« 2010年9月26日 - 2010年10月2日 | トップページ | 2010年10月10日 - 2010年10月16日 »

2010.10.09

来年は證厳法師にノーベル平和賞を

 今年のノーベル平和賞は劉暁波氏に決まった。違和感はなかった。グーグルで「劉暁波」をキーワードで検索すると、昨年劉暁波氏について私が書いたエントリー「「〇八憲章」主要起草者、劉暁波氏の初公判の文脈」(参照)が上位に来るので、多くのかたがこの機にあのエントリー読まれるだろうか。併せて「「グリーンダム」搭載義務延期を巡って」(参照)も読まれれば、国内報道が伝える以上の経緯も理解されるのではないかとも思った。だから加えて劉暁波氏について新しいエントリーを起こす必要もないだろうとも思った。
 関連する報道やツイッターを漫然と見ていると、民主化を促す劉暁波氏の受賞は中国に大きな変化をもたらすだろうという意見もあった。どうだろうか。私はむしろ、證厳法師にノーベル平和賞を与えたほうが、中国社会を根底から変える大きなインパクトを与えることになると夢想した。
 證厳法師あるいは釈證厳、英語ではCheng Yen氏は、台湾の尼僧である。日本統治下の1937年、台中県清水鎮に生まれた。名前は王錦雲。幼少時に、映画館を営む、子供の無かった叔父夫婦の養女となり豊原鎮で育った。観音信仰の盛んな土地であった。彼女も15歳のとき養母の病気平癒を観音菩薩に祈り霊験を得ている。この時、夢にある寺を見たとも語っていた。
 23歳のとき、51歳の養父が脳卒中で急死した。養父母の愛情を受けて育った彼女には大きな悲しみでもあり衝撃でもあった。これが仏教に傾倒するきっかけともなり、出家の願望を持つようになった。しかし出家を試み家出をしたが、反対する養母の願いもあって一度は挫折した。
 二度目の決意で彼女は出奔した。1960年の秋の日、台中駅から列車に飛び乗り、高雄から台東に向い、さらに鹿野村にある、日本人の残した寺に身を寄せた。しかし、世俗を捨てる固い決心のわりに仏教への確信は定まらず、正式な手順を要する出家には至らなかった。
 さらに各地を転々とし花蓮県秀林郷の普明寺に至ったとき、そこが15歳のとき夢に見た寺であると知り、その地に落ち着くこうとした。当地で著名な僧侶、許聰敏居士を師として「修安」の法名をもらい、剃髪し尼僧の姿とはなったが受戒はまだだった。
 修安となった彼女は1963年普明寺の裏に庵を建てた。望みは受戒である。台北に足を伸ばした。慧日講堂を拠点に台湾仏教界を率い、仏教興隆の活動をしていた印順長老に熱心に頼み込み、異例の弟子としてもらい、ようやく具足戒を受けた。出家が成った。法名「證厳」を授かった。25歳のことだった。
 尼僧となり自給自足の普明寺の暮らしを望んだが長くは続かなかった。土地の人の理解もあるが反感もあり、1964年、花蓮の慈善寺に移り、新しい庵を建てた。4名の弟子もできた。日本から得た仏典からも学んだ。
 證厳法師の現在に至る大きな転機が1966年に続いた。信徒を見舞いに地元の市立病院を訪問した際、床に大きな血溜まりを見た。誰が流した血なのか。話を聞くと流産で運び込まれた女性のものだという。だがお金がなく治療を受けることができずに引き返したとのことだ。證厳法師の心に悲しみが宿った。
 そのころ庵にカトリックの修道女からの訪問を受けた。修道女にしてみれば、貧しい證厳法師らは救済の対象でもあった。話し合えば誤解は解けたが、修道女は證厳法師向かって、仏教は社会救済の活動しないではないかと問いかけた。それも彼女の心に残った。
 最後の転機は師匠である印順長老が嘉義の妙雲蘭若道場に来いと要請したことだったが、彼女の心を動かしたのは、その要請を受けて證厳法師がこの地を去らぬように願う現地の人びとの信仰の篤さだった。
 その信仰を束ねれば窮民救済活動ができるのではないか、證厳法師は構想した。貧しい庶民が少しずつでも募金を竹筒に貯め、それが大きな広がりとなれば可能ではないか。これが「慈濟功徳会」となった。始まりは30人の主婦だった。
 證厳法師は彼女に帰依したいと願う人に、まず慈善団体である慈濟功徳会会員となることと、その社会奉仕に携わることの二点を条件として課した。最初は小さな活動だったが、次第に主婦層を中心に大きな活動となっていった。
 1969年、会員も増えたことから、かつては出家に反対した養母から多くの基金も出してもい、花蓮に新しく「静思精舎」を建立した。
 八面六臂で活動する證厳法師も1978年、心筋炎で倒れた。昏睡状態にすら陥ったこともあった。自らの病のなかで、彼女は病院設立を決意した。資金はなかったが、印順長老は賛同した。新しい運動が展開された。
 だがやっかいな用地問題も起きた。熱意が、1980年、蒋経国を動かした。新たに「慈濟基金会」を立て、花蓮に9ヘクタールの土地を購入した。1984年の鍬入れ式は主席となった李登輝が行った。キリスト教信者の彼は「私も今日から功徳会の会員である」と宣言した。「慈濟基金会」は宗教を問わない。仏教から発した活動ではあるが、仏教という宗教の活動ではない。用地問題で国家からの支援を受けたこともあるが、政治色はないと言ってよい。
 思いがけぬ困難もあったが、慈濟病院は1986年に完成した。日本の篤志家も2億ドルの寄付をした。花蓮の慈濟病院を新しい基点として、證厳法師の救済活動はさらなる広がりを見せた。看護学校の設立から多方面の教育にも着手した。慈済基金会の支援者の数は500万人を超えた。慈善の活動は台湾を超え、世界45か国にも広がっていった。


