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2010.11.06

尖閣ビデオ流出で溜飲を下げる水戸黄門様心情は中国には通じない

 一昨日の深夜から昨日の朝にかけて、日本政府が非公開としていた通称尖閣ビデオ(尖閣諸島近海で海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突した状況を撮影したビデオ)がユーチューブにリークされた。映像からは中国船の横暴が明白にわかるため、なぜこれを非公開としたのかと民主党政権への反発や、またやすやすとリークしたかに見えることから政府の情報管理についても批判の声が上がった。そうした声は今朝の大手紙社説などにも見られた。これだけの世間の話題でもあるのでブログでも言及しておこう。
 私自身は昨日の朝ツイッター経由で該当映像を見た。最初に思ったことは、映像は意外に鮮明だがこれは本物だろうかという疑問だった。本物であれば流出経路が問われることになる。その後の報道を見ていると、流出映像の編集から石垣海上保安部からの流出が疑われるようだ。公開是非が熱く問われる以前のだらしない管理状況から漏れたのではないかという印象が私にはある。
 次に思ったことは既視感だった。非公開とされながらもこれまで報道を超えた部分がなかったことだ。日本テレビ(参照YouTube)やFNN(参照YouTube)がCGで再現した映像と大きな違いはないように思えた。多少気になったのは、黒煙の存在だったが、ネットの掲示板情報「元船員だけど尖閣ビデオの件で何か質問ある?」(参照)が参考になった。さらに同情報には、尖閣ビデオにおける波の状況の分析もあり、その点は専門筋にはすぐに理解されていたことなのだと理解した。
 流出についての世間の動向を見ていて面白いなと思ったのは、尖閣ビデオ流出で溜飲を下げる日本人ならではといった風情の水戸黄門様心情だった。

 黄門「不届き者の中国代官、この後に及んでもシラを通すつもりか。格さん、ビデオを見せなさい」
 中代「……(日本鬼子め何を)……」
 黄門「この映像リークですべてが明白であろう。謝れ、日本に謝れ、二度と尖閣に立ち入るではないぞ」
 中代「ぎゃふん」

 いやはや。普通の中国人にしてみれば、「はあ?私に関係ないし」というくらいだし、反日の声を上げている中国のネットウヨさんにしてみれば、中国漁船の振る舞いは自国領土のために命をはって戦う英雄の光景でしかない。日本的な水戸黄門心情は中国に通じない。これで日本人の溜飲が下がるなら、お安い国内効果でもある。
 実際のところ日本政府がお墨付きでこの映像を公開してしまうのであれば中国政府も困惑するだろうが、日本政府の失態ないし失態という演出でリークした映像であれば、中国政府としては対応しようがない。外交筋でどうこう言える話でもない。
 うがった見方をすれば、日本政府としては中国側には公開するとは言えないし、日本国民の公開せよ熱は高まっているという状況のなかで、結果的に今回のリークはベストなソリューション(解決)だったと言える。これで日本政府お墨付きの公開という悪夢のシナリオは消えたので、対中国政策的には「仙谷」政権はほっとしているはずだ。もう少し早い時点で出てこなかったのはなぜだろうかのほうが疑問になる。
 ついでにいえば、今回リークのバージョンは那覇地検向けなので、このまま日本国民の公開熱が冷まるなら、中国漁船立ち入りなどさらにやばそうな部分の映像について実質的に隠蔽できたとも言える。
 そもそもこの手の政府サイドのリークというのは、どの国でもそうだが政府が一枚板ではない以上、しかたがない面があり、今回のリークも政府側内の勢力が噛んでいると見るのは妥当だろう。では今回はどうだろうか。
 さすがに「仙谷」政権中枢が直接起こした陰謀ということはないだろう。政府内であったとしても中枢に対して反目する勢力か、周辺的な勢力だろうか。リークの機動部隊にも別の思惑があったかもしれない。それにはどのような背景が考えられるだろうか。
 リーク以前の状況から見て、現政権にとって最大の懸案は今月中旬横浜で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に胡錦濤中国主席を出席させ、ぎくしゃくした日中関係の修復を図ることだ。であればその後に「仙谷」政権としても国会に押された形での6分版映像の公開という流れを落としどころとしていたのではないか。今回のリークはその落としどころは結果的に阻止したことにはなる。
 リークの効果が、胡主席の訪日阻止だったとまで言えるだろうか。疑問なのは中国には通じないこの程度のリークで、はたしてそこまでの効果があるものだろうか。ないのではないか。
 むしろ、今回のリークを水戸黄門様心情で喝采し、欧米のウィキリークに模して、機密情報はインターネットにリークされる時代とかのんきな受け止め方(実際のウィキリークは慎重にニューヨークタイムズやガーディアンと事前に連繋している)を見ていると、リーク者がハンドル名「sengoku38」なのも、「うその三八」といったほどのこともなく単に「仙谷さんパー」と言いたいがための愉快犯のようなものではなかったかと思える。つまり、現政権への不満をぶつけただけなのだろう。


