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2010.10.02

アザデガン物語 必死だったな石油公団

 まことに大きな利権集団が、閉花期を迎えようとしていた。
 エッフェル塔が完成しパリ万国博覧会が開催された1889年(明治22年)4月9日、後に「アラビア太郎」と異名を取ることになる山下太郎が生まれた。場所は秋田県、今の横手市である。
 地元の祖母の元で育てられ、10歳を過ぎてから東京の実母の家に送られ、青年期に北海道に渡り、札幌農学校(現北海道大学)に学ぶ。卒業後、各種のビジネスに手を染め、失敗を重ねながらも満州でビジネスを拡大した。第二次世界大戦後は石油資源の確保に尽力し、1957年、ペルシャ湾海底採掘権をサウジアラビアおよびクウェートの両国から獲得した。40年間の契約だった。これを契機に1958年、アラビア石油を創立した。
 アラビア石油は、1960年から採油を開始した。石油が日本の高度成長を支える姿にアラビア太郎は満足しつつ、1967年、波乱の一生を終えた。同年、アラビヤン焼きそばが発売された。
 アラビア石油は順調に発展し、石油危機の時代を経て安定した通商産業省の天下り先にまで成長した。しかし振り返れば早いものだ。期限の40年はやってきた。
 2000年、アラビア石油はサウジアラビアからの採掘権を失い、2003年クウェートからも失った。予定されたことではあったが通商産業省は焦った。焦りに輪をかけたのは、同じく天下り先だった石油公団で1998年に1兆円を超す不良資産が発覚してまったことだった。
 なんとか通産省の天下り先を盤石なものにするためも日の丸油田を確保せねばならぬ。
 そこで推定埋蔵量は最大で260億バレルという巨大油田、イラン南西部アザデガン油田に通産省はすがりついた。
 イランにチャネルを持つ商社トーメンから話を開き、2000年10月、イランのハタミ大統領の、イラン首脳としては42年ぶりの来日で、森喜朗首相が音頭を取り、30億ドルの経済支援の見返りとして同油田開発の合意にこぎ着けた。
 開発主体は、国際石油開発、石油資源開発、およびトーメンによる連合体である。トーメンもこの時期経営再建で活路を探していた。国際石油開発は石油公団50%の出資、石油資源開発は石油公団66%の出資。つまり2社の正体は石油公団であり、端的にいえば通産省の安定した天下り先である。
 翌2001年平沼赳夫・元経済産業相がイランを訪問し、ハタミ統領と会談し、開発の早期契約を促した。前途は着実に開けたかに見えたが、同年6月、イランの核開発疑惑を理由に、この開発まかりならぬと、米国ブッシュ政権から横槍が入った。もっとも突然降って湧いた話ではなく、米国は1996年に「イラン・リビア制裁法」を制定しており、ハタミ大統領来日前に警告は日本に通知されていた。
 幸いと言ってよいのかわからないが、日本がイラク戦争で米国率いる有志連合に加わることのバーターでこの問題はしばらく沈静した。また、2002年、小泉政権下で石油公団は廃止の方向が定まった。民間企業の資源開発への出融資に2兆円以上を投じたものの、失敗で2003年度末、約1兆3000億円の損失を出していた。
 実際に廃止されたのは、2005年4月1日。もっとも、日の丸油田への資金提供は代わりに発足する「石油天然ガス・金属鉱物資源機構」に引き継がれたので、天下り構造にはさして影響なし。
 しばらく静かだった米国だが、2003年に圧力再開。こりゃ本気だなと思ったトヨタはトーメンの大株主の立場から、トーメンをアザデガン油田開発から撤退させた。
 それでも石油公団側はくじけず、2004年2月、イランと開発に合意に達し、テヘランで調印された。米国の横槍に挫けずおめでとうと言いたいところだが、ちょっと待て。「鳩山、小沢、気合だ!」の民主党中山義活議員の当時の話を聞いてみよう。2004年3月31日・経済産業委員会(参照)より。


アザデガンの問題は、この油の質はガソリンにできる、それから二千億出すのはこうして、こうやって出すんだけれども必ずこうやって回収ができる、イランとの交渉はここまで進んでいる、絶対うまくいく、そういう事細かに説明が全然ないじゃないですか。質問した方がかえって気の毒だったですよ、あれ。
 大事な問題なんですから、もうちょっと、日本の戦略としてしっかりこのアザデガンの問題は答えてもらいたいんですね。なぜ、まず、十二年半ぐらいの契約なのか、これで果たして利益が出るんですか。それから、バイバック方式で利益が出るんですか。それから、重質油のこの油で果たしてガソリンがどんどんできるんですか。この辺について、まずしっかり答えてくださいよ。全然答弁がなってないんですよ。

 答弁が得られたかというとリンク先を見てもわかるが、なかった。
 問題点を簡単に言えば、(1)バイバック方式で12年半の契約で利益が出るのか?、(2)アザデガンの油質でガソリンになるのか?、ということである。
 バイバック方式というのは、油田開発に投下した費用に所定の利幅を上乗せした生産物で受け取る方式である。12年後には開発設備は無料でイランに渡すことになるのでイランとしてメリットが高い。別の言い方をすると、石油の安定供給というより、石油開発設備を売り込むビジネスに変わっていたということだ。もっと簡単な言い方をすると、それって当初の話と違ってないかということになる。
 その他にも問題はあった。アザデガン油田地域はイラン・イラク戦争時の地雷が多数埋められている。油層もよくわかっていない。掘っちゃって大丈夫なのか。
 それでも進めアザデガンではあった。2006年4月、国際石油開発は帝国石油と経営統合し、石油資源開発もこれに出資した。いや、道は険しく、終わりの始まりでもあったのだろう。
 同年10月、日本が持っていた同油田の権益が75%から10%台に下がった。多くはイラン国営石油公社に譲渡した。日本に原油輸入の道は残るものの、油田開発の主導権は事実上喪失した。
 米国のイラン制裁に日本が屈したのだと見る向きもあるが、地雷撤去作業も進まず、またイランの治安も改善されたとは言い難く、しかたがないという類のものだし、悔やむなら元々なんでこんなところに突っ込んじゃったんだ在りし日の石油公団という話だ。
 そして、2010年9月30日。終わった。
 国際石油開発帝石と経済産業省が撤退を決断した。理由は、米国のイラン制裁が強まり、このままだと国際石油開発帝石が米国の制裁対象に加わるかもしれないことを恐れたというのだ。
 しかし経緯を見てればわかるように、米国に悪役を買わせて引導を渡したというだけの話でしかない。騒がれていた10月1日時点での制裁リストにも掲載されていない(参照)。普通に考えてもそこまで日本に圧力をかける状況でもない。
 報道を見ていると、なぜか毎日新聞と産経新聞が「悔しいのぉ」「米国様には勝てんのぉ」と言った論調が目立つ。30日付け毎日新聞「イラン・アザデガン油田開発:経産省など、撤退 米制裁姿勢を考慮」(参照)より。

 国際石油開発帝石(INPEX)と経済産業省が、イランのアザデガン油田開発からの撤退を決めたことが30日、明らかになった。イランの核開発疑惑をめぐり、米国政府が対イラン制裁姿勢を強める中、このまま開発を継続すればINPEX自体も米国の制裁対象に加えられる恐れがあると判断した。同油田は日本が保有する有数の自主開発油田で、撤退決断は今後の資源エネルギー政策に大きな影響を与えそうだ。

 いやそんな影響はないってば。
 産経新聞「翻弄される経済の生命線 イラン油田撤退」(参照)より。

 国際社会が核不拡散のためイラン制裁を一層強化する中、日本だけが石油のために独自路線を取るわけにもいかなかった。米国は沖縄県・尖閣諸島付近の漁船衝突事件で「日本政府の立場を全面的に支持する」と表明し、対中外交で日本に貸しを作ったばかりでもあった。

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世界を動かす石油戦略
 「石油のために」とかいうけど、米国が支持する自由な世界市場のルールが守られていたら石油というのはたんなるコモディティー(一般商品)でしかない。どっちが大事なのかは島国日本なら考えればわかりそうなものだ。
 かくして「アザデガン物語 必死だったな石油公団」は、終わった。

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2010.10.01

コスプレ金日成、見参、その陰で

 キム・ジョンウンなる人物は本当に存在するのかと私は少し疑問に思っていた。よく見かける少年時代と称する写真だが、左門豊作だろ、これ。ワクワクさん、メガネを貸してくれ。

 近影はどうなのか。疑問に思っていたら、たまたま昨日ガーディアンで見かけた(参照)。コスプレ金日成、だな。

 すごいな、このレンダリング。動く? あとでNHKの7時のニュースを見たら、動いていた。北朝鮮の特撮技術は侮れない。まさか。
 というわけで金王朝三代目のお披露目ニュースだが、別段このコスプレ金日成が実質の権力を持ったわけでもない。北朝鮮テレビまいどの李春姫(リ・チュニ)さんも、にこやかにリアル金日成の娘、金敬姫(キム・ギョンヒ)の名前と並べていた。言うまでもなく、婿の張成沢(チャン・ソンテク)が実質の権力者という意味だ。