證厳法師

 アルベルト・シュバイツァーがノーベル平和賞を受賞したのは1952年。マザー・テレサは1979年であった。1990年代に入り、證厳法師の慈善活動が彼らに劣らないことは台湾の人びとがよく知っていた。キリスト教によらず、仏教の精神を基点としつつも仏教を超えた慈善の精神になぜ世界の人が注目しないのか。
 民主的選挙で選出された李登輝総統は1992年、證厳法師をノーベル平和賞に推したいと思った。内政部長呉伯雄にノルウェーのノーベル平和賞委員会充ての推薦書を書かせ、米国オハイオ州立大学の李華偉に取り次がせた。だが證厳法師自身は推薦を望んでいなかったため、内密に作業を進めた。甲斐あって、1993年、證厳法師がノーベル平和賞候補に挙がった。
 残念ながら1993年のノーベル平和賞は南アフリカのネルソン・マンデラとフレデリック・デクラークに与えられた。翌年は、イスラエルのイツハク・ラビンとシモン・ペレスまたパレスチナ代表のヤセル・アラファトに与えられた。ノーベル平和賞が政治的な意味合いを濃くし、民衆が慈善と平和を作り出す力への注目は忘れていくかに見えた。
 その後も證厳法師をノーベル平和賞候補に推す声は絶えない。昨年もその声はあった。英字紙チャイナポストは2009年12月4日の社説「Nobel Peace Prize for Master Cheng Yen(ノーベル平和賞を證厳に)」(参照)を掲げた。


This year's Nobel Peace Prize was awarded to President Barack Obama of the United States, albeit he doesn't seem to have done anything to contribute to world peace. Well, that may be the reason why a German Nobel laureate on a brief visit to Taipei is planning to nominate Venerable Dharma Master Cheng Yen for that prize next year.

今年のノーベル平和賞は米国オバマ大統領に与えられたが、彼は世界平和になんら貢献してきたようには見受けられない。だからノーベル賞受賞者のドイツ人が台北を訪問した。彼は證厳法師を来年のノーベル平和賞に推薦しようとしている。

Dr. Harald zur Hausen, director of the German Cancer Research Center at Heidelberg and winner of last year's Nobel Prize for Medicine, wants to recommend Master Cheng Yen for the peace prize for her compassionate work around the world. She is Taiwan's equivalent to Mother Teresa of Calcutta, who started her Missionaries of Charity that extends love to and takes care of those persons nobody is prepared to look after. She won the 1979 Nobel Peace Prize.

ドイツ・ハイデルベルグ癌研究所長でもあり、昨年ノーベル医学賞を受賞したハラルド・ツア・ハウゼン氏は、證厳法師が世界中で熱心に展開する事業についてノーベル平和賞の推薦を望んでいる。證厳法師は台湾のマザー・テレサと言える。マザーは愛の手を伸ばし、誰も看取ることがない人びとに援助するために慈善宣教を始めた人だった。彼女のほうは1979年にノーベル平和賞を受賞している。


 残念ながら證厳法師は今年もノーベル平和賞は受賞しなかった。彼女もそれを望んでいるわけでもないだろうし、ノーベル平和賞自体、シュバイツァーやマザー・テレサを忘れてしまった時代となったのかもしれない。
 それでも私も、来年は證厳法師にノーベル平和賞をと望む。
 劉暁波氏が求める民主化は、その原点の天安門事件を見てもわかるが、基本的には知識人層からの変革である。それが中国の民衆を変えるにはまだ長い時間を待つことになるだろう。だが、證厳法師の活動は30人の主婦から始まった。民衆が民衆同士を直接援助しあう運動だった。すでに中国大陸での活動は開始されているが、これにさらにノーベル平和賞の栄誉が与えられればより大きな励みとなり、中国大陸の人びとの生活を変えていくだろう。それがむしろ、結果的に、本当の意味での民主化と平和をもたらす。

参考:「台湾に三巨人あり(趙賢明)」(参照

| | コメント (10) | トラックバック (1)

2010.10.08

「オバマの戦争」でパキスタン補給路が閉鎖

 「オバマの戦争」という呼称が定着したアフガン戦争だが、ここにきてさらにまずい局面を迎えている。9月30日、パキスタン政府はアフガニスタン駐留のNATO軍および米軍の補給路を閉鎖した。補給が絶たれること自体深刻だが、行き詰まった補給車や代替路を探す補給車がタリバンの標的にされている現状も深刻である。閉鎖は一時的なものだろうとも見られているが、背景には、事実上オバマ大統領に更迭されたマクリスタル司令官を継いだペトレイアス司令官(参照)の失策がある。
 話は9月30日付けGlobalPost記事「Pakistan blocks key NATO supply route」(参照)がわかりやすい。邦訳は日本版ニューズウィークに「無人機空爆にパキスタンがキレた」として転載されている(参照)。


