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2011.01.01

[書評]仮面ライダーファイズ正伝-異形の花々-(井上敏樹)

 昨晩は紅白歌合戦を見ていたが半ばでさすがに苦痛になり、読みかけの「仮面ライダーファイズ正伝-異形の花々-(井上敏樹)」(参照)の読書にした。その間頃合いをみて桑田さんの歌だけは聞いたが、また読書に戻る。読み終えてぼうっとすると年が明けた。こんな年末年始があってもよいだろう。

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仮面ライダーファイズ正伝
-異形の花々-
井上敏樹
 話はタイトル通り仮面ライダーファイズなのだが、2003年から2004年にかけて放映されていたテレビ版のノベライズではない。映画版のそれでもない。新規の書き起こしであり、「正伝」と銘打っている。普通だと「これが正しい物語」ということだが、結論からいうと、そうとは言い切れない。勇んで言うと仮面ライダーキバに至る伏線的な物語であった。
 情けないことだがハンドル名に反して私はそれほど仮面ライダーのファンではない。旧版はほとんど見ていない。わけあって仮面ライダーJなどいくつか後年ビデオで見たが、普通に見るようになったのは平成版になってから。
 最初のクウガは普通にドラマとして面白いんじゃないのと思った。特にダグバの設定は面白かったが、世界観にはそれほど惹かれなかった。惰性で見るかと思った次回作のアギトはすごかった。初回オープニングの曼荼羅図で衝撃を受けた。すべてわかったと言ってもいいくらい。こいつは私と同じくゾロアスター系の世界観の中毒者だな。しびれた。アギトの物語は謎また謎の展開で、ギルスの話などは未消化感はあったし、最終の世界創世的なシーンや使徒たちのシーンがしょぼくて萎えた面もあったが、全体的にはすごい作品だった。佐橋さんの音楽もキングクリゾンっぽくてよかった。「もうひとつの仮面の戯曲」(参照YouTUbe)は名曲すぎて震撼した。ってか、アギトはオペラ化できると思う。
 アギトのテーマの未消化感は三作目の龍騎にはあまり継がれず、この作品はそれなりにテーマも理解できるが私のテイストではない。途中まで見てダレた。
 四作目のファイズは本格的にアギトの世界観を継いでいて萌えた。毎回、これきちんと展開できるのかというスリル感もあった。結果は概ね成功していた。異郷に生まれ虐げられ、敵意を支えに生きる民族が王の出現によって再生するというエートスは露骨だなと思ったがそのあたり指摘している人はないようだし、普遍化して、例えばユダヤ人にとってのキリスト幻想を想定することもできる。総じてファイズの展開は想像を超えてすごいと思ったが、それでも未消化感はあり、特に園田真理にそれを思った。
 どう考えても、真理はアギトの真魚を継いでもっと聖なる力を権限させる依り代であるはずだ。なにより彼女がこの物語の主人公だろう。そのあたりのことはTV版にはうまく反映されなかった。かろうじて草加雅人が園田真理に母を求めているシーンに痛ましいものがあった。
 正伝の話に入る前に、以降の平成仮面ライダーだが、これらもあまり見ていない。カブトとか全然見ててない。電王、知らん。例外は、キバ。このころにはもう明確に私が関心を持っているのは、脚本家、井上敏樹その人だということはもう自覚されていたからだ。
 その彼がオリジナルで書くファイズの「正伝」なのだから読まざるを得ないじゃないか。ということだが私はこの分野の小説に疎く、この本の存在を知ったのは昨年に入ってからで、すでに絶版なのを中古プレミアムで買った。
 この分野の小説に慣れていないせいかもしれないが、いわゆる文学的に評価できる点は特にないと思われる。文章も叙述性としては舌足らず。TV版の映像を見た人でないとわかりづらいだろう。にも関わらず、この物語は相当に強烈だった。こういう感覚を抱えて生き続けちゃう人もいるんだよなという共感が胸にこみ上げてくる。
 正伝の物語には私が一番関心をもっているゾロアスター系の世界観はない。皆無。流星塾もしょぼい。スマートブレーンもない。正直かなりがっかりした。その部分は井上敏樹的なものではないのかもしれない。悪口みたいになるかもしれないが、この世界観自体はそれほど脚本的には理解されていないのかもしれない。こんな狂気の世界観をまともに書くわけもいかないかというのはあるのかもしれないとしても。
 かくして正伝の物語なのだが、TV版の物語をかなりスケールダウンしている。いちおうTV版どおり、乾巧(ファイズ)、園田真理、菊池啓太郎のクリーニング店の主人公トリオは出てくる。それに、木場勇治、長田結花、海堂直也のオルフェノクのトリオがいる。この6人に加え2人、草加雅人(カイザ)と木村沙耶が重要なキャラとして出てくる。正伝は概ねこの8人のキャラ物語である。
 正伝の巧は面白いポジションだがしょぼい。物語的には端役に近い。ファイズにも特に意味はない。代わりに園田真理は事実上主人公である。やはりな。彼女の性格はTV版に近いがもっとえぐくエロい。菊池啓太郎は概ねTV版と同じだがより強烈で神聖キャラになっている。
 オルフェノク側の木場勇治はキャラ的にはTV版に近いが役回しはかなり違う。事実上の副主人公であり内面描写が多い。オルフェノクの長田結花はTV版に近いが、内面描写でかなりえぐさがある。もう一人のオルフェノク、海堂直也も概ねTV版に近いが啓太郎同様、物語では微妙に神聖なキャラになっている。
 カイザとなる草加雅人のキャラもTV版にかなり近いが運命はかなり違う。見方によっては悲惨極まる痛いキャラだ。木村沙耶はTV版ではデルタに変身して死んだが、正伝では重要なキャラになっている。
 オルフェノクや仮面ライダーが出てくるという設定がなければ、園田真理は下着を気にしつつ木場勇治に恋している少女とか、物語は総じてありがちな青春ドラマ。視点によってはノル森に近いかもしれない。脚本家が私と年代の近いせいか、世代的に共感する点も多い。登場人物たちは、どいつもこいつも救いようのないほどの悲惨と不幸を抱えて生きている。このあたりの心象的な比喩性はどのくらい現代的とも言えるか、よくわからない。
 以下、モロ、ネタバレ。
 なるほどと思ったのは、草加雅人の母子関係とそれが背景になって園田真理をレイプするシーン。そして結局それを真理が以降もなんども受け入れてしまう話。たるい絶望的なそれの繰り返し。なるほどね。そうことだったのか二人はと、この点でTV版を思い出す。TV版にもその思いは仕込まれていたのだろう。
 正伝で、雅人と真理のだるい性関係の背後にあって、どろどろとした愛憎関係図の頂点になっているのが流星塾の幼なじみ沙耶である。このあたりの愛憎の感覚は昭和テイストを感じる。そしてこの物語では沙耶はデルタではなくオルフェノクであった。ということは、真理もオルフェノク的な資質があるのではないかというか、オルフェノクなのではないか。しかし、そういう設定にはなってなく、むしろ死地の縁で幼い巧に救われたという変な話になっている。そして巧はそこで一度死んでオルフェノクとなった。このあたりはTV版の裏話なのだろう。
 啓太郎は重要なキャラになっている。オルフェノク的な結花の心を溶かし、彼女は啓太郎の子どもを身籠もる。それを勇治は兄のような立場としてまた、オルフェノクと人間を取り持ち共存する可能性として見る。

