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2010.01.30

ニューヨークタイムズ曰く、戦後生まれの日本人は安保の価値をわかっとらん

 鳩山政権による普天間飛行場移設問題に、比較的寛容な態度を示してきたニューヨークタイムズが、また寛容なご社説を述べているので、「ほらご覧、米国様は辺野古移設を強いてなんかいない。日本の報道がおかしいのだ」みたいな愉快な議論の足しになるかもしれないので、28日付け「Japan and the American Bases(日本と米軍)」(参照)に触れておこう。
 ニューヨークタイムズの寛容な基調は今回もこんな感じだ。


It took the United States and Japan a decade to negotiate a deal that would reduce the number of American troops on Okinawa and reposition those that remain. Japan’s new prime minister, Yukio Hatoyama, is refusing, so far, to commit to the agreement, and the Obama administration is being less than patient.

日米は10年かけて在沖米軍削減と再編成を交渉した。が、日本の新首相、鳩山由紀夫は現時点までのところ、その合意を拒んでいる。そして、オバマ政権はけして寛容ではない。



The Pentagon got off to a bad start by insisting that Tokyo abide by its commitments.

米国国防総省は、鳩山政権は日米合意を遵守しなければならないと主張することで、まずいスタートを切ってしまった。



We hope the Obama administration shows flexibility and patience when two senior officials visit Japan for security talks this week.

我々ニューヨークタイムズとしては、米政府高官二名が今週安全保障を巡って日本を訪問するに際して、オバマ政権が柔軟さと寛容を示すことを求めたい。


 文脈には先日の、事実上の辺野古移設ヴィトーとなった名護市市長選挙への言及もあるので、明示されていないものの、辺野古案はやめたらどうよ、という含みはある。そのあたりは、「名護市市長選挙と普天間飛行場移設問題: 極東ブログ」(参照)で言及したアーミテージ元米国務副長官の考えと同じで、ぶっちゃけて言えば、米国ではこの問題の意見の相違というのはそれほどはない。
 ニューヨークタイムズはオバマ政権に沖縄米軍問題で寛容を示せとした後、こう話が続く。

They should encourage Mr. Hatoyama to prove his commitment to being an “equal partner” by offering solutions. And the United States must make a more compelling case for stationing troops in Japan. (There are another 20,000 American troops stationed elsewhere in Japan or just off the coast.)

訪日米高官は、「対等のパートナー」たらんとする鳩山氏の決意が解決策の提示をもって証明されるよう励ますべきだろう。他方、米国は在日米軍についてより説得力のある説明をしなければならない。(さらに2万人もの米兵が日本各地及びその近海に駐留しているのだ。)


 鳩山さん解決策をちゃんと出してねと釘を刺すのはよいとして、在日米軍の存在理由をきちんと米国が鳩山政権と日本人に説得できるのだろうか。その部分は米国の問題もであるというわけだ。ニューヨークタイムズとしてもそこを強調する。

The alliance is more important than the basing agreement. But the longer the agreement is in limbo, the more it stirs questions about the future of the alliance. There are worrying signs that many of Japan’s new leaders and its postwar generation don’t understand the full value of the security partnership.

日米同盟は基地移転合意よりも重要である。しかし、その合意を地獄間近の辺獄に放置する時間が長ければ、日米同盟の未来について疑念が沸き起こることになる。日本の新しい指導者の多くや、戦後世代の日本人は、同盟による安全保障の価値を十分に理解していないという、懸念すべき各種兆候がある。


 戦後生まれの日本人は安保の価値をわかっとらんなと、ニューヨークタイムズは嘆くのである。さらに、戦後生まれアンポハンタイ・トーソーショーリ(参照)の全共闘世代が爺婆化して憂慮すべき事態が起きているとも言うのだ。
 ふと、今日付の毎日新聞記事「鳩山首相:施政方針演説 「抑止力」の語句を削除 日米同盟めぐり社民が反対」(参照)が思い浮かぶ。

