2月4日、エジプト争乱について
エジプト情勢についてもうちょっと書いておくかな。BBCとか見ているとエジプト情勢の緊迫化という感じだし、ナバネセム・ピレイ国連人権高等弁務官によれば「確定的ではないが、300人程度が死亡、3000人以上が負傷したとの情報がある」(参照)とのこと。大変な事態だが、都市部市民生活の基盤崩壊による余波も大きいのではないか。予想されたように都市部の食糧の争奪は発生している。時事「食糧難、パン争奪で死者=備蓄に走る市民-エジプト」(参照)より。
大統領独裁体制の打倒を目指すデモが続くエジプトでは食糧の入手が困難になってきた。経済活動がまひし、商業活動や物流に影響が出ている。主食のパン価格が首都カイロでは4倍に高騰するなど品薄気味。1日付の独立系紙アルマスリ・アルヨウムによると、パン購入をめぐるトラブルで客が銃で撃たれるなど4人が死亡する事件も発生した。
報道によれば、パン屋の店主が値上げに反発したとみられる何者かに撃たれて死亡した事件も起きている。食卓には欠かせないアラブパンを1人で10枚買おうとした客が別の客とトラブルになり、射殺された事件も伝えられる。
「何者かに撃たれて」という銃は誰が、そしてどこから入手したかと考えてみるに、すでにカイロの市民生活は私兵によって守られているという状態が見えてくる。当然、この「守られている」がどういう意味を持つかは状況によって変わる。恐らく、すでに市街地の中産階級はその予想に怯えていることだろうし、では彼らがなにを求めているかというと治安だろう。
さて、こんな大騒動になるなんて、と私の読みは外したのだろうか。強弁するわけではないがまったくそう思っていない。軍のチキンゲームという想定どおりに話が退屈に進んでいるばかりに見える。
しいて言えば、軍とは別に恐らく内務省側だろうと思われるがムバラク派の直轄的な動きを派手に開始したのはやや想定外だった。言うまでもなく、エジプトには正規軍以外に、内務省管理の中央保安軍が35万人ほどいる。これらの「暴力」も統制されないと市民にとっては危険なことになるし、4日以降の状況に惨事をもたらす可能性はある。
が、軍は依然市民弾圧には乗り出していないし、そうであれば、天安門事件再来といった、国家意志が国民を惨殺するという事態にまではならないだろう。そして、この軍の抑制こそがまさに米国の思惑そのもので、結局米国の意向がエジプト市民を守るかというのが当面の注目点になる。
この間、日本では依然、エジプト市民が親米ムバラク政権の打倒を反米思想から行っている話も聞く。が、そもそも今回の争乱は、反米傾向が脱色されていた点に特徴がある。イラク政治史専門の酒井啓子氏もこの点をきちんと指摘しいた。「エジプト:軍とイスラム勢力にまつわる「誤解」」(参照)より。
政権交替にまつわる妥協と調整が、旧態依然としたエリート間調整の域を出ないように見えるのに対して、今回の動乱で新しいのは、反政府デモのあり方だ。イスラエルや米政治家の一部は、「ムバーラクが倒れたらムスリム同胞団が出てきて、反米・反イスラエルに転ずる」と危機感を煽っているが、今、デモで掲げられるスローガンに反米、反イスラエルは一切出てこない。イスラーム色よりも世俗的、左派的色彩が前面に打ち出されている。
争乱の全体構図の読みも私がすでに書いたものに近い。
第一は、軍に対する認識である。ムバーラク政権は、52年以来続いてきた紛うことなき軍事政権である。52年の共和制革命を担った主役として、以来軍は支配層の中核にあった。ムバーラク批判が強まるにつれて、軍が真っ先に考えたことは、ムバーラクとともに心中はするものか、ということだっただろう。特に、近年ムバーラクが息子ガマールを後継者として重用してきたことから、支配層の間で、ビジネス界を中心とするガマールの支持基盤と、過去半世紀以上支配エリートの座に君臨してきた軍との間で、相克が生まれていた。
ムバーラクとガマールが去ったとしても、支配エリートとしての軍の特権を失わないように、どう振舞うべきか。それが、民衆の反感を買わないデモ対応につながった。そう考えると、結局のところ、今のエジプトで起きていることは、支配層が「しっぽ」ならぬ「頭」だけ切って、生き延びていこうとしているように見える。軍や警察が姿を消すと略奪が起きるよ、というのも、存在意義をアピールする材料だ。
かくして現状は、「軍や警察が姿を消すと略奪が起きるよ」というチキンゲームが淡々と展開されている。
チキンゲームを脇で盛り上げているのがBBCや元BBCスタッフが中心となってできたアルジャジーラである。これらの報道という窓を通してみるとなるほど壮絶な事態が見える。が、かたや他の地域はというと別の風景がある。レクソールの生活を描いたブログ「Luxor News - Jane Akshar」の2日のエントリ「Why spoil a good story with the truth!」(参照)より、国際報道に対して現地の視点として。
According to their own reports before yesterday the maximum number of people in demonstrating was 10,000 in Cairo. This is a city of 25 million, so do the sums .0004 % of Egyptians, Now you might be forgiven for thinking it was at least half the city judging by the news reports. Could they even have been creating the story, it was a tiny minority and the cameras focused on them continually. They did not report the MILLIONS who were not protesting at all. Here in Luxor we believe the protestors were 2-300 out of a population of 500,000, the sums .0006 %. Yet the news reports that it is unsafe to visit Luxor, what a load of poppy cock.昨日前の彼らの報道によると、デモの最大の数はカイロで10,000人。2500万人の都市でのことです。エジプト人全体からすると0.0004%。ニュース報道から判断すると、少なくとも市民の半数のように考えてもいいと思うでしょ。彼らは物語を作っているのかもしれません。彼らが始終カメラを向けているのは少数派でした。彼らは抗議活動をしない何百万人もの報道はしていません。ここルクソールだと50万人のうちの2、300人が抗議をしているようだけど、全体で見れば、0.0006%です。なのに、報道ではルクソールは危険だと言っています。なんて大騒ぎなんでしょう。