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誰がテポドン開発を許したか
クリントンのもう一つの“失敗”
 張成沢が金正日(キム・ジョンイル)体制を支えることは、1994年にタイミングよく不思議な死を遂げた金日成の生前から決まっていたことだった。1991年に韓国に亡命した当時の駐コンゴ大使館の元一等書記官、高英煥(コ・ヨンファン)はこの時点で、三大革命小組事業部長だった張こそが正日の側近ナンバーワンであり、ポスト金日成時代は「金正日・張成沢指導体制」になる、と公言していたものだった。高によれば、正日が1984年来外交を担当しており(ちなみに大韓航空機爆破事件は1987年)、1993年の党大会で正日に主席のポストが譲られるだろう、とも述べていた。この点については、予想が外れたといえば微妙に外れと言えないこともない。
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金正日に悩まされるロシア
将軍様の権力
 1991年時点の高の発言通り、金日成の亡くなった後の北朝鮮は金正日・張成沢指導体制となった。張は薬物取引などで外貨を稼ぎまくり、権力の掌握もそれなりに順調に進んでいるかに見えた。順調というのはつまり、深化組事件(参照)とも呼ばれるが、1997年から2000年にかけて新指導体制強化のため社会安全省内に新組織として深化組を形成し、張の指揮の下、2万5000人の粛清を断行したことだ。
 だが2004年6月17日、朝鮮日報は韓国情報機関説として、張が金総書記の指示で自宅軟禁されていると報じた。続報によれば、張は軍内部に独自の派閥を形成したため、八名ほどの軍幹部とともに粛清されたとのことだった。そうなのか。
 はずれ。2005年6月、南北共同宣言5周年記念行事に参加した当時の鄭東泳(チョンドンヨン)統一相に、正日自身がこう耳打ちした、あいつは爆弾酒(参照)を飲み過ぎて体をこわしたの休ませているだけだよ、と。
 年明けて2006年1月28日、平壌で開かれた正月(旧正月)の国防委員会主催の祝宴には張が元気に出席した。2年半ぶりの登場であったが、その間の実態は謎に包まれている。謎といえば、同年9月末、張は平壌市内で交通事故で腰に重傷を負った。命に別条はなかった。傷も癒えて正式に張が復権したのは2007年11月。治安・司法部門を統括する朝鮮労働党行政部長に任命された。
 この間の2006年12月18日、韓国国会の情報委員会は北朝鮮の体制の崩壊を予測した報告書「北朝鮮の危機管理体制と韓国の対応策」を発表した。それによると、近未来に金正日が死亡した場合、軍部が政権を掌握し、集団指導体制になるとの予想だった。中心人物として上げられているのは、朝鮮労働党作戦部長の呉克烈(オ・グクリョル)であった。
 実際のところ正日が死ぬ気配はしばらくなかったが、2008年9月9日、六か国協議を破棄して北朝鮮が核開発を推進しようとするなか、欧米メディアは正日の重病説を流した。8月中旬に正日に脳卒中があった。突然最高権力者が病に倒れたことで後継者問題が一気に浮上した。
 当時の韓国国防研究院・国防政策研究室長・白承周(ペク・スンジュ)によれば、後継者は、長男で2001年の訪日で日本でも「まさお」の愛称で人気の高い金正男(キム・ジョンナム)と二男の金正哲(キム・ジョンチョル)の争いとなり、金総書記の妹の金敬姫とその夫で党幹部の張の支援を受ける正男が有力だと見ていた。まじで。白と限らず、この時期では張は正男の支援者と見られていたものだった。チャクシがトートーメー嗣ぐだろう普通。
 正日重病説の他に死亡説も噂されるなか、翌2009年の旧正月の国家合唱団・慶祝公演をご本人が観覧したとも伝えられたが写真は公開されず、えっ、これが本人なのか、影武者にしては元気なさそうだといった老人の写真が公開されたのは3月になってからだった。そのころ張はフランスを訪問し正日の治療に当たったことのある医師と面談し、その健康状態についての情報を得ていた。
 存外に元気そうだねという感じで動く正日装束の老人が報道されたのは最高人民会議のある4月だった。以降、あの彼が正日だということで現在に至る。いや別段、本人じゃないよあれはと言いたいわけではないが。
 この最高人民会議では張は国防委員に選出され、憲法も改定した。加えて、三男の金正恩(キム・ジョンウン)を国防委員会の指導員とした。この時点で、張は名目上の権力後継者を正恩に据えたようだ。では、それまで支援してきた正男はどうなるのか。どうなんだろ、正男。問われた正男は、後になってオレは政治には関わってないから知らないと答えている(参照YouTube)。そりゃね、中国が擁立してくるその日まで中国ビジネス、ビジネス。
 正日が卒中で倒れた2008年の時点で張は実質的な最高権力に就いていたのだろうか。そうとも言い難い。かつて正日後には集団体制で権力を握ると目されたこともあった呉克烈だが、2009年2月19日、最高軍事指導機関である国防委員会副委員長に任命された。実質的には、呉は軍の最高実力者である。今年3月に起きた韓国海軍哨戒艦沈没事件についても韓国政府は、呉の影響下の人民武力省偵察総局が主導したと見ている。
 この時点で、張と呉の関係はどうなっていたのか。呉が軍をまとめ、張が党をまとめて正恩擁立をするとも見られていた。が、今年に入って両者の関係は緊張してきたとも伝えられた。
 呉に遅れて張は今年の6月7日に国防委員会副委員長に任命され、両者ともに同じ位置に立った。そして両者の間に利権を巡る権力闘争が報じられた。7月5日付け中央日報「北朝鮮は‘第2人者’パワーゲーム中」(参照)より。

 消息筋によると、昨年2月に国防委副委員長に任命された呉克烈(前労働党作戦部長)は外資誘致と関連した利権を本格的に握り始めた。呉克烈側は専門機構として朝鮮国際商会(総裁・高貴子)を設立し、昨年7月1日に最高人民会議常任委で承認を受けた。政権レベルの追認手続きを踏んだのだ。
 これに対し張成沢側は急いで中国朝鮮族出身の事業家、朴哲洙(パク・チョルス)を呼び入れた。続いて対北朝鮮投資誘致を掲げて朝鮮大豊(デプン)グループを設立、金養建を理事長に、朴哲洙を総裁に任命した。


 消息筋は「呉克烈は自分が主導してきた外資誘致事業に割り込んだ張成沢と金養建に対して相当な不快感を抱いており、現在、朝鮮大豊グループと朝鮮国際商会が主導権争いを繰り広げている」と述べた。

 この争い、どうなったのだろうか。わからない。まったく推測できないわけでもない。
 今回の三代目お披露目の集合写真をよく見ると呉が写っていない。79歳ともなるので写真撮影の日に体調を崩していたのかもしれない、なんて昔の卒業写真でもない。つまり、これは正恩を写した写真というよりも、呉を写さないための写真なのだろう。

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2010.09.30

日本を巻き込む米中貿易戦争の開始

 中国に人民元切り上げを迫る制裁法案が米国下院で29日(米国時間)可決された。世界大恐慌を深刻化させたスムート・ホーリー法の現代版とも言えるような代物で好ましいものではない。米中貿易戦争の開始とも言えるだろう。当然、日本にも影響は出てくる。
 米国下院での採決で賛成が348、反対が79と大差がついたことからもわかるように読みやすく予想された結果でもあった。今後の推移だが、上院で同様の法案が可決された後、上下院で法案を一本化して再度可決し、さらに大統領署名で法律として成立することになる。この間、11月に中間選挙があるため、上院の可決はそれ以降になりそうだ。
 実際に上院で成立するか、またオバマ大統領がこれに署名するかが注目されると言いたいところだが、恐らく成立という流れになる。さらにその後、WTO(世界貿易機関)による違反となる可能性もないわけではないが、中国からWTOに提訴するという図は想像しにくい。
 オバマ政権のガイトナー米財務長官も16日の米上院銀行委員会で中国人民元について、「人民元安が米国からの生産や雇用の流出を促進している」「人民元の上昇ペースは遅く、上昇幅も限られている」、議会の「いらだちを理解する」(参照)と述べており、政権と議会に認識差はない。意外感もあるが中国寄りに見られるニューヨーク・タイムズもこの意見に与している。18日付け「Mr. Geithner and China」(参照)より。ガイトナー長官の議会証言に対して。


It is good to hear Mr. Geithner speaking out. It was also good to hear Japan this week criticizing China’s currency manipulation. The Obama administration now needs to persuade more countries to speak up. That may be the only way to get China to abandon its victim act and its policy that is doing huge economic damage around the world.

