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2010.10.16

政治的だった2010年ノーベル経済学賞

 今年のノーベル経済学賞は、露骨に政治的だったと言えるのでないか。もちろん、ピーター・ダイアモンド(Peter Diamond)教授(70)の受賞が不当だというわけではない。問題は、タイミングだ。
 経済学への学問的な貢献というなら、他、デール・モーテンセン(Dale Mortensen)教授とクリストファー・ピサリデス(Christopher Pissarides)教授とともに確立したサーチ理論(search theory)がノーベル経済学賞(アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞)に値するということに異論は少ないだろう。
 同理論については、同じく露骨に政治的とも言われるなか授与されたポール・クルーグマン教授のブログ・エントリー(参照有志翻訳参照)に簡明な解説があり、「完全雇用」でも失業率がゼロにならない理由を解き明かすとされている。他の解説(参照)によれば、ダイヤモンド教授は、市場価格について「需要と供給」のみ決まるのではなく、市場特有の原因が影響するとし、これを他二人が労働市場に応用したとのことだ。いわゆるニュー・ケインジアンとされる理論らしい。私は詳細にはわからない。
 わかるのは政治的な文脈である。米国オバマ大統領は4月、米連邦準備制度理事会(FOMC: Federal Open Market Committee)にダイアモンド教授を指名した。理由はごく簡単に言えば、オバマ政権が雇用問題に真摯に取り組んでいないのではないかという批判に対して、「では一番の専門家を経済活動に影響を与えるFOMCに据えましょう」として答える意味合いがあった。
 この指名で気にくわないのは野党米共和党である。8月5日、上院夏期休暇の日を狙い、学者には実経験がないと難癖を付け、ダイアモンド教授のFRB理事承認を妨害した。中心となったのは、アラバマ州選出で銀行委員会のリチャード・シェルビー(Richard Shelby)上院議員である。8月6日付けワシントン・ポスト寄稿「Shelby blocks Diamond nomination for Fed Board」(参照)は同議員の言及を伝えている。


"Professor Diamond is an authority on tax policy and Social Security. It is not clear, however, that his background is ideally suited for monetary policy, especially given the current challenges facing the Fed," he said.

「ダイヤモンド教授は税制と社会保障の専門家ではあるが、その経歴は金融政策の点で適任であるかは明らかでない。特に、FRBが取り組んでいる現下の通貨問題についてそれが言える」とシェルビー議員は述べた。


 共和党としては、ダイヤモンド教授への非難と限らず、FRBの金融緩和は結果的に増税と同じであるという認識があるのだろう。
 いずれにしても、ダイヤモンド教授のFRB理事承認が米国内で政治的に紛糾しているなか、同教授にノーベル経済学賞が与えられた。実際上、この問題をオバマ大統領の意向通り、つまり米国民主党の意向どおりに押し切るための助力となったわけだ。さらに言えば、米民主党の零落が予想される中間選挙に国外からエールを送った形にもなった。
 シェルビー議員はそれも気にくわない。11日付けワシントン・ポスト寄稿「Nobel economics prize: Peter Diamond, Dale Mortensen, Christopher Pissarides share award」より。

Shelby, in a statement, said that "while the Nobel Prize for Economics is a significant recognition, the Royal Swedish Academy of Sciences does not determine who is qualified to serve on the Board of Governors of the Federal Reserve System."

「ノーベル経済学賞に貴重な見識があるとしても、スウェーデン王立科学アカデミーには米国FRB理事を決める決めることはできない」ともシェルビー議員は述べている。


 負け惜しみというところだろう。
 とはいえ、12日付けニューヨークタイムズ社説「A Nobel Prize for Peter Diamond」(参照)のうように"But it’s quite a third-party endorsement.(しかしこれは第三者からの授与である))"というのも事実ではあるものの嘘くさい。
 私としては他国の中央銀行の人事がどうあるべきかについては、日銀みたいな中央銀行を持った国民としては、何を言ったらよいのかわからないし、米国共和党の児戯に等しい対応も苦笑する。それでも、こうした経緯を見るかぎり、今年のノーベル経済学賞は極めて政治的だったとは言えるだろう。

