リビア・ステイルメイト
リビアの現状について中間的なメモを記す時期になった。現状は、オバマ米大統領の言葉を借りれば、「ステイルメイト」である。ステイルメイトはひと言で言えば、行き詰まり・膠着状態である。リビアは現状、手ひどい行き詰まりになった。そしてその意味をそろそろ考察すべき時期でもある。
「ステイルメイト」という言葉は元はチェスの用語で、まだチェックメイト(王手)にはなっていないものの、相手の番で王の齣をどう動かしても自動的にチェックメイトになる状態である。
そこまで追い詰めたらチェックメイトと同じでよいではないかという印象もあるかもしれないが、言わば相手に自殺にしか選択を残さないという状況に導いた点で、相手を倒すことに失敗している。追い詰めた側も下手を打ったことになり、チェスのゲームは引き分けになる。
オバマ大統領による「ステイルメイト」の言明は、3日前のAP通信へのインタビューにある。「The Associated Press: Text of Obama's interview with the AP」(参照)にある。
So what we've been able to do is to set up a no-fly zone, set up an arms embargo, keep Gadhafi's regime on its heels, make it difficult for them to resupply. And you now have a stalemate on the ground militarily, but Gadhafi is still getting squeezed in all kinds of other ways.従って私たちにできたことは、飛行禁止区域の設立であり、武器禁輸の設定であり、カダフィー政権を後退させ、その再度の補給を困難にすることだった。そして今や、みんな地上戦においてステイルメイトになったが、カダフィーはその他の手段全部で締め付けられている。
米国大統領なので弱音を上げるということはないが、現状がステイルメイトであることは認めている。ただし、この言葉は原文を読むとわかるようにAP通信の質問に含まれていたものであり、事態のキーワードとしてジャーナリズム側から用意されてはいたものだった。
16日付けワシントンポスト社説「The Libya stalemate(リビアのステイルメイト)」(参照)は、案の定、このキーワードで切り出している。
THE CONTRADICTIONS at the heart of U.S. policy in Libya are becoming more acute. On Friday President Obama joined the leaders of Britain and France in declaring that the NATO air campaign, which was launched in the name of protecting civilians, will continue for as long as dictator Moammar Gaddafi remains in power.対リビア米国政策の核心にある矛盾がいっそう深刻になりつつある。金曜日、オバマ米大統領は、市民保護の名目で開始した北大西洋条約機構(NATO)による空爆を、独裁者アマル・カダフィが権力の座にある限り継続するとの宣言で、英仏指導者に加わった。
Yet in an interview he gave to the Associated Press the same day, Mr. Obama acknowledged that the war between rebels and Mr. Gaddafi’s forces is stalemated, 10 days after U.S. ground attack aircraft were pulled from the operation on his orders.
しかし、同日AP通信によるインタビューでオバマ氏は、彼の命令で実施された米空軍地上攻撃開始後10日となって、反政府勢力とカダフィーの軍はステイルメイトの状態にあると認めた。
オバマ大統領はステイルメイトの状態をどうしようとするのか。ワシントンポストは矛盾(THE CONTRADICTIONS)で表現している。内実はこうである。
Let’s see if we can sum this up: Mr. Obama is insisting that NATO’s air operation, already four weeks old, cannot end until Mr. Gaddafi is forced from office — but he refuses to use American forces to break the military stalemate. If his real aim were to plunge NATO into a political crisis, or to exhaust the air forces and military budgets of Britain and France — which are doing most of the bombing — this would be a brilliant strategy. As it is, it is impossible to understand.要約してみようではないか。オバマ氏は、すでに4週間を経過しているが、カダフィ氏が政権離脱を余儀なくされるまで、NATOによる空軍活動は終了できないと主張している。しかし、彼は、軍事的なステイルメイトを打開するために米軍を使うことは拒絶する。彼の真の目的が、NATOを政治的危機に陥らせることか、あるいは英仏軍の軍事予算を使い果たすことなら、見事な作戦となるだろう。そうであるなら、了解不可能である。
真実を描写するだけでも強烈な皮肉にしかならない。この事態は、文脈は異なるが、オバマ大統領の言葉を借りれば、「おまえら俺たちを馬鹿だと思ってんのか?(You think we're Stupid?)」(参照)ということろだろう。
はたして「馬鹿」はオバマ大統領か、糾弾するワシントンポストか。ワシントンポストは何を望んでいるのか。
We believed that Mr. Obama was right to support NATO’s intervention in Libya not only because of the risk that Mr. Gaddafi would carry out massacres but because defeating the dictator is crucial to the larger cause of democratic change in the Middle East.私たちは、オバマ氏がNATOによるリビア介入を義としたのは、カダフィ氏が虐殺を実施する危険性があるからだけでなく、独裁者を打ち倒すことが中東の民主主義化という大義に決定的であるからだ。
