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2011.04.30

米国大統領はなぜアイルランド詣でをするのか

 5月の23日か24日、オバマ米大統領はアイルランドを訪問することになっている。表立った政治的な理由ではなく、表敬訪問に近い。彼の母アン・ダナム(Stanley Ann Dunham )さんのご先祖様が、2007年のことだが、アイルランドの出身だとわかり、この年のセントパトリックス・デー(聖パトリックの祝日)に大統領選挙候補者だった彼が訪問したいきさつもある。祝日の由来になる聖パトリックは、アイルランドにキリスト教を広めた聖人である。
 話のネタ元は、26日付けのBBC記事「Why are US presidents so keen to be Irish?(米国大統領はなぜアイルランド人でありたがるのか)」(参照)によるもの。つられて調べてみると、オバマ大統領の祖先がアイルランド人という話は、ご先祖情報のAncestry.comが2007年に発表したものらしい。同年にはワシントンポスト「Tiny Irish Village Is Latest Place to Claim Obama as Its Own」(参照)でも取り上げられている。話の基点は、オバマ大統領の"great-great-great-grandfather"というからお祖父さんのお祖父さんということだろうか。1850年、アイルランド中部マニーゴール(Moneygall)村の靴屋の倅、フルマス・カーニー(Fulmuth Kearney)青年19歳が米国に旅立った。といってもすでに母方の親族は米国にいたのでそれを頼ったのだった。


マニーゴール(Moneygall)

 一族が米国に移住していた理由は、1845年から1852年にわたるジャガイモ飢饉(Potato Famine)である。当時ヨーロッパ全土で発生したジャガイモの疫病でアイルランド人の食糧が窮乏した。アイルランドでは麦も栽培していたが、年貢や商品としてイギリス(ブリテン島)に輸出されていた。
 当時アイルランドの支配階級はイギリス、ブリテン島にいたせいあり、多大な餓死者がアイルランドに出ても救済策は取られなかった。結果、人口の20%が餓死・病死し、10%から20%が国外へ脱出した。オバマ大統領の祖先カーニー青年もその一人だったのである。
 単純に引き算するとカーニーさんの生まれは1831年となる。この年に生まれた人のリストを見ると、マクスウェルの方程式のマックスウェルや数学者のデデキントがいる。孝明天皇が生まれた年でもあった。明治天皇のお父さんである。坂本龍馬はというと、1836年生まれなんで、だいたい同じ時代と見ていいのかもしれない。
 BBC記事の焦点は表題からもわかるように、少なからぬ米国大統領がアイルランドに祖先の国としての関心を強く持つのはなぜなのかということだ。
 理由としては、選挙でカトリック教徒の票が欲しいからだというのがあるらしい。言うまでもなく、アイルランド人にはカトリック教徒が多い。アイルランドの伝統や文化を尊重するからではないのだと識者のコメントも載せている。
 票が目当てでない例もあるともしている。ケネディ大統領とレーガン大統領、およびクリントン大統領が挙げられている。ケネディはアイルランド系アメリカ人として初の大統領なのでそれなりにわかりやすい。レーガンも父方がアイルランド系でカトリック教徒だった。が、後、母方のプロテスタントに改宗している。実際のところ現在のアイルランド系アメリカ人のカトリック教徒はプロテスタントより少なく、BBCの識者の説明はあっているんだろうかと疑問に思わないでもない。クリントンについてはBBCはアイルランド系に明確な証拠はないともしている。
 カトリック票が目当てとせず単純にアイルランド系の票が目当てと見てもよいのかもしれない。米国でアイルランド系を自認する人口は4400万人、これにスコットランド系アイルランド人(Scottish-Irish)が600万から700万人いる。単純に合算するとアイルランド系は5000万人となる。票の狙い目にはなりそうだ。
 ここでやっかいというのもなんだが興味深いのが、スコットランド系アイルランド人と仮に訳した"Scottish-Irish"の存在である。BBCの記事では、こう描かれている。


Most of the early presidents' Irish connections were to Tyrone and Antrim, through the protestants who came from Ulster in the early 19th Century and settled largely in the south and west.

米国の初期大統領ではアイルランド系といっても関連があるのは北アイルランドのティローンとアントリムであり、彼らは19世紀初頭に北アイルランドのアルスター地方から来て、多くは南部と西部に定住したプロテスタントによるものだ。

They later labelled themselves as Scots-Irish, to distinguish themselves from the poor Catholics fleeing the potato famine in the decades following the 1840s.

1840年代以降数十年にわたるジャガイモ飢饉から逃げきた貧しいカトリック教徒と区別するために、彼らは後に、スコットランド系アイルランド人(Scottish-Irish)と自称した。


 簡単に言っていいのかわからないが、ジャガイモ飢饉以前に北アイルランドから移民してきた人は、後の貧民と間違われないように、別のルーツ名を示したということなのだろう。当然だが、これにはプロテスタント(長老派・カルバン派系)とカトリックという宗教の対立もあっただろう。
 彼らは、その故地からアルスター・スコッツ(Ulster-Scots)ともいう呼称もある(参照)。これだとアイルランド人ではないスコットランド人だという含みが強くなる。では、いつ彼らがスコットランドから北アイルランドにやってきたかというと、17世紀に遡り、当時の植民地であるアイルランドに入植した。このあたりのさらなる背景はややこしいといえばややこしいが、現代の北アイルランドの問題にまで根を張っている。
 話を少し戻して、アイルランド系といっても、ジャガイモ飢饉による移民ではなく、むしろ米国のエスタブリッシュメントであるアルスター・スコッツは、アイルランド系と言っていいのかというと、従来はアイルランド系には含まれなかったようだが、BBCの記事の動向でもわかるが、最近ではそうだとも見なされつつあるようだ。
 もっともアルスター・スコッツに色目を使って米国大統領がアイルランド詣でをするということでもないのは訪問先でもわかる。

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