« リビア争乱は問題として見れば始まりとともに終わり | トップページ | 新幹線など高速鉄道はどこの国でも重荷になるだけらしい »

2011.02.23

台湾陸軍少将が中国のスパイだった話の雑感

 日本で報道されなかったわけではないが、台湾陸軍少将が中国のスパイだったというニュースは、それほど日本では話題にならなかったように思う。
 話は2月8日のこと。まず報道の確認から。朝日新聞記事「中国に台湾軍少将が機密漏らす 指揮用の情報システムか」(参照)がよくまとまっている。


台湾軍の現役陸軍少将が機密情報を中国に漏らしていたとして、軍検察が勾留、取り調べていることが明らかになった。少将は通信関連を担当する要職に就いており、安全保障の根幹を揺るがすとの懸念が広がっている。将官級による機密漏洩(ろうえい)の発覚は、国民党政権が台湾に移った直後の1950年ごろ以来という。


 台湾各紙によると羅少将は、米クリントン政権時に売却が決まった、陸海空を統合した作戦指揮のための高度情報通信システム「博勝」にかかわっていた。有事には米軍側と接続可能とされるこのシステムの情報が漏れた可能性があり、台湾各紙は米国との信頼関係にかかわると指摘している。

 台湾軍部の将官級に中国のスパイがいたということ自体、大事件でもある。
 読売新聞記事「台湾軍少将、スパイ容疑で逮捕…報酬数千万円」(参照)が、「機密情報取得を目的とした中国の不正工作のすさまじさを示している」と感想を漏らすのもしかたがない。
 産経新聞記事「美人局の誘惑に負けた台湾軍高官 中国に機密漏洩」(参照)に「長年、中国のためのスパイ活動を続けてきた背景には、中国側が差し向けたとみられる30代の美女との交際があったことがわかった」とあるのを読むと、私も人生に一度くらいは美人計にかかってみたいと思わないでもない。冗談。
 野暮を承知で真面目な話に戻すと、台湾有事に関わる、陸海空を統合した作戦指揮のための高度情報通信システム「博勝」が漏洩した可能性は、日本にとってもう少し問題になってもよいはずだが、あまり話題にならないようだ。パンダ外交(参照)を延々とニュースにしていた。
 この件、その後、国内報道で余り見かけないでいたが、昨日産経新聞、山本勲台北支局長によるコラム「台北支局長・山本勲 台湾将軍が中国女スパイと密会 流出の機密情報は超弩級」(参照)を読み、私のような感想を持っていた人もいたんだなと共感した。

 台湾国防部が8日発表した羅賢哲・陸軍少将による中国スパイ事件は前代未聞だった。軍中枢の現役少将という位の高さ、漏洩(ろうえい)したとみられる軍事機密の重大性、米台関係への影響など、そのダメージは計り知れない。ところが事件発覚から1週間で地元メディアの報道合戦もほぼ収まり、相次ぐ中国スパイ事件に馬英九政権がどう対処しようとしているかもはっきりしない。中国の統一攻勢にさらされている台湾のこの現状に不安を覚えるのは、筆者だけだろうか。


 台湾軍のハイテク戦の中枢が丸裸にされかねないうえ、「博勝案」は米台合同作戦も想定したシステムなだけに、米軍への影響も大きい。同案は「まだ一部配備の段階で、米軍のシステムとも接続しておらず、被害は限定的」(立法委員=国会議員の帥化民・元中将)という。

 「博勝案」が米軍システムと接続する前だったので、それはよかったと言えるかもしれないが、発覚の経緯を知るとそれほど安堵できるものでもない。

しかも同部は「昨年6月、米連邦捜査局(FBI)の通報で事実を知った」(台湾誌「壱週刊」)とされるから、内部管理の甘さを批判されても仕方がない。

 米国側から台湾に対して、おまえさんの軍部に中国スパイがいるよと教えてもらったというわけだ。米国としてもそのままの状態にしておけないぎりぎりのところでもあったのだろう。
 コラムはこう閉じている。

 今回の事件は「氷山の一角」との指摘も多い。馬英九政権がこうした現状の打開にどういう抜本策を講じるか、注視したい。

 そこがとても難しい。
 この話題、なぜか20日のフィナンシャルタイムズ社説「Taiwan strengthens its mainland ties」(参照)が取り上げていた。その論調がなんともいえない味わいだった。

This month, Taiwan uncovered the worst case of alleged Chinese military espionage in 50 years. Major General Lo Hsien-che was arrested on suspicion of having passed military secrets to Beijing for the past six years. The revelation is an embarrassment to Ma Ying-jeou, the Taiwanese president, who has worked hard since his election in 2008 to restore closer ties with mainland China.

今月、台湾はこの50年間で最悪の、中国の軍事的スパイ活動容疑を暴露した。羅賢哲・陸軍少将は、この6年間台湾の軍事機密を北京に手渡しという疑いで逮捕された。大陸側中国と緊密な関係を復元しようと、2008年の就任以来奮迅してきた馬英九台湾総統はこの暴露で困惑に陥った。



Under Mr Ma, China and Taiwan have signed a free trade agreement that should bind their economies even more closely together. The number of Chinese tourists visiting Taiwan has risen sharply. Direct flights and shipping routes have been instituted. Taiwan’s opposition senses a trap: that Beijing wants to draw Taiwan into an economic bear hug so closer political ties become a fait accompli.