日本ではあまり批判の声が上がらないようなので、日本市民のちんけなブロガーが小さな感想を述べてみたいと思うのだが、おいおい、そこまでベタに言うものなのかね。それではベタベタにイラク戦争ではないか。中東の独裁者を倒すことが民主化なら、なぜリビアだけなのか。そもそも独裁者を打ち倒すことが民主化というなら、日本の隣国みたいに、自国民を餓死させて核兵器で他国威嚇す独裁者とか、どうなんだろう。それこそ、絵に描いたダブスタではないのか。
まあ、そのことをオバマ大統領なりに理解しているのだろう。
これは同時に国際法の危機なのではないか。
同日のガーディアン社説「International law: Regime unchanged」(参照)はそこに焦点を当てていた。
The deeper anxiety is that the perception of mission creep will retard the greatest struggle of the lot – for international relations governed by the rule of law. Faltering advances have been made over the years since the second world war, as yesterday's conviction of two Croats for war crimes underlined, but progress was greatly set back by Iraq.より深い懸念は、終わりの見えない展開(ミッションクリープ)の感覚が、法の支配の下にある国際関係にとって最大の困難を妨害することだ。戦争犯罪として強調された2名のクロアチア人の有罪判決が出たことで、第2次世界大戦以降、躓きながらも進歩してきたが、その進展はイラクによって大きく後退した。
The three leaders' careful drafting might have satisfied their own lawyers, but if critics at home and abroad feel caught out by the small print that can only undermine the campaign's legitimacy. Three Conservative and two Labour MPs yesterday demanded a recall of parliament, arguing that policy had moved on significantly without the Commons having a say.
米英仏3国の指導者による慎重な立案は自国弁護士を満足させるかもしれないが、自国や海外の批判者が細字で書かれた部分を見破った感触を得るなら、軍事活動の合法性を蝕むだけのことになる。昨日、保守党の三名と労働党の二名の議員は、下院の発言なしに政策が重大な事態になったとして、議会リコールの要求を出した。
If similar resentment takes hold in the sceptical capitals which ultimately acquiesced in the unopposed security council vote, then a fragile consensus will shatter.
最終的には国連安全保障理事会で拒否権行使なしで黙認した、懐疑的な諸国政府が、同様の憤慨を持つなら、そのときに、脆弱なコンセンサスは吹き飛ぶだろう。
米英仏の合意には詳細において疑念を抱かせる部分があり、その点への懸念が広がれば、実質的なカダフィー政権攻撃の合法性が疑われる事態になりうる。そしてその事は、国連安全保障理事会が維持しようとする国際法自体も疑念に晒されることになる。
The current attorney general would do well to remember the damage done during the Iraq affair, when dubious interpretations of resolution 1441 were used to license the course the superpower was already set on. This created the sense that the UN's role was a fraud.現法務長官はイラク事態に成された損傷を思い出すべきだ。あの時、国連安保理決議1441の疑わしい解釈は超大国が準備していた方針にお墨付きを与えた。このことで、国連の役割は詐欺の片棒担ぎであるという意識を醸成した。
Whether it has been right or wrong on Libya, it has proved capable of shared resolve, and shown it can have teeth. The new language of regime change may leave the council descending into accusations of bad faith – and the planet slipping back into a more lawless world.
リビアについて安保理決議の是非がなんであれ、支持された決議は有効になり、効力を持つことになった。政権転換なる新語は、安保理を悪意の告発に陥れるかもしれない。そして世界もまた、より無法な状態に陥るかもしれない。
文学的風味の名文というか、頭大丈夫ですかガーディアン先生といった趣向ではあるが、リビアの混乱はまさに国連安保理決議1441の問題であり、それは国連安保理の存在から、世界の国際法のあり方を問い直すという問題になっているという、大枠の指摘は正しいだろう。
そして、日本はどうすべきかと平時なら問われるところだろう。
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コメント
爺は米要るん? 飲み来るん? それなら持ってく米の量が増えるから連絡はお早めに。テレビの中の人宛てで。
ほなさいぬら。
投稿: 野ぐ | 2011.04.20 18:16
無知な私にとって、毎回本当に勉強になります。
ありがとうございます☆
更新、楽しみにしています☆☆
投稿: りん | 2011.04.21 02:00
野ぐさん、こんにちは。お米の件は気持ちだけいただいときます。ありがとう。
投稿: finalvent | 2011.04.22 16:34
カダフィ軍は車から軍の表示を外し、民間人を装って市街地に軍を進めることを行っているので、米国としてはプレデター無人偵察攻撃機の使用を始めたようです (CSMonitor, 4/21)。即効性はないのかもしれませんが、イラクの時のような全面的軍事介入を避ける方針は日本人の見方ではむしろ妥当なやり方とも思われます。
投稿: kappnets | 2011.04.22 18:51