自分にできなかったことを結花がしてくれたのだ。
普通の恋愛をして子供まで作った。
これこそ人間とオルフェノクの共存だ。
結花が勇治の理想を実現してくれた、と言ってもいい。
少なくとも希望の光が見えた気がした。

 そう。これはもうキバの物語である。啓太郎はキバの物語で紅音也となる。
 キバへの伏線はもう一つある。海堂直也である。彼はオルフェノクとして異族への憎悪と殺意を抑えている。それを可能にしているのは、音楽である。正伝では巧はギターの名手として存在し、オルフェノクでありかつてギタリストだった直也から音楽を望まれるシーンにこうある。

 けれども直也は知らなかった。
 ……殺せ……殺せ……人間を殺せ……というオルフェノクとしてのあの声を、直也の中の音楽がずっと封じ込めていることを。

 直也を介して巧の音楽という資質がオルフェノクと人間の共存として描かれている。そう、これもキバの物語である。
 しかし正伝の物語はまだそこにまで発展はしてない。
 オルフェノクの結花が啓太郎の子を宿しているなか、カイザの雅人は結花をその胎内の子とともに殺害する。それに怒りを抑えられない勇治はオルフェノクとなりカイザの雅人を殺害する。すでに、真理と勇治の関係は雅人によって破綻していたが、雅人は勇治を憎悪してもいた。
 そしてその連鎖から、巧はオルフェノクである勇治を殺害するのだが、そこでは巧はファイズを解かれて自身がオルフェノクであることを現す。オルフェノクとオルフェノクの戦いとして、巧は生き残るが、すでにオルフェノクとして巧は灰となり消える直前にある。かくして物語は終わる。救いは、何もない。
 キバの物語はこの構図の一部を引き継いでいくが、エンディングはよくわからない。キバは人間と異界族の混血の王として平和に君臨するかに見えるが、それが脚本家井上の物語の終点であるわけもないだろう。
 悲しみ、苦しみ、悲惨、不運それらが子どもたちを殺す。再生した子どもも凶暴で短命なオルフェノクとなる。その内面を抱えて、人間たちとどう生きていったらいいのだろうかと苦悩する。
 それはおとぎ話である。神話でもある。
 そのように自身を確認せざるを得ずに、済まされている人にとっては。

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2010.12.31

簡単にできて面白いトランプゲームといったらブラックレディー

 簡単にできて面白いトランプゲームといったらブラックレディーというのが、たぶん、グローバルスタンダード。Windowsにも「ハーツ」という名前でおまけになっている。