 アフガニスタンへの通過を認められない石油運搬車やコンテナトラックは、トルカムの検問所で長い列を作っている。パキスタン政府がNATOに対して自国領内での空爆と無人偵察機による攻撃をやめるように圧力をかけているのは明らかだ。

 パキスタン政府が補給路封鎖を決断したは、パキスタン領で実施される無人機空爆への反発である。誤爆によるパキスタン市民への被害が激しく、パキスタン政府としても反米気運が高まる内政上放置できなくなった。
 背景は現状の情報から判断しがたい点もあるが、概ねマクリスタル司令官更迭後の戦略の変化である。

 今回の空爆は、アフガニスタン駐留米軍司令官を兼務するデービッド・ペトレアス新NATO軍司令官の下でこの夏から始まった以前より攻撃的な新戦略の一環とみられている(前任のマクリスタル司令官は市民の犠牲を最小限にするため、空爆を控えていた)。
 今回の攻撃以前にも、北西部部族地帯のワジリスタンではかつてないほど無人攻撃機の空爆が増加。9月には22回の攻撃があり、数百人が死亡した。そのうちタリバンや国際テロ組織アルカイダの武装勢力も何人かいたが、ほとんどは一般市民だった。


 軍事アナリストは、タリバン関連組織の武装勢力ハッカニ・ネットワーク制圧のために北ワジリスタン州を解放することをパキスタン政府が拒否したため、無人攻撃機の空爆が増えたと指摘している。

 現状の被害については、7日付けAFP記事「タリバンがパキスタンでNATOの燃料輸送車を襲撃、1週間で4度目」(参照)が詳しい。

パキスタンで6日、北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organisation、NATO)軍の車両が相次いで武装グループの襲撃を受け、計40台以上が破壊された。
 警察当局によると北西部ノウシェラ(Nowshera)では、停車していたNATO軍の燃料輸送車の車列が銃撃を受け、少なくとも26台が放火された。
 これに先だって南西部クエッタ(Quetta)近郊でも、NATO軍の燃料輸送車40台が停車していた補給所が武装グループの襲撃を受け、少なくとも18台が炎上、作業員1人が死亡した。
 パキスタンでNATOの燃料輸送車が襲われたのはこの1週間で4度目。一連の襲撃で約60台の燃料輸送車が炎上し、3人が死亡した。

 米国側も誤爆を認識し、現状の補給路閉鎖を解くための対応に追われている。まず、パキスタン政府に謝罪が行われた。7日付け時事「越境空爆、パキスタンに謝罪=兵士死亡「武装勢力と誤認」-米大使」(参照)より。

 【ニューデリー時事】アフガニスタンに駐留する米軍主導の北大西洋条約機構(NATO)軍のヘリコプターが9月末、武装勢力を追ってパキスタン領内に越境し、空爆で同国兵士を死亡させたことについて、米国のパターソン駐パキスタン大使は6日、「ヘリが兵士を武装勢力と誤認したことが判明した」として、パキスタン政府と兵士の家族に謝罪を表明した。AFP通信が報じた。

 同種の報道は日本のメディアにあるが、なぜかソースが明確ではない。時事はAFPを事実上転載している。該当記事は、「US apologises for helicopter strike in Pakistan」(参照)であろうか。
 米国からの謝罪に対するパキスタン側の動きはまだないようだ。
 謝罪前になるがパキスタンは対米的に強行な姿勢を示していた。4日付けCNN「パキスタン「自力でテロに対処」 駐米大使が主張」(参照)はハッカニ(Hussein Haqqani)駐米大使の言葉を伝えている。

 ハッカニ氏はインタビューで、「パキスタン側のテロリストはわれわれがすべて、こちらのペースで対処する。同盟国のスケジュールに常に従うというわけにはいかない。わが国は衛星国ではないからだ」と述べ、米国には「軍隊の駐留ではなく、ワシントンからの技術的支援」のみを求めると語った。
 さらに、米国の望み通りにすべてを実施できるわけではないと主張。パキスタン側が作戦を遂行するうえでの制約条件として「能力や手段」、複雑な地形、国内世論を挙げ、「米国側は、平地ですべてを見渡せるという前提で考えているふしがある。地勢が複雑なため、無人機を使っても北ワジリスタンの人をすべて識別できるわけではない」「米国はわが国の国民の間であまり人気がない」とも指摘した。

 パキスタン側の反発は当然といえば当然だが、もう一段踏み込んだ背景は錯綜している。
 大きな補助線を引くとすれば、ザルダリ大統領はすでに死に体であることだ。代わりに支持を高めているのがキヤニ陸軍参謀長と彼が率いる軍部である。ただし、政府と軍部の間に大事な軋轢はなく、現状では軍事クーデターが発生するという可能性はない。
 次に重要なのは、パキスタン軍部とタリバンの関係である。7月31日付けNewsweek「With Friends Like These…」(参照)が参考になる。

Pakistan’s ongoing support of the Afghan Taliban is anything but news to insurgents who have spoken to NEWSWEEK. Requesting anonymity for security reasons, many of them readily admit their utter dependence on the country’s Directorate for Inter-Services Intelligence (ISI) not only for sanctuary and safe passage but also, some say, for much of their financial support.

