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2011.05.31

ムラディッチ被告逮捕で問われる「ジャスティス」

 26日、セルビアのタディチ大統領は、ラトコ・ムラディッチ(Ratko Mladic)被告(69)が拘束・逮捕されたとして、首都ベオグラードで緊急記者会見を開いた(参照)。ムラディッチ被告は、ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦(1992-95)のセルビア人武装勢力の司令官で、その間のサラエボ包囲と1995年のスレブレニツァでのイスラム教徒8000人虐殺を指揮したとして国際法廷に起訴されていた。
 ムラディッチ被告はオランダ・ハーグの旧ユーゴ国際戦犯法廷(ICTY: International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia)で、同セルビアのカラジッチ元大統領とともに裁かれる。5年前、同法廷公判中に死亡したユーゴスラビアのミロシェビッチ元大統領を含め、ようやくお尋ね者の3人が揃ったことになる。
 英米圏では、この事態を「ジャスティス(Justice)」と呼んでいる。例えば、クリントン国務長官はムラディッチ被告についてこう声明を出した(参照)。


The United States welcomes the arrest of Ratko Mladic by Serbian security services earlier today. We commend President Tadic, the Government of Serbia, its security services and all those who have labored for years to bring Mladic to justice. We look forward to his earliest possible extradition to the International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia in The Hague so that justice may be served.

米国はセルビアの警察当局による、今日未明のラトコ・ムラディッチ逮捕を歓迎する。私たちはセルビアのタディチ大統領、警察当局、およびムラディッチを何年もの苦労の後ジャスティにしょっぴきだした人々を褒め称える。ジャスティスの達成が可能になるように、彼が早々にオランダ・ハーグの旧ユーゴ国際戦犯法廷に引き渡されることを私たちは心待ちにしている。

This is a great day for justice in the international system. Mladic's arrest serves as a statement to those around the world who would break the law and target innocent civilians: international justice works. If you commit a crime, you will not escape judgment, you will not go free.

これは、国際世界のシステムにあってジャスティスのための偉大な一日である。ムラディッチの逮捕は、世界中で、法を犯し無辜の市民を狙う者対する声明の役を果たす。つまり、国際世界のジャスティスは機能しているのだ。もし人が罪を犯せば、ジャッジメントから免れることはなく、けして逃れることはできない。


 この鼻息粗そうな「ジャスティス(Justice)」ってなんでしょう?
 日本で毎度お馴染みになりつつあるマイケル・サンデル先生は、「ハーバード白熱教室」で「これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学」(参照)をしていたが、原題は「Justice with Michael Sandel」。つまり、「サンデル先生とご一緒にジャスティス」という、なんか午後の紅茶みたいな暢気な話題だった。実際講義録を読んでも、サンデル先生のジャスティスは午後の紅茶のように甘ったるくて、クリントン国務長官のジャスティスの鼻息付きのジャスティスには及ばない。
 鼻息は米国オバマ大統領も同じ。オサマ・ビンライディン暗殺を実施して、ジャスティスと言っていたのだった。「正義」って、伊藤博文の末期のような暗殺のことなのか。
 クリントン国務長官の言明を読むと、文脈的にはジャスティスは、ジャッジメント(judgment)と同じになっている。じゃあ、ジャッジメント(judgment)って何?
 これ、「最後の審判(The Last Judgement)」と同じような含みではないのか。

 サンデル先生の午後の紅茶みたいな「正義」が好きな日本人は、神様がこの世の終わりにドカーンとやる最後の審判みたいな「正義」を理解できるんだろうか。
 少なくとも、私にはすごい違和感がありますね。
 英語としても、こういう"Justice"の意味には若干違和感ありそうなもんじゃないかと、あらためて辞書引いたら、ありました。ロングマン。


6 justice has been done/served used to say that someone has been treated fairly or has been given a punishment they deserve
7 judge

 罰を加える、審判する、というジャスティスは、やや独自の意味としてあるようだ。
 私などは、なんかこういう世界観には今ひとつ付いてけないなと思っていると、とうのセルビアでもそういう動きはあった。AFP「ムラディッチ被告、虐殺関与を否定 セルビアでは1万人抗議集会」(参照)より。

セルビアの首都ベオグラード(Belgrade)で29日、ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦当時のセルビア人武装勢力司令官で戦犯として国際法廷に起訴されたラトコ・ムラディッチ(Ratko Mladic)被告(69)の身柄拘束に抗議する1万人規模のデモがあり、一部が投石するなど暴徒化して治安部隊と衝突、100人以上が逮捕された。

 人によってはいろいろな思いがあるので、ハーグ裁判が公平に進めばいいことなのだろう。
 とはいえ、ムラディッチ被告擁護に見える背景には、ボスニアについての面倒な問題があり、ニューヨークタイムズ「End of the Line」(参照)が少しねじれた希望で突っ込んでいた。まあ、無理でしょう。ついでに余談だが、同社説はICTYとICCを当初混同していた。さもありなん。
 ムラディッチ被告の逮捕は、海外報道を見ていると2つの視点で見られているようだった。1つは、セルビアの欧州連合(EU)加盟の手土産であっただろうというものだ。例えば、WSJ「ムラディッチ被告、セルビアで拘束―ボスニア内戦の戦犯」(参照)より。