WindowsのHearts
Windowsのおまけのハーツ

 ブラックレディーは国際的には有名だが、その割に日本ではあまり見かけないような気がする。以前、小中学生に聞いたら知らないと言っていた。ブラックレディー以外にハーツまたはハートという呼び名もあるし、名前が違っても同じゲームということもあるので、これこれというゲームなんだがと補足しても、知らないとのこと。じゃ、トランプで何やってんのと聞くと、大富豪らしい。僕らの世代で大貧民と言ってあれか。あれは、やれば面白いのだけど、フォローが気持ち悪いんだよな。ルールもローカル多すぎて。ちなみにiPhoneアプリの「大富豪しよっ!!」をみると各種のローカルルールがオプションで選べるので感動した(キャラに感動したわけではないよ)。
 ブラックレディーといえば、現代日本だと、あれ(参照YouTube)が有名かもしれないが、トランプではスペードのクイーンのことであり、プーシキン「スペードの女王」(参照)や、そこから出来たチャイコフスキーのオペラを想起するのが常識の部類ではあるが、あれに使われているトランプはファラオンという一種の賭けで、このトランプゲームのことではない。いずれにせよ、このゲームではスペードのクイーンが不吉な意味を持つ。
 ブラックレディーを一言でいえば、不運のなすり合いである。他人を陥れたい人にはネットで匿名の悪口を書くより向くだろうし、そのほうが平和というもの。
 ゲームのルールはいたって単純。日本のトランプ状況からしてシンプルな欠点があるとすると4人でするゲームということだけだろう(ただし、3人または5人でできないことはない)。

使うカード
 ジョーカーは使わない。
 カードの強さは、強いほうから、A,K,Q,J,10,9,8,7,6,5,4,3,2。

ゲームの目的
 マイナス点が少ないプレーヤーが勝ち。
 マイナス13点になるスペードのクイーン(♠Q)と、ハートのカード()をできるだけ取らないようにする。

スコア
 手札がなくなったら1ゲーム終了でスコア(得点)を付ける。
 獲得したカードの点数がスコアになる(ただしマイナス点)。スペードのクイーンは-13点。ハートのカードは数字でマイナス点。Aは-1点。最悪は-26点になるのだが、この最悪を達成するとグランドスラムまたはシュート・ザ・ムーンとして、達成者以外の3名にそれぞれ-26点が付く。
 -100点に達したプレーヤーが出たら、その人が負けということで、終わり。

配り方
 よくシャッフルしてから、4人に1枚ずつ、計13枚配る。
 誰が配るかは4人で決めておく。(通常、前回ゲームで負けた人。)

ゲームの仕方
 最初に、各人手持ちの3枚のカードを交換する。3枚を選んで左隣の人に渡す。自分も右隣の人から3枚受け取る。
 ゲームの進行の規則は、最初にカードを出した人のマーク(♠♦♥♣)に合うカードを出す(フォローする)こと。手札にそのマークがなければ、自由に出してよい(これが狙い目)。
 1枚目に出すカードは♣2。つまり、この♣2を持っている人からゲームを始める。時計回りに次の人がカードを出す。
 4人で4枚のカードが出たら、マークに合ったなかで一番強いカードの人がその4枚のカードを得る。(言うまでもないが得て嬉しいものではなく、不幸のカードを押しつけられることが多い。)
 手札がなくなったらゲーム終了。スコアを付ける。

3人または5人のとき
 このルールはあまりはっきりしていない。以下を提案。
 3人のときは、♠2を抜いた51枚を17枚ずつ配る
 5人のときは、♠2と♦2を抜いた50枚を10枚ずつ配る。


 これでたぶんゲームができると思うがどうだろう。Windowsがある人は、おまけの「ハーツ」でやってみると理解が深まるだろう。覚えたら、実際に仲間を集めて(小学生でもOK)、バイスクル(参照)のように手触りのいい本物のカードでプレイすると楽しい。
 ブラックレディーの面白さのポイントは、なんと言っても不幸な失点カードをできるだけ嫌な奴に押しつけることだ。当然、そんなことをする奴は嫌な奴なので同じ目にあう。不幸のなすり合いってなんて楽しいんだろうと、トランプで悦楽を堪能して、日常生活でそういう充足をはからないようにしましょうね。
 やってみるとわかるが、かなり高度な戦略が存在する。いろいろ研究されてもいる。例えば、♠Qは最初に相手に渡さず保持したほうがよいことが多いなど。
 このゲームにはどういういきさつがあるのだろうか。私の書架にある松田道弘の「トランプのたのしみ」(参照)を見ると、1885年の「スタンダード・ホイル」の記述から、その5年ほど前から米国だけでプレイされているが、おそらくドイツ生まれであろうとしている。
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楽しくはじめる
トランプ入門
松田道弘
 してみると1880年頃に米国でドイツ移民から広まったのではないか。日本でいうと明治13年ころになる。
 私がブラックレディーをするたびに思うのは、その原形である。やってみると誰でもわかるように、これは、非常に基本的なトリック・テーキング・ゲームから出来ている。つまり、オープニング・リード(1枚目を出すこと)をした人のスーツ(マーク)に合わせてフォローする(同じスーツを出す)ことだ。
 不思議に思うのは、そのもっとも基本的なトリック・テーキング・ゲームは何と言う名前のゲームなのだろうか、ということ。
 トランプのカードを構成を見ても、これは明らかに、そのゲームのために出来たカードであるはずなのに、その祖型がよくわからないなんてことがあるんだろうか。もちろん、トランプ自体の祖型は占いカードではないかとは思うが、ゲームとは別であろう。
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バイスクル
ライダーバック
 普通に考えれば、ホイストの原形のトリック・テーキング・ゲームとなるので、ホイストの歴史を見ればよいのだろうが、ホイストは2組で争うという特殊なゲームのようにも見える。ついでに、日本で定着した「トランプ(切り札)」という呼称もホイストへの一種の誤解から出来ているから、日本でも明治時代あたりにホイストがプレイされていたのではないか。
 というか、私は何か勘違いしているのかもしれないので、そんなこともわからんのかという方がいらっしゃったら、教えてくださいな。
 では、よいお年を。