ガイトナーの公言が聞けるのは好ましい。今週日本が中国の為替操作を非難したことも好ましいことだ。オバマ政権はより多くの国々が声を上げるよう説得すべきだ。世界全体に経済損失を与えるように犠牲を強いる政策と政策を中国に断念させる唯一の方法であるかもしれない。


 日本ではあまりこうした枠組みの報道は見かけなかったように思うが、尖閣諸島をめぐる問題で揉めているとき、中国側としては通貨問題で日本が米国に与したことも腹立たしく思っていて、強硬な対日策には通貨問題での米国に対する指桑罵槐の側面もあった。加えて言えば、ぼかしているが、中国を甘やかせて巨利を上げているドイツについてもニューヨーク・タイムズは非難している。
 好意的に見るならオバマ政権はガイトナー長官の証言を通して制裁法案回避に向けたシグナルを中国に出しているとも言える。オバマ大統領はさらに23日、個別会談で温家宝首相に早急な人民元切り上げを求めた。が、はぐらかされた。今後、中間選挙では民主党の敗北が予想され、同党のオバマ大統領の力はさらに弱体するので、政権側からの回避策は途絶えるだろう。
 対する中国だが、米国が振り上げた拳を下ろすように、この間に人民元を切り上げて軟化するかだが、これも恐らくないだろう。中国は6月に為替レートの弾力性を高めるとアナウンスしたものの、実際の人民元切り上げは2%と洒落にもならなかった。今後もわずかなポーズが示されるくらいで、実際には貿易戦争に受けて立つということになりそうだ。単純な話、人民元を切り上げれば中国国内雇用にも影響するし、貿易にも影響する。さらに北京政府側に圧力がかかる。特権階級である太子党も看過しない。
 対中制裁法案の内容だが、為替操作による通貨安政策で実質的な輸出補助金を出す国があれば、それを米国商務省に審査させ、輸出補助金と認定されれば、相殺関税を課すようにするものだ。現実的には対中国が想定されている。
 現状米国は、中国が為替操作を行い二割から四割ほど人民元を安くしていると見ている。このため、米国では350万人の雇用が失われたとも推定されている(参照PDF)。
 オバマ大統領が内心ではこの制裁法案を望んでいないように、米側でも反対意見はある。スウェーデン国立銀行賞賞受賞者のロバート・マンデル米コロンビア大学教授もその一人である。27日付けブルームバーグ「マンデル教授:人民元の上昇促す米国の法案、通過すれば「災難」に」(参照)より。

  同教授は香港でブルームバーグテレビジョンのインタビューに応じ、「米国民を助けることにはならない」と言明。「米国民の雇用を創出することはない。災難を生むだけだ」と指摘した。


 マンデル教授は同法案について、「世界経済やアジアの安定に大きなダメージを与えることになる」とした上で、「国際関係の安定を傷つけることになる。経済の歴史において、法制度によりある1国の通貨が他国の通貨に対し上昇を強いられた例は存在しない」と付け加えた。
 また、中国が元の上昇を容認することで米国、もしくは米国の国際収支にプラスとなるとは過去の歴史が示していない指摘した。

 とはいえもはやこの潮流を押しとどめることはできないだろう。
 私としては、米国も愚かなことをするものだなと思っていたが、私が尊敬するコラムニスト、ローバート・サミュエルソンの27日のコラム「The makings of a trade war with China」(参照)でぞっとするような意見を読んだ。日本語でも公開されている(参照)。

 第2次大戦後の通商体制は相互利益の原則に基づいており、完璧でないとはいえ、その原則は守られてきた。だが中国は、自国のニーズに合わせた通商体制を望んでいる。共産党の権力維持に必要な雇用を支える巨大な輸出市場、石油や食材、その他の重要な原材料の供給源の独占、テクノロジーでの優位性というニーズだ。諸外国の経済の成否は、中国の国益への貢献度によって決まる。
 いま対立しているのは、世界秩序に関する2つの考え方だ。旧来の秩序を作り上げ、守ってきたアメリカは、おぞましい選択に直面している。中国の野望に抵抗して、誰もが敗者となる貿易戦争を始めるリスクをとるか、あるいは何も手を打たず、中国に新たな通商体制を構築させるのか。
 前者は危険を伴う。だが、後者は世界を破滅させるかもしれない。

The post-World War II trading system was built on the principle of mutual advantage, and that principle -- though often compromised -- has endured. China wants a trading system subordinated to its needs: ample export markets to support the jobs necessary to keep the Communist Party in power; captive sources for oil, foodstuffs and other essential raw materials; and technological superiority. Other countries win or lose depending on how well they serve China's interests.

The collision is between two concepts of the world order. As the old order's main architect and guardian, the United States faces a dreadful choice: resist Chinese ambitions and risk a trade war in which everyone loses; or do nothing and let China remake the trading system. The first would be dangerous; the second, potentially disastrous.


 道は二つしかないという。(1)誰もが敗者となりうる貿易戦争を始めるか、(2)中国流の世界経済秩序設立を認めるか。
 二番目は「世界を破滅させるかもしれない」と訳されているが、原文では、"potentially disastrous"であり、「破滅」と読むまでもないようにも見える。
 ただし日本は戦後、米国の「旧来の秩序」である公海の自由を基盤に自由交易の上に成立してきた国であり、二番目の選択はそれがなくなるということからすると、米国にとっては"potentially disastrous"であっても、日本にとっては"eventually destruction"になりかねない。
 米国はその原油輸入の状況を見てもわかるように南米と一体化したブロック経済圏が取れないことはないし、大西洋側の欧州・アフリカとの連繋も可能だが、日本にはそうしたチョイスはない。

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2010.09.29

尖閣沖衝突事件、欧米紙の論評

 尖閣沖衝突事件についてフィナンシャル・タイムズ、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストの社説が出揃った。最初がフィナンシャル・タイムズで友好関係の重視しつつも日本が一貫した対中政策を固持するように示唆した。ニューヨーク・タイムズは日本への配慮を示し、米国内向けであろうが、日本への関与の重要性を説いた。ワシントン・ポストはしばらく沈黙を守ったが二紙より踏み込んで、米国の対中戦略が転換期にあるという見解を出した。
 この事件、日本側からは米国を安保の文脈で見がちだが、米側からすると中国との関係はなにより通貨問題で深刻にこじれつつあり、そのほうが重要な課題でもある。別の言い方をすれば、中国も対米の深刻な通貨問題を理解はしているので、指桑罵槐として日本を非難している側面もある。
 最初の言及はフィナンシャル・タイムズの14日付け「Mending fences in Beijing and Tokyo」(参照)であった。冒頭はこの時点の空気を伝えている。


Now that Naoto Kan, just three months into his premiership, has survived a leadership challenge, he can concentrate on running Japan. There’s much to be done. The yen, at Y83 to the dollar, is at 15-year highs, the recovery is flagging, and the government has still not figured out how to support the economy while reining in the fiscal deficit. Mr Kan has at least one more pressing item in his in-tray: deteriorating relations with China.

首相となって三か月ばかり、しかもようやく同党総裁選を乗り切って菅直人が国政運営に乗り出せる。やるべき事は多数ある。日本円は対ドル83円と15年来の高値を付け、回復は弱い。財政赤字を抑制しつつ菅内閣はいまだ経済支援策が見いだせない。しかも菅氏にはもう一つ課題がのし掛かった。中国との関係悪化である。


 この時点ではフィナンシャル・タイムズは問題をまだ大局的に見ていた。難しい問題とは認識されていなかったせいもある。関係悪化については次のように見ていた。

These have got worse for two reasons. First, China’s regional presence is looming larger – and not just for Japan. Sino-Indian relations, too, have become noticeably more fractious. Second, the weak and divided Democratic party has been unable to stick to a consistent line on China – or anything else. Individual ministries have made up policy on the hoof.

悪化には二つの理由がある。第一に対日のみならずこの地域での中国の存在感が増していること。中国とインドの関係もこれに含まれる。中印関係もまたかなりぎくしゃくとしている。二点目には、日本民主党が弱体化・分裂しているために、対中政策と限らず一貫した態度が取れないことだ。民主党の閣僚はそれぞれ自分勝手な政策を取っている。


 中国が外交で失敗を重ねてきたあたりは日本のメディアからはあまり指摘されていないので知らないかたも少なくないだろう。
 より重要な指摘は、日本民主党の内閣がいわば政策面で無秩序状態になっていたということだ。多少勇み足なコメントをすると、今回の事態、日本側からすると、民主党内の分裂状態を見据えたうえで、前原外相が一気に夜討ちをかけたに等しかった。言い方は悪いが、日本をあえて窮地に追い込んで人質とすることで民主党内と米国に脅しをかけ、党内を親米路線に固める狙いがあったのだろう。おそらく仙谷官房長官としては党内理由だけでこれに舵を切ったのではないだろうか。
 この時点のフィナンシャル・タイムズの結語はごく穏当なところにとどまっている。

The best thing Mr Kan can do for Sino-Japan relations is develop a firm, but consistent line – and stick around to implement it.

