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2011.02.18

エジプト争乱と軍部への疑念

 もう大分世間の関心も薄れて来つつあるエジプト争乱だが、とても重要な時期に来ているように思われる。昨日のエントリでも触れたが、今日18日、エジプトでは「勝利の行進」というデモが予定されている。このデモの動向がどうなるか。概ね危機的な状況を引き起こすことはないと見てよいだろうが、政治的には重要な転機になるかもしれない。
 日本国内ではどう報道されているか、朝日新聞記事「ムバラク政権の閣僚ら4人拘束 汚職容疑でエジプト検察」(参照)を読むと、表題の汚職容疑に触れたあと、こう伝えている。


 また、軍幹部はロイター通信に、次期大統領選で軍部からは候補を擁立しない考えを示した。ムバラク政権の崩壊を受けて全権を握る軍最高評議会が、腐敗の是正や民選政府の樹立など、市民や野党勢力の要求に応じたかたちだ。
 一方、ムバラク氏を退陣に追い込んだデモを続けてきた若者グループ「4月6日運動」やムスリム同胞団などは18日、「勝利の行進」と名付けたデモを行う予定。デモでは「革命の勝利」を祝うとともに、軍最高評議会に対し、政治犯の釈放や迅速な民主化などを求める予定だ。

 朝日新聞記事からだと、エジプト軍部は市民や野党の要求をよく受け入れており、また、「勝利の行進」もその一環のようにも見える。そうだろうか。
 ロイター「カイロで政変祝う「勝利の行進」計画、前大統領派もデモへ」(参照)と比べると興味深い。

 政権崩壊から約1週間が経過したものの、エジプト国民の生活は正常化には依然程遠い。通りには戦車が配備され、銀行や学校も閉鎖されたままで、ストライキも続いている。
 簡易ブログ「ツイッター」には「あす(18日)100万人が変革と要求を守るためのデモを行う」と投稿され、活動家らは会員制交流サイト「フェイスブック」でもデモ参加を呼び掛けた。
 一方、前大統領を支持するグループはムバラク氏の功績をたたえ、政権崩壊に至ったことを「謝罪する」デモを計画。デモを呼び掛けたグループによると、前大統領支持派は黒、反体制派は白を基調とした衣装を身にまとうという。
 大規模なデモが計画されるなど混乱が続く中、軍最高評議会が混乱を鎮めようとする動きもみられている。

 ロイターのほうが状況を詳しく伝えている。
 「勝利の行進」だが朝日新聞記事では「若者グループ「4月6日運動」やムスリム同胞団など」の「など」にムバラク支持派が入っていることを読み取るのは難しい。この対立のデモの展開になる可能性もある。しかし、推測だがムバラク支持派がここで大勢を巻き返すというシナリオはないだろう。
 問題はロイター記事が伝えている「通りには戦車が配備され」という現状である。軍が依然、エジプト国民を鎮圧している状況に変化はない。1981年発令の非常事態令は解除されていない。
 軍側は解除の意向があるとの報道はある。朝日新聞記事「「エジプト軍、非常事態令を解除」 大統領選前に」(参照)はこう伝えている。

ムバラク大統領の退陣を受け、全権を掌握したエジプト軍最高評議会が任命した憲法改正委員会の委員が16日、「軍部は6カ月以内に予定している大統領選と議会選の前に、30年前に発令されたままの非常事態令を解除すると確約した」と述べた。
 最大の野党勢力ムスリム同胞団から憲法改正委に参加しているサレハ氏が、ロイター通信に語った。軍最高評議会も11日の声明で「混乱が収束すれば、非常事態令を解除する」との考えを示していた。

 ここをどう読むか。
 冒頭のほうの朝日新聞記事に戻るが、この記事をよく読むと「勝利の行進」について、「政治犯の釈放や迅速な民主化などを求める予定」とあり、実は、政治犯はいまだ釈放されていない状況がわかる。後から争乱の起きたリビアが政治犯を100人以上釈放しているのに、なぜエジプトでは遅れているのだろうか。
 そもそもこれらは遅れなのだろうか?
 同じくエジプト国民に求められている改憲だが、このプロセスも疑問がある。産経新聞記事「改憲案の策定始まる 「ムバラク路線」踏襲に懸念」(参照)より。

ムバラク政権が崩壊したエジプトの改憲委員会メンバーが15日、全権を掌握する軍最高評議会によって任命され、改憲案の策定作業が始まった。最高評議会は「10日以内」という日程を示し、早期の民政移行に向けた改憲手続きを進める姿勢を示しているが、その半面、審議時間が少ないことから改正は小幅にとどまらざるを得ないとの見方が強い。


最高評議会が指示したのは、(1)大統領選の立候補資格の緩和(2)大統領の再選回数の制限(3)司法による選挙監視(4)非常事態令の解除-などに必要な条文の見直しで、これらは、ムバラク前大統領が辞任前日の10日にテレビ演説で約束したものとほぼ同じだ。

 現状では、ムバラク元大統領がエジプト国民の要望を受けるとした状況から変化はない。ムバラク氏が辞任したことによる違いは実はなにもない。
 何かおかしいのではないかとする報道は、なぜか日本国内ではあまり見かけないが、ワシントンポストは15日社説「Keep pushing in Egypt」(参照)で疑問を投げかけている。前向きな変化もあるとしているが。

Those were positive steps. But the military's early actions are also giving grounds for concern that it may not accept key demands of both the Egyptian opposition and the United States - measures that are critical to establishing a genuine democracy.