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2010.12.30

ドイツのボードゲーム史上初の三冠を獲得したドミニオンはなるほど面白かった

 ドミニオン(Dominion)はドイツ人、ドナルド・X・ヴァッカリーノ(Donald X. Vaccarino)が考案し、2008年、米国のリオグランデ・ゲーム(Rio Grande Games)社から発売されたカードゲームである。特定の創作者によるカードゲームはデザイナーカードゲームと呼ばれる。

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ドミニオン日本語版
 ドミニオンは、2008年の10月23日から4日間開催された恒例のエッセン国際ゲーム祭で発表され、国際的にも大人気となった。その直後、日本でも英語版でブームが起きていたようだった。
 2009年には各種の賞を取った。ドイツゲーム賞2009(Deutsche Spiele Preis 2009)の大賞、ドイツ年間ゲーム大賞(Spiel des Jahres 2009)で大賞、アラカルト・カードゲーム賞(Fairplay:À la carte Preis 2009)で第一位とのこと。すごいね。
 そんなに面白いものかねと気になってはいたが、カードが500枚と聞いて尻込みしていると、2009年4月にホビージャパンから日本語版が発売されて日本でも話題になった(参照)。じゃあ、やってみますか。
 ゲームは二人から四人。たぶん四人が一番面白い。各プレーヤーは貧しい資産から出発し、領土を拡張し領主とならんとする。国盗り物語である。信長の野望である。三国志である。とかいうと、なんか戦争ばっか繰り返すイメージだが、これがけっこう違う。戦闘はないと言っていい。
 というか、やってみて、これは面白なと思ったのはそこだった。どちらかというと、いかに資産を形成し、国力の資源を築き上げていくかというのがポイントになる。シムシティーとかiPhoneアプリのセトラーズに近いのかもしれない。
 国土の基本的な資源(王国)は10種類のカードで表現され、この10種類をそれぞれ山にしてテーブルに並べる。それに加えて貨幣カードの山がある。金貨、銀貨、銅貨である。さらに領有の対象となる属州、公領、屋敷カードのもある。これ、英語だと、Province、Duchy、Estateになる。西洋史の語感の勉強にもなるな。
 ゲームのターゲットは領有を増やすことで属州のカードが無くなると(売り切れると)ゲームは終わり。あるいは、国土の資源か貨幣の3種類が尽きてもゲームは終わる。
 プレーヤーが一つのターンでできることは、アクション(Action)、お買い物(Buy)、クリーンナップ(Cleanup)のABC。アクションつまり行動内容はそれぞれの資源のカードに書かれている。お買い物は通常貨幣で資源を買っていく。クリーンナップがこのカードゲーム特有の動作で手持ちのカードをいったん捨て山にする。この山はいずれ手札に還元される。ということで、購入した資源がどんどん増えていく。戦略は各自のアクションとお買い物の選択で決まる。
 複雑なようだがやることはABCだけとも言えるので、対象年齢8歳以上とあるのも頷ける。ただし、ルールブックは、個人的な印象だがわかりづらかった。まあ、二度ほどやってみるとゲーム自体に合理性があるので自然にわかるようになる。
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ドミニオン陰謀
 王国の10種類のカードだが、一回のゲームに使うのが10種類ということで、全部では25種類ある。つまり、25種から10種選んでゲームになるのだが、この組み合わせでゲームの質ががらりと変わる。この部分をさらに増強するとさらに別のゲームができるということで追加のゲームとして「陰謀」(参照)なども発売されている。
 ドミニオンで最初にお薦めされる10種類でやったときは、ほへぇ?面白くないことはないが、これって地味な内職型ゲームじゃないのと思った。他のプレーヤーに聞くと、うなっていた。TCG(トレーデイング・カード・ゲーム)ってこんなものと聞くと、違うけどと答えていた。まあ、もう一度やってみますかと、王国のセットを変えてみたら、がらりとゲームが変わった。アクションの連鎖や戦略ががらりと変わり、内職ゲームじゃないな、かなり相手のカードや戦略を読まないといけないとか思う。アクションの面白さに惹かれていると、目的が失念され負けたりする。このあたりで完全に嵌った。これ、面白いぞ。
 歴史好きの私の趣味にも合致している。アクションで実質説明される各概念が面白いのである。宰相(Chancellor)や役人(Bureaucrat)は苦笑だが、民兵(Militia)には爆笑した。市民兵というのは、まさに、こういうやつらなのだ。つまり、盗賊団みたいなものだ。で、この厄介な市民兵に対する市民はどうするかというと、堀(Moat)で防御する。そうそう、城壁の中にいるのが市民なのである。
 ゲームの後、参加した人にその手のうんちく話をしたところ、魔女も堀に落ちるんすかと言われた。落ちるんじゃねーの。「魔女も堀に落ちる」って西洋カルタで言うじゃね。