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2010.11.05

非核原則が実質的に終わる時代へ

 日本ではベタ記事あつかいだったように思うが、ニュージーランド首都ウェリントンで4日、同国キー首相とクリントン米国務長官が会談し、外交・軍事での戦略的な関係強化を目指すウェリントン宣言に署名した。これによって1985年のアンザス危機以降解消されていた軍事同盟の再構築が目指されることになった。
 非核原則を掲げていたニュージーランドの方向性が実質的に変換すると同時に、この動向は日本の非核原則にも影響を与えることになると思われる。自民党時代にはそれなりに堅持されてきた非核原則が民主党政権下で実質的には終わる時代へと進むだろう。
 今回の宣言は直接アンザス(太平洋安全保障条約, ANZUS:Australia, New Zealand, United States Security Treaty)への復帰を明言したものではないが、内容はそれを示唆していると見てよいだろう。4日付けニュージーランドメディア3news「NZ, US sign Wellington Declaration」(参照)によると、太平洋での問題を協議すること、大臣級定期会合を持つこと、年次軍事会談を持つことが含まれている。さらに、同ニュースにもあるように、両国間の軍事訓練も含まれることになる。このことによって従来世界一平和な国(参照PDF)がさらに一位を超えてゼロ位までアップするかもしれない。
 アンザスは、正式名を見るとわかるように米国、豪州、ニュージーランド間で1951年に締結された軍事同盟の条約だった。アンザス危機が発生したのは、1984年非核原則を掲げるニュージーランド労働党(デヴィッド・ロンギ首相)が政権につき、同国に寄港する船舶に核保有検査を義務づけたことがきっかけだった。
 米国は当時から戦略上、軍船の核兵器保有を明示しないことが原則であったが、新政権の方式により米軍船のニュージーランド入港が不可能になった。事件としては米軍船USSブキャナンの入港拒否がある。この対応に怒った米国はニュージーランドの防衛義務を停止するに至った。また貿易面でも関係が悪化した。インフレは進み失業率は悪化し、国は疲弊した。
 もっともアンザス危機でニュージーランドは、豪州との同盟関係まで断ち切られたわけでもなく、また大英帝国名残りのコモンウェルスの連繋はそれなりに維持されていた。まったくの孤立ということではなかった。小国ならでは利点が生かせたとも言えるし、最後の線は残せるという確信があるからこそ、非核原則を貫いて米国との軍事同盟解消に向かうことができたと言えないこともない。なにより、ニュージーランドの場合は近隣に軍事的な威嚇を行う国がないことも安寧した志向を促していたのだろう。非現実的な逃避を必要とするまでの心理的な切迫感も無かった。その後、ソ連やリビアも本当にニュージーランドが無防備に近いものなのかこの海域まで船を出してみることもあったが、あまりの遠方ゆえその程度で終わった。
 ニュージーランドと同様の非核原則を持つ日本が、自民党政権時代ニュージーランドのような事態に至らなかった理由については、原則適用の曖昧さがあったと見てよいだろう。仮にアンザス危機のような事態を日本が引き起こせば、日米安保条約は解消または空文化し、日本施政権下域への同条約の適用も解消されることになっただろう。そのことのもたらす含意が民主党政権の交代によってようやく見えてきつつある。
 政権交代後の民主党政権以降では不明確ながらも、日本の非核原則の歴史的経緯の明確化に合わせ何らかの再検討を求めているようもであり、それがうまく機能しなければ日本版のアンザス危機が起きる可能性もある。このことは昨年ゲイツ国防長官訪日時にすでに議論されていた。関連記事はジャパンタイムス「A good time to remember the ANZUS alliance's fate」(参照)で読むことができる。
 今回のニュージーランドの方向転換だが、突然の事とはいえない。日本では海上給油すら否定されたアフガニスタン戦争だがニュージーランドは兵も出しているし、アンザス復帰も長く議論されてきていた。が、大きな転機となったのは、2008年のニュージーランド総選挙で、非核原則を立てた与党労働党から1999年以来9年ぶりに国民党に政権交代したことだ。英国や豪州などの政局の動向を見ても、労働党的な政権がより世界情勢の変化に合わせて現実的な政権に変化する傾向がある。かなり遅れた日本でもようやく近隣の危機状況や世界の現実に合わせた政権に今後は移行するようになるかもしれない。

