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2011.01.30

米国はエジプトをどう見ていたか、なぜ失政したのか

 エジプトの暴動を反米のスジで読みたい人がいても別段かまわないが、あまりに予想通りの筋書きを目にすると萎えてくるものだ。背景を少し補足しておいたほうがよいのかもしれない。
 今回のエジプトの暴動は時系列的にはチュニジアの暴動の飛び火と見るしかないが、エジプトでいずれ問題が起きることは予見されていた。問題はすでに昨年の時点にあったからだ。
 この手の問題に敏感なワシントンポストは昨年11月5日の社説「Egypt's Mr. Mubarak moves to lawless repression」(参照)でエジプトの問題をこう描写していた。


Now, with a parliamentary election approaching, the regime's political repression has grown more rather than less severe. Hundreds of political activists from the banned Muslim Brotherhood party have been arrested; critical television talk shows and newspaper columns have been canceled; student leaders have been rounded up. In a number of recent cases, peaceful political activists, including those supporting secular democratic movements, have been "disappeared": abducted and held for days by the secret police and sometimes beaten or tortured, before being released on roads outside Cairo.

現在、議会選挙が近づくにつれ、政権による弾圧は強化され緩和されていない。非合法とされるムスリム同胞団の活動家は何百人も逮捕され、批判的なテレビ番組や新聞寄稿は中止され、学生指導者は一斉検挙されてきた。最近の事例では、世俗的な民主制を支持する平和主義的な活動家も「失踪」している。秘密警察に拉致・拘束され、鞭打ちや拷問もともない、カイロ路上に放置される。


 そういう状態。それを米国はどう見ているかというと。

Fortunately there are signs that the White House is at last waking up to its Egypt problem. This week a number of senior officials met with an ad hoc group of foreign policy experts who have been trying to call attention to the need for a change in U.S. policy. Some good ideas were discussed, such as a strong presidential statement about the conduct of the elections or the dispatch of a special envoy to Cairo. A new U.S. ambassador committed to political change, rather than apologizing for the regime, would help. What's most important is to make clear to Mr. Mubarak that the administration expects some immediate, even if incremental, changes. An end to the beating and abduction of peaceful activists would be a good place to start.

幸いにしてホワイトハウスもついにエジプト問題を察知した兆候がある。今週、複数の政府高官が、米国政策に変化を求める外交専門家の臨時グループに面談した。エジプト選挙について大統領が強い声明を出すとか、カイロに向けて特使を派遣するなど有益な議論がなされた。現エジプト政権を弁護するより変革を求める米国の新大使も有益だろう。ムバラク氏に対して、前進が多少であれ即効性のある変化を米国政府は期待している。それを明確にするのがもっとも重要である。平和な活動家に対する鞭打ちと拉致を終結させることは、平和へのよい一歩になるだろう。


 ということで、年末時点で米国はエジプト政権問題にかなり懸念を抱いていた。
 さらに放置すればどうなると予想されていたか。

This slide by Egypt toward the police-state methods usually associated with Syria or Sudan is a problem for the United States as well as for Egyptians. Mr. Mubarak is 82 and ailing; by rejecting political liberalization and choosing deeper repression, he is paving the way for even worse developments once he dies and the struggle to succeed him begins. Mr. Mubarak's successors will need to acquire political legitimacy; if they cannnot do so through democracy they probably will resort to nationalism and anti-Americanism.