 鳩山由紀夫首相が行った29日の施政方針演説で、日米同盟に関して原案に盛り込まれていた「抑止力」の語句が削除されていたことが分かった。25日に首相官邸で開かれた基本政策閣僚委員会で社民党が要求したためで、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を巡って駆け引きを繰り広げる民主、社民両党の姿が浮き彫りになった。
 基本政策閣僚委には首相、社民党党首の福島瑞穂消費者担当相、国民新党代表の亀井静香金融・郵政担当相の与党3党党首らが出席した。席上、福島氏が「抑止力」の語句を外すよう要求し、民主党側は「東アジア共同体を日米関係より前にもってきており、(対米配慮から)日米同盟を評価する言葉として外せない」と反論。意見交換のほとんどがこのやり取りに費やされた結果、外すことになった。

 ニューヨークタイムズは実際何を憂慮しているかというと、社説からははっきりとはわからない。

A half-century of American protection remains a bargain for the Japanese. In much of Asia, it’s seen as an essential balance against a rising China and a defense, if needed, against North Korea.

半世紀間もの米国による日本防衛は日本にとってもお得なもののままだ。アジアの多くの国では、台頭する中国とそこからの防衛にとって欠かせないバランスとして、在日米軍のプレゼンスが理解されている。また必要があるなら、北朝鮮からの防衛にも欠かせないものである。


 日本国内の反安保傾向、さらに言えば、反米感情とも言ってもよいものがなんであるかについて、ニューヨークタイムズは言及してないが、片務的にも見える日米同盟については、「お得でっせ、損得考えなはれ」というわけだ。損得ねえ。日本のおちゃけ社会派ブロガーことChikirinさんとかは、「アメリカが逃したくないのは、あまりに潤沢に日本政府が払ってくれる、相当額の軍事支援費にすぎない」(参照)と理解しているみたいだけど。
 さらにニューヨークタイムズは「お隣さんの顔色もうかがいなはれ」と「あー、お隣さんいうたかてそっちじゃあらへん」ということなのだろう。
 現状の米側の動向は、ジャーナリズム的な部分から見れば、辺野古案でなくてもしかたないのではないかということだ。これを上手に、沖縄県外移設に結びつけることができれば、なんと言われても、「労働なき富」にまみれていても、結果的にだが、鳩山首相の勝利だともいえるだろう。そうなるだろうか。
 その勝利の分水嶺は、略奪婚の始末をおかーたまにお任せしちゃうお坊ちゃんの判断よりも、ニューヨークタイムズが言うように、日本人が日米安保の価値を理解するかにかかっている。
 で、どうか。まあ、無理なんじゃないか。この問題を日本人は、沖縄問題と理解しても、あるいは朝日新聞みたいに日米友好とかで理解していても、日米安全保障問題だとは思っていない。