馬政権下で中国と台湾は、よりいっそう密接に経済を結合する自由貿易協定に署名している。台湾を訪問する中国観光客は急激に増えた。直接の空路と航路もすでにある。だが、台湾の野党は罠を感知している。中国政府は台湾を経済圏に抱き込むことで、政治的な結合も既成事実化するという罠。


 台湾野党側の疑念は当然ではないかと思うのだが、ここでフィナンシャルタイムズは、馬政権擁護に論調を変える。

That may, indeed, be Beijing’s plan. But Mr Ma has carefully distinguished economic from political concessions. As well as reiterating Taiwan’s status as a “sovereign state”, he has praised the award of the Nobel Peace Prize to Liu Xiaobo, a dissident who has urged Beijing to adopt the sort of pluralist political system practised in Taiwan. Mr Ma has risked Beijing’s wrath by asking to buy more US weapons to bolster Taiwan’s defence against Chinese attack. These are not the actions of a president bent on securing reunification by the back door.

実際それが、中国政府の計画なのかもしれない。だが、馬氏は、政治的な譲歩と経済を慎重に区別してきた。「主権国家」として台湾の地位を繰り返し主張しつつ、台湾のような複数政党政治の採用を中国政府に提唱した反体制思想家である、劉暁波氏へのノーベル平和賞の賞を賞賛した。馬氏は、中国からの攻撃に備え台湾の防衛を支えるために、米国に武器購入を要請することで、中国政府の憤りを買う危険も冒した。こうした行動を見れば、馬総統は統一確保を裏道で推進する人ではない。


 馬総統への評価は微妙なところだが、奇妙なのはなぜ英国のフィナンシャルタイムズがこうした論調を張るかにある。
 フィナンシャルタイムズは、中国の軍事的な危険性を、パンダに浮かれる日本人のように暢気に見ているわけでもない。

Taiwan remains a potential flashpoint. If China were to slip into economic crisis, some military hotheads might be tempted to invade.

台湾は依然、潜在的な軍事問題の着火点の状態にある。中国が経済危機の中に陥ったなら、中国の軍部には、台湾侵略を望む誘惑にかられる者も出てくるだろう。


 さらりと述べているが、中国経済の破綻が中国軍部の暴走の引き金になると見るは、日本では禁句かもしれないが国際的な常識と言っていいだろう。
 結語が困惑に尽きる。

When the irresistible force of reunification meets the immovable object of independence, concentrating on economics and kicking politics into the long grass remains the most sensible course.

中国統一が避けがたい力なのにこれが独立という不動の対象にぶつかるなら、経済に集中し、政治については藪に入れておくしかないというのが、もっとも理性的な方路である。


 呆れたというのが私の率直の感想である。問題を経済に集約していけば、中台統一が既成事実化すると懸念する台湾野党に対して、あたかもそれが歴史の必然のように高説、のたまわるという風情である。
 台湾が独立精神を持ちづけていても、抗いがたい経済の力で中国は統一するのが大局観だと言われて、はいそうですかと言えるだろうか。台湾だけが問われているのではなく、日本も問われているのに気がついたときに。
 私は、反中気分で中国に単純に抗うのは愚かだし、経済的な親好はできるだけ深めるべきだろうと思う。しかし、フィナンシャルタイムズがお薦めするように政治の問題を藪に蹴り込むのではなく、台湾や日本が独裁国家の中国に対して政治体制の面で毅然と独立を維持することのほうが、独裁制を取る中国が崩壊した際、中国民衆にとって大きな支えとなるのではないかと考えている。「そうか台湾や日本のように民主主義という道もあったのだ」という道標は維持しておきたい。

|

« リビア争乱は問題として見れば始まりとともに終わり | トップページ | 新幹線など高速鉄道はどこの国でも重荷になるだけらしい »

「時事」カテゴリの記事

コメント

 えーと、フィナンシャルタイムズは、記者の持論と会社の持論がまるきり違っていて、それであんな変な作文になったんだと思います。
 もしくはデスクが大陸に肩入れしたい人で、こっそり文章を書き換えたとか?

投稿: とおりすがりの | 2011.02.23 22:43

EUが概ね上手く行けば近隣のUK等はその勢力圏になるのが無難で自然だ、そのような時にもし現状EUの民主化工程なり政治形態を周辺国が危惧する状況を想定するなら、EU内の民主化を支援したりEU内の分離運動を策動するのも地政学的にあるんじゃね?
日本や台湾・ベトナムなどに中国の自治区や程度の差はあれ藩塀衛星国化させられる力が掛かるのは、中国があのボリュームで成功した場合には避けるのは難しい。既に日本でも台湾でも政官の主軸は中国の台頭下如何に自国の実質的独立を保つかに移り、中国の意向を意識するのが当然視されてるように思う。

投稿: ト | 2011.02.25 13:42

はじめまして 結婚したい 30代の男です  なんせ彼女がほしいです

投稿: shin | 2011.03.06 02:13

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 台湾陸軍少将が中国のスパイだった話の雑感:

« リビア争乱は問題として見れば始まりとともに終わり | トップページ | 新幹線など高速鉄道はどこの国でも重荷になるだけらしい »