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2010.02.20

胡錦濤国家主席にノーベル平和賞を

 中国側から米国に報復措置も辞さない(参照)として強い反発のあった、オバマ米大統領とチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の会談だが、米国時間18日、ホワイトハウスの「地図の間」でつつがなく実現した。ただし、会談場所は、大統領執務室ではなく私的な会談向けの地図の間となり、「米国としてはダライ・ラマを政治的指導者と認めていない」というメッセージを明確に示すことで、中国にそれなりの配慮した。
 米国の大統領がダライ・ラマと会うのは、2007年の10月のブッシュ前大統領以来のことで、政権交代があったとはいえ一年半近い空白がある。この間、昨年の秋、オバマ大統領はダライ・ラマとの会談を持つチャンスがあったが、この時は初訪中を控え、過大に中国に配慮したかたちでキャンセルした。中国は当然キャンセルを歓迎したが、オバマ大統領としては内政的に失敗した。議会の与野党から、人権侵害や文化的ジェノサイドが問題となるチベット問題を軽視し過ぎると強い反発を受けた。
 今回の会談実現は、見方によっては、中国からの反発と米内政の反発のトレードオフで、内政に苦戦が強いられるなか、米国国内世論を選んだといえる。対する中国側では、報復を言明した手前、なんらかの形は付ける可能性はある。だが、それがどこまで進むか、どう意味を読み取るかが、今回の会談後の一番重要な点になる。その点で言えば、会談それ自体にはさしたる意味はないだろう。
 現在米中間では、「中国の軍事脅威に救われた普天間問題先延ばし: 極東ブログ」(参照)で言及した、台湾への武器売却や、Googleに関連する検閲問題・サイバー攻撃問題、実質核兵器開発に着手したイランへの制裁可否などの問題で対立が深まっている。簡単に考えれば、ダライ・ラマ会談は中国側の怒りの火に油を注ぐ形に見える。
 どうなるだろうか。私はさしたる問題はないと見ている。中国側、特に胡錦濤政権はダライ・ラマ問題を慎重に配慮し、かなり非常に上手に扱っている印象があるからだ。印象を深めた一つの事例は、「中国・チベット・インドの国境問題とそれが日本に示唆すること: 極東ブログ」(参照)で触れた、昨年11月のインド・中国間国境紛争地域へのダライ・ラマ訪問がさしたる問題もなく終了したことだ。
 胡錦濤政権側のチベット問題への配慮の理由だが、簡単に言ってしまえば、中国の内政における反胡錦濤勢力、つまり反共青団の勢力が、ナショナリズムを高揚することで政権の弱体を狙っている構図への対処がある。胡氏側としては、こうしたナショナリズの罠にできるだけはまらないようにしているためだ。
 さらに胡錦濤政権側には、従来のようなチベット政策、つまり漢民族を送り込み産業を興隆させつつ、チベット民族を近代化された漢民族文化のなかに取り込む政策への反省がある。この見解は、中国のチベット政策について触れた、Newsweek"China Finally Realizes How Badly It Bungled Tibet"(参照)も明快に指摘している。


First, the restive plateau it had treated for decades as a colony is central to its national plan: development and stability are "vital to ethnic unity, social stability, and national security," President Hu Jintao recently told his Politburo. And second, a corollary realization: China's government has been mishandling the issue of Tibet all along.

第一に、数十年に渡り植民地と見なしてきた、この不安定なチベット地域の高地は、国家計画にとっても中心課題である。国家計画とは、胡錦濤国家主席が政治局で語ったところでは、開発と安定が、民族統合、社会安定、国家安全保障に重要であることだ。第二に、前項の帰結でもあるが、中国政府はこれまでずっとチベット問題の対応を間違っていたことだ。