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2010.01.26

名護市市長選挙と普天間飛行場移設問題

 24日に実施された沖縄県名護市長選では、普天間飛行場代替基地を同市辺野古に受け入れないとする稲嶺進氏が当選した。事実上の辺野古案への拒否(ヴィトー:veto)となった。皮肉に聞こえるのを恐れるが、総合的な地方行政ビジョン問うべき首長選挙であるべきはずが、結果的にヴィトーに集約されてしまったのはあまり好ましいことではない。
 補足すると、ヴィトーの本来の指針からすれば辺野古受け入れ拒否の上に市政ビジョンを築くということになるはずだが国政側がぶれている。すでに平野博文官房長官の「(選挙結果を)斟酌しなければならない理由はない」(参照)や北沢俊美防衛相の「沖縄の皆さんに、政府が本来決めるべき選択をあまり過重に任せる風潮は良くない」(参照)、さらに鳩山首相の「ゼロベースで国が責任を持って5月末までに結論を出すとしているから、そのことは必ず履行する」(参照)も辺野古案を排除しないという含みがあり、民主党政権側から意外にもこのヴィトーを受けることの躊躇が出ている。名護市の市政ビジョン形成は国の動向で左右されたままの状態だ。もちろん、稲嶺氏が落選しても同じことではないかと言えばそうだが、いずれにせよ、民主党政権側が今回のヴィトーをきちんと受け入れるなら市政ビジョンはすっきりしたことだろう。
 この問題の行方だが、昨年7月の時点で「民主党の沖縄問題の取り組みは自民党同様の失敗に終わるだろう: 極東ブログ」(参照)で触れた以上の展開を予想するものはない。が、しいて言えば、三点可視になった部分はある。
 一つは、鳩山政権が昨年夏に想定していた以上に迷走していることだ。選挙前に想定していたマニフェストの欠陥はことごとく当たっているような実感もあるが、その当たり方は的中というより、そこまでひどいかという落胆を伴うものだ。顕著な例はマニフェストで削減額の最大項目であった「ガソリンの暫定税率廃止」である。ある意味、これは最初から空文であり、マニフェスト違反でよかったと言えないこともないのだが、問題はそこではなく、決定プロセスにあった。端的にいえば、合議的なプロセスもマニフェストもへったくれもなく、小沢氏の独断ですべてが最終的に覆ったことだ(参照)。くどいが、小沢氏の判断は結果からすれば正しいとも言えるものであり、小沢氏が民主党の屋台骨であると言えないでもない。そして、この独裁的な決定権を事実上持つ小沢氏が、辺野古移設問題でもNo!と言っているから(参照)、連立与党がとりあえずまとまっているかに見える。ただし、この小沢氏の論点は辺野古移設反対に留まらず、「軍事戦略的に米国の極東におけるプレゼンスは第7艦隊で十分だ」(参照)という見解に結びついているにもかかわらず、民主党内ではその合意はまったくといってほど取れていない。
 二つ目は、その屋台骨の小沢氏の動向がまったく不明になっていることだ。小沢疑惑の今後の動向は見えない。とはいえ、現職民主党国会議員の元秘書を含め秘書三名が逮捕されている現状、政治的な責任を回避することはできない。小沢氏が抜け落ちれば、民主党は、各種の問題を放置したまま空中分解しかねず、その可能性は国政にのみならず、米国にも被害が及ぶ。難しいトレードオフを多方面に強いている。
 三点目は、以上の経緯を踏まえても米国が軟化していることだ。軟化の理由は、日本の政治の不在に対する米側の絶望感だが、加えて、高まる中国問題や、オバマ政権も鳩山政権のように内部できしみが発生しいることがある。オバマ政権も鳩山政権ほどではないが行方が危うい。端的に外交だけに絞っても、日米同盟や北朝鮮問題よりも、イラン問題やパキスタン問題が喫緊の課題であり、日本問題にまで頭が回らない。現状、オバマ政権としては建前としては、辺野古案に固執しているかのようだが、内部ではすでにこの案は疑問視されている。従来辺野古推進派とも見られていたアーミテージ元国務副長官もすでに辺野古移設案の代替案が必要だという認識を示している。16日事実通信「普天間決着「悲観的」=行き詰まり想定し代案検討を-アーミテージ氏」(参照)より。


【ワシントン時事】アーミテージ元米国務副長官は15日、ワシントン市内で講演し、米軍普天間飛行場移設問題について「建設的な決定がなされるか悲観的だ」と述べ、日本側から米政府が受け入れ可能な移設案は提示されないとの見方を示した。その上で、「軍事上の要請を十分満たした代案も考えなければならない」として、移設が行き詰まった場合を想定した措置について検討しておく必要性を指摘した。
 アーミテージ氏はこの後、記者会見し、鳩山政権が移設問題の決着期限とした5月までに方針決定できるかどうかについて、7月に参院選を控えていることを理由に「疑わしい」と言明。「実際は6月か7月になるかもしれない」との見通しを示すとともに、米政府はそれを「承諾する以外に選択肢はない」と語った。(2010/01/16-10:57)

