« 簡単にできて面白いトランプゲームといったらブラックレディー | トップページ | [書評]いまこそルソーを読み直す(仲正昌樹) »

2011.01.01

[書評]仮面ライダーファイズ正伝-異形の花々-(井上敏樹)

 昨晩は紅白歌合戦を見ていたが半ばでさすがに苦痛になり、読みかけの「仮面ライダーファイズ正伝-異形の花々-(井上敏樹)」(参照)の読書にした。その間頃合いをみて桑田さんの歌だけは聞いたが、また読書に戻る。読み終えてぼうっとすると年が明けた。こんな年末年始があってもよいだろう。

cover
仮面ライダーファイズ正伝
-異形の花々-
井上敏樹
 話はタイトル通り仮面ライダーファイズなのだが、2003年から2004年にかけて放映されていたテレビ版のノベライズではない。映画版のそれでもない。新規の書き起こしであり、「正伝」と銘打っている。普通だと「これが正しい物語」ということだが、結論からいうと、そうとは言い切れない。勇んで言うと仮面ライダーキバに至る伏線的な物語であった。
 情けないことだがハンドル名に反して私はそれほど仮面ライダーのファンではない。旧版はほとんど見ていない。わけあって仮面ライダーJなどいくつか後年ビデオで見たが、普通に見るようになったのは平成版になってから。
 最初のクウガは普通にドラマとして面白いんじゃないのと思った。特にダグバの設定は面白かったが、世界観にはそれほど惹かれなかった。惰性で見るかと思った次回作のアギトはすごかった。初回オープニングの曼荼羅図で衝撃を受けた。すべてわかったと言ってもいいくらい。こいつは私と同じくゾロアスター系の世界観の中毒者だな。しびれた。アギトの物語は謎また謎の展開で、ギルスの話などは未消化感はあったし、最終の世界創世的なシーンや使徒たちのシーンがしょぼくて萎えた面もあったが、全体的にはすごい作品だった。佐橋さんの音楽もキングクリゾンっぽくてよかった。「もうひとつの仮面の戯曲」(参照YouTUbe)は名曲すぎて震撼した。ってか、アギトはオペラ化できると思う。
 アギトのテーマの未消化感は三作目の龍騎にはあまり継がれず、この作品はそれなりにテーマも理解できるが私のテイストではない。途中まで見てダレた。
 四作目のファイズは本格的にアギトの世界観を継いでいて萌えた。毎回、これきちんと展開できるのかというスリル感もあった。結果は概ね成功していた。異郷に生まれ虐げられ、敵意を支えに生きる民族が王の出現によって再生するというエートスは露骨だなと思ったがそのあたり指摘している人はないようだし、普遍化して、例えばユダヤ人にとってのキリスト幻想を想定することもできる。総じてファイズの展開は想像を超えてすごいと思ったが、それでも未消化感はあり、特に園田真理にそれを思った。
 どう考えても、真理はアギトの真魚を継いでもっと聖なる力を権限させる依り代であるはずだ。なにより彼女がこの物語の主人公だろう。そのあたりのことはTV版にはうまく反映されなかった。かろうじて草加雅人が園田真理に母を求めているシーンに痛ましいものがあった。
 正伝の話に入る前に、以降の平成仮面ライダーだが、これらもあまり見ていない。カブトとか全然見ててない。電王、知らん。例外は、キバ。このころにはもう明確に私が関心を持っているのは、脚本家、井上敏樹その人だということはもう自覚されていたからだ。
 その彼がオリジナルで書くファイズの「正伝」なのだから読まざるを得ないじゃないか。ということだが私はこの分野の小説に疎く、この本の存在を知ったのは昨年に入ってからで、すでに絶版なのを中古プレミアムで買った。
 この分野の小説に慣れていないせいかもしれないが、いわゆる文学的に評価できる点は特にないと思われる。文章も叙述性としては舌足らず。TV版の映像を見た人でないとわかりづらいだろう。にも関わらず、この物語は相当に強烈だった。こういう感覚を抱えて生き続けちゃう人もいるんだよなという共感が胸にこみ上げてくる。
 正伝の物語には私が一番関心をもっているゾロアスター系の世界観はない。皆無。流星塾もしょぼい。スマートブレーンもない。正直かなりがっかりした。その部分は井上敏樹的なものではないのかもしれない。悪口みたいになるかもしれないが、この世界観自体はそれほど脚本的には理解されていないのかもしれない。こんな狂気の世界観をまともに書くわけもいかないかというのはあるのかもしれないとしても。
 かくして正伝の物語なのだが、TV版の物語をかなりスケールダウンしている。いちおうTV版どおり、乾巧(ファイズ)、園田真理、菊池啓太郎のクリーニング店の主人公トリオは出てくる。それに、木場勇治、長田結花、海堂直也のオルフェノクのトリオがいる。この6人に加え2人、草加雅人(カイザ)と木村沙耶が重要なキャラとして出てくる。正伝は概ねこの8人のキャラ物語である。
 正伝の巧は面白いポジションだがしょぼい。物語的には端役に近い。ファイズにも特に意味はない。代わりに園田真理は事実上主人公である。やはりな。彼女の性格はTV版に近いがもっとえぐくエロい。菊池啓太郎は概ねTV版と同じだがより強烈で神聖キャラになっている。
 オルフェノク側の木場勇治はキャラ的にはTV版に近いが役回しはかなり違う。事実上の副主人公であり内面描写が多い。オルフェノクの長田結花はTV版に近いが、内面描写でかなりえぐさがある。もう一人のオルフェノク、海堂直也も概ねTV版に近いが啓太郎同様、物語では微妙に神聖なキャラになっている。
 カイザとなる草加雅人のキャラもTV版にかなり近いが運命はかなり違う。見方によっては悲惨極まる痛いキャラだ。木村沙耶はTV版ではデルタに変身して死んだが、正伝では重要なキャラになっている。
 オルフェノクや仮面ライダーが出てくるという設定がなければ、園田真理は下着を気にしつつ木場勇治に恋している少女とか、物語は総じてありがちな青春ドラマ。視点によってはノル森に近いかもしれない。脚本家が私と年代の近いせいか、世代的に共感する点も多い。登場人物たちは、どいつもこいつも救いようのないほどの悲惨と不幸を抱えて生きている。このあたりの心象的な比喩性はどのくらい現代的とも言えるか、よくわからない。
 以下、モロ、ネタバレ。
 なるほどと思ったのは、草加雅人の母子関係とそれが背景になって園田真理をレイプするシーン。そして結局それを真理が以降もなんども受け入れてしまう話。たるい絶望的なそれの繰り返し。なるほどね。そうことだったのか二人はと、この点でTV版を思い出す。TV版にもその思いは仕込まれていたのだろう。
 正伝で、雅人と真理のだるい性関係の背後にあって、どろどろとした愛憎関係図の頂点になっているのが流星塾の幼なじみ沙耶である。このあたりの愛憎の感覚は昭和テイストを感じる。そしてこの物語では沙耶はデルタではなくオルフェノクであった。ということは、真理もオルフェノク的な資質があるのではないかというか、オルフェノクなのではないか。しかし、そういう設定にはなってなく、むしろ死地の縁で幼い巧に救われたという変な話になっている。そして巧はそこで一度死んでオルフェノクとなった。このあたりはTV版の裏話なのだろう。
 啓太郎は重要なキャラになっている。オルフェノク的な結花の心を溶かし、彼女は啓太郎の子どもを身籠もる。それを勇治は兄のような立場としてまた、オルフェノクと人間を取り持ち共存する可能性として見る。