対中関係で菅氏が取り得る最善策は、堅実で一貫した政策を採り、それを固持することである。


 その一貫した対中政策は、結果としての今回の前原路線とは言い難い。おそらくフィナンシャル・タイムズ側も前原大臣の決断に驚いたのではないか。言うまでもなく、今回の事態に、菅首相はほとんど関わっていないのである。
 ニューヨーク・タイムズは事態の安定を待って25日付け「China, Japan and the Sea」(参照)でこの問題を扱った。

China forced Japan to back down but still did itself no favor. Its bullying behavior will only make its neighbors even more anxious about Beijing’s intentions.

中国は日本に退歩を強制したが中国側で得たものはなにもない。中国の乱暴な行動は中国政府に対する隣国の不安を増強するだけになる。

There are also questions about Tokyo’s motives. Japanese coast guard officers often board Chinese fishing vessels found in waters claimed by Tokyo to send a message and then send them on their way without incident.

日本政府の意向にも疑問がある。日本の海上保安庁の巡視船は領海内の中国漁船に警告を伝えた後、事件とせず追い払うのが通例だった。

The collision this time seems more serious, largely because Chinese warships are also increasingly crossing into Japanese waters.

今回の衝突がより深刻なのは、中国海軍の日本領海侵犯が増えているためだ。

The scars in China over Japan’s long and brutal occupation have not healed. But the two countries have tried to work together to rein in North Korea’s nuclear program. The United States, which has a strong alliance with Tokyo, also is rightly eager to encourage China to become a more responsible regional player.

長期にわたる日本の乱暴な占領の傷から中国は癒えていないが、この二国は北朝鮮の核開発に協調して取り組もうとしてきた。日本政府と強固な同盟関係を持つ米国も、中国に対してこの地域の関係者として責任ある行動を取るよう積極的に直言している。

The Obama administration has offered to “facilitate” talks that would ensure freedom of navigation and encourage all states to settle their claims peacefully. That won’t solve the territorial disputes, but it should make confrontations less likely. The time to act is now.

オバマ政権は公海の自由と関係国の領土問題を安定させるための対話を提案してきた。対話によって領土問題が解決できなくとも、対立を低減させる。対話を即座に開始すべきだ。


 南シナ海に東シナ海を含めた領土問題で、オバマ政権が対話会合を呼びかけているというのは、意外とこの間、日本からの報道からは見えないのではないだろうか。
 日本の従来のいわゆるリベラルな視点からすれば、対話による平和がもっとも好ましいだろうが、主導権が米国にあると見られ、米国による新支配のように受け止められているからかもしれない。
 いずれにせよ、ASEAN(東南アジア諸国連合)は今後、こうした方向に進まざるを得ないが、中国の現状としてはなかなか応じることは難しいだろう。繰り返すが、現状の日本からすると日米安保条約が強調されるが、重要性ははそれ以前のルール作りのほうに存在している。
 ワシントン・ポストは、米国を含めた対中問題の構図から27日になって「Rising power」(参照)を出した。ニクソン時代からの対中戦略から説き起こされ、それが転換点にあるという含みを強調している。どのような新事態なのか。

But in recent weeks, China's behavior has reminded the world that it remains an authoritarian state with national and territorial grievances -- and its own ideas about the political and military uses to which its economic might should be put.

この数週間の中国の行動で、国家間の領土問題に威圧的に挑む国家と、威圧力維持に政治と軍事にカネをつぎ込む発想が、いまだ存在するのだと世界中が思い知らされた。



Bluntly demanding that Japan release a Chinese fishing boat captain who had collided with Japanese patrol boats in waters both countries claim, Beijing turned a minor dispute into a geopolitical shoving match, complete with officially tolerated nationalist demonstrations in major Chinese cities.

領海を主張しあう海域で日本の巡視船に衝突してきた中国漁船の船長を釈放せよと中国がぶしつけに要求したことで、中国政府はこの些細な争いを地政学的な対立問題に変え、その仕上げに中国主要都市でナショナリズムのデモを認可した。


 文脈はこの先さらに中国が日本にかけた圧力にも言及している。
 ワシントン・ポストの論調は、いったいどこの産経新聞かというトーンも感じられるが、重要なのは、中国政府が些細な問題を地政学的な問題に変質させたというのが米国の認識であることだ。いわば、今回の事態がニクソン時代からの対中観の転換点になるという含みがある。
 米国側からすると、問題は対日なり日米同盟という文脈だけではない。

Japan announced Friday that it would let the captain go; now China demands an apology besides. Meanwhile, it also continues to question U.S. efforts to impose sanctions against Iran -- and pushes to build a nuclear reactor in Pakistan, a possible violation of international nonproliferation law.

日本が漁船船長を釈放しても中国は謝罪を求めている。この間も中国は米国の対イラン制裁を疑問視している。加えて、中国はパキスタンに向けて、国際的な核拡散条約に違反している可能性のある原子炉建築を支援している。

And, of course, it shows no sign of permitting its undervalued currency to rise substantially, despite overtures from President Obama, including directly to Prime Minister Wen Jiabao last week, and from an increasing number of its trading partners whose economies also suffer from China's stance.

言うまでもないが、中国は、低く抑えられた中国通貨を切り上る兆候をまったく示していない。オバマ大統領が先週温家宝首相に直接提案しても、貿易国が提案しているにもかかわらずである。中国通貨政策で困窮している貿易国は増えている。


 米国政府では、数多くの対中問題の象徴的な出来事として、今回の事件が受け止められていると見てよいだろう。
 日本については、その延長で日米同盟強化の再確認となった。なお、日本では尖閣諸島域が安保対象になるという言質は報道されていないという変な情報も飛び交っていたが、ワシントン・ポスト社説はその明確な否定ともなっている。

The recent clash with Japan was probably an opportunistic test of the new Japanese leadership and of the strength of the U.S.-Japan security alliance.

中国が日本と軋轢を起こしたのは、日本の新政権と日米同盟の強固さを試してみたかったからだろう。

Fortunately, the Obama administration, after some initial mixed signals, voiced support for the alliance. Japan, South Korea and other U.S. allies in the region have appeared to rediscover the wisdom of U.S. ties in light of China's behavior. Washington must stand by them firmly.

幸い、オバマ政権は、当初混乱した外交メッセージを出してしまったものの、同盟国支援の声明を出した。日本、韓国、その他のこの地域の米国同盟国は、米国による賢明なる同盟が中国行動を明瞭にすることを再認識できたようだ。米国政府は同盟国と堅実にあるべきだろ。


 今回の事態で、日米同盟を含め、この地域の米国の同盟国の絆を確認する機会となったというのだが、ワシントン・ポストとしては、オバマ大統領の事実上の外交失敗がこうした事態を招いたという批判の含みがある。
 私の素朴な感想を言えば、麻生政権ならこんなものものしい事態を引き起こす必要もなく、日本主導でアジア諸国と連繋し、日米関係ももう少し緩やかなものに安定させたのではないかと悔やまれる。従属性の高まる日米関係もまた政権交代の、やや意外かもしれない結果でもあった。


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2010.09.28

雑音多し、2010年度補正予算

 2010年度補正予算編成の検討が始まった。10日の時点ですでに9200億円の経済対策を提示したものの、ねじれ国会の野党からの突き上げもあるが、それでは迫る景気低迷に対処できないと菅政権が理解したものだ。
 失政に次ぐ失政の菅政権ではあるがあられもなく失敗すると衒いもなく転身する。それもまた政治的な能力でもあろう。でればもうちょっと転身してもよさそうな点がある。菅総理は都合の悪い話にも耳を傾けるタイプの人でもないし、雑音も多いので届かないとは思うがふれておこう。
 「雑音」とするのは多分に価値判断が含まれてて、かく言う私の話こそ「雑音」であろう。そこでどっちもどっちで見ていくと、今朝の大手紙社説は興味深いとも言えるものだった。
 朝日新聞社説「補正予算―与野党協議の良き前例に」(参照)は前提からして、補正予算の必要性を野党対策としている点、冗談を書いているつもりはないのだろうが、笑えるところだった。朝日新聞には景気低迷の認識が菅政権ほどにもないのである。


 経済対策といえば、エコポイント制度の延長や若者向け雇用対策などに予備費約9200億円を活用することが先週、閣議決定されたばかりだ。追加対策が不可欠とは思えない。
 にもかかわらず首相が補正に踏み切った理由の一つは、「思い切った規模の対策」を求める野党への配慮だろう。自民、公明の両党は4兆~5兆円を提言している。民主代表選で小沢一郎氏が2兆円対策を求めたように、党内世論も意識せざるをえない。
 財源のめどが立つという幸運にも恵まれた。昨年度決算の剰余金が出たうえ、今年度の税収が予想より増えている。かたや超低金利のおかげで国債の利払いは減りそうだ。これらで3兆~5兆円の財源が見込まれる。