 大統領によると、ムラディッチ被告の旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)への引き渡し手続きは既に始まっている。ただ、大統領は同被告がどのようにして発見されたのかについては詳細を明らかにしなかった。拘束のタイミングから、セルビアの当局は同被告の潜伏先を知っていたのではないかとの見方も出ている。

 EUは現在、今年中にセルビアに加盟候補国の地位を与えるどうか検討している。この動きはセルビアが戦犯法廷に全面協力するまで停止されていた。戦犯法廷の特別検察官は先週の報告で、ムラディッチ被告を拘束していないなど、セルビアの協力姿勢を批判していた。また、バローゾ欧州委員会委員長も「夏前に結果を出してほしい」とし、セルビアが加盟候補国の地位を獲得したいなら、戦犯法廷に協力することが「決定的に重要」だと同国に伝えた。



 タディッチ大統領は、EU加盟を目指してセルビア政府は拘束時期を「計算した」のではないかとの記者の質問に対して繰り返し否定。政府は常に戦犯法廷に全面的に協力していると強調した。同時に、95年に同法廷から起訴された同被告を発見するまでにどうしてこれほどの時間がかかったかを調査すると述べた。

 とはいえ、テレグラフ社説「Ratko Mladic: Justice at last」(参照)などを見てもわかるが、概ね手土産説は浸透している。

It has taken an inordinate length of time, but justice is finally being done on behalf of the people of Bosnia-Herzegovina – even if the key to yesterday’s arrest was not the Serbian government’s determination to right a terrible wrong, but rather the EU’s insistence that the arrest was a precondition of the country’s application to join the Union. Realpolitik has its uses, and its successes.

おびただしい時間が費やされたが、ジャスティスは最終的にボスニア・ヘルツェゴビナの人々のために果たされた。昨日の逮捕の要点が、セルビア政府による巨悪の是正ではなく、この逮捕が欧州連合(EU)加盟の前提条件だとEUが主張していたから結果だっとしても、ジャスティスは最終的に果たされたのだ。「現実的政治(Realpolitik)」っていうもののには使い道があり、成功したのだ。


 簡単にいえば、ジャスティスのためなら「現実的政治(Realpolitik)」もありという、サンデル先生には想像できそうにない、薄汚い正義の現実世界がここにある。
 もう1つは、クリントン国務長官もすでに仄めかしているが、他の国際法廷のお尋ね者への脅しになることだ。ワシントンポスト「Making amends in Serbia」(参照)はきちんと名指ししている。

In celebrating Mr. Mladic’s capture, the State Department pointedly noted that it “serves as a statement to those around the world who would break the law and target innocent civilians: International justice works.” But Moammar Gaddafi and Bashar al-Assad might be more intimidated by the Serbian example if the process worked better.

ムラディッチ氏拘束の祝辞として、国務省は「世界中で、法を犯し無辜の市民を狙う者対する声明の役を果たす。つまり、国際世界のジャスティスは機能している」と要点を指摘した。しかし、その手順が機能しているならセルビアの事例によって、ムアマル・カダフィとバシャー・アル・アサドはより怯えることだろう。


 つまり、リビアのカダフィ大佐とシリアのアサド大統領への威嚇。これにスーダンのバシル大統領も加わる。
 しかし、本当に脅しになっているのだろうか。テレグラフ社説「A 'new phase’ in Libya – and a risky one」(参照)は気味の悪い予言をしていた。

In Libya, it is always possible that the regime will collapse in short order and Col Gaddafi will be carted off to occupy a cell next to Ratko Mladic. On the other hand, he may draw an altogether different lesson from the fate that befell the Bosnian Serb – and that is to fight to a bitter and bloody end, because there is no other way out.

リビアでは、体制が短期に崩壊し、カダフィ大佐がラトコ・ムラディッチの独房の隣の独房にしょっ引かれることは、いつでもありえる。他方、このボスニア・セルビア人ムラディッチに下った運命からカダフィ大佐はまったく別の教訓を得るかもしれない。つまり、苦く血まみれの終了まで戦おうとすることだ。ほかに逃げ場を失ったのだから、そうなりうる。


 そういうことだ。「現実的政治(Realpolitik)」だの、ジャスティスだのといっても、ただ流血を増やすだけに終わるかもしれない。
 なぜ流血を減らそうという政策をジャスティスの前に選択しないものなんだろうか。

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コメント

 爺は最近残飯漁り&加工技術で炒飯一丁上がりが達者になったね。福島ドカーンで東京ジャスティスでも大安心。ですな。

投稿: 野ぐ | 2011.05.31 21:03

出たな!妖怪ジャスティス。

ぼくはルターの以下の言葉が好きなんだけど、考えてみればルターが英語で言ったわけじゃないよね。誰がどんな意味でjusticeって訳したんだろう?

Peace is more important than all justice; and peace was not made for the sake of justice, but justice for the sake of peace.
Martin Luther

投稿: SHU | 2011.06.05 12:10

justideを日本語で「正義」と訳した場合に、裁判(裁判手続き含む)のニュアンスが消えてしまっているように思いますが、どうでしょう?神の裁きみたいなニュアンスもあるとは思いますが。

投稿: | 2011.06.08 12:50

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This photo was taken on May 28, 2011 .This photo was taken on June 19, 2009 .  「なぜ流血を減らそうという政策をジャスティ [続きを読む]

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