 台湾有事に備えるには沖縄にヘリポートが必要だとの論もあるが、アーミテージ氏の言う可能なかぎりの「軍事上の要請を十分満たした代案」に新在沖海兵隊飛行場の必要性がどの程度あるかについては、明確な議論はない。というか、この問題は、現行の普天間飛行場でかなりクリアできるので、その意味では、辺野古移設がすべて頓挫しても米側としては現在の普天間飛行場の確保でなんとかなる。
 この点は誤解されてもしかたがないかと思うが、強行派と見られる、辺野古移設推進として動いた米側の知日派には、なんとかあの危険な普天間飛行場の撤去したいという道義的な思いがある。それに新基地としてのうま味がないとは言わないせよ。
 論理的に見れば、鳩山政権の課題は、辺野古移設の可否ではなく、普天間飛行場を撤去して、米側が要求する「軍事上の要請を十分満たした代案」の推進である。現行では、鳩山氏の発言からもそれを志向しているので、5月までの検討を注目したい。
 ただ、この問題の全構造は政権交代前からわかっていたことでありながら、事実上の野党的な無策であった出遅れ感は大きい。民主党が政権についてからこの問題の遅延を行ってきたのも、無策・無責任の惰性の結果であったと見るほうが正確だろう。であれば、その先にあるものへの期待は少ない。
 鳩山首相は、野党時代の常時駐留なき安保論は首相在任中には主張しないと述べた(参照)。素直に考えれば、普天間飛行場代替に全力を傾けることになるはずだが、この間の鳩山氏の動静を見てきて、彼にそれができると信じる者は少ないだろう。最後はまた力業で小沢氏が決定するかだが、小沢氏は在日米軍を否定する考えを持っており、もし決定するなら、社民党に近い方向に向かうだろう。そうした場合、日本の安全保障がどうなるのかというのは当然ながら民主党の方針というより、小沢氏のビジョンに従うことになり、であれば氏の持論である国連軍に日本が軍事寄与することになるのだろう。そうしたビジョンに国民がどれだけ合意するだろうか。それ以前に連立民主党政権が納得するのだろうか。考えていけばいくほど、ヴィジョンとしては正しいとしても、現下の日本の安全保障問題とは結びついてはこない。

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2010.01.25

[書評]ヒトラーの秘密図書館(ティモシー・ライバック)

 文藝春秋の今月号でも紹介記事があったが、新刊の「ヒトラーの秘密図書館(ティモシー・ライバック)」(参照)を読んだ。内容に間違いがあるというのではないし、トンデモ本ということでも、まるでない。が、一種、微妙に、変な本であった。