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2010.11.03

北方領土問題を巡るクローリー米国務次官補発言について

 北方領土問題を巡るクローリー米国務次官補発言について、この二日間日本での報道がある。実際にはどうであったか。国内報道との対比で見ていこう。なお、報道検証の意味もありあえて全文引用することもある。
 まず、2日付けNHK「米高官 北方領土で日本を支持」(参照)について。表題は間違いではないが、「北方四島の日本の主権を認めるという立場を明確に示しました」という解釈はやや突出した印象を与えた。


 ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土を訪問したことについて、アメリカ国務省の高官は「北方領土に関しては日本を支持する」と述べ、アメリカ政府として、北方四島の日本の主権を認めるというアメリカの立場をあらためて明確に示しました。
 ロシアのメドベージェフ大統領が1日、ロシアの最高首脳として初めて北方領土の国後島を訪問したのに対し、日本政府は「北方領土は日本固有の領土だ」として、ロシア側に抗議しています。これについて、アメリカ国務省のクローリー次官補は1日、「日ロ間に領土問題があることは十分に認識しており、北方領土に関しては日本を支持する」と述べ、北方四島の日本の主権を認めるという立場を明確に示しました。そのうえで「日本とロシアは平和条約の締結に向けた交渉をすべきだ」と述べ、日本とロシアに対し領土問題の解決に取り組むよう促しました。アメリカ政府は、沖縄県の尖閣諸島めぐる日本と中国の対立については、尖閣諸島が日米安全保障条約の適用範囲だとしながらも、領有権問題については明確な言及を避けています。これに対し、クローリー次官補の発言は、北方四島の日本の主権を認めるという従来のアメリカ政府の基本姿勢を、オバマ政権としてもあらためて確認するものとなりました。

 実際にはどのような発言だったのだろうか。1日付けのクローリー米国務次官補発言はすでに米政府サイトに原文がある。Daily Press Briefing - November 1, 2010である。日本に言及された個所は短いのでそこだけ取り出し試訳を添えておきたい。

QUESTION: P.J., Russian President Dmitriy Medvedev visited Japanese Northern Territory island, and such a high-level visit is the first time through Soviet Union era. And can I have the United States response, and do you recognize Japanese sovereignty over the islands?

質問: PJさん。ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領が日本の北方領土を訪問しました。このようなハイレベル訪問はソビエト時代を含め始めてのことになります。米国としての反応をいただけますか? また米国はこの諸島への日本の主権を認識していますか?

MR. CROWLEY: We are quite aware of the dispute. We do back Japan regarding the Northern Territories. But this is why the United States, for a number of years, has encouraged Japan and Russia to negotiate an actual peace treaty regarding these and other issues.

クローリー氏: 該当地の係争について米国はそれなりに気付いている。北方領土に関しては米国は日本を支援している。しかし、だからこそ多年にわたり米国は、この件やその他の件について、日本とロシアが実質的な平和条約を結ぶよう奨励してきた。

QUESTION: In terms of Senkaku Island, Secretary Clinton just made it clear that it is within U.S.-Japan security treaty, and that is because the islands are controlled by Japan. And in terms of Northern Territories, where does the United States stand? Is it applied to United States and Japan security treaty, Article 5?

質問: 尖閣諸島については、クリントン国務長官が的確に明確にしたように、日米日本国と米国の安全保障条約に含まれる。その理由はこの諸島は日本が制御しているからである。では、北方領土について、米国はどちらに組みするのか? 日米安全保障条約の第五条が適用されるのか?