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2010.12.29

今年は75周年記念になるモノポリーが面白かった

 今年を振り返ると意外とモノポリーをやっていたなと思い至った。あの双六ゲームのモノポリー(Monopoly)である。
 理由は……というほど大した話でもないが……iPhoneアプリにコンピューター対戦版のモノポリーをたまたま見つけて、これなら一人でもできるし、一人でできるなら以前やったが忘れてしまったルールを確かめておきたいというのがあった。これも、なかなかよいですよ。ついでにワールド版のほうのアプリも買ってしまったが、ルールというか面白さは同じ。力士の駒がアニメーションで動くのが笑えるというくらい。ただ、本当に面白いのは実際のボードゲームのほう。

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モノポリーNEW
 もう一つ理由があった。今年はモノポリー75周年記念らしく、そのせいか、ようやく今年になって日本版も世界標準のデザインにリニューアルされたらしい。そりゃいいなと思った。アマゾンで見たら「モノポリー NEW」(参照)とNEWが付いている。が、NEWというより英語版のクラシックに近いスタンダードなものになった(厳密にはルールも細かく整理されたらしい)。じゃあと思って欲しくなった。以前私がやったのは英語版だった。
 私がモノポリーをやっていたのは1992年頃だったと思う。なんとなく集う友人間で始まったのだが、どちらかというと私は傍観者だった。今思い出すと、糸井重里さんが仕掛けたブームのころだったのか。と調べてみると、彼の仕掛けは1986年らしい(参照)。してみると私たちのあれはそうした影響だったのだろう。
 メンツを揃えて久しぶりにモノポリーをやってみると面白い。いやあ、これは面白いもんだなと思った。やったことがない人はやってみることをお薦めする。
 ルールは率直に言って簡単とは言い切れない。が、対象年齢は8歳以上というのは嘘ではない。一度プレイすれば小学生でもできる。これを小学生にやらせておけば、民主党政権にぞろぞろいるような「アナクロティック (C) by Sengoku」(参照)な左翼爺さんみたいな者にはならなくなる……いや逆に資本主義打倒とか言うようになるかな。まあ、そんなことはどうでもいいが、こうしたゲームを通して、"mortgage"とかの感覚を小学生くらいから養っておいてもいいのではないか。牢獄に入れられても適当な対価で出られるという感覚も自由主義国なら普通に子どもが身につけていい感覚だ。
 プレイ時間は意外とかかる。二時間くらいは普通にかかる。現代的ではないなとそこは思うのだが、その後普及しているスピードルールはどうもなじめない。これはしかし私も考えが変わるかもしれない。
 時間を決めて打ち切るというのもしかたないことがあるが、プレーヤーの二人が同じくらいの力で拮抗しているときは、あと10分もすればモノポリーらしい効果で総崩れが起きると思うとなかなか引きづらい。このカタストロフィックな感じはまさに世界大恐慌の思い出が生み出したゲームならではないかと思う(つまり、その点では現代の資本主義とはかなり違う感覚ではないのか)。
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モノポリーディール
 ついでに最近できたらしい「モノポリーディール」(参照)というカードゲームもやってみた。
 カードゲームのモノポリーディールは、当然ながら双六のモノポリーとはまったく違ったゲームなのだが、カードに使われているネタはモノポリーと同じなので似た雰囲気が味わえるし、賃貸料を家やホテルを仕掛けて相手を破産させるあたりはいかにもモノポリーらしい。こちらは、1ゲームが30分くらいで終わる。慣れてくると20分くらいと手短で済む。セットもカードだけなので持ち運びも楽だし、ちょっと見には複雑な印象のルールもだが、かなり簡素にまとまっていてやはり8歳以上でできる(1枚にまとめたルールカードも4人分ついている)。意外にこれはいいなと思ったのは、二人でやってもそれなりに様になることだ。モノポリーはなんとなく気が引けるという人が、最初にこれをやっても楽しいだろう。
 私としてはカードゲームというのはトランプの亜流のようで、ルールとか戦略の美しさというものがないなと思っていた。二人ならジンラミー、四人ならブラックレディーで十分ではないかと。しかし、そうではないな。当たり前といえば当たり前だが、新作のボードゲームやカードゲームには独自の世界観や、対人交渉の独自の面白さがある。