アフガニスタン内タリバンへの支援をパキスタンが現在進行中であることは、ニューズウィークに話を漏らしてきた過激派とってみるとニュースでもなんでもない。安全上の理由から匿名ではあるが、彼らの大半が、安全区域や安全な通行さらに財政上支援といった点でパキスタン統合情報総局(ISI)に依存しきっていることをやすやすと認めた。


 いかがわしい情報のようでもあるが、この問題をある程度長期に渡って見てきた者にしてれば、それはそうでしょというくらいの自然な話でもある。むしろ、米国との対面を繕いながら、軍部と政府のバランスをどう取るかといこと点では、ムシャラフ前大統領は上手にやってきたほうだった。
 それにしても、パキスタン側がアフガニスタン内タリバンと内通することのメリットはなんだろうか。当然考えられるのは、民族的な対立があるとはいえ、一種の共存関係にあるということだ。加えて、ちょっと薄気味悪いメリットもある。

Some ISI operatives may sympathize with the Taliban cause. But more important is Pakistan’s desire to have a hand in Afghan politics and to restrict Indian influence there.

ISIの諜報員にはタリバンの大義に共鳴している者もあるが、より重要なのは、パキスタンがアフガニスタン政治を支配したいということであり、その地域にインドの影響力が及ぶのを避けるためである。


 アフガニスタン側にインドの勢力が及ぶことでパキスタンは挟まれる形になり、好ましくない。
 こうした背景からして、パキスタンに対してNATO軍・米軍など西側諸国に十分に協調させようとすることは無理だろう。
 するとどうなるのだろうか?
 意外と切羽詰まったオバマ政権がぶち切れないとも言えない。ワシントンポスト社説「Can the Obama administration avoid a split with Pakistan?」(参照)が少し気味が悪い。

The State Department's special representative for Afghanistan and Pakistan, Richard C. Holbrooke, rightly said last week that "success in Afghanistan is not achievable unless Pakistan is part of the solution."

パキスタン・アフガニスタン問題を担当するリチャード・ホルブルック特別代表が先週、「アフガニスタンでの成功はその解決にパキスタンを含めない限り達成されない」と述べたのは正しい。

The administration must avoid a rupture in relations; it should make amends for mistakes like the border incident. But it must insist on a robust military campaign in North Waziristan -- if not by Pakistani forces, then by the United

オバマ政権はパキスタンと断絶してはならない。国境がからむ問題の過失に補償すべきであるが、仮にパキスタンが動かないのであれば、米軍によって北ワジリスタンでの強固な軍事活動を主張しなければならない。


 ようするにパキスタンへの飴と鞭が通じなければ、力ずくで米軍とNATO軍が行動するということである。イラク戦争で見慣れた光景でもある。
 そうなるかどうかは、もうしばらくの事態の推移で決まるだろう。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2010.10.07

フィナンシャル・タイムズが日銀を褒め殺し

 前回フィナンシャル・タイムズが日本経済に言及した社説は9月27日付け「Japanese stimulus」(参照)だった。内容は、現在国会で議論中の補正予算だけでは日本の強固なデフレからの脱却には効果がないので、日銀に実質リフレ政策となる金融政策を実施せよという提言だった。復習するとこうだ。


Given the constraints of Japan’s public debt, there may be more room for monetary than fiscal expansion. At 0.1 per cent, nominal interest rates cannot get much lower, but falling prices make real rates higher than desirable.

日本の財政赤字という制約からすれば、財政支出より金融政策に検討余地があるだろう。0.1%の名目金利は下げようがないが、物価低迷は実質金利を好ましくない水準に引き上げる。

Unconventional monetary tools are needed to put some inflationary pressure into the economy. More temerity from the Bank of Japan could do more than a fiscal push.