MR. CROWLEY: That’s a good question. I’ll take that question.

クローリー氏: よい質問だ。留意しておこう。
(別の話題に移る)


 北方領土への日本主権主張について、質問者は"recognize(認識)"を問うているが、クローリー氏は"quite aware of(それなりに気付いている)"として、"recognize(認識)"を避け、曖昧な答弁をしている。無視はしていないし関心はあるということでお茶を濁している。
 米国の立場だが、"We do back Japan regarding the Northern Territories(北方領土に関しては米国は日本を支援している)"として、"But this is why(しかし、だからこそ)"とその否定的に受けて理由付けをし、そこに平和条約交渉を置いている。
 英文を読む限り、米国は日本が北方領土に主権を持つと主張している立場を支援しているが、その立場は平和条約交渉を推進するためのものだ、ということだ。つまり、日本の北方領土主権主張より、日ロ平和条約を日本が結ぶ際のその立場を支援するということが強調されている。
 この答弁を歴史の文脈に置き直すと、微妙な意味合いが出る。1956年の日ソ共同宣言(日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言)では、日本が主権を主張する北方領土については、日ソ平和条約後に歯舞群島と色丹島の二島返還を実施することが前提になっている。
 ソ連の継承国であるロシアとしても日ロ平和条約は歯舞群島と色丹島の二島返還を条件として理解しているはずだし、国際的な日ソ共同宣言については米国も理解しているので、クローリー氏の発言は、その前提条件を曖昧にしているものの、暗黙裏に二島返還先行論は含まれていると見てよいだろう。
 もちろん、二島返還と四島が日本が主権下であることは現時点では矛盾しないが、この発言だけからNHK報道のようにクローリー氏の発言を読むことは少し勇み足の感はある。ただし、この点についてはその翌日の発言で明言された。
 その翌日の発言は、今日になって報道されている。今日付けの産経新聞「北方領土は安保条約対象外 米高官」(参照)である。

 【ワシントン=佐々木類】クローリー米国務次官補(広報担当)は2日の記者会見で、ロシアのメドベージェフ大統領が日本の北方領土を訪問したことに関連し、米国の日本防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条について、「(北方領土は)現在日本の施政下になく、条約は適用されない」と述べた。
 同時に、「米政府は日本を支持し、北方領土に対する日本の主権を認めている」と重ねて強調した。
 クローリー氏の発言は、同5条が適用されるのは沖縄・尖閣諸島のようにあくまで日本の施政下にある領域であり、北方領土はこれに該当しないことを改めて確認したものだ。

 まず重要なのは「2日の記者会見」という点だ。これは先のNHK報道が1日の記者会見をしたのとは別の会見である。こちらの原文は「Daily Press Briefing - November 2, 2010」(参照)である。この会見の昨日になる1日の会見より短く、「笑い (Laughter.) 」の文字が入っているように、おまけ程度の意味合いがある。が、明確な言明にはなっている。

QUESTION: Syria --

質問: シリアについて……

QUESTION: Is there any update? You took a question yesterday about how Article 5 applies to the Northern Territories. I wonder if --

質問: 更新事項はありますか? 北方領土への日米安保第五条適用について昨日質問を取り上げましたね。どうなんですか……。

MR. CROWLEY: Yes, I did. The short answer is it does not apply.

クローリー氏: はい、そうだった。手短な答えは、適用されないということだ。

QUESTION: Is there a long answer?

質問: 長い答えはありますか?

QUESTION: Is there a long answer?

質問: 長い答えはありますか?

MR. CROWLEY: (Laughter.) I mean, just – the United States Government supports Japan and recognizes Japanese sovereignty over the Northern Territories. I can give you a dramatic reading of Article 5 of the security treaty. But the short answer is since it’s not currently under Japanese administration, it would not apply.