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2010.10.14

中国によるパキスタンへの核武装強化の支援

 中国によるパキスタンへの核武装強化の支援がやっかいな問題を引き起こしている。ざっと見たところ日本での報道はほとんどないようなので触れておきたい。
 話のきっかけは、昨日のエントリー「北朝鮮の核開発が一段と進展するなか中国は非核化にコミットしない」(参照)と同様に米国科学・国際安全保障研究所(ISIS: the Institute for Science and International Security)の報告によるものだ。該当の報告は5日付け「Construction of Third Heavy Water Reactor at Khushab Nuclear Site in Pakistan Progressing」(参照)である。報告自体は簡素なもので表題通り、フシャーブ県で第三の重水炉の建設が進展しているというものだ。
 ISISの報告はわかる範囲の事実を淡々と述べているだけなので返って意味がわかりづらいが、この問題を扱った5日付けAFP"Pakistan steps up nuclear construction"(参照)は簡素にこの各施設がプルトニウム産出の重要点になること("Khushab site which is key to plutonium production.")を指摘している。同記事では、この施設が初期時点では中国の支援によってなったものだとも言及している。


Western analysts believe that China initially assisted Pakistan in developing Khushab nuclear site to produce plutonium, which can be miniaturized for cruise missiles -- presumably aimed at India.

西側専門家は、プルトニウムを産出するフシャーブ県の核施設は初期時点では中国の支援によったと見ている。産出されるプルトニウムは小型される巡航ミサイルに搭載され、おそらくインドを標的としている。


 この話題については、10日付けテレグラフ「Pakistan's nuclear arms push angers America」(参照)は、米国オバマ大統領が推進する核軍縮に対する挑戦という構図で描いていた。

But Pakistan, which is deepening its nuclear ties to China, has blocked the Conference on Disarmament from starting discussions, saying a cut-off would hurt its national security interests.

しかしパキスタンは、中国と核化の関係を深めつつ、核軍縮会議を冒頭から阻止してきた。核削減はパキスタンの国益を毀損するというのである。


 問題の中心はパキスタンにあるのだが、国際的な構図上は米中の核戦略にある。

The Obama administration is also disturbed by Chinese plans to build two new nuclear reactors in Pakistan, bypassing Nuclear Suppliers Group (NSG) rules that bar sales of nuclear equipment to states that have not signed the Nuclear Non-Proliferation Treaty (NPT).

(核軍縮を推進する)米国オバマ政権は、パキスタンに二基の原子炉建設を計画する中国に妨害されてきた。中国は、核拡散防止条約(NPT: the Nuclear Non-Proliferation Treaty)に署名していない国に核施設の販売を禁じる原子力供給国グループ(NSG: Nuclear Suppliers Group)ルールを無視してきた。

India, which along with Israel and Pakistan has refused to sign the NPT, recently obtained a waiver from the NSG allowing sales under international safeguards.

イスラエルやパキスタン同様NPTを批准しないインドは、最近、国際保全のもとにNSG認可によって免責を得た。

China, however, says it does not need NSG permission to sell reactors to Pakistan, arguing it had committed to the deal before it joined the NSG in 2004–a claim the United States disputes.

しかし中国は、パキスタンに原子炉を売却する上でNSG認可は不要だとしている。中国としては、この売却が米国が非難する要件を持つNSGに加盟する以前だとしているからだ。


 中国にも中国の理屈があり、またインドのNSG免責は西側諸国のご都合ではないかという批判もあるだろう。だが、現実を見れば、インドの核化は既定でありパキスタンも対抗して核化した以上、この均衡を取るしかない。しかも、パキスタンについていえば、実質アフガン戦争の主体であり、タリバンがパキスタン核を入手または支配する危険性もあり、国際社会はパキスタンを抑圧せざるをえない。他方、中国はといえば、これは対インドの軍事関係上のバランスからパキスタンに肩入れしているのだが、よりによって核を選んでいるにすぎない。
 昨日の「北朝鮮の核開発が一段と進展するなか中国は非核化にコミットしない」(参照)の元になったISISによる北朝鮮の核の情報も、報告書に明記されているように、パキスタン側からの情報が含まれている。なにより日本という文脈でいえば、「北朝鮮核実験実施: 極東ブログ」(参照)でも言及したが北朝鮮の核実験の予備段階はパキスタンで行われていたと見てよい。
 では中国がパキスタンや北朝鮮の核化について背後で糸を引いているのかというと、面白いことにそうした意識はあまりなさそうだ。単純に言えば、ロシアもそうだが、核兵器の拡散を通常兵器の延長くらいにしか見ていない。にも関わらず、核拡散防止が国際的に正しいと国際社会が言うのなら、中国という国は言葉の上では正しい振る舞いを律儀にしようとする。例えば、9月21日のCRI「中国、パキスタンとの核協力は平和目的」(参照)などは滑稽な印象を伴う。