シリアやスーダンで日常見られる警察国家主義にエジプトが移行していることは米国にとってもエジプト国民にとっても問題である。82歳で患うムバラク氏は、政治的自由を拒絶し、さらなる弾圧を選択することで、彼の死後のさらなる悪化と後継者紛糾への道を敷いている。ムバラク氏の後継者は政治の正統性を必要とするが、彼らがそのために民主制を経ることに失敗すれば、おそらく、ナショナリズムと反米国主義を頼みとするだろう。


 結論からいえば、エジプトにとって喫緊の課題はムバラク氏の後継者問題であり、ムバラク氏自身は息子への継承を想定していたのだろうが、それでは政治的正統性を得られない。政治的正統性がなければ軍もまた正統性を失いかねないことを恐れて、軍が先に手を打ったのが今回の事態であり、ムバラク氏とその息子を屠って国民から喝采が得られれば、正統性の代替となる。クーデター政権の常套でもある。
 それはそれとして、ワシントンポストの昨年時点の主張で興味深いのは、こうしたエジプトの混乱からの出口に、ナショナリズムと反米主義が想定されていたことだ。
 反米主義は、エジプトにも似た状況から経済大国となった日本にもいまだ残滓のある傾向で、しかも若い世代にも見られる。例えば、ブロガーのちきりん氏は「アラブの政変で負けようとしているのは誰なのか?」(参照)というエントリーではてな界隈で人気を博している(参照)が、こう述べている。

ムバラク大統領など親欧米政権は、「イスラエルに刃向かわない」「欧米と敵対するイラクやイランと仲良くしない」などの欧米からの要請をすべてのみ、素直に従ってきました。イラクやイランを攻撃するための米軍の駐留さえ許してきました。だから欧米は、この独裁政権を支持してきていたのです。

一言で言えば、ムバラク政権を支持していたのは、エジプト国民ではなく“アメリカの政権”でした。今、デモによって打ち砕かれようとしているのは、その“米国政府の意思”なのです。


 確かに過去においてはそうだったし、なぜそうだったかについては後でも触れたいが、現状のエジプト暴動を「米政府の意思」への反抗と見ることはまさにワシントンポスト紙が昨年懸念した事態であった。
 この問題を複雑にしたのは、端的に言えば、米国民主党政権の、結果的な失政にあった。
 ワシントンポスト紙は同月の11日に追加の社説「Clinton's silence on Egyptian democracy」(参照)を出した。まず、米議会がエジプト政権に懸念を示していることが明記されている。

SENIOR OBAMA administration officials profess to share congressional concerns about recent political developments in Egypt. With a parliamentary election due Nov. 28, 82-year-old President Hosni Mubarak has launched a crackdown against his opposition and independent media; he also has rejected a direct appeal from President Obama to allow international observers at the polls.

オバマ政府高官は、最近のエジプトの政治状況の展開について、議会の懸念を共有すると公言している。11月28日に予定されている議会選挙に向け、82歳のホスニ・ムバラク大統領は反対者と独立系メディアの取り締まりに乗り出した。彼はまた、投票に際して国際的な監視団の認可を求めるオバマ米大統領からの直接的な訴えを拒絶した。


 「米国政府の意思」がムバラク政権に反映しているなら、この点が重視されるべきだった。しかし、そうではなかった。
 また、その先の一押しを米民主党政権はしなかった。表題の「Clinton's silence(クリントンの沈黙)」はその意味である。結果からすれば、米民主党政権の失政が今回のエジプト暴動を招いたとも言える。
 では、米民主党政権がエジプト政権の問題を理解しつつ、今ひとつ押しが足りなかったのはなぜだろうか?
 一つには、オバマ政権の取る柔軟な外交政策がある。特にこの時期、米国はスーダン南部独立投票問題を控えていて、アフリカやイスラムについて刺激的な行動に出たくなかったということがある。
 もう一つは、明確にはされていないのだが、イスラエルとサウジアラビアへの配慮があっただろう。
 この背景についてウィキリークスで明確になった点がある。そう言えば先のちきりん氏のエントリではこうウィキリークスについて言及があった。

欧米諸国はこれに先立ち、wikileaksの挑戦も受けています。彼らが明らかにしようとしているのは「大量破壊兵器がある」という眉唾な情報に基づいて、石油のために世界中からイラクに軍隊を派遣するような先進国の“帝国主義的・覇権主義的な横暴”の舞台裏です。

欧米は、アラブを始めとする世界諸国において、「欧米に従順な政権であれば、独裁政権でも支持」し、「欧米に刃向かう政権であれば、いちゃもんをつけて爆弾を落とす」という態度を貫いてきました。