クローリー氏(笑い): つまり、米国は日本を支援し、北方領土への日本の主権を理解しているというだけだ。日米安保第五条について心を込めて読み上げることもができるが、手短に言うなら、それは現状日本国施政下にはないので、適用されないだろう。
(シリアの話題に移る)


 1日の会見で、"I’ll take that question.(留意しておこう)"だったために、2日のこの応答が現れた。前回と異なり、北方領土についての日本の主権を明白に認めた形になっている。と同時に、日米安保条約の第五条は北方領土には適用されないということも明確になった。
 日米安保条約の第五条はあくまで同盟国の施政権に対する防衛の軍事同盟であって、施政権外には適用されない。つまり、これは実効支配に限定されると見てよい。
 仮にの話だが、北方領土を自国領土だから防衛にあたるとして日本が武力行使に踏み切った場合、米国は静観するということだ。また同様に仮の話だが、尖閣諸島の実効支配を日本が揺るがし、そのことを自国の施政権への侵害であると見なさない民主党の柳腰外交が続けば、日米安保適用外となる可能性もあるのだろう。
 米国としては北方領土に関する日露問題は太平洋戦争を終結させるという意味でも、また国連における米露の建前からも、日露の平和条約の締結が先行すると見てよく、であれば、やはり1956年の日ソ共同宣言がそのステップになるしかないのだろう。


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2010.11.01

ロシア、メドベージェフ大統領の国後島訪問の思惑は二島返還だろう

 ロシアのメドベージェフ大統領が今日、日本が自国領土と主張する国後島を4時間ほどの短時間だが訪問した。ソ連時代を含めロシアの最高指導者による、日本主張の北方領土への初訪問となる。訪問は9月29日に想定されていたが、日本側からの中止要請を考慮してか延長されていた。今日決行した意図だが、ロシア側に従来にもまして強い領土主張の意図が込められていると見るのが自然だろう。だがその背景となる理由は単純ではないだろう。
 一番の理由は、中国による強行な尖閣諸島海域侵犯と同様、民主党政権による日本の威信の低下である。日本が中国やロシアに対して、自国領土を侵せば痛い目に遭いますよというシグナルを出しつつ、反面ではにこやかに友好な外交を展開しているなら、その笑顔に泥を塗るわけにもいかないという判断にもなる。しかし、9月10日メドベージェフ大統領は訪露した鳩山由紀夫前首相と北方領土問題について会談した際、豆鉄砲を食い続けたようなこの顔なら泥を塗っても大丈夫だろうと判断した。その点では日本国民としても納得せざるをえない部分がある。
 二番目の理由も中国と同様、ロシアのご事情がある。外部から見える範囲で言うなら、経済運営に失敗したロシア政府は、国粋主義的な強攻策に頼らざるを得ない。加えて、2012年に大統領選挙が予定されているために、現大統領としてはマッチョなシグナルを国内向けに演出する必要がある。
 ここが面白いのだが、大統領選で現メドベージェフ大統領が敵対する相手はプーチン首相(前大統領)になりかねない(参照)。ロシア政局の難しいところでもある。単純なストーリーとしては、メドベージェフ氏とプーチン氏が対立しているというものだが、私はこれはプーチン氏がハッパをかけているくらいものではないかと見ている。
 もう一段深い読みをしてみよう。
 今回の国後島訪問だが、実際には二島返還に向けてのシグナルではないかと私は思う。そう見るなら、おそらく内心では祖父をついで二島返還論であろう鳩山元首相との会談で、微妙か珍妙か判断しがたいが、なんらかの合意のようなものがあったかもしれない。しかし、あの会談はさほど重要ではないだろう。メドベージェフ大統領としては以前からこの考えを持っていたからだ。
 2009年2月18日、メドベージェフ大統領は麻生元首相との会談したがそのおり、「新たな独創的で型にはまらないアプローチ」を提案している。これに対して麻生元首相は会談後、「向こうは2島(返還)、こっちが4島では進展しない。これまでの宣言や条約などを踏まえ、政治家が決断する以外、方法はない」と語った。麻生氏も内心では二島返還論または三島返還論に加味した打開策が想定されていた。
 外交手順的にも、1956年の日ソ共同宣言で、当時はソ連ではあったが、平和条約締結後に歯舞島と色丹島の二島を返還することになっている。これはロシア外交も継承しているので、ここまではロシア政権的にも合意が取りやすい。実際のところ今回の国後島訪問でもメドベージェフ大統領は余談レベル以上には日本について言及しておらず、領土問題としての訪島ではないという体裁は繕っている。
 現実論としても、さらに国後島と択捉島を日本に返還するとして、すでに半世紀にわたり居住している人びとは保護せざるをえないので(当然警察力はロシアとなるだろう)、軍事的な意味合いを除けば、日本にとって二島返還と四島返還には実質的な差はつけづらい。海洋域については二島返還でもそれなりに日本側に復帰される。
 現状の困窮したロシア経済を考えれば、サハリン州の日ロ共同開発液化天然ガス工場も順当に稼働させたいし、対中国・対米の関係上、ロシア側としては極東域で日本との関係を友好にしておきたい。おそらくメドベージェフ大統領の脳裏にあるのは、二島返還に加え、「もっとカネを出せ」ということであり、その際、カネにつられて残りの二島民が友好とはいえ日本化するの阻止したいということだろう。
 以上は私の推測でしかないが、そのシグナルの可能性が読み取れないほどの民主党政権かどうかということと、すぐに出てくる四島一括返還論でなければダメだ論の2点が日本側に問われる。
 自民党時代ならこうした難問にまだ展望が開けるのだが、民主党の頭の悪さは底なしの様相を示しているので、複雑な外交の機微が読み取れるのかまったく不明である。また、たかがブロガーの稚拙な意見ですら四島返還論の障害とみなされるようでは、この問題は今後もただ硬直するだけだろう。
 なにより誤解していただきたくないのだが、私は別段二島返還論を支持するものではないということだ。四島返還論でもよいと思う。ただ、それならそれできちんと国家戦略が日本国民にもまたロシアにも伝わるようにしてほしい。だが、それはこの政権では絶望的なのではないか。