 共産党政府側としてはチベットの開発に多くの資金や知財を投入してきたが、チベット住民からの賛同は得られないどころか、反対の結果になっている。これは、「植民地(as a colony)」政策としては失敗と呼ぶしかないだろう。
 となれば、中国側の新しいチベット政策は、チベット住民側の統合をどのように共産党政権に宥和させるかでしかない。そして、この時点になってみれば、Newsweek誌の記事もこの後の文脈で指摘しているが、残された接点はダライ・ラマしか存在していない。
 ダライ・ラマ側も最後の接点になっている。2008年3月、チベットのラサで発生した大規模な暴動は、むしろダライ・ラマの忍耐強い非暴力活動に甘んじない新世代のチベット人の活動という側面が強く、暴動で問われたのは、ダライ・ラマがチベット仏教最高指導者として、チベットの政治にも指導者たりえているかという問いでもあった。
 ダライ・ラマも胡錦濤氏と同じように、内部に反発憂慮を抱えつつ、しかも両者ともに、宥和の道しか残されていない。さらにダライ・ラマは高齢であり、胡錦濤政権もあと3年しか残されていない。
 この構図において、米国側も穏和に後押しするしかない。冗談のようだが、先のNewsweek誌記事の結語は痛快でもある。

It would be naive to expect President Hu to recant overnight the Tibet policies that he himself devised and executed over the years. But it's not quite so farfetched to see him inching in that direction during his last few years in office as China's supreme leader, or even organizing a face-to-face meeting with the Dalai Lama before he leaves.

胡錦濤国家主席が数年にわたり策定し実施してきたチベット政策を一朝一夕に変更すると期待するのは子供じみている。しかし、彼が政権を維持している残りの数年のうちに、少しずつ変化に方向に向かうと見ることは、そう無理なことでもない。彼が政権を離れる前に、ダライ・ラマとの面談をもうけることもありえないことではない。

It would not only make him a frontrunner for a Nobel Prize but also bring China the respect and admiration that it so acutely lacks.

それなれば、胡錦濤氏をノーベル平和賞候補の先端に押し出すだけではなく、中国に書けている尊敬と称賛をもたらすことにもなるだろう。


 お伽噺のような話のようにも見えるかもしれないが、これは存外にうまい戦略なのかもしれない。上手に、ダライ・ラマと胡錦濤(共青団)が立ち回り、胡錦濤氏にノーベル平和賞をもたらせば、中国内でナショナリズムを煽る勢力を押さえ込むことができる。

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2010.02.18

[書評]中国の大盗賊・完全版(高島俊男)

 誰が読んでも面白い本というのがある。当然、ある程度大衆受け的な部分のトレードオフがあり、「ちょっと単純化しすぎるかな」「世俗的だな」という部分がデメリットになるものだ。これに対して、一部の人が読むとバカ受けに面白い本というのもある。痛快な本書「中国の大盗賊・完全版(高島俊男)」(参照)はどちらか。その中間くらいにある。誰が読んでも面白いとまではいえないし、一部の人にバカ受けということもないだろう。ただ、そこのトレードオフでいうなら、おそらく最適化された書籍だろうし、中国史の理解に自負がある人を除き、普通に中国史と中国文化に関心を持つ人なら、依然必読書だろう。「完全版」でない1989年版は多くの人に既読かもしれない。完全版は2004年に刊行された。何が「完全版」なのか。それは、筆者高島氏が本当に書きたかった終章が再現されていることだ。