 朝日新聞にしてみると、9200億円の経済対策以上に追加対策が不可欠とは思えないとのことだ。その判断理由は示されていない。ちなみに逆の判断理由はあとで言及する。
 では補正予算は何かというと朝日新聞は「野党への配慮」としている。加えて、剰余金と税収増加を上げている。税収増加は景気に依存するのだし、鳩山政権の経済を下支えをしたのは政権交代前の麻生内閣の先見性ではなかったかと私などは思う。
 にも関わらず朝日新聞は補正予算に要望を突きつけるのだが、これが、むちゃくちゃいうなよという印象で愉快だった。

 第一に、財源を膨らませるために新たな借金である国債発行はしないことだ。来年度予算は3年連続で税収より国債による収入の方が多くなるのは必至だ。そんな異常事態のもとで菅政権が財政規律をゆるませる姿勢を少しでも見せれば、納税者にも市場にも不信と不安を広げてしまう。
 第二に、来年度予算で本格的に取り組む新成長戦略や雇用創出につなげる内容にすることだ。


 第三に、補正予算案の編成作業が今後の与野党協議のお手本になるようにしてほしい。

 朝日新聞さん曰く、まず国債発行まかりならぬの掟。その後、成長戦略や雇用創出をせよというのだが、これは毎度ながらの不毛な結果論だ。政府はどのセクターが成長するかはわからないし、雇用こそ景気の結果である。三点目のお手本話はとってつけたご教訓。結論から言えば、朝日新聞社説は無内容だった。ただの雑音でしょ、つまり。
 読売新聞社説「補正予算 与野党連携で編成・執行急げ」(参照)は野党対策を二義にしているだけ多少問題点を理解している。

 円高・株安に加え、これまでの支援効果の息切れもあって、景気の先行きに不透明感が漂っている。
 こうした局面で、政府が補正予算を伴う景気対策に踏みきるのは時宜を得た対応だ。できれば、野党とも協議して内容を詰め、早期に執行させるべきである。


 しかし、政府・日銀による為替介入にもかかわらず、円相場は高止まりしたままだ。米国や中国経済の減速もあり、この程度の対策では不十分だとの声が強まった。経済界にしてみれば、当然の要求といえよう。
 さらに、自民党や公明党が4兆~5兆円規模の補正予算による景気対策を求めていることもあって菅首相も対抗上、補正予算編成を決断した。
 規模については、政府は4兆円前後を考えているようだ。おおむね妥当な水準ではないか。

 この先も読むに読売新聞としては、ようするに補正予算の4兆円なら妥当だろうという以上の話はない。もともとグロスの問題なのでそれでよいとも言えるのだが、経済の視点からすると、予想される景気低迷にそれが十分な額なのかというのが話題であるべきだった。
 日経新聞社説「補正は「額ありき」より中身だ 」(参照)は経済紙だけあってもう少し中に踏み込んでいる。

 第一に、規模の議論が先行し、何のための補正なのか、首相の考えがみえない。国会の衆参議席のねじれで野党の理解なしには予算の関連法案は成立しない。自民党は5兆円、公明党は4兆円の対策が必要だと主張している。政府・与党内では野党が示した規模に合わせるには、どこから、いくらひねり出せばよいかといった話が主眼になっている。
 これでは手順が逆だ。まず必要なのは景気の先行きがどう推移するのか、的確に分析することだ。

 この指摘は正しく、まさに朝日新聞社説と読売新聞社説が空回りしている構図そのものである。ただし当の日経新聞社説ではその推定には踏み込んでいない。

 第二に、財源について新しく国債を出さないという形式要件を重視しすぎている。国の財政の厳しさを考え、今年度の国債発行を今以上に増やさないという考えには一理ある。そのために(1)09年度決算の純剰余金(2)今年度の税収見通しの上方修正分(3)今年度の国債費の下方修正分――をかき集める案が検討されている。
 しかし決算剰余金は国債の償還に充てるべき資金だ。特例法を制定してその原則を崩すのは、見た目には国債発行を避けられても新たに国債を出すのと変わらない。逆に、景気の先行きが本当に深刻なら国債発行もためらうべきではなかろう。

 民主党政権は自民党政権とは違って素人受けのよい詭弁が多いが、これもその部類で、読売新聞社説はわかっていても、いちおう民主党政権のメンツでつい社説を書いてしまった。
 この点についていえば、ようするに、景気動向を見据えて現下では国債増額を判断するのが政府の役割なのだが、この政権はそこができていないし、大手紙ですら各種雑音を発生しているということだ。
 この議論、まともなのが27日付けフィナンシャル・タイムズ「Japanese stimulus」(参照)だった。

For the Japanese economy, the need for fiscal stimulus seems to be never-ending. With the effects of the government’s crisis-induced public spending spree wearing off, policymakers are planning to introduce a supplementary budget of up to $55bn to finance further stimulus measures.

日本経済では、終わりなき財政刺激必要とされるようだ。菅政権自演の財政危機騒ぎの影響力もかすれてきたので、政策担当者たちは財政刺激として550億ドル上限の補正予算導入を検討している。

The need for such action is manifest. Japan experienced the deepest recession in the Group of Seven countries during the crisis, with a peak-to-trough contraction of 8.6 per cent of national output. Other rich countries are struggling forward; Japan seems to be stuck in its tracks. An annualised growth rate of 5 per cent in the first quarter of 2010 dropped to 1.5 per cent in the second quarter.

財政刺激策の必要性は明白である。日本は世界経済危機のさなかG7諸国のなかで最悪の低迷を経験している。GNPは最盛期に比して8.6%も落下した。他の富裕国はまがりなりにも改善しているなか、日本はいまだにこの轍に嵌っているようだ。2010年第一・四半期の年率5%の成長率は第二四半期では1.5%に落ちた。


 日本の大手紙社説は言及しないが、日本経済は、つまり、そういう事態なのである。
 なのでとりあえずフィナンシャル・タイムズとしては今回の補正予算は悪くないだろうとは見る("Additional fiscal stimulus is certainly a good idea")。だが、効果も期待できないとしている。

Yet, even if well spent, a $55bn stimulus will make little difference to an economy the size of Japan’s – even if it represents an improvement on the paltry Y918bn ($11bn) package agreed by the government last week.

効果的に550億ドルの第二次補正予算が実施されても、日本の経済規模からすればほとんど効果は見られないだろうし、効果といっても先週合意された9180億円程度の刺激ほどの改善である。


 朝日新聞社説とは違った意味で、たいした効果がないのだから、野党対策に過ぎないとも言える。
 ではどうすべきなのか?

Given the constraints of Japan’s public debt, there may be more room for monetary than fiscal expansion. At 0.1 per cent, nominal interest rates cannot get much lower, but falling prices make real rates higher than desirable.

日本の財政赤字という制約からすれば、財政支出より金融政策に検討余地があるだろう。0.1%の名目金利は下げようがないが、物価低迷は実質金利を好ましくない水準に引き上げる。

Unconventional monetary tools are needed to put some inflationary pressure into the economy. More temerity from the Bank of Japan could do more than a fiscal push.

日本の経済にはよりインフレ圧力をかけるために非伝統的な金融施策が必要とされている。日銀に勇気があれば、財政的な梃子入れ以上のことが可能なのだ。


 簡単に言うと、日銀さん、勇気をもってリフレしなさい、ということである。
 以上。

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2010.09.27

スーダン情勢についてのオバマ米大統領演説

 スーダン情勢ついて議論する関係国の閣僚級会議が、統一政府のタハ副大統領と自治政府のキール大統領も出席し、24日国連本部で開催された。関係国約40か国中もっとも重要な位置を占める米国のオバマ米大統領が演説は米政府サイトに「Remarks by President Barack Obama in a Ministerial Meeting on Sudan」(参照)として掲載されている。
 重要な演説なので、以下に試訳しておきたい。

Remarks by President Barack Obama in a Ministerial Meeting on Sudan
スーダンについての閣僚会議で行った米国オバマの発言
President Barack Obama
New York, NY
September 24, 2010
AS DELIVERED

Good afternoon. Mr. Secretary General, on behalf of us all, thank you for convening this meeting to address the urgent situation in Sudan that demands the attention of the world.

こんにちは、事務総長さん。世界の注目を要するスーダンの緊急的な状況について、その意見を発するための会議を開催してくださり、みなさんに代わって感謝します。

At this moment, the fate of millions of people hangs in the balance. What happens in Sudan in the days ahead may decide whether a people who have endured too much war move forward towards peace or slip backwards into bloodshed. And what happens in Sudan matters to all of sub-Saharan Africa, and it matters to the world.