追記
 1956年の日ソ共同宣言で平和条約締結後日本に返還される歯舞群島・色丹島についても訪問の予定があるとの報道があった。2日23時付け読売新聞「露外相「大統領は歯舞、色丹訪問を計画」(参照)より。


【モスクワ=山口香子】タス通信によると、ロシアのラブロフ外相は2日、訪問先のオスロで記者会見し、「メドベージェフ大統領は、国後島訪問に満足感を表明しており、他の小クリル諸島の島への訪問を計画していると語った」と述べた。
 小クリル諸島はロシアでは通常、歯舞群島と色丹島の2島を指す。ラブロフ外相の発言は、大統領が国後島以外の北方領土を訪問する可能性を示唆したものだ。同外相は2日朝、大統領と北方領土訪問について話したという。

 歯舞群島・色丹島が明記されたわけではないが、これらの島への訪問が実施されれば、二島返還論プラスアルファによる領土問題の落としどころはかなり難しくなる。それを見越してのブラフをかけている状態ともいえるかもしれないが、日本側から実質的な対応のない現状(駐ロシア大使は報告のためで報復ではない)、事態の推移を見守りたい。

追記
 ロシア側からもこのエントリ筋の読みが出てきた。「露外相、日本との協力「拡大したい」」(参照)より。


 露有力紙コメルサント(3日付)は、日露の経済界で動揺が広がっていると報じ、「日本と深刻に争えば(露政府が力を入れる)極東開発への投資は中国ばかりという結果になる」との露外務省筋の懸念を伝えた。同筋は、ロシアの方針に変わりはなく、平和条約締結後、歯舞と色丹の2島を引き渡す問題について検討する用意がある、と述べている。

追記
 1日付けフィナンシャルタイムズ「Medvedev trip puts focus on islands dispute By Charles Clover in Moscow and Mure Dickie in Tokyo」(参照)で次のように指摘されていた。


Russia is understood to have informally mooted a compromise, such as splitting the four islands, which Japan has refused.

ロシアは非公式に妥協点を模索してきたことを理解している。妥協点には日本が拒否している四島返還の分割が含まれる。


 実質上の二島返還論がロシア側にあるというのは国際的にも理解されていると言ってよい。

追記
 中長期の展望で見ればメドベージェフ大統領の北方領土再訪がないとは言えないが、短期的にはなさそうだ。そしてそうであればこの間、国内で報道された歯舞・色丹訪問という話の偏向がよくわかる事例ともなった。
 10日付け共同「ロ大統領、北方領土再訪問なしか 極東サハリンの当局者」(参照)より。