cover
中国の大盗賊
完全版
高島俊男
 1989年版つまり平成元年版が書かれたのはその前年か前々年、いずれ昭和の時代であったらしい。出版社から何か一冊書いてほしいという要望で、高島氏が「中国盗賊伝」を提案した。高島氏は当時地方大学の教員で、新書の単著は晴れの舞台とばかりに執筆し420枚に及んだところ、新書なのでということで270枚に縮小を余儀なくされた。
 元の原稿と縮小後の原稿は性格も違うとも述べている。それもそうだ、元来の原稿のテーマは、最後の盗賊王朝中華人民共和国とその皇帝毛沢東を描くことだった。歴代の盗賊皇帝はその前史に過ぎなかった。だが、当時は前史のみが出版され、毛沢東はつけたしで終わった。版元としても、中国批判とも取られかねない書籍の出版にひるんだこともあったようだ。
 初版であとがきに著者高島氏が毛沢東についての部分を割愛した旨を記したところ、そこに関心を持つ人も増えた。本書の前版も、15年も読み継がれ、支持され、なにより平成に入り中国も日本も変化し、中国批判もようやく解禁ムードになり、1994年にはややスキャンダラスな「毛沢東の私生活」(参照参照)も出版されるようになり、ようやく元の原稿の毛沢東部分を可能な限り復元したのが、この完全版である。
 完全版で読み通してみると、なるほど、他の歴史はすべて毛沢東という希代の大盗賊の前史となっていることがわかるし、おそらく毛沢東は大盗賊として理解すべきなのだというのも腑に落ちてくる。また大盗賊らしい豪快なエピソードは読みながら痛快そのものなのだが、さて、これが自分の国のできごとだったらと思うとぞっとしないでもない。
 実は先日「[書評]中国に夢を紡いだ日々 さらば「日中友好」(長島陽子)」(参照)を書いたおり、長島氏が中国の認識を決定的に変えることになった天安門事件が1989年4月であり、そういえば本書の初版が出たのも同じ年であったな。あの時点で完全版が公開されたらどうであったかとしばし夢想にふけっていた。
 本書では盗賊皇帝として、陳勝・劉邦、朱元璋、李自成、洪秀全、そして毛沢東が各章で語られる。劉邦や朱元璋などは、日本の豊臣秀吉に似た成り上がり者の物語としてよく知られているし、本書も概ねそのノリで書かれている。いわゆる漢民族のナショナルな高揚も付きまとう。高校生などが読んでも痛快な物語だろう。殺人の多さには辟易とするにしても。
 歴史に関心がある人にとって面白いのは、李自成ではないだろうか。李自成は明を打ち倒したのち、三日天下ではないが四十日間ほどの国を北京で打ち立てたが、早々に清に破れた。盗賊から反乱者に終わり皇帝にはなれなかった。本書で面白いのは、この李自成について従来語られたことの大半が嘘歴史であったことの研究成果がよく考慮されていることだ。しかも、李自成の伝説は、造反有理の毛沢東を伝説化するためのものであったらしく、清朝の小説から歴史が創作されていった。そして、偽史化の中心は郭沫若であった。
 洪秀全については、それ自体の話としてはそれほど面白くない。が、私も覚えているのだが、私が高校生時代(1970年代だ)、洪秀全はけっこう評価されていたものだった。これも、毛沢東革命の前段として、農民による共産主義的革命という文脈でもあった。偉そうに語られていたが、そういうことだったのかという感慨のある章である。
 そして復刻された最終章なのだが、率直にいえば、今となってはたいていの読書人なら知っていることがらに満ちている。が、人によっては次のような指摘は今でも衝撃的かもしれない。

「林彪事件」の真相はわからないが、宰相(国務院総理)の周恩来が決定的な役割をはたしたであろうことは推測できる。これは国際関係にもかかわっている。周恩来がアメリカ(具体的にはニクソンおよびキッシンジャー)と手を結ぼうとし、林彪がこれを阻もうとし、毛沢東が周恩来のほうに傾いたので、危機感をいだいた林彪がクーデターを企て、周恩来が機先を制して林彪を殺した、というのが一番ありそうなシナリオである。

 ちなみにウィキペディアに林彪事件がなんて書いてあるかなと見たら、意外やそれなりにしっかりと書かれていた。とはいえ、本書の完全版が平成元年に出版されていたら、このあたりの慧眼は際立ったことだろう。

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2010.02.17

ウラン濃縮にいそしむイラン動静

 11日イランの革命記念日にアハマディネジャド大統領は、新たなウラン濃縮作業で目標の濃縮度20%のウラン製造に成功したと述べたらしい。ざっと日本での報道を振り返ると、11日付け共同通信「イランが濃縮度20%ウラン 革命記念日で大統領演説」(参照)や11日付け日経新聞記事「イラン大統領「ウラン20%濃縮成功」 欧米諸国、一段と警戒」(参照)がある。この宣言に対して、米国、ロシア、フランス3カ国は国際原子力機関(IAEA)にイランのウラン濃縮活動は正当化できないと書簡を送った(参照)。欧米ではこれが大きな話題となっていた。が、日本ではそれほど大きな話題にはならなかったようだ。
 アハマディネジャド大統領は今後濃縮度80%のウランも製造できると述べた。普通に考えれば核兵器開発の宣言にも聞こえるが、日本の隣国がかつてそうであったのとは違い、核兵器開発を明言したわけではない。そのせいか、日本の反核団体から抗議の声が上がったという話も聞かない。
 日本の大手紙社説では、私の記憶では、12日に朝日新聞のみが「イラン核疑惑―安保理の結束が試される」(参照)としてこの問題に触れたが、日本の問題とは切り離された印象の、やや他人事感が漂っている。