日本の経済にはよりインフレ圧力をかけるために非伝統的な金融施策が必要とされている。日銀に勇気があれば、財政的な梃子入れ以上のことが可能なのだ。


 さて、5日の 日本銀行金融政策決定会合で発表された追加金融緩和について、フィナンシャル・タイムズはどう見ているだろうか。これも早々に5日付けで社説「Bank of Japan puts a toe in the water」(参照)が上がった。
 フィナンシャル・タイムズがリフレ政策を提言する社説はなぜか日本ではほとんど注目されないので、このブログではできるだけ拾うようにしている。今回も試訳を添えて見ていこうかと思っていたら、JBPressに翻訳「新たな発想を試し始めた日銀」(参照)が上がっていた。原文と比較してみたが、訳抜けもなく平易に訳されている。なので関心のある人はそれを参照されればよく、このブログで扱うこともないかとも思ったが、どうも微妙に誤解というか微妙な部分が読み取れていない人がいるかもしれないし、過去のエントリの経緯もあるので言及しておこう。
 今回の追加金融緩和の背景だが、まず急激な円高がある。次回の11月2日の米連邦公開市場委員会(FOMC)でさらなる量的緩和が見込まれるなか、ドル安を織り込んで円が82円に迫る円高となっているにもかかわらず、前回の仙谷官房長官の82円防戦ライン失言とこれ以上米国を刺激したくないという配慮から為替介入が手控えられているなか、日銀側に相当のプレッシャーがかかっていた。加えて、先進七カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)が8日に迫っており、それ以降は手が打てなくなるというところで、ある程度想定内の手を打ち出した。
 追加金融緩和パッケージの内容は大きく分けて三つある。クセ玉ばかりなので、どうまとめてよいのか戸惑うが、(1)ゼロ金利政策、(2)疑似インフレターゲッティング、(3)長期国債の買い入れ拡大、としておこう。
 ゼロ金利政策は完全なゼロ金利ではないが昨今の文脈ではそう言ってもおかしくはない。意味合いだが、ようするに2006年のゼロ金利政策解除が失敗だったということだ。効果だが半年遅れくらいに前回程度くらいには出てくるかもしれない。
 疑似インフレターゲッティングだが、なんとターゲットは消費者物価指数(CPI)で1%ということらしい。それってCPIの上方バイアス内だろう。なんかのギャグなんだろうか。とはいえ、一応それまではゼロ金利政策を解除しないということではある。これをインフレターゲッティングと呼ぶかだが、インフレターゲッティング風味くらいなものだろう。逆にいえば、今回の日銀の提言は、インフレターゲッティングはしませんよ宣言でもあった。
 問題は、長期国債の買い入れを含めた資産買い取り拡大策だが、これがすごいといえばすごい。よくこんなこと思いつくなというか、現状の買い入れ上限である20兆円強を維持するために、別途5兆円規模の基金を設立するというのである。つまり、日銀ルールは変えないという意思表示であり、額からしてほぼデフレ対策にはならない。
 一言で言うと、なんなのこれ、食えるの? という面白い代物だ。が、フィナンシャル・タイムズはわかっていて褒め殺しに出た。まず、今回の日銀策だが効果はないに等しい。

 中央銀行の積極行動主義という意味では、今回の対策の規模は控えめだ。翌日物金利が従来の0.1%ではなく、0~0.1%になることに気づく人はほとんどいないだろう。資産買い取り計画を大海の一滴と呼ぶことは、一滴のしずくを見くびるものだ。何しろ、政府債務の発行残高は700兆円、社債の発行残高は54兆円もあるため、買い取りによる直接の経済的影響は無視して構わないほど小さい。

As central bank activism goes, the scale of the initiatives is modest. Few will notice that overnight rates will now be between 0 and 0.1 per cent rather than the previous 0.1. To call the asset purchase programme a drop in the bucket is to belittle the drop: the direct economic impact is bound to be negligible against more than Y700,000bn of government debt and Y54,000bn of corporate bonds outstanding.


 だったら、普通、だめじゃん日銀、となりそうなものだが、フィナンシャル・タイムズはここに希望を見ている、というか、褒め殺し。

 今回の決断により、日銀は対策が不十分だという非難に反駁している。資産買い取りにつながる扉の錠を外すことで、ほかの公開市場操作(オペ)の結果保有する資産に対して日銀が自ら課した制約からの避難経路が開ける。今後、さらに資産購入を拡大することは容易になるはずだ。

 つまり、ゼロ金利政策は大した意味がないが、とりあえず資産買い入れに向けて一歩を踏み出したと見るなら、日銀も前進したではないか、ということだ。えらいぞ、日銀、と。

 日銀がそうすることを期待せずにはいられない。米国と英国では、量的緩和はその潜在能力を相当使い果たしたかもしれない。一方、主要7カ国(G7)の中で最も深刻だった景気後退からの回復が遅々として進まず、物価が下落している日本では、状況は異なる。


日銀は自らに与えたばかりのデフレ対策の手段を使うことで、事態の進展を助けられるはずだ。

The BoJ can help things along by using the anti-deflation tools it has just given itself.


 "the anti-deflation tools"は"Unconventional monetary tools"ということである。つまり、リフレ政策ということだ。日銀にはリフレができるし、それで日本のデフレ対策になりうるということだ。
 かくしてめでたしめでたしかというと、実態はそうはならない。フィナンシャル・タイムズも日銀が今後、リフレ政策を採るとまでは想定していないだろう。
 むしろ奇妙な問題となるのは、このまま民主党政権がじり貧にダメになっていたとき、リフレ政策は実際には財政政策と一体化しないと効果はないのに、魔女狩りのように単純な日銀バッシングが始まる可能性もないではないことだ。

| | コメント (1) | トラックバック (3)

2010.10.06

No Pressure: ひとつの表現手段? 悪い冗談? エコテロリズム?

