« 米国にせっつかれて福島第一原発20キロ圏内でようやく放射線測定始まる | トップページ | ニューヨークタイムズが福島原発対処の米国秘密文書を報じる »

2011.04.04

[書評]言葉でたたかう技術(加藤恭子)

 書名に「言葉でたたかう技術」(参照)とあり、帯には「ビジネスで、外交で、日常で勝つための弁論術」とあるので、そういう技術を習得したいと思って読む人もいるかもしれないし、私もそういう本なのかと思って読み始めたが、そういう本ではなかった。そういう小手先の技術の本ではないというべきだろう。むしろその技術の奥義に触れた書籍であり、一読すればなるほどこうすれば欧米人と議論しても負けることはないという秘訣を知ることができる。

cover
言葉でたたかう技術
加藤恭子
 あえてひと言でも言えないこともない……苦労。あるいは、努力。あるいは、根性。ど根性というべきかもしれない。第一章「アメリカでのけんか修行」ではその苦労がエキサイティングに語られている。おしんアメリカに行くといった風情でもあり、江藤淳の「アメリカと私」(参照)や須賀敦子の「ヴェネツィアの宿」(参照)なども思い出す。戦後の焼け野原のなかで学問を志した青年たちは異国の地にあって歯を食いしばってがんばったものだった。戦後の日本の知の最高の水準は彼らよってなしとげられ、そして今その遺産をほとんど食いつぶしつつある。
 医学者を父に持ち昭和4年に生まれた著者は、日本女子大学演劇部時代に東京帝国大学演劇部の、後に夫となる加藤淑裕の弟と知り合い、その縁で20歳で結婚した。夫の淑裕は25歳で大学院を中退したが学問が忘れられず、二人で赤貧の米留することにした。恭子はメイドもした。淑裕は季節労働者にもなった。米国社会の本音の部分にからだごとぶちあたってきた。生き残るためには強くなければ無理というものだろう。第一章の苦労譚だけでも読む価値のある本である。すごいことが淡々と書いてある。ある程度欧米というものにぶつかる人生を予感する若い人なら、ここに描かれている挿話を知らないと無駄に痛い目をして学ぶことになる。
 第二章は「アリストテレスの弁論術」である。しかし、特にアリストテレスの弁論術が解説されているわけではない。米留の体験談を通して、アリストテレスの弁論術を知らなければ、その社会を生き抜くことはできないと知ったという話である。極意もさりげなく書かれている。言語を使って説得するにはどうするか。第一は語り手を知るということ。第二は聞き手の心情をゆさぶること、そして第三はもっともらしく語ること。それだ。
 第二章では、現代欧米の文章術の基本がマルクス・ファビウス・クインティリアヌス(Marcus Fabius Quintilianus)による「弁論家の教育(Institutio Oratoria)」(参照参照)にあることも説明されている。読みながら私は、自分の無教養さ加減に、あ痛たたたと苦笑してしまった。自分はギリシア語・ラテン語のとば口で引き返しまともに学問やってこなかった。悔やまれるのである。言葉でたたかうお相手はそういう教養をしこたま詰んでいる。アホでマヌケなアメリカ人ばかりではない。
 第三章以降は、著者の異文化経験のお話が続く。異文化経験といっても欧米型であり、どちらかというと古いタイプの欧米だなという印象が深い。へこたれるな日本人、白を黒とでも言い通せという印象でもある。が、著者も近年の欧米文化の変化は読み込んでいて、欧米の言語技術が対立型から協調型に変わっていることにも触れている。むしろ現代日本人はその新型の言語技術を学ぶほうがよいかもしれない。だが、かといって、そこだけ上澄みで学ぶわけにもいかず、本書のような、がつんとした話も知っておくほうがよいだろう。
 終章にあたる第五章の「日本の未来のために」は、震災後の今、読み返すと、ある種、胸にぐっと迫る思いがする。日本の美点や誇りをどうすべきか。若い世代を正攻法に教育していくにはどうあるべきか。そこに当てる光が今となってはがらりと変わってしまった。そのことが骨身にしみてくるのはあと二年後くらい先のことかもしれない。また苦難な時代が始まる。戦後の苦難とは質が違うだろうと思うが、日本を再生するにはこうした書籍で先達の苦難を学ぶことは益になる。

追記(2011.4.6)
 初出時に最終段落に「サマーズは"It is unfortunate that Japan will become a poor country."と言ってのけたが」と書いたが、ソースの確認が取れず、また、この発言がなかったという確認も取れなかったので除いた。

|

« 米国にせっつかれて福島第一原発20キロ圏内でようやく放射線測定始まる | トップページ | ニューヨークタイムズが福島原発対処の米国秘密文書を報じる »

「書評」カテゴリの記事

コメント

たった今、「村井秀夫刺殺事件」について調べていました。

なんにせよ、世の中最後は実力行使ですよ。

べつに、下手人に殺害させるなんて言う、物騒な話でなくてもいいんです。お寺でお灯明やお線香を献上するのでもいい。現実に対して、物理的に作用するのが大切です。

心理的に、何か有効な手、というと、やはり、私みたいに「呪殺するぞ」、と相手を気味悪がらせることかな。根本的に対話が成立しない相手には、これしか対応するすべがありません。

世の中って、ポジティブに有効な実力行使って、すごく少ないんです。やはり、こういうことも、エントロピーの法則にしたがっているのだと思います。

投稿: enneagram | 2011.04.05 08:53

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: [書評]言葉でたたかう技術(加藤恭子):

» 原発危機:なぜ2号機ピットから噴き出てる水をバケツで受けない? [静かなる革命2009]
おめでとう!やったね. 汚染水の流出止まる 福島第1原発2号機 2011年4月6日 06時52分 http://www.excite.co.jp/News/science/20110406/Kyodo_OT_MN2011040601000068.html  福島第1原発2号機の取水口付近で高濃度の放射性物質を含む水が海に流出していた問題で、東京電力は6日、薬剤注入の結果、同日未明に流出が止まったと発表した。 とりあえず,2号建屋のピットから流出している高濃度放射性廃水を止... [続きを読む]

受信: 2011.04.06 10:16

« 米国にせっつかれて福島第一原発20キロ圏内でようやく放射線測定始まる | トップページ | ニューヨークタイムズが福島原発対処の米国秘密文書を報じる »