cover
ヒトラーの秘密図書館
 読みながら、こういう本って他にあるだろうかと、なんどか思った。書かれている事実や考察は、普通に興味深いのだが、ふと、奇妙に、なんか変だなあ、という印象を残す。おそらくそれは通念としてのヒトラーと絶妙にズレた何かを読み解くことが可能なエピソードに満ちているからだろう。さらにそのズレは、およそ読書家というものの本質に関わるものであるように思えてくる。読書家を密かに自認する人ならば、自虐的な意味を込めて、本書は必読書である。読むと、痛いよ。
 邦題は「秘密図書館」になっているが、オリジナルタイトルは「Hitler's Private Library: The Books That Shaped His Life(Timothy W. Ryback)」(参照)であるように、個人図書館というか個人蔵書というくらいの意味である。ただし、その蔵書数は1万6千冊とも言われているように図書館といった風格はある(大半はヒトラーが名声を得てからの献本ですべて読まれているわけではないようだ)。現在はその蔵書の大半は散失しているが、それでも著者ライバック氏は、ヒトラー個人が読み、傍線や書き込みをした書籍を世界各地に探し求め、可能な限り追体験として読み解きながら、ヒトラーの思想形成過程を探るとして本書をまとめた。オリジナル副題「彼の人生を形作った書籍」はその意味からだ。
 私もそうだが、ヒトラーのような怪物がこの世に生まれ出るには、どのような悪書を読み、影響を受けたかと思う。そういう興味から本書を手に取る人も少なくないに違いない。もちろん、知人の家に行って書架を覗き込むような好奇心もあるとしても。
 読後どうだったか。ヒトラーの思想形成における悪書の影響が理解できたか。なるほどと納得する人もいるだろうが、私は違った。ますますヒトラーという怪物がわからなくなった。いや、わかったことも多い。現在でもよく見かける青年のように、デザインや芸術への嗜好を持ちながら、きちんとした学歴を持たず学歴コンプレックスを持ち、それでいて本を読むのが大好きという一人の青年としてのヒトラーは、外的にはしだいに独裁者となるのだが、それでもなんというのか、終生変わらない凡庸な読書家であったということだ。名作を読んでは感動し、自分の突飛な考えを補強してくれる書籍を愛読する。現在でもいそうな軍事オタクのように軍記物を読み、「ムー」のようなオカルトなんかも読む。哲学は気取って読むが、さして理解もできない。たぶん、何より静かに本を読むのが好きな人だったのだろう、ヒトラー君は、というのが一番、しっくりくる。
 表紙の写真はヒトラーが36歳の時のもので、彼の著書「わが闘争」が書かれた年代だ。この奇書の背景についても本書は詳しい。年代からでもわかるが、若い時代の習作といった程度のもので、ここからその後の彼の思想をすべて読み取ることは難しい。
 本書は学術書ではない。また標題から想像するほどヒトラーが読んだ多くの書籍が扱われているわけではない。光が当てられているのはごく数冊であり、それらが、青年ヒトラーから56歳で自殺に至るまでの年代のエポックとして語られている程度だ。その意味では、ちょっと変わった視点からのヒトラーの伝記といった仕立てにもなっている。
 興味深いのは、これも当然と言えるだが、あの反ユダヤ主義というかアーリア人主義がどのようにして形成されたのかという点だろう。本書に描かれる青年ヒトラーにはそうした傾向はなかった。30歳を過ぎ、年上のメンターというのだろうか師匠筋からその考えを吹き込まれてから傾倒したようだ。
 傾倒後はそれを補強する書籍を彼は読みまくっていくのだが、そこで強い影響を与えたのが、ヘンリー・フォード(Henry Ford)の「国際ユダヤ人(The International Jew)」であった。そう、自動車会社のフォードの創業者である。アントニオ・グラムシがフォーディズムと呼ぶ原型の、あのフォードの創業者は、骨の髄から反ユダヤ主義者であった。フォードが偽書「シオン賢者の議定書」をもとに書いたこのトンデモ本は、当時16か国にまで翻訳され、ヒトラーもそれを読んだ。いうまでもなく、世界中の人が読んだその一人に過ぎなかった。
 さらに反ユダヤ主義の影響を与えたのが、米国の歴史学・人類学者マジソン・グラント(Madison Grant)による「偉大な人種の消滅 ヨーロッパ史の人種的基礎(The Passing of The Great Race; or, The racial basis of European history)」であった。同書はこの時代の国際的な優生学との関係もあるが、いずれにせよ、米国の学者であり、その時代の米国のある社会理念を反映していた。
 あまり単純化してはいけないのだが、ヒトラーの反ユダヤ主義を補強をしていた知識は、その時代の米国の思想であった。米国史において思想を見ると、つい建国の理念やその後の人権問題やら自由といった問題に目が向くが、実際の米国民とその歴史につよく影響を与えていた大衆的な思想史、また科学を装っていた時代の限界などは、ヒトラーのナチズムと合わせて今後の研究課題となるかもしれないような代物だった。
 ヒトラーに影響したドイツ思想については、従来、アルトゥル・ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer)やフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)などが示唆されていたものだったが、本書はその影響の少なさをむしろ述べている。ドイツ思想でヒトラーに影響したのは、むしろ実存主義の祖とも言われるヨハン・ゴットリープ・フィヒテ(Johann Gottlieb Fichte)であった。言われみれはそうかなとも思えるが。
 この他、ナチズムの時代とローマ・カトリックの関係でも興味深い逸話が描かれている。それらも、印象では奇異な挿話のように見えるかもしれないが、案外、そうした各種の異質な挿話のディテールのなかに、歴史がこの怪物を生み出した本当の理由が眠っているようにも思えた。

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2010.01.24

小沢一郎民主党幹事長被疑者聴取

 昨日小沢一郎民主党幹事長被疑者聴取が行われた。その後小沢氏の会見も行われたが、この過程でとりわけ新しい事実が発覚したり、事態が進展したというものでもなかったが、一つだけ気になる点があった。任意聴取ではなく、被疑者聴取であった点だった。
 今日付の赤旗記事「小沢幹事長を被疑者聴取/土地疑惑関与が焦点/本人「秘書任せ」と否定/東京地検」(参照)がこの点を一番前面に打ち出していた。


 小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」による土地取引をめぐる政治資金規正法違反事件で、東京地検特捜部は23日午後、小沢氏を任意で被疑者聴取しました。事件は、政権最大与党の現職幹事長が捜査当局の聴取を受けるという異例の事態に発展。本人関与の解明が最大の焦点となってきました。同日夜、都内のホテルで会見した小沢氏は、聴取は黙秘権を告知された上でのもので、供述調書2通に署名したことを明らかにしました。

