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2011.02.08

コロッケそばの味わい

 世の中には、ふと立ち止まって考えると、何だ、それと思えるような食べ物がある。例えば、白子の天ぷら。もちっとして味わい深い。ポン酢がよろしいかと。しかし、ただね、なんというのか、小学生には説明しづらい。あれはなあ。
 視野を広げると、バロット。孵化直前のアヒルの卵を加熱した……肉? ゆで卵? 一生のうち一度は食べてみたいものの対極にあるもので、死ぬまでに食べずにすまされれば幸せという感じだが、私は一度夢で食った。私は夢に味覚がある人なんでじっくりと味わい、その食感も堪能した。首骨がやわらかくてこりっと。うぁああ、すげー悪夢。
 そういう変なものではなく、ごくありきたりな食材だが、何だ、それと人生に問いかけてくる食べ物と言えば、コロッケそばであろう。コロッケ。わかりますよね。そばもわかる。一杯のかけそばのうえにコロッケが載っているあれ。普通のそば屋には置いてない一品。駅そばならではの特製キュジーヌ、言うなれば。
 疑問に思う人はいる。村上春樹のエッセイだが、なんでコロッケそばなんてものがあるのかと疑問を呈していた。言わんとすることはわからないでもない。確かにあれは、そういう存在だ。天ぷらなら許せる。お揚げを甘く煮たものはグッドだ。なのになぜコロッケ。溶けるじゃないか、ぐずぐずに。二晩味を馴染ませたご家庭カレーじゃないんだぞ。
 弁護はしづらい。しかし、市場はその存在を明確にしている。あなたが駅そばに立ち寄る。ここは本当にジャパンの駅の駅そば屋なのかと、この惑星に到着して久しいものの、ふと疑問に思う。バイトのお姉さんは巨大なミドリムシが変身しているというわけはない。方法的懐疑が明証に至るのは食券販売機にコロッケそばの名前を発見したときだ。370円。よし。かけそば、320円。よし。コロッケ分が50円。ここに日本経済の良心というものがある。
 かくしてコロッケそば。いや、今日の昼飯、スタバでサンドイッチ食いそびれてなんとなくコロッケそばを久しぶりに食ったというだけのことなんだが、思うに実に久しぶりだった。そばは日頃食っている。最低でも毎週一回は行きつけのそば屋に行く日常なのだが、そば屋に通っているとなかなか、これが食べられないんだよな。青春時代、よく食ったというのに。
 待つこと2分。プラスチックの椀のかけそばの上にどんとそれがいる。下半身はすでにそばの汁に沈んでいる。上半身はまだ濡れていない。そこをまずかりっと食いちぎる。ほんわりと口のなかでくずれる。なにより、それが冷えてないことに全身に歓喜がみなぎる。冷たいコロッケでなくてほっとする。良かった。民主党政権でも庶民の日常にはあたたかなコロッケ。
 そしてちゅっと汁を吸う。汁についてはとやかく言うまい。次はそばだ。正しい作法でずるっと吸い込み、くちゃっと噛む。おお、そば粉使っていると感激に天井を見上げる。20%は含まれていると見た。今日はいいことあるぞ。
 あとは、コロッケの中身をそば汁のなかに分散させずに、つまりだ、汁に沈まないように、そばのボリュームで支えつつ、かつ自然的な崩壊に気をくばりながら食えばいいのだ。これだ。我が青春で体得した神技。
 ところがなにかがおかしい。なにがおかしいというのだ。味か。いや味はこれでいい。そばか。これも駅そばならではの自己主張に問題はない。コロッケも悪くない。ポテトは完全につぶれて堅いペースト状であり挽肉はかけらも発見されない。異常なし。では、なにがおかしいのか。と食い続けていて、なんというのか微妙な徒労感があるのだ。さっきから同じところをぐるぐる回っているような感じがするのである。
 食っても食ってもこのコロッケそば減らないんじゃないか。いや、すでにコロッケは20%を残すばかり。着実に減っているのだがと、そばのほうを見るとそれほど減っていない。入れ物がある両手で受ける、ではないが両手で持ち上げて椀の形状を見るに、円柱に近いぞこれ。
 どうやら想像以上にそばが入っている。これ、俺、食えるんだろうかと、じっと手を見る。そこらで止めとけと何かが語る。もったいないだろ。今までのオマエの人生で、コロッケそばを食い残したことはあったか。Baby show me love!
 食うんだ、ジョー。というわけで、気合いを入れて食う。すえた油をたっぷり天ぷらそばじゃなくてよかったと、ほんの僅かの人生の選択の差の幸運を思う。戦いは続くが、かくして食い終わる。もう食えない。
 みなさん、よくこんなに食えるなあと横のお兄さんを見たら、私と同じコロッケそばに加えてカレーライスも食ってた。青春は遠いな。

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コメント

喬太郎師匠が、時そばのまくらで、よくコロッケそばの話をされてましたね。いや、それだけの事ですが、思い出しましたので、初コメント。帰りに食べよう。

投稿: たぬき | 2011.02.08 20:31

私は、立ち食いそばでは基本的に「わかめそば」+「コロッケ」という組み合わせを食しております。
わかめのなんとなくヘルシーかつ毛髪保持効果がありそうな風情+コロッケのボリューム感で結構満足してしまいます。コロッケを別のお皿にのっけてもらう手もあるんですけど、やっぱりジャパニーズファストフード的には、うどんの上に乗せたほうが、コロッケ崩壊の危険性は高まりますが、しっくりくるような気がしています。洗うお皿も減りますし。

投稿: ひろ爺 | 2011.02.09 01:52

常磐線我孫子駅か天王台駅にある弥生軒の唐揚げ蕎麦が好きです。
機会があればどうぞ。
かつて山下清が働いていたことは後で知りました。
http://yaplog.jp/momo-kimock/archive/3428
そのときどきの記憶とリンクした味ですね。

投稿: みけ | 2011.02.09 11:24

音を立てて蕎麦を食べる田舎者が増えてしまったために、それが作法だと勘違いする田舎者が東京にすら蔓延ってしまった現状は忌々しい限りですね。

日本の恥です。

投稿: キモイ | 2011.11.19 17:52

B級グルメの本を見たのは何年前だろう?
その時初めてコロッケ蕎麦に遭遇した。
なんと東京では常識として貧民の腹を満たしてるらしい。
田舎物なので自宅にて蕎麦の上にコロッケを載せて食べてみたが、如何もしっくり来ない。何かが違うのだろうと思っていた。それから何年たったのだろ。東京へ行っても素どうりで食することもなかったが、とうとう食べた。
感動と感激の嵐が私を包んだ。
やはり違う。旨い、なぜか旨い。如何という事の無い筈なのに何かが変わった。その日を境にして何とか自宅でコピーしようと思ったが、それも無粋な事で!
職をコロッケ蕎麦専門の立ち食い蕎麦屋にしようと友人に迫ってる今日この頃でした。

投稿: ジョンデロン | 2011.12.21 10:40

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