 イランは濃度3.5%の低濃縮ウランを保有している。アフマディネジャド大統領はこれを20%まで濃度を高めてウラン燃料にすると発表した。核兵器用には90%以上にまで高める必要があるが、そこへ向かいかねないとの懸念が国際社会で広まっている。

 結論を先にいえば、朝日新聞のこの冷やりとした視点は間違っていない。その後の論評も的確である。

 昨年6月の大統領選挙で、アフマディネジャド大統領の対外強硬路線を批判する改革派候補を支持する動きが広がった。長引く経済制裁と国際的孤立は国民生活に打撃を与えている。政権基盤に弱みを抱えるアフマディネジャド氏は国民の不満をかわすため、国際協調に進もうとしたが、保守派の批判で強硬策に逆戻りしたようだ。

 アフマディネジャド大統領自身のイランでの立ち位置の問題が強く反映しているといってよい。ただし、彼の立ち位置は不安定ゆえに弱いのかというと、不安定だからこそ軍事的な独裁へ向かう危険性を孕みだした。
 クリントン米国務長官もアフマディネジャド大統領の不安定さを認識している(参照)。加えて、多少面倒くさい陰影もある。16日産経新聞記事「クリントン米国務長官、対イラン制裁強化で包囲網強化狙う」(参照)より。

イランによる20%の高濃縮ウラン製造開始を受けて、クリントン米国務長官は14、15の両日、ペルシャ湾岸の親米アラブ産油国カタールとサウジアラビアを訪問し、対イラン追加制裁への理解と支持を求めた。長官は15日、サウジのアブドラ国王、サウド外相と会談したが、サウジ側は「段階的な措置ではなく、即効性のある措置が必要」(サウド外相)と主張、イランの核開発に強い懸念を示した。

 日本ではあまり指摘されないが、イランのイスラム教であるシーア派は、中近東地区非シーア派諸国にとって脅威になっている。露骨にいえば、米国は非シーア派イスラム諸国に対してシーア派イランからの脅威を防ごうと提唱する、いわば分断戦略でもあり、同時に、イスラエル問題での宥和的な要素も含んでいる。ガザ問題などもイランの代理戦争的な意味合いがあると見られているからだ。
 実際のイランの脅威という点では、率直なところ、それほど問題はない。イランのウラン濃縮技術自体はまだまだ未熟で、今回のアハマディネジャド大統領の声明も専門家からはただのフカシと見られている。それでも、放置しておけば核不拡散条約(NPT)をナンセンスなものに変容させかねないが、米国がイラン攻撃をするといった事態にはならない。むしろ、米国としては、イスラエルの暴発をどう欧州やサウジを中心としたイスラム諸国を巻き込んで押さえ込むかという問題になっている。言うまでもなく、イランに親和的でやたらと足並みを乱してくれる中国も問題だが現状、そこに焦点を当てて中国問題をさらにこじらせすわけにもいかない。
 この間、ニューヨークタイムズ(参照)やワシントンポスト(参照)など高級紙の対イラン主張を見ると、オバマ政権に対してイラン制裁を強化すべきだという意見が目立つ。ちょっと驚いたのは13日付けワシントンポスト「It's time for U.S. to consider targeting Iran's gas imports」(参照)でガソリンの禁輸措置が提言されていることだ。産油国であるイランにガソリンの輸入禁止というのも不思議なようだが、イランには原油の精製能力が足りないためだろう。ちなみにこの制裁がそれほど効果的とも思えないのは同記事でも言及されている。
 で、どうなるかなのだが、朝日新聞の展望とは異なり、恐らくそれほどどうという展開もないだろう。ただ、イランの弱点は内政の不安定さにあるので、数カ月後にイラン国内で不可解な突発的な動乱でもあれば、いろいろと背後のお仕事が実を結んだのかなという陰謀論みたいな感想も否定しづらくなる。