 被疑者聴取については毎日新聞の解説記事「質問なるほドリ:事情聴取って、どういうもの?=回答・北村和巳」(参照)がわかりやすい。

 Q 事情聴取は必ず応じないといけないのかな。
 A 出頭や証言を強制されることはありません。憲法は「自己に不利益な供述を強要されない」と定めており、捜査も対象者の意思を尊重する「任意」が原則です。通常は「参考人」として話を聴きますが、罪を犯した疑いが強い人や告訴・告発された人は「被疑者」とされ、聴取を始める前に「話さなくても良い権利(黙秘権)」を告げて任意で事情を聴いていることを明らかにします。告発された小沢幹事長はこちらのケースです。毎日新聞は、逮捕が確実な人の事情聴取を「取り調べ」と表記することがあります。

 ということで、小沢氏は「罪を犯した疑いが強い人や告訴・告発された人」であり「被疑者」であった。被疑者とはなにかだが、手元の広辞苑を引くと次のようにある。

犯罪の嫌疑を受けた者でまだ起訴されない者。容疑者。

 ウィキペディアは不正確な情報も多いが次のように説明している。

 被疑者(ひぎしゃ)とは、捜査機関によって犯罪を犯したとの嫌疑を受けて捜査の対象となっているが、まだ公訴を提起されていない者のことをいう、司法手続及び法令用語である。
 一般に用いられる容疑者(ようぎしゃ)は「被疑者」のいい換えであり、司法手続及び法令用語としては「被疑者」が用いられる[1]。

 「容疑者」は一般的な用語で、実際上は報道機関が定めるものだが、法的な意味での「被疑者」と同義に見てよいだろう。つまり、小沢氏は、小沢容疑者と記しても、輿石東民主党幹事長代行に怒られることもない。ちなみに、産経新聞社は22日付朝刊大阪版の記事で一箇所「小沢容疑者」と誤記してしまったが(参照)、一日半後であればそれほどの問題もなかっただろう。
 とはいえ現状では、小沢容疑者は形式的な意味合いしかない。今日付の読売新聞記事「小沢氏の共謀が焦点、土地疑惑の解明詰め」(参照)の説明が日常的にもしっくりくる。

 そのうえ今回の事情聴取は、「被告発人」として黙秘権を告げたうえで行われ、2通の調書が作成された。
 これは、事情聴取の直前に、陸山会の政治資金収支報告書の虚偽記入について小沢氏が元事務担当者の石川知裕衆院議員(36)らと共謀している疑いがあるとして、市民団体から告発状が出されたこともきっかけとなっている。刑事告発を受けた捜査機関は、容疑が事実かどうか捜査する義務が生じ、告発された人は、形式的に容疑者として扱われることになる。


 しかし、今回の黙秘権の告知は、形式的なものにとどまらない可能性がある。
 15日に逮捕された石川容疑者がその後の特捜部の調べに、土地代金に充てた4億円を収支報告書に記載しない方針などを、同年10月下旬に小沢氏に報告し、了承を受けたと供述しているからだ。この供述が事実なら、小沢氏が共犯の容疑に問われる可能性がある。
 「容疑者として聴取した理由を刑事告発としたのは一つのテクニックで、特捜部は実質的な容疑があると考えている可能性がある」。ある特捜部OBは指摘する。

 日常的な「容疑者」の意味合いで重要になるのは、小沢氏の場合、「元事務担当者の石川知裕衆院議員(36)らと共謀」しているかいないか、その共謀の有無である。そこを検察側がクリアする条件は、疑惑の土地代金に充てた4億円を石川氏が収支報告書に記載しないことへの、小沢氏の了承の有無である。では、その有無はどのように判断されるかというと、石川容疑者の供述調書が基になる。同記事では、「供述している」とあるが、法的に有効な供述調書として成立しているかどうかが重要になる。
 そこはどうか。今日付の東京新聞記事「共謀立証なら立件も 地検特捜部、徹底捜査へ」(参照)はこの点についてこう報道している。

 共謀が立証されれば小沢氏も立件対象に含まれるのは間違いない。立証には虚偽記入について、小沢氏の指示や関与を認める石川容疑者らの供述や、その供述の裏付けが必要となる。石川容疑者は既に虚偽記入を認めているとされるが、検察側による供述調書の作成を拒んでいるとの情報もある。