 「石油のために世界中からイラクに軍隊を派遣する」といっても米国の石油は南米に依存しているので誰のための石油かというと、これはコモディティのためとしかいえない。このあたり、少し経済を学んだ人間ならわかることでもあり、ネタで筆が滑っているのだろう。しかし、ウィキリークスへの「挑戦」は違う印象がある。
 おそらく、ちきりん氏はウィキリークスをバランスよく見ていないのだろう。ウィキリークス公電は、今回のエジプト暴動の背景となる政治情勢をこう暴露していた。原文は「Viewing cable 08CAIRO1067, CODEL BAIRD MEETS WITH EGYPTIAN LEADERS ON MARGINS」(参照)にある。

¶3. (C) Asked about Egypt's reaction if Iran developed nuclear weapons capability, Mubarak said that none will accept a nuclear Iran, "we are all terrified." Mubarak said that when he spoke with former Iranian President Khatami he told him to tell current President Ahmedinejad "not to provoke the Americans" on the nuclear issue so that the U.S. is not
forced to strike. Mubarak said that Egypt might be forced to begin its own nuclear weapons program if Iran succeeds in those efforts.

イランが核兵器の可能性を発展させたかどうかと、エジプトの反応について尋ねられ、ムバラクは、核化のイランは受け入れない、「我々はみな恐怖している」と述べた。ムバラクは、イランのハタミ前大統領と話したとき、米国は空爆せざるをえなくなるから、アフマディネジャード現大統領は核問題の件で米国を刺激するなと語った。ムバラクは、イランが核化の努力を達成するなら、エジプトも自国での核兵器プログラムを開始することを強制されるかもしれないと語った。


 イスラム圏は一つのまとまりをなしているわけではない。まとまるためには反米イデオロギーのような憎悪対象が必要になりかねないことくらい、知識人ならわかりそうなものだが、この構図を日本人もうまく払拭できない。
 現実はといえば、エジプトはイランの核化を恐れているし、米国による核施設空爆があるとすれば、かつてイスラエルがイラクにした空爆を代替するためで、つまりはイスラエルを配慮してのことになる。ムバラク大統領はそれなりにイスラエル問題の混迷も避けたいとしていたとともに、核化の野望を米国にちらつかせることもしていた。
 ウィキリークス公電ではサウジアラビアのアブドラ国王談話も暴露されたが、イランが核兵器開発に成功すれば、サウジを含めた中東各国が同様の行動を取るだろうと述べ、さらにはイラン空爆を米国に求めていた(参照)。
 イラン空爆はブッシュ政権が巧妙に回避したものだったが、背景ではそれを容認し推進するアブドラ国王の思いがあった。
 そしてここが難しいところでもあるが、アブドラ国王は「米国の意思」を代弁しているのではなく、イスラムの思いとメッカを守る盟主として思想を体現しているのである。日本ではなぜかあまり知られていないが、フォーブス「世界で最も影響力のある人物」の第三位はアブドラ国王である(参照)。
 米国としては、エジプトの核化を避けるためにも、イランの核化を阻止しなければならないし、イスラエルにしてみれば、イランの核化もエジプトの核化も脅威である。しかしイスラエルとしては隣接するガザの問題も抱え、表面的にであれ協調体制をそれなり取るムバラク政権のエジプトを刺激したくはない。
 イスラエル政権寄りの米国民主党政権は、そうしたイスラエルを配慮して、むしろムバラク政権の維持に傾いているが、それがちきりん氏のいうような「米国の意思」とは言い難い。
 米国が悪の帝国なら世界は単純で済むだろうし、悪の帝国に、中国なりロシアなり、あるいはどっかの国をあてはめて憎悪しみても、現実の理解にはならない。そして残念ながら私たちは現実の世界に生きているのである。


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補足ってなかなか便利な言葉

投稿: | 2011.01.30 16:49

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