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2010.02.16

二番底は避けられたか

 政権交代後、鳩山政権が慌てて麻生前政権の残した成長戦略に舵を切り直したことが功を奏したのか、昨年10月から12月の国内総生産(GDP)の実質成長率が4.6%増となった。二番底の危機感は薄らいだ印象はある。が、GDPデフレーター前年同比マイナス3%とデフレは進行しているので、名目GDPの伸び率で見ると年率0.9%である。
 景気が上向いた理由は、日本を取り巻く諸国の経済成長にあるだろう。中国は雑伎団的な成長率を進めているし、ヘリコプター・ベンの米国も伸びている。為替も先ほど1ドル90円を切ったが、これまでのところ安定している。とはいえ、税収の落ち込みから見てもわかるように昨年のピークには及ばない。景気が回復したという実感は伴わない。
 海外ではどう見ているかというと、フィナンシャルタイムズが小言を言っていた。昨日の社説「Japan’s fleeting glimpse of growth(日本は束の間の経済成長を瞥見する)」(参照)である。今回の好調はちょっとしたまぐれに過ぎないという雰囲気は標題からも感じられる。
 フィナンシャルタイムズは、まず、菅財務省がこれでぬか喜びをしないように、また日本の経済統計はすぐに修正されるからそれほど当てにならない、と釘を刺し、たとえ統計値が正しいとしても、日本のリーマンショック後の落ち込みが異常であり、もち返すといっても輸出増回復による対外依存であると指摘している。
 また、麻生政権下のバラマキ型経済成長戦略も評価しつつも、やはり日本経済の最大の問題はデフレだとしている。そのあたりの論点が重要なので、原文を追ってみよう。


The bad news is the outlook for future private demand. Deflation is becoming entrenched: prices are 3 per cent lower than a year ago and in accelerating decline. Japan’s corporations continue to staunch possible demand by locking up savings. Dividends are a measly 3.5 per cent of GDP. In Germany, where operating profits are comparable, they are four times larger.

凶報は将来的な民需の展望にある。デフレが定着している。物価は昨年より3%低落し、さらに急速に下降線を辿っている。日本企業は、内部留保を高めることで可能な需要をいまだ手控えている。配当はGDPのわずか3.5%にすぎない。営業利益で比較できるドイツは、その四倍も大きい。


 デフレが進行しているため、企業にとってもっともよい投資が箪笥ならぬ内部留保になってしまっているのだが、配当の悪さについてはフィナンシャルタイムズの言ってることもわかるものの、トヨタの事例などを見てもなかなか、ドイツと比較というだけでの対応は難しいだろう。
 それでも、政府がきちんとデフレ対策をするなら状況は変わるはずであり、その点をフィナンシャルタイムズも結語で指摘していく。

Though fiscal policy may be Mr Kan’s most accessible tool, what Japan really needs is vigorous anti-deflationary monetary policy and reforms to make companies less tight-fisted. Achieving those would be a real triumph.

菅氏にしてみると財政政策が扱いやすいだろうが、日本が真に必要としているのは、企業が糞づかみしている手を緩めさせるための強力な金融政策と改革である。金融政策と改革の達成が真の勝利となるだろう。


 末文の「勝利」は、省略したが冒頭に今回のGDP成長を勝利とするなという修辞との対応であった("He must, however, curb any temptation to be triumphalist.")。
 財政政策はいわゆるバラマキだが、フィナンシャルタイムズがいうほど菅財務相がその手を使うようには見えない。亀井金融担当相がさらに暴れまくるか、どっかから菅氏が好む煽てをぷうぷう吹き込むかでもしないと無理だろう。なにより財政政策の裏では消費税が控えている。というか、どうも消費税のほうが菅財務相の念頭にある。菅氏にしてみると、再配分による人気で権力を維持することが重要で、日本の経済成長は実質的には念頭にはないように見える。
 フィナンシャルタイムズが菅財務相に勧めているのは、金融政策と改革だが、それが何を意味するかは明確には書かれていない。が、前者はいわゆるリフレ政策と見てよいだろう。そしてデフレ下での有効な金融政策なのだから、いわゆる非伝統的な手法というものが想定されるだろう。改革についても、明瞭にはわからない。いわゆる日本の構造改革のことだろうか。
 率直にいえば、現在の民主党および菅財務相の方向性としては、なんらデフレ阻止の金融政策と改革の方向は見えない。GDPは好調という大本営の裏で、もうしばらくはじりじりと日本はデフレに沈んでいくしかないだろう。
 というところで、白川方明日銀総裁が今日の衆議院予算委員会で、2001年から06年の量的緩和政策について総括している(参照)。