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2010.12.28

[書評]RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語(小林弘利著・錦織良成クリエイター)

 昨年のNHKだったかと思うが、映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」(参照)のロケシーンを見た。本仮屋ユイカ演じる娘が自転車で駅に駆けつけるという場面であった。加えて、ロケ現場の出雲の話などもあり、なるほどこの映画は面白そうだなと思っていた。
 映画の公開は5月29日で、そのころ主題歌が、松任谷由実の「ダンスのように抱き寄せたい」(参照)であることを知った。歌はユーミンが老いを迎える男女の思いを描いた感動的なものでもあった。
 実際に映画を見たのは、鉄道の日、10月14日にDVD・ブルーレイが発売されてからのことだった。

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RAILWAYS
[DVD]
 感動的な映画で、なにより出雲の光景が美しく、ああ、日本という国は美しいものだなとしみじみ思った。
 私は筋金入りの「鉄」ではないが、主人公のように子どもの頃なりかったものは電車の運転手である。まあ、電車は好きな部類なので「鉄」の気持ちは少しわかる。この映画には「鉄」の心の奥底に響くシーンがあるし、DVDの編集にもそれが感じられた。正直に言えば、主人公の筒井肇を演じる中井貴一が運転手の訓練をしているシーンには深く感動した。
 話はタイトルどおり、49歳で電車の運転士になった男の物語である。大手家電メーカーの営業で鳴らしたのち、経営企画室長となり、工場リストラの功から取締役にまで出世という矢先に、そのキャリアを捨て、子どもの頃なりかった故郷のローカル線の運転手となるという話だ。おとぎ話と言ってもよい。
 彼の心を変えたものは何か。故郷の出雲に暮らす老母が倒れ末期の癌であることがわかったこと。リストラされる工場長であった同期の親友が交通事故で不慮の死を遂げたこと。仕事ばかりに専念し家庭を顧みないことから、妻と20歳になる一人娘との家庭が事実上、崩壊していたこと。
 49歳になる主人公の男は、人生の危機が三つも折り重なって、故郷に戻り母の死を看取り、そして子どもの頃の夢を叶えたいという願うようになる。そしてその過程で娘との対話が生まれ、妻との新しい関係が築かれていく。わかりやすい物語であるとも言える。
 映画ではそうした心の動揺や心の転機は映像的に表現されているし、それはすでに十分であるように思えた。映像も美しく、大きな物語の破綻もない。中井貴一は好演であるし、妻役の高島礼子も悪くない。物語には思わぬクライマックスもあるし、静かな感動の余韻もある。
 だが、奇妙な違和感は残った。ネタバレに近いかもしれないが、そこが私にとってはもっとも重要な問題でもあった。
 エンディングで、運転士となった男と東京から訪問した妻が対面するのだが、そこで、妻は「このまま私たち、夫婦でいいんだよね?」と問うのだが、そこがいまひとつわからなかった。
 もちろん物語的にわからないわけではない。妻は東京でハーブ店を経営し順調になり、出雲の運転士の夫に添えるわけではない。別居暮らしになるが、そういう夫婦でもよいでしょうという意味はわかる。さらに前段には、主人公が仕事に専念し家庭を顧みず家族が崩壊に瀕していたことが変化したということもわかる。ただ、何かが違う。
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ダンスのように抱き寄せたい
 違和感は、その夫婦の再生というのは、この物語にどれほどの意味があったのだろうかという点に関わる。なぜこのような物語の仕組みになって、なぜこれがエンディングに来ているのだろうか。物語の構成からすれば、この物語は、夫婦の破局の形を中心に描いているはずなのだが、それが副次的な叙情でしかないのはなぜなのか。
 主題歌のユーミンの歌では、老いた男を老いた女が支えていくというテーマで、「どんなに疲れみじめに見えてもいい。あなたとならそれでいい」となる。映画と歌は必ずしも同じでなくてもよいが、やはり夫婦の再生が問われている。
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RAILWAYS
(小学館文庫)
小林弘利
 そこが気になって、ノベライズした小説「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語(小林弘利著・錦織良成クリエイター)」(参照)も読んでみた。
 ノベライズは映画公開の前に出されているが、映画と独立した作品というより、映画の脚本家に携わった著者によるせいか、映画で沈黙とした登場人物の内面をかなり饒舌に描き込んでいる。小説として感動的な作品であると言ってもよい。プロの書いた達文であり、それゆに非常に読みやすくもあった。美文的な要素もある。ただ、しいて言えば比較的に純文学を好む読者には多少困惑する面もあるにはある。
 先の違和感だがノベライズを読んで、ようやく納得した。話のなかで、主人公の男が人生を転換し、運転士となると妻に告げるシーンが重要だった。映画でもそこで高島礼子(由紀子)が中井貴一(肇)のデコを指ではじくシーンがあるが、そこである。こう描かれている。