 中国外務省の姜瑜報道官は21日に、北京で、「中国とパキスタンが進めている民用核エネルギー分野での協力は、平和目的だ」と強調しました。
 姜瑜報道官は関連質問に対し「中国とパキスタンとの相互協力は、各自担う国際的義務であり、IAEA・国際原子力機関の監督を受け入れている。報道されている両国が協力して建設しているチャシマ原発の第3期、4期の工事は、すでにIAEAに関連情報を知らせ、監督を申し込んでいる」と述べました。(朱丹陽)

 重要なのは、中国の、結果的な核化拡散の攻勢をできるだけ国際社会の話題の上にあぶり出し、国際社会の正しい振る舞いを表示し、これに中国を従わせることだろう。
 そしてその最先端に立つのは、非核原則を持ち、武力攻撃を放棄した平和日本であるべきなのだろう。
 米国は9月15日オバマ政権初の臨界前核実験を米ネバダ州エネルギー省の核実験場で実施した。この件については日本でも報道があり、核廃絶に反するということで日本からも非難の声が上がった。同じように、パキスタンの核化を実質推進することになる中国の核戦略についても非難の声を上げていなくてはならない、はずだ。


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2010.10.13

北朝鮮の核開発が一段と進展するなか中国は非核化にコミットしない

 北朝鮮の核開発が一段と進んでいる。国内報道がないわけではないが、重要な問題のわりにあまり注目されていない印象があるので言及しておこう。
 ざっと見渡すと毎日新聞とNHKの報道が目に付いた。問題の概要を知ることと、日本での報道を検証する意味もかねて9日付け毎日新聞「北朝鮮:ウラン濃縮、開発拡大 米研究所「試験的生産」--「実験成功」裏付け」(参照)から見てみよう。


【ワシントン草野和彦】米シンクタンク「科学・国際安全保障研究所」(ISIS)は8日、北朝鮮のウラン濃縮計画が「実験」から「試験的生産」へ拡大した可能性があるとの報告を発表した。今後、北朝鮮の核を巡る交渉が再開された場合は、ウラン濃縮計画の破棄に優先的に取り組むべきだとも警告した。

 報道のきっかけは、記事にも言及されているように、米国科学・国際安全保障研究所(ISIS: the Institute for Science and International Security)の報告書によるものだ。
 同報告書のオリジナルは同研究所のサイトで "Taking Stock: North Korea's Uranium Enrichment Program"(参照PDF)として公開されて、誰でも閲覧できる。
 毎日新聞の記事はAFP"NKorea forging ahead with uranium weapons work: study"(参照)以上の内容は含まれていないので、記者がオリジナルの報告書を参照したかはよくわからない。
 同種の欧米報道としては、7日付けワシントン・ポスト記事「N. Korea pressing forward on nuclear program, report says」(参照)が詳しい。
 今回のISISの報告書をどう受け止めるかだが、見方によってはとりわけ衝撃的な内容ではないとも言える。すでに北朝鮮は昨年9月の時点で国連安保理に向けて、ウラン濃縮実験が成功し完了段階に入ったと報告しており、なるほど北朝鮮は有言実行であるということでもある。
 とはいえ、北朝鮮の核問題を扱う国際的な枠組みとしての六か国協議では、ウラン濃縮の問題よりも、実際の核実験に利用されたプルトニウムによる核兵器が重視されてきた。今回の報告が提起するのは、国際的により包括的な北朝鮮対応が求められることだ。
 NHK報道も毎日新聞報道に似ているが、こちらは中国の関与を明確にしている。9日付け「北朝鮮 ウラン濃縮技術進展か」(参照)より。