 現状、今回の小沢疑惑で局所的に問題になるのは、この点、つまり、石川容疑者の供述調書をすでに検察側がもっているかどうかだ。私は、今回の検察の動向から、検察はすでに持っているのではないか、あるいはその点についての焦りはないのではないかという印象を持っている。もちろん印象に過ぎないが、昨日の小沢氏の会見を見ていると、民主党大会のときのような小沢氏本人の信念というより、弁護士が用意した書き割りを小沢氏が不安げにこなしているだけに見えたのだが、そのあたりの対応ではないか。
 昨日の小沢氏の会見では、この点、つまり、虚偽記載については小沢氏は関知していないと主張しており、またその供述調書も上がっていることになるが、石川容疑者の供述調書があれば、法的なプロセスとしては検察の意向通りに進むだろう。
 この局所問題だが、顛末の可能性としては3つある。(1)石川氏・小沢氏ともに無罪、(2)石川氏有罪(小沢氏無罪)、(3)石川氏・小沢氏ともに有罪である。
 昨日の小沢氏の会見からは、1と2のスコープを持ちながら、実質的には2の線での終息を図っていると大方は見るだろう。俗に言う、トカゲの尻尾切りである。が、刑事上は秘書だけが責を負うとしても、小沢氏の政治責任は免れない。その意味では、政権与党の民主党の対応としても、事実上のチェックメイトになっているのではないかと思うが、民主党にはその認識はないようだ。
 小沢氏側の関与の決め手は必ずしも必要ではないだろうが、それでも、小沢氏側で物的な決めとなりうるのは、2点ある。(1)疑惑の土地購入にあたり、原資の4億円を現金で石川容疑者に渡した後、銀行融資書類に小沢氏自身が署名している。(2)3年前の小沢ハウス疑惑の際、記者会見で自身の所有ではないとした署名付きの「契約書」を提示し、小沢氏自身がこの土地購入経緯を熟知していたことを示したが、この「契約書」が作成日の点で偽装の疑いがある。当然、偽装であれば小沢氏本人が関わっていた証拠のようなものに意味合いが変わる(犯人が追い詰められて墓穴を掘るといった刑事コロンボのお話みたいだが)。
 この2点について、検察側が今後どの程度詰めてくるかはわからない。
 ただし、現下のこれらの小沢疑惑の局所の問題については、つまり、小沢氏による疑惑の土地への関与の有無だが、小沢氏を立件するスコープを持ちながらも、政治資金規正法違反という限定性を持つ。ゆえに、局所的な問題だと言える。もちろん、政治資金規正法違反が微罪だという意味ではないが。
 連立与党である社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相は「これが政治資金規正法の事件なのか、贈収賄事件までいくのか、今の報道だけではすべての証拠を見ているわけではないのでわからない。消極的な意味でなく、しっかり捜査の行方を見守っていきたい」(参照)と述べていたが、実際上の問題点は、政治資金規正法を越える点にある。
 そしてそこにこそ検察側の難所がある。現下問われている各種の疑惑(最終的には鹿島につながる小沢王国の権力基盤の解明であろうが)は、小沢氏の野党時代に根を持つもので、当然、氏には職務権限がなくまた大半は時効であり、原理的に福島氏が弁護士らしく暗黙に見切っているように、疑惑の土地に水谷建設からの「裏献金」があっても、贈収賄事件として扱うことは検察にはできないだろう。
 あまり良い趣味ではないが、検察対小沢氏ということであれば、局所戦においては、検察が確実な地歩を固めつつあるものの、最終的な絵を仕上げる決め手はまだ欠けた状態であり、であれば、ようやく大きな戦いの端緒についたとも言えるかもしれない。
 もちろん、事は誰もが想像するように、話の展開によっては、現状の民主党政権を事実上吹き飛ばす可能性がある。日本の安全保障にも関わる巨大な問題になりかねない。そこを避けるために、より強い何かが作用するかもしれない。そう言ってしまえば陰謀論のようだが、そうではなく、国民が、もう止めてよ、検察様、小沢様と音を上げるかもしれないという意味だ。

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