自分にできなかったことを結花がしてくれたのだ。
普通の恋愛をして子供まで作った。
これこそ人間とオルフェノクの共存だ。
結花が勇治の理想を実現してくれた、と言ってもいい。
少なくとも希望の光が見えた気がした。

 そう。これはもうキバの物語である。啓太郎はキバの物語で紅音也となる。
 キバへの伏線はもう一つある。海堂直也である。彼はオルフェノクとして異族への憎悪と殺意を抑えている。それを可能にしているのは、音楽である。正伝では巧はギターの名手として存在し、オルフェノクでありかつてギタリストだった直也から音楽を望まれるシーンにこうある。

 けれども直也は知らなかった。
 ……殺せ……殺せ……人間を殺せ……というオルフェノクとしてのあの声を、直也の中の音楽がずっと封じ込めていることを。

 直也を介して巧の音楽という資質がオルフェノクと人間の共存として描かれている。そう、これもキバの物語である。
 しかし正伝の物語はまだそこにまで発展はしてない。
 オルフェノクの結花が啓太郎の子を宿しているなか、カイザの雅人は結花をその胎内の子とともに殺害する。それに怒りを抑えられない勇治はオルフェノクとなりカイザの雅人を殺害する。すでに、真理と勇治の関係は雅人によって破綻していたが、雅人は勇治を憎悪してもいた。
 そしてその連鎖から、巧はオルフェノクである勇治を殺害するのだが、そこでは巧はファイズを解かれて自身がオルフェノクであることを現す。オルフェノクとオルフェノクの戦いとして、巧は生き残るが、すでにオルフェノクとして巧は灰となり消える直前にある。かくして物語は終わる。救いは、何もない。
 キバの物語はこの構図の一部を引き継いでいくが、エンディングはよくわからない。キバは人間と異界族の混血の王として平和に君臨するかに見えるが、それが脚本家井上の物語の終点であるわけもないだろう。
 悲しみ、苦しみ、悲惨、不運それらが子どもたちを殺す。再生した子どもも凶暴で短命なオルフェノクとなる。その内面を抱えて、人間たちとどう生きていったらいいのだろうかと苦悩する。
 それはおとぎ話である。神話でもある。
 そのように自身を確認せざるを得ずに、済まされている人にとっては。

|

« 簡単にできて面白いトランプゲームといったらブラックレディー | トップページ | [書評]いまこそルソーを読み直す(仲正昌樹) »

「書評」カテゴリの記事

コメント

キバで初めて仮面ライダーを見たのですが、予想外に面白かった。世代的なものかな。
ファイズも面白いんですか。
「福主人公」はtypoですかね。

投稿: nanoshi | 2011.01.02 08:26

nanoshiさん、ご指摘ありがとう。修正しました。TV版のファイズは面白いですよ。

投稿: finalvent | 2011.01.02 09:07

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: [書評]仮面ライダーファイズ正伝-異形の花々-(井上敏樹):

« 簡単にできて面白いトランプゲームといったらブラックレディー | トップページ | [書評]いまこそルソーを読み直す(仲正昌樹) »