これらは前進ではあった。が、軍部の初期行動は、エジプト国民と米国双方の重要な要求を受諾しないのではないかと懸念させる根拠も与えている。要求されているのは、民主主義を樹立する上で決定的に重要である手法である。



While two generals met on Sunday with a group of representatives of the youth movements that organized the protests, neither those representatives nor other opposition leaders have been included in the regime's decision-making. Nor have the generals been willing to meet with several key opposition leaders, such as former U.N. official Mohamed ElBaradei. The cabinet appointed by Mr. Mubarak last month has been reconfirmed.

抗議運動を組織した青年運動家グループ代表に、将軍ふたりが日曜日に面会したものの、これらの代表も反対派リーダーも、依然政治体制の意思決定機構に含まれていない。さらに将軍らは、前国連役員モハメド・エルバラダイ氏など、重要な反対派指導者とは面会していない。ムバラク氏が任命した内閣は依然、再確認されたままである。


 米側の指標としては、エルバラダイ氏の政治参加に着目しているのだろう。
 ワシントンポストが疑念を持つようにエジプト軍部の実際の動向は朝日新聞記事などが前向きに報道している状態とはかなり異なっている。
 エジプト民主化の方向は決まっているのだから慌てることはないという考えもあるだろうが、実態は、事態の展開を急いでいるのはエジプト軍部であるとワシントンポストは見ている。

Rather than create joint structures to decide on such matters as how to amend the constitution, when to hold elections and what other reforms to undertake, the military has been rushing ahead with its own plan - which looks a lot like that promoted by Mr. Mubarak and his vice president, Omar Suleiman.

憲法改正の手段、選挙の時期、そしてその他の改革といった事項の決定に、参加的な政治機構を形成するよりも、軍部は自身の計画を急いでいる。状況は、ムバラク氏やその副大統領であったオマール・スレイマンで推進された状況とよく似ているのである。



The military's intentions look even more questionable because of its continuing refusal to lift an emergency law that restricts public gatherings and allows detention without charge, and its failure to release thousands of political prisoners.

公的集会を制限し、令状なしの拘留を規定する非常事態令撤回を拒否と、数千人の政治犯を釈放不履行を継続していることからすると、軍部の意向はいっそう疑問符が付く。


 民主化を求めるのであれば、どこに指標を置くべきか。議会である。
 ワシントンポストの論調もそこに集約される。

Opposition leaders themselves differ on how quickly elections can be held and whether the constitution should be amended or scrapped. That's all the more reason why these questions should be hammered out around a round table, rather than abruptly decided by martial decree.

反対派指導者自身、選挙の迅速な実施や憲法を改正するか廃棄するかについて意見を異にしている。こうした状況だからこそ、これらの疑問は、軍部の指令で突然決定するのではなく、円卓会議において議論されなければならない。


 議会の前段となるものが可視なるとき、エジプトの民主化も現れ始める。

追記・翌日
 デモのようすをBBCはこう伝えた。「Egyptians celebrate but military starts talking tough」(参照)。


Egypt's ruling military council says it will not tolerate any more strikes which disrupt the country's economy.

エジプトの支配する軍事評議会は、国の経済を混乱させるこれ以上のストは許容しないと声明を出す。


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コメント

30年の独裁から、誰もが納得する民主主義に、すぐに移行できるはずもない。国際社会が自国の利権に捕われずにサポートする仕組みを確立して欲しいと願います。

投稿: 玉置充宏 | 2011.02.19 00:02

以下の評議会声明を読む限り楽観的な気分にはどうしてもなれません。
声明5号の文面は以下の通り。
「これまでの経緯を踏まえ、また国民の復興を実現したいとの願望から、軍最高評議会は以下の決定を下した。
その1:憲政の停止。
その2:軍最高評議会は6ヶ月間もしくは議会選挙と大統領選挙の完了まで、暫定的に国事の運営を担う。
その3:軍最高評議会の議長が国内外のあらゆる政府機関を代表する。
その4:人民議会および諮問議会を解散する。
その5:移行期間中は軍最高評議会が法令の発布を担う。
その6:憲法の一部条文改正に向けた委員会の結成と、改正の是非を問う国民投票のルール策定。
その7:新内閣発足までの間、アフマド・ムハンマド・シャフィーク内閣に職務の継続を任じる。
その8:人民議会および諮問議会選挙の実施と大統領選挙の実施。
その9:国家は自身が当事者であるところの国際的な条約や協定の実施を遵守する。
神のご加護があらんことを。」

投稿: Yamayan | 2011.02.19 07:52

事態の帰趨を決するタイミングと、人々の関心のピークは往々に一致しないのかもしれないので、
個人的にはそのタイミングを見極めるよう気をつけているつもりなのですけれど、
顧みると早とちりしていることが多い。

投稿: しらたまZ | 2011.02.20 16:40

事態の趨勢を決するタイミングと、人々の関心のピークは一致しないのかもしれませんね。
エジプト情勢に限らず、そのタイミングを見極めるよう心がけています。

投稿: しらたまz | 2011.02.22 11:46

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 昨日、現在のエジプトは争乱後、民主化へ向かっているという日本のニュース知って些か奇異に感じていました。軍のシナリオでその通りに進んできたクーデターであることが間違いでもなければ、そんなに早く民主化が... [続きを読む]

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