現在、何百万もの人びとの命運が予断を許さない状況にあります。この先スーダンで起きることで、過剰な戦闘に耐えてきた人びとに平和が訪れるのか、あるは流血に舞い戻るのか、いずれかが決まる可能性があります。そしてスーダンで起こることはサハラ以南の国々にも重要ですし、世界にとっても重要なのです。

I want to thank Vice President Taha and First Vice President Kiir for being here.

(スーダンの)タハ副大統領とキール第一副大統領のご出席に感謝します。

To my fellow leaders from Africa, the Middle East, Europe and Asia -- your presence sends an unmistakable message to the Sudanese people and to their leaders that we stand united. The Comprehensive Peace Agreement that ended the civil war must be fully implemented. The referenda on self-determination scheduled for January 9th must take place -- peacefully and on time, the will of the people of South Sudan and the region of Abyei must be respected, regardless of the outcome.

お二人が出席されたことで、スーダン国民とその指導者と私たちが結束しているというメッセージを私の同僚であるアフリカ、中近東、欧州、アジアの指導者にはっきりと伝えています。内戦を終結させる包括的平和条約は完全に実施されなくてはなりません。1月9日に予定されている民族自決の国民投票は、平和裏に期日通りに実施されなければなりません。その結果がどのようなものであっても南スーダンと(境界地域の)アビエイの人びとの意思は尊重されなければなりません。

We are here because the leaders of Sudan face a choice. It’s not the choice of how to move forward to give the people of Sudan the peace they deserve. We already know what needs to be done. The choice is for Sudanese leaders -- whether they will have the courage to walk the path. And the decision cannot be delayed any longer.

スーダンの指導者がこの選択に直面するために私たちはここに居ます。スーダンの人びとが望む平和を与える手法の選択ではありません。私たちは何がなされるべきかをすでに知っています。その選択はスーダンの指導者が勇気を持ってこの進路をとるのかということです。そしてこれ以上その決断を遅らせるわけにはいきません。

Despite some recent progress, preparations for the referenda are still behind schedule. Now, the vote is only a little more than a hundred days away. And tragically, as has already been referred to, a recent spike in violence in Darfur has cost the lives of hundreds of more people.

多少の前進はあったものの、国民投票のスケジュールは遅れています。投票日まであと百日有余しかありません。加えて、すでに何度も言及されてきましたが、最近のダルフールでの衝突にで数百人もの人びとの命が犠牲になったのは、悲劇的です。

So the stakes are enormous. We all know the terrible price paid by the Sudanese people the last time north and south were engulfed in war: some two million people killed. Two million people. Millions more left homeless; millions displaced to refugee camps, threatening to destabilize the entire region. Separately, in Darfur, the deaths of hundreds of thousands shocked the conscience of the world. This is the awful legacy of conflict in Sudan -- the past that must not become Sudan’s future.

だからこの選択の報酬は大きいのです。南北内戦によってスーダン国民がとてつもない代償を払ってきたことは私たちみんなが知っています。200万人もの人びとが殺害されたのです。200万人です。この地域が不安定であることに怯えて、数百万人の人びとが家を失い、また数百万人の人びとが避難キャンプに身を寄せました。さらにそれとは別にダルフールでは数十万人が殺害され、良心をもつ世界人びとに衝撃を与えました。スーダンの紛争は恐るべき遺産です。この過去がスーダンの未来であってはなりません。

That is why, since I took office, my administration has worked for peace in Sudan. In my meetings with world leaders, I’ve urged my counterparts to fully support and contribute to the international effort that is required. Ambassador Susan Rice has worked tirelessly to build a strong and active coalition committed to moving forward. My special envoy, General Gration, has worked directly with the parties in his 20 visits to the region.

だからこそ、私が米国大統領に就任してから、米国政府はスーダンの平和に働きかけてきました。世界の指導者が集う会合で、必要とされる国際貢献を私は各国の指導者たちに促してきました。スーザン・ライス大使は事態改善に向けて強固な連帯を築くように疲れ知らずに働いてきました。米国特使グラトン退役少将はこの地域に20名からなる多党派の訪問団を直接率いてきました。

We’ve seen some progress. With our partners, we’ve helped to bring an end to the conflict between Sudan and Chad. We’ve worked urgently to improve humanitarian conditions on the ground. And we’re leading the effort to transform the Sudan People’s Liberation Army into a professional security force, including putting an end to the use of children as soldiers.

米国にも成果はありました。米国の協調で、スーダンとチャドの紛争集結を援助してきました。現地では人道危機状況の改善が緊急課題です。さらに、子供兵士の存在をなくすことも含め、スーダン人民解放軍を専属の治安部隊に編成しなおすように指導しています。

Recognizing that southern Sudan must continue to develop and improve the lives of its people -- regardless of the referendum’s outcome -- we and the U.N. mission are helping the government of southern Sudan improve the delivery of food and water and health care and strengthen agriculture.

国民投票の結果いかんに関わらず、南スーダンの人びとの生活を発展・改善を理解し、食糧と水の提供、さらに健康管理、農業強化に向けて、米国と国連は南スーダン新政府を援助します。

And most recently, we’ve redoubled our efforts to ensure that the referenda takes place as planned. Vice President Biden recently visited the region to underscore that the results of the referenda must be respected. Secretary Clinton has engaged repeatedly with Sudanese leaders to convey our clear expectations. We’ve increased our diplomatic presence in southern Sudan -- and mobilized others to do the same -- to prepare for the January 9th vote and for what comes after.

米国はさらに最近、予定通り国民投票が実施されるように努力を倍増してきました。バイデン米国副大統領は国民投票の結果が尊重されるように当地を再訪しました。クリントン米国務長官はスーダン指導者へ米国の期待をなんども確約してきました。米国は、1月9日とその後の事態に備え、南スーダンでの外向存在感を強めてきたのです。

But no one can impose progress and peace on another nation. Ultimately, only Sudanese leaders can ensure that the referenda go forward and that Sudan finds peace. There’s a great deal of work that must be done, and it must be done quickly.

とはいえ、他国に進展と平和を押しつけることはできません。スーダンに平和がもたられるように国民投票が進展されことを確約できるのは、突き詰めて言えば、スーダン指導者だけです。実施に向けては多大の作業がありますし、それは早急になされなければなりません。

So two paths lay ahead: one path taken by those who flout their responsibilities and for whom there must be consequences
-- more pressure and deeper isolation.

行く道は二手に分かれています。一方は、無責任な者が悔やむことになる道です。国際圧力は増し、より孤立することになるからです。

The other path is taken by leaders who fulfill their obligations, and which would lead to improved relations between the United States and Sudan, including supporting agricultural development for all Sudanese, expanding trade and investment, and exchanging ambassadors, and eventually, working to lift sanctions -- if Sudanese leaders fulfill their obligations.

もう一方は、指導者が義務を実施する道です。それは米国とスーダンの関係改善をもたらします。スーダン国民に向けて、農業発展支援や交易と投資の拡大、大使交換、さらには制裁解除することが含まれます。あくまでスーダン指導者が義務を実施すればの話ですが。

Now is the time for the international community to support Sudanese leaders who make the right choice. Just as the African nations of the Intergovernmental Authority on Development rose to the challenge and helped the parties find a path to peace in 2005, all of us can do our part to ensure that the Comprehensive Peace Agreement is fully implemented.

今はスーダン指導者が正しい選択をするように国際社会が支援する時です。政府間開発機構が2005年、和平に挑戦し支援したように、包括的平和条約の完全なる実施に私たちはみな責任を持ちます。

We must promote dignity and human rights throughout all of Sudan, and this includes extending the mandate of the U.N. independent expert of Sudan -- because we cannot turn a blind eye to the violation of basic human rights. And as I said, regardless of the outcome of the referenda, we must support development in southern Sudan, because people there deserve the same dignity and opportunities as anyone else.

私たちはスーダン全土で人間の尊厳と人権を推進させなければなりません。これには、独立した国連によるスーダン向け専門家への委任拡大を含みます。私たちは基本的人権が侵害されるのを看過できないからです。すでに述べてきましたように、国民投票の結果いかんに関わらず、私たちは南スーダンの発展を支援します。南スーダンの人びとも他の人びと同様、尊厳と機会が与えられなければならないからです。

And even as we focus on advancing peace between north and south, we will not abandon the people of Darfur. The government of Sudan has recently pledged to improve security and living conditions in Darfur -- and it must do so. It need not wait for a final peace agreement. It must act now to halt the violence and create the conditions -- access and security -- so aid workers and peacekeepers can reach those in need and so development can proceed. Infrastructure and public services need to be improved. And those who target the innocent -- be they civilians, aid workers or peacekeepers -- must be held accountable.

