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2011.02.17

エジプト争乱、ワエル・ゴニム氏の役どころ

 エジプト争乱で一躍英雄となったワエル・ゴニム(Wael Ghonim)氏だが、少し気になることもあるので、いずれ米国が関与する類似の事件を考えるときの参考にもなるだろうから、これもついでまとめておこう。
 そう思ったのは、昨日、ちょっと奇妙なニュースを毎日新聞記事「エジプト:18日に大規模デモ 「若者連合」幹部」(参照)で見かけたからである。


 【カイロ和田浩明】エジプトのムバラク大統領(当時)に対し、即時辞任を求めて今月初めに反政府デモグループの全国的な連合組織として結成された「革命の若者連合」幹部、ハリド・サイード氏(27)が15日、毎日新聞と会見した。実権を掌握した軍部と16日に面談し、内閣刷新や新憲法の導入、野党弾圧に使われてきた非常事態令の解除などを求めることを明らかにした。「革命はこれからも続く」とも語り、18日に大規模デモを実施して要求受け入れを迫る考えだ。

 カイロにいる新聞記者が「ハリド・サイード氏(27)」とそのまま書いてしまうのはどういうことなんだろうというのが奇妙な点である。もしかすると、本当にそういう名前の人がいるのかもしれないし、記事には顔写真もついているので、いかにもこの人という印象は受けやすい。しかし、この争乱をそれなりに見てきた人なら、その名前を聞けば、それは仮名でしょと思うはずだ。そのあたりは後で触れたいと思う。
 もう一つ、この記事で気になったのは以下。

 同連合は、1月25日からの反政府デモを主導した若者団体「4月6日運動」や「自由と正義」など5団体で構成する。国際原子力機関(IAEA)前事務局長のエルバラダイ氏の支援者や、穏健派イスラム原理主義組織で最大野党勢力の「ムスリム同胞団」の関係者らも含まれる。

 この若者連合は、米国とつながりのある「4月6日運動」(参照)を含んでいるのだがその関係はよくわからない。また、ネットを通じた活動の英雄といえばワエル・ゴニム氏だが、その関係もよくわからない。ただ、結論だけいうと、エルバラダイ氏を巻き込み、ムスリム同胞を相対化させるという米国の思惑とは同調している。
 さて、英雄ワエル・ゴニム氏だが、13日付けのニューズウィーク「The Facebook Freedom Fighter」(参照)に詳しい話がある。同記事は昨日の日本版にも抄訳がある。執筆者はマイク・ジリオ(Mike Giglio)とのみあるので同社の記者であろうか。過去記事から見ると、エジプト争乱に対する米国の関与を否定していくスタンスが強い記者なのでそのあたりのバイアスを前提にして記事を読む必要はあるだろう。
 同記事は、ニューズウィークが入手したワエル・ゴニム氏とナディヌ・ワハブ氏の交信記録とゴニム氏へのインタビューを元に構成されている。当然ながら、そんな記録どこからどういう思惑でニューズウィークに流れたのかというのも気になるところだ。
 記事のポイントはこの二人にある。二人のつながりにあると言ってもいいかもしれない。二人の関係の成立だが、昨年の春に遡る。

Ghonim and Wahab met electronically last spring, after Ghonim volunteered to run the Facebook fan page of Mohamed ElBaradei, the Egyptian Nobel Prize winner who had emerged as a key opposition leader; Wahab offered to help with PR. Ghonim had a strong tech background, having already founded several successful Web ventures. But it was his marketing skills that would fuel his transformation into Egypt’s most important cyberactivist.

ゴニム氏とワハブ氏が遭遇したのはオンラインで時期は昨年の春のことであった。ゴニム氏は、エジプト人ノーベル賞受賞者モハメド・エルバラダイのFacebookファンページをボランティアで運営してからのことである。エルバラダイ氏はすでに政府反対派のキーマンとなっている。ワハブ氏はその広報に助力したいと申し出た。ゴニム氏はすでに成功したWebベンチャーをいくつか設立していて、強い技術背景も持っていた。


 ワハブ氏とはどのような人物か? ゴニム氏が連行された3日後の話に彼女の紹介がある。

Three days later in Washington, D.C., Nadine Wahab, an Egyptian émigré and media-relations professional, sat staring at her computer, hoping rumors of the caller’s disappearance weren’t true.