 【ウラジオストク共同】北方領土を事実上管轄するロシア極東サハリン州の複数の当局者は10日、共同通信に対し「近い将来、メドベージェフ大統領を受け入れる予定はなく、準備もしていない」と述べ、北方領土や同州では今のところ、大統領訪問の兆候がないことを明らかにした。
 大統領は同日、ソウルに到着し、韓国、日本への歴訪を開始。14日午後に日本を出発する予定だが、日本訪問後の北方領土再訪問の可能性は低いとみられる。
 メドベージェフ大統領は10~12日は韓国の李明博大統領との会談や20カ国・地域(G20)首脳会合出席のためソウルに滞在。その後、13~14日に横浜で行われるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議出席のため12日夜に日本に到着する予定。
 北方領土の択捉、国後、色丹各島の当局者によると、10日現在、大統領の受け入れ準備は行われていない。


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2010.10.31

朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」報道の捏造疑惑

 東大医科学研究所付属病院で2008年、同研究所が開発したペプチドワクチンの臨床試験で消化管出血の事例があり、この件について報道した10月15日の朝日新聞記事およびその翌日の関連社説が医療関係者から批判の声が上がっていた。専門的な問題でもあり、一般人には評価が難しいところもあると思いつつ注視してきたが、ここに来て、報道自体に捏造の疑惑が起きてきた。もしそうであるなら、ジャーナリズムにとって重大な問題になる。
 該当の朝日新聞報道だが15日付朝刊1面と39面に掲載された。ネットでは一部「東大医科研でワクチン被験者出血、他の試験病院に伝えず」(参照)で読むことができる。


2010年10月15日3時1分
 東京大学医科学研究所(東京都港区)が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、医科研付属病院で2008年、被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった。医科研病院は消化管出血の恐れのある患者を被験者から外したが、他施設の被験者は知らされていなかった。
 このペプチドは医薬品としては未承認で、医科研病院での臨床試験は主に安全性を確かめるためのものだった。こうした臨床試験では、被験者の安全や人権保護のため、予想されるリスクの十分な説明が必要だ。他施設の研究者は「患者に知らせるべき情報だ」と指摘している。

 朝日新聞報道の枠組みとしては、重篤な副作用のある未承認薬を使いながら、その情報を臨床試験の患者に隠蔽したというものだ。
 人権の蹂躙ではないかということで、その主張は翌日の社説「東大医科研―研究者の良心が問われる」に明示されている。

 新しい薬や治療法が効くのかどうか。その有効性や安全性について人の体を使って確かめるのが臨床試験だ。
 研究者は試験に参加する被験者に対し、予想されるリスクを十分に説明しなければいけない。被験者が自らの判断で研究や実験的な治療に参加、不参加を決められるようにするためだ。
 それが医学研究の大前提であることは、世界医師会の倫理規範「ヘルシンキ宣言」でもうたわれている。ナチス・ドイツによる人体実験の反省からまとめられたものだ。
 東京大学医科学研究所が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、そうした被験者の安全や人権を脅かしかねない問題が明らかになった。
 医科研付属病院で被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」と院内で報告されたのに、医科研は同種のペプチドを提供している他の大学病院には知らせていなかったのだ。

 修辞がおどろおどろしく、あたかも「ナチス・ドイツによる人体実験の反省」がなされていないといった印象を与える。
 批判を受けた東京大学医科学研究所は報道のあった15日に記者会見を開催し、報道の問題点を指摘した(参照)。文書としては20日付けになるが、「朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事について」(参照)で論点を読むことができる。

 しかしながら、この記事には、多数の誤りが見られる。まず、この消化管出血は、すい臓がんの進行によるものと判断されており、適切な治療を受けて消化管出血は治癒している。また、附属病院で実施された臨床試験は、単施設で実施したものであり、他の大学病院等の臨床研究とは、ワクチンの種類、投与回数が異なっている。さらに、最も基本的な、ワクチン開発者の名称が異なっている。より詳しくは、『臨床試験中のがん治療ワクチン」に関する記事について(患者様へのご説明)』をご覧いただきたい。