 白川総裁は5年間の量的緩和の経験について「金融システムの安定維持には大きな効果があったと評価している。内外のデフレの歴史を振り返ると、ほとんどが金融システムが不安定化したときに、デフレの怖さが顕在化している」としたが「人々の支出活動を刺激し、その結果、物価が上がっていくということになると、この効果は非常に限定的だった」と指摘した。

 量的緩和政策は金融システムの安定には効果があったが、デフレ退治には効果はあまりないというご見解。

 また「量を潤沢に供給する用意はあるが、量だけで(緩和度合いを)判断するということについては必ずしも納得していない」と述べた。
 実質金利については、日本と欧米の長期金利と物価上昇率を比較したうえで、日本だけが高いということはないと指摘した。
 金融政策については「金利は下げるところまで下げて、かつ、現在の低い金利情勢、極めて緩和的な金融情勢を粘り強く続けていくことを明確にしている」と強調した。

 いちおう低金利は維持するが、それ以上には当面金融政策に変化はなさそう。

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2010.02.14

クルーグマン教授曰く、スペインの悲劇

 現下、欧州連合(EU)ではギリシャの財政が問題になっているが、スウェーデン銀行賞受賞者のクルーグマン教授はスペインのほうが問題だと指摘している。そのあたりを、今後の動向理解のために簡単にまとめておこう。
 クルーグマン教授の言及で一番明確なのは、4日付けテレグラフ紙「Fears of 'Lehman-style' tsunami as crisis hits Spain and Portugal」(参照)だろう。標題は「リーマンショック並の衝撃がスペインとポルトガルを襲う」ということ。


In Spain, default insurance surged 16 basis points after Nobel economist Paul Krugman said that “the biggest trouble spot isn’t Greece, it’s Spain”. He blamed EMU’s one-size-fits-all monetary system, which has left the country with no defence against an adverse shock. The Madrid’s IBEX index fell 6pc.

スペインで債務不履行保険が16ベーシス・ポイント上昇したのは、ノーベル経済学賞受賞エコノミストであるポール・クルーグマンが「最大の問題はギリシャではない、スペインだ」と述べた後のことだった。彼は、スペインの経済的な逆境への防衛手段を奪ったままにする欧州経済通貨統合(EMU)の万能式通貨制度を非難した。


 これには、スペインの財政当局からの反論もあり、同記事に掲載されている。しかし、ここではクルーグマン教授の視点を追ってみよう。
 当面の問題だが、スペインは2007年まで黒字基調だったが、2008年の不動産バブルの崩壊から税収が減少し、急速に財政赤字が膨らみ、ここに来て、ギリシャ財政破綻に次ぐ危機感をもって見られるようになった。そこで、スペイン政府は国債発行を控えるように舵を切った。事実確認として、8日付け日経新聞記事「スペイン、国債発行34%削減へ 信用不安の波及を懸念」(参照)より。

スペイン政府は8日、2010年の国債発行額を、09年比34%減の768億ユーロ(約9兆3000億円)に圧縮すると発表した。同国政府は今後3年間で歳出を500億ユーロ削減する計画を打ち出したばかり。南欧諸国の過大な政府債務に関心が集まる中、財政の健全性をアピールする狙いがある。
 10年の国債残高は5535億ユーロとなり、国内総生産(GDP)の約55%に相当する。地方債も含めた公的債務は同65.9%となるが、スペイン財務省は声明で「欧州の平均水準を下回る」と強調した。

 実際、スペインでは財政赤字には問題がない。クルーグマン教授の5日付けブログ・エントリー「The Spanish Tragedy」(参照)でもOECDによる財政赤字の統計でまずそれが示されている。スペインは目立たない。なお、右端の断トツが扶桑国である。

photo
Government debt as % of GDP

 では何が問題なのか。


So what happened? Spain is an object lesson in the problems of having monetary union without fiscal and labor market integration.

何が起きたのか。スペインは、財政と労働の市場統合を欠いたまま通貨が統合された際の問題の実例である。

First, there was a huge boom in Spain, largely driven by a housing bubble — and financed by capital outflows from Germany. This boom pulled up Spanish wages.