三日後、米国ワシントンD.C.で、エジプト人亡命広報専門者のナディヌ・ワハブ氏は、パソコンを見つめ、呼び出し人失踪が噂であることを期待した。


 ゴニム氏のサポーターであるナディヌ・ワハブ氏は、エジプト人亡命機関の広報専門者である。ごく簡単にいえば、エジプト民主化の米国政治団体と見てよいだろう。そして、であれば、ウィキリークスが暴露(参照)した、エジプト民主化への米国の関与組織とも関係があると見てよいだろう、ごく普通に。
 そして記事にもあるしかつ報じられてもいるが、ゴニム氏のほうは、米国インターネット検索大手Googleの幹部である。グーグルとしてもそれはゴニム氏のプライベートの活動ですから知りません、というはずもないだろう。陰謀論のように推論する気はさらさらないが、ウィキリークス公電暴露から見てもわかるように、ワハブ氏のような政治団体やウォルフ米議会議員らの活動はネットを使った中東民主化サミットで繋がっていたと見てよいだろう。
 もちろん、それがすべて最初から一体であったわけではないだろうし、ゴニム氏とワハブ氏の遭遇はオンラインであったとすることに疑義を持つものではない。が、注目したいのは、ゴニム氏が昨年春時点で、エルバラダイ氏を担いでいること、ワハブ氏もエルバラダイ氏に注目していたことだ。つまり、ネットメディアを使ったエジプトの民主化というより、エルバラダイ氏をいかに担ぎ出してエジプトに送り込むかというのが、この時点のテーマであった。
 エジプト在Googleのゴニム氏と米国政治団体ワハブ氏によるエルバラダイ氏担ぎ出し運動用のFacebookは昨年の6月には、広報成果もあるだろうし、ウィキリークス公電暴露からも推測されるように各種の支援からも、すでに人気となっていたのだが、この6月に事件が起きた。

That month, a young Alexandria businessman named Khaled Said, who had posted a video on the Web showing cops pilfering pot from a drug bust, was assaulted at an Internet café by local police. They dragged him outside and beat him to death in broad daylight. Photos of his battered corpse went viral.

その月、麻薬捜査物件から麻薬を盗み出す警官の映像を投稿したハリド・サイード(Khaled Said)という名の、アレクサンドリア在の若いビジネスマンはインターネットカフェで地元の警察から急襲された。彼は真っ昼間に引きずりだされ、撲殺された。彼の撲殺写真はネットのウィルスのように拡散した。


 チュニジアと同様、エジプトでも昨年夏、当局暴力による象徴的な若者の犠牲死があり、ハリド・サイードという名前はその象徴ともなった。冒頭、毎日新聞記事に私が不審をもったもの、ハリド・サイードという名前のそうした連想からである。
 ゴニム氏とワハブ氏の活動にもこれは影響を与えた。それ以上かもしれない。

Ghonim was moved by the photos to start a new Facebook page called “We Are All Khaled Said,” to which he began devoting the bulk of his efforts. The page quickly became a forceful campaign against police brutality in Egypt, with a constant stream of photos, videos, and news.

写真に心動かされたゴニム氏は、「私たち全員がハリド・サイードである」というFacebookページを新規に立ち上げ、ネット活動の力をそちらに注ぎだした。このFacebookページは、一連の写真やビデオ、ニュースを持っていることから、急速に警察暴力に反抗する力強い政治運動になった


 ゴニム氏はこう語る。

“My purpose,” he said in a conversation with Wahab, “is to increase the bond between the people and the group through my unknown personality. Thisway we create an army of volunteers.”