 肇はきっと、このデコピンの意味を何度も何度も考えることになるだろう。この自分勝手な男が、自分の夫であると認めた妻からの、それは新たな決意表明のデコピンであったと気づくまでにどれくらいの時間がかかるだろう?
 由紀子はこのとき、彼女なりの切り換えポイントを迎えていたのだった。もしあのまま肇が、会社で働き続けていたら、由紀子のほうから「別れ」を切り出していただろう。店を始めたのには、そのための準備という意味もあった。
 けれど、夫は人生の進路を変更した。ならば由紀子もまた、夫との離婚というひとつの進路を変更すべきだとそう決心した。

 主人公の男が人生の転機で立ち止まり、その先に虚無しかないと気がついたとき、その手前で夫婦関係は崩壊していた。ノベライズで描かれる妻は映画の高島礼子より、もう少しひんやりとしながら、不思議なリアリティを持っている。
 それは例えば、運転士となるための東京での研修で出雲から東京に戻る夫に対してこういう描写に表現されている。

 いるだけでうっとうしいと感じ始めていた夫に対して、由紀子はいないと寂しい、という気持ちにもなっていた。そんなにふうに肇に対して感じるのは、結婚してたぶん三年目以降はまったくなかったのに、いないならいないでいい、ハーブの店を出したときにはほとんどそう思っていたのだ。けれど、肇の体内で新陳代謝が変化したように、由紀子の中でも変化は起こっていた。夫を再び男として感じるようになり、自分の中の女も目を覚ました、という感じだ。
 島根から帰ってくる夫を迎えるためにアロマキャンドルを焚き、いたずら心もあって、イランイランを多めに使ってみた。軽い催淫効果があるというその香りに包まれて、肇と由紀子の間に夫婦の生活が戻ってきた。

 49歳の男とおそらく46歳ほどの女の性関係ということなだろう。そして、映画の最後(ノベライズでも最後)の、「夫婦でいいんだよね?」というのは、たまに会って性関係を結ぶという意味もあるのだろう。
 どうもお下品な推測のようだが、そうしてみて、私としてはこの物語の多重化された基本モチーフがわかったように思えた。さらに言えば、主人公が49歳なのは、脚本家の同年齢の男の内省、特に性的な存在としての内省が深く関わっているのだろう。
 映画でもそうだが、ノベライズでは、男の心情は、しかし、妻との性関係というよりも、母との子の関係を美化して描かれていく。
 率直に言えば、母にとって良き息子が性的な自立を遂げるとは私には思えない。むしろ、母にとって良き息子として若返った男を、若さと生き生きしたものとして妻は受け入れるだろうか。
 老いの扉を前にした男の、人生の虚無や性的な自立は、こういう日本的な情緒性のなかで解消されるものだろうか。
 私はまったく否定するものではないし、その情緒性を日本人的な心情として理解でないこともない。だが、この物語を、初老の夫婦の枠組みで見るなら、またユーミンの歌の描き出した老いた夫婦の物語として見るなら、大きく失われた何かがあるように思えてならない。

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2010.12.27

2010年年末、逸見政孝さん、逸見晴恵さん、頼藤和寛さんを思う

 あっという間に2010年も年の瀬になったと感慨深い。アドヴェントからはさらに速かった。12月に入り師走なので師たる者は走るのだろうと傍観していたら自分が思いがけず忙しくなりブログもままならぬことになった。ようやく少し息継ぎができるまでに戻ったが、ブログの穴が増える間、世間の関心をだいぶ失っていたことに気づく。
 国際情勢や経済の状況などの重要点は見逃さないようにと思ってはいるが、国内政治については民主党に何か言うべきこともない。麻生政権からの転換時にこれはかなりまずいことになる、鳩山元首相の行動は国際的にやっかいな問題を引き起こす、そうしたことは、随分前にブログに記したとおりであり先行してわかっていたことなので、今更の関心もない。麻生政権に戻せるわけもなく、民主党に退散していただいても、日本の内政に大きな変化はない。となれば、菅首相で我慢するのが、「ベストとはいえないまでもベターな選択」ということなる。
 クリスマスの日にはふと逸見政孝さんのことを思い出した。といって個人的な面識があるわけでもないし、もともと民放番組をほとんど見ない私にしてみると、存命の時にファンであったということでもない。が、それなりに知っていた。自分よりだいぶ年長のおじさんだなと思っていた。12月25日が彼の命日である。亡くなったのは1993年のことだ。そのころ私は暇を見つけては旅行などをして、やけくそな30代半ばを越えていたころだった。
 逸見さんが亡くなったのは満48歳であった。仔細は知らないが昨今話題のペンネーム山路徹さんは49歳である。逸見さんが亡くなった年よりひとつ年長である。30代から見れば、へぇご活発なおじさん、そして関係するおばんさんたち、というふうに見えるのだろう。かく言う私は今年53歳になった。かなりまいった。
 うかつだったのが、逸見政孝さんの奥さん、逸見晴恵さんが今年の10月21日に亡くなっていた。61歳だった。死因は肺胞たんぱく症とのことだった。知ったのは逸見政孝さんのことを思い出したクリスマスの日のことだった。晴恵さんとも面識はない。が、ちょっとした関係でお会いする機会を逸したという思いはあり、しばし呆然と天を仰いだ。
 逸見政孝さんは1945年2月16日生まれというから、もうすぐ終戦という時期であった。生まれは大阪なので東京の焼け野原に放り出された赤ちゃんということはなかった。アナウンサーでもあり大阪弁は徹底して矯正したのではないか。奥さんの晴恵さんは1949年6月11日の生まれなので、政孝さんとは4つ年下になる。政孝さんが亡くなったときは、44歳であったのだと当時の若い相貌を思い出す。そして、政孝さんが存命であれば今年65歳になる。菅直人首相が1946年生まれなので、存命なら、まあまだまだ、ああいうナイスなおじさんであったのではないか。

