してきた。
 日本では朝日新聞が選ばれた。現在、朝日新聞が日本発公電を選んで日本語で公開しているが、解説的な記事は弱いように見えるし、翻訳の選択基準もいまひとつ明確ではない。
 朝日新聞によるウィキリークスの取り組みで象徴的な例は、2009年9月21日の公電TOKYO002197である。「外務官僚「日米の対等求める民主政権は愚か」 米公電訳」(参照)である。北朝鮮による拉致問題に触れた部分の第一段落はこのように訳されている。


斎木は、北朝鮮が、2002年に日本国民を拉致したことを認めたことを「誤った判断だった」と信じていることを嘆いた。斎木局長は、まだ40代と比較的若く、国民が最も同情を向けている横田めぐみさんの運命が最も大きい問題だと説明した。

 対応する原文はニューヨークタイムズ掲載(参照)によると次の通りで、朝日新聞訳と対応していない。朝日新聞情報の抜け部分を太字にした。

4. (S) Saiki lamented that the DPRK believes that 2002 was "a mistake"--referring to when North Korea admitted that it had abducted Japanese citizens. The DG said he believed that the DPRK had killed some of the missing abductees, and explained that the fate of Megumi Yokota was the biggest issue, since she was still relatively young (in her forties) and the public was most sympathetic to her case. He believed that some of the abductees were still alive.

 ただし、ウィキリークスサイト(参照)では次のように伏せ字となっているので、朝日新聞としては伏せ字部分を意図的な訳抜けとして対処したのかもしれない。

4. (S) Saiki lamented that the DPRK believes that 2002 was "a mistake"--referring to when North Korea admitted that it had abducted Japanese citizens. The DG xxxxxxxxxxxx explained that the fate of Megumi Yokota was the biggest issue, since she was still relatively young (in her forties) and the public was most sympathetic to her case. xxxxxxxxxxxx

 すでに示したようにニューヨークタイムズ掲載の公電には伏せ字も脱落もない。ウィキリークス、朝日新聞社及びニューヨークタイムズの三者にどのような認識があったのか興味深い。
 朝日新聞としては暴露公電の扱いについて「情報の信憑性確認、厳選し公開〈米公電分析〉朝日新聞社」(参照)で方針を示している。

 まず、欧米メディア同様、公開によって個人の生命、安全を危険にさらす恐れがあると判断できる情報、諜報(ちょうほう)に関する機微に触れる情報は掲載を見送りました。
 外交交渉に著しい打撃を与えるかどうかも考えました。公電に最高機密指定の文書はありませんでした。外交官の内々の解釈や個人的な印象などは、表に出れば当事者を困惑させるだろうと予想されましたが、それらが交渉を著しく阻害するとは判断しませんでした。公開によって社会が得る利益と不利益を真摯(しんし)に比較し、情報を厳選しました。
 そのうえで、(1)政府の国民に対する説明に大きな齟齬(そご)がなかったかどうかを検証する(2)膨大な断片情報を同時代の外交の文脈に位置づける(3)どのように政策が決められ、日米間でどのような交渉が進められ、米国は日本をどう見ていたのかといった点を再整理する――といったことは、報道機関の使命であり、公益に資すると判断しました。

 当然これが先の訳抜けに対応していると思われるが、ウィキリークスのように伏せ字箇所を明記せずに訳抜けとなっていることは、あたかも最初からそこの情報が無かったかのようで、奇妙なものである。
 逆にニューヨークタイムズは該当箇所を公開しており、さらにこの公電はニューヨークタイムズがセレクトした日本発公電の7つのうちの1つに含まれている。つまり、ニューヨークタイムズを読む欧米の知識人は、これらの、朝日新聞が無かったことにした情報を読んでいることになる。
 また、ニューヨークタイムズがセレクトした7つの日本発公電は、日本関連のウィキリークス情報として重視されていると見てよいだろう。この7本から読むとよいとも言える。
 そう考えて、該当7本をこのブログでも独自に試訳してみた。試訳は資料として扱って欲しい意図もあり、ニューヨークタイムズが付けた見出しは排した。おかげで、さほど注目されなかったようだが、ここではニューヨークタイムズの見出しを記してみよう。次のようになっている。

  • Disgruntled Shadow Shogun(ご不満な影の将軍)(参照
  • “Stupid” P.M., Dead Abductees("お馬鹿"な首相、死亡した北朝鮮拉致者)(参照
  • Warnings of Chinese Power(中国軍事力への警戒)(参照
  • Time to Rethink U.S.-Japan Alliance(日米安保再考の時期)(参照
  • Relocation Plan Is “Dead”(普天間基地移設案は"死んでいる")(参照
  • Bigger Role for Japan(日本が担う大きな役割)(参照
  • Could Japan Handle a Disaster?(日本は災害に対処できるか?)(参照