I was interviewed by the BBC, I told them it is safe, business as normal. Did you hear any of that, of course not. It is much more fun the scare every tourist away, destroy the economy and the lives of ordinary Egyptians. Al Jezera was reporting at one point that there were tanks in Sharm, BBC World was saying there wasn’t!私はBBCからインタビューされたので、言いましたよ。安全ですと。仕事もいつもどおり。お聞きになりましたか? もちろん、ありませんね。旅行客を遠ざける恐ろしい話のほうが面白いのです。そして、経済と普通のエジプト人の生活を破壊します。アルジャジーラは、シャーム戦車がいたということだけ報道していました。BBCはいなかったと言っていました。
このあたりの話は観光業社としての苦情ということもあるだろうが、ルクソールあたりまで、ムバラク抗議運動が広がって騒然としているのではない光景が見える。というか、カイロ市街ですらそうではないのだが。
If there had of been it would have broken the terms of the peace treaty with Israel, pretty irresponsible reporting, well I got to the point I didn’t believe any of them. Al jezera said there were over 2 million demonstrating yesterday, BBC less than a million. All I can tell you is there were no problems AT ALL on the West Bank, Luxor where I live. If it hadn’t been for the TV I wouldn’t have known there was a thing wrong.イスラエルとの和平条約が破棄されたとしたらと思うと、ひどく無責任な報道です。そんなこと思いもかけませんでした。アルジャジーラでは昨日200万人のデモがあったと言います。BBCだと100万人弱。でも私が言えることは、ここ、私が住んでいるウエストバンク、ルクソールにはなんの問題もありません。テレビがなければこんな間違ったことを知ることはなかったでしょう。
興味深いのが、無責任な報道でエジプトとイスラエルの和平条約を壊すのはやめてほしいという感覚だ。このあたりの心情、つまりは反戦心情がどの程度、エジプト国民が共有しているのかはより知りたいところでもある。
I am not going to go into the politics, what happens next etc, that is up to the Egyptian people but I totally resent the way the media has manipulated the story for their own ends and harmed many thousands who are dependent on the tourist trade. My message to the world, support Egypt, support Egyptians and come and visit West Bank, Luxor in total safety.今後はどうなるかなど政治に首をつっこむつもりは私にはありません。それはエジプト国民の問題です。だけど、メディアが自分たちの都合で操作して物語りを作っていることにはまったく怒を覚えます。旅行産業に関わる何千人に損害を与えています。私が世界に向けるメッセージは、エジプトとエジプト国民を支援してください。ウエストバンク、ルクソールを訪問してください。全く安全です。
読みながら、私は少女レイプ事件の渦中の現地沖縄のことを思い出した。あれは観光業被害をもたらしたわけではなかったが報道と現地の生活感覚の落差を思った。そういえば私もBBCにインタビューされたことがあったな。
ルクソールの状況については同ブログにその後の話もある。騒ぎ立てる人はいるようだ。興味深いのは、エルバラダイは米国の手先といった煽動もあるらしい。いずれにせよ、日本国としてはすでにエジプト渡航についてはすでに延期を薦める注意が出ている(参照)。
今後のエジプトの動向だが、西側諸国としては、そして軍のシナリオとしてもムバラク退陣というところだろうが、そこが落としどころになれば、数年してみるとあれはなんだっけかなという、グルジアやウクライナの色の革命みたいな記憶に落ち着くかもしれない。
今回の争乱を独裁者を追い出した「革命」として見るなら、つまりキルギスのバキエフ政権崩壊(参照)のように独裁政権が打倒される光景として見るなら、前回の選挙で与党八百長大勝利だったとはいえ、主導が議会側に代わらないと意味がない。そして議会が主体となって大統領選挙を正統に行う必要がある。率直に言って、そこまで行ったら私の読みも外したなと思う。
エジプト軍を現状各方面から抑え込んでいる米国としては、しかし、その意向はなさそうだ。失政の上にさらに右往左往してきたオバマ政権だが、3日付けニューヨークタイムズ「White House, Egypt Discuss Plan for Mubarak’s Exit」(参照)が報道する「出口戦略」としては、ムバラク大統領を即時辞任させても、依然、軍のスレイマン氏を副大統領として立てるつもりらしい。日本ではツイッターなどを見ると、「米国はエジプトのムスリム同胞団を排除したい」とする思惑も行き交っているが、ニューヨークタイムズ記事によれば、米政府にそのような思惑はなく政治参加を開いている。
2日付けフィナンシャルタイムズ社説「The hour strikes for Hosni Mubarak」(参照)も米政権シナリオ先行して語っている。ムバラク退任が遅れれば遅れるほど惨事の危険性が高まるとしてこう語る。
But it is essential that Mr Mubarak’s associates exclude him from the transition process. Such a task is best handled by responsible figures in the old regime - such as Omar Suleiman, the vice-president, or commanders of the armed forces - who must in turn co-operate sincerely with opposition representatives.本質は、ムバラク氏の取り巻は政権移行過程でムバラク氏を外すことである。このお仕事をもっとも上手にこなせるのは旧体制である。たとえば、オマール・スレイマン副大統領か、軍司令官らだろう。彼らは反対勢力代議員と真摯に協調する必要がある。
このあたりが西側の総意に近いのではないかと思う。ちなみに、日本が問われるなら右にならえとなるだろう。
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