「私の目的は、私を個人的に知らない人々やグループ間結束を増やすことだ。こうして私たちは志願兵による軍隊組織を形成するのだ」と彼はワハブ氏との対話で述べている。


 ここをどう読むかが難しい。素直に読めば、元来はエルバラダイ氏担ぎ出し運動であったものが、警察当局の暴力への対抗で感情的な批判運動へと、ゴニム氏の感情から転換したとも言える。ただし、ワハブ氏もこの変化に寄り添っていたことを考えに入れると、反対派勢力を盛り上げる広報戦略として、エルバラダイ氏からハリド・サイードに鞍替えしたと見るほうが妥当だろう。しかし、この鞍替えが政治的な文脈としてよかったかは疑念の残るところだ。ある意味、これはゴニム氏とワハブ氏が想定していなかった方向に暴走し始めたと見ることもできる。そして、これらを軍部はどう見ていたか。
 エジプト争乱のきっかけはチュニジアの暴動であったが、同記事を読むと、ゴニム氏とワハブ氏は焚きつけるだけ焚きつけておきながら、その行き先に確信はなかったようにも読める。1月25日のデモ行動に参加を募った後でもゴニム氏はこう考えていた。

In the space of three days, more than 50,000 people answered “yes.” Posing as El Shaheed in a Gmail chat, Ghonim was optimistic but cautioned that online support might not translate into a revolt in the streets.

3日間で5万人を越える「YES(参加する)」という回答を得た。ゴニム氏は、エル・シャヒードの偽名によるGmailチャットで、楽観視はしているが、ネットの支持は市街の抵抗運動に変わるわけでもないとも警告していた。


 ゴニム氏はありがちな扇動者というところだ。記事には言及がないが、私の推測ではこの脇の甘さが、実際には、別運動団体の事実上の便乗と軍部の察知から謀略を招いた。
 そう推測するのは、当局の動きからだ。翌々日、すでに尾行を探知していたゴニム氏だが連絡が途絶え、翌朝失踪したのである。当局による拉致であるが、極秘に行われた。当局側が25日の運動でゴニム氏を危険視したというのが穏当な考え方だが、私は、当局はウィキリークス公電暴露からもわかるように、当局は彼らの活動を知っていて、それ以前から注目し、泳がすだけ泳がした。都合の良い時期にこの暴動を乗っ取るシナリオが動き出したと見てよいように思う。
 ゴニム氏が消えてからは、米側のワハブ氏の奮迅となる。そのプロセスは同記事に劇画風に描かれていて面白いのだが、面白すぎて、ワハブ氏の背景を覆い隠している。
 ウィキリークス公電にも事例が暴露されていたが、米国政府は著名な反対派活動を調査しつつ解放をエジプト政府に迫っている。この暴露事例から見ても、ゴニム氏の解放へ米側が強力に動いたことは間違いないだろう。これを陰謀論というなら、もういちどウィキリークス公電の暴露事例を読んでいただきたい(参照)。
 二週間後解放されたゴニム氏自身は、反対運動の盛り上がりに浦島太郎状態であったように同記事は書いている。それはそうかもしれないが、すでにゴニム氏は別の駒として使うように釈放されていたと見てよい。匿名で煽動するはずのゴニム氏は、この間、すっかり英雄として演出する舞台が設置されていたのである。
 すでに明らかになっているように、ムバラク氏の引きずり下ろしは軍部と米国間で規定事項であった。15日付け毎日新聞記事「エジプト:「辞任か追放」 軍、ムバラク氏に迫る--10日演説後」(参照)より。

エジプトのムバラク前大統領が今月10日に「即時辞任拒否」の演説をした後、一転してカイロを追われ辞任する事態になったのは、エジプト国軍が「辞任か追放」という二者択一の最後通告を突きつけた結果だったことが、米紙ワシントン・ポストの報道で分かった。
 同紙によると、反政府デモの高まりの中、エジプト国軍とムバラク政権指導部の間では先週半ばまでに、ムバラク氏が何らかの形で権限移譲をすることで合意していた。オバマ米政権も10日までに、国軍から「辞任か権限移譲」の二つのシナリオを聞いていたという。

 あとは、だめ押しでガス抜きし、流れをムスリム同胞団相対化に結びつければよいのである。ゴニム氏に渡された脚本は、解放された時にはもう決まっていたということだろう。まあ、そう表現すると修辞のわからない人から脊髄反射的に陰謀論とか批判さそうだけど、仔細を冷静に見れば、そういう流れの事態であった。

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