 「ご不満な影の将軍」というのは言うまでもなく小沢一郎であり、そのお小姓役をやっているのが山岡賢次である。公電に描かれた山岡の言動は爆笑を禁じ得ないほど滑稽な姿であるが、ようはこれが米国側に見える小沢という政治家の姿でもある。同時に、民主党の内情というのがここまで笑劇として米側に筒抜けだったのかという侘び寂びの情感も漂う。
 「"お馬鹿"な首相」となれば鳩山由紀夫とならざるをえないが、「お馬鹿」と呼んでいるのは米国ではなく、外務省・斎木昭隆アジア大洋州局長であり、対象も鳩山氏でなく民主党全体と読めないこともない。簡単に言えば、日本の官僚が民主党政府について「馬鹿すぎてやってらんないっすよ」と米国にこぼしているという図であり、この図は「日本が担う大きな役割」にも描かれている。
 不敵な官僚と批判するのはたやすいが、公電の文脈を見れば官僚の愚痴も理解できるだろうし、米側も同情的に了解していることも伝わってくる。
 「死亡した北朝鮮拉致者」については、朝日新聞が結果として隠蔽した情報なので、ニューヨークタイムズのように堂々と見出しにされると国際的には奇妙な絵になってしまう。
 「中国軍事力への警戒」だが、長島昭久などよる民主党の外交戦略と高見沢将林防衛政策局長など官僚の思惑、米側キャンベル国務次官補の、ある意味崖っぷちの意気込みのマリアージュが、どいつもこいも何考えてんだかなあという不条理劇のようで文学的にも味わい深い。
 しかし笑って済ませる寸劇でもない。途中キャンベルさんがぶっち切れてとんでもないことを言っている。この話、なぜかあまり注目されていないようだ。もしかすると、日本のジャーナリズムもわかってないんじゃないかという気もしてくる。こうした点でも日本は終わったなあという荒涼感もある。この件について別途エントリを書いたほうがよいのかもしれない。
 「普天間基地移設案は"死んでいる"」はいわゆる普天間問題の背景の一幕で、この幕の道化役は松野頼久である。道化役を上手にこなしているだけかもしれないが、公電文学の描写にはルース大使の憐憫の視線を含有していると読める。山岡氏といい松野氏といい、公電に描かれる民主党議員の姿は国民に尻向けてあっかんべーでもしているな稚拙な滑稽さがあり、憎めない。
 「日本が担う大きな役割」では、キャンベル国務次官補の焦りがじんわりとにじみ出ている点が、懐かしの日本人12歳論を想起させてしんみりとくる。まじめな部分では「拡大抑止」という大きな問題にツープラスツーのカルテットが暗礁に乗り上げている姿がある。この部分も、先の公電のキャンベルさんのぶっち切れと同様、洒落にならない深刻な問題でもある。
 「日本は災害に対処できるか?」の公電は2008年と古く、自民党時代から変わらない日本国家・日本社会の脆弱さを高校生のレポートのようにまとめている。が、さして面白くもない。ニューヨークタイムズとしては、今回の日本の震災に絡めてネタとして選択したのだろう。
 以上の7点の公電に関連したまとめであるかのようにニューヨークタイムズは「Cables Show U.S. Concern on Japan’s Disaster Readiness」(参照)という記者署名記事を掲載しているが、公電に表現される日本社会の潜在的な危機がこの震災で明らかになったといった、ブログのネタですかね風の無理なひっぱりをしている。他の公電についての概説では、日米外交の文脈、特に対中国の関係からさらっと言及しているが、これもさして興味がわくものでもない。
 この手の解説のつまらさはどうしたことかと思うに、ニューヨークタイムズや朝日新聞といったいわゆるリベラルからはなかなか見えづらい構図がありそうだ。
 ざっくり言えば、ニューヨークタイムズは民主党オバマ贔屓ということがあるのだが、そのオバマ政権がすでにブッシュ政権と同じような、かつてならリベラル派が批判した右派的な政権となっているため、舌鋒が冴えない。同じことが朝日新聞にも言えて、民主党への贔屓感とその政府への配慮、さらには中国様への配慮があるせいか、公電の持つ残酷なほど滑稽な民主党政権のリアリティがうまく掬えていない。
 先ほど朝日新聞のこっそり訳抜けを指摘したが、恐らく朝日新聞はニューヨークタイムズが掲載した7つの代表的とも言える公電の数点は訳さないのではないだろうか。どれが朝日新聞の選択から漏れるかというのが、日本のいわゆるリベラル派の現状の限界を形成している。

|

« 2008年3月18日の日本発公電 | トップページ | GE製Mark Iはそもそも欠陥だったのかもしれない »

「歴史」カテゴリの記事

コメント

極東ブログらしい素晴らしいヒット作ですね。
日本のマスコミが、日本政府が認めないと大きな記事にしないのは、沖縄密約について、アメリカ公文書館でアメリカ側の公文書が出ても、ほとんど無視するのと同じ、「ジャーナリズム」の精神のない、ダメダメ「政府広報誌」精神にあると思います。
ぜひ、牧野洋さんの問題提起を、日本のマスコミ関係者も考えて欲しい。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2300

投稿: yunusu2011 | 2011.05.17 23:32

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ニューヨークタイムズに掲載されたウィキリークス日本発公電について:

» ウィキーリークス情報に触れてみて [godmotherの料理レシピ日記]
 世間で何が起こっているのか、メディアを通して社会を垣間見ていると、不安材料ばかりに見えてくる。逆に、日常に不安材料があると問われれば、見つけにくい。日常では見えないことや気づかないことに関心を寄せ、... [続きを読む]

受信: 2011.05.17 05:41

« 2008年3月18日の日本発公電 | トップページ | GE製Mark Iはそもそも欠陥だったのかもしれない »