そのうえで報告書は、北朝鮮がウラン濃縮に必要な物資を隣国の中国を介して調達したケースが頻繁に見られるとして、中国の対応を批判しました。北朝鮮は核問題をめぐる6か国協議の再開に2年近く応じておらず、今回のアメリカのシンクタンクの報告書は、北朝鮮による核開発を食い止めるため、中国を含めた国際的な取り組みを急ぐよう警告しています。

 六か国協議の枠組みで、北朝鮮の核化抑制でもっとも期待されている中国が、端的に言えば、最大の問題になっている。実質北朝鮮の核化をバックアップしているからだ。
 さらに中国は、米国側からのこうした報告のさなかに、金正恩の権力ショーに中国共産党の周永康政治局常務委員を堂々と参加させている。このことは、「北朝鮮による核開発を食い止めるため、中国を含めた国際的な取り組み」とやらが、すでに明確に機能していないことを示している。米国オバマ政権の対北朝鮮政策がすでに破綻していることも同時に意味している。
 プルトニウムについての問題も提起されている。NHKの報道には言及がなく、毎日新聞記事では次のように曖昧な言及があるが、これだけでは意味が取りづらい。

 ISISは先月30日、北朝鮮の核施設の無能力化措置として爆破された寧辺(ニョンビョン)にある黒鉛減速炉の冷却塔跡地で、何らかの建設工事が進んでいることも明らかにしている。

 先のAFPやワシントン・ポストの記事などを参照するとわかるが、この新施設はプルトニウム生産設備の疑いが濃い。
 いずれにせよ対応は六か国協議の枠組みが基点になるのだが、この対応上で難問となるのは、先月行われたカーター元米国大統領の北朝鮮訪問の際、彼が出した混乱したメッセージである。9月15日のニューヨークタイムズに「North Korea Wants to Make a Deal」(参照)として寄稿されている。朝鮮半島の離散家族問題への前向きな対応の文脈で。

Seeing this as a clear sign of North Korean interest, the Chinese are actively promoting the resumption of the six-party talks.

北朝鮮国益の明確な兆候を見つつ、中国は六か国協議再開に注力している。

A settlement on the Korean Peninsula is crucial to peace and stability in Asia, and it is long overdue. These positive messages from North Korea should be pursued aggressively and without delay, with each step in the process carefully and thoroughly confirmed.

アジアの平和と安定において朝鮮半島問題の解決は重要であり、すでにその解決期日を超えている。北朝鮮からのこれらの前向きなメッセージは、各段階を注意深く推進しつつも、精力的に遅延なく推進されるべきである。


 カーター元大統領は今回の訪問で、北朝鮮の権力が金正恩に継承されるのはただの噂にすぎないと中国筋の奇っ怪な情報を振りまいて国際的な失笑を買ったものだが(参照)、こちらの提言は失笑で済ますには非常に危険なものになっている。
cover
誰がテポドン開発を許したか
クリントンのもう一つの“失敗”
 繰り返すが、すでに中国は、北朝鮮の核化が進むという報道のさなかに北朝鮮を支持する表示を行うことで、北朝鮮の非核化にはコミットしていないという明確なメッセージを出しているのである。
 対中問題という文脈で言うなら、尖閣諸島のいざこざなどたいしたことではないと思えるほどの問題がここに存在している。

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2010.10.12

2010年8月のルワンダ大統領選挙について

 これからの「正義」について安全な場所で富裕な人びとが知的に討議することにも意味がないわけではない。現実のこの世界で「正義」を問うことが難しいだけだ。前回のエントリー「国連報告書によるルワンダ現政府軍による虐殺(ジェノサイド)」(参照)もそうであった。だからこそまず、オバマ大統領が強調しているように、国際社会で許されざる「ジェノサイド(genocide)」という問題を、いわゆる日本語の「虐殺」の文脈から区分して考える事例を挙げた。他方、現下のルワンダの状況についてはあえてあまり踏み込まなかった。が、少し補足しておいたほうがよいのかもしれない。
 ルワンダの状況で特筆すべき事は8月9日の大統領選挙の実施である。国内でも報道された。比較的詳しく、微妙な陰影のある12日付け朝日新聞記事「ルワンダ大統領選、カガメ氏が再選 得票率は約93%」(参照)を一例として見ていこう。ジャーナリズム検証と事実を述べた記事でもあることから、あえて全文引用する。