 詳細は『臨床試験中のがん治療ワクチン」に関する記事について(患者様へのご説明)』(参照PDF)で読むことができる。東京大学医科学研究所の説明は妥当であるように思われる。
 医療ガバナンス学会「 327 朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日)に見られる事実の歪曲について」(参照)では朝日新聞に即して論点がまとめられていてわかりやすい。
 私の理解では、今回の出血は末期のすい臓がんの場合には自然に起こりうることと、また情報の開示については前提となる「通常ではありえない重大な副作用があった」の認識が異なることがある。
 朝日新聞報道ではさらに医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授への名誉を傷つける内容も含まれているが、その件ついては、内憂外患「朝日新聞 東大医科研がんワクチン事件報道を考える」(参照)が詳しいので参照していただきたい。
 私が当初この記事と社説を見たおりは、医療を知らない妙に素人臭い話だという印象をもち詳細がわかならいので困惑した。関連情報がネットにあがるので追いかけてみると、これはとんだ朝日新聞の勇み足ではないかとも思えた。そこで、朝日新聞に誤解や名誉を傷つけることがあれば、それを了解した時点で明記すればよいだろうと思っていた。
 だがここに来て、当の朝日新聞報道そのものが捏造ではないかという疑念が起きてきた。情報は、「医療報道を考える臨床医の会のホームページ」(参照)に依存するので、この会の信頼性についても問われなければならないが、とりあえず公開された内容を読むと、朝日新聞に捏造の疑念が浮かぶ。
 重要なのは、Captivation Network 臨床共同研究施設者連名による「抗議文」(参照PDF)である。連名者の名前からカタリではないだろうと信憑性を覚えるのだが、ネットの公開はここだけのようなので疑念は残る。

(捏造と考えられる重大な事実について)
 記事には、『記者が今年7月、複数のがんを対象にペプチドの臨床試験を行っているある大学病院の関係者に、有害事象の情報が詳細に記された医科研病院の計画書を示した。さらに医科研病院でも消化管出血があったことを伝えると、医科研側に情報提供を求めたこともあっただけに、この関係者は戸惑いを隠せなかった。「私たちが知りたかった情報であり、患者にも知らされるべき情報だ。なぜ提供してくれなかったのだろうか。」』とあります。
 我々は東大医科学研究所ヒトゲノム解析センターとの共同研究として臨床研究を実施している研究者、関係者であり、我々の中にしかこの「関係者」は存在し得ないはずです。しかし、我々の中で認知しうるかぎりの範囲の施設内関係者に調査した結果、我々の施設の中には、直接取材は受けたが、朝日新聞記事内容に該当するような応答をした「関係者」は存在しませんでした。
 我々の臨床研究ネットワーク施設の中で、出河編集委員、野呂論説委員から直接の対面取材に唯一、応じた施設は7月9日に取材を受けた大阪大学のみでした。しかし、この大阪大学の関係者と、出河編集委員、野呂論説委員との取材の中では、記事に書かれている発言が全く述べられていないことを確認いたしました。したがって、われわれの中に、「関係者」とされる人物は存在しえず、我々の調査からは、10 月15 日朝刊社会面記事は極めて「捏造」の可能性が高いと判断せざるを得ません。朝日新聞の取材過程の適切性についての検証と、記事の根拠となった事実関係の真相究明を求めると同時に、記事となった「関係者」が本当に存在するのか、我々は大いに疑問を持っており、その根拠の提示を求めるものであります。

 これが真実であれば、朝日新聞の報道は捏造ということになる。朝日新聞珊瑚記事捏造事件(参照)もひどい話ではあったが、今回は医療の、しかも人命が関わる問題であり、捏造であればあまりに重大な事態になる。
 私の率直な印象だが、そんなことがあるのだろうかという疑念のほうが強く、「医療報道を考える臨床医の会」とやらに私がだまされているのではないかという思いすらある。もしそうであれば、後にそのことを追記して明記したい。
 そうした疑念はあるにせよ、もしそれが真実であれば日本のジャーナリズム史上に残る大問題となりうるので、看過しがたく思った。

Captivation Network 臨床共同研究施設者連名による「抗議文」の入手経路について
 Captivation Network 臨床共同研究施設者連名による「抗議文」の入手経路について、医療報道を考える臨床医の会から回答を得(参照)、同サイトの会見動画で同「抗議文」が朗読を確認しました。「抗議文」が偽作ではないと判断します。同時に、この「抗議文」に対する朝日新聞社の応答を強く期待したいところです。

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