さらに南北間の平和前進が議論されているなかでも、私たちはけしてダルフールの人びとを見捨てることはありません。当然のことですが、スーダン政府は最近ダルフールでの安全と生活状況の改善を確約しました。最終的な平和条約にはまだまだ時間がかかるでしょうが、即座に暴力の停止と、平和に向けての条件作りが必要です。条件とは、この地域に入れることと安全です。支援者と平和維持部隊が必要に応じてこの地に入ることができれば改善が可能になります。社会基盤と公的サービスの改善が求められています。市民や支援者、平和維持部隊を標的とする者たちは訴追可能にしなければなりません。

Progress toward a negotiated and definitive end to the conflict is possible. And now is the moment for all nations to send a strong signal that there will be no time and no tolerance for spoilers who refuse to engage in peace talks.

交渉による完全な紛争終了に向けた進展は可能です。今や、すべての国が、平和交渉阻止に裂く時間もなく我慢もできないと強いメッセージを出す時です。

Indeed, there can be no lasting peace in Darfur -- and no normalization of relations between Sudan and the United States -- without accountability for crimes that have been committed. Accountability is essential not only for Sudan’s future, it also sends a powerful message about the responsibilities of all nations that certain behavior is simply not acceptable in this world; that genocide is not acceptable. In the 21st century, rules and universal values must be upheld.

現実には、ダルフールには継続的な平和が存在できません。スーダンと米国間にも正常な関係はありません。遂行されてきた犯罪が訴追可能でなければ無理なのです。訴追可能の重要性はスーダンの未来のためだけではありません。ジェノサイド(民族虐殺)は許されないのです。世界には許されざる行為が明白に存在します。訴追可能であるということは、このことについて、すべての国民が責任を持っているという強いメッセージを送ることになります。21世紀にあっては、規律と普遍的な価値が保持されなければならないのです。

I saw the imperative of justice when I visited one of the camps in Chad several years ago. It was crowded with more than 15,000 people, most of them children. What I saw in that camp was heartbreaking -- families who had lost everything, surviving on aid. I’ll never forget the man who came up to me -- a former teacher who was raising his family of nine in that camp. He looked at me and he said very simply, “We need peace.” We need peace.

私は数年前ですがチャドの避難キャンプの訪問で、正義というのもの定言命法(条件なしの命令)に遭遇しました。そこには1万5千人もの人が群がり、大半は子供でした。キャンプでの光景は私の胸が張り裂けるものでした。すべてを失った家族が援助で生き延びているのです。私に寄ってきた、九人家族を養う元教師のかたのことは忘れられません。彼は私を見つめ、「平和を求めます」とだけ言いました。私たちは平和を求めます。

Your Excellencies -- Vice President Taha, First Vice President Kiir -- the Sudanese people need peace. And all of us have come together today because the world needs a just and lasting peace in Sudan.

タハ副大統領閣下、キール第一副大統領閣下、スーダン国民は平和を求めています。私たちみんなが今日ここに集ったのは、スーダンに永続的な平和を求めるためだけなのです。

Here, even as we confront the challenges before us, we can look beyond the horizon to the different future that peace makes possible. And I want to speak directly to the people of Sudan, north and south. In your lives you have faced extraordinary hardship. But now there’s the chance to reap the rewards of peace. And we know what that future looks like. It’s a future where children, instead of spending the day fetching water, can go to school -- and come home safe. It’s a future where families, back in their homes, can once again farm the soil of their ancestors.

ここで眼前の挑戦に向き合いながらも、私たちは水平線の向こうに平和が可能になる別の未来を見ることができます。そして私は南北のスーダンの人びとに直接語りたいのです。お二人は大変な困難に直面してこられました。しかし、今が平和という成果を得るチャンスなのです。私たちは未来がどのようなものか知っています。それは、水を求めて終日を費やす子供ではなく、安全に学校に行き来できる子供たちのいる未来です。キャンプから開放され父祖の農地に戻れる家族のいる未来です。

It’s a future where, because their country has been welcomed back into the community of nations, more Sudanese have the opportunity to travel, more opportunity to provide education, more opportunities for trade. It’s a future where, because their economy is tied to the global economy, a woman can start a small business, a manufacturer can export his goods, a growing economy raises living standards, from large cities to the most remote village.

この人びとの国が国際社会に復帰し、多くのスーダン国民が旅行に出られたり、より教育を受けることができたり、交易のチャンスがある未来です。小さなビジネスを女性でも開始でき、製造業者も輸出業ができる未来です。グローバル化した経済のなかで、経済成長し、大都市から小村まで生活を改善できるのです。

This is not wide-eyed imagination. This is the lesson of history -- from Northern Ireland to the Balkans, from Camp David to Aceh -- that with leaders of courage and vision, compromise is possible, and conflicts can be ended. And it is the example of Africans -- from Liberia to Mozambique to Sierra Leone -- that after the darkness of war, there can be a new day of peace and progress.

目を丸くするような空想ではありません。これは歴史が教えることなのです。北アイルランドからバルカン半島まで、キャンプ・デイヴィッドからアチェ州まで、国の指導者は勇気と構想をもって、妥協を可能とし紛争を終わらせてきた歴史があります。今度はアフリカがその例となるのです。リビアからモンザビークやシエラ・レオネまで、暗い戦争の後には、平和と繁栄が可能になります。

So that is the future that beckons the Sudanese people -- north and south, east and west. That is the path that is open to you today. And for those willing to take that step, to make that walk, know that you will have a steady partner in the United States of America.

南北、東西、そのスーダンの人びとが招く未来がここにあります。その道が、お二人の前に今日開かれています。この道を選び、歩むことで、お二人はアメリカ合衆国という確固たるパートナーを得るのだということを知って下さい。

Thank you very much. (Applause.)

ありがとうございました。(拍手)

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2010.09.26

柳条湖事件と盧溝橋事件の比喩性

 昨日尖閣沖衝突事件の中国側の背景について触れたが、もう一点補足と関連の話をしておいたほうがよいかもしれないとも思った。なぜこの時期に中国は領海問題というタッチーな問題で騒ぎ出したのか、そして、なぜ胡錦濤政府は過剰なまでに強行的な立場を取るのか。
 9日のことだが広東省広州市の日本総領事館外壁に中国人男がビール瓶投げつけ公安当局に取り押さえられた(参照)。また12日には天津市の日本人学校のガラス窓が撃ち込まれた金属球で割られる事件が発生した(参照)。こうした絵に描いたような反日運動誘導的な事件だが、時期的に今回の尖閣沖衝突事件の文脈で報道された。
 実際には、柳条湖事件から79周年を迎える9月18日にちなんだ、予期された反日活動の一環でもあった。むしろ、尖閣沖衝突事件の中国社会での受け取り方には直接的にはこちらの文脈に置かれている面もあった。19日付け時事「日の丸燃やし抗議=柳条湖事件79年「国恥忘れず」-中国瀋陽」(参照)より。


満州事変の発端となった柳条湖事件から79周年の18日夜、同事件が起きた中国遼寧省瀋陽市内の記念式典会場の周辺で、日本の海上保安庁巡視船と衝突した中国漁船の船長が逮捕されたことに抗議するため、民衆が日の丸を燃やす騒ぎが起きた。
 中国各地では毎年この日、防空警報を鳴らすなどの記念活動を実施、「国恥を忘れない」とのスローガンで愛国精神を発揚するのが恒例行事となっている。日本の関東軍が1931年9月18日、満鉄の線路を爆破した現場となった瀋陽市で例年通り午後9時18分、全市で防空警報とともに、自動車が一斉にクラクションを鳴らした。

 柳条湖事件記念日での反日デモはインターネットなどでも広く呼びかけられていて、北京政府側は小泉政権時代のような反日デモに展開しないように抑え込みとガス抜きの対応を取っていた。むしろ、中国国内では上手に対処できていたし、反日デモでも側もそれを織り込んでの尖閣諸島騒動であったかもしれない。
 言うまでもなく柳条湖事件は満州事変の発端となった事件である。今年79年を迎える。1931年9月18日の夜、日本の関東軍(石原莞爾参謀)が奉天(瀋陽)郊外の柳条湖で満鉄線路を爆破し、これを中国軍の工作と偽って中国に攻撃を開始した。
 ちなみに、ネットを検索すると70年記念時の日本共産党の解説があった(参照)。わかりやすといえばわかりやすい。

 〈問い〉 九月十八日で「柳条湖(りゅうじょうこ)事件」から七十年になると聞きました。この「柳条湖事件」とはなんですか。(埼玉・一読者)
 〈答え〉 日本の中国への公然とした侵略戦争の発端となった謀略事件です。一九三一年九月十八日夜、中国東北部の奉天(現在の瀋陽)近郊の柳条湖付近で発生しました。日本の陸軍部隊・関東軍が、南満州鉄道(満鉄)線路上で自分で爆薬を爆発させながら、これを中国軍のしわざだとして、近くの中国軍兵営を攻撃したのです。
 日本は、この事件を機に中国東北部全域に侵略し(「満州事変」)、翌三二年三月には日本いいなりのカイライ国家「満州国」をつくり上げて植民地にしました。さらに三七年七月、盧溝橋事件をきっかけに中国への全面的な侵略戦争を開始。四一年十二月には侵略の手をアジア・太平洋全域に広げていったのです(太平洋戦争)。