 我ながら趣味が悪いなと思う。まじめな話題のエントリーにもついくだらない冗談を交ぜてみたくなる。案の定、その手のエントリーにはBLOGOSさんからの転載依頼は来ない。もっとも転載依頼のなかった昨日のエントリーがBLOGOSに転載されていたりもする。
 ロッキーホラーショー(参照YouTube)も好きだし、モンティパイソン(参照youtube)も好きだ。サウスパーク(参照YouTube)も当然。だから、その手のものは理解したいと思う。ただ、これはなんというか、当初、ちょっと微妙な感じもあった。主張に対するひとつの表現手段? 単なる悪い冗談? まさかエコテロリズム?

cover
Mr.ビーン Vo.1
 話は今月1日に公開された「ノー・プレッシャー(No Pressure)」いうショートフィルムだ。作成したのは、地球温暖化を10%削減しようとする運動団体「10:10」。同団体は、この問題に関心のある個人や団体によって支えられている。地球温暖化をテーマにし、日本でも話題を呼んだドキュメンタリー映画「エージ・オブ・ステューピッド(The Age of Stupid)」の監督フラニー・アームストロング(Franny Armstrong)が2009年に設立したものだ。
 「ノー・プレッシャー」の作成にはフラニーに加え、「Mr.ビーン」や「ブリジット・ジョーンズの日記」を手がけたリチャード・カーティス(Richard Curtis)がいる。テレグラフの報道「Richard Curtis and an explosion of publicity」(参照)などを見るとカーティスのほうが話題になっている。
 「ノー・プレッシャー」というショートフィルムはどのようなものなのか。
 地球温暖化を10%削減しようというメッセージを伝える映像だが、該当YouTubeをここに貼り込む前に、その内容をもう少し説明してからにしたい。率直に言って、なんの説明もなく直に見るのは、悪い趣味が好きな私でもちょっと引くしろものだからだ。というか、私はリアル・スプラッタ系が好きではないこともある。
 4分ほどのショートフィルムだが、全体は4つのシーンに分かれている。最初のシーンでは、明るく朗らかで優しげな若い女性の中学校の先生が、二酸化炭素排出量を削減するためになにができるでしょうと生徒たちに教える授業だ。そして、では、これから二酸化炭素排出削減に取り組む人、手を上げて、と彼女は問いかける。全員がさっと挙手するかに見える。「ファンタスティック!(すばらしい)」 だが、二人の生徒は腕組みをし、うたがわしい顔して挙手しない。すると先生は、「いいですよ、かまいません。あなたたちの選択です、「ノー・プレッシャー(押しつけません)」とにこやかに語り、授業終了のベルで授業を終えようとするのだが、その前にと教材らしき紙の下にあった、赤いボタンが一つだけある起爆装置をおもてに出し、そのボタンを押す。と、挙手をしなかった二人の生徒が爆破され、血と内臓らしきものが飛び散る。教室中血だらけ。なつかしのキャリー(参照)かよ。
 二番目のシーンは階下のフロアに集まるオフィスワーカーに対して、内接階段の踊り場から管理職が見下ろし、10%の二酸化炭素排出削減の重要性を語る。そして、参加する意思のある者は?と問いかける。みんなか?と見回すとそうでもない。じゃあ、反対は?と問うと、四人ほど物憂げに挙手する。そして、「ノープロブレム、きみたちの選択だ」と管理職は語るが、そこで起爆装置が手渡される。「ゴージャス」と彼はつぶやき、ボタンを押す。すると反対挙手した人が爆破され、血と内臓らしきものが飛び散る。フロア中血だらけ。
 三番目のシーンではフットボール練習で選手らにコーチが語るのだが、このシーンではコーチに対して選手サイドが10%の二酸化炭素排出削減の重要性を順に説く。だが、コーチはそんなことに気をそらすなと諭す。すると、選手側の老人が起爆装置を取り出し、ボタンを押す。コーチが爆破され、血と内臓らしきものが飛び散る。さあ、練習再開だ。
 三番目のシーンの後には、プレゼンテーションよろしく10%の二酸化炭素排出削減のメッセージが表示され、ナレーションが流れる。その後、いかにもそのナレーションを収録している裏方のスタジオのシーンになる。エンジニアリング担当の若い男がガラス向こうのナレーションの女性に10%の二酸化炭素排出削減を問う。彼女は「冗談? ナレーションで貢献になるでしょ」と答えると、男は、「ノー・プレッシャー」と語り、彼女も「OK、バイ」と答えて作業終わりかに見える。と、そのとき彼は身近の起爆装置のボタンを押す。ナレーションの女性が爆破され、血と内臓らしきものがスタジオに飛び散る。最後の最後は血塗られた壁に、cut your carbon by 10%(10%二酸化炭素排出を削減せよ)」と表示される。
 まあ、そういう内容です。かなりグロいです。スプラッタです。
 映像を見たいかたは以下の画像がリンクになっています。なので、見るのは、Your choice(あなたの選択), No Pressure(押しつけません)。


No Pressure映像(グロ注意)

 このフィルム、もちろん、話題になった。すでにウィキペディアにも該当項目が出来ていた(参照)。
 こんな映像を公開してよいのかという怒りの声も上がった。一応、すぐに、数時間もしないうちに、引っ込められた。「一応」というのは、上のリンクから閲覧できるように現在でもYouTubeに掲載されており、予告などから想定すると、当初からそういう仕掛けだったのかもしれないと思えないでもないからだ。もっとも団体側はすぐに引っ込める意図はなかったとは述べている。
 先のテレグラフ記事では団体側アナウンスをこう伝えている。


“With climate change becoming increasingly threatening, and decreasingly talked about in the media, we wanted to find a way to bring this critical issues back into the headlines whilst makgin people laugh.

気候変動の脅威が増すのにメディアでに話題されることは減っているので、わたしたちは人びとを笑わせつつ、この重要な問題をメディアの見出しする方法を見つけたかったのです。

“Many people found the resulting film extremely funny, but unfortunately some didn’t and we sincerely apology to anybody we have offended.