 【アンタナナリボ(マダガスカル)=古谷祐伸】ルワンダで9日に大統領選があり、中央選挙管理委員会は11日、現職ポール・カガメ大統領(52)が、約93%の圧倒的な得票で2期目の当選を果たしたと発表した。任期は7年。順調な経済成長の維持と、強権的と批判される政治手法の改善が2期目の課題となる。
 今回、カガメ氏のほかに3政党から3人が立候補したが、いずれもカガメ氏の与党・ルワンダ愛国戦線と連携する政党の所属。カガメ氏と対立する野党候補らは手続きの不備を理由に出馬を認められず、大統領選は出来レースと見られてきた。
 ロイター通信などによると、11日の選管発表後、首都キガリのバスターミナルで手投げ弾が爆発し、7人が負傷。反対勢力による犯行の可能性がある。
 カガメ氏は、1994年に少数派民族ツチなど80万人が犠牲になった大虐殺の後、反政府勢力を率いて多数派民族フツ系の政府を倒し、実権を掌握。00年に暫定大統領に就き、03年の大統領選で選ばれた。資源は少ない国だが、IT化を推進するなど基盤整備を進めて投資を呼び込み、08年に国内総生産(GDP)の成長率11.2%を記録するなど、高い経済成長を維持してきた。

 重要なのは、この選挙が出来レースであるという点だ。
 そしてなぜ出来レースなのかといえば、「カガメ氏と対立する野党候補らは手続きの不備を理由に出馬を認められ」なかったためで、それだけ見れば、当然公正な選挙とは言い難い。だから反対勢力と見られる暴力活動があったことも記されているし、なにより「強権的と批判される政治手法」とも言われる。バランスのよい記事でもあるが、その内情までは描ききれない。
 通常の国ならば、独裁政治による不当な選挙と批判されがちだが、ルワンダおよびカガメ大統領にはあまり風当たりは強くはない。日本でもあまり話題にすらなっていないと言ってもよいだろう。
 日本のブロガーがどのように見ているか、ざっと検索したところ、「低気温のエクスタシー(難民キャンプ)byはなゆー」というブログのエントリー「ルワンダ大統領選の潮流は「民主主義よりゼニ(明日のメシ)」(参照)に次のような短いが、典型的なコメントがあった。

★カガメ体制への懸念を強めているのは主に知識階級や欧州先進国であり、背に腹は替えられないルワンダ大衆は「民主主義よりゼニ」「民主主義より明日のメシ」「言論や表現の自由より、衣食住」を選択するものと考えられる。

 つまり、カガメ体制を批判しているのは、知識階級や欧州先進国であって、ルワンダ国民は経済を重視して、「強権的と批判される政治手法」を支持しているという見解である。
 朝日新聞記事にもあったように、強引な選挙とはいえ、約93%の得票はあまりに圧倒的であり、国民の信任があると言えるだろう。
 非欧州先進国ではない日本人の大半はそう見ているのかもしれない。だが、おそらくイデオロギー的な見解を先行させないのであれば、単に情報が十分には日本に伝達されていないこともあるだろう。
 「知識階級や欧州先進国」の代表とも見られるのかもしれいないが、Human Rights Watchは選挙前に「ルワンダ:大統領選挙に向け、現政権に批判的なグループに対する弾圧 強まる」(参照)において、これまでの弾圧の経緯を詳細に報告していた。これを見ると、朝日新聞が「強権的と批判される政治手法の改善が2期目の課題」とする以上の懸念を抱かざるを得ない。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは、過去半年の間に、野党勢力やジャーナリスト、NGO活動家、反体制活動家などに対する脅迫や、嫌がらせなどの人権侵害を明らかにしてきた。これらの人権侵害は、行政処分から、逮捕や殺人にまで及ぶ。
 今回の大統領選挙への立候補者は、現職のポール・カガメ大統領(ルワンダ愛国戦線、RPF)、ジョン-ダマスネ・ンタウクリヤヨ(Jean-Damascène Ntawukuriryayo:社会民主党)、プロスぺー・ヒギロ(Prosper Higiro:自由党)、アリベラ・ムカバランバ(Alivera Mukabaramba:進歩調和党)の4名。
 カガメ現大統領に挑む3候補は、有力な対抗馬ではないとされている。これら3党(社会民主党、自由党、進歩調和党)は、カガメ現大統領のルワンダ愛国戦線(RPF)への大幅な支持を表明してきており、ルワンダ国民も「真の」反対勢力とはみなしていない。
 これに対し、RPFの政策を公に批判してきた3党(PS-インベラクリ党、民主緑の党、FDU-インキンギ党)は立候補者の擁立を許されなかった。民主緑の党、FDU-インキンギ党は登録を阻止され、PS-インベラクリ党の党首は拘束中のためである。これらの党の党員は、脅迫や嫌がらせの被害に遭っている。
 更に、独立したジャーナリストの多くは発言の自由を奪われ、主要2新聞は発刊停止となった。