 ポイントは、満州事変に至る日本軍の謀略であるということだが、この解説を借りたのは、これが37年の盧溝橋事件との関連で、満州を超えた中国全面侵略戦争となったという点が抑えられているためだ。
 そこで日本共産党は盧溝橋事件をどう捉えているかとこれも検索しみるとあった(参照)。

 〈問い〉 日中全面戦争の契機となった盧溝橋事件について、中国に責任をなすりつける主張を耳にしますが、どんな事件だったのですか?(福岡・一読者)
 〈答え〉 明日7日は盧溝橋事件69周年にあたります。北京の南西郊外にある盧溝橋付近で1937年(昭和12年)7月7日夜、日本軍が、夜間軍事演習中に中国軍から発砲があったとして、攻撃した事件です。日本は、すでにその6年前、鉄道爆破の謀略事件(柳条湖事件)を起こし侵略を開始し(「満州事変」)、中国東北部にかいらい政権の「満州国」を建国していましたが、盧溝橋事件を口実に、中国への全面侵略を開始します。

 引用は冒頭部分だが、読むと意外に味わいの深い回答になっている。まず、なぜ「中国に責任をなすりつける主張」があるのだろうか。それに答えているだろうか。

 靖国神社は、盧溝橋事件から日中が全面戦争となった「背景」について、「日中和平を拒否する中国側の意志があった」とし、全面戦争にいたったのも「日本軍を疲弊させる道を選んだ蒋介石(国民党指導者)」に責任があるなど(『靖国神社 遊就館図録』)、まるで、日本は平和を望んでいるのに、中国が戦争をしかけたように描いています。

 そうではないというのだ。

 しかし事件がおきたのは、日本の国内でも日中の国境地帯でもなく、北京の近郊、いわば中国の中心部です。当時、中国は義和団事件(1900年、中国侵略に抗議した民衆運動を、日本など8カ国の軍が鎮圧をはかったもの)の「最終議定書」によって国内への外国軍の“駐兵権”をのまされていました。日本は、これを盾に、盧溝橋事件の前年には「支那駐屯軍」を1800人から5800人に増強。中国の強い抗議を無視し、増強部隊を北京近郊の豊台に駐屯させました。ここは北京の守備の要で、すでに中国軍がおり、両軍はわずか300メートルで対峙(たいじ)するかたちになりました。それが、いかに挑発的なことであったか。

 大局から見れば、日本共産党の回答で正しいのだが、ディテールの説明が面白い。日本共産党の理屈では、日本は「中国の強い抗議を無視し、増強部隊を北京近郊の豊台に駐屯」させそれが「挑発的なこと」だったから日本が悪いというのである。なお、引用には続きもあるので読まれるとよいだろう。
 面白いポイントは、挑発したから責任は日本にあるという議論は、「7月7日夜、日本軍が、夜間軍事演習中に中国軍から発砲があったとして、攻撃した」がどう関連するかである。
 単純な話、日本が舞台駐屯で「挑発」したのだから、きっかけも柳条湖事件事件のように日本が謀略をしかけたとするとわかりやすいし、私が高校生くらいまではそうした歴史も語られることがあった。
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昭和史の謎を追う〈上〉
秦 郁彦
 しかし、事件はそうではない。日本共産党が正しく「夜間軍事演習中に中国軍から発砲があったとして」と伝聞だけに留めているように、関東軍が発砲したとまでは言えない。
 では、誰が全体的にテンションの高まるこの時期に発砲という具体的な挑発を行ったのか? 日本共産党は答えていない。わからないともしていない。そこを答えずに回答したことになっている。
 この問題については一般書籍では「昭和史の謎を追う〈上〉(秦 郁彦)」(参照)に議論があり、そこでの結論は「二九軍」としている。中国国民革命軍である。
 ちなみにウィキペディアを参照すると次のように書かれている。

日本側研究者の見解は、「中国側第二十九軍の偶発的射撃」ということで、概ねの一致を見ている[52][53]。中国側研究者は「日本軍の陰謀」説を、また、日本側研究者の一部には「中国共産党の陰謀」説を唱える論者も存在するが、いずれも大勢とはなっていない。
「中国共産党陰謀説」の有力な根拠としてあげられているのは、葛西純一が、中国共産党の兵士向けパンフレットに盧溝橋事件が劉少奇の指示で行われたと書いてあるのを見た、と証言していることであるが、葛西が現物を示していないことから、事実として確定しているとはいえないとの見方が大勢である[54]。当時紅軍の北方機関長として北京に居た劉少奇が、青年共産党員や精華大学の学生らをけしかけ、宋哲元の部下の第二十九軍下級幹部を煽動して日本軍へ発砲させたもので、昭和29年、中共が自ら発表した[55]。

 興味深いことはウィキペディアに「「中国共産党の陰謀」が言及されその補説もあることだ。
 「中国共産党の陰謀」はその名の通り、中国共産党が謀略で盧溝橋事件を起こしたとする説である。ウィキペディアはこれが「大勢とはなっていない」としているし、先の「昭和史の謎を追う〈上〉(秦 郁彦)」でも否定の議論を展開している。
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この厄介な国、中国
岡田英弘
 どう見るかについてだが、概ね偶発事故であろうし、大局的には日本共産党の見解でよいと私は思うが、私が実際に学んだこともある史学者岡田英弘氏は、「中国共産党の陰謀」に立って、興味深い議論を展開していた。先日のエントリーでも紹介した「この厄介な国、中国(岡田英弘)」(参照)が詳しい。当時、国民党との対立で劣勢に立った共産党という文脈で。なお、引用は前版の「妻も敵なりより」。

 軍事的に追い詰められた中国共産党が、そこで思いついたのが反日運動キャンペーンの展開である。つまり、国民党政府のアキレス腱は日本であると見たわけである。放っておけば、国民党政府は日本との妥協を行うだろう。
 しかし、その前に中国大陸全土で、反日・排日の嵐が吹き荒れればどうなるか――国民党は日本との妥協を諦め、それどこか日本との直接対決の道を選ばざるをえなくなると、毛沢東以下、中国共産党の幹部たちは読んだのである。日本と国民党の戦争が始まれば、得をするのは共産党である――彼らにとって、当然の帰結であった。
 中国共産党は、大陸の各都市で執拗な反日キャンペーンを繰り広げさせた。さらに、それだけでは手ぬるいと判断して、彼らは日中両軍の軍事衝突さえ起こそうとした。それが昭和十二年の盧溝橋事件である。


 中国全土で行われた反日キャンペーン、そして盧溝橋事件によって、国民党政府を率いる蒋介石は窮地に陥った。前にも述べたように、蒋介石の本心は日本との和解にある。だが、ここまで反日運動が激化してしまえば、それを言い出すことは政治的死に繋がる。また、国民党からの反日の声をこのまま無視することも許されない。「弱腰」というレッテルを貼られた指導者についてゆく人間、なかんずく中国人などいないからである。
 蒋介石に残された道は、共産党の望むとおり、いや、共産党の望む以上の強攻策で日本と対決するしかなかった。そうしないかぎり、蒋介石政権の明日はない――これ以降の蒋介石は、以前の彼とは打って変わって、日本との戦争に躊躇しなくなった。日中戦争は、実はこのように始まったのである。

 とんでもない珍説に聞こえることは、岡田氏も了解している。

 ここまで読んできた多くの読者は、おそらく「そんな馬鹿な」という感慨を抱かれるに違いない。なるほど、日中戦争勃発のそのものの発端は、中国共産党と国民党の内紛であり、そして蒋介石が政治家としての保身を図るために戦争を選んだという物語は、多くの日本人には信じられない話であろう。
 しかし、中国人にとっては、これが当たり前の話である。つまり、日本人と中国人では人生哲学が決定的に違っている。

 私が学んだことは、この史実がこのようなものであったかについては判断しがたいが、中国人がそのような行動規範を持つことだった。そして、それらは、今も変わらず継続しているのではないかと推測している。
 岡田氏の史観には異論も多いだろうし、私は後の上海戦(参照)を思うと盧溝橋事件後に蒋介石と和解する手立てはなかっただろうと考えているが、広義に見れば岡田氏の次の指摘は傾聴に値する。

 先ほどの日中戦争の話で言えば、もし、あのとき日本人が「中国人とは、こういう民族なのだから」という認識を持っていれば、あの不幸な戦争も起きなかったかもしれない。共産党が何を望んでいるかを知れば、戦争を避ける道は見つかったかもしれない。
 ところが、当時の日本政府首脳には、それが見えなかった。反日運動の激化を見て、日本人は憎まれているだけの存在と信じ込み、共産党の思惑どおりに戦争に突入していったわけである。
 日本人は気軽に、友好とか平和という言葉を使うが、真の友好、真の平和を願うのであれば、まず相手がどのような国なのか、どのような国民性なのかを知る必要がある。

 

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