このフィルムの成果がきわめて面白いと思う人が多くいますが、残念ながらそう思わない人もいます。私たちは気を悪くした人に心から謝罪します。


 米国の保守的なメディアであるフォックスでは「Enemies Among Us: Environmental Terrorists Release Disturbing TV Ads」(参照)」のように否定的な意見を強く出しているところもある。

A British television advertisement to promote the 10:10 climate change campaign to reduce carbon emissions has created a psychologically traumatizing series of commercials, which show how violent the environmental movement could become.

二酸化炭素排出削減団体10:10の運動を推進する英国テレビ広報社は心理的外傷になりそうな広報を作成している。この広報を見れば、環境運動がどれほど暴力的なものかがわかる。


 つまり、二酸化炭素排出削減運動の暴力性をこのフィルムに見るというのである。
 そういう見方もあるだろうし、それらを環境ファシズムや環境テロリズムといった文脈に起きたい人もいるようだ。
 私はというと、逆の感想を持った。やや度が過ぎるとはいえ、Mr.ビーンなどにも出てくる下品な顰蹙ネタの一種ではないかと思う。そして結果的に、環境保護運動もあまり熱心になるとテロリズムのように見えちゃうな、あはは、という自虐的なギャグなんだろうと思った。
 環境保護が主題なら、起爆装置のボタンを押すのは、二酸化炭素排出削減運動を説く側ではなく、それに疑念を抱く側が知らずに押しちゃったみたいなシナリオのほうが自然だっただろうし。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2010.10.04

ゲーム理論で考えよう:J国とC国がある海域の漁業資源を争う事例

 J国とC国がある海域の漁業資源を争っているとしよう。両国、漁船を繰り出し、トロール網でごっそり魚を捕りたい。
 海域にJ国とC国の漁船がやってきて、向かい合う。J国いわく「この海域の魚はオレが捕る」。するとC国は「いや、オレのほうだ」と答える。
 言い争っているだけなら、争いにはならない。が、魚も捕れない。

武力衝突の場合
 争いにするためには武力が必要だ。
 両国とも争うと決めたとしよう。
 J国もC国も漁船の後ろに武力をもった船を従えてくる。
 勝つことが優先されるなら、武力衝突となる。
 ところがそのためには、武力を用意する費用もかかるし、そもそも武力衝突になれば船に体当たりされたりとかで被害が出る。
 魚を得る利益と武力衝突がもたらす損失を比べてみると、あれれ? 損失が大きい。両国ともにけっこうな損ではないか、となりがちだ。
 武力行使の戦略を強攻策として「タカ派戦略」と呼ぶ。
 両国がタカ派戦略を採ると、両国ともに大きめな損失が出る。

平和に分かち合う場合
 武力衝突はやめよう。平和で行こうじゃないか。
 かくして争わず、魚を同程度捕って、よしとする。
 温和な行き方なので「ハト派戦略」と呼ぶ。
 両国がハト派戦略を採ると、両国ともにそこそこに利益が出る。
 その利益を仮に基本の1としよう。
 両国ともに1ずつの利益になる。

平和のルール破りで儲ける場合
 待てよ、相手がハト派戦略を採るとき、こっちがタカ派戦略を採れば、相手は弱いのだから楽勝じゃないか。利益も多いぞ。
 C国がタカ派でJ国がハト派なら、タカ派C国の利益は基本より多いから仮に2としよう。ハト派J国の利益はというと、なし。だから0になる。
 でも、逆もある。J国がタカ派でC国がハト派。その場合も、2対0になる。
 タカ派が有利のようだけど、両国ともにタカ派なら両方、損になるのだった。その損を双方、-2としよう。
 どうやらこの問題、漁場争いを繰り返すならハト派とタカ派を一定の比率で混ぜるのがよさそうだ。どういう比率がよいのだろう?

問題を整理してみよう
 場合分けして整理してみよう。
 両方タカ派なら両方、-2。両方、損する。
 両方ハト派なら、両方、1。そこそこの利益だ。
 自分がタカ派で相手がハト派なら、2対0。楽勝の儲けだが、いつもうまくいくわけじゃない。
 これを表(マトリックス)するとこうなる。マスに並んだ数字の左がC国、右がJ国のそれぞれの利得だ。こういう表を利得表と呼ぶ。

混合戦略が重要になる
 この問題、何回か繰り返した場合、タカ派戦略とハト派戦略をどう混ぜ合わせたらよいか、ということが問われる。
 仮に、C国が常にタカ派戦略を採るとする。J国はタカ戦略で損、ハト派戦略で利益なし。双方が利益を得るという点からは打つ手なし。お話にならない。J国はハト派戦略が取れない。
 では、C国が1/2の確率でタカ・ハト戦略を分けるとするとどうか。対するJ国が常にタカ派戦略であれば、-2と2で利得は0、つまり利益なし。ではJ国が常にハト派戦略であれば、0と1で回数で割れば利得は1/2。つまり、両国がハト派戦略を採るより利得は少ない。頭悪いぞ、両国という話になる。
 どういう比率がよいのだろうか。