 さらにこの記事には弾圧の詳細な年表が続く。一部を引用しよう。

 :
6月19日
 南アフリカに亡命中の元ルワンダ政府軍幹部、カユンバ・ニャムワサの暗殺未遂事件が起きる。
 :
6月24日
 ウムヴギジ新聞のジャーナリスト、ジョン-レオナード・ルガンバゲ(Jean-Léonard Rugambage)が、夜キガリの自宅外で射殺される。その朝、ウムヴギジ新聞のオンライン版で、ルガンバゲが入手した情報に一部基づいた記事が公開されていた。記事では、南アフリカで起きたカユンバ・ニャムワサ暗殺未遂事件にルワンダ上級当局者が関与していると報道されていた。
 :
7月13日
 民主緑の党副党首のアンドレ・カグェ・ルウィセレカが行方不明になったと報道される。彼の車は南部の町ブタレ(Butare)近辺で発見された。
7月14日
 民主緑の党、ルウィセレカ副党首の切断された遺体がブタレ近郊で発見される。
7月16日
 ルウィセレカ副党首を最後に目撃した言われる、トーマス・ンティブグリズワ(Thomas Ntivugurizwa)を殺人の疑いで警察が逮捕。

 現状では十分な情報もなくカガメ政権の所作であるとは断定できないが、ヒューマン・ライツ・ウォッチの記載からは非常に疑わしいものではあると言えるだろう。
 ルワンダは主権国であり、多くの問題を抱えつつも現状明白な大規模な人権侵害の状況にあるとはいえない。ヒューマン・ライツ・ウォッチが示した懸念もあるが、国際社会も懸念を持って見守る以上のことはできそうにはない。
 カガメ政権は多数の支持を得ていることに加え、軍部も掌握しているので、クーデターといった懸念もない。だが、ヒューマン・ライツ・ウォッチの記載にもあるように軍部内の軋轢がないわけでもない。
 にも関わらず、これだけの国民多数の支持を得ながら、絵に描いたような弾圧をカガメ大統領が行使しているのはなぜだろうか?
 8月5日付けガーディアンに寄稿されたPhil Clark氏による「Rwanda: Kagame's power struggle」(参照)が興味深く、この問いに答えている。

The answers lie inside the RPF. Contrary to depictions of a cohesive, repressive state, the RPF is a deeply divided, fragile, paranoid party. It has a tendency to pursue innovative social policies during the good times but to lash out during periods of perceived uncertainty.

(政党RPFのカガメ政権が弾圧を必要とする)理由はRPF内にある。結束力があり弾圧的な政党として描写されるのとは逆に、PRFには深刻な内部分裂があり、脆く、妄想的な政党なのである。良い時期には革新的で社会的な政策を推進してはきたが、不確実な時期には外罰的な傾向を見せてきた。

The RPF is a motley coalition of hardliners and reformists. As I argue in a forthcoming book on post-genocide politics and justice in Rwanda, the highly factional nature of the RPF has been a central – and often overlooked – feature of recent policy-making in Rwanda.

RPFは強固派と改革派の雑多な連合である。ジェノサイド後の政策と正義を扱った、私が近く刊行する書籍で議論したように、RPF内の高度な対立的な性質が、ルワンダの近年の政策決定の中核的な、そしてしばしば看過される性質である。


 このことは見守るべき国際社会に対しても非常に興味深い示唆をもたらす。

Human rights critics have preferred to lambast the hardliners and paint Rwanda as an international pariah, rather than forging relations with powerful reformists. Failure to engage with moderate leaders within the RPF has further isolated them and empowered the old guard.