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二十三年目の別れ道
はじめて明かす夫・逸見政孝の
闘病秘話とそれからのこと
(扶桑社文庫)逸見晴恵
 晴恵さんはずっと専業主婦で、おそらく政孝さんがタレント的に注目されなければ、そのまま専業主婦であったのではないだろうか。しかし、政孝さんが1988年にフリーになってからはその事務所の仕事をされ、そして政孝さんががんで亡くなってからは、その思い出と看病の経験を綴った「二十三年目の別れ道」(参照)がベストセラーとなり、その後も医療関係のエッセイや講演を多数こなすようになっていった。傍から見ていると、お子さんたちを養うのは大変なことかなとも思えた。
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黙っているのもうやめた
がん体験者としての
逸見晴恵最新エッセイと対談
逸見晴恵
 偶然ということなのだろうか、がんは身近な病気ということなのか、彼女自身も政孝さんの死の翌年、子宮頸がんを患うことになった。これは初期段階で発見されたが、その治療過程で、血液細胞のがんの一種である骨髄異形成症候群(MDS)であることを知らされた。このことは当時お子さんたちにも知らせてなかったらしい。政孝さんの没後10年の2003年「黙っているのもうやめた」(参照)でこの病を公開した。闘病は長く続いた。死因となった肺胞たんぱく症はその合併症であった。
 逸見政孝さんことはそのご命日にふと思ったのだが、それ以前から、今年は、10年前に53歳で直腸がんの肺転移で亡くなった頼藤和寛さんのことをなんども思っていた。頼藤さんは私よりちょうど10歳年上で、10年前には私からすると随分年長者に思えたものだった。それから10年して私は彼の享年にまで生きたのだなと思った。
 頼藤和寛さんは、1947年12月22日生まれ、大阪大学医学部卒業後、麻酔科、外科を経て精神医学を専攻する。大阪大学病院に勤務し、40代には大阪府中央児童相談所主幹となり、1997年からは神戸女学院大人間科学部教授となった。そのころから新聞コラムや各種の著作で有名になっていた。私もそうした関連で彼の著作をいくつか読んだ。
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人みな骨になるならば
虚無から始める人生論
頼藤和寛
 一冊だけ奇妙な印象の本があった。「人みな骨になるならば―虚無から始める人生論」(参照)である。なにかある虚無の存在のようなものを頼藤さん自身が抱えていてそれに抗弁しているようにも思える。その抗弁は毎度ながらの新聞コラムのようなユーモア混じりでありながら、なにかがずれていた。本当の死というもののある得体の知れないなにかがふと顔を覗かせているようでもあった。一個所クリシュナムルティの引用があるが、訳書からの引用のせいもあり、ああ、これは誤解しているなとも奇妙に思った。
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わたし、ガンです
ある精神科医の耐病記
(文春新書)頼藤和寛
 実際その本を執筆しているときに、彼も気づかずに彼の体はがんにむしばまれ始めていたらしい。そのことは「わたし、ガンです ある精神科医の耐病記」(参照)で知った。
 この本については未だにうまく書けない。もちろん、頼藤さんらしいユーモラスで冷静な筆致で自分の死が迫ることを描いているのだが、53歳になった私が読み返してみても、存在の底からこみ上げてくる恐怖感のようなものがある。

 ま、とにかく、五十三歳の誕生日も二十一世紀も迎えられたし、本書を仕上げることもできた。この調子でいえkば銀婚式もすませることができるだろう。健康だったころには当たり前のように過ごしていた一日一日をありがたいものに感じる。

 十年前の今日あたりの彼の感想かもしれない。
 ということろで恐る恐るこの本をまたも再読した。一個所気になることがあった。そこをもう一度読み返したかったのだが、なぜか見つからなかった。
 おかげでじっくり読むことになったのだが、読後は以前には感じられないさわやかなものであった。理性的であるなら、この年齢で死に直面するというのはこういうこと以外のものではないという明晰さがあった。
 それでも、死への意識、それ自体に独自の悲しみというものはある。そう思える悲しみがどこかしら慈悲のようななにかであるなら、生きていることはそれ自体で意味のあることなのだろう。
 もちろん。


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