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2011.02.02

15歳のロシア少年の寿命は15歳のソマリアの少年の寿命より短いらしい

 ロシア・モスクワ郊外ドモジェドボ国際空港で1月24日、自爆テロ事件があり、35人が死亡、約180人が負傷した。その後、ロシア捜査当局は、犯人を南部北カフカス地方出身の20歳男性と断定し、背後関係を調べている、とのことだ。ふーんと思う。
 そう思って、不謹慎だなとは思うが、あまり関心がわかない。関心がないのは私だけでもないらしく、ツイッターのタイムラインを見ていてもこの話は見かけない。もう3年くらい前のことのような印象すらある。事件があったときですら、またかとつい思ったし。
 なぜそのようなテロ事件がロシアで起きるのか。背景はなにか。そういう点については、エジプト争乱ほどには異論はない。いやこちらもイラク政治史の専門家酒井啓子氏のコメント(参照)などを除けば、日本などでは異論は少ないのかもしれない。まして、ロシア、おそろしあ。
 いやダジャレで済む話ではないな。ご関心のある向きには、ニューズウィークの「Losing to Terrorism」(参照)がていねいに解説している。今日付けの日本版にも訳稿が載っている。まあ、そんなところ。ネットですらっと知りたいなんて言えば、空気を読んで人気ブロガーさんが人気の付きそうなネタを書いてくれるかもしれない。知らんが。
 今回のロシアのテロ事件について後から情報を見直すと、自分の、けるだいような関心のなさの核に微妙に呼応してくる事実があることに気がつく。該当空港ではテロが1週間前から通知されていた。しかも到着ロビーという場所まで特定されていた。
 それ、みなさんご存じでしたか。私は知らなかったのだが、いやこれは陰謀論でもがせネタでもない。スレート「Do Russians Have a Death Wish?」(参照)というマーシャ・ガッセン氏の寄稿の頭に書いてある。これも今号のニューズウィークにタイトルはないけど訳稿が載っている。そういえば、マーシャ・ガッセン氏はポアンカレ予想のペレルマンの話題を書いた彼女ですよ(参照)。
 寄稿の話はこう続く。


There is a peculiarly horrible sense of recognition that you get watching footage of the aftermath of terrorist attacks that occurred in a place that is intimately, physically familiar. You almost get the feeling that you have touched the carnage.

愛着があり、よくなじんだ場所で発生したテロ事件惨状の映像を自分は見始めているのだという認識からくる、特有の恐怖の感覚がある。あたかも自分で虐殺に向き合っているように感じる。


 彼女も自身の生活圏内で起きたテロ事件を思い浮かべる。この心の動かし方は、微妙に日本で起き、そしてなんとなく忘れられたような、無意識に抑圧されたようなテロの光景の想起にも似ている。
 だがガッセン氏はここから寄稿のトーンを転調し、ロシアがいかに危険なのかと問う。そこで面白いというのも不謹慎なのだが、ほぉと思うような事実を私は知る。

Russia is the world's only developed country where the average life expectancy has steadily fallen over the last half-century. Russia is the only country that is experiencing catastrophic depopulation while not being formally at war.

ロシアは世界の先進国のなかで、この半世紀の間平均寿命が低下している唯一の国だ。ロシアという国は、公式な戦争もないのに、壊滅的な人口減少を経験している。


 ロシアでは人口減少が進み、また平均寿命がそれほどでもないということは私も知っているが、それがずっと低迷しつづけているとまでは知らなかった。しかも、その先の話が驚きで、ロシア人口は1992年以降、女性で200万人、男性で500万人減少し、公衆衛生でいう「超過死亡(excess mortality)」だというのだ。感染症でもない状態でそういう言い方をしてよいのか私には疑問が残るが、ある異常な事態ではあるのだろう。こうも言われている。

Eberstadt is fond of pointing out that the life expectancy for a 15-year-old Russian boy today is less than that for a Somalian 15-year-old.

人口統計学者のエバースタットは、現在の15歳のロシア少年の寿命は、ソマリアの15歳の少年よりも短いと指摘したがる。


 ソマリアの少年の寿命よりもロシアの少年のほうが短い。それはとんでもない状態だなと思う。ガッセン氏はこれをロシア的な文化の無謀さとして見ていく。エイズを恐れていてもコンドームの使用率は世界最低のロシア!
 しかし、こうした筆の滑り方は日本のコラムニストやブロガーでもついやりそうだ。若者の不満からくる無気力が、密かなるテロを育てているのだ、みたいなつまらんレトリック、とかな。
 ロシアは「超過死亡」という事態なんだろうかとため息をつき、別件で医学データベースを当たっていたとき、あれ? あの話は元来は医学の領域ではないのかと思い立つ。ついでにちょいと検索してみると、"Excess mortality during heat waves and cold spells in Moscow, Russia."(参照)とかが目に付く。モスクワの寒暑が与える一定年間の「超過死亡」の研究である。暑さ寒さがきついとなかなか寿命は伸びないものだろうなという常識にも合致している普通の話でもある。そういうことなんじゃないか、つまり。
 とはいえ、それが1992年からの継続的現象というなら別段気象に帰せるわけもない。はたして、やはりこれはガッセン氏のいうように、結果的に自暴自棄に走り、またそれを結果的に受け入れてしまうロシアの気質というものなのかもしれないと、ため息をつき、ブログにたらりと書いておしまい。


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コメント

レーニン、スターリン以来の無謀な政策のツケが、今のロシアに回っているのだろうと思います。

ロシアみたいな国は、できる限り速やかに社会の情報化を推進して、国家の生産性を上昇させないと、おそらく国家破綻を免れません。

まあ、まず、最初は言論の自由、思想の自由、表現の自由からです。それ抜きには、一次産品に依存する経済を何とかすることは不可能だと思われます。

投稿: enneagram | 2011.02.03 08:22

ロシアの少年少女が手製のバンジージャンプをやっている動画を、YouTubeで見かけますが、本当に無謀としか言えませんね。
女の子がいやがりもせずに廃墟の屋上から空中にほうり投げられている
のをみると、「ロシア的な文化の無謀さ」という説明に納得しそうになります。

投稿: とりぱん | 2011.02.03 13:25

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