人権活動家は、力強い改革を伴った国際関係よりも、強権性を非難し国際社会からのつまはじきと見たがる。RPF内の穏健派指導者と関係持つことの失敗から、穏健派を孤立させ、古参強行派を力づけてしまう。


 現状のルワンダを人権的に非難することが、ルワンダ国民にとって有効ではない仔細と見ることもできる。
 重要なことは、カガメ大統領が強権的となる背景の、RPF内の亀裂に対して、緩和志向の穏健的な指導者たちが優位になるよう、国際社会が導く外交だろう。
 ただし、このエントリーでも十分に触れることができないし、Phil Clark氏の議論からも欠落しているようだが、そもそも亀裂には経済的な利権が反映している。国民経済の改善が優先されるというナイーブな見解よりも、経済利権の構図がそのまま亀裂に反映していることの問題である。
 RPFの脆弱性は、現状、さも結束しているかに見えるルワンダという国の内在的なもろさにも直結しかねない。8月10日付けGlobalPostに寄稿したJon Rosen氏の記事「Rwanda: Kagame wins landslide victory」(参照)が描いている。

While 85 percent of Rwandans are Hutu, Kagame, the bulk of the RPF hierarchy, and much of the country’s brightest young talent are Tutsi. By calling for investigations into genocide-era crimes committed against Hutu and warning of future violence if Hutu are not given more political space, Ingabire has drawn attention to ethnic divisions in a manner many view as dangerous to national security.

ルワンダの85%はフツ人だが、RPF最高幹部のカガメ氏や、この国の有能な青年の多数はツチ人である。インガビレ氏は、もしフツ人に対して政治参加の余地を与えないまま、フツ人に対するジェノサイド時代の犯罪調査を推進し、未来の暴力を警告すれば、国家保全に危機と見られるほどの民族対立になるという注意を提起している。


 同記事ではインガビレ氏のこの見解に、それこそが民族分断をもたらすとの反論にも触れている。
 しかし、私は大筋ではインガビレ氏の見解が正しいだろうと思う。90%を超えるほどの政権への賛同だが、それ自体が脆弱性を現していることは、歴史が教えるところでもある。

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2010.10.10

国連報告書によるルワンダ現政府軍による虐殺(ジェノサイド)

 国内報道がないわけではないが、これもブログのエントリーとして拾っておいたほうがよいだろう。ルワンダ現政府軍が1996年から1997にかけて隣国ザイールに避難したフツ人を虐殺したと、1日、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が報告書を出した件である。
 日本語では「虐殺」という一語で議論されがちだが、英語ではテーマによって、atrocity(アトロシティ)、massacre(マサカー)、genocide(ジェノサイド)と分けられ日本ほどの混乱はない。アトロシティは非人道的な虐殺で主に戦闘・戦争による残虐行為、マサカーは流血・殺害の事態性である。この2つの単語は見方によって使い分けられることもある。南京大虐殺は、"Nanking atrocities"とも"Nanking massacre"と呼ばれる。天安門事件は、その流血の惨事の面では、"Tiananmen massacre"と呼ばれるが、"Tiananmen atrocities"と呼ばれることは少ない。
 これに対して、ジェノサイドは特定の民族を狙った殺害で、近代的には政府が関与した組織的な虐殺が問われる。ジェノサイドは局面においては、マサカーでもあるが、その本質ではない。
 この区別は日本人には難しいようだ。映画「ホテル・ルワンダ(Hotel Rwanda)」(参照)が公開されたおり、映画の元になった出来事を指して、これを遠いアフリカの出来事として観ても意味がなく日本人なら関東大震災の朝鮮人虐殺事件を想起すべきだと評した映画評論家がいたが、流血の惨事を強調したあの映画なのでそうした印象を与えてしまうのはしかたがない。だが、ルワンダ虐殺(Rwandan genocide)の本質は、ジェノサイドにあり、ジェノサイドとしての構図をきちんと理解することが重要になる(参照)。
 もっとも朝鮮人虐殺事件も日本政府が関与したジェノサイドであるという意見もあるだろうが、大川常吉・横浜市鶴見警察署長が職務として朝鮮人を保護していた事例もあり、概ね国家権力による特定民族を組織的に虐殺したジェノサイドとは区別されるものだろう。
 また、マサカーもジェノサイドも人を殺すという点では同じだから同じように扱ってよいという、いえば絶対平和主義とでもいうような宗教的な見地からの意見もあるかもしれないが、それでは現在の国際社会が、なかんずくオバマ大統領が、ジェノサイドに対する厳しい態度を取る理由も曖昧になってしまう。宗教的な信念と国際社会の規範は分けて考えるべきだろう。
 20世紀後半の世界最大のジェノサイドといえば、ルワンダ虐殺(Rwandan genocide)であり、こうした事件を二度と起こさないようにと国際社会は誓ったかに見えたが、21世紀に入るやダルフールでジェノサイドは発生した。ここでもスーダン政府軍の空爆などでその地の民族が組織的に虐殺された。
 映画「ホテル・ルワンダ」を教訓として、日本人も虐殺を止めようになるべきだというのは、あの個別の局面としては正しいかもしれないが、ジェノサイドで向き合うことになるのは政府軍や組織的な武装勢力なのである。市民が虐殺を食い止めようと正規の軍隊や武装勢力に個別に抵抗することは、虐殺をさらに深刻なものするのは火を見るよりも明らかである。
 ルワンダ虐殺の政府軍関与や組織性は事件当初から明らかではあったが、残念ながら芸術的な映画によって、そうした側面の誤解も一部に広がったこともあったかもしれない。
 1994年でジェノサイドは終了したかに見えたが、1996年から1997年にかけて、ルワンダ隣国ザイール頭部(現コンゴ民主共和国領内)に避難していた多数のフツ人の女性や子どもに対し、ルワンダ政府軍が虐殺を行っていた。今回の国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は報告書はこの件について、ジェノサイドの「疑いがある」と報告した。だが、断定は避けている。
 報告書が国際社会に大きな波紋を投げかけたのは、1994年のジェノサイドを収拾したはずの、現在に続く新政府が報復のようなジェノサイドに関与していた可能性を明らかにしたことにある。
 つまり、現在のルワンダの大統領であり、虐殺後のルワンダを再建したと評価の高いカガメ(Paul Kagame)大統領だが、彼が当時副大統領として事実上統率していた政府軍に対して、ジェノサイドが問われるようになった。カガメ大統領自身も、スーダンのバシル大統領のように国際的な犯罪者に問われかねない。
 報告書はジェノサイドの断定については、国際司法裁判所が決めることだとしているが、ルワンダ政府は公表以前にこの報告書の草案を察知し、発表すれば、ダルフールに同国から派遣している国連平和維持活動(PKO)部隊を撤退させると脅しをかけた。国連はそれに屈することなく発表に至った。
 発表後もこの報告書について、国連の背景に国連の失態を糊塗するといった非難もある。また、現ルワンダ政権への反発を正当化し、政情を不安定化させるといった非難もある。後者については当然とも言える非難だろう。
 どうしたらよいのか。当然ながら、大変な難問である。
 だが大筋としては、事実をより明らかにし、ジェノサイドの罪責を明確にするしかないだろう。この問題を論じた3日付けフィナンシャル・タイムズ社説「Justice in Congo」(参照)も、その方向性を打ち出していた。


Having used the most severe of language to describe these crimes, there is now an onus on the UN to pursue justice for the victims, ensuring that, through legal process, what happened and why is established more precisely. If, as Rwanda and others fingered in the report contend, the allegations are malicious and false, it can only be in their interests to co-operate.

この犯罪を極めて厳格に表現してしまったからには、国連には、何が発生し何が残ったかをより正確に司法手続きによって、犠牲者へ正義として追究する責務がある。もし、ルワンダ政府や報告書に記載された関連組織が反駁するように、この申し立てに悪意が潜んでいるというなら、その視点からのみでも、追究に向けて協力することができる。


 読み方の難しい英文で、おそらく、このような報告書を現時点で出すことの是非に対する疑念も潜んでいる。しかし、報告書を出してしまった以上、正義は正義として追究されなければならないとしている。
 主権ある国家を崩壊させる懸念を侵してまで、正義を追究する必要があるのだろうか。少なくとも、ジェノサイドはその必要性を問いかける大きな問題である。

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