少しだけ数学
 C国がタカ派になる確率をpとする、するとハト派になる確率はそれ以外なので、(1-p)になる。例えば、タカ派確率が1/4なら、ハト派確率は3/4。
 同様に、J国がタカ派になる確率をqとする、するとハト派になる確率はそれ以外なので、(1-q)になる。
 C国の利得は、J国のタカ(q)・ハト(1-q)確率によっても変わる。確率が利得にどう反映するかは、利得表を眺めてみるとわかる。

 C国がタカ派であるときの利得は、J国がタカ(q)なら、-2q、J国がハト(1-q)なら、 2(1-q)になる。係数となる利得は上の赤い矢印の対応だ。
 すると、C国がタカ派であるときの利得はその合算だから、 -2q + 2(1-q)である。
 同様に、C国がハト派であれば、その利得は、0q + 1(1-q) である(下の赤い矢印)。
 ここでJ国の立場に立ってみると、C国がタカ派時の利得とハト派時の利得が同じになるようにタカ派の確率 q が決まれば、最適な戦略となる。
 そこでこの式を等号で結びつけると、

  -2q + 2(1-q) = 0q + 1(1-q)

 あとは中学一年生の数学なので、そのまま解くと、q = 1/3 となる。
 J国がタカ派を採る確率は、1/3。つまり、3回に1回タカ派となり2回はハト派になるのが最適な戦略となる。
 C国について計算するとこの利得表では同じく、1/3になる。式の対応は緑の矢印。

混合戦略はナッシュ均衡に至る
 この例では、両者ともにこれ以上のベストの戦略はないという戦略配分が出てきて、そこで戦略は固定化する。
 飽和すると言ってもよいし、均衡すると言ってもよい。ゲーム理論では、この仕組みを数学的に説き明かしたジョン・ナッシュjrにちなんでナッシュ均衡と呼んでている。
 双方が強攻策に出ると両者に損害が出て、両者が争いを避けるとそこそこの利益が出るが、出し抜けば利益が多くでるという状況では、利益を求めるなら、強攻策一辺倒でもまた和平策一辺倒でもなく、硬軟の戦略を適当な配分で混ぜるほうがよい。

もうちょっとゲーム理論を知ると面白い

cover
もっとも美しい数学
ゲーム理論 (文春文庫)
トム・ジーグフリード
 以上はごく基本のゲーム理論。タカハトゲームと呼ばれているものだ。二国間の争いなら、タカハトゲームのほかにチキンゲームや最後通牒ゲームといったゲームから見ることもできる。
 現代のゲーム理論から各種の科学がどのように見えるかをSFチックに説き明かした「もっとも美しい数学 ゲーム理論 (トム・ジーグフリード:文春文庫)」(参照)にも掲載されている例だ。
 同書なら古典的なタカハトゲームの先も語られていて面白い。

 とはいえ、どう見てもこれでは単純化しすぎで、鳥の場合ですら、取り得る行動戦略は、鷹と鳩の二つだけとは限らない。しかし、基本的な発想はこれでおわかりいただけたことと思う。そこで、もっとややこしい状況になったときに、ゲーム理論を使ってどう説明できるのか見ていこう。

 タカハトゲームにもう一つの要素が加わる。見物人だ。争いごとがあるとついやって来ては見ている一群の存在である。争いや炎上の観察が趣味ではない。ではなぜ。

 というわけで、賢い鳥たちは、いつの日か戦わなければならない日が来ることを承知のうえで、自分の競争相手になりそうな鳥が戦っている様子を観察することになる。観察者(あるいは生物用語で「盗聴者[イーヴズドロッパー]」は、自分が戦う番になったときに、それまで敵を観察してきた結果に応じて、鷹になるか鳩になるかを選ぶことができるのである。

 最適戦略に至るまでの経緯を短縮する効果があるのだろう。では、その結果、争いは減るだろうか。逆らしい。エスカレートする。双方がタカを振る舞うようになる。なぜ? 見物人がいるからだ。未来の戦いのために、自分が強者であることを見せつけるという要素が出てくる。

人間の社会行動や文明にもゲーム理論が適応できる
 もちろん、人間の文明にも最新のゲーム理論が当てはまる。


結局のところ人間は、文明化という段階まで進んでおり、すべてがジャングルの掟に支配されているわけではない。しかも実際には、ゲーム理論を使うと、このような文明化された状態が生まれる経過を説明することができる。ある種を構成しているものにとって、協力やコミュニケーションが安定した戦略となるような状況が、どのように生まれるかを、説明できるのである。ゲーム理論を使わずに、人間の協力的な社会行動を理解することは難しい。

 同書、「もっとも美しい数学 ゲーム理論」の単行本は2008年に出ていたが、先月9日に文庫本が出た。ありがちな文庫化というと、そうではない。わけあって、単行本の原稿と文庫本の原稿を全ページに渡って比較してみたが、ほぼ全ページに渡って翻訳が改善されており、読みやすくなっている(単行本に誤訳があるというわけではない)。ここまで手を加えるのかと驚いた。しかも、見出しも増えて段落の意味がとりやすい。
 あと、文庫本には素っ気ないけどちょっと意外な解説が付いている。

| | コメント (11) | トラックバック (2)

« 2010年9月26日 - 2010年10月2日 | トップページ | 2010年10月10日 - 2010年10月16日 »