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2011.01.04

[書評]近江から日本史を読み直す(今谷明)

 年末の28日、古代史関連の話の連想ではあったが、ツイッターでこんなことをつぶやいた(参照)。


近江というところはほんと変なところだった。近江から日本史を編纂しなおさなければならんくらい重要なのではないかと思われるわりに、ほぼ無視されている印象。

cover
近江から日本史を
読み直す
今谷明
 すると、いろいろ返信をいただいた。そのなかに、すでにそういう本がありますよと、本書「近江から日本史を読み直す(今谷明)」(参照)を薦められ、即ぽちっと購入して正月、興味を持って読んでみた。日本史を近江から描いてみたいと思う人はいるものだなというのと、読んでみると、この土地の歴史は実に奥深いものだと思った。
 本書は、2005年から2007年、産経新聞の関西版に「近江時空散歩」と題して全60回連載された紀行文を、通史的に年代順に再編集したものらしい。読後感も、通史という視点より、現地を丹念に見て回る紀行文の延長という印象が強い。司馬遼太郎の「街道をゆく〈24〉近江・奈良散歩」(参照)も連想されるが、こちらの書物は司馬ならではの直感が満ちあふれている。私自身はこちらの書物を携えて、若い頃この土地をよく歩き回ったものだった。
 本書の通史的な構成はこうなっている。

第1章 古代
 “新王朝”継体天皇から聖徳太子へ/白村江の戦いが残したもの/壬申の乱、そして奈良朝
第2章 中古
 日本仏教の母山/最澄の後継者・円仁/天台仏教の星座/山岳仏教と浄土教/甲賀大工と寺社建築
第3章 中世(1)
 武家の擡頭と叡山/中世の民衆たち/南北朝・室町期の寺社/山門の全盛と一向宗の興隆
第4章 中世(2)
 中世の村落自治と近江商人/応仁の乱後の近江/戦国大名・浅井氏の盛衰
第5章 安土桃山期
 信長の天下布武/本能寺の変の陰で/秀吉、天下人への道/天下分け目の関ケ原
第6章 近世・近代
 名匠と文人たち/世界を舞台にした近江人/ゆらぐ幕藩体制/近代社会への脱皮

 率直に言うと、近江から見た日本史通史というより、日本史の通史側から近江が関連している挿話を切り出して貼り合わせたような印象もあり、独自の通史的な視点はそれほど顕著ではない。前半の古代まわりから読んだときは、新説への配慮には史学者らしいバランスのある筆致がありさすがだとは思ったが、やや退屈な印象もあった。
 これが中世以降になるとスリリングな展開になる。やはり中世史家としての面目躍如といったところだろう。さりげなくハッとさせらる記述がある。例えばこれなど。

 鎌倉新仏教の諸宗教は教科書にも大きく扱われるが、現実の中世社会にその宗派が力を持つのは、栄西の臨済宗を除けば二百年以上経過した応仁の乱の後である。

 そんなことは当たり前だという人もいるだろうが、応仁の乱をさりげなく出している点にきらめきがある。あの末法図のような世界でこれらの仏教が興隆してきたものだった。本書ではそれほど大きく描いてないが、この新仏教信者の背景にはさらに産業形態の変化もある。
 本書の中世への視点の重視で、さすがだと思ったのは、特に坂本という土地への注目である。

(前略)古代・中世には、この湖水は一大交通機能の役割を果たした。北陸の物資は塩津まで運ばれて湖水を一気に航して坂本に陸揚げされた。日本で最初の米市場は近江の坂本に置かれた。これは、東国・湖東の物資が坂本に集中し、その後、大消費地である京都に向かったことを表している。また、坂本は叡山の門前町であり、中世には物流経済を叡山の山僧が動かしていたことも示す。

cover
街道をゆく〈24〉
近江・奈良散歩
司馬 遼太郎
 まさにここが近江坂本の面白いところだ。
 近江の人や京都の人は当然知っているだろうが、坂本からはケーブルで叡山に上ることができる。私はこの始発で叡山に行った旅を懐かしく思う。皆さんにも、一泊二日で初日園城寺を見て、翌日は坂本から叡山を訪ね、京都に下るという旅をお勧めしたい。
 近江には、旅で巡りたいところがいろいろある。近江八幡から水郷めぐりもよかった。安土も懐かしい。そして五個荘もその一つだ。本書では近江商人の歴史的な背景についても触れられている。
 近江商人に関連してここでもハッとさせらる話がさりげなくあった。近世になるが北海道に関連していた。これは琉球にも関連していく。

 近江の商人が松前、江差に入った時期は、江戸前期の寛永年間(一六二四~四四)といわれ、そのほとんどがが近江八幡、柳川、薩摩の出身者で占められていたという(以上、サンライズ出版『近江商人と北前船』)。
 蠣崎慶広は豊臣秀吉、徳川家康から松前領を安堵され、蝦夷地の支配権を獲得したが、しょきにはアイヌに対する苛政が目立ち、十七世紀にはシャクシャインの反乱が起こった。その後、場所請負制度が敷かれると、松前藩士の知行地である漁場を両浜商人が借りる形で経営を行うようになった。商人は獲得された干鱈、干鰯、白子、昆布、ワカメなどを上方に送り、米穀は衣料をアイヌに給した。漁場の開拓と漁法の改良は商人が主導したもので、蝦夷地の開発は近江商人が担っていたといっても過言ではない。

 その後、蝦夷地は直轄され近江商人は引くことになるのだが、このやりかたこそ、実は日本の面目躍如といったところだろう。
 本書ではうかつにも知らないでうなったことが多いが、近藤重蔵の晩年が近江の地であったこともその一つだ。息子富蔵の一件もあり、近藤重蔵は大溝藩(現在の滋賀県高島市勝野)へ流刑となった。この親子についてはもっと知りたいと思っていたのだった。
 また、芭蕉の師、季吟がこの地の人であった。芭蕉はそう呼ばれるし、自身もそう記してはいるが、号は「桃青」でありこの地で立った人でもあった。
 そういえば今年の大河ドラマは「江~姫たちの戦国」(参照)ということらしい。崇源院の物語である。たぶん、私も見るだろうと思う。「江」の名の由来には諸説あるが、私は、「近江」の「江」であろうと思う。


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コメント

比叡山を大きく取り上げていただけてうれしいです。

それまで華厳一色だったといっても過言でない奈良仏教に対して、桓武天皇とたった二人だけの力で日本を法華一乗の国にした偉大な伝教大師最澄上人の扱われ方が、これまであまりにも小さすぎると思っていました。

日本における華厳と法華のダイナミズムについては、いずれ自分のブログで記事にするつもりです。

投稿: enneagram | 2011.01.05 09:39

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近江から日本史を読み直す今谷 明  書評なので紹介の書籍を買って読むのが順当なのですが、それよりも近江八幡への旅が魅力的になってしまいました(参照)。 旅というと、電車やバスで乗り継ぎながら軽装でパイ... [続きを読む]

受信: 2011.01.05 11:28

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