スペインでは最初に、ドイツから流入する資金でまかなわれた不動産バブルによる大規模な急成長があった。これがスペインの労賃を引き上げた。

Then the bubble burst, leaving Spanish labor overpriced relative to Germany and France, and precipitating a surge in unemployment. It also led to large Spanish budget deficits, mainly because of collapsing revenue but also due to efforts to limit the rise in unemployment.

不動産バブルは弾けたが、スペインの労働者はドイツやフランスに比べ高賃金に留まり、失業率が急騰した。

It also led to large Spanish budget deficits, mainly because of collapsing revenue but also due to efforts to limit the rise in unemployment.

それが財政赤字をもたらした。大半の理由は労働者の収入が崩壊したことだが、失業率悪化に歯止めをかけようとしたことも理由になる。


 スペインでは国家がバラマキをやって財政が悪化したというのではなく、不動産バブルにつられて上がった労賃が、バブル後も硬直化したため失業率を悪化させ、さらに失業率悪化に対応しようとした政治がさらに財政の悪化をもたらしたということだ。このあたりの説明は、鳩山由紀夫首相とその愉快な仲間たちを除くと、普通の日本人にもけっこうチクチクくるところでもある。
 スペインはどうすべきか。クルーグマン教授には対処法はないようだ。別インタビュー(参照)で" I wish I had some clever suggestions.(いいアドバイスでもできるといいのだが)"と無策としているが、同エントリでは、ユーロの問題して見るなら、二つの解決策を暗示している。

If Spain had its own currency, this would be a good time to devalue; but it doesn’t.

スペインに自国通貨があるなら、(リフレ政策などで)通貨価値を下げるよい機会だ。しかし、スペインはこれができない。



On the other hand, if Spain were like Florida, its problems wouldn’t be as severe.(中略)And there would be a safety valve for unemployment, as many workers would migrate to regions with better prospects.

他方、スペインがフロリダのようであれば問題はここまで深刻にならなかった。(中略)(保険などの)セイフティーネットがあれば、多数の労働者はよりよい地域に移動できただろう。


 やはりここでも自国通貨をもつ強みが問われる。また、労働の流動性も重要になる。
 ここでもまた日本を顧みざるをえない。日本の経済問題も通貨価値の固着にあるし、労働者には流動性が少ない。
 クルーグマン教授は、「スペインの悲劇」をスペイン固有の問題というより、ユーロが本質的に持つ問題として見ているが、別の言い方をすれば、欧州連合のような通貨運営と労働市場の流動性の不活発さが想定されれば、他でも起こりうるし、実際、日本でも起きていると言ってよさそうだ。
 なお、スペインの問題を扱ったフィナンシャルタイムズ9日の社説「Deficit windmills」(参照)もクルーグマン教授とほぼ同じ前提になって論じているが、具体的に次のようなアドバイスも掲げている。

Ms Salgado must not think credible medium-term plans require immediate drastic action. She can commit to cuts without front-loading them, especially when markets see Spain as credible: its 10-year bond yields are 4.08 per cent -- just 0.88 points above Germany’s and lower than a year ago.

サルガド財務相は、中期計画に信頼をもたせるべく短兵急な激変を考案してはならない。市場がスペインの信頼を維持しているなら、前倒ししなくても財政削減は可能だ。スペインの10年物の国債利率は4.08パーセントであり、ドイツを0.88パーセント上回るに過ぎないし、昨年より低下している。

What Spain must achieve is growth --- sustainable this time. For that, chronic underemployment in rigid labour markets is a greater problem than high deficits.

スペインに今必要なのは持続可能な経済成長なのである。そのためには、財政赤字よりも、労働市場の硬直性からくる慢性的な不完全雇用がはるかに大きな問題なのだ。


 と、訳を考えつつ、フィナンシャルタイムズの示唆を考えなおすと、これは、ようするに労働者の賃金を下げろという意味になりそうだなと思った。
 エントリにまとめみると、ユーロの問題としてみれば日本にとっては間接的だが、問題構造としては日本もまった他人事ではなさそうだ。しかも、すっきりとした政策提言となると